ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『なるほど。TETRA-FANGとRoseliaの活躍のおかげで、麗牙さんは復活されたんですね』

『そういうことだ。そして蘇った麗牙は愛音を救うべく、レジェンドルガの前に立ち塞がった……というわけだ』

『いよいよ最後の決戦の時です。負けないでくださいっ』

挿入歌:Exterminate Time
    Supernova


第164話 魔王:Exterminate Time

 風が吹き荒ぶ大地を踏み締め、麗牙は眼前に広がる異形の軍勢を睨みつけていた。王を筆頭として復活したレジェンドルガの群れを──彼の大切な妹を痛ぶり傷付けた者たちを、麗牙は燃える炎を宿した紅い眼で射抜いていた。

 

 そんな彼の背後では五人の少女がその様子を見守っていた。倒れた愛音を庇うように、力強く立ち並ぶ青い薔薇たち。彼女たちもまた、これから起きることの行く末を見守るために、覚悟を決めて麗牙と共に城から降り立ったのだ。

 

「紅麗牙……お前は死んだはずだ。この俺の手で」

 

「……」

 

 一際巨大な体躯を持つアークが、己の強大さをアピールするように、周囲に禍々しい魔皇力のオーラを発生させる。しかしそんなアークの疑問に、麗牙は答えることはなかった。答える義理もなければ、答えることも無駄だと感じていたからだ。

 

 しかし、ただ一つの問答をしたかった麗牙は、アークに質問を投げかけた。

 

「音楽は好きか?」

 

「何……?」

 

 まるで突拍子もない、無関係とも思える問いかけにアークは一瞬呆気に取られる。その会話を聞いていたRoseliaたちも同様に疑問に感じていた。

 

「フ……何を言い出すかと思えば。意味のない質問を」

 

「意味ならあるさ。それで、どうなんだ? 音楽は……嫌いか?」

 

 表情の揺れない麗牙にアークの苛立ちが募る。しかし、僅かに長引く程度の命がそこまで惜しいのかと、話を続けようとする麗牙を内心で嘲笑しながら、アークはその質問に答えた。

 

「当然、好きだとも。ああ、我らレジェンドルガは皆、芸術の類には目がない。そうであろう?」

 

 己の軍勢に振り返り、自分の発言に異がないことを示させるアーク。無数の異形たちもその意見に反することはなく、誰もが腕を振りかざして叫んでいた。

 友希那たちもまた、たとえ他者を脅かすような存在であっても音楽は好きなのだと、異形たちに対して複雑な想いを抱いていた。

 

 しかし……。

 

「そう。音楽……好きなんだ──

 

 

 

 

 ──でも、普通の音楽じゃないだろ。お前たちの好きなものは」

 

 

 

 

 地の底より響くような冷たい声を響かせ、麗牙はアークを睨みつける。そう、彼は知っていたのだ。レジェンドルガ族の生態を。その異常な嗜好を。

 

「なんだ。知っているのか。ああそうとも。我らが一族にとっての音楽とは……悲鳴だ」

 

 一族の長たるアークは答える。そこに一切の罪悪感などなく、それが当たり前だと言わんばかりに、彼はレジェンドルガたるものの所以を明かした。

 

「命あるものの悲鳴、特に断末魔の叫びは何者にも変え難い至高のメロディだ。我らは皆それを啜って生きてきた。命が消える瞬間の、あの素晴らしい音楽……快感。そうだ! この世の全ての音楽(ひめい)を聴くために、俺たちは生きている!」

 

 アークの言葉に同調するかのように異形たちは雄叫び、笑い声を上げていた。そこに例外はない。そこにいる誰もがアークの語る価値観で生きていた。かつて麗牙が出会った黒麓大地もそうであるように、レジェンドルガは皆、例外なく生命の悲鳴を音楽としていたのだ。

 それを聞いていた友希那たちの表情が歪む。自分たちが命をかけてきた音楽ではない、悍ましいものを音楽と称する異形たちに、彼女たちは嫌悪感を隠せずにはいられなかった。

 異形たちの笑い声は収まらない。その残酷な声が彼女たちの心を穢そうとしていた。

 

 

「そんなものは音楽とは言わないッ!!」

 

 

 その時、落雷が落ちるような激しい怒声が轟いた。異形たちの笑い声が消え、辺りは一瞬の静寂に包まれる。

 

「音楽は、尊いものだ」

 

 誰の中にも流れる心の音を聴いてきたから。

 

「音楽は、誰かを救うものだ」

 

 音楽で誰かを助ける、そして助けられたから。

 

「音楽は、人と人とを繋ぐものだ」

 

 音楽のおかげで、青薔薇の少女たちと出会えたから。

 

「お前たちが語る音楽なんて、僕たちは絶対に認めない!!」

 

 麗牙は、友希那たちは、目の前に蠢く悪鬼たちの存在を許すことはできなかった。

 

 目の前の異形たちは、もはやこの世界に存在してはいけない者たちだと確信していた。

 

「宣言するよ、ロード……いや、テュフォン。この時代で、お前は誰も殺せない」

 

「何ィ……?」

 

 麗牙はロードの正体たる名を口にして宣言する。麗牙はその正体を文献より既に把握していた。神の敵を自称する王の名は、テュフォンレジェンドルガ。かつて最も多くの命を奪ったものとしてその名が残された、神秘の中に生きた怪物。

 

 もし封印されていなければ、より多くの命を屠っていたであろう。

 

 そして今、麗牙がいなければこの大地の命を全て狩り尽くしていたであろう。

 

「お前は……お前たちは、もう何も殺せない」

 

 そう、麗牙が……ファンガイアの王が立ちはだかったことで、彼らの音楽は永遠に閉ざされることになる。

 

 しかし、自分たちが既に詰むこと(チェックメイト)になったと、そこにいる誰もが信じていなかった。

 

 

 故に、麗牙は言い渡す。

 

 

「ファンガイア王として宣告する」

 

 

 これは同族への宣言ではない。

 

 

「お前たちの行く末はただ一つ」

 

 

 忌むべき種族に突き付けられる結末。

 

 

「絶滅だ」

 

 

 永遠の死の宣告であった。

 

 

 そして、麗牙の元へとそれは飛来した。

 

 

『ありがたく思え。絶滅タイムだ』

 

 

 赤と黒に染まるキバットバット二世が、麗牙の言葉を反芻するように告げる。

 

 

 そして飛来したキバットを麗牙はその手に掴み、己の左手に噛み付かせた。

 

 

『ガブリッ!』

 

 

 その瞬間、キバットの牙からアクティブフォースが注入され、麗牙の中の魔皇力が大きく活性化する。

 

 

 麗牙の手からステンドグラス調の模様が伸び、彼の顔をも覆い尽くさんとする。

 

 

 やがて麗牙の腰回りに鎖が出現し、それは漆黒のベルトへと変化した。

 

 

 ♪〜♪〜

 

 

 警鐘のように繰り返される笛の音。

 

 

 それは、これから始まる終焉の刻の序奏であった。

 

 

 そして、キバットを見せつけるように前へと突き出し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──変化の言霊を叫んだ。

 

 

「ッ!? 死ねェェェェェェッ!!」

 

 その様子をそのまま眺めているアークではなかった。

 

 胸の巨眼に蓄えた魔皇力を最大限まで増幅させ、巨大な光弾として放ったのだ。

 

 ウルティマデッドエンド──アークの胸部で発生したブラックホールより放たれる、絶大なる一撃。周囲一体のものを一瞬で消滅させる冷酷無比なる攻撃が、麗牙と後ろに立つRoseliaをまとめて滅ぼさんとしていた。

 

 そして──

 

「ふ、フフフ……く、アハハハハハハハハッ!」

 

 ──光弾は麗牙の元へと着地し、巨大な爆炎が辺りに広がった。

 

 激しい爆音とともに麗牙たちの姿は見えなくなり、勝利を確信したアークは高らかに笑い続ける。せっかく蘇った命も無駄に終わったのだと、そんな憐れな結末を迎えた王に笑いが止まらなかった。

 

 その時だった。

 

 

「ハハ──っ!?」

 

 

 爆炎が晴れ、瞬間、アークの口から声が消えた。

 

 そこに立つ影を見たから……。

 

 記憶の底にこびりつく、恐怖の記憶を思い出したから……。

 

「(あ、あれは……!!?)」

 

 

 

 

 そこに靡くは、闇よりも深い漆黒のマント。

 

 

 纏うは、鮮血の如く鈍く光る紅と、夜よりも暗い暗黒。

 

 

 見据えるは、深淵の森を宿す翠の輝き。

 

 

 その名は、闇。

 

 

 その名は、絶望。

 

 

 そして、全ての終わりを告げる者。

 

 

 それこそが──闇のキバ。

 

 

 またの名を、ダークキバ──

 

 

 ──仮面ライダーダークキバ。

 

 

 闇の玉座に君臨する、真なる吸血王の姿であった。

 

 

「ふっ」

 

 

 闇のキバはマントを振り払い、その高貴なる姿を顕にした。その身体にはただ一つの傷もなく、彼の背後に立つ少女たちもまた同様であった。

 アークの攻撃は、変身と同時に現れた闇のキバの(マント)──ダークネスベールにより塞がれていた。そしてその光景を、青薔薇の少女たちは瞬きせずに見つめていた。今も威風堂々と立つ闇の戦士は、必ず守ってくれると信じていたからだ。

 

 そして、闇のキバはゆっくりと歩き出す。キバの歩みの後には、焼けた足跡が続いていた。彼に内包された怒りの如く生み出された炎は、冷たく吹き荒ぶ風によってゆらゆらと揺れていた。

 

「キバ……俺を封印した……闇の……キバっ」

 

「……」

 

 歩み寄るキバに、アークは初めて怯えの感情を顕にした。かつて手も足も出ずに一方的に封印されることになった、一族にとっての恐怖の象徴。沈黙を貫きながら歩むその姿が、より一層彼らの恐怖心を掻き立てていた。

 

「ッ……違う! 今こそッ、真の復讐を果たす時! 行け! ヤツを殺せェェェェ!!」

 

 アークの号令により、彼の周りで控えていたレジェンドルガたちがまとめてキバに突撃を仕掛けた。過去の恐怖など塗り潰すまで。過去の敗北を栄光に変えるのは今だと。アークの力強い掛け声で、異形たちは雄叫びとともにキバへと押し寄せようとした。

 彼らは今まさに、大いなる戦いを仕掛けようとしていた。

 

 しかしこの場において、おおよそ「戦闘」と呼べるものが発生することはなかった。

 

「ふっ」

 

 キバが宙に向け手を翳す。

 

 すると、空に巨大なファンガイア王家の紋章が浮かび上がる。

 

 自身の存在を示すかのように、浮かぶキバの紋章は翠の光を発している。

 

 そしてキバの翳した手が下げられた瞬間──

 

「グォオオオオオッ!?」

「ァァア゙ア゙ア゙ア゙ッ!?」

「ィギャァア゙ア゙アア゙ッ!?」

 

 ──紋章は異形たちを押し潰し、誰もが断末魔の中で爆炎に包まれていた。

 

「なッ!?」

 

「……」

 

 ものの一瞬で十数体もの異形が死にゆく様に、アークは戦慄する。

 

 しかしキバはまるで意に介することなく、沈黙のまま再び紋章を召喚した。

 

「ふんっ」

 

「ギィャアア゙ア゙アッ!?」

「ガァア゙アアアッ!?」

 

 先ほどと同じように、ただ腕を振るだけ。

 

 ひとつ、またひとつと。

 

 ただそれだけで、数多の命が滅び去っていく。

 

 これこそが、闇のキバ。

 

 永遠の闇に舞う、絶望の化身。

 

 敵対する者の目に浮かぶのは未来でない。

 

 どこまでも続く黒い時間。

 

 真なる闇の前では、誰も進むべき道は存在し得なかったのだ。

 

「っ……グオオオオ!!」

「走れェェェェッ!!」

「止まるなァァッ!!」

 

 あの紋章に潰されれば命はない。それを理解した残りのレジェンドルガは、巻き込まれないようその足を早めていた。速度に自信のある者たちが、こぞってキバの首を獲らんと全力で駆け出していた。

 

 しかし、そんなものは闇のキバにとっては取るに足らない抵抗であった。

 

「ふっ」

 

 キバは自身の足元にその紋章を召喚した。紋章は地面を泳ぎ、彼に迫ろうとするレジェンドルガの足元へと潜り込んだ。

 

「ゥグゥオオオッ!?」

「ガァ、グアア゙ァァッ!?」

 

 紋章から流れるエネルギーが異形を拘束し、その場から動けなくしていた。更に触れるだけで溢れ出すキバの魔皇力の残光が、異形たちの身体を焼き尽くさんとする。

 そしてキバは更に手を翳した。抵抗もままならぬまま苦しむ異形たちの上空に、もう一つの紋章を召喚したのだ。

 

「ヤ、ヤめろォ……」

 

 その様子を見ていたアークは、ただ言葉を発することしかできなかった。あまりに圧倒的な力を前に、なす術なく無に帰っていく自信の同胞たち。恐怖と絶望に塗れた現実が目の前を埋め尽くす。

 己が一族が滅亡に進んでいく様に、声を上げずにはいられなかった。

 

「ふんっ」

 

「ヤめろォォォッ!!」

 

 アークの懇願虚しく、キバの腕が下ろされ、異形の群れは紋章に圧殺された。

 

 だがキバの断罪は止まらない。

 

 キバは周囲一面に更に巨大な紋章を広げ、そこにいる全ての敵を圧殺した。走る者、這う者、飛ぶ者……全てが等しく無に還っていく。辺り一面は瞬く間に、異形たちの死による爆炎で彩られていた。

 

「ヤめてくれェェェェッ!!」

 

 レジェンドルガとは、たった一体でも世界の在り方を変えかねない怪物であった。だが、それもただ一人の手により全てが消え去っていく。予想だにしない結末を目にしたアークの口からは、先ほどの口ぶりからは想像もつかないほどに狼狽していた。

 

「ぅおア゙アアアアアッ!!」

 

 自身の軍勢が潰えようとした時、アークは叫びを上げながらキバへと突撃していた。これ以上好き放題されてなるものかと、恐怖を飲み込み、自らの脚で大地を蹴って飛び出した。

 巨大な翼をはためかせ、高速で飛行し接近するアーク。そんな巨体を邪魔するかのように、キバの紋章が襲いかかる。

 

「ふッ」

 

「ッ! ヌゥアアァァッ!!」

 

 しかし、幾度となく迫る紋章の壁を躱して、アークはキバの元へと飛来した。彼は激情のまま、ただ闇雲に突っ込んでいるわけではなかったのだ。王としての矜持を見せんがために、アークは手に握る三叉槍(アークトライデント)をキバへと突き立て、串刺しにしようとしていた。

 

 だが実のところ、アークは迫る紋章を避けられたのではない。

 

 キバにとって都合の良い剣筋(・・)に誘導させられていたのだ。

 

「っ!?」

 

 アークが気付いた時には全てが遅かった。

 

 眼前に迫る紋章を躱した瞬間、寸前まで見えていたキバの姿が消えていた。

 

 しかし、すぐに気付く。

 

 自身の死角たる眼下にて、吸血王の剣を振りかぶっていることに……。

 

「ハァッ!!」

 

「グギャァア゙ア゙ア゙アアアアアッ!!?」

 

 キバが振るザンバットソードの一撃は、一瞬でアークの両脚を切断していた。

 

 かつてない激しい痛みと絶望が襲い掛かり、体制を維持できなくなったアークは地面へと墜落していく。黒い巨体は轟音と共に、地面を抉りながら沈んでいった。

 

「……」

 

 そんなアークの元へ、キバは無言で歩み寄る。更にその最中、キバは手から光弾を放ち、切断されて転がっていたアークの両脚を完全に消し去ったのだ。

 欠片でさえこの世に残さない……そう言わんばかりに。

 その残酷なまでの強固な意志は、アークの心を折るのに十分なものであった。

 

「ぁぁ……違う……これは……違うっ」

 

 その声には最早、強者としての威厳はなかった。

 

 自身の一族のほとんどを殺されたこと。手も足も出ないまま死に体を晒していること。その現実を飲み込むことができなかった。尊厳も誇りも、全てが踏み潰されていく感覚に、頭がかち割れそうな痛みに襲われていた。

 

「ウソ、だ……これは、夢だ……何かの、間違いだぁ……っ」

 

 狼狽え、怯え、声が震えるアーク。

 

 そんな彼に、キバットは冷たく言い放つ。

 

『さっき悲鳴がどうとか言っていたな。気付いていないのか? 今のお前、随分といい悲鳴で鳴いているぞ』

 

「ぁ……ぁ……」

 

「キバァア゙ァァッ!!」

「ウォオオオオッ!!」

 

 キバットの指摘に言葉を失うアーク。しかしその直後、僅かに生き残ったレジェンドルガたちがキバの元へ到来しようとしていた。アークに気を取られている隙に、最早両手で数えるほどまで数を減らした生存者たちは、なおもキバの首を獲らんと大地を駆け抜けていた。

 

 だが、キバにはそんな彼らの動きはよく見えていた。

 

「フゥンッ!」

 

 アークから視線を逸さぬまま、キバは握りしめた王の剣を背後に向けて一閃した。

 

「ギィエ──」

「ガハァ──」

 

 ザンバットから放たれた紅い斬撃が、生き残っていた最後のレジェンドルガたちをまとめて両断した。断たれた異形たちは断末魔を最後まで上げることなく、瞬く間に爆散していく。

 そして遂に、この地に残るレジェンドルガ族はロードただ一人となったのだ。

 

「お、俺の手勢が……ッ……」

 

「……」

 

 黒いローブを靡かせ、キバはアークの前で立ち止まる。手にしたザンバットを地面に突き刺し、堂々とした佇まいでアークを見据えていた。既に勝敗は喫したと……これ以上の戦いに意味はないと言わんばかりに、見下すような視線がアークに注がれていた。

 

「く、そォ……キバ……キバア゙ア゙ア゙ァァァッ!!」

 

 翼とともに出現した巨大な腕で立ち上がり、アークは再びキバと対峙しようとする。脚はなくとも、大樹のような巨腕と、巨大な翼は未だ健在であった。

 これだけあればまだ殺せる。まだ立て直せる。そう信じ、アークは再び胸の巨眼にエネルギーを蓄えてキバに向けて打ち出そうとした。

 

「死ねェ──ッグゥア゙ア゙アアアアアッ!?」

 

 胸のブラックホールより光弾を放とうとしたその時、アークの全身を途方もしれない苦痛が巡った。翠の雷が全身を縛り付けるそれは、先も見たキバの紋章。既にキバが出現させていた紋章がアークを捕えられていたのだ。

 

「ア゙ガア゙アア゙アア゙ア!?」

 

 腕も翼も、身体も動かすことは叶わず、アークはただ溢れ出す雷によって焼き殺されようとしていた。

 

「キバット」

 

 文字通りでも足も出ない苦痛に囚われたアークを尻目に、キバはホルスターから金色のフエッスルを取り出した。

 

 そしてキバットがフエッスルを咥えると同時に、裁きの宣告をもたらしていた。

 

 

Wake Up Ⅰ(ウェイクアップ ワン)

 

 

 パイプオルガンのような、それとも地獄に響く笛のような音色が世界に響く。

 

 同時に紅い霧が世界を包み込み、天地が地獄のような赤色に染まっていく。

 

 空には赤い満月が浮かび上がり、キバは天を目掛けて跳躍した。

 

「ハァッ!」

 

 赤い月を背にして天高く舞い上がったキバ。

 

 その右手には全身の魔皇力が集中し、彼の拳を紅く染め上げていた。

 

 そして──

 

 

「ハアアアァァァァァッ!!」

 

 

 

 ──ダークネスヘルクラッシュ。天空より降り注ぐ紅の拳が、アークへと襲いかかった。

 

 

「グゥォアア゙アアアアッ!?」

 

 

 ビルをも簡単に撃ち砕く王の拳が、アークを殴り飛ばす。激しく火花を散らしながら吹き飛ばされ、地を転がるアーク。しかしその命は消えることなく未だ健在であった。

 

『流石に固いな。腐っても王、ということか』

 

「ゥグ……ガハァ……グゥゥッ」

 

 苦痛にもがき、呻きながらも、アークが死すことはない。それほどの強力な生命力でなければ、あの大群を率いることなどできないのだろう。いや、それほど多くの悲鳴を喰らってきた証なのかもしれない。キバは仮面の中でそう考えていた。

 

「これでもまだ悲鳴が好きだと言えるか? お前たちの大好きな音楽だと」

 

「ぐ……ぐゥゥゥッ……!」

 

 レジェンドルガ族の悲鳴。そして自身の絶叫。アークが好むと言ったその音楽を、今はその身で奏でることとなっていた。皮肉を込めて問いかけるキバを睨みながら、アークは仮面の内で歯を軋ませる。

 

 しかし、アークの命運はもはや風前の灯であった。己が一族は壊滅した。両脚を失った。力もほとんど使い果たした。その上で、目の前に立つ絶望の化身に敵うなどと考えられるわけがなかった。

 

 故に──

 

 

「ハァァッ!!」

 

 

『……なるほどな』

 

「逃げるか」

 

 翼をはためかせ、アークは地面を蹴って空を目指した。

 

 屈辱だ、恥だと、そんなことを考える暇などなかった。

 

 生きてさえいれば後はどうとでもなる。

 

 自分一人さえ生きていれば、軍勢は後から拵えることができるのだから。

 

「今は逃げてでも、生き延びてやる! いつかっ、いつの日か……世界を俺たちの音楽(命の悲鳴)で満たしてやるまでは!!」

 

 地上で立つキバに向けてアークは勝ち誇るように吠え叫ぶ。

 

 闇のキバに飛行能力がないことは既に把握していた。

 

 闇の紋章も遥か上空まで届くことはない。

 

 青空へ羽ばたいた時点で、自身の逃走は成功したに等しかった。

 

 アークはそう信じていた。

 

 しかし……。

 

 

「まだ分かっていないようだな」

 

「何っ……」

 

 遥か彼方の地上にいるはずの闇のキバの静かな声が、アークにも聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

「今この世界でお前が一番恨みを買っているの……誰だと思ってる?」

 

 

 

 

 

 

 既に大空に舞い上がったアークには、キバの言葉の真意が理解できなかった。

 

 恨みの深さならば、一度殺された麗牙自身以外にいないのではないかと。

 

 しかし直後、その答えは地上に立つ闇のキバではなく、空を飛ぶアークの背後から返ってきた。

 

 

 

 

 

 

「キィィィィィィィィィ‼︎」

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 風を裂く翼の音。

 

 金属を断つような高い咆哮。

 

 黄金に輝くエンペラーバットが、アークのすぐそこまで迫っていたのだ。

 

「キィィィィィィ‼︎」

 

「グゥォアアア゙ッ!?」

 

 気付いた時には既に手遅れであった。旋回して体勢を立て直す前にエンペラーバットの鋭利な翼が、アークの巨大な両翼を切断したのだ。

 

 そう、今この場で最もアークに恨みを抱いていたのは他でもない、愛音であった。自身の身体を奪われ、自身の手で兄を殺された──その刻まれた怒りは消えず、倒れた彼女の身体を再び動かしていたのだ。

 

「ゥォオオオオオオオッ!?」

 

 翼を失い、アークは地へと落下していく。しかしそれをそのまま見逃すエンペラーバットではなかった。

 墜落していくアークを追うように急降下し、エンペラーバットはその姿を黄金のキバへと変える。

 

 そして、左腕に留まるタツロットのホーントリガーに指をかけた。

 

 

『ドッガフィーバー!』

 

 

「この……クソ野郎ぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 キバの──愛音の渾身の叫びがこだまする。握られた魔鉄槌──ドッガハンマーに接続されたタツロットの口から、紫電のエネルギー弾が発射された。

 

「グゥォアアア゙ア゙ア゙ッッ!?」

 

 エンペラーサンダースラップ──ドッガハンマーによって打ち出された魔皇力の塊が、落下していくアークの身体を押し潰さんと襲いかかる。身体が崩れていく様子をその目に収める黄金のキバは、それでも手を緩めることはなく再びタツロットは手を伸ばす。

 

 

『バッシャーフィーバー!』

 

 

「ハァァアアッ!!」

 

 魔海銃──バッシャーマグナムに接続されたタツロットの口から、超圧縮された水の嵐が放射された。

 

「ガバァア゙ア゙ア゙アアア!?」

 

 エンペラーアクアトルネード──放たれた水の波動は、先に放たれた紫のエネルギーごとアークを飲み込む。巨大な渦によって生み出される強烈な水圧と重力が、アークの身体を瞬く間に崩壊させていく。

 しかしまだ終わりではない。キバは三度(みたび)タツロットに手をかけ、追撃を図った。

 

 

『ガルルフィーバー!』

 

 

「ダァア゙アアアアアッ!!」

 

 魔獣剣──ガルルセイバーにタツロットが接続され、その口から火柱が吹き上がる。剣から噴射される炎がジェット推進として、流星を描くようにキバをアークの元へと連れて行く。そして墜落する巨大に向けて、キバは剣を振り払った。

 

「ガァア゙アアアアアッ!?」

 

 エンペラーハウリングスラッシュ──輝ける魔獣剣の刃が、アークの背から生える巨大な腕を両断した。

 悲鳴を上げながら、アークは轟音と共に地表へ激突する。大空を目指し飛翔した悪魔は、自身の咎により地上へと叩き落とされていた。

 

「フゥン!」

 

 その瞬間を逃すことなく、闇のキバは足元に出現させたキバの紋章をアークの元へと放った。地に伏したアークは紋章によって磔の如く縛り付けられ、闇のキバの前に無防備な姿を晒していた。

 

「ガァア゙ッ、ア゙ァァ──」

 

 やがて黄金のキバは闇のキバの隣へと舞い降り、既に死に体となり磔にされたアークを見据える。もはやまともには動けない。勝負を付けるならば、今を置いて他になかった。

 

 そして、隣に立つ兄の言葉が終わりの合図となった。

 

「いくよ、愛音」

 

「うん、兄さんっ」

 

 闇のキバは先も取り出した金色のウエイクアップフエッスルを再度キバットに咥えさせ、その魔笛を二度叩いた。

 

 

Wakd Up Ⅱ(ウエイクアップ ツー)

 

 

 黄金のキバはもう一度タツロットに手を伸ばし、最後のトリガーを引いた。

 

 

Wake Up Fever(ウエイクアップフィーバー)!』

 

 

 闇と黄金──二人のキバがシンクロする。

 

 

 腰を落とし、広げた両腕を身体の前でクロスさせる。

 

 

 漆黒と紅──四枚の翼が風で靡く。

 

 

 顔を上げ、二つの仮面が巨大な黒き敵を見据えていた。

 

 

「「ハァッ!!」」

 

 

 闇と黄金、二人の声が重なり、跳躍した。

 

 

 高く、高く、青空へと舞い上がる。

 

 

 闇の足には翠の二本の牙が──

 

 

 黄金の足には紅の二本の牙が──

 

 

 ──四本の牙(テトラファング)が、倒すべき敵に狙いを定めていた。

 

 

 そして浮かび上がる満月を背に受け、二人のキバが頂点に達した刹那──

 

 

 

 

「「ハアァァァァァァァァッ!!!!」」

 

 

 

 

 ──ひとつの流星となりアークに突き刺さった!

 

 

「ゥグオア゙ア゙アアアアアッ!!!?」

 

 

 キングスバーストエンド──闇のキバの真髄たる必殺の一撃と、黄金のキバのエンペラームーンブレイク。闇と黄金が重なり生まれた四本の牙(テトラファング)がアークを襲い、超破壊的な衝撃が生み出されていた。

 

「ぁ……グ……き、キバァ……ッ」

 

 吹き飛ばされたアークは何度も地に身を打ちながら転がっていく。身体から激しく火花が飛び散り、その巨体は瞬く間に崩壊していた。

 

 華麗に着地した二人のキバは、その様子をただ無言で見つめるのみであった。

 

「ゆ、るさ……許さ、ん……キ、バ……キバァ……絶対に──」

 

 崩れゆく身体を顧みず恨み言を口にするアーク。

 

 しかし、その言葉が最後まで言い切ることはなかった。

 

 

「ガァア゙アアアアアア゙アアアアアア゙!!!!」

 

 

 崩れる身体から漏れ出すエネルギーが限界を迎え、遂に大爆発を起こした。

 

 巨大な炎と共に爆散したアークの身体は、この世から完全に消滅したのだった。

 

「……」

 

 アークの最後をその目で確かめた二人のキバは、ゆっくり立ち上がる。

 

 ようやく全てが終わったのだと、その光景を目に焼き付けるように、爆炎が晴れるまでずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつしか空からは満月が消え、穏やかな風が吹くようになっていた。

 

 太陽に祝福されるように照らされる黄金と闇の鎧。

 

 それらは色を失うと同時に風と共に流れていき、中から紅色の兄妹が姿を現していた。

 

 そして……。

 

 

 

 

「兄さん……!」

 

 愛音は、兄の紅い眼を見るなりその胸へと飛び込んでいた。麗牙もそんな妹を拒むことなく、力強く、しかし壊れないよう優しく抱きしめた。

 

「遅くなってごめん……ただいま、愛音」

 

「私もごめん……おかえり……兄さん……っ」

 

 再会を果たした兄妹に、それ以上の言葉はいらなかった。

 

 想いは音楽となり、心から奏でられていたから。

 

 抱きしめ見つめ合う二人の姿は、いつまでも眩しく輝いていたのだった。




次回、第三楽章──最終回。
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