ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

154 / 168
『これまでずっと続いてきた麗牙と友希那による二人きりの曲作り』

『それもいよいよ終わりを迎えると思いきや、なんとそこへ突然のお客さんが?』

『ど、どうするんだ麗牙っ!?』


第151話 隔たれた扉の向こうに

「麗牙さん……いますか……?」

 

「りっ……(燐子さん!?)」

 

 突然の来訪者は燐子さんだった。何故? どうして今燐子さんがここに!? そんな僕の混乱を余所に、玄関では燐子さんが誰かに話しかけているのが分かった。

 

「鍵が開いてる……」

 

『いいんじゃないの? きっと上にいるはずよ。燐子ちゃんの声も、麗牙ならきっと聞こえるわ』

 

「はい……麗牙さん……あの、聞こえてると思うので……上がりますね……失礼します」

 

「っ(キバーラ……まずい……!?)」

 

 キバーラの余計な助言もあってか、燐子さんはこの屋敷に上がり込んできた。普段なら非常に喜ばしいことではあるが、今は状況が状況だけにかなりまずい。

 

「麗牙……?」

 

 友希那さんと二人きりで作曲してる現場なんて見せられるわけがない!

 

 そもそも僕が友希那さん二人だけで曲作りをしていることを、燐子さんには未だ伝えられていない。彼女を不安にさせたくない、燐子さんと友希那さんの仲をややこしくさせたくないなど、いろんな理由があるが、何よりも僕の決心がつかなかったからだ。そんな臆病な僕の心が、今この状況を招いてしまっていた。

 

「っ、友希那さん、そこのクローゼットにっ」

 

「な、何っ? どうしたのよ急に!?」

 

 とにかく友希那さんの姿を燐子さんに見せるわけにはいかない。そう思った僕は、すぐに友希那さんを部屋のクローゼットに入れようとした。既に燐子さんとキバーラは屋敷の中、そしてもうすぐ階段を上がり始めるだろう。もはやこの部屋の中以外に友希那さんを隠す場所はなかった。

 

「燐子さんですっ。今は隠れてっ」

 

「燐子──って、あなたまだ燐子にこのこと伝えてなかったの!?」

 

「っ、その話はあとで、とにかく今は隠れててください!」

 

 まさか僕が未だ父さんの曲作りのことを燐子さんと共有していないとは、友希那さんも思っていなかったのだろう。友希那さんも、既に燐子さんが知っているものと思っていたからこの作業を続けようとしていたのかもしれない。

 だが、もはや今はそんなことを考えている余裕はない。もう燐子さんの足音はすぐそこまで来ているのだから。

 

「最悪、僕たちがいなくなった後に鍵を開けて帰っても大丈夫ですから」

 

「だから麗牙っ……もう、分かったわよっ」

 

「本当にごめんなさい」

 

 最後にそう告げてクローゼットの戸を閉める。一応は受け入れてくれたようだが、最後に見た友希那さんの眼はやはりと言うかどこか恨めしげだった。いや、恨めしげというよりは哀しそうなものだったかもしれない。友希那さんにそんな顔をさせてしまう自分が嫌になるが、これでようやく何とかなりそうだ。

 最後にクローゼットに「音消しの魔術」をかけ、これでこの部屋で一人で作曲していた体を装うことができた。

 

「あの……失礼します……」

 

 その時、燐子さんの声と共に部屋の扉が開かれた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あ、麗牙さん……こんにちは」

 

「っ、ああ、ごめんなさい燐子さん。迎えにいけなくて。さっきまで手が離せなくて」

 

 麗牙に押し込まれたクローゼットの中から、二人の声が聞こえてくる。真っ暗で様子は見えないため、どのような立ち位置でいるかは声のみで判別するしかなかったが、麗牙が少しだけ動揺しているのは何となく分かった。

 

「ううん、こっちも……約束もないのに急に来てしまって……ごめんなさい」

 

「いえそんなっ、燐子さんならいつ来ても大丈夫ですよ」

 

「(よく言うわ)」

 

 そう心の中で呟く。彼の報連相不足のためにこちらはこんな暗いところに押し込まれたのだ。あとで文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まない。

 ただ今回の場合、燐子は何の約束も取り付けずにここに来たと言うことなのだろう。故に麗牙は動揺して私をクローゼットに隠す羽目になったと……いえ、やはりどう考えても麗牙が悪いわ。

 

 こんなことなら燐子も一緒に呼んで曲を作るべきだった……そう思ったところで、自分の心にそれを拒絶している音楽が流れていることに気づいた。

 

「(何なの……この嫌な気持ち……)」

 

 この二人きりの心地良い空間に、他の存在がいることに気分を悪くしそうだった。しかしそれには矛盾が生じる。何故なら、以前の作曲の際にはリサや愛音もいたからだ。そこに燐子一人が加わったところで特に変化などないはずなのだから。

 だと言うのに、麗牙と共に音楽を作り上げる時間に、燐子が入り込むことが嫌だと私の心は感じていた。

 

「(何故? いったい何が違うの? この胸のモヤモヤは何……?)」

 

 リサと愛音。それと燐子との違い。分かりそうで分からないその差に頭を悩ませていたところに、クローゼットの外からまた声が聞こえてきた。

 

「でも燐子さん、どうして急に?」

 

「……嫌な夢を……見たんです」

 

「夢?」

 

「はい……麗牙さんが……わたしの前から……いなくなってしまう……夢……それで怖くなって……」

 

 そんなことで、とは言わない。人は時として悪い予感を夢で感じることがあるという。特にこの二人の間にはこれまでいろいろあったのだから、何かのきっかけで燐子が不安に感じても、それはおかしなこととは思わない。

 

 それに……私だってそうだ。

 

 麗牙がいなくなってしまうことは、私にとっても考えたくもない悲劇なのだから。

 

「燐子さんっ」

 

「きゃっ……!」

 

「(何……?)」

 

 麗牙が燐子の名を呼ぶと共に、バッと小さな衝撃音ようなものが聞こえ、私はクローゼットの外で何が起きているのか把握できなくなってしまう。

 

「大丈夫です。僕は絶対に燐子さんの前からいなくなったりしません」

 

「麗牙さん……」

 

「っ(麗牙……)」

 

 二人の声が近くなったことで私も確信した。麗牙が燐子を抱きしめていることに。その優しい心を、音楽を、ただ一人の彼女に向けていることに。

 

「(……っ、何よ、これ……)」

 

 ただ、男が恋人を抱きしめている。それだけのはずなのに、私の心はジリジリと沁みるような痛みを帯びていた。見えていないはずなのに、その声だけで私の心は大きく揺れてしまう。

 恋人の抱擁なんて街に出れば何度も目につく。見慣れたものだ。そのはずなのに、このクローゼットの外で行われているであろうその光景を想像し、私は頭が揺れるような感覚にすら陥ってしまう。

 

「(どうして、こんな……)」

 

 胸が焼ける。

 胸が詰まりそう。

 喉が渇く。

 息ができない。

 

 五感全てが機能不全になったのではないかとさえ思う。それほどの辛い思いをしながらも、私は自分のみに起きている不調の真相は分からなかった。

 しかしそんな私の心など知ることなく、二人の想いは強くなっていく。

 

「麗牙さん……その……」

 

「なんですか……?」

 

「もっと……安心させてください……」

 

「はい……っ」

 

「ん……っ」

 

「(えっ……)」

 

 次の瞬間、二人の呼吸は止まっていた。

 

 ただ抱きつく音ではなかった。

 

 もっと直接的な……滴るような小さい音。

 

 何が起きたかなど、見なくとも分かる。

 

 私の耳は間違いなく聞き取れてしまっていたのだから。

 

 それは恋人同士ならば当然する行為なのだから。

 

「(麗牙……燐子と……)ぁ……は……っ」

 

 乱れそうになる息を何とか押し殺す。二人のその行為すらも、夜の町では稀に見かけることもあったはずだ。しかし隔てられた扉のすぐ先で……あの二人が私のすぐ側でそれを……キスをしているという事実に、この胸に焼けるような痛みが走っていた。

 

「は、ぁ……っ……」

 

 クローゼットの中で思わずしゃがみ込んでしまう。震える手で口を抑え、私はただ時間が過ぎるのを待つしかない。

 

「……」

 

 もはやクローゼットの外の音など聞こえない。

 

 いや、聞きたくなんてなかった。

 

 麗牙の心は既に燐子のものなのだから。

 

 麗牙の心からの音は、燐子にのみ向けられるのだから。

 

「いや、よ……」

 

 きっと燐子にそんな気はないとは分かっているが、私の激しく高鳴る心臓は叫んでいた。

 

 ──私の好きな音を持っていかないで!

 

 ──麗牙から音を奪わないで!

 

 ──私から……麗牙を奪わないで!

 

 なんて滑稽なことだと思う。燐子は麗牙から何も奪ったりしないのに。彼は私のものではないのに。こんな叫びは無意味なのに。でも私の中で蠢く苛烈な想いは、今もなお私の心を轢き殺そうとしているようだった。

 

「なんで……どうしてよ……っ」

 

 だと言うのに、私自身どうしてこんなに苦しい思いをしているのかが理解できていないのだ。

 こんなにも苦しいのに!

 私は自分のことすら分からない!

 心の中で音を立てずに憤慨する。そう、今はただこの暗く狭いクローゼットの中で、ひたすら声を抑えることしかできないのだから。

 

「……」

 

 それからどれ程の時間が流れたのだろう。耳を塞いでいた私にはまるで想像がつかない。しかしその時だった。私と外界を隔てていた扉が一人でに開き……いや、何者かによって開けられた。

 

 そこには……。

 

 

『……酷い顔してるわよ、友希那ちゃん』

 

 

「キバーラ……?」

 

 クローゼットの外にいたのは、あの小さくて可愛らしい、白いコウモリだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ほんの少し、時間は遡る。

 

『せっかくだから、今から二人きりでお出かけでもしてきたら?』

 

 そう言って私は麗牙と燐子ちゃんに外へ出るよう仕向けた。何故なら、私には感じていたからだ。クローゼットの中から覚えのある魔皇力──麗牙が隠したであろう、友希那ちゃんの魔皇力が……。

 だからこそ、燐子ちゃんをこの部屋に長居させておくのは得策ではないと私は判断した。

 

「キバーラ、あの……」

 

『あー大丈夫よっ。二人に悪いことのないようにするからっ。あーとーはー、このキバーラちゃんにお任せあれってね』

 

「キバーラ……分かった。ありがとう」

 

 麗牙も、今の私の言葉で全てを察していた。詳しく言うなら、私が友希那ちゃんの存在を察したことを察したと言った方が正しいかもね。麗牙には言いたいことが山ほどあるが、それを今ここで問い質すのは間違いなく下策だと気付かない私ではない。今はただ、二人をこの屋敷から出すことが先決だった。

 

『ふぅ……やれやれだわ。さて……』

 

 そして彼らが屋敷を出たのを確認したのち、私は部屋に置かれたクローゼットの扉を開けた。麗牙に押し込まれたであろう哀れな少女を解放するためにだ。

 しかし、そこにあったのは私の想像とは少し違ったものだった。

 

「キバーラ……?」

 

 そこには、今まで見たことのない友希那ちゃんが……今にも泣き出してしまいそうな顔をした、弱々しそうな友希那ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ん〜、確かに音消しの魔術をかけたみたいだけど……友希那ちゃんにはあまり効かなかったみたいね』

 

 私もキバット族の端くれだ。誰がどんな術をかけたかはある程度分かる。友希那ちゃんをクローゼットに入れたあと、恐らく麗牙は『音消しの魔術』をかけたのだろう。それはクローゼット内の音を外に漏らさないようにする簡単な術。しかしあの抜け目のないキングのことだから、同時に外部の音も中に聞こえないように施していたはず。友希那ちゃんへの配慮も怠っていなかったのだろう。

 しかし、どういうわけか友希那ちゃんにはその術があまり効いていないようだった。以前もアゲハが同じようなことを言っていたが、友希那ちゃんにはやはり何かあると見ていいかもしれない。

 

 いや、今はそんなことはどうでも良かった。そんなことよりも大事なことが、今の友希那ちゃんに起きているのだから。

 

『ねぇ友希那ちゃん。もし話せるなら話してくれないかしら。あなたが今、どれほど苦しいのか』

 

「……」

 

 まるで予想だにしていなかった。あの友希那ちゃんが、常に人に「強さ」を見せていたあの湊友希那が、こんなにも弱々しく小さくなっている姿が。胸を抑え、その場にうずくまり、苦しそうに息を荒げている様は、友だちとして……いいえ、女として見過ごすことはできなかった。

 

『私は麗牙が燐子ちゃんを裏切るとは思えないし、友希那ちゃんも燐子ちゃんを裏切るようには思えない。だから、浮気という線は敢えて消させてもらうわ』

 

「ええ……」

 

『よかったわ。でも、その上で聞くわ……友希那ちゃん、さっきの二人のやりとり、聞こえてたのよね? それで苦しくなったのよね?』

 

「っ、その……通りよ。何故かは分からない……すごく苦しかったわ……二人が抱擁したと感じた時も……二人がキ……キスしたと分かった時も……っ」

 

 余程のことなのか、動揺から言葉が揺れている友希那ちゃん。私はそう告げる友希那ちゃんの苦しそうな表情から、ある確信が持ててしまった。

 

「嫌だった……やめて欲しかった……私がここにいたからじゃない……麗牙が、どこかに行ってしまうようで……」

 

『……』

 

「分からないの! 麗牙は燐子の恋人、私がどうこう言えるはずがない、分かってるっ。麗牙の音楽は誰にも縛れるはずがない、それも分かってる! でもっ……でも……麗牙が……彼の心が、音楽が……燐子にしか向いていないと思うと……嫌になるの……」

 

『……(本当に……)』

 

 どうしてこうなってしまうのだろうか。私はただただ頭を抱えるしかなかった。

 

 友希那ちゃんは今、とても尊い想いを抱いている。初めて生まれたその感情(・・・・)のことが分からず、苦しみ悩んでいる。本来ならその想いを応援してあげるのが友達の役目だ。しかし、そんなことをすれば、私は同じように大切な存在を裏切ることになってしまう。一瞬、その答えを伝えるべきかどうか迷い、しかしすぐに思い留まる。

 

『(いや、きっと友希那ちゃんは……)』

 

 実のところ彼女は気付いているのかもしれない。

 

 自分の抱く気持ちの名前を。

 

 その気持ちに振り回されてきた少女たちを、ずっと側で見てきたのだから。

 

 だからであろう。彼女は泣きそうな顔で、そして声を荒げて私に問い質してきた。

 

「キバーラ……教えて……これがそうなの!? こんなに辛いものなの? こんなに辛いものが、みんなの言う大切な気持ちなの!? もしこれがそうなら……これが『恋』だというのなら! 私はこんな気持ちなんて知りたくなかった!」

 

『それはダメっ!』

 

「っ!」

 

 思わず声が出てしまった。彼女はもはや自覚していた。その身を焼き焦がすような辛く熱い想いの正体を。

 だからこそ、その感情を否定する彼女を、私は即座に否定する。否定しなければならなかった。

 

『友希那ちゃん、ダメよっ。そんなのっ絶対ダメ!』

 

「どうしてよ!? こんな気持ちを持っていたって、誰も幸せになれない! 私さえ知らなければ誰も不幸にはならない! こんな気持ちなんて今すぐ捨てられれば……!」

 

『それでもよっ! やっと知ったのよ? 初めて知ることができたのよっ? その気持ちを知ることなく生涯を終える人だっている。その気持ちに憧れる怪物だっている。友希那ちゃんの持つものはそんな尊い感情なの。だから簡単に捨てるなんて思っちゃダメ!』

 

 友希那ちゃんが初めて抱いたその感情は、恐らく叶わないもの。叶えようと手を伸ばせば、間違いなく自身か、それか燐子ちゃんが傷つくことになる。いえ、彼女たちが続けてきたバンド活動そのものにも大きな傷を与えてかねない。

 故に友希那ちゃんは苦しんでしまう。自分の思いは間違いであり、ただ苦しいだけのものだと。今すぐ捨ててしまえれば楽になれるものだと。

 

『それにね、友希那ちゃん。恋っていうのはそんな簡単に捨てられるものじゃないの。って、言わなくても分かるわよね』

 

「……みんなのこと見ていれば分かるわ……まるで呪いじゃない」

 

『ええ、その通り。厄介すぎる呪いよ』

 

 彼女の言うとおり、恋とはある意味、解くことがとても難しい呪いのようなものである。無理に捨てようとすれば、そして無理に呪いを解こうとすれば、それは心の奥深くへと潜り込み、永遠に呪われたままになってしまう。だから恋とは、ゆっくり誠実に向き合わなければならないものなのだ。

 

「ならキバーラ……もし私がこの気持ちを捨てないでいたとして、あなたは私を肯定できるの?」

 

『そうねぇ……』

 

 恋心自体は尊いものだ。しかし、友希那ちゃんが誰かの幸せを奪おうとすることに関しては、私は推奨したくない。

 

『キングに支える身分として、あなたを応援することはできない。個人としても、私は麗牙と燐子ちゃんには幸せになってほしいと思ってる』

 

「……そうよね」

 

『でもっ、私は友希那ちゃんに報われてほしいとも思ってるわっ』

 

「え……?」

 

 矛盾したようなことを言ってしまう私に、友希那ちゃんの目は見開かれる。自分でもおかしなことを言うと思うが、今は私の本心を語るだけだった。

 

『友希那ちゃん。あなたには、私たちには持ってないものがある。それは特別なものじゃない。誰かを引っ張る行動力、はっきりと自分の言葉を伝える強さ、そして何より厳しさ』

 

「そんなの、誰だって持っているじゃない」

 

『違うわよっ。あなたのその強さや厳しさは、何度だって麗牙を奮い立たせてきたじゃない! 私たちにはできなかったことを、あなたはやってきた。それはとても凄いことなのよっ?』

 

 当事者でない私が聞いた話だけでも、彼女は二度、心が挫けた麗牙を再び立ち上がらせた。普段から強くあろうとする麗牙を、私たちはただ支えることしかできない。その虚勢が崩れた時、彼の心を立ち直らせるのはとても困難なことだと私は思っていた。しかしそんな彼の挫折を、彼女は二度も奮起させた。それは他の誰でもない、湊友希那にしかできないものだと、私も次第に思うようになっていた。

 

『麗牙の今の幸せは、あなたのおかげでもあるのよ』

 

 麗牙が自身の恋心に決着を付けることができたのだって、友希那ちゃんがいたからに他ならない。今の麗牙がいるのは間違いなく友希那ちゃんがいたおかげなのだ。

 

 だからこそ、その友希那ちゃん自身の恋心が報われないというのが、非常に悔しいと感じてしまう自分がいた。

 

『麗牙に必要なのは、友希那ちゃんのような強さを持った人なんだって、私は思ったりもするわ』

 

「それでも、あなたは麗牙と燐子の味方なのね」

 

『ごめんなさい。私にはそうしか言えないわ。でも、友希那ちゃんが報われてほしいという気持ちも本当なの』

 

 ああ、自分で言ってて本当に苦しい。どうにかして友希那ちゃんが幸せでいられる道はないのだろうかと思う。先代キングのように、麗牙に二人とも愛せる甲斐性があればとも思ったが、そうなれば別のところで火がつくのは明らかだ。

 麗牙はきっと、生涯一人の女性しか愛さない。キングとしてはどうかとも思うが、一人の男としてはこれほど誠実なこともないだろう。

 

『あの二人には幸せになってほしい。そして、麗牙の音楽を守ったあなたにも』

 

「っ」

 

 私のその言葉に、友希那ちゃんは何かを思い出したように目を見開いた。ゆっくり目を閉じ、何か噛み締めるように想いを巡らせる友希那ちゃん。そして、いつしか彼女の声は落ち着きを取り戻していた。

 

「……そうね。私はあの時、麗牙の音楽を守れたのね」

 

『ええ、それは誇りに思っていいわ』

 

「そう……なら、今はそれを糧として乗り越えるわ。まだ自分の気持ちに整理は付いてないけど、麗牙の……彼の音がそこにある。その事実だけでも今は進んでいけるわ」

 

『ホント……音楽に対して純真な子ね』

 

 ようやく落ち着いてきた友希那ちゃんを見て、一旦は解決しそうで胸を撫で下ろす。しかしこれは終わりではない。ただ結論を先延ばしにしただけだからだ。

 

『(でも、いつかは自分の気持ちに蓋をすることはできなくなる)』

 

 その時がくれば、友希那ちゃんはどういう行動をとるのか。その時、麗牙は? 燐子ちゃんは? 各々がどのような決断を下すのか、そればかりは私にもまるで想像することができなかった。

 

 ──願わくば、みんなが幸せな未来を築けますように。

 

 無力な私は、ただ祈ることしかできなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 しかし、少女の内なる熱情など知るところなく、闇は胎動し、そして生まれようとしていた。

 

「間違いない! ようやく見つけた……今だ! 今こそっ、ロード復活の時!」

 

 歓喜にも似た叫びと共に、髑髏の眼孔が鈍く輝く。

 

 薔薇と牙の音楽を取り巻く悪意の根源は、すぐそこまで迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。