『果たして、麗牙さんの身に一体何が起きていたのでしょうか!?』
僕が何故、今こうしてロードの前に立つことができているのか。
それは、愛音の身体が奪われた時にまで遡る──。
健吾さんたちに作戦の全貌を明かした後、僕は名護さんとキバーラに向けて同様の説明を施していた。
──愛音を取り戻すために、自分の命を犠牲にすることを。
当然、名護さんもキバーラも猛反対してきた。自分が犠牲になったところで、愛音は喜ばない。残された者の中に、それ以上の悲しみを生むだけだと。それはその通りだと僕も感じている。
しかし、それ以外に愛音の中からロードを引き剥がす術を僕たちは持っていなかった。今の僕らの手札では、愛音を救うためにはどうしても誰かの犠牲が必要となっていた。故に、僕は自分の意思で愛音のために死ぬことを望んだのだ。
だが、むざむざロードに殺されるほど僕は浅はかではない。
僕にはある策があった。それが──
「ファンガイアの復活の儀を利用する」
『復活の儀って、バカなこと言わないで! そんなのやったって麗牙が無事に戻ってくる保証はないのよ!?』
僕の策を聞いて、キバーラの怒声が轟いた。しかし彼女の言うことは尤もであろう。
ファンガイア復活の儀とは言葉の通り、死したファンガイアを蘇生させる儀式のことだ。一概に伝えられてきているものとして、黙したファンガイアの身体のかけらと、通常の五倍以上のライフエナジーが必要とされている。
しかし、キバーラが反対することにも理由がある。言い伝えられてきた条件でその儀式を施したところで、実際に出来上がるのは意思のないリビングデッドでしかない。僕もこれまで幾度となく操り人形となったファンガイアとも戦ってきたが、皆一様に抜け殻のように他者に操られるだけの存在でしかなかった。自我を持って復活したファンガイアなぞ、終ぞお目にかかることはなかったのだ。
そもそも、そんなに簡単に復活できるなら、数多のファンガイアはその手段を用いて何度も蘇っているはずなのだ。
つまり、ファンガイアの復活の儀はまやかしだと、そう思われても仕方なかった。
「でも僕はそうは思わない。昔の……今よりももっと昔の、太古のファンガイアにはこの儀式を成功させた者もいたはずなんだ」
『それは、そうかも知れないけど……』
王城に保管されていた、より古くから伝わる文献の中には、自我も含めて完全に蘇生できたファンガイアの存在を確認できた。つまり、何かが欠けているだけで、ファンガイアの完全蘇生自体は可能なはずなのだ。
そして、その鍵になるのが──
「名護さん」
「……何だ」
「もう少し詳しく教えてください。名護さんの世界で起きた、ファンガイアの事件について……」
──異世界から来た、名護啓介の証言だった。
「前にも教えてくれましたけど、僕が知りたいのは──」
「ルークの件だな。俺の世界の」
「──はい」
『どういうこと?』
そして名護さんは僕たちに教えてくれた。
彼の元いた世界では、かつてチェックメイトフォーのルークが大暴れしていたが、それを青空の会の戦士たちが激闘の末倒したのだ。しかしその二十二年後、ルークは再び世に姿を現し、活動を再開した。
そこに僕は引っ掛かりを感じていた。
「傷を癒すために長き眠りについた。俺たちの見解ではそうなっていたが……」
「もし、そうでないとしたら……?」
「なに……?」
致命傷となってもおかしくないほどの重傷を負ったはずのルークは、霧のように薄れ、その場から忽然と姿を消したという。そして二十二年後に現れた時、彼は記憶を失っていたとも。それを聞いた時、僕は何かがおかしいことに気が付いたのだ。
「少なくとも、致命傷を負ったファンガイアが霧のように消えて眠るなんて、僕は聞いたことがない」
『こっちのルークも同じビーストクラスだけど、そんな能力ないわ……じゃあ、もしかして……』
これらの証言から考えられる、一つの仮説があった。
「なるほど。あのルークは眠っていたのではなく、“本当に死んで蘇った”と言うことか」
「はい」
それが僕の仮説。そして、ほぼ間違いのない真実だろう。
名護さんの世界のルークは一度倒され、誰の目にもつかない場所で死を迎えた。その二十二年後、彼は自我を失うことなく、生前の姿のまま蘇ったのだ。
つまり、名護さんの世界ではファンガイアの完全蘇生が行われていたのだ。
それも二十二年という長い時をかけて。
そしてそれを実行したのは……。
「やはり、ビショップの仕業か」
名護さんの世界に君臨していたビショップが暗躍していたのだろう。因縁のある相手なのだろうか、名護さんの表情に僅かに影が差し込む。
ここからは僕の想像だが、ルークの命が長くないと悟ったビショップは、死に瀕したルークの身体をどこかに保管していたのだろう。どうしても当時のルークを失うわけにはいかない故に、次世代のルークでなく当時のルークを復活させる方面で動いていた。
そしてルークは一度死に、長い年月をかけて復活を果たした。想定より早く目覚めたからか、魂と身体の定着が不安定だったために、復活直後は一時的な記憶喪失に陥っていたのだろう。
「名護さんは他にも見たんですよね。そのビショップが蘇生させたファンガイアを」
「ああ。だが自我がある奴はいなかった。その場にあるライフエナジーを即座に利用していたからだろう。いや、奴の場合はそっちの方が好都合か。操り人形が必要だったからな」
『嫌な奴なのね、そっちのビショップは』
「挙句には過去のキングすら復活させようとするほどだ。しかし今の話を聞く限り、恐らく“わざと自我を与えなかった”のだろうな。自分の理想通りに動くキングを、自分の思うままに操るために」
『本当に嫌な奴ね、ソイツ』
キバーラの感想には同意するが、ともあれ僕の持論の正しさがどんどん固められていくのを感じていた。
いくら大量のライフエナジーがあっても、魂と身体を定着させるまでの時間がなければ中途半端にしか甦らない。
いくら他者の魂を集めても、自身の魂がなければ自我は蘇らない。
つまり──
「つまり纏めるとこう言うことか。ファンガイアの完全復活に必要なもの。それは自身のかけらと大量のライフエナジー、それにビショップのような高位の術者」
「何より不可欠なのが、復活にかける長い“時間”と“本人のライフエナジー”ということ。そしてその唯一の体現者がルーク。彼自身がその証明です」
『うわっ。辻褄が合いすぎてそれしか考えられなくなってきちゃったわ……』
──話が長くなったが、それこそが完全なるファンガイアの復活の秘密なのだと僕は確信していた。
しかしそんな中で、キバーラは更なる疑問を口にする。
『でも、死んだらルークの称号はどうなるのよ? 一度死んだらチェックメイトフォーの称号は消えちゃうし、そしたら別のやつがルークよ?』
「恐らくはビショップが新旧ルークをぶつけたんだろう。そして返り討ちにして称号を奪い返した」
蘇ったばかりで記憶を失っていても、新たなルークを打ち負かすほどの力を持っていた。それほどの強力な存在ならば、ビショップも蘇らせようと画策するだろう。
或いは、ビショップが僕の知らない魔術でルークの称号を失わないようにした、という可能性もあったが、そうなれば何でもありになってしまうためここは口を噤んだ。
「あと、僕ももう一つ疑問が。復活したルークの右肩の傷の件だけど……」
だが、実は僕にも一つだけ分からない疑問点があった。それが、復活を果たしたはずのルークの右肩に、生前の古傷が残っていた件だ。ファンガイアが再生したなら、自我の有無に関係なく傷は修復されているはずだ。しかし名護さんの世界で蘇ったルークの右肩には、致命傷となった古傷が残ったままだったのだ。
「あの傷は……ただの傷じゃないと俺は思う」
そんな僕の疑問に名護さんは思うところがあるのか、神妙な顔つきで静かに答える。
「どういうことですか?」
「強い恨みと、そして……強い愛情。呪いにも似た果てなき執念が込められた傷だと、俺は思う」
『なるほどね。それほどの執念が込められた呪いなら、一度死んだくらいじゃ解呪されないものね。何せ、魂そのものを傷付けるようなのものだもの』
「どれだけ恨まれてたんですかその
キバーラの言う通り、激しい執念を孕んだ一撃が身体だけでなく、ルークの魂にも傷を負わせたのだろう。故に、復活してもその傷だけは永遠にその身に残り続けた。
ルークにその傷を負わせた人は、果たしてどれほどの想いを込めて攻撃を放ったのか。少しばかり気になるところではあるが、ともあれ、これで復活したルークの傷の件にも納得がいくと言うものだ。
「俺の話はこんなところだが、これでスッキリしたか?」
「はい、ありがとうございます名護さん。僕もやるべきことが全部見えてきました」
ともあれ、これで僕が死んだ後に必要なものは全て把握できた。これならば問題ないと、心の中で安堵する。
『ねぇ、まさかとは思うけど麗牙。あなたも今から二十二年も眠るなんて言うつもりないわよね?』
「今から眠るなんてとんでもない」
本当にとんでもないことを言うものだと、苦笑してしまう。今から二十二年も眠ってしまえば、僕はどんな顔をして燐子さんたちに会えばいいんだ。燐子さんなんてきっと、僕が起きるまでずっと待っているに違いない。彼女のことだから、自分の人生を犠牲にしても僕を待つ姿が簡単に想像できてしまう。もちろんそれだけは避けなければならない。
そもそも僕は彼女に、二十二年も待たせるつもりなど毛頭ないのだから。
「二十二年前から眠るんだよ。正確には十七年前だけど」
キャッスルドランの深部に、その神秘は固く封印されていた。
時の扉──使用者をあらゆる時代へ誘う、神代よりの神秘が込められたファンガイアの秘宝中の秘宝。
緊急時以外の使用が固く禁じられたその扉を、僕は今こそ使う時だと断じた。
扉を守るのは、次狼、ラモン、力の三人。
彼らの持つ三つの鍵を得て、僕は初めてその扉を潜ることができたのだ。
そして僕は辿り着いた。
十七年前の、キャッスルドラン。
その最奥部……王の間へと……。
「お前が未来のキバ……俺の息子か」
僕の目の前で玉座に座る、一人の男。
僕に似た明るい髪がふわりと顔を包み、まるで世界の全てを見透かすような妖艶な紅い瞳がこちらを見据える。
その心から奏でられているはずの音は、今は聴こえない。
しかし、その人で間違いなかった。
僕が会いたくてたまらなかった、大切な人。
男の名は──紅 オトヤ。
かつてのファンガイアのキングであり、そして僕と愛音の父、その人であった。
「父さん……」
愛音を救うための作戦。その第一段階。
その内容は、実の父親を説得することであった。
「俺にお前のようなデカい息子なぞいない……と言いたいところだが、そのキングの証は本物のようだな」
「未来から来たんです。あの扉を通って」
甘いマスクに似合わず、彼の声色はどこか低く、ともすればこちらを信用していないような雰囲気を醸し出していた。そんな彼の雰囲気に押され、僕は僅かに気後れしてしまう。
「時間が惜しい。早く要件を言え」
「……っ」
父さんの紅い瞳が僕を射抜く。あまりにも冷たい視線を前にして、一瞬怖気付いてしまう。父親だと言うのに、どうしてこうも怯えてしまうのか。これがファンガイアのキングたる者の威圧だというのか。
しかしここで食い下がるわけにはいかない。僕は意を決して、父に一生に一度のお願いを言うのであった。
「……お願いです父さんっ。僕の命を……この時代で蘇らせてください!!」
「……詳しく話せ」
彼の要望に応えるべく、僕は包み隠さずに全てを告げた。
未来の世界で、レジェンドルガが復活したこと。妹の愛音がロードの魂に支配されてしまったこと。それを救うために、自分の命を犠牲にするつもりであること。死した自分が甦るために、どうしても父さんの強力が必要だということ。そして、この時代から僕が生き絶える時代まで、この城で眠りにつかせてほしいこと。
ここに至るまでの全てを、僕は父さんに伝えたのだった。
「ファンガイアの完全な復活……か。なるほど、よく考えたな」
「父さん……!」
「だが、キングの完全蘇生。それが可能なら、過去のファンガイアのキングは皆とっくにそうしているはずだが?」
父さんは依然冷たい視線を溶かすことなく、僕を鋭く睨み続けていた。実の父親から浴びせられるそれに対し、恐怖よりも悲しみが優ってしまう。でも、ここで折れることは許されない。僕は自信を持って父さんに言い返した。
「できるはずがないよ。少なくとも過去のキングたちには」
「ほぉ……?」
「死んでしまった王を……弱いキングを誰が生き返らせてくれる? そのためにかかる莫大なライフエナジーも、時間も、誰が用意する? キングが死んだ時点でその称号は他者に譲渡されるのに? 強きものが全てを支配する。弱きものは罪。そんな価値観に塗れたファンガイアに、キングの復活なんて発想は生まれないよ」
かつてのファンガイアの価値観において、キングの復活はあり得ないものだった。たとえ僕のように過去に戻ったところで、お払い箱にされるのがオチだ。最悪、その場で殺されかねない。
だからこそ、冷たくとも僕の話を聞いてくれるだけでも、父さんに全てを賭けるだけの価値はあった。
「それに……僕の持つライフエナジーは過去のキングたちほどは多くない。分かるでしょ?」
「そうだが……お前、俺たちが苦労して作り上げた人工ライフエナジー、ほとんど取っていないな?」
いつだったか、リサさんの前でアゲハに怒られたこともあったことを思い出す。でも、結局僕はあれ以降もほとんど人工ライフエナジーに手を付けていない。人間の食文化への憧れがあったけど、今はそれ以上に、燐子さんと同じように生きたい想いが強くなっていたからだ。
そのため、僕は自身の身体を流れる魔皇力に比べ、必要なライフエナジーは少なくなっていた。だからこそ、一見無理に思えるこの作戦も現実味を帯びていたのだ。
「ごめんなさい。でもおかげで、復活に必要なライフエナジー量は少なくて済む。これなら復活にかかる時間も二十二年ほどで足りるかな。“あの部屋”の中なら、十七年経てば同じくらい経つでしょ?」
「あの部屋」と言うのは、キャッスルドランの時の扉を囲うように配置されている、時間の流れが変化する部屋のことである。以前もRoseliaがバンドの練習のために使用していたが、それと似たような部屋は城の中に幾つもあった。彼女たちがいた部屋よりも、より時間の流れが遅くなる部屋の中なら、復活までの年月を少しでも稼ぐことができる。
「確かにあの部屋なら、お前の理論でも何とかなるかもしれんな」
「そう──」
「ならもっと昔でもよかっただろう?」
「──っ」
急に玉座から立ち上がり、圧をかけるような父さんの声に、息を呑んでしまう。彼からすれば尤もなその質問に、僕は一瞬でも答えるのを躊躇ってしまう。
「何故、今来た?」
ゆっくりと歩き始め、近付くだけでも凄まじい圧僕にが襲い掛かり、少しでも油断すれば途端に潰されそうになる。
「何故、この時代に来た?」
視線もより鋭くなり、敵意すら感じさせる。しかし、こうなっては何も答えない方が危険だと、本能が囁いていた。
だから、答えなければならない。
たとえそれが、自分本位の願いだとしても……!
「今の父さんなら……愛音を……僕の妹を助けてくれると思ったから……」
「何……?」
今この瞬間、この城のどこかに、まだ生後約一年の自分がいるのだろう。
そして、今もこの世界のどこかに、紅オトヤが愛した女性──麻生ユウリと、そのお腹の中にすくすくと育っている愛音がいるはずだ。
目の前の彼は、僕や愛音が生まれる以前の父さんではない。
僕が生まれ、そして愛音の存在も知っている、愛を知ったファンガイアのキングだ。
愛を知った今の父さんなら、僕の言葉が届くと思ったのだ。
そう願っていたのだ。
「レジェンドルガのロードが暴れているという一大事もある。でもそれ以上に、僕は妹を助けたい!!」
本当は怖い。
この場で父に殺されるのが。
父に拒絶されるのが。
大切に想っている彼に、そんな感情を突きつけられることに恐怖を感じずにはいられない。
でも……それ以上に怖いのは、愛音が死ぬことだった。
みんなに会えなくなることだった。
だからこそ、僕は声の限り叫んだ。
「もし僕がこのまま死んだら、愛音の心まで死んでしまう! 愛音だけじゃない。僕を愛してくれた人を、永遠に泣かせることになる。そんなんじゃ死んでも死にきれない! 僕は今死ぬわけにはいかない!! だから父さん! お願いします!! 愛音をっ、僕たちを! 助けてください!!」
僕は父さんに深く頭を下げた。この想いが届くか分からない。しかし、もはや退くことはできない。今は、僕の精一杯の想いを父さんに伝えるだけだった。
「舐められたものだな俺も……」
「っ……」
しかし、父さんの声色は依然として変わらない。彼の心の音も、何故か今の僕には聴くことができなかった。
「お前にそれだけの価値があるとでも……?」
頭を下げているために父さんの姿は見えない。ただ、その声が僕に近付いていることだけは分かった。冷たい声色を室内に響かせ、辺りを静寂が包み込む。僕の汗がぽたりと、床に落ちる音すら聞こえてきそうだ。
「それなら、俺がお前の代わりに未来に君臨するのも悪くないな」
「なっ!?」
聞き逃せない言葉を耳にし、ばっと顔を上げる。しかしそこに父はいなかった。その声は、僕の真後ろから聞こえてきた。
「未来のキングは随分情けない。過去の俺に助けを乞うくらいだからな。そんなキングなら、いっそ俺が成り代わった方がいいだろう?」
「それは……っ」
振り向くこともできないまま、言葉に詰まってしまう。確かに僕はキングとしてはまだまだ未熟だ。苦しむ者たちを全て助けられるわけじゃない。妹一人すら、自分だけで助けることもできない。情けないキングという感想は、僕自身も抱いていたものだからだ。
しかし──
「……たとえ父さんでも、そんなことは絶対に許さない!」
僕は僕の時代のキングだ。その座を誰にも譲るつもりはない。たとえ父さんが望んだとしても、僕の意思は揺れることはない。
「僕には僕を必要としてくれる人たちがいる。僕をキングとして慕ってくれる人たちがいる。みんなが生きている間は、僕はキングを降りるつもりはない!」
いくら尊敬する父と言えども、こればかりは譲れない。僕は怒りも込めて父さんに宣言した。
「だからもう一度言うよ父さん。今は僕がキングだ!!」
「……なら見せてもらおうか? お前の覚悟というやつを」
僕の背後から聞こえる、冷たいままの父さんの声。
僕の覚悟……つまりキングとしての力を見せてみろ、ということなのだろうか……?
「……」
「どうした? 怖気付いたか?」
ゆっくりと、僕の左肩に父さんの手が置かれる。温かみよりも、嫌に重みを感じるその手から発せられるプレッシャーを受けて、額から汗が流れ出す。
戦わなければならないのか……今ここで……父さんと……!
「っ、それでも僕は──」
意を決して父さんに想いをぶつけようとする。
彼がそれを望むなら受けて立つ。
僕の全身全霊の覚悟を見せつけてやる。
そんな意気込みを込めて、勢いよく彼に振り向こうとした。
その時だった──
──むにっ。
「──ふぇ?」
──頬に何かが突き刺さるような感覚に襲われる。
間抜けな音を出したのは、間違いなく僕の頬だった。
そんな僕の頬を突いているのは……僕の左肩に手を置いたまま伸ばされた、父さんの人差し指だった。
「っ……ぷ……!」
「……?」
何かを抑えるかのように、口元が歪んでいく父さん。
そして、それは呆気なく破裂した。
「ぷふァッ! だぁーっはっはっはぁーっ! 引っかかったぁーー!!」
「!?……????……?」
急に大声を出して愉快に笑い出す父さん。
彼は何度も手を叩いて喜び、まるで子どものように大はしゃぎしていた。
そんな彼の姿を想像できなかった僕は、これまでの思考が一瞬で吹っ飛んでいってしまった。
頬にはもう何もないのに、指で突かれた時の間抜けヅラのままで固まってしまっていた。
「あっはははははははっ! はあぁ〜……まさかこんなにビビるとはなぁ〜。どうだっ、この千年に一人の天才、紅オトヤ迫真の演技。まさにアカデミーも総なめといったところだな。恐れ入ったか?」
「ぁ……あの……」
「皆まで言うなっ。俺のことは俺自身が一番分かっている。ズバリ、この演技……国宝級……ということだな?」
「あ、いや……そうじゃなくて……」
「あー楽しかったーもう一度やろうかなー」
え、誰この人? こんな人だったっけ父さんって?
僕の記憶の中の父は、誠実で強くてカッコよくて、そしてどこまでも音楽を愛する、僕の理想とするような男性だった。こんな風に、悪戯が成功して子どものように喜ぶ人だったのか……?
「あの失礼ですけど……本当に父さん……紅オトヤ……ですか?」
「ああ如何にも。この俺こそが千年に一人の天才であり、そしてこの時代のファンガイアのキングである紅オトヤだ。それと──
──お前たちの父だ」
♬〜〜
「っ……!」
その時、初めて目の前にいる人の心の音が聴こえてきた。
気高くて凛々しい、正に王に相応しい荘厳な音楽。しかし同時に、楽しげで自由な、そんな暖かな音楽も聴こえていた。
それを聞いた途端、僕の目にはじわりと涙が浮かんでいた。
そう、聞き間違うはずがない。
どこまでも暖かくて、全てを包み込んでいくような、僕の大好きな音楽。
その音こそ、正に僕が尊敬し愛した、紅オトヤの音楽なのだから……。
「っ……父さん!!」
過去に来て初めて感じることのできた父の音に感極まり、僕は思わず彼に抱きついてしまった。
「お〜とととっ? オイオイっ、なかなか激しいやつだな。ん? そんなにパパが恋しかったのか? ハハハっ、かわいいやつめ」
「ぅ……うう……っ」
緊張が解れたのもある。しかし、それ以上に会いたかった父に会えたという感動が、僕の心を揺れ動かしていた。死んで二度と会えないと思っていた父さん。ずっと会いたいと、叶わぬ願いを抱いていた父さんの心と音楽に触れたことに、感極まってしまったのだ。
今はただ、使命も責任も忘れて、父さんの暖かな胸の中で包まれていたかった……。
「……落ち着いたか。麗牙」
「うん……父さん」
どれほど長く父さんに抱きついていたか分からない。きっと、流したい涙が枯れるまでずっとこうしていたのだろう。
しかしここに来て、初めて僕の名を呼んでくれた父さんのために、また目頭が熱くなってしまった。
「キングの証を見るまでもない。お前の顔を見て、すぐ麗牙だと分かったさ」
「どうして……?」
この時代の僕はまだ生後一年くらいだ。そんな僕の成長した姿なんて、予想しようがないはずなのに……。
もしかしてこれが親子の絆、というやつなのだろうか。僕はそれほどまで父さんに想われていたのだろうか。だとしたらこんなに嬉しいことはない。またしても涙が溢れそうになる。
そんな風に感動しかけていたところで、父さんは意外な真相を打ち明かした。
「ふふっ。何せ俺もこっそり使わせてもらったからなぁ、“あの扉”。未来の世界の観光旅行にな!」
「…………私用で使ったんですか?」
嘘みたいな彼の発言のために、溢れかけた涙も引っ込んでしまった。
「まあ気にするな。何も悪いことはして──」
「時の扉、私用で使ったんですか?」
あまりにも無法がすぎる父さんに向かって、僕は尊敬も忘れて真顔で迫っていた。
「──はい……ぁ、でもちょっとだけねっ」
時間を越える行為は、ただでさえ何が起きるか分からない危険な旅だ。決して軽い気持ちで実行したりするものではない。故に、歴代ファンガイアの王族も頑なに使用を禁じていたはずなのにこの男は……。
「はぁ……それで僕の顔が分かっていたんだ。僕のいる時代を見たことがあるから」
「その通りだ。だが安心しろ。大したことは何もしてない。まあ強いていうなら……“変な奴”に写真を撮られたくらいだから気にするな」
「それ完全にアウトでしょ……」
僕の時代で、既に死んだはずの紅オトヤの写真が新しく撮られた、なんて知られたら大騒ぎだろう。願わくば、それが世に出回ることがないよう祈りたいところだが……。
「そう言えばお前、その“変な奴”にバカデカい弓に改造されてたな? いやぁアレは愉快だったなアッハッハッハッ!」
「見てたんですかアレ!???」
なんてことだ……よりによって父さんにあんな姿を見られてしまうとは……しかもその写真って恐らく僕の家にある写真のことじゃないか……と言うか、あの時に撮っていたんだ
──って今はそんな話をしてる場合じゃない!
「父さんっ。今は真面目な話をしに来てるんだ。お願いだ父さん。僕を──」
「分かってる。お前を生き返らせる話だろう。この俺が請け負ってやる」
「──本当に?」
「ああ。息子の命を助けようともしない親なんざ、空き缶ほどの価値もないからな」
「ありがとう……父さん……本当にありがとう……!」
僕の心配は杞憂だったようだ。過去の世界でも、父さんは僕の知っている父さんのままだった。
父さんはきっと僕たちを守ってくれる。
彼の心に流れる暖かな音色が、僕にそう信じさせていた。
「だが一つ気になることがある。お前が死んだらキングの称号はどうなる? 誰か他に引き受けてくれる当てでもあるのか?」
未来へ帰る直前、父さんは僕にそんな質問をしてきた。ファンガイアのキングが死す時、その称号は血族の中で特に強力な者に継承される。父さんから息子の僕に継承されたようにだ。しかしもし血が絶える場合は、別の強力なファンガイアの元へと委ねられることになる。そうなれば、僕の世界のファンガイアはその新たな王についていくことになる。世界の混乱は必至だろう。
そんな父さんの質問は鋭い指摘だが、これについての回答は既に準備できていた。
「僕だよ。この城で眠って再生している、僕の手に宿るんだ」
「なるほど。天才か」
僕が死んだ時、この手にあるキングの称号は消える。しかし、その称号が次に現れるのは、この城で深い眠りについている僕の手に現れる。同じ血族で強力な力を持つ者……その条件にピッタリ当てはまるのは僕しかいないからだ。
「やはり俺の息子はキングだけでなく、この紅オトヤの天才的頭脳すら引き継いでいたようだなぁアッハッハッハ──」
「と、父さんの頭脳方面の武勇伝は聞いたことないなぁ……」
「ハッハッハッハ──え、そうなの?」
こうして、作戦の第一段階は成功した。
父さんと共に過ごす、ひと時の夢のような時間。
彼に勇気を貰えたからこそ、僕はこの先の辛い作戦を実行することができた。
作戦の第二段階……それは、僕がロードをその身に宿して死ぬことだった。
予定外のことがいくつか起きたが、しかしそれは一旦の成功を収めたと思う。ほとんど僕の思う通りに事が運び、結果として愛音を救うことができた。
でもまさか──
「麗牙さんッッ!!!!」
「麗牙ぁぁぁぁ!!!!」
──燐子さんと友希那さんに、僕の死ぬ瞬間を見られてしまったのは完全に計算外だった。
あれこそ、僕の作戦の中で一番の失敗だった。
そして、そこから先のことは……きっと
麗牙の死後、TETRA-FANGは? そしてRoseliaは?