ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙の策を掻い潜り、復活を果たしたレジェンドルガのロード。アークの鎧を身に纏った王に、兄を失い怒りに燃える愛音が立ち向かう』


第160話 知ってるよ

 広く透き通るような青空の下では、その爽やかな色に似合わぬ喧騒が地上を埋め尽くしていた。

 

「ハァアアア゙ッ!!」

 

 激しく声を轟かせ、己の身ひとつで異形の中で立ち回る黄金の鎧。向かいくるレジェンドルガを千切っては投げ、武器を奪いてはそれを用いて敵を粉砕していく。それは正に鬼神の如き活躍であった。

 

「セェヤァァァア!!」

 

 アークへと向かう自分の前に立ち塞がるレジェンドルガを、キバは邪魔だと言わんばかりに振り払って道を切り開こうとしていた。

 しかし、敵から奪った武器を除き、キバには得物がなかった。兄を貫いたザンバットはここには無い。ガルルたちと共に戦うこともしたくない。キバは──愛音は、己が身一つでアークに立ち向かうことを望んでいた。

 

「くっ、邪魔ッ!」

 

Wake(ウエイク) Up(アップ) Fever(フィーバー)!』

 

「フンッ! ハァァッ!!」

 

 脚に集まる魔皇力が自身を紅く染める。そして放たれるエンペラームーンブレイクを、キバは跳躍することなく、その場で幾度と回し蹴りを放った。周囲に群がるレジェンドルガのうち数体がその紅の刃で斬り裂かれ、哀れにも爆散していく。

 

「(今だ……!)」

 

 周りの群れが晴れた瞬間、キバは飛翔態へと姿を変えて舞い上がった。狙いはアークただ一人。飛翔するキバはアークへ光弾を放ちつつ、接近を狙っていた。

 

「……フンッ」

 

 しかし、その攻撃もアークの掌で受け止められてしまう。ならばと、今度はアークの周囲の地面を目掛けて光弾を放ち、辺り一面を土煙で隠そうとした。キバの狙い通り、土煙がアークの周りで舞い上がり、互いの姿を隠してしまう。その瞬間を狙ったキバは、アークの死角から突進をかまそうとした。マッハ三を超える超音速の爆撃がアークに襲い掛かろうとする。しかし──。

 

「ッ、ハァァッ!!」

 

「ギィィィァァ‼︎(がァッ!? うそ……っ!?)」

 

 アークが放った拳が、寸分狂うことなくキバの頭部を打ち付けていた。超音速で迫るキバを捉えることさえ困難なはずなのに、それを視界不良の中でも確実に捉え、返り討ちにしたのだ。その事実に打ちのめされる間もなく、キバは飛翔態の姿のまま地を転がって行く。

 

「フゥンンンッ!!」

 

「キィァァ!(うっ、ぐぅぅゥ!?)」

 

 そんなキバを逃すことなく、跳躍していたアークは、手に持った三叉の矛──アークトライデントをその首に突き刺さんとした。キバは僅かに躱して串刺しになることは避けたものの、矛の又の間に首を挟まれてしまう。上から地面に押しつけられるような形で動きを封じ込められたキバに、再びアークの拳が放たれようとする。

 

「ギィィィィィィィッ‼︎」

 

「っ!?」

 

 その瞬間、飛翔態の頭部に埋め込まれた三つの魔皇石が光り輝いた。直後、キバの口から極太の熱線──ブラッディストライクが放たれる。増幅した自身の魔皇力を直接叩き込む必殺の一撃。まともに喰らえばレジェンドルガの王とて無事では済まない攻撃であった。

 

「グオォォッ!?」

 

 しかし反撃に気付いたアークはすぐにその場から飛び退いて離脱した。キバから放たれた一撃は僅かに遅れ、アークの胸の装甲を削ったのみで終わってしまう。

 

 仕留め損ねたと、しかし落胆することなくキバは再度アークへと向かおうとする。

 

「(くっ、まだ……)っ!? ぅぁッ!?」

 

『あ、愛音ェ!』

 

 しかし、突如としてキバの身体は崩れて、エンペラーフォームの姿となって地に伏してしまう。それは敵の攻撃によるものでなく、明らかに愛音自身の不調にあった。

 

「どうした。調子が悪そうだな?」

 

「ぅる、さい……お前は……潰すって言った……!」

 

 しかし、キバの……愛音の身体は既に限界を迎えていた。いや、この戦場に立つ前から、限界は超えていたのだ。

 

 ロードに身体を支配されてより三日。解放されてから八日。ただでさえキバとして常人よりもエネルギーが必要な愛音が、十日以上もまともな食事を取れていなければ、本来は歩くことすら難しいはずであった。

 

 そして何より、彼女の精神が既に限界に達していた。

 

 誰よりも好きだった兄を、この手で殺してしまった。

 

 大好きな兄の音楽を、自分が終わらせてしまった。

 

 そんな自分を、誰も責めてくれなかった。

 

 キバットもタツロットも、そして神も、誰も自分に罰を与えてくれなかった。

 

 兄を失った愛音の心は、もはや半ば死んだも同然であったのだ。

 

「グオォォッ!!」

「ガォアア!!」

「っあ゛ぁぁぁっ!?」

 

 地に伏したキバを、周囲のレジェンドルガは容赦なく攻め立てていた。その背中を存分に踏みつけ、或いは爪で切り裂き、まるで玩具のように痛めつける。

 

「フンッ! ゲェァッ!」

「ジェアァォ!!」

「ぅぐあ゛っ!? ッがぁっ!? ぃあ゛ぁぁっ!?」

 

 無理矢理立ち上がらせたキバにも幾度となく攻撃を浴びせ、愛音の口から悲痛な叫びが何度もこだまする。耳を塞ぎたくなるような痛々しい悲鳴が繰り返されるが、レジェンドルガにとってすれば、それこそが至高のものであった。

 

 レジェンドルガ族にとって、何よりも嗜好となるのは音楽である。しかし、彼らにとっての最高の音楽とは、悲鳴のことであった。生命あるものの悲鳴──特に人間の悲鳴こそが、彼らにとってこの上ない極上の音楽なのだ。

 

 かつて麗牙が相対した黒麓大地……彼もまた、愛する者同士が死する時の音楽を愛した、そんなレジェンドルガの一人であった。

 

 故に、彼らは決して他種族と共存することはない。音楽を愛する麗牙や愛音、そしてこの世界で音楽を愛する全ての人たちと、決して相容れぬ存在であった。

 

 そんな彼らの容赦ない攻撃を受け続けたキバに、終わりが訪れようとしていた。

 

「ぅ……ぁ……ぁぁ……」

 

 キバの身体が、力なく倒れ伏す。多勢に無勢、レジェンドルガの軍勢によって蹂躙されたその身体に、もはや立つ力は残されていない。

 

 そもそも、心身ともに限界を迎えていた愛音が立てるはずもなかったのだ。

 

 兄のいない世界で生きることなど、もはやできないはずであった。

 

 キバは……力なく崩れ落ちた……。

 

 

 

 

 

 

「ぐ……っ(にい……さん……!)」

 

「まだ立つか……」

 

 ……しかしそれでも、キバはまた立ち上がった。

 

 キバが……愛音が今再び立つのも、また兄のためであった。

 

 理由は当然、ロードへの復讐。直接的な原因として、麗牙を殺した怨敵への復讐の炎が今の愛音を動かしていた。

 その過程で自分が傷つこうが構わない。それが兄を殺してしまった自分への罰なのなら、喜んで受け入れる覚悟であった。

 復讐と自己嫌悪。その二つの想いこそが愛音の心に火を灯し、彼女を戦場まで連れてきたのだ──

 

 

 ──今、この時までは。

 

 

「(……そう、だよね……やっぱり……ダメだよね……こんなんじゃ)」

 

 今の愛音の戦う理由は、復讐と自傷行為だけではなかった。

 

 心を閉ざした暗い闇の中で、愛音は無意識に考えていたことがあった。兄に命懸けで救われたこの命を、自分はどう使うべきなのか、と。

 

 そして今、力尽きて倒れた今になって、彼女は兄のしてきたことを思い出した。

 

 ──人の心に流れる音楽を守る。

 

 それこそが、紅麗牙が戦ってきた理由であり、愛音が戦ってきた理由でもあった。

 

 そう、二人の心は同じであった。

 

 たとえ離れても……死が二人を別とうとも。

 

 兄と同じ想いを持つことが、兄と共に生きることなのだから。

 

 だからこそ、彼女はまだ戦うことができた。

 

「くっ……ぁああああああッ!!」

 

 キバは最後の力を振り絞り、再び飛翔態へ変身した。

 

「ギィィィィィ‼︎」

 

 エンペラーバットの刃の如き翼が、周囲に群がるレジェンドルガの胴体を真っ二つに斬り裂いた。豆腐のように簡単に切られて爆散する同族を目の当たりにし、他のレジェンドルガは狼狽える。その隙の逃さず、キバはその翼で突風を巻き起こし、異形の群れを吹き飛ばして散り散りにした。

 

「ギィィィィィィィ‼︎」

 

 飛び交うレジェンドルガをその翼で斬りつけながら、キバは再びアークの首を狙う。突風の中を猛スピードで飛行して、アークの目にも追い付かれないよう、翻弄しようとその周りを飛び交っていた。

 

「!?」

 

 しかし、キバは見た。

 

 アークの腰に巻かれたベルト──その中央に留まる、白いキバット族のようなバックル。

 

 その口に、フエッスルが咥えられているのを。

 

 白いキバット族もどき──アークキバットは、その声を轟かせた。

 

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

 

 その掛け声と共に、アークの胸の装甲を拘束していた鎖が解き放たれる。

 

 直後、キバの巻き起こした風を消し去るほどの、より猛烈な暴風が巻き起こった。

 

 同時に青空は失せ、漆黒の闇夜が世界を包み込む。

 

 それはまるで、キバが起こす超現象のように……。

 

 アークもまた、世界の理を容易く曲げてしまう存在であった。

 

「ゥ、グゥゥ、ゥオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 アークが吠える。

 

 浮かび上がる満月には、いつしか巨大な眼が現れていた。

 

 巨眼はアークに引き寄せられるように接近し、禍々しい闇となってアークの中に入り込んだ。

 

「(な、なに、あれ……っ)」

 

 その変化した姿に、愛音は戦慄する。

 

 アークの悪魔のような角は大きく伸び、背中には黒く巨大な腕と翼が出現していた。

 

 そして胸部には巨大な眼が出現し、キバを見つめていた。

 

 

 レジェンドアーク──月の眼により進化したアークは、過去の文献にすら載っていない、彼の真の姿であった。

 

 

『Go To HELL!』

 

 アークキバットの宣言のもと、レジェンドアークは飛行を開始した。巨大な翼を動かし、風を切り、唸りを上げてアークの巨体が舞い上がる。しかし巨大ながらエンペラーバットの飛行速度にも劣らぬその速さに、キバは戦慄する。

 

「ッ、ギィィィィィィィィア‼︎」

 

 迎撃せんと、キバの口から光弾が発射されるも、蚊に刺されたとも言わんばかりにアークはビクともしない。キバもまた闇夜の空へと更に舞い上がり、アークを上空へ誘導しようとする。地上よりも空中の方が有利に立ち回れると判断してのことだった。

 

 しかし──

 

「フンッ!!」

 

「(なっ!?)キィィィィィアァァァ‼︎」

 

 上空へ向かうキバのすぐ目の前に、アークは現れていた。何故これほど速く──キバがそう思うより先に、アークは背中に生えた黒い巨腕をキバに叩き付けた。更に追撃と言わんばかりに、解放された胸部の巨眼から、巨大な火球を撃ち放った。

 

「ハァァァァッ!!」

 

「ッ──ぅぐぁぁあア゙あああっ!!?」

 

 火球を喰らったキバは、その姿を再びエンペラーフォームに変えて墜落していき、地面に叩き付けられる。振動と共に地響きが鳴り、土煙が舞い上がる。募りに募ったダメージに今度こそ耐え切れず、倒れたままキバの変身は解除されてしまった。

 

「っ……かはァッ……ッぐ、げほっ……ァ」

 

 愛音の口から吐血が繰り返される。限界を迎えていた身体を余計に動かしたこともあり、身体の至る所が悲鳴を上げていた。先ほどもアークの飛行速度に呆気なく追い付かれたのも、愛音の身体にガタがきていたためであった。

 

「これでキバの系譜は途絶える」

 

「ぅ……ぐぅァ……かはッ……っ、ゥゥゥ!」

 

 地上に降りてきたアークは、息も絶え絶えな愛音を見据え、静かに告げる。傷だらけの身体を何とか起こそうとするも、まるで力が入らない愛音は、もはや敵を睨みつけることしかできなかった。

 

「哀れなものだな……間抜けにも我が力に操られ、兄を殺し、何も成せず、こうして自分の命すら失う。貴様の人生、実に哀れだ」

 

「ッッッ! ぅぐぅぅ!! ふざ、けッ──ァぐッ!?」

 

 言い返そうにも、身体が言うことを聞かない。しかしある意味ではロードの言葉は正しく、愛音の胸に突き刺さる。

 

「悲しいかな。想いだけでは埋まらない力の差よ……ふふふ……クハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

「ぅぅ……ぐ、ゥゥ、くぅぅぅっ……っ!」

 

 ロードの口から止めどなく溢れてくる笑い声。しかし言い返せないその言葉を前に、愛音は涙が溢れそうになっていた。

 

 操られ、兄を殺し、仇も取れず、今も動くことすらできない。実にその通りだ。

 

 あまりにも情けない自分の姿を思い知らされ、立ち上がった心が再び折れそうになっていた。

 

「だがその悲しい人生も終わらせてやろう。この俺の手で……」

 

 アークの胸の眼に、再びエネルギーが集約していく。

 

 周囲の空間が歪むほどの圧が発生し、先ほどよりも巨大な火球がアークの前に作り上げられていた。

 

「に……っ(兄さん……)」

 

 その攻撃を防ぐ手段は自分にはない。

 

「んっ……(兄さん……)」

 

 あったところで、動かない身体ではどうしようもない。

 

「……にィ……(兄さん……っ)」

 

 愛音にできることは、もう何もない。

 

「さ……ァ(兄さん……!)」

 

 できることは、ただ、兄を呼ぶだけであった……。

 

「死ねェェ!!」

 

「……にぃ……さん……」

 

 そして、アークの胸より最後の一撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめ、んね…………大好き……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え」

 

 

 低く、確かに、聞き慣れた声が響いた。

 

 愛音の瞳が大きく見開かれる。

 

 ──幻聴?

 

 否。

 

 空を裂く咆哮が、大気を震わせた。

 

 ──ギャオオオオオオオオ‼︎

 

「何っ!?」

 

 突如として空より、巨大な影がアークと愛音の間に割り込んだ。

 

 キャッスルドラン──ファンガイアの移動要塞がアークの攻撃から愛音を庇い、その身に受けた。

 

 その身には一切の傷はなく、竜の鱗も、堅牢な城の形も、全てがありのまま悠然と健在していた。

 

 そして、役目を終えたキャッスルドランはゆっくりと旋回し、影を払う。

 

 そこにいたのは──

 

 

 

 

「ぁ……あぁ……うそ……」

 

 

 

 

 ──紅く染まった髪。

 

 

 ──血のように鮮やかな瞳。

 

 

 ──陽を浴びていないかのような白い肌。

 

 

 ──麗しく輝き続ける、暖かな心の音。

 

 

 それは、彼女がこの世で最も愛おしく感じる存在──

 

 

「にぃ……さん……!」

 

 

「うん……頑張ったね、愛音」

 

 

 紅麗牙──紛うことなきファンガイアのキングの姿がそこにあった。

 

 

「ば、馬鹿なァッ!?」

 

「……」

 

 驚愕に声の震えるアークは、何かの間違いではないかとその姿をより深く観察する。

 

 あの時失われたはずの右腕と右眼が、今では確かにそこにあった。

 

 死亡すれば失われるはずのキングの紋章も、麗牙の左手に浮かび上がっていた。

 

「(いや、何だ……何かがおかしい! 何をした!?)」

 

 確実にあり得ないことが起きている。故に目の前の得体の知れない存在に恐怖を覚えてしまう。激しく混乱し動揺するアークに向けて、麗牙は依然として静かに紅い瞳を向け続ける。

 

「麗牙……」

 

「麗牙さん……」

 

 麗牙の後ろでは、麗牙と共にキャッスルドランより降り立ったRoseliaの全員が、麗牙の様子を見守っていた。

 

「……」

 

 麗牙の紅い視線がアークを刺し貫く。

 

 そんな彼の周りを、赤と黒に染められた一匹のキバット族が飛んでいた……。




次回、麗牙の身に起きていたこととは……?
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