ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『燐子と友希那、二人の内なる想いがぶつかろうとしたその時、あの骸骨のレジェンドルガが姿を表した』

『それに立ち向かうは愛音さん。ですが一方その頃、麗牙さんはというと……?』


第153話 いつかのその日を夢見て

「……だめかぁ……」

 

「そらそうやろ」

 

 何度目かになる燐子さんへのメッセージも無視され、僕は教室の机の上に突っ伏す。そんな僕を見た健吾さんは机に肘をつきながら、呆れたように息を吐く。そんな彼の態度も尤もである。友希那さんと二人きりでいたことを、僕はつい昨日まで燐子さんに内緒にしていたのだから。あれほど強く悲しませないと誓った燐子さんを、結果として傷付けて悲しませてしまったのだから。

 

「本当に、なんで今まで言えなかったんだろう……」

 

 付き合った時に言うべきだったと、今にしてそう考えるのは簡単だ。しかし結果として、僕は今の今まで放ったらかしにしてきた。燐子さんと過ごす恋人としての時間と、友希那さんと過ごす音楽家としての時間。この二つを完全に別物として切り離して考えてきたことが、この事態を引き起こしていた。とはいえ、今となっては言い訳にしかならない。あるのは、今この瞬間、僕は燐子さんに拒絶されているということだ。

 

「……こんな僕をバカだと思ってるでしょう」

 

「大いに」

 

「ですよね……」

 

「少しの間は反省しといた方がええでホンマ」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。悪いのは僕なのだから、彼の言う通り大いに反省すべきなのだろう。

 

「はぁ……」

 

 もう何度目になるか分からない溜息を漏らしながら、再び机に突っ伏す。授業も終わった放課後の今、教室には僕と健吾さんだけだ。健吾さんには事の顛末を伝え、今日は少し相談に乗ってもらうつもりだったが、開口一番には「反省しろ」の一言だ。

 そのため今の僕にできることはただ一つ。彼女が僕を許してくれるまで耐えるしかないのだ。

 

「まぁ、お前がそれほど痛い目に遭ってるっちゅうんが燐子ちゃんに伝わるんやったら、許してもらえるかもしれんわな」

 

「そうだといいんですけどね」

 

 痛い目に遭って許してもらえるのなら、いくらでも痛い目に遭ってもいい。

 

 死んで許してくれるなら死んでもいい。

 

 僕はそんなことを割と真面目に考えているが、きっとそう言えば燐子さんは本気で驚いて僕のことを止めるのだろう。例え話でも死ぬくらいなら私は許しますって。そう言う優しい人なんだ、僕の彼女は。だからこそ、そんな優しい彼女を傷付けた僕自身を許せなくなっていた。

 

「生まれ変わりたい……」

 

「教会行くなら付き合うで?」

 

「……いいですね、それ」

 

 教会で懺悔するのもありだろう。この町の教会に懺悔室があるのかは分からないが、今は誰であれ僕の罪を聞いてもらいたい気持ちだった。

 

 そんな時だ。

 

「……お前たち、まだ帰ってなかったのか?」

 

「げっ、籐郷っ」

 

「人の顔を見るなりその反応はないだろ。あと先生を付けろ馬鹿者」

 

 僕の想いが通じたのか分からないが、担任の籐郷先生が罪人たる僕の前に現れた。相変わらず先生が苦手な健吾さんは嫌そうな顔をしているが、僕としては先生のことがちょっとした救世主に見えていた。

 

「まだ教室に残っている生徒がいるのが分かったからな。まさかそれがお前たちだとは」

 

「相変わらず目ざといな。別にええやろ、親友の悩みを聞いてたんやから」

 

「悩み……紅のか。俺に聞けることなら聞こうか?」

 

 やはり神様とやらがいて、悩める僕に先生を遣わせたのかもしれない。親友としての健吾さんとは別に、やはり頼れる人生の先輩にも聞いてもらいたいものなのだ。こういう時は大体次狼の役目なのだが、生憎まだ彼に相談はできていない。以前も新子先生の件でお世話になったし、その点でも彼については大いに期待している自分がいた。

 

「なんや、キングに点数稼ぎか?」

 

「全く……ファンガイア以前に俺は教師だ。教え子の悩みに寄り添うのが本懐だ」

 

「じゃあ俺の悩み。指導の数が多いから減らしてくださーい」

 

「それで紅。お前の悩みってやつ、俺は聞いていいか?」

 

「はい、是非」

 

「あれ? 二人とも露骨に無視した?」

 

 健吾さんには悪いが、先生にも相談したかった僕はすぐに胸の内を明かした。燐子さんとの付き合うよりずっと以前から、友希那さんと曲作りに励んでいたこと。それを燐子さんとの交際開始後も告げなかったこと。先日になってようやく告げたところ、無視され続けることになったこと。傷付けないと約束した彼女を傷付けてしまったこと。

 

「……というわけです」

 

 自分で話していて情けなく、何度も涙が出そうになる。そんな一連の流れを聞いた先生は意外そうに目を丸めると、開口一番こう告げた。

 

「お前、意外とずぼらなところあったんだな」

 

「ず、ずぼら……」

 

「滅多なことちゃうけどな。やけどその偶に起きる一回のやらかしが大きいねんコイツ」

 

「嫌なアシストしないでくださいよ……」

 

 普段は相性悪いくせにこんなところで息の合った罵倒をしないでほしい。悪いのは僕なのだからその罵倒も受け入れるが、相談に乗ってもらっているのにこれでは更に凹みそうになる。

 

「はぁ……」

 

「まあ、なんだ。それでもお前は正直に彼女さんに伝えたんだろ? 普通の男ならずっと黙ってるところをだ。同じ男としてお前のその誠実さ、俺は好きだぞ」

 

「確かに、男の俺らから見たら好感度高く感じるけどな」

 

「なんか二人とも、さっきと言ってること違ってません?」

 

 割と馬鹿にされていた気がするのだが、今度は手のひらを返したように褒められる。確かに僕も黙っている罪悪感に耐えかねて、これが最善だと、良かれと思って燐子さんに白状した。彼女に誠実性を示したかった点ももちろんあったが、その結果が今の現状なのだ。だからこそ僕はどうすれば良かったのか悩んでいたのだが……。

 

「俺たちの価値観が、そのまま女性と同じということはないだろうに」

 

「あっ……」

 

 先生のその一言で、僕は彼が言いたいことと、自身の抱いていた思い違いに気付かされた。

 

「あまりジェンダーの間の違いとは言いたくないから、とりあえず個人の考え方の違いとしておこう。紅の彼女がどう考えてるのかは分からないが、『浮気を一生隠しててほしかった』という人だって割といるのが現状だ」

 

「いや浮気なんてしてないですから」

 

「分かってる、例えだ。下手に傷つけるくらいなら、墓まで持っていってほしい。最後まで騙し通してほしい。傷付きたくないから。争いなんてしたくないから。世の中そんな人ばかりだ。もしお前が曲作りのことを隠し通していたら、お前は『悲しませない』という彼女との約束を破らずに済んだわけだからな」

 

「……」

 

 先生にここまで言われて、僕は自分の選択がどう間違ったのか理解した。いや、選択というよりはもっと手前の……前提となる部分で大きな勘違いがあった。僕は自分の価値観が燐子さんのそれと同じだと思い込んでいたのだ。

 

「僕、燐子さんは僕と同じ価値観を共有しているものだと……僕が正直に言えば通じてくれると信じていたみたいです」

 

 僕と燐子さんは互いに想いあって結ばれた。大きな障害を乗り越えた先で、ようやく分かり合えた大切な存在だと互いに想っている。だからこそ、二人は一心同体で、想いも同じ。故に考え方も同じなのだと、僕は心のどこかで思っていたのだ。

 

 そう、燐子さんなら分かってくれるという『甘え』があったのだ。

 

「燐子さんは燐子さんなのに……僕とは違うのに」

 

 人は心の中で音楽を奏でている。その音は一人一人違う音を奏でていて、誰一人として同じものはない。

 

 そんなこと、僕が一番よく分かっていたはずなのに、よりによって燐子さんに関しては忘れてしまっていた。僕の浅はかな考え方故に燐子さんを傷付けてしまった。その自覚が湧いてきたからこそ、僕は更に打ち拉がれることになった。

 

 しかし……。

 

「だが残念なことに、浮気だとかそういうものは隠していたところで大抵はバレる。だから、俺は紅がまだ傷の浅いタイミングで白状したのは正解だと思うよ」

 

「え?」

 

「そもそもや。いつか作った曲を世に出すんやったらその時にバレてたやろ。さっきから俺が悪い言うてんのは『付き合った直後に言わんかったこと』やし」

 

「ん……?」

 

 褒められたと思ったら否定されて、今度はまた慰められて……二人が何を言いたいのか分からず、僕は混乱してしまっていた。

 

「え、結局どっちなんですか? 僕は何をするのが正解なんですか?」

 

「謝り続けろ」

 

「耐え続けろ」

 

「結局それですか」

 

「それしかない。というかそれ以外にない。男にできるのはそれだけだ。お前もそう感じていたはずだろ」

 

「はい……」

 

 したことは必ずしも間違いでなくとも、相手を傷付けた事実は変えられない。ならば罪人はひたすら謝り、その咎に耐え続けろと。二人はそう言うのだ。それならば二人に言われるまでもなくそうしてきた。つまり、既に結論は僕の中で出ていたのだ。

 

 しかし、二人の言葉が無意味だとは思わない。いつの間にか自分の価値観を燐子さんのものと同一視していたことを、二人のおかげで気付けたのだから。

 

「あの……ありがとうございます先生。僕、このままめげずに燐子さんと向き合い続けます」

 

「ああ。それがいい」

 

 燐子さんに振り向いてもらうまで、何度でも謝る。何度だって耐える。今はその意思を貫き通していくしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え、ちょっと待って麗牙、俺もさっきから結構似たようなこと言ってんのに、なんで籐郷の言葉ですぐ折れんねん」

 

「え? それは……言葉の圧というか説得力というか……」

 

 言われてみれば健吾さんも先生と同じ意見で話しているが、何故か説得力は先生の方に軍配が上がる。少し考えてみたが、やはり年の功以外に理由が思いつかなかったけれども。

 

「伊達に何年も教師はしてないさ」

 

「やっぱムカつくわーこの人」

 

「ふ、お前にはまだまだ遠い世界の話だったな」

 

「おうおうっ、だったら教師として生徒とぶつかり合ってもらおうか? 河原で殴り合いまでなら付き合うで?」

 

 ──絶対にやめた方がいいと思う。多分この人、滅茶苦茶強いだろうから。

 

 そんな言葉を何とか飲み込む。魔皇力とかそんなんじゃなく、もっと深いところで僕にも分からないピリピリしたものを感じるからだ。ファンガイアの姿の先生を未だ見たことはないが、何故か健吾さんが勝てる未来が見えなかった。普段の二人を見ているからかもしれないけど……。

 

「二人とも、なんだかんだで息が合いますよね」

 

「嘘やろ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔のお手本みたいな表情で僕を睨む健吾さん。対照的にどこか諦めのように薄く笑う先生。きっとこの差だと思う。僕の感じた年の功というのは。

 

「……すまん、話が逸れたな。まあ、あとはお前たち次第だ。しかしそうだな……仲直りできたら、その子をお前のバイクに乗せてドライブでもいったらどうだ? お前、中々にいい趣味のバイクがあるだろ?」

 

「えっと……あれは……」

 

 それは褒めているのだろうか? 確かに僕はマシンキバーという名の派手に真っ赤なアメリカンタイプのバイクを愛用しているが、別にアレは僕が選んだわけではない。父さんが昔に少しだけ使っていたものをキバットから与えられたものだ。褒めてくれているとして、それが僕の趣味だと思われるのは少しくすぐったくも感じる。

 

「というか、先生もバイクとか乗るんですか?」

 

 そこまで考えたところで、僕はふと思った。あのマシンを褒めている(ということにしておく)くらいだから、先生もバイクに詳しかったりするのだろうか、と。すると、意外なところから答えが返ってきた。

 

「ん? 麗牙知らんかったん? 籐郷って大学ん頃、結構有名なレーサーやったんやで」 

 

「え?」

 

「籐郷弘志(ひろし)って調べたら出てけえへんか? ほら」

 

 そう言いながら携帯で調べた画面を僕に見せてくる健吾さん。そこには確かに学生時代の栄光を讃える記事が(今と全く容姿の変わらない)先生の写真と共に掲載されていた。

 

「教え手が良かっただけさ」

 

 謙遜しながらそう呟く先生だが、幾度となく賞を重ねているその経歴を見ているとどうしても感心してしまう。まさか先生にそんな過去があるとは知らなかった……というか健吾さん、なんだかんだ言って先生のこと好きなんじゃないのか? こういうことわざわざ知ってるあたり。しかし言ったところで否定されるのが見えているからやめておこう。

 

「へぇ……いつかみんなでツーリングとかもいいですね」

 

 僕の言葉に満更でもなさげに息を吐く健吾さんを見て、やはり二人の相性は思っていたよりも悪いものではなかったようだと認識を改める。喧嘩ばかりしてるようでも、心の奥では認めていたりするものなのだろう。

 

「まあ、アレや。なんやかんや言うたけど、麗牙と燐子ちゃんやったら絶対大丈夫やって。あん時の愛音とも仲直りできたくらいやから」 

 

「ありましたねそんなこと」

 

 そう言われると確かにそうだと、僕は思わず破顔する。まだ愛音が僕に懐いていなかった頃の話だが、僕は一度彼女と大喧嘩をしたことがある。互いに王の鎧を持ち出す自体にまで発展した命懸けの喧嘩になってしまったが、紆余曲折あって今の関係に至ったのだ。

 

「今思うと、とてもいい思い出です」

 

「死にかけといて?」

 

「それは本当に喧嘩なのか……?」

 

 互いに当時のことを恥じることはあれど、それを無かったことにしたいなどとは決して思わない。どんな苦い思い出も、今の僕たちを形作っているのだから。幼い日の燐子さんとの辛い思い出も、それがあるからこそ今の僕があるし、今の燐子さんがある。

 だからいつかきっと、この苦難も未来の自分を作り上げる思い出に変わってくれるのだろう。そんな期待をしたとしてもバチは当たらないはずだ。

 

「早く燐子さんと仲直りして……そうだなぁ、いつかみんなで、どこか遠いところに出かけてみたいですね……」

 

 既に花弁は散り果て、緑が生い茂る桜の木を見つめながら僕は呟く。全てが丸く収まって、みんなが笑顔でいてくれて、みんなで遠出なんてできたら、きっと楽しいだろうな……。この町から出ない生活を長く続けていたからか、ふとそんなことを感じていた。

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

「っ!?」

 

 しかしその時、ブラッディ・ローズが奏でる警告のような音色が僕の耳にだけ聞こえてきた。誰かに危機が迫っている。人の心の音楽を守れと血の薔薇が歌っている。そうなれば迷ったり黄昏たりする暇はない。今の僕が僕がすべきことは一つだ。

 

「すみません、僕行きます!」

 

 いつもそうであるように、僕は勢いよく椅子から立ち上がり駆け出そうとした。

 

 しかし次の瞬間、窓の外に見える景色を前に僕の、いや、僕たちの動きは止まってしまうことになる。

 

 

 

 

 ──キィィィィエエエエエッ‼︎

 

 

 

 

 空気を引き裂くような鋭い声を上げ、黄金に輝く何かが空に向かって飛翔していくのが教室からも見えた。その更に上空には別の異形の影があったのだが、黄金の輝きの前では取るに足らないため、誰もそちらの方に意識は向けられていなかった。

 

「おいおいおい!? アイツ何しとんねんっ!?」

 

 健吾さんの驚愕も無理はないだろう。彼女(・・)がこんなあからさまに目立つようにあの力を使うなんて、そう滅多なことではない。

 それは鳥にも、竜にも、蝙蝠にも見えたことだろう。その怪奇な存在の正体を、この教室にいる誰もが知っていた。

 

「初めて見たな……アレがエンペラーバットか」

 

 籐郷先生の言う通り、青空を切り裂き舞い上がる黄金の飛翔態は、ファンガイア族の間では『エンペラーバット』と呼ばれる禁忌の存在。太古より一族の間で恐れられてきた伝説の存在だった。

 しかし僕はその名では呼ばない。いや、呼べるはずがない。

 何故ならあれは禁忌などではなく、僕の大切な家族なのだから。

 

「愛音……っ、とにかく行かないと」

 

 僕の妹が変身した黄金のキバ。

 

 それが更なる変化を経て進化したキバ飛翔態。

 

 彼女の奥の手であるその力を振るうような存在が現れたのだとしたら……それほどの事態が起きているのだとしたら、僕はこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。

 

「健吾さん、先に行きます!」

 

「紅」

 

「なんですか!」

 

「どんな結果になっても、何があっても、決して悔いだけは残すなよ」

 

「最初からそのつもりです!」

 

「ちょ待、速っ!?」

 

 燐子さんとの関係についてそれだけは言いたかったであろう先生の言葉を最後に聞き、僕は教室の窓から飛び出した。少し遅れて健吾さんが走り出す音も聞こえてきたが、彼を待つつもりはない。今はただ愛音の元へ……かけがえのないただ一人の妹の元へ駆け出すことしか考えてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺としては……もう一人の曲作りをしてた女の子のことも気掛かりなんだがな……」

 

 そんな心配するような先生の小さな呟きも、既に彼方に走り去った僕の耳に届くことはなかった。

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