ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『スノーホワイトとは、白雪姫のことだ。「雪のように白い肌の姫」と言う意味で名付けられたんだとよ』

『白雪姫は19世紀初頭に発表された、グリム童話の一編ですね。でもそれが今回の話とどう言う関係が?』

「それは……読んでみてのお楽しみだ。おっと、今回は普段の倍の長さになるから、読むときは注意してくれよな!』


第163話 スノーホワイト/Re:birth day

 紅の魔人が牙を剥き、一歩踏み出すその姿に空気が凍りつく。その瞳に意思は感じられず、麗牙が未だ目覚めていないことは誰の目にも明らかであった。

 

「くそっ! やっぱり師匠の世界のルークと同じで記憶がないんか!?」

 

「そのようだな。そうかもしれないと思ったが……来るぞっ」

 

「みんな! 早く準備を!」

 

 危機迫るアゲハの声に、みんなの止まっていた手が再び動き出す。着々と音楽が奏でられる準備が整えられていくが、その間にも魔人はゆっくりとその足をこちらに向けて進めてくる。

 

 その時だ──

 

「……グッ……ァグゥゥ!?」

 

「!?」

 

 魔人は急に歩みを止め、頭を抑えて跪いた。彼は明らかに何かに苦しんでいた。何かを思い出そうとしているのだろうか? それはつまり、あの魔人の中にまだ麗牙はいるということなのか?

 

 しかし魔人は再び立ち上がり、再び私たちに向かって歩み始めた。

 

「ッ、ググ……ォオオオオオオオオ!!」

 

「っ、これ以上進ませるかよっ! 変身!!」

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

 魔人を食い止めるため、健吾はイクサに変身して立ち向かった。彼を倒すためでなく、止めるために。私たちの邪魔をさせないために。

 魔人の動きが鈍く感じるのは、覚醒直後で鈍っているからなのだろうか? それとも、彼の魂が無意識ながらに身体を抑えようとしているのか?

 

「ゥオア゙アアアアア!!」

 

「くっ!? 麗牙! 早よ目ぇ覚まさんかい!! 今目の前におるんが誰か分からんのか!?」

 

「ガァッ、グアァァアア゙ッ!!」

 

「健吾……っ……みんな! 準備は!? まだっ!?」

 

 たった一人で魔人を抑えつけているイクサを見つつ、唇を噛み締めているアゲハは、焦りを隠そうともせず私たちに問うてきた。

 そして幸いにも、その問いには朗報で返すことができた。

 

「ええ、充分よっ」

 

「了解! じゃあ、あとは頼んだよ! Roselia!!」

 

「お前たち、頼むぞっ……ガルルァァア゙アアアアア!!」

 

 私たちの準備が終えたのを確認したアゲハと次狼の輪郭が揺れる。大気が揺れるようなオーラを放ち、一瞬で人ならざる姿へと変えた。

 その直後に、私たちとセッティングを手伝っていた二人も同様に、その姿を異形の姿に変えていた。

 

「こっちはぼくたちに任せてよっ」

 

「お前たち……音楽……ライガに届ける……」

 

 鳳蝶型の吸血鬼と青い人狼、翠玉の半魚人に紫の人造怪物が、イクサの助太刀として魔人の元へ駆け出した。

 

「……麗牙……」

 

 私の声が、震えながらもはっきりと部屋に響く。

 

「あなたは麗牙よ。絶対に……あなたはここにいるわ」

 

 燐子がキーボードに指を伸ばす。リサはギターを肩にかけ直し、あこはスティックを握りしめ、紗夜はベースの弦に触れる。

 

 誰も逃げない。誰も怯まない。

 

「麗牙……今度は私たちの番よ。今度は私たちが、音楽であなたを救い出すわ」

 

「グゥオオオオオオオオオオ!!」

 

 紅い魔人が、再び咆哮を上げる。

 

 月輪が輝きを増し、暴走の気配が部屋を埋め尽くす。

 

 それでも、私たちは楽器に手を伸ばした。

 

 ──彼の魂を呼び覚ますために。

 

 ──麗牙を、この手で取り戻すために。

 

 指が弦に、鍵盤に、ドラムに触れた瞬間──

 

 

 

 

「いくわよ。『Neo-Aspect』」

 

 

 

 

 ──部屋全体に、私たちの音楽が響き渡った。

 

 

 ♬〜〜

 

 

 全力のシャウトが空間を支配していた。今日この日のために、この時をピークにするために、ずっと調整を続けてきた。

 

 今この一曲に全身全霊を込めていた。

 

 あとの事なんて全く考えていなかった。

 

 麗牙の心を救い出す。

 

 その一心のみで私は歌を──心の音楽を奏でていた。

 

「(麗牙。あなたはあの日、闇の底に沈んだリサの心を繋げてくれた。その時に、私は音楽のすごさと可能性を改めて思い知らされたの。私もいつか、あなたのように人と人とを結ぶ音楽を奏でたい。あなたのように、誰かの心を救えるような音楽を奏でたい。だから……今度は私が音楽であなたを救う!)」

 

 音粒を一つずつ抱きしめるように。

 

 麗牙への想いを抱きしめるように。

 

 私は、歌う。

 

 そんな想いを乗せた旋律が、私たちや彼のいる空間を包み込んでいた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ゥ、ゥヴゥ……ァ……」

 

「紅さん……」

 

 私たちの全身全霊を込めた音楽。間違いなくこれまでで一番だと言い切れるほどの完璧な演奏。魂の旋律。しかし、それでも紅さんは戻ってこない。今の曲で僅かに彼の様子が変わったが、未だ紅さんの『音』を感じるまでには至ってなかった。

 

「ガァア゙アアアアアッ!!」

 

「まだよ……まだですっ。湊さん!」

 

「ええっ。『Determination Symphony』」

 

 渾身の一曲がダメなら、次の渾身をぶつけるまで。私たちはすぐに次の曲を披露した。

 

 ♬〜〜

 

 私は紅さんを諦めない。

 

 彼がどんな姿になったとしても、そこに彼がいると信じ続ける。

 

 彼の奏でた音楽は、今も私の心の中で鳴り続けているのだから。

 

 だって、紅さんは、紅さんだから……。

 

 ──僕は僕として、この音を奏で続けたいんです。

 

 ──紗夜さんの音は、紗夜さんにしか出せません。

 

 彼が私に言ってくれた言葉を、私は一生忘れることはない。

 

 今の私の進むべき指針となったのは、間違いなく紅さんなのだから。

 

「(紅さん。あなたのおかげで、私は自分の音楽を探すことができるようになりました。そして、周りの人の音楽に耳を傾けることも。日菜と仲直りすることもできました。あなたとの出会いには感謝してもしきれません。だから、私は今のあなたの音楽を必ず見つけます。だって、『あなたはあなた』ですから。だから聴いてください。私の──私たちの音楽を!)」

 

 決意の調べが響く。

 

 祈りを音色に乗せて。

 

 これが私たちの音楽なのだと、自信を持って彼に届ける。

 

 どこまでも真っ直ぐな音楽が、透き通るように浸透していた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ゥ……ぅぅっ……グッ……オオ゛オ゛オオオッ!!」

 

「麗牙……」

 

 それは今まで最高の、アタシたちの決意の交響曲。だけど、麗牙は動きが少し止まるだけで、再び獣のような雄叫びを上げる。

 彼の目覚めはきっと近い。今はまだ足りないだけで、アタシたちの音楽は間違いなく彼に届いている。その確信があるからこそ、限界を超えても誰も音楽を止めることはなかった。

 

「友希那お願い! 次は──」

 

「ええ、リサ。みんな次よ。『陽だまりロードナイト』」

 

 ♬〜〜

 

 アタシの意を汲んでくれた友希那は、アタシの届けたい音楽を指示してくれた。

 

 アタシが届けたかった、感謝の音楽。

 

 親愛の証。

 

 励ます魔法のように、アタシたちの音楽は麗牙に降り注ぐ。

 

 ──アタシ……麗牙が好き。

 

 麗牙は、アタシの世界に新たな色を付け加えてくれた人。

 

 初めての気持ちを教えてくれた人。

 

 特別な想いも、幸せも辛さも、全部をくれた人。

 

 そんな大切な気持ちをくれた麗牙に、アタシは今でも愛情を感じている。

 

 ──いつかあなたを夜から青空の下まで連れて行ってあげる。

 

 それはいつか、アタシが麗牙に言った言葉。でも、それは今のアタシが叶えられることじゃない。

 

 彼の隣には、もう燐子がいる。彼女が彼の心を、暗闇から連れ出していったのだから。

 

 だけど今、麗牙はあの紅色の魔人の中にいる。

 

 荒れ狂う獣の中に閉じ込められている。

 

 だから今度こそは、アタシの手で彼を救い出したい。

 

「(ねぇ麗牙、知ってる? アタシね、今でも燐子と恋バナとかしてるんだよ。それで二人が幸せなのがすっごく伝わってきて……ずっと苦しんできた麗牙が、今は幸せな時間を生きているのがアタシもすごく嬉しいんだ。だから……こんなところで終わらないで麗牙。そんな暗闇の底から早く抜け出して。あの時あなたに助けられたように、今度はアタシが、あなたを救い出すから!)」

 

 きっとまた麗牙に会える。

 

 明日も彼と、まぶしい笑顔で笑い合える。

 

 そんな希望と愛しさに満ちた温かな音楽が、優しく染み渡っていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ふぅ……麗牙は……!」

 

「ゥ、ぐぅぅぅ……く……ゥオオオオオオオ!!」

 

「全く……とんだ、寝坊助ね……」

 

 今までにないくらいの完成度に仕上げたRoseliaの楽曲を、三曲歌い続けた友希那さんは僅かに息を吐いていた。普通なら休憩も入れずに三曲もぶっ通しで歌えば堪えるのに、友希那さんは僅かに息を入れる程度。友希那さんは本当にすごいと思う。あこなんてスティックを握る手が震え始めているのに……。

 しかし、いくら友希那さんでも、今までにないハイペースで歌い続けるのは相当な負担がかかっているはず。いや友希那さんだけじゃない。あこに、そしてRoseliaのみんなが、今までにない圧と疲労を感じていたはずだった。

 

 でも、あこたちは止まらない。

 

 ここにいるみんなが、止まることなんて考えていなかったから……!

 

「友希那さんっ。次は『ONENESS』で!」

 

「あこ……ええっ。いくわよっ」

 

 ♬〜〜

 

 みんなの声が重なり、重厚なサウンドが空間に叩きつけられる。

 

 あこの大好きな、威厳とカッコよさに満ちた音楽。

 

 それは、麗牙さんたちの音楽にも重なる激しいロックだった。

 

 ──TETRA-FANGって知ってる?

 

 ──じゃあさ、今度の日曜日みんなで見にいこうよ!

 

 そう言えば、みんなが麗牙さんたちの音楽を聴くきっかけって、あこだったんだよね。

 

 まさかこんなことになるなんて、あの時はこれっぽっちも思わなかった。

 

 TETRA-FANGのカッコいい音楽だけじゃない。ファンガイアとか魔族とか、あこの知らない世界も麗牙さんがきっかけで知ることができた。

 

 あこの大好きなカッコイイがいっぱい詰まった世界を、麗牙さんのおかげで知ることができた。

 

 そして、カッコいい麗牙さんの、カッコいいキバを──『仮面ライダー』を見ることができた。

 

 でも、今の麗牙さんはカッコよくない。

 

 ただ暴れ回るだけの暴力の塊なんて、あこの知る麗牙さんじゃない。

 

 ──気高き魂を宿し己の正義を貫く、自由と平和の戦士。それが仮面ライダー。

 

 だって、麗牙さんはそう言ったんだから……!

 

「(麗牙さんっ! 『仮面ライダー』なんだよねっ? みんなを守る戦士なんだよねっ? みんな待ってるんだよ。たとえ今は深い闇の底にいても、麗牙さんは立ち上がる。あこはそう信じてるから。またカッコいい姿をあこたちに見せてほしいんだ。だから負けないで麗牙さん!)」

 

 揺るがない信念を込めて。

 

 湛えた熱情を集めて。

 

 あこたちの覚悟を抱いたメロディーは一つに交わり、空間を激しく振動させていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「お願い……麗牙さん……!」

 

 ひとつとなり瞬く光のような音楽が、麗牙さんに降り注ぐ。ひとつひとつの音楽に祈りを、そして魂を込め、わたしたちの想いは確かに彼の心に響いていた。

 

「ぁぐ……り……ん……」

 

「麗牙さん!」

 

 そして今、彼は間違いなくわたしを呼んだ。わたしを求めていた。わたしたちの音楽は彼の胸に届いている。彼の心はわたしを感じてくれている。その事実に胸が熱くなり、涙が溢れそうになる。でも──

 

「んぐぅ……くッ……ぅうぉあアア゙アアアアアッ!!」

 

「っ……麗牙さん……」

 

 苦しむような震えた叫び声を上げ、魔人は再び暴れ出す。ようやく見えた彼が消えてしまい、落胆からかほんの一瞬だけ力が抜けそうになってしまった。

 

「諦めんな!」

 

「そうだよ! あともう少しなんだから! 燐子!!」

 

 しかし、綾野さんとアゲハさんの檄によって、わたしはすんでのところで力を取り戻した。

 何度も麗牙さんに吹き飛ばされても、諦めずに彼を抑え込もうと何度も立ち上がる彼らを見て、どうして自分が諦められるだろうか。

 

「(もうみんな限界がきてる……それでも!)」

 

 一曲でもライブで演奏できれば、伝説と言われてもおかしくないほどの最高の音楽。極限のパフォーマンス。命を……魂を削って演奏しているのではないかと、自分でも思うほどの壮絶な舞台。

 

 それを休憩も挟まず、もう四曲も続けている。

 

 既に満身創痍になっていてもおかしくない。

 

 わたしだっていつ指が動かなくなるか分からないのだから。

 

 しかし、ここにいる誰もが倒れない。挫けない。

 

 誰も諦めることを考えていない。

 

 だから、わたしも絶対に麗牙さんを諦めない。

 

 わたしは、彼とともに生きていくと決めたのだから……!

 

「友希那さん!」

 

「分かってるわ……『Ringing Bloom』」

 

 ♬〜〜

 

 目覚めるような千紫万紅の歌が、愛しさとともに空間に満ちていく。

 

 Roseliaの楽曲の中では一番新しく生まれた、わたしの好きな曲。麗牙さんも好きだと言ってくれた、大切な曲。

 

 この曲を演奏する度に、わたしは彼の姿を思い出す……。

 

 ──僕は燐子さんが好きです。

 

 ──燐子さんのことを一生守ります。傷付けはしません。もう二度と泣かせたりしません。裏切ったりしません。全部を誓います。

 

 ──僕に……貴女と最後まで……共にいさせてください!

 

「(麗牙さん。あの日、あの時の言葉、わたしは一言一句覚えています。ううん、今まで麗牙さんと一緒にいた時のこと、片時も忘れたことなんてありません。わたしにとってのあなたは、もうわたしにとっての全てなんです。ねぇ麗牙さん。わたしと生きてくれるんですよね? 二度と泣かせないんですよね? だったら、今からでも果たしてください。その闇から出てきて、わたしのことを抱きしめてください! わたしとの約束、もう二度と破らせはしません)」

 

 彼の行動のために悲しい思いもしたけど、そんなことでわたしの想いは変わったりしない。少し約束を破られたくらいで、この想いは色褪せたりしない。仮にそうなったとしても、彼はまたすぐに塗り替えてくれるから。

 

「(麗牙さん……帰ってきて!!)」

 

 一途な願いを鍵盤に込めて、音楽を奏でる。

 

 限りなく。何度でも。

 

 ただ強く祈りを込めて……。

 

 ひとつになった旋律は光り輝いて、わたしたちの中に満ち溢れていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……」

 

「麗牙……?」

 

 これで終わって欲しい。そんな願いも込めて演じた、愛しさや希望に満ちた音楽は、確かに麗牙の魂に響いたことだろう。

 暴れ狂っていた彼の鼓動は今や鎮まりかえり、じっと固まったまま動かなくなっていた。

 

「麗牙……大丈夫か──」

 

 荒れ狂う獣は消えたのか……。

 

 誰もがそう感じたところで、イクサは彼に近づいていく。

 

 しかし彼の手が麗牙の肩に触れようとした瞬間──

 

「ッ! グゥア゙アアアアアッ!!」

 

「──がはァッ!?」

 

「健吾!!」

 

 突然動き出した魔人がイクサを薙ぎ払い、彼を壁に叩き付けた。抱きかけた希望が崩れ、その場にいる誰もが戦慄していた。

 

 まだ終わっていない。彼は未だ目覚めてはいない!

 

「っ、いい加減目覚めてよ麗牙!! みんなの音楽だよ! 聴こえてるんでしょ!?」

 

「麗牙ッ! 自分の力に飲み込まれるな! お前はこんなところで終わる奴じゃないだろ!?」

 

「ずっと寝てても楽しくないでしょ!?」

 

「早く! 目! 覚ます!」

 

「ゥゥゥッ……グゥヴウウ!!」

 

 壁に打ち付けられたイクサに追撃をかまそうとする魔人を、アゲハと次狼さんたちが止めに入る。彼らの必死の呼びかけにも魔人は耳を傾けることなく、呻き声とともに荒れ狂うままであった。

 

「みんな……まだやれるわね?」

 

 振り返ってみんなの顔を一瞥する。みんな疲労の色こそ見えど、そこに迷いは一切なかった。

 

 下を向く者はいない。みんな、ただひたすらに前だけを向いていた。

 

 想いはどこまでも同じだったから。

 

 私は麗牙に向き直し、みんなの心を代表して告げた。

 

「麗牙。あなたとまた会えるまで、私たちは何度でも……何度でも響かせるわ……『BLACK SHOUT』」

 

 ♬〜〜

 

 初めて彼の前で披露した、私たちの始まりの音楽。

 

 獣の雄叫びなんてかき消すほどの気高き咆哮を打ち鳴らす。

 

 獣の声が邪魔なら、私たちが打ち消してあげる。

 

 何度でも音楽を奏でてやる。

 

「グゥ!? ゥグ……グォア゙アアアアア!!」

 

 それでもまだ、彼は戻ってこない。

 

 しかし、私たちは折れない。

 

 たとえダメだったとしても、声が枯れたとしても、私たちの音楽は尽きることはない。

 

「あなたの復活に相応しい歌を……『Re:birth day』」

 

 ♬〜〜

 

 私たちの、心の音楽は途絶えることはない。

 

 音楽は言わば私たちの命。

 

 音楽が尽きる時は、即ち私たちの命が尽きる時なのだから。

 

「はぁ、はぁ……っ、『BRAVE JEWEL』」

 

 ♬〜〜

 

 間髪入れず次の曲を始める。

 

 身体は既に限界を超えている。

 

 それでも、誰も私を止めることはない。私も誰かを止めたりはしない。

 

 いや、死んでもやめるものか……!

 

「ァ……グォォ……ォォ……グゥ……ッ」

 

「お願いだから……麗牙……!」

 

『R』『Safe and Sound』『PASSIONATE ANTHEM』……思いつく限りの曲を、私たちは奏で続けた。本来ならこんな無茶な演奏なんてできるはずがなかった。ゾーンに入っていたのは間違いないが、何よりも想いが、そして執念が私たちを動かしていた。かつて無いほどの情念が、私たちを遥かなる高みに到達させていた。

 

「次は……っ」

 

 次に奏でる音楽を考える。まだ演奏していない曲なら『LOUDER』があるが、ここでお父さんの力を借りるつもりはなかった。今でこそRoseliaの曲となった『LOUDER』だが、今の麗牙を目覚めさせるのに必要なのは、父の面影を残さない私たちRoseliaだけの音楽だ。それはみんな同じ気持ちのはずだ。

 

 だけど、そうなれば残るは『あの曲』しかない。まだ未完成もいいところの、作りかけの新曲。しかし、彼を救い出せる可能性があるのなら、私はそれに賭けてもよかった。

 

「みんな、次は──ぁ」

 

 しかし、その曲名を告げようとしたところで……私の身体は崩れた。

 

「ゆき──っ……」

 

「友希那さ──ぅ……」

 

 私が膝から崩れ落ちたのを皮切りに、他のみんなも同じように崩れ落ちていく。緊張の糸が切れたわけではない。意思だけではどうすることができないほどの疲弊が顕れていたのだ。

 

「みんなぁ!!」

 

「くっ、ここで限界かぁ……っ!」

 

 考えてみれば当然だ。Roseliaの難度の高い楽曲を、一寸の休憩も挟まずに十曲以上も連続で披露し続けてきたのだから。しかもペースを全く考えず、一曲一曲を全力でだ。全ての演奏に「これで終わらせる」という覚悟のもとでやってきたのだから、仕方のないことだとは思う。

 

 しかし、ことこの場において「仕方ない」なんて言い訳は通じるはずがなかった。

 

「ガァア゙アアアアアア゙アアアアアッ!!」

 

「っおああッ!?」

「きゃああああッ!?」

「ゥグオオオッ!?」

 

 麗牙から発せられた禍々しいオーラがイクサたちを襲い、彼らはなす術なく壁に叩き付けられる。そしてイクサは変身が解除され、アゲハたちも異形の姿から人の姿へと戻ってしまっていた。

 彼らも私たちと同じで、既に限界を迎えていたのだ。

 

「ッ! グゥオオオ!」

 

「っ!」

 

 しかし彼らに心配の声をかける間もなく、魔人は私に向けて手を伸ばし、ドス黒く光る球体を放った。

 

「友希那!!」

 

「友希那さん!!」

 

 迫る光弾を前に、私はなす術なく膝をつくだけだった。

 

 動こうにも、もう力が入らないのだから。

 

「(麗牙……!)」

 

 あれを受ければ死ぬ。

 

 理屈でなく本能がそう感じていた。

 

 だがその時、私の前に小さな白い影が飛び込んできた。

 

『友希那ちゃん!! っくぅぅゥゥっ!?』

 

「キバーラ!?」

 

 私と光弾の間に入り込んだのはキバーラだった。何らかの魔法なのだろうか、彼女は不思議な模様の光の壁を展開し、魔人の攻撃を防いでいた。光弾とキバーラの障壁は拮抗し、その衝撃が辺りを包み込んでいく。

 しかしキバーラの声に余裕はなく、彼女がどんどん苦しんでいくのがその小さな背中越しにも分かった。

 

 そして──

 

『ゥゥゥゥッ、きゃああああッ!!?』

 

「キバーラ!!」

 

 障壁が破壊されると共に光弾がキバーラに直撃し、彼女は私の元へと落ちてきた。動かない身体を無理矢理動かして彼女に近付き、傷付いた彼女をそっと掬い上げて呼びかけた。

 

「キバーラ! しっかりして! キバーラ!」

 

「ぅ……うぅ……」

 

「っ……麗牙! もういい加減にして!! これ以上誰も傷付けないで!! あなたの手は、こんなことで汚していい手じゃない!! あなたの手は、声は、この世で他にない音楽を奏でるただひとつのものなのよ!! だから……っ!」

 

 キバーラの白い身体が傷付き黒く燻んでいる。そんな彼女を見て、枯れそうになる声を上げずにはいられなかった。

 もう嫌だった。あの麗牙が親しい人たちを傷付けるのを見るのが。あの素晴らしい音楽を奏でる彼が、ただの獣の咆哮しかあげられなくなっていることが。あまりにも辛く、悲しくて、いつしか目からは涙が溢れていた。

 

『友希那、ちゃん……』

 

「キバーラっ。大丈夫なの?」

 

『ええ、ありがとう友希那ちゃん……あなたはホント……強くて優しくて……気高いのね……だからこそ……あなたにあげるわ。もう一度だけ……立ち上がる力を』

 

「え……?」

 

 私の零した涙に打たれて意思が戻ったのか、キバーラが口を開く。

 

 しかし息も絶え絶えに告げる彼女の言葉に、私は心が再び湧き立つのを感じた。

 

 彼女が言おうとしていることが、何となく分かったからだ。

 

『私を持ち上げて……そして、唱えるのよ……麗牙と同じ、あの言葉を……』

 

「キバーラ……でもそれは──」

 

 キバーラが何のことを話しているのかは理解している。

 

 しかし、私がそれをしてもいいのか。その言葉を唱えてもいいのか。私は決めることができなかった。

 

 麗牙をずっと見てきたからこそ生まれた躊躇いが、その先へ進もうとする私の足を押し留めていた。

 

「ガァア゙アアアアアッ!!」

 

「──っ!?」

 

 しかし、悩む時間を彼は与えてはくれなかった。

 

 その場から跳躍した紅い魔人は、その腕を振りかぶって私の命を刈り取ろうとしていた。

 

「湊さん!!」

 

「友希那ぁ!!」

 

 あと瞬きを数回する間もなく、私は死ぬ。

 

 そしてそれは……麗牙の心も死ぬということ。

 

 しかし、だからこそ私は彼に殺されるわけにはいかない。

 

 麗牙を救うためにも、私は絶対に死ぬわけにはいかない。

 

 だから……私は覚悟を決めた。

 

 麗牙の心を取り戻すために……。

 

 麗牙にこれ以上誰も傷付けさせないために……。

 

 手に乗せたキバーラを高く掲げ、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変……身っ」

 

 

 ──覚悟の言霊を唱えた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

『チュッ』

 

 

 友希那の発した言葉に反応し、キバーラは宙に向けて口付けをする。

 

 友希那の額にハート型の模様が浮かび、同時に彼女の全身が銀色のベールに包まれた。

 

 そして次の瞬間、ベールはガラスのように弾け飛んだ!

 

「……ふっ!」

 

「ガァッ!?」

 

 友希那を引き裂こうと振り下ろされた爪は、純白に光る腕によって遮られた。その腕は、その身体は、既に友希那のものではなくなっていた。動揺する魔人が見ているのは友希那の瞳ではなく、広げた翼のような巨大な紅い眼であった。

 

「っ、はぁああッ!!」

 

「ゥグオアアッ!?」

 

 魔人は突如として出現した白い影によって投げ飛ばされた。誰もがその様子に目を見開き、現れた影をじっと見つめていた。影が魔人を投げ飛ばしたことでなく、友希那の姿が変わったことに……。

 

「嘘……」

 

「友希那が……」

 

「変身……しちゃった……」

 

「白い……キバ……」

 

 そこにいたのは、雪のように白く染められた鎧。

 

 青紫の肌と、紅い目。

 

 可憐であり、清く美しいその出で立ちは、正に御伽話に登場するプリンセスのようであった。

 

「あれが白雪の……!」

 

 次狼の息が漏れる。それは、ファンガイアのクイーンのために開発されていた、第三のキバの鎧。

 

 その名を、白雪(しらゆき)のキバ。

 

 またの名を──

 

 

「仮面ライダー……キバーラ」

 

 

 友希那の宣告が辺りに響く。本来ならば冠することのない「仮面ライダー」の名を、彼女は敢えて名乗った。

 

 それは、ただ一つの覚悟のため。

 

 麗牙を倒すのではなく、救うために。

 

 麗牙の命と尊厳を守るために。

 

 彼女は、麗牙が誇りにするその名を告げたのであった。

 

「グァァッ!!」

 

「っ、ふんっ!」

 

 魔人の手から光弾が放たれる。しかしキバーラは腕を振るってその攻撃を弾き飛ばした。今、何が起きたのか……そんなRoseliaたちの疑問に応えるように、彼女は手に握る白銀の剣を翳していた。

 

「麗牙。これ以上、ここにいる誰も、あなたに傷付けさせないっ!」

 

「ゥグアアア゙アアッ!!」

 

「ふっ! はぁぁッ!!」

 

 キバーラの宣言を打ち消すかのように、魔人はいくつもの光弾を膝をつくRoseliaたちへと打ち出していく。しかし、キバーラはそれを全て自身の剣──キバーラサーベルで斬り裂いていた。彼女の宣言に嘘はない。これ以上誰も傷付かないように、彼女は全身全霊で全ての攻撃を捌いていた。

 

「友希那さん……」

 

「す、すごい……」

 

 当然ながら友希那に武道の心得はない。しかし、白雪のキバが友希那に力を授けていた。単純な暴力の話ではない。誰しもが身体の奥底に眠らせている戦闘本能を、白雪の鎧は引き出していたのだ。

 

 剣を一閃するたび、刃の軌跡に白い羽根のような光が散り、光弾を切り裂く音が鋭く響く。彼女の華麗に剣を振るう姿はまるで舞踊のようであった。あまりに美しく舞う姿に、誰もが見惚れていた。

 

 まるで小人とともに歌う白雪姫のようだと、その場にいる誰もが感じていた。

 

「ッグゥ……グオア゙アアアアアアアアアアッ!!」

 

「っ!」

 

 やがて降り注ぐ光弾の嵐が収まった。キバーラは迫り来る数多の光弾を全て撃ち落とし、防ぎ切ったのだ。しかし魔人の周りに禍々しいオーラが集まった途端、その両手から紅の嵐を撃ち放った。喰らえば変身していたとしても致命傷になりかねない暴力の嵐が、キバーラと背後のRoseliaに迫ろうとしていた。

 

「(誰も傷付けさせない!)キバーラ!」

 

Wake Up(ウエイクアップ)!』

 

 友希那の意思を読み取り、バックルに留まる“キバーラ”が宣告する。

 

 その瞬間、手に握る剣にエネルギーが集約し、白雪のキバの背中に青い光の翼が展開した。

 

 そして白雪のキバは剣を握りしめ、迫り来る嵐に向かって剣を振り抜いた──!

 

「はぁあああああああッ!!」

 

 ソニックスタッブ──本来は高速で飛び交い敵を斬り裂く、白雪のキバの必殺の一撃。しかし彼女は飛翔することなく、光の翼をその場に留まるための抑止力としていた。

 

 その斬撃は魔人を斬ることはなく、ただ迫り来る嵐のみを斬り裂き、巨大な嵐を霧散させたのだった。

 

 

 

 

「ッ ……はぁ、はぁ……」

 

 魔人から放たれる全ての攻撃を凌ぎ切った白雪のキバ。しかし元々の疲れのためか彼女の息は荒く、肩が上下に揺れていた。

 

 そしてそれは、魔人も同じであった。

 

「ッグゥ……グ……ハァ……はァ……」

 

 膝を付き、身体が震えだす魔人。最早光弾を出す余裕すらないのか、手を翳しても新たな攻撃がその手から放たれることはなかった。これまでの長時間の戦闘に加え、キバーラへの攻撃によって限界を迎え、遂にその紅い身体は活動を終えようとしていた。

 

「フぅゥ……ぐゥゥ……ヴぅ……」

 

「はぁ、はぁ……麗牙……これで、もう……」

 

 疲労困憊となった魔人に、攻撃の術はない。とりあえずは魔人の無力化はできたと、キバーラは一瞬でも安堵してしまった。

 

 しかし魔人の──否、ファンガイアの攻撃手段は……“本能”は消えていなかった。

 

「……はっ、友希那逃げてェェ!!」

 

「っ……ぅうッ!?」

 

 リサの叫びが聞こえた直後、友希那の身体に衝撃が走った。

 

 友希那自身は見ることができないが、その様子を周りの全員が目にしていた。

 

 

 

 

 キバーラの両肩に刺さる、二本の半透明な牙を。

 

 

 

 

「友希那ぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぅ、ぁッ……」

 

 それはファンガイアの吸命牙。ファンガイアの誰しもが持つ、彼らの捕食本能の具現化。牙を突き立てられた者は、ライフエナジーを吸い上げられて命を失うことになる。

 そんな当たり前のことを知らない者はここにはいなかった。誰もが友希那の命の輝きが失われる予感を拭えずにはいられなかった。

 

「っ、ぐ……ぅううううッ!!」

 

「え……ゆ、きな……?」

 

 しかし、キバーラは沈むことなく立ち続けていた。彼女の身体は消えることなく、未だ健在していたのだ。

 

「なんで……吸命牙は……」

 

 突き立てられた牙は、確かに友希那のライフエナジーを吸い上げていた。それでも友希那の命が失われていないことに、アゲハも疑問を隠しきれなかった。白雪のキバの鎧が友希那を守っているのか。それとも麗牙が必死に抑えているのか。

 

 そして何よりも、アゲハは不思議に感じていたことがあった。

 

「(待って……どうして友希那の身体から……麗牙のライフエナジーが……)」

 

 ライフエナジーの動きを機敏に感じ取れるアゲハには、友希那の身体の中に別の存在を感じ取っていた。本来彼女の体内に存在するはずのない、麗牙のライフエナジーを。

 アゲハは知る由もない。かつて麗牙が友希那を救うために自分のライフエナジーを与えたことなど。その力が吸命牙を通して、今再び麗牙の元に返っていくことも。

 

「ふ、ふふ……」

 

 だと言うのにキバーラは──友希那は笑みを浮かべていた。

 

 身体に襲いくる激痛と命が吸われていく感覚は、言い表せない絶望を感じさせるものであるはずだった。氷のような冷たさが肩から全身に広がり、視界の端が白く霞む。それでも友希那は唇の端を上げた。それは、麗牙の牙が自分を殺すこと以上に、自分たちを『繋いでいる』という確信から生まれた、痛みを超えた微笑みだった。

 

 やがて白雪の鎧は溶けるように消えて行き、友希那は魔人に向けて歩を進め始めた。

 

「私も、とうとうおかしくなったのかしら……あなたに殺されるなら……悪くないって考える自分がいるわ」

 

 魔人に──麗牙に語りながら、友希那はゆっくり彼に近付いていく。

 

 一歩、また一歩と進むたびに、自身の命が削られていく感覚を味わいながら、しかし友希那は止まらない。

 

 彼女の目には、苦しむ麗牙の姿しか見えていないのだから。

 

 景色が、命が、魂が薄くなっていく。

 

 それでも重くなりつつある足を必死に動かし、遂に彼女は麗牙の目の前に辿り着いた。

 

 震える麗牙の両肩に手を乗せ、そして友希那は力の限り叫んだ。

 

 

 

 

「でも、今のあなたは麗牙じゃない! 殺すならせめて……せめて麗牙に戻ってから私を殺しなさい!!」

 

 

 

 

 友希那の叫びが──心の音が轟いた。

 

 そして……初めて魔人の輪郭が朧げに揺らいだ。

 

「っぐゥゥ……ぅゥゥゥゥッ……」

 

「麗牙!」

 

「麗牙さん!!」

 

 紅い魔人の姿は消え失せ、そこには人の姿としての紅麗牙がいた。

 

 紅に染まる髪や瞳、雪のように白い肌、その声……全てが友希那の知る紅麗牙のものであった。

 

 それでも彼の意識は未だ戻らない。人の姿をしていながら、獣のような呻き声を繰り返すだけだった。

 

「ゥゥ、うグゥゥぅぅぅッ……ォオオッ……」

 

「(あと……あとひと息で……!)」

 

 しかし友希那は確信していた。麗牙が目覚めるまであと一歩のところまで来ていると。

 

 ならば迷うことはない。

 

 友希那は最後の力を振り絞り、部屋中に声を轟かせた。

 

「みんな! 立って!! 最後の曲よ!!!!」

 

 そんな友希那の声に、膝を付いていたRoseliaの誰もが己を奮い立たせた。友希那の奮闘を目の当たりにしてどうして崩れていられようか。麗牙がすぐそこにいるのに、何故立ち上がらずにいられようか。

 

「っ……はい!」

 

「任せてよ……友希那!」

 

「あとちょっと……だもん!」

 

「麗牙さん……あと少しだけ待っていてください!」

 

 一人、また一人と立ち上がる少女たち。

 

 誇り高く咲き誇る五人の青い薔薇が、今ここに再び立ち上がった。

 

「“あの曲”でいくわ! 燐子!!」

 

「っ。はい!」

 

 麗牙に向けて贈る、最後の曲。

 

 燐子を呼ぶ友希那の合図で、彼女がどの曲のことを指しているか一瞬で皆が理解した。

 

 そして燐子の奏でるキーボードの音色とともに……友希那の歌声が静かに目覚めた。

 

 

 

 

 ──空がどんな高くても 羽根が千切れ散っても

 

 ──飛び立つことを恐れずに 焦がせ不死なる絆

 

 ──Fly to the sky …… Fire bird!

 

 

 

 

 友希那の声と燐子の鍵盤の音が静かに響き渡る。

 

 やがて静まり返る空間の中、友希那の台詞が、飛翔の合図となった。

 

 

 

 

「潰えぬ夢へ……燃え上がれ!」

 

 

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

 燃え上がる炎の如く、熱気が辺りを支配する。

 

 絶望すら燃やし尽くす不死なる炎。

 

 永遠に潰えぬ絆を謳う不死鳥。

 

 それは、彼女たちの至る一つの頂点であった。

 

 しかしこの曲は未だ完成していない。編曲どころか歌詞すら全てが未完成のまま、友希那はRoseliaに共有していた。この曲が麗牙を救う一手になることを見越して……。

 

 故に誰もこの楽曲の完成形を知らない。

 

 歌詞は心に思い浮かぶままに。

 

 音楽は心が奏でるままに。

 

 全てが予定調和から大きく外れた、完全なアドリブ演奏であった。

 

 声が僅かに掠れ始めても、友希那は喉の奥から絞り出すように次のフレーズを繋げた。汗が鍵盤に滴り、指先が熱を持って震える中でも、燐子の音は決して乱れなかった。あこのスティックが床を叩く音が、まるで心臓の鼓動のように全員を同期させ、紗夜とリサのギターが轟き叫ぶようなリフで応える。

 

 譜面もないのに音は完璧に絡み合い、未完成であるはずの『FIRE BIRD』は、今この瞬間だけ完全な形を持っていた。

 

 不死鳥の翼が炎を纏うように、即興のハーモニーは闇を焼き払い、魂の粒子が溶け合うように繋がる。そんな青い薔薇の誇りが、光の調べとなって空間を満たしていた。

 

 それは図らずとも、かつて麗牙が為したことと全く同じ構図であった。リサの心を救うために未完成の曲を奏でた時、その場にいる誰もが音楽によって生命が繋がっていたのだ。

 そして今もまた、青薔薇の奏でる誇り高い心の音が麗牙の心に繋がり、染み込むように溶けていた……。

 

 ──貴方を連れて行きたいんだ 絶世の天へ

 

 ──終焉の楽園まで 勇気という名の

 

 ──音楽を地図に

 

 ──歌え新世界へ

 

 

「……ッ!!」

 

 

 そして暗闇の中、彼はようやく見つけたのだ。

 

 自身の魂に刻まれた、誇り高き音楽の記憶を。

 

 眩しく輝く、青薔薇の音楽を。

 

 

 ♬〜〜‖

 

 

「ぅ、ぐぅ……ぅおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 演奏を終えた直後、麗牙の叫びとともに身体から金色のオーラが発生し、瞬く間に部屋を埋め尽くした。その激しさは部屋だけに収まることなく、城中を埋め尽くしたことであろう。しかしそれは荒々しいものではなく、穏やかで温かさを感じる光であった。

 

「ぅ……って、あれ……?」

 

「体が……軽い?」

 

 温かな光に包まれた直後、友希那たちの身体に異変が起きていた。先ほどまで疲労で倒れそうになっていたはずであったのに、今は疲労のかけらも感じられないのだ。今の光は何だったのか。何が起きたのか。何も分からないまま互いの様子を確認し、少女たちは不思議がるばかりであった。

 

 そして──

 

 

「……」

 

 

 そんな彼女たちの背後から──

 

 

「み……」

 

 

 慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

 

 

「みんな……」

 

「え──」

 

 聞き間違いではないか。

 

 そう思ってしまうほどに待ち焦がれた人。

 

 しかし彼女たちの目に映るその人を、見間違えるはずがなかった。

 

 

「えぇと……あ、はは……お、おはよう、ございます……?」

 

 

 輝きを取り戻した紅色の瞳。

 

 

 困惑の色と共に浮かぶ、温かみのある笑顔。

 

 

 そこに間違いはなかった。

 

 

 紅麗牙が、そこにいた。

 

 

「麗牙さん!!」

「麗牙ぁ!!」

「紅さんっ!!」

 

「ぅわあぁあっ!?」

 

 燐子を筆頭として麗牙の元へと飛んでくるRoselia。燐子によって飛び付かれた反動で倒れ込む麗牙に、他の少女たちも寄り添うように集まってくる。

 

「麗牙さん……よかった……麗牙さん……!」

 

「燐子さん、本当にごめんなさい。辛い思いさせて……それと、今までのことも……僕、どう償えばいいか……」

 

「もういいです! もういいですから! 怒らないから! 全部許すから! だからもうっ、どこにも行かないでください!!」

 

「っ……燐子さん……」

 

 力強く抱きしめる燐子の心からの音が、麗牙にはよく聴こえていた。今まで我慢していたものが全て吹き出したのが、その過程を見ていない麗牙ですら感じるほど、燐子の感情は大きく波打っていた。自分の胸に顔を埋めて大声を上げて泣き、涙で服を濡らしているのを感じながら麗牙は燐子を抱きしめ返した。

 

「麗牙……」

 

 燐子を抱きしめつつ、麗牙は他の少女たちへと目をやる。先ほどまで力強く立ち上がり、麗牙を取り戻さんと奮起していた友希那だったが、そんな彼女の目にも今は涙が溜まっていた。

 

「はは……友希那さんが泣くところ、初めて見ました」

 

「っ、誰のせいよ……ばか……」

 

「ごめんなさい……それと、ありがとうございます。友希那さんたちの音楽、全部心に届いてました。みんなの音楽のおかげで、僕は今ここにいます」

 

 頬を赤く染める友希那に麗牙は告げる。自分は青薔薇の音楽によって生き返ることができたのだと。何よりも美しく気高いRoseliaの音楽に、麗牙の心は満たされていた。

 

「僕、みんなと出会えて本当によかったですっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を座りながら見つめていた健吾とアゲハは、今のRoseliaのような激しい喜びを抑えつつも、麗牙の帰還に笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

「でもせめて、傷も治してほしかったなぁ、あいてて……」

 

「でも、今の光は……」

 

 瞬く間に皆の間を抜けていった、正のエネルギーに満ちた温かな光。麗牙から発せられたあの光の正体は何なのか。その疑問に踏み入れようとした時、思いも寄らない声が彼らの真上から降ってきた。

 

『恐らくはオトヤの過剰なエネルギーだったのかもしれんな。アイツもやり過ぎることは結構ある』

 

「ふぅん…………ってアンタ!!?」

 

「おおいっ!? おまっ! 二世(・・)か!?」

 

 そこにいたのは、深い赤と黒で彩られた一匹のキバット族。彼こそ誇り高きキバット家の現当主であり、黄金のキバを持つキバット三世の父──キバットバット二世。

 かつての戦いで負った傷により、深い眠りについていたはずの彼が、何故今ここにいるのか。あまりにも予想外の存在の登場に、二人の目が大きく見開かれていた。

 

『今の光でオレも目が覚めた。オトヤの与えた過剰なエネルギーも、この時のために“わざと”……とは思いたくはないがな』

 

「あ、あのキング……」

 

「どこがヘマせんや、アホ狼」

 

「……」

 

 自信満々にオトヤを信じていた次狼に、健吾は細い目を向ける。次狼も顔が無いのか、無言を貫くことしかできなかった。

 

「しかし、まぁ……」

 

 青薔薇の少女たちの中で笑い合う親友を見つめながら、健吾はほくそ笑んでいた。

 

「白雪姫に起こされる王子様とか、世話ないでホンマ……」

 

 青い薔薇と紅い牙。

 

 交差した音は、昔も今もずっと響き続けていた……。




次回、ボーカルでヴァイオリニストな彼は


「音楽は好きか?」


復活を果たした麗牙。


彼は一人、レジェンドルガの軍勢を迎え撃つ。


「ファンガイア王として宣告する」


その瞳には怒りの炎が揺れていた。


『ありがたく思え。絶滅タイムだ』


そして、黒き蝙蝠が舞う時──


「変身!」


──闇の鎧が蘇る……!


「第164話 魔王:Exterminate Time」


Wake Up! 運命の鎖を解き放て!
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