ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『「レクイエム」という言葉、みんなよく聞くわよね。日本語では「鎮魂曲」って呼ばれているけれど、これ実は結構な迷訳だったりするのよ。本来はラテン語で「永遠の安息を」って意味で、死者を「鎮める」んじゃなくて、神様に「彼らの魂を天国に迎えてやってください」ってお願いする祈りなの。でも「鎮魂曲」って響きがカッコいいから、もうみんな使っちゃってるのよね』


第157話 レクイエム:音の果つる時

 事の発端は昏睡状態にあったキバットとタツロットの姿が消えたことから始まった。愛音の中のロードが目覚めた際に受けた闇の波動の影響で、未だ目覚めることのなかった二人であったが、麗牙の作戦が動き始めた頃にキャッスルドランの中から忽然と姿を消してしまったのだ。

 当然、彼ら二人のための捜索隊が結成された。キバットはキバの鎧を管理・制御する重要な存在であり、タツロットは黄金のキバの封印を解く鍵となる存在。実質、王の鎧の紛失とも言えるこの非常事態に対して、麗牙たちはロードの行方と同時進行で捜索をしなければならなかった。

 しかし、誰もが薄々と勘付いていた。彼らの失踪はロードと無関係ではないと。ロードが見つかる時、そこに彼らの手掛かりはあるのだと。

 

 そして、その時は意外とあっさり訪れた。

 

「麗牙。愛音を……ロードを見つけたって同胞から」

 

 各地に散らばったファンガイアの内、特に信用できる者たちを捜索に当たらせて早二日。麗牙が想定していたよりも随分と早く足取りが掴めたと連絡があったのだ。

 

「ここは……」

 

「知ってるの?」

 

「うん。昔、父さんに連れられて一度だけ」

 

 そこは海の見える丘であった。観光名所にすればそれなりに人を集められそうな綺麗な名勝であったが、何故か昔から人の立ち入りが許されていない場所であった。麗牙はかつて、キングであった父に連れてこられた場所こそがその丘であることを思い出し、静かに物思いに耽る。

 

「でもこんなにあっさり……罠かも知れないよ?」

 

「どの道、放っておくわけにはいかない。もしロードに本気で暴れられたら、人類もファンガイアも滅ぶことになる」

 

 太古の昔に起きたレジェンドルガの侵攻の歴史を振り返り、麗牙は動き出す。かつて地球上の全てを制圧しようと企てたレジェンドルガ族は、その圧倒的な力を持って多種族を圧倒し、ファンガイア族でさえその侵攻を抑えることができなかった。特にその長であるロードの力の前には、サガの鎧でさえ勝機を見出せない程であった。

 そこで製作されたのが第二の王の鎧──闇のキバであった。その鎧が完成したことで、ようやくレジェンドルガとの長き戦いに終止符が打たれたのだ。

 しかし、今ここに闇のキバの鎧はない。サガの鎧も、黄金のキバすら今は使うことができない。麗牙は、その身一つでロード相手に立ち向かわなければならなかった。

 

「麗牙……あの、やっぱりあの策は──」

 

「作戦は絶対だ、ビショップ」

 

「──御意に、キング……」

 

 麗牙の作戦を止めることができる最後のタイミングで、アゲハは作戦の実行の是非を問おうとするが、麗牙の決意は固かった。たとえ王の鎧が無かったとしても、彼のやることに変わりはなかったのだから。麗牙の目に写っていたのは勝率ではなく、自分を待っている妹の姿だけなのだから。

 

「ここから先は僕と、君にかかっている。頼むよ……アゲハ」

 

「分かってる……」

 

 最後に役職としてでなく友として、麗牙はアゲハに語りかける。様々な想いが巡り、胸が押し潰されそうになるアゲハだが、もはやこの男を押さえ込む術はないのだと思い知り、悲痛な面持ちで麗牙の行動を受け入れていた。

 

「……絶対に、誰にも手を出させないで」

 

「…………うん」

 

 そして麗牙は歩き出した。

 

 たった一人で、ロードを倒すために。

 

 この世でただ一人の妹を救い出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告にあった海の見える丘に、愛音の姿はあった。愛音の身体を得たレジェンドルガのロードと麗牙のただ二人だけが、潮風を浴びながら丘の上で対峙していた。互いにそれぞれの種族を束ねる身でありながら誰も仲間を連れておらず、一騎討ちの様相が生み出されていた。

 

『現代のキング……紅麗牙……仲間はいないのか?』

 

「こっちも同感だ。一人でいいのか?」

 

『ふっ、その方が好都合だろう。互いにな』

 

「確かに」

 

 愛音の姿をしているのに、まるで違う声で話すそれを麗牙は悍ましく感じていた。血の底から響くような低い声は、そこにいる全てを平伏させかねない威圧感と危うさを孕んでいた。故に話しかけてくるロードに対して会話を続けたくない麗牙は、殺気を隠して拒絶するように短い言葉で返していた。

 

『余程この娘が大事と見える』

 

「……」

 

「なら、こっちの声の方が殺しやすそうだ」

 

「っ……お前……!」

 

 しかし話しているロードの声が、突如として聞き慣れた妹の声に変わったことで、抑えていた麗牙の殺気が溢れ出した。大切な妹の身体を奪ったばかりか、彼女の綺麗な声すら奪う目の前の悪魔を前にして、麗牙の感情は今にも爆発しそうであった。

 

「そうか腹立たしいか。身内は大事だろうからな……だが! そんなものは俺の怒りの炎の前では塵にも等しいわ!!」

 

 今まで余裕を見せていたロードの声色がここにきて急に変調をきたした。ロードの激しい怒りの感情に当てられたのか、潮風すらピリピリとひり付くような激しさを帯びているように麗牙は感じていた。

 

「かつて俺を封印したキバ。その子孫。貴様を殺して我が復讐を果たしてくれる!」

 

「っ!?」

 

 そしてロードが手を掲げた時、麗牙は目を見開いた。

 

 なんと、失踪していたキバットとタツロットがロードの元へと舞い降りてきたのだ。

 

「まさか……っ」

 

「貴様に最も屈辱的な死をくれてやる……変身!」

 

 その言葉と共に愛音の身体は銀色のベールに包れ、次の瞬間には弾け飛んだ。

 

 そこに現れたるは黄金の鎧。

 

 紛うことなきファンガイアの王家に伝わりし、黄金のキバの鎧であった。

 

「これがキバ……ふふふ……まさかキバの系譜が我が元に……」

 

「お前ぇ……!」

 

 愛音の身体を奪うばかりか彼女の鎧まで手中に収めんとする目の前の敵に対し、麗牙は殺意のこもった視線を突き刺していた。屈辱というのならそれは自分ではない。真に屈辱を受けているのは愛音なのだから。

 ベルトに留まるキバットや、キバの左腕に留まるタツロットに明確な意思は無い。以前浴びた闇の波動が彼らを精神を蝕み、いまもこうしてロードに操られているのだと麗牙は察した。

 

「(マズイな……)」

 

 しかし、それ以上に厄介なのが、キバが相手であるということである。変身者次第では、その黄金の鎧はとてつもなく巨大な暴力装置となってしまう。黄金のキバはその圧倒的な戦闘力のために、単騎で一国を滅ぼせる力を持つと言われている。それはたとえ、この日本であっても例外ではない。

 その上、目の前の存在は愛音の先代キングから受け継いだ魔皇力だけでなく、ロード自身の強大な魔皇力をも併せ持った非常に危険な存在であった。それが黄金のキバに変身しているのだ。今すぐここで手を打たなければ、目の前の黄金の鎧は瞬く間にこの国の全土を更地に変えることになる。

 

 もはや、妹一人を取り戻すだけの話ではない。この地に住まう全ての生物の自由と平和をかけた戦いとなっていたのだ。

 

「それでも……僕は愛音を取り戻す! ハァア゙ア゙アアアアッ!!」

 

 麗牙の顔をステンドグラス状の色鮮やかな模様が包み込む。直後、轟音と暴風を上げながら麗牙の身体は変化し、バットファンガイアの姿へと変貌した。

 ここに王の鎧はない。故に麗牙はその身一つで黄金のキバに立ち向かわなければならなかった。

 

「フンッ!!」

 

「ハァッ!!」

 

 麗牙の雄叫びが開戦の合図となり、紅い魔人とキバの手から光弾が放たれた。互いの光弾はぶつかり合い、爆風を撒き散らして消滅する。爆炎が互いの姿を隠したまま麗牙はキバに急接近し、キバもまた麗牙に駆け出して拳を繰り出した。

 

「グゥッ!」

「フンッ!」

 

 拳のぶつかり合いで発生する衝撃波が地を裂き、轟音は風を切り裂く。すぐさま拳を打ち込み、肘を振るい、脚を繰り出し、二つの影は嵐のような連撃を繰り出していた。

 

「ハァァッ!!」

 

 麗牙の腕の刃がキバに襲い掛かれば、キバは自身のマントを翻しながら鎧で受け止める。キバの踵のルシファーズナイフが麗牙の身体を斬り裂こうとすれば、麗牙もまた自身の鋭利な爪を持ってして迎え撃つ。

 

「フゥンァ!」

 

 そうして幾度となく衝突が繰り返され、しかし未だ決定打は生まれなかった。互いに一歩も譲らない膠着した攻防は、側から見れば組み手にも見えただろう。しかしそれは実力が拮抗している故ではなかった。そもそも互いの戦う目的から違っていたのだ。キバは相手を屈辱的に滅ぼすために。麗牙はキバの鎧に守られた妹を救い出すために。そこには明確な悪意と殺意の差があった。

 

「ッ、ハァァァァ!!」

「ッグゥ!?」

 

 キバから僅かに距離をとった麗牙は、その手から真紅に染まる波動を放った。嵐のように周りを巻き込んで突き進むそれは、まさに単騎で巻き起こした災害とも呼べる暴力。その紅の嵐は、黄金に輝くキバを飲み込んだ。

 

 しかし……。

 

「……なるほど、本当に大事と見えるな。この身体のことが」

 

「っ、くそ……っ(愛音……)」

 

 その攻撃は本来ならばキバの鎧ですら跪くほどの威力を有していたはずであった。しかしロードの考えている通り、麗牙は全力で攻撃を放つことはできなかった。自身の魔皇力を知る麗牙は、自分の攻撃がどれ程のものかを自覚していたのだ。一歩間違えればキバの鎧どころか愛音の身体をも滅ぼしかねないその攻撃を、どうしても麗牙は抑制してしまう。麗牙は、キバに向けて殺意を込めた攻撃を行うことができなかった。

 

「まさかここまで腑抜けになるとはな。鎧も無ければ覚悟もない。興が削がれそうだが、それならそれで思う存分に屠るだけだ。ハァァッ!!」

 

「っ、グゥォオオ!!」

 

 今度はキバの手から闇の嵐が吹き荒れた。以前に麗牙の意識を奪い、イクサの技すらも飲み込む強烈な暴風が、今再び麗牙に襲いかかる。そしてそれを迎え撃つように麗牙も再び赤い嵐を巻き起こした。

 

「ぐッ、ゥオオオオオオ!!」

 

 紅と闇、二つの嵐がぶつかり合う。あまりにも強大な力の激突は周囲の環境に大きな影響を及ぼしていた。風は唸りをあげて吹き荒れ、波は激しく打ち付け、雲は大きく荒れ狂う。いつしか彼らの近くの海上には局地的な嵐すら発生していた。天変地異の前触れとも錯覚させる凄まじいまでの圧が、彼らの立つ世界を支配していた。

 

「っ! オオオオッ!!」

 

「なっ、ハァァッ!」

 

 激突する嵐は破裂するように拡散し、紅と漆黒の霧が相手の姿を隠してしまう。その霧の中に向かってキバは駆け出し、霧を掻き分けて麗牙の眼前に飛び出してきた。麗牙は迎え撃つように手から幾つもの光弾を放つが、キバの鎧はそれらをいとも容易く弾き飛ばしてしまう。ロード自身の力でなく、キバの鎧そのものが麗牙の攻撃を凌いでいたのだ。

 

「ハァア゙ッ!!」

「ぐはァ!?」

 

 唸りをあげて放たれたキバの拳が麗牙の胸にぶつけられた。その威力に吹き飛ばされる麗牙だが、キバは攻撃の手を緩めることなく、身体の浮いた麗牙に向けて跳躍してその爪で斬り裂いた。

 

「フゥンッ!」

「がァッ!?」

 

 激しい攻撃を受けて地を転がる紅色の魔人だがキバの猛攻は終わらない。麗牙が立ち上がり体制を立て直す間もなくキバの蹴りが麗牙に襲い掛かった。

 

「フンッ! ハァッ! ッア゙ァ!」

「ゥグっ!? がッ!? ぐはッ!?」

 

 キバの激しい連撃が麗牙の紅の身体を砕いていく。これまで幾度となく自分たちを救った黄金の鎧の威力を、今まさにその身で感じることになるとは麗牙も思いもしなかったことであろう。黄金のキバの破壊力は凄まじく、これまで数知れないファンガイアやレジェンドルガを粉砕してきた。如何なる相手であろうとキバは確実に敵を砕くのだ。それは一族最強を謳われるバットファンガイアが相手としても例外ではなかった。

 

「がッ……ぅぐぁ……!」

 

 幾度の激しい連撃を浴びた麗牙の身体中にいくつものヒビが入り、今にも割れそうになるステンドグラス状の身体が地に倒れ伏した。いつしかファンガイアとしての姿は薄れ、麗牙は人の姿へと戻っていた。全身に刻まれた切り傷から流れる血が服にべっとりと滲み出し、その口からは血が漏れ、息も絶え絶えといった様子であった。

 

「つまらん。もう終わりか」

 

「ぐ、ハァ、ハァ……がはッ……!」

 

 単純なキバとしての力にロードの力が合わさった結果、その鎧はファンガイアの王すら圧倒する力を持ち合わせていた。しかしそれ以前に、愛音の身体を盾にされている時点で麗牙には決定打が無かったのだ。初めから愛音ごと滅ぼすつもりで立ち向かえば幾らかまだ互角の戦いができたが、その選択肢のない麗牙にとって初めから勝機などない戦いであったのだ。

 

 だが、麗牙の心は諦めていなかった。

 

「く……っ」

 

「まだ立つのか……」

 

「当たり……前だ……(愛音が……まだそこにいるから……)」

 

 愛音は生きている。麗牙はそう確信していた。そうでなければ、いくらロードと言えどもキバの鎧を纏うことはできないからだ。キバの鎧はロードでなく愛音の魔皇力を認識して主人と認め、自らの装着を許している。資格者でない者が纏えば忽ち死に至るそれを使えていることからも、愛音の生存は確定的だと麗牙は考えていた。

 しかし理由はそれだけではない。たとえ身体が別のものに染められようとも、その心までは完全には塗り替えられはしない。

 

 その証拠として、今も麗牙の耳には聴こえていたのだから。

 

 

 ──兄さんの音……ずっと聴いてたいな……。

 

 

「愛音……起きて……帰るよ……」

 

 麗牙は眠り姫に優しく声をかける。

 

 そう、愛音の心からは、未だ耐えることなく流れていたのだ。

 

 いじらしくてお転婆で、それでいて眠たくなるような温かな音楽。

 

 そんな愛音の心の音楽が、麗牙の耳にはずっと聴こえていたのだから。

 

 

 ──むぅん……もうちょっと……寝かせてよ……。

 

 

「もう、充分寝たよね……」

 

 愛音は間違いなくそこにいる。

 

 闇によって閉ざされた黄金の鎧、その更に奥で眠り続けている妹の魂を麗牙は確かに感じていた。

 

 故に麗牙は諦めることはなかった。

 

 すぐそこに……手を伸ばしたその先に大切な家族がいるのだから。

 

 

 ──兄さん……ずっと一緒にいてね……。

 

 

「だから早く起きなよ……この、ねぼすけェ!」

 

 立ち上がった麗牙は叫び、再びファンガイアの姿へと変身してキバに駆け出した。ひび割れて壊れかけた身体のどこにそんな力があるのかと、それを見たキバは一瞬動揺してしまう。しかしすぐに迎撃すべく、その手から禍々しい色をした光弾を打ち出した。

 

「ゥオオオ゛ォォォッ!!」

「何っ?」

 

 既にボロボロの肉体であったが、降り注ぐ光弾をモロに食らいながらも麗牙の足は止まらない。愛する妹の元へ向かう意志の強さは、身体を襲う痛み程度で抑えらるものではない。瞬く間にキバの元まで辿り着いた麗牙は、その拳をキバの仮面に叩き付けた。

 

「ゥオオオッ!!(愛音! 僕はここだ!!)」

 

「ぐゥ!? ……それがどうしたッ!」

 

 愛音への想いを込めた一撃。しかしやはり殺意の完全にこもっていない拳に、キバは僅かに狼狽えるのみであった。すぐにその拳を振り払ったキバは麗牙を殴り返し、その紅い身体を地に這いつくばらせる。

 

「く、そォ……まだだッ!」

 

 しかし諦めることのない麗牙は再びキバへ駆け出し、再びその仮面目掛けて殴りかかった。

 

 だがその攻撃はすんでのところでキバが身を逸らして躱されてしまう。

 

 否、キバは躱したのでなく予備動作をとっていたのだ。

 

「ふ、デァァァッ!!」

 

「っ(ザンバットソード!?)」

 

 いつの間にかキバの手に握られていたのは王の剣──ザンバットソード。ロードが愛音としてキバの鎧を纏うことが可能なら、ザンバットソードもまた愛音に従うものとして使うことができたのだ。

 

 そして麗牙がザンバットソードを認識した時、キバは既にその魔剣を振り下ろしていた。

 

「がア゙ァ──」

 

 

 

 

 研ぎ澄まされた刃は……麗牙の右腕を斬り飛ばしていた。

 

 

 

 

「あ゛ァア゙──ぐゥッ!?」

 

 痛みを感じるより先に、全身の均衡が取れなくなる。

 

 目の前を自分のものであった赤い腕が飛んでいく様も、まるでスローモーションのように麗牙は見えていた。

 

 右腕を失ったことで身体の均衡が崩れ、僅かに遅れてきた激痛を感じるとともに倒れていく麗牙。

 

 しかし、その直後に更なる衝撃が麗牙に襲いかかった。

 

「フンッ!!」

 

「がア゙ア゙ああッ!!?」

 

 次の攻撃に気付いた麗牙は避けようとするも間に合わず、キバによって振り抜かれた斬撃は僅かに魔人の顔面を斬り裂いた。ザンバットの一撃は麗牙の頭部の右半分を襲い、頭部に生えた蝙蝠の翼が斬り飛ばされ、右眼は完全に失われていた。

 

「く……あ゛ッ、ぐゥ……!」

 

 斬り飛ばされた勢いのまま麗牙は地を転がり、残った左腕で自身の身体を止めようとする。早く立ち上がねばと思うも、全身から放たれる痛みという名の警報がそれを妨げていた。更に右腕と右眼を失い、失われた均衡を取り戻すための時間も残されていなかった。

 

 そして──

 

「ハハハハァッ!!」

 

「ッぐふ……ぁ……」

 

 

 

 

 ──キバの手にした魔皇剣が麗牙の胸を貫いた。

 

 

 

 

 起きあがろうと仰向けになっている麗牙に、キバは地面ごと貫くように麗牙に剣を突き刺していた。

 

 その様子はまるで、吸血鬼の心臓に杭を打つ姿を再現しているようであった。

 

「く……ガハッ……っ」

 

「呆気ないものだな……だがそれでこそ、この身体でいた意味があったというもの」

 

 ファンガイアとしての姿は消え、そこには右眼と右腕を失った紅麗牙の姿が現れていた。口からは血が吹き出し、突き刺された胸からも血が溢れ出し、もはやその身体の殆どは赤く埋め尽くされていた。

 

「これで俺を封印したキングの血族は潰える。これでファンガイアの世も終わりを迎える」

 

「ふぅぅ……っぐ、ふぅゥゥッ……ァア゙ア゙ぁっ!」

 

 麗牙は残った左眼で強くキバを睨みつける。同じく残った左腕を伸ばしてザンバットの刃に手をかけ、そこから伸ばして剣を掴むキバの手を掴んでいた。その行動からも麗牙の戦う意志が消えていないことは明白であり、彼の諦めない気持ちがロードの目から見ても明らかであった。

 しかしその手に先ほどまでの力は無く、振り払えばすぐに崩れ落ちてしまいそうなほどに弱々しいものであった。

 

「無駄だ! もう何をしようがお前の負けだ! ふふっ……アハハハハハハハハッ!!」

 

 その命ももはや風前の灯と化した麗牙の姿を眼下にして、キバの仮面の下でロードは自身の勝利を確信し、抑えられない歓喜の笑い声を上げていた。

 

 己が復讐を果たしたこと。

 

 悲願であったファンガイアの根絶が、ようやく目に見えてきたこと。

 

 もはや誰も自分を止められるものはいない。

 

 これから自分による世界の支配が始まる。

 

 それを確信していたからこそ、ロードは高らかに笑い声を上げて勝利を誇示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の口から予期しない言葉が漏れるまでは。

 

 

 

「……にぃ……さ──」

 

 

 

「やっと……起きた、か……!」

 

「──っ、何……ッ!?」

 

 麗牙が呟いた直後、仮面の中で笑っていたロードの顔が一瞬で歪む。

 

 自分は今何を呟いた? 何を言っていた? そんな意思は自分にはないはずなのに? 何故、紅愛音の言葉が自分の口から漏れ出たのか?

 

 しかし、いくら考えても今起きている事実が変わることはなかった。

 

 己のものにしたはずの紅愛音が目を覚ましたという事実は……。

 

「この、死に損ない共めがァ……!」

 

 予想だにしない事象を前にしてロードの声は怒りに震えていた。愛音の魂は確かに自分の魂で塗り替えたはずが、何故今になって甦ったのか。到底理解に及ばない不可解な現実を前に、その声色には焦りが見え始めていた。

 しかし、その展開を麗牙は予測していた。いや、確信していたのだ。幾度となく振るわれた麗牙の拳に込められていたのは殺意ではなく、想いであり、音楽であった。如何なる暴力よりも強く、折れることのない力が、闇の奥深くに閉ざされた愛音の元にまで届いた。麗牙の祈りを込めた愛の音が、闇に沈んだ妹の魂を呼び起こしたのである。

 

「この、瞬間を……待っていた……!」

 

「何をする気だ……っぐっ!? な、何だこれはァ!?」

 

 麗牙が何かを企んでいる察知したキバは、ザンバットから手を離して離脱しようとする。しかしそれはかなわなかった。何故なら刃を噛んでいるザンバットバットの四枚の翼が触手のように伸び、麗牙の左腕ごとキバの腕に絡まっていたからだ。キバを逃さないよう深く絡んだその翼は、麗牙だけでなくザンバット自体の執念が込められているようであった。

 それならばと、キバは麗牙を貫いた剣を引き抜こうとする。しかしどこにそんな力が残っていたのか、キバの腕を掴む麗牙の手によって強く固定されて抜くことができなくなっていた。

 

「ええい! 放せェェ!!」

 

 キバは自由に動かせるもう片方の腕を振るい、麗牙の動きを止めようとする。

 

 しかしその腕は最後まで振るわれることはなかった。

 

「ゥオオ──ォォォッ!?」

 

 振り抜かれようとした拳は突如として勢いを失い、更に力が抜けるようにその場に膝をついていた。全身から力が抜けていくのが感じられたロードは、眼下に仰向けに倒れ、今にも死にかけている麗牙に向けて声を荒げて吠えた。

 

「な、お前……まさかァァァア゙ア゙ァァ!?」

 

「今の僕なら……今のお前なら……引き剥がせる!」

 

 ロードが察した通り、麗牙は愛音の身体からロードの魂を引き剥がそうとしていたのだ。

 元々、他者の身体に乗り移ったゴースト族をファンガイアの魔術で引き剥がすことは可能であった。ただしその場合は元の身体の持ち主の精神の無事は保証されず、実質的な見殺しとなるものであった。

 しかし、麗牙にはもう一つできる術があった。キングとしての力を持つ彼は、他ファンガイアの力を抜き取ることができる。それも相手の命を奪うことなく、力のみを奪うという非常に精密で繊細な芸当が可能であった。

 これらの技術を応用すれば、麗牙はゴースト族に限らず他者に取り憑いた他種族を何のリスクも負うことなく引き剥がすことが可能であった。

 

 ……相手がレジェンドルガのロードでなければの話であるが。

 

 ゴースト族は相手の肉体に自身の魂を憑依させるが、復活したロードはゴースト族と違い、魂と肉体がセットで顕現している。今の愛音のように、彼女の肉体がロードの精神と融合して完全に一つの生命体として存在していた。要はゴースト族のように引き剥がすことは不可能となってしまっていたのだ。

 しかし、もしその肉体に魂が二つあればどうなるか? 元来一つの肉体に二つの魂は宿らない。定着した魂は再び不安定な状態になり、引き剥がすことが可能になる。そのためには愛音の覚醒が不可欠であったのだが、結果として愛音は麗牙の呼びかけに応えて覚醒したのである。

 

「こ、こんなことがァァァア゙ア゙ォォォォッ!?」

 

 もし愛音が目覚めなければどうなっていたのか、などと麗牙は考えていない。麗牙は信じていた。確信していた。愛音は自分の音楽で目覚めるはずだと。自分の音楽を愛している彼女が目覚めないはずがないと。これは精神論に任せた賭けではない。自分の音楽が愛音を覚醒させるという事実を基にした、確定した未来であった。

 

「グォォォォっ……だがッ! 俺を引き剥がしたところで無駄だァ! またすぐにこの身体を我が物にするまでェ!」

 

 愛音の身体から自身の意識が消えそうになっていることを自覚したロードは、それでもなお麗牙に勝ち誇る。たとえこの瞬間だけ愛音の身体を離れたとしても、ロードはすぐに容れ物に戻ることができる。魂だけの存在であるならば、いつでも身体を乗っ取ることができるのだから、麗牙の行動は全くの無駄だとロードは吠えていた。

 

「……お前にその名器は勿体無いよ……お前には……このジャンク品がお似合いだ」

 

「ッ!?」

 

 しかし麗牙のその言葉、そして意図に気付いたロードはあからさまに狼狽える。

 

 麗牙はロードを愛音から引き剥がすだけで終わるつもりはなかった。

 

 思念体を相手の身体から引き剥がすのなら、それを別の身体に封じ込めることも可能である。

 

 そう、麗牙はロードを別の身体に封じ込めるつもりであったのだ。

 

 

 

 

 既に死にかけとなった、自分自身の身体の中に……!

 

 

 

 

「や、やめろォォォォォォォォオ゛ッ!!」

 

 ロードがいくら叫んでも魂が肉体から剥がされていくのを止めることは出来ない。

 

 自身と融合した肉体が滅びる時、その魂もまた滅びる。

 

 今の麗牙の身体に移ることは即ち、自らの死に等しいことであった。

 

「お前に……殺されるのなんて……ゴメンだ……ッ、僕を殺せるのは……愛音、だけ……だっ」

 

『やめろォォア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァ──』

 

 断末魔の如き声を上げるロードであったが、それも最後まで続くことはなかった。突然声が失われ、同時に糸が切れた人形のように崩れ落ちる。動かなくなったキバの中に、既にロードはいない。その魂は今、麗牙の肉体に宿ろうとしていたのだから。

 

「……ぅ……」

 

 やがてキバの鎧も消え去り、そこには麗牙の求めた愛音の姿が現れていた。ロードに身体を奪われていた時の禍々しい雰囲気は消え去り、麗牙が親しんだ穏やかな音楽が彼女の心からより鮮明に流れていた。

 

「……にぃ……さ……ん……?」

 

「おはよう……愛音……」

 

 その言葉に麗牙は安堵した。

 

 紅愛音はここに帰ってきた。

 

 麗牙の望みは叶えられた。

 

 麗牙の目の前には、ようやく彼自身が求めた景色が戻ってきたのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし目を覚ました愛音が見えた景色は、彼女にとって到底受け入れられるものではなかった。

 

「っ!? ぁ……ぁぁああ゛ぁぁぁっ!!」

 

 意識を取り戻した愛音が最初に見たのは、自分の手で最愛の兄の胸を剣で貫いている光景であったのだから。いつも自分を温かく見つめてくれた右眼は完全に潰され、自分のことを愛おしく撫でてくれた右腕も失われていた。目を覆いたくなるほどの血の海の中に倒れる兄と、その状況を生み出していた自分という最悪の光景が愛音の眼に飛び込んでいた。

 

「うそっ、ウソッ!? なん、で……ちが……兄さ……ぃゃ……イヤァァァァ!!」

 

「ぁ……ぃ……ごぼォッ」

 

「あ゛ぁっ!! だ、ダメっ……ザンバット……ぬかないと……ぁあっ!? だめだめ、ダメっ!!」

 

 瞳は虚になり、口から血が溢れる麗牙を見て、愛音はすぐさま麗牙を突き刺す剣を引き抜こうとする。ザンバットソードはライフエナジーを吸い取る性質を持った魔剣であり、こうして貫かれている間にも剣は麗牙のライフエナジーを吸収していく。それを知っている愛音はすぐに剣に手をかけるも、それを引き抜いた途端に麗牙の身体から大量の出血が起きるだろうことに気付き、その手を止めてしまう。

 

「どうしたら……わた……いやっ……嫌だ嫌だ嫌だ!! こんなの絶対嫌ぁッ!!」

 

 剣を抜いても抜かなくてもこのままでは麗牙は死んでしまう。完全に打つ手がないまま、愛音は顔を涙で濡らして兄の身体に倒れ込む。今の愛音は、ただ兄に語りかけることしかできなかった。

 

「なんで……やめて……嫌だよ……いかないでよ兄さんっ……私をひとりにしないで……!」

 

「……ひとり……じゃない……よ」

 

「兄さんっ……喋らないで! きっともうすぐ誰か来るから! そうっ、そうだ城に帰ればきっと……!」

 

「ごめん……少し……寂しい思い……させちゃう、ね……」

 

 言葉を語るための力すら無くなっていくのが、徐々に冷えていく自身の体温と共に麗牙は感じ取っていた。その上、もうすぐ自分が取り込んだロードが表に出てくる。どの道、自分に残された時間はごく僅かであると麗牙は自覚していた。

 

「負けないで……今は──」

 

「兄さっ、あぁっ!?」

 

 麗牙のその先の言葉は続かなかった。

 

 彼の身体は既に硬直し始めていた。

 

 ミシミシと音を立て、麗牙の身体は綺麗なステンドグラス調の彫像へと変貌していく。

 

 その現象を愛音は幾度も目にしていた。

 

 それはファンガイアの一生が閉じられる時に表れる、最期の前兆であったのだから……。

 

「兄さん! やだっ! 兄さんッッッ!!」

 

「──(ぁぁ……)」

 

 もはや言葉は紡がれることはなかった。

 

 視界が暗くなっていく中、麗牙は最期に見えた光景を前にして一人思っていた。

 

「(失敗……したなぁ……)」

 

 彼が最期に目にした視線の先……。

 

 そこにあったのは、こちらを見て叫び声を上げている二人の少女の悲痛に満ちた顔であった。

 

「(ごめんなさい……燐子さん……友希那さん……)」

 

 そして麗牙の全身が完全にステンドグラスに包まれた直後──

 

 

 

 

 ──その身体は光とともに砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ィヤァァア゛ア゛ァァァァァアアッッ!!!!」

 

 

 

 

 そして海が広がる丘の上で、誰のものとも分からない悲鳴が轟いた。




麗牙、瞑す……。
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