ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『花女に潜んでいたレジェンドルガを倒した麗華……じゃなかった麗牙と愛音』

『麗牙さんの綺麗な女子生徒姿、もう見れないんですかねぇキバットさん?』

『それは……神のみぞ知る、だぜ。タッちゃん』


第150話 苛烈な音楽の奥底に

 時が経つのは早いもので、四月は終わり既に五月──更にはゴールデンウィークも終わりが近づいていた。その間で特に大きな事件といったものは起きていない。流石に花女に潜入するような事態が起きて欲しいとは思っていないが、こうもレジェンドルガの動きが見えてこないと何かと不安になってしまうものだ。

 

 事件ではないが、ここ最近で大きなイベントいえばRoseliaの主催ライブが行われたことだろう。何が凄いと言われれば、やはり「主催」ということに尽きる。彼女たちだけで企画を行い、会場の設営やら宣伝やらスケジューリングやら、全てを熟していくのだ。当然、それは並大抵の苦労ではない。ファンガイアの僕でさえへとへとに疲れるようなことを、人間の女子高生がすれば倒れることは必至だ。というか倒れてたし。死んだように倒れ伏す五人を見て思わず叫んじゃったもん。殺人現場を見た人みたいな声出して。

 しかし、それだけの苦労を越えて彼女たちは主催ライブをやり通した。会場や進行に不備はなく、参加したグループたちも皆無事にライブをやり切り、Roseliaの成功の内に終わったのだ。

 そんな彼女たちの音楽もまた凄まじく、聴き慣れたはずの黒い咆哮もより進化を遂げているのが分かった。やはりRoseliaは凄い。そんな彼女たちと音楽を通じて繋がり合えたということが、とても誇りに思えてくるのだ。

 

 そのはずなのに……。

 

「……」

 

「友希那さん。また手が止まってますよ?」

 

「っ、ごめんなさい」

 

 Roseliaの主催ライブから明くる日の朝。紅邸では僕と友希那さんによる曲作りが進められていた。もう大部分が完成しており、順調にいけば今日中には完成する見込みであるため、直ぐにでも完成させたかった僕は自分から友希那さんをこの家に呼んだのだ。

 しかし曲作りの最中であるにも関わらず友希那さんのスコアを書く手は動かない。いつものように自分の意見も出そうとはしない。様子がいつもとは違う友希那さんがだが、その原因も何となく理解はしていた。

 

「友希那さん。また昨日のこと考えてるんですか?」

 

「あなたは何とも思わないの? あんなこと言われて」

 

 友希那さんが思い出しているのは昨日のライブの後に起こった出来事だ。

 

 主催ライブが大成功に終わり清々しい思いで帰れると思った時、友希那さんに向けて聞き覚えのある声が投げかけられたのだ。

 

 

 

 

 

 

『(ちゆちゃん……?)』

 

 その時の僕は友希那さんから離れた場所にいた。しかし友希那さんに話しかけた声は、僕がこのライブに招待したちゆちゃんのものだとはっきり聞こえたのだ。建物の物陰になっていて他の皆にはその声も姿も届いていないが、僕には二人の会話がはっきりと聞こえていた。

 

 ちゆちゃんの目的は、友希那さんのスカウトだった。

 

 自身の最強の音楽を作るために、友希那さんのボーカル力が必要なのだとか。しかし友希那さんはそれに応じる気がないのは答えを聞くまでもなく分かる。彼女はRoseliaとして、Roseliaの皆と共に頂点を目指している。これまでにも他からの誘いがあったようだが、結局はそれを跳ね除けて青薔薇として歌い続ける道を選んだ。今更ちゆちゃんの言うバンドに引き抜かれるつもりは毛頭ないのだろう。

 ただ、ちゆちゃんの方は納得していないのはその心の音楽からも分かっていた。だから僕も二人の間に入って彼女に諦めてもらおうと歩いていったのだ。

 

『TETRA-FANGを越えたいとは思わないの?』

 

 その時、ちゆちゃんの告げた言葉に対して、今まで全く動じなかった友希那さんの音楽が僅かに反応した。それは動揺ではなく、純粋にちゆちゃんの目的に興味を持ったような小さな心の動きだった。

 

『ええ、確かに彼らの音楽はすごいわ。それを越えたいと言う気持ちがないと言えば嘘になるわね』

 

『だったら、あなたはワタシのバンドに入るべきよ。あなたがいればワタシたちは誰にも負けない最強の音楽を奏でることができる。TETRA-FANGを……紅麗牙にも勝つことができる』

 

『麗牙に……?』

 

 何故ちゆちゃんがTETRA-FANGに……僕にそこまで固執するのかは分からない。何故それを告げる時に痛々しい音楽を奏でるのかも……。

 当然、彼女と初めて話した友希那さんに分かるわけもない。故に、自分を引き込んでまで作り上げた最強の音楽で何をしたいのか、友希那さんはちゆちゃんに問い質そうとしていた。

 

『あなた、何が目的なの?』

 

『ワタシたちの音楽こそが最強だと世界に知らしめす。その過程で立ち塞がる敵は残さず打ち倒す。まずはこの大ガールズバンド時代を終わらせて、その後にはTETRA-FANGをぶっ潰す!』

 

『っ』

 

 TETRA-FANGをぶっ潰す……以前にも僕たちに向けて宣告した言葉をちゆちゃんは友希那さんにも告げた。同じ言葉を聞いた愛音はあからさまに機嫌を損ねていたが、正直僕としてはそこまで悪い気はしていなかった。一人の音楽が好きな少女が僕たちを強く意識して、目標として頑張っているというだけで嬉しくすらあるのだ。ちゆちゃんを侮っているというわけではないが、純粋に彼女の自信と挑戦意欲に感心していたのだ。

 

 しかしちゆちゃんの宣言が聞こえた時、友希那さんの中の音楽が変調を遂げたのも聴こえてきた。

 

『潰す……麗牙たちを?』

 

『っ(友希那さん?)』

 

 先までの落ち着いた心の音から一転、明らかに苛立ちを感じさせる音を今の友希那さんの心は奏でていた。

 

『気に入らないかしら?』

 

『……』

 

 友希那さんは何も答えないが、その心が奏でる……いや、囃し立てる騒音はどんどん大きくなっている。

 いやこれはもう気に入らないなんてレベルじゃない。

 

 十分に怒りに達している状態だ。

 

『麗牙の音楽を……潰すって?』

 

『だ、だったら何よ……?』

 

 心の底から冷えるような声が辺りに染み渡り、同時に友希那さんがちゆちゃんに向けて一歩踏み出すのが分かった。非常にらしくない心の音楽を奏でている友希那さんだが、これはマズイ。何かよく分からないがこのままにしておくのは確実にヤバいという予感がしていた。

 

『待って友希那さん』

 

 止めなくては。即座にそう判断した僕は、ファンガイアとしての力を解放して即座に彼女たちの元へと迫った。一歩踏み締めてちゆちゃんの元へと近付こうとする友希那さんの手首を掴み、その歩みを止めたのだ。

 

『っ!? 麗牙……?』

 

『く、紅麗牙!? いつの間に?』

 

 ちゆちゃんからすれば、何もいない空間にいきなり僕が現れたように見えたことだろう。しかし今はそれに対する弁明よりも、友希那さんを宥めることを優先すべきだと……いや、この場から離れさせるのが先決だと直感が告げていた。

 

『行きましょう友希那さん。皆待ってますよ?』

 

『……それは……』

 

『そういうことだから、ちゆちゃん。またね』

 

『え、ちょ、ちょっと!?』

 

 突然現れて去っていく僕に対するちゆちゃんの戸惑いの声を背に受けながらも、僕は友希那さんの手を引いてこの場から離れていくことを止めない。友希那さんがちゆちゃんに近付いて何をしようとしたのかは分からない。暴力は振るわないと思いたいが、もしかすると掴み掛かろうとしていたのかもしれない。友希那さんがそこまで躍起になるという状況が僕にとっても意外であり、彼女の手を引っ張って歩きながらも密かに心を落ち着かせているところだ。

 恐らくは「僕らを潰す」と言うちゆちゃんの言葉が友希那さんの何らかの逆鱗に触れたということは分かるが、それによってここまで友希那さんの中の炎が燃え上がるとまでは全く予想が付かなかった。

 

『……麗牙はあなたなんかには潰されないわ。絶対に』

 

 僕たちの視界からちゆちゃんが消える直前、友希那さんはちゆちゃんにも聞こえるようにハッキリと告げた。確信にも似た強い信念が感じられるが、それ以上にちゆちゃんに対する敵意が隠せていない様子であった。

 

『……なんでバンドなんかやってんのよ』

 

『え……?』

 

 しかしその後に聞こえてきたちゆちゃんの言葉は友希那さんに対するものではなく、明らかに僕に向けられたものであった。

 

『ヴァイオリニストなんだからヴァイオリンだけ弾いてればいいのに……』

 

 どこか寂しげに夜空に溶けていく少女の呟き。それを受け止めるものはどこにもいない。その言葉の意図も、今の僕には汲むことができないのだから。

 

 今言えることは、その台詞だけは友希那さんに聞かれなくてよかったと思う、ということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 実は今日僕の家に友希那さんを招き入れたのは、曲作りの件もあるが、昨日のことで落ち着きを取り戻せなかった彼女を宥めることも理由であった。そうでなければ、彼女はあの鋭い目つきのまま皆の輪の中に戻ってしまうところだったからだ。その誘いによって昨日は一時的に気分を落ち着けた友希那さんだったけれど、今は再びちゆちゃんの言葉を思い出してしまっていた。

 

「僕はまぁ……むしろ僕より友希那さんの方がそこまで思い詰める方が驚いたというか」

 

 昨日のことを振り返り、僕も作業の手を止めて素直な気持ちを友希那さんに伝える。彼女も昨夜の自分の行動に思うところがあるのか、バツの悪そうな顔を浮かべて、それでも正直な気持ちを教えてくれた。

 

「正直、私自身驚いているわ。あんな子の言葉に本気で怒りを覚えるなんて」

 

「まあ、潰すって言ってたもんね」

 

「それよ。あなたが誰かによって自分の音楽を潰されるとは思わない。思わないけど……でも、それを信じてたアーティストが消えていくのを一度見てしまったから……」

 

「そう、だよね……」

 

 自分の好きな音楽を「潰す」なんて言われればいい気はしない。しかし友希那さんにとってはただそれだけのことではないのだ。

 友希那さんは前に言ってくれた。僕の奏でる音楽が好きだと。

 それは、自身の父親の音楽に対しても抱いていた想いだ。

 彼女が好きだった父親の音楽は、自分たちの意を介さない方面からの圧力により人気が低迷、そして解散した。当時の彼女に言わせれば潰されたようなものだ。

 自分の好きな音楽を一度潰された身にある彼女からすれば、昨日のちゆちゃんの言葉は友希那さんを燃え上がらせるには十分すぎる言葉だった。その言葉の意図が他にあるとしても、友希那さんは食らいつかずにはいられなかったのだろう。

 

「でも潰すって、別に音楽がどうとかじゃないよ。あの子は純粋に音楽で僕たちに勝ちたいだけ。だから友希那さんが気にするようなことじゃないですよ」

 

「ええ、分かってる……分かってるけど、ふと思い出してしまって……」

 

「それは、お父さんを?」

 

「それもあるけど……昔も自分も」

 

「昔の友希那さん?」

 

 どうやら友希那さんには僕が考えている以上に事情を抱え込んでいるようだ。父だけではなく昔の自分をも思い出すと言う彼女の話に耳を傾けるべく、僕は身を僅かに彼女に寄せる。

 

「彼女の言葉は戯言じゃない。本気で自分のバンドを頂点に導こうという気迫と覚悟が確かにある。でも、その中に必死さと焦りも見えた……いや、聴こえたと言った方がいいのかしら、あなた風に言えば。あの心が奏でていたのは、何かに勝ちたくて、認めさせたいという復讐にも似た願望……昔の私と同じ」

 

「友希那さんにはそう聴こえたんですか? ちゆちゃんの音楽が」

 

「思い過ごし……とは思えない。でも昔の自分が背負っていた気迫とどことなく似ているのは確かよ。前の自分を見ているようで変な気分にさせられるわ」

 

 音楽を復讐の手段として利用していたかつての友希那さん。その時と似たような雰囲気をちゆちゃんに感じていたのだと、彼女は言う。だからこそなのだろう。友希那さんが何に苛立ちを感じているのか、僕も分かりだしてきた。

 

「昔の自分が、今の自分の好きな音楽を潰すと言っているように見えた。それが我慢できなかったんですね」

 

「ええ、そうよ」

 

 それ以上は何も話すことなく黙り込む友希那さん。きっと他にも思うことはあるのだろうが、今言葉にできるのはそれまでであったのだろう。友希那さんが今のちゆちゃんに対する感情は理解できるものであった。それでも……。

 

「でも僕は、ちゆちゃんの音楽が助けを求めるなら、その助けになりたい」

 

 あの時聞こえた彼女の音は、決して苛烈なものだけではなかった。去り際に聞こえたあの悲しげな音色が、今も僕の胸の中で小さなしこりとして残っているのだから。かつての友希那さんが苦しんでいたように、ちゆちゃんも何かに苦しんでいるのかもしれない。もしそうなら、僕はきっと手を差し伸べずにはいられないだろう。

 

「……ふふっ」

 

「友希那さん……?」

 

 そんな僕の言葉に、友希那さんの口からは笑みが溢れていた。

 

「そうね……ええ、あなたはそういう人よね。だからこそ、あなたは『紅麗牙』なのよね。優しいくせに我儘で、強気なくせにどこか弱みがあって、だからこそ誰かが弱っている時に助けずにはいられない。その心があなたの音で、私の好きな音。そうなのよね」

 

 そう言ってようやく笑みを浮かべてくれた友希那さん。やっと落ち着きを取り戻した彼女の音を聴きながら、気恥ずかしい感情を押し込めて僕は彼女に語りかける。

 

「はい。だから友希那さん、今度また彼女に会っても──」

 

「分かっているわ。もう昨日みたいなことにはならない。

 

「──なら大丈夫です。それと……ありがとうございます」

 

 僕の音楽、そして心を好きと言ってくれた友希那さんに礼を述べる。しかし、あまりにも真っ直ぐに気持ちを伝える彼女に嬉しさと、そして僅かに心の高鳴りを感じてしまう。何より友希那さんがそう告げる時の、どこか愛しむような瞳を見てしまい、僕の中に僅かな動揺が走ってしまっていた。

 

「……「(友希那さんにきっとそんなつもり(・・・・・・)はない。これは僕の思い違いだ)」

 

 つい過ってしまうある予感(・・・・)を頭の中で消し去る。友希那さんは音楽を真剣に追い求める人だ。だからこそ、僕にああ言う言葉をかけてくれたのだと思うことにした。

 

「とりあえず、この話はここまでにしましょう」

 

「ええ、そうね」

 

 何はともあれ、友希那さんとちゆちゃんのことに関しては今は様子見だ。そう判断し、ようやく中断していた作業に取り掛かろうとした。

 

 そうだ、曲はほぼ完成している、あとはほんの僅かの作業で終わりだ。

 

 あと少しで、この楽しくて麗しい時間が終わりを告げる。

 

 友希那さんと二人で作り上げてきた、かけがえのない音楽の時間が……。

 

「……麗牙?」

 

「もう、終わりなんですね……」

 

「確かに……時が経つのは早いわね」

 

 ──寂しい。

 

 そんな切ない音が、ふと僕の心の中に流れてきた。

 

 今のは僕の音? それとも……。

 

「……さて、作曲の続きと──」

 

 終わりたくない……そんな言葉が浮かびそうになる頭を振り払い、今度こそ作曲に取り掛かろうとした。

 

 その時だった。

 

 

 ♪〜

 

 

「──え?」

 

「誰か来たのかしら?」

 

 突如、屋敷のチャイムが鳴り響いた。誰かがこの屋敷に? そう思うよりも先に、玄関先から思いもよらない声が聞こえてきた。

 

 今、この状態でもっとも聞こえてほしくない声だった。

 

 

「麗牙さん……いますか……?」

 

 

 ファンガイアだからこそ聞こえる……いや、そうでなくとも聞き逃してはならない、僕の最愛の人の声が聞こえてきた。

 




一度は筆を折ったつもりでしたが、ここまで書いたなら消されるまでやってやろうと思います。

一身上の理由で更新は遅くなりますが、今後もどうかよろしくお願いします。
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