ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『キバットさん! 麗牙さんと燐子さん、無事に仲直りできるんでしょうか?』

『それは神のみぞ知る、だぜタッちゃん。だけど今回、それ以上になんだかとんでもないことが起こりそうな予感がするぜ〜!?』


第154話 飛翔、そして……

 CiRCLE前のカフェテリアでは大小様々な悲鳴が沸き起こっていた。突如として現れた骸骨の異形(スケルトンレジェンドルガ)という現実とは思えない異常を目の当たりにし、ある者は自身の目を疑い、ある者は精神の異常を疑い、それを自身の空想だと信じようとする。しかしいずれもそれが現実と知るや、彼らは往々にして悲鳴を上げてその場から飛び出すように逃げ出していく。

 中には当然その光景を記録に残そうとする者もいたが、それが実際に拡散されることがないことを黄金のキバに変身した愛音は知っていた。これまでも同じようなことが起きた時、必ず青空の会がその拡散を防いでいたためだ。故に、今のキバはただ目の前の敵に集中することができた。レジェンドルガに狙われている友希那と燐子を守るために。そして、兄の恨みを買う怨敵を斃すために……。

 

「(燐子も友希那も……絶対に渡さない!)」

 

 キバや燐子たちを取り囲むスケルトンレジェンドルガと、それによって生み出された無数の骸骨兵は、ゆっくりと前進して少女たちに向け侵攻する。彼らの目的はただ一つ、かつてレジェンドルガ族の王──ロードと同じ魔皇力を埋め込まれた人間の子孫を儀式に費やし、ロードを現代に甦らせること。スケルトンの視線の先にいる友希那と燐子がそうであると確信したキバは、王の剣たるザンバットソードを構えながら、二人を守りきる決意を固めていた。

 

Wake Up(ウエイクアップ)!』

 

『っ、いきなり!?』

 

 そのためならば出し惜しみはしない。彼女は宣告した通り、最初から全力を出すつもりであった。

 ザンバットの刃を噛み掴んでいるザンバットバットから外した魔笛をキバットに吹かせ、キバはその奥義を発動させた。ザンバットバットを掴んで刃の上を、刃を研ぐかのようにスライドさせるキバ。血の如く赫赫と光る刃が最大限に輝き、ザンバットバットを鍔まで戻した直後、キバはその剣を横一線に振るった。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

「ッギュァ」

「ガギュッ」

「ゥゴォァ」

 

 その瞬間、刃から真紅の斬撃が放たれた。三日月の如く鋭利にカーブした斬撃は、囲んでいた骸骨兵の一角に迫り、その身体を呆気なく切り裂いた。バラバラと崩れていく骸骨兵の身体を脇目にし、しかし未だ多く健在する骸骨兵をすぐに見据え、キバは再度ザンバットバットをスライドさせて次の斬撃を放っていた。

 

「フンッ!!」

 

「ギァ」

「イギァゥ」

「クゴゥッ」

 

 先ほどと同じように放たれた真紅の斬撃は、また同じように骸骨兵を切り裂き、その身体を打ち滅ぼしていく。しかしその様子を最後まで見ることなく、間髪入れずにキバは次の攻撃を放っていた。

 

「セェェヤァァァッ!」

 

 そのようにして、キバはザンバットによる斬撃を幾度も骸骨兵に放っていった。たった一撃でも絶大な威力を誇り、大抵の敵は滅びゆくザンバットソードの必殺技──ファイナルザンバット斬。キバの宣告通り、彼女はそれを最初から幾度となく繰り出していった。

 

「ハァ……ハァ……あとは、お前……」

 

「す……すごい……」

 

 気が付けばスケルトンレジェンドルガを除く全ての敵は塵に還っていた。軽く二百はいたであろう無数の骸骨兵は、ものの一瞬でキバの手により消し去られたのだ。その圧倒的な力を前に、燐子だけでなく無言で見守っていた友希那も息を呑む。

 

『(でもコイツどうして……)』

 

 しかしキバとキバーラには一つの疑念があった。目の前の敵は自身の兵隊が斃されていく様を、何故何もせずにただ見ているだけであったのか。その気になればいくらでも妨害できたにも関わらずだ。キバの攻撃を妨害しようとはせず、ただ静観しているようにも見えたこの異形のことが、とかく不気味に思えていた。

 

「息が上がっているな……」

 

「ハンデ……だし」

 

 自身が消耗しきるのを待っていた……そう考えるのが自然だろう。骸骨兵が消え去り、キバが息切れを起こした瞬間にようやく動き出したスケルトンを見て、キバはそう判断する。どの道、敵を倒すためにも友希那たちを守るためにも、どうしても骸骨兵が邪魔であったため先に潰しておく必要があったのだ。それがたとえ敵の策略であろうと、その判断だけは間違っていなかったはずだとキバは考えていた。

 

「では今度はこちらに付き合ってもらおうか……フンッ!!」

 

「っ……マジかよ……」

 

 その光景を見て、愛音は仮面の下で苦笑いを浮かべていた。スケルトンレジェンドルガの全身に魔皇力が纏われたと感じた次の瞬間、その異形は自身の力を解放させていた。背中に骨で形作られた巨大な翼が出現し、なんとその場から浮き上がったのだ。翼で飛翔しているというよりは、翼から発せられる魔皇力で浮遊しているという方がより正しいであろう。

 

『なによアイツ飛べるの!? 反則よ反則!』

 

「言ってる場合なの?」

 

 スケルトンに抗議するように声を上げるキバーラにツッコむ友希那であるが、彼女も側で見守る燐子同様に戦慄していた。自由に空を飛べるということは、いつでもキバを無視してこちらに襲撃をかけることが可能ということ。キャッスルドランがあるならばともかく、キバ一人では空中の敵に対する有効打の少ないことを知っているため、二人は予想外の変化を遂げたスケルトン相手に不安を隠せなくなっていた。

 

「そんな顔するな……うら若き乙女が……」

 

『いやアンタだってうら若き乙女でしょうが』

 

「ふ……それな……」

 

 しかし、キバとキバーラの間に不安や戦慄などはなかった。まるでいつものように軽口を交わす二人を見て、友希那と燐子も自分の中の不安が消えていくのが分かった。彼女たちが大丈夫ならきっと大丈夫なのだろう。これまでがそうだったように、これからもきっと……。

 

 そして、その期待は正しいことを彼女たちは知ることとなる。

 

「では行くぞ……!」

 

 スケルトンが高く飛翔し、遥か上空へと舞い上がる。黄金のキバの跳躍ならば届くことはできるが、万が一避けられた場合、友希那と燐子を守ることは非常に困難になる。故にキバは迂闊にその場で跳躍することはできなかった。

 

「ふっ……!」

 

 そして、スケルトンによる上空からの強襲が始まった。それは単純な直線的な動きでなく、捉えることが困難な変則的な軌道であった。しかし明らかに音速を超える超速度で迫るそれは、あとものの三秒もしないうちに友希那たちに辿り着く。もしその速度のまま彼女たちのどちらかを連れ去られた場合、キバからの手出しが不可能になってしまう。そうなれば詰みだ。敵の狙いが二人のどちらかが分からない以上、確実な待ち伏せは不可能であった。

 

 そのためキバに……愛音に残された選択は一つであった……。

 

 

 

 

「言ったはず……最初から全力でいくって……!!」

 

 

 

 

 キバがそう告げた瞬間、その身体は眩い黄金の光に包み込まれた。

 

 それと同時に友希那の耳には、血の薔薇(ブラッディ・ローズ)の温かな旋律が聴こえていた。

 

「……はっ!?」

 

 しかしそれを認識して間もなく、全ての音を置き去りにしてスケルトンが彼女たちの真上に現れた。一瞬のことであったが、自分たちを光のない空虚な眼孔で睨みつける異形を目にしてしまい、彼女たちの思考は止まってしまっていた。もはや何もできない、何も間に合わないと、大きく変化した異形の姿を前に本能がそう感じていた。

 

 だが同時に、友希那と燐子は見た。

 

 目の前から一瞬でスケルトンの姿が消えたのを。

 

 突如として自分たちの上に現れた巨大な黄金の光が、異形を吹き飛ばす光景を。

 

「え……?」

 

 呆気に取られたのも束の間、異形を吹き飛ばしたその光の正体を、友希那と燐子は認識できた。

 

 それは鋭い刃のような爪を携えた、巨大な黄金の蝙蝠。

 

 蝙蝠と呼ぶにはあまりにも神々しく、額に巨大な三つの魔皇石が輝く頭部は、正に怪物と呼ぶべく凶悪な形相であった。

 

 しかし彼女たちの目の前に現れた新たな黄金の異形は、確実に二人を護る形でその場で翼を羽ばたかせていた。

 

「……愛音……なの?」

 

「え……?」

 

 友希那はその巨大な異形の正体を感じ取っていた。腹部と思しき場所にキバットが留まっていたからではない。その異形が奏でる心の音楽を……みんなの音楽を守りたいと願う少女の心の音楽が、友希那に聴こえていたからだ。

 

『ええ、そうよ。これが愛音の奥の手、“エンペラーバット”。高い魔皇力を有するハーフファンガイアのみが変身すると言い伝えられてきた幻の存在。アナタたち風に言うなら、仮面ライダーキバ飛翔態ってところかしら』

 

「キバの……」

 

「……飛翔態」

 

「なるほど……これが噂の」

 

「っ!?」

 

 キバの新たな姿を目にして思わず息が漏れる二人であったが、スケルトンの声に反応して即座に振り返る。先ほど声もなく吹き飛ばされたスケルトンは、その勢いのまま轟音を上げながら地面を抉っていた。土煙が未だ立ち込める中、立ち上がったスケルトンはその場で翼をはためかせて滞空するキバ飛翔態を見つめていた。

 

「だが関係ない……フッ!」

 

 それがどうしたと言わんばかりに、巨大な翼を広げたスケルトンは再度飛翔を開始する。先ほどと同じように、否、先ほどよりも遥か上空へ至ろうと飛び上がっていた。

 もちろんそれを見逃すキバではない。スケルトン同時、キバもまた同じ行動をとっていた。

 

「キィィィィエエエエエッ‼︎」

 

 金切り声にも似た甲高い咆哮を上げ、キバ飛翔態はスケルトンの後を追うべく飛び上がった。巨大な黄金の翼をはためかせ、風や音を切り裂くほどの速度で上空へ舞い上がっていく。そのあまりの速度に、飛翔する際には辺りに突風が巻き起こっていた。

 

「きゃっ!?」

 

 そんな燐子の発する小さな悲鳴すら間に合わないほどの速度でキバは空へと飛び立っていく。その速度はスケルトンの比ではなく、すぐに追いつくこととなる。

 

 そして、広大な大空の元で超高速による戦闘が開始されていた。

 

「キィィィエァァァ‼︎」

 

「何ッ!? グウォッ!?」

 

 背後からすれ違い様に刃のような翼でスケルトンの骨の翼を切り裂いた。豆腐を切るかのようにいとも簡単に切断されたそれを見て驚愕するスケルトンであったが、自身の身体を即座に再生させて新たな骨の翼を生成していた。

 

「ハァァッ!!」

 

「キィェェェッ‼︎」

 

 スケルトンがキバに向けて手のひらを向けた途端、そこから禍々しい色彩を孕んだ光弾を打ち出された。いくつもの光弾が迫る中、キバもその口から火球を吐き出していた。互いの攻撃は相殺され、街の遥か上空では数多くの爆炎が撒き散らかされており、スケルトンは相手の姿を認識できずにいた。

 

「ギィィィィ‼︎」

 

「ッ!? フゥンッ!」

 

 そんな中、爆炎の中から突如としてキバが現れ、スケルトンに向けて突進していた。当然それを目視した途端、スケルトンは翼を翻して距離を取ろうとする。それを逃すまいとキバもまた翼を広げ、追跡を開始した。

 

「全然見えない……っ」

 

『流石に音速を超えるスピードじゃあねぇ……』

 

「お、音速……」

 

 スケルトンの飛行速度も凄まじいが、それよりも恐ろしいのは飛翔態に覚醒したキバのスピードであった。誰も彼女の最高速度は計測したことはないが、少なくともマッハ三は裕に超えることは確かである。

 そんな常識を超えた異形たちの空中戦を、人間である友希那たちが認識できるはずもなかった。

 

「ハアッ!!」

 

「ギギィィッ‼︎」

 

 今も上空で何度も何度もぶつかり合う異形たち。その声と炸裂音、そして衝撃による爆炎こそ確認はできるが、友希那も燐子もその確かな姿を見ることはかなわなかった。

 

 しかし、そんな白熱した大空の元の戦いも終わりを迎える。

 

「っ!?」

 

 突如、キバの額に埋め込まれた巨大な魔皇石が輝き出した。キバの頭部を中心に破壊的なエネルギーが充填されていくのがスケルトンも、そして地上のキバーラも感じていた。故に回避行動を取ろうとしたスケルトンであったが、それは敵わなかった。

 

 キバから目を逸らして逃げる方へ目をやった瞬間、なんとその目の前には既にキバが周り込んでいたのだから。

 

「な──」

 

「────!!」

 

 そしてキバの口より、超エネルギーを纏った極太の熱線が放射された。

 

 ブラッディストライク──愛音自身の持つ強大な魔皇力が、その身に埋め込まれた魔皇石により増幅された破壊の一撃。

 

 その絶大で破壊的な攻撃を喰らったスケルトンは……しかし未だ健在であった。

 

「グ……ググ……!」

 

「!? まだ生きて……」

 

『いえ……これで終わりよ』

 

 しかしキバの攻撃はこれで終わりではない。

 

 全身を焼かれ、翼も失ったスケルトンは地表へと落下していく。

 

 それを急降下して追う飛翔態は、なんと空中でその姿を変化させ、エンペラーフォームの姿に戻ったのである。

 

 そして──

 

 

Wake Up Fever(ウエイクアップフィーバー)!』

 

 

 キバは黄金の鎧に込められた最強の必殺技を発動させた。

 

 

「ハァァァァァァァァッ!!」

 

「ウグオオオオァァァァッ!?」

 

 

 急降下によるエネルギーも上乗せされたエンペラームーンブレイクがスケルトンに炸裂した。

 

 二枚の真紅の刃が幾度となく異形の身体を引き裂きながら、キバは流星の如く地表へと降り注ぐ。

 

「ハァァッ!」

 

 最後にスケルトンの身体を蹴って宙を舞い、赤いマントを翻しつつキバは華麗に地上に着地する。

 

 同時に轟音を立て、スケルトンは地表に叩きつけられるように落下した。辺りは激しい衝撃と爆風に包まれ、見ていた誰もが地面が揺れたような感覚に陥っていた。

 

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 もはや勝利は誰の目に見ても明確であった。キバもそう感じたところで、彼女にとって最も大好きな声が聞こえてきた。

 

「愛音!」

 

「兄さんっ。でもこの場合は……微妙なタイミング?」

 

 心配して駆けつけてきたのだろうが既に勝敗は喫した。そう意味では遅いだろう。

 先ほどまでバチバていた友希那と燐子がいる中で駆けつけてくるのも、これまた微妙なタイミング。

 そんな二重の意味で、何とも言えないタイミングで到着した自分の兄を想い、愛音は仮面の中で引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 その時だ……。

 

「グ……こ……で……」

 

「っ、骸骨のレジェンドルガ……(でも、もう……)」

 

 キバの攻撃により横たわってたスケルトンの言葉を聞き、麗牙は即座に身構えて視線を向ける。しかし、スケルトンの身体は既に崩壊を始めていた。以前に麗牙が戦った時のような自壊とは違う、正真正銘の死がすぐそこまで迫っていた。無惨にもボロボロと崩れていくその身体を見つめながら、麗牙はキバが勝利したことを確信した。

 

 

 

 

 ……しようとした。

 

 

 

 

「……?(何だ……この違和感……)」

 

 しかしキバの元に辿り着いた麗牙は、横たわるスケルトンに違和感を……正確には周囲一帯から感じ取る異様な感覚に引っかかりを覚えていた。

 

 魔力らしい魔力も感じない。

 

 燐子と友希那も目に見えるが、ここより離れた安全圏にいる。

 

 しかし、何か大事なものを見落としている。

 

 何か……決定的な何かを。

 

 麗牙の本能はそれを感じ取っていた。

 

 そして……。

 

 

 

「こ、れで…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……成った(・・・)

 

 

 

 

 その言葉と共にスケルトンレジェンドルガは爆散した。

 

 その瞬間、辺り一面の地面が光り輝いた。

 

 否、地面ではない。

 

 キバによって砕かれた、無数の骸骨兵の破片であった。

 

 異形の破片によって描かれた、超巨大な魔法陣であった。

 

「まさか……」

 

 その時、ようやく麗牙は確信に至った。

 

 かつて黒麓大地は、ロードについてこう語っていたのだ。

 

『当時の人間に無差別に、自分の写身とも言える力の末端を植え付けた』

 

 故にロードの魔皇力を宿した人間……その子孫がレジェンドルガたちの求める者であった。

 

 

 

 

 そう、魔皇力を持った「人間の子孫」である。

 

 

 

 

「……まさか!!」

 

 考えれば簡単なことであった。

 

 何故今の今までその発想に至らなかったのか、麗牙自身にも分からない。

 

「そんな……!!」

 

 ただ一つ分かることは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気付くのが遅すぎたことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? ぅぐァア゙ァァァァッ!?」

 

「愛音ェェェェッ!!」

 

 突如として苦しみ出すキバ。

 

 そう、描かれた魔法陣の中心にいたのはキバであった。

 

 敢えて骸骨兵やスケルトン自身の身を散らせることにより描かれた、骸の魔法陣。

 

 スケルトンレジェンドルガの死をトリガーとして発動する古代の大魔術。

 

 それはロードの魔皇力を持つ人間の血が受け継がれてきた……愛音を捕まえるためのものであった。

 

『うぉああっ!?』

『わぁあああっ!?』

 

 キバの鎧の内側から湧き上がる莫大なエネルギーを受け、キバットとタツロットは吹き飛ばされ、キバの変身が解除される。そうして現れた愛音の身体の周りには、黒いオーラが嵐の如く渦巻いていた。

 

「ぅあ゛ァァああぁぁぁああッ!!」

 

「愛音っ……愛音ェ!!」

 

 胸を抑えて苦しむ愛音を見るまでもなく、その心から流れる叫びのような音楽を聴いた麗牙は我を忘れて駆け出していた。この後に何が起きるかなど考えていなかった。愛音がどうなってしまうかなど考えていなかった。今はただ、苦しみ悶えている最愛の妹の元へ走り出し、その手を掴みたかった。それしか麗牙は考えていなかった。

 

「に……ィ゛……さァ……ん……ゥグ!?」

 

 苦悶に苦しむ愛音の瞳が僅かに開かれ、自分に向かってくる最愛の兄に向けられていた。満足に動かない腕をゆっくり動かして、麗牙に手を伸ばす愛音。その口からは小さな懇願が漏れていた。

 

「ィア゙……た、すッ……け……てェ……!」

 

「っ、愛音!!」

 

 伸ばされた愛音の手。

 

 それを掴もうと麗牙は手を伸ばす。

 

 あと少しで届く。

 

 あともう少しで苦しむ妹を抱きしめることができる。

 

 そうして伸ばされた麗牙の手を掴もうとした愛音の手は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──すんでのところで麗牙の胸元に向けられた。

 

 

『死ね』

 

「え──」

 

 その直後、愛音の手から嵐が吹き荒れた。

 

 そうとしか形容できないような激しい衝撃と爆風が愛音の手から発射され、麗牙は声を上げることなく吹き飛ばされてしまった。黒いオーラを撒き散らしながら、怒号のような爆音を上げて麗牙は建物の壁に叩きつけられた。

 

「麗牙!!」

 

「麗牙さん!!」

 

 巻き起こる土煙が麗牙の姿を隠す。居ても立っても居られない友希那と燐子はすぐに彼の元へと走り出した。しかしすぐに土煙が晴れ、そこにはぐったりと力なく横たわる麗牙の姿があった。

 

「……」

 

「い、イヤッ!! 麗牙さん!! 麗牙さんッ!!!」

 

「ら、いが……うそ……嘘よ! 麗牙ッ!」

 

『落ち着いてっ! 麗牙はまだ──』

 

『まだ息があるな……』

 

「っ!?」

 

 地の底から湧き上がるような唸る声。初めて聞くその声につられて振り返ると、そこにいたのは愛音であった。

 

 いや、先ほどまで愛音であった何かであった。

 

「愛音……さん……?」

 

『そんな……まさか愛音の中にいたなんて……レジェンドルガのロード!』

 

 そこにいた愛音の顔をした存在は、邪悪な笑みを浮かべて倒れた麗牙を見つめていた。それこそ、遥か昔にファンガイアのキングによって封印されたレジェンドルガの王──ロードであった。

 かつてのロードが放った魔皇力は愛音の先祖に埋め込まれ、その子孫──愛音にまで引き継がれることとなった。愛音の家系の途中でファンガイアの血が混ざったこともあり、誰も愛音が魔皇力を有することに疑問を抱くことがなかったのだ。

 

『ファンガイアのキング……今この場で滅ぼしてくれる』

 

『っ!? また来る!? マズイわ!!』

 

 しかしそんな感傷など目の前の存在は待ってはくれない。先ほど麗牙を吹き飛ばした黒い嵐が再びその手から放たれようとしていた。いくらキバーラといえども、この圧倒的な力を前に防ぎ切ることは不可能である。

 

『死ね!』

 

「だめ!!」

 

 まるで意に介さないかなように、無情にもロードはその手から先ほどと同じ闇の嵐を放った。迫り来る暴力を前にもはやなす術はない。友希那と燐子はただ傷付いた麗牙に覆い被さることしかできなかった。

 

「変身!」

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

 しかしその時、颯爽と現れたのは健吾であった。ライジングイクサへと変身を遂げた健吾は、すぐさま迎撃体制を取るべく、イクサライザーの銃口をロードへ向けていた。

 

『健吾!?』

 

「伏せてろ!!」

 

 今し方到着したイクサには、当然今の状況はまるで理解できていない。何故麗牙が倒れているのか。何故愛音が襲いかかっているのか。詳しい事情はイクサの知るところではない。

 しかし今ここで何もしなければ、間違いなく皆が死ぬ。それだけ分かっていれば、あとは身体が勝手に動いていた。

 

「うぉらァァァァァッ!!」

 

 イクサ最大の必殺技──ファイナルライジングブラストが放たれ、ロードの放つ闇とぶつかり合った。そのあまりの威力のために、強烈な圧が辺りに襲いかかる。地面のタイルは飛ばされ、木々は折れ、街灯はひしゃげていく。そんな激しいエネルギー同士の激突は、拮抗を繰り返したのち僅かにロードの方へと向かっていった。

 

「(これで……!)」

 

『……フンッ』

 

「なっ……オオオオオッ!?(ヤ、ヤバい!)」

 

 しかしそれがどうしたと言わんばかりに、ロードは空いていたもう片方の手をイクサに向け、その手からも闇の嵐を放ったのだ。両手から放たれた二つの強烈な闇がファイナルライジングブラストを飲み込み、イクサたちの方へ押し返されていく。

 

「ォ、オオオオッ!(こ、このままじゃ……)」

 

 単純に攻撃が一つから二つに増えただけ。しかしただそれだけの差が致命的であった。一つだけでも互角であったそれを押し返せるはずもなく、ロードの闇がイクサの攻撃ごと全てを飲み込もうとしていた。

 

 正に万事休す。

 

 イクサの脳裏にその言葉が過った時、またも新たな乱入者が現れた。

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

「ハァッ!!」

 

「っ、師匠!!」

 

 駆けつけたのは異世界より招来した戦士、名護啓介。彼が変身するライジングイクサもまたこの戦場に現れ、健吾の変身するイクサの隣に降り立った。

 

「行くぞ、綾野くん。ハァァァァァァッ!!」

 

「はいっ! ゥオオオオオオオオッ!!」

 

『むっ』

 

 名護イクサの手に握られたイクサライザーからもファイナルライジングブラストが放たれた。二人のイクサから放たれたエネルギーの波が巨大な闇を押し返していく。エネルギーとしては同質のものである二つの波が合わさることで、彼らの技は互いの威力を殺すことなく放出されていた。

 

 しかし、その攻撃は目標まで届くことはなかった。拮抗することで滞留していたエネルギーが限界を迎えたため、ぶつかり合う力は暴発してしまったのだ。そして爆炎の向こうの敵は大したダメージを負っていないだろうことは、二人のイクサもロードも確信していた。

 

「コイツ……っ」

 

『フン、やるな……ん?』

 

 それまで一歩も動くことなく攻撃を放っていたロードは、ようやくその足を踏み出そうとした。

 

 しかし……。

 

『なるほど、まだ馴染まぬようだ……』

 

「っ、今だ!」

 

 自身の身体の違和感に気付いたロードはその歩みを止める。復活したばかり故か、自分の思うような動きがかなわなかったのだ。相手の身体の不調に気付いた二人のイクサはすぐさま駆け寄るべく動き出すが、それよりも僅かにロードの動きの方が早かった。

 

 

『だがいずれ滅ぼしてくれる。人間も……ファンガイアも!』

 

 

 その言葉を残し、愛音の姿をしたロードは霧のように消えていってしまったのだった。

 

「なっ……!」

 

「なんて奴だ。だがそれよりも……」

 

 二人のイクサは敵に逃げられたことを悟り、変身を解除する。そして背後へと振り返り、今なお意識を失い、目に涙を浮かべた二人の少女に介抱されている傷だらけの麗牙を見つめていた。

 

「……」

 

 既に青空は失せていた。

 

 鉛色の雲が過ぎ去るように、辺りにも重い空気が流れていく。

 

 誰も口を開ける者はいない。

 

 開くことはできなかった。

 

 健吾と名護も、全てを察していた。

 

 ロードは復活を果たした。

 

 紅愛音の身体を手に入れて……。

 

「……ぁ、ぃ……ね……」

 

 うわ言のように口から出た麗牙の呼びかけに応えるものは誰もいない。

 

 全てが最悪の方向へと進もうとしていた……。

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