ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙は次狼と共にカフェ・マル・ダムールに訪れ、そこで紗夜と偶然出会う。共に奏でる音色を重ねる中で、麗牙はそこに居心地の良さを感じていた。そしてそれを感じていたのは彼女も同じで……』


第16話 燻ぶる想い

「はぁ……」

 

 今日何度目になるか分からない溜め息をつきながら、それでもギターを弾き鳴らす手の動きは止められずに私はRoseliaでの練習を続ける。溜め息が出るということは即ちそれ相応の悩みがあるという事になる。

 

 その悩みの種は言わずもがな、紅さんの存在だった。

 

 悩みの種と言っても彼自身に問題があるわけではない。どうかしているのは私の方なのだ。彼のことを考えると心が落ち着かなくなるし、偶に息苦しくもなる。なのに時折、そこにとても温かく幸せな気持ちも混じってくる、そんな今まで感じたことのない気持ち。彼によって困らされたことなんてない、むしろ助けられてばかりで感謝しかないのに、何故私は彼のことを思うとこんなにも辛い気持ちになるのか……。その手掛かりになるとは思えなかったけど、今日LiFEに寄ったのだって、本当は期待していたのかもしれない……紅さんに会えることを。彼に会えれば私の不調について何か分かるかも知れないと、そんな安易な考えだった。

 そして結果的に、意図したこととは違う形で彼に会うことが出来た。あの静かなカフェの奥の席で偶然紅さんに声をかけられた時、私はまたもあの感覚に襲われてしまった。心臓を掴まれたような痛みと息苦しさ、だけどとても温かくて心地よい感覚。直後に次狼さんもいるのを見て少しだけ冷めてしまったけれど、それでも紅さんと話していると似たような苦しさと温かさがまた生まれ、私の中でどんどん大きくなっていくようだった。

 

「はぁ……」

 

 思い出してまた一つ溜め息が漏れる。そんなカフェでの彼との会話の中で突如始まった私と彼のセッション。彼がベースを弾けるのは意外だったが、その実力は申し分なく、その上Roseliaの曲を真似して弾けてしまっていた。やはり彼は音楽に関しては「天才」なのだろうと改めて確信した。天才……私と正反対の人間……しかし、私は彼に対してはその「天才」という言葉を使うのが、何故だか嫌ではなかった。はっきりとした理由は分からないが彼に対しては嫉妬の感情を抱く事はなく、それどころか納得と、そして少しだけ嬉しさあった。他人が自分より上回っているということに嬉しさを感じるなんて変なことだと思うけど、どうせ今の自分は全体的にどうかしているのだ。この程度のことで一々気にしていられない。

 

「はぁ……(紅さんの音……もっと聴きたい……)」

 

 それに、彼との演奏を通じて感じた彼の音……彼の心の音。優しく温かで、私の心の中に溶けるように入り込んでくる心地よい音。共にギターを奏でているあの時間の中でしか感じることの出来なかった幸せな気持ちが、今も私の心に残っている。彼の心の音が今も私の中で響き続けている。それでも心の中で彼の音を求めながら、私は一心にギターを奏でる。Roseliaのみんなと共に練習している今でも隣に彼がいるような気がして、奏でるギターの音は彼に聴いてほしいとメリハリが効いたものになっていた。ただ、そのことに私は気付いていなかったけど……。

 

「──ここで一旦休憩よ」

 

 皆で合わせた演奏が終わり、湊さんが号令をかける。ギターを一度手元から離して水分を補給していると、怪訝そうな表情を浮かべた湊さんが私に話しかけてきた。

 

「紗夜、何かあったの? 溜め息吐いてばかりかと思えば、ギターの音にはとても張りがあっていつもより良い音が出てるし。調子が良いのか悪いのか分からないのだけど」

 

「いつもより良い音……ですか? そ、それは……私にもよく分からなくて……」

 

「そう……演奏に支障がなければ私は何も口にしないけれど、悩み事があるなら早めに解決しておくのが先決よ」

 

「はい、それは心得ているつもりです。ご忠告ありがとうございます」

 

 湊さんの言葉の通りだとすれば、今日の私の演奏はいつもよりも良かったということだけれど、正直なところ私にはその自覚は薄い。しかしいつもと違う気持ちという事ならば心当たりはある。そもそも私はRoseliaのメンバーとして練習しているにも関わらず、ここにいない紅さんのことを考えながら演奏していたのだ。それは本来ならば集中できていない証として、それを見つけたのが私ならば糾弾すべき問題でしかない。だと言うのに、その私の演奏がいつもより良かったと評されたことが不可解で仕方なかった。

 

「(本当にどうしたというの、私は……?)」

 

 自分で自分を見つめ続けてもすぐに答えが出るはずもなく、私は気分転換にと演奏の熱気に包まれたこの部屋から出ることにした。スタジオの扉を抜けて、太陽の日差しが差し込む明るいロビーに出た私は、そのまま疲れたように誰もかけていない長椅子へとドサっと腰掛けた。そしてまた、さっきのような溜め息を吐く。

 

「はぁ……(また、会えないかな……)」

 

 彼に会えれば何か分かると思っていたけど、むしろ逆だった。望み通り彼と会えた私は、以前にも増して彼のことを考えるようになってしまった。ギターを弾いていても、心のどこかで彼の音を求めてしまっていた。もう彼に会わない方がいいのでは、等とは考えられなかった。それだけは嫌だと、私の奥底で何かが叫んでいたから……結局、私はまた彼に会いたい、また彼の顔を見たいと考えることしか出来なくなっていた。

 

「ねぇ、貴女。少しいいかしら?」

 

「っ、はい。何か用ですか?」

 

 意識が心の深い場所にまで潜り込もうとした時、それを遮るかのように女性の声が届いた。顔を上げると、そこには黒く大きな帽子を深くかぶった顔のよく見えない人物が立っていた。声のおかげで辛うじて女性ということが分かるくらいだ。

 

「貴女、今()い人がいるのね?」

 

「い、好い人……ですか?」

 

「ええ。一緒にいて楽しいと思える男の人。今すぐ会いたいと思う男の人。いるんでしょ?」

 

「っ……それは……」

 

 女性の言葉は、今の自分にとってはこの上なく突き刺さるものであった。一緒にいて楽しいと思える人、今すぐ会いたいと思える人。そう言われて思い浮かぶ人は、やはり一人しかいなかった。

 

「でもね……ふふ、いいこと教えてあげる」

 

「な、何ですか……」

 

 私の表情が変わったのを見た途端、女性は怪しげに笑ってその見えない顔元を私に近付けた。声だけなのに、何故か妖艶な雰囲気を醸し出すその存在から私は逃げる事は出来なかった。どこか楽しむように、焦らすようにゆっくりと私に近づいてくる女性の顔。

 

 そして──

 

「貴女の想ってるその男の子だけど……彼、人間じゃないわよ?」

 

「え……?」

 

 一瞬、女性の言葉の意味が理解できずに呆けてしまう。

 

 私の想っている男の子……紅さんのことなのだろうけど、彼が人間じゃない?

 

 私が声を出せずにいるのをいいことに、女性は嬉しそうに言葉を並べ続ける。

 

「彼は怪物なの。人間である貴女とは決して相容れない存在。世にも恐ろしい化け物なのよ」

 

 もちろん突然そんなぶっ飛んだ事を言われて信じる人間などいるはずがない。だけど、私はその言葉を完全に否定する事は出来なかった。彼は天才過ぎたから。あまりにも人からかけ離れた化け物じみた音楽の才能に、私は人間ではないのではと冗談交じりに考えたこともあったから。だけどそれとこれとは別だ。私は怒りも交えた声色で女性に言葉を投げ返す。

 

「っ、あなたは一体何を言ってるんですか? 彼が人じゃないって、そんな訳の分からないことを──」

 

「そう? じゃあ彼に聞いてみればいいわ。『貴方は怪物なのか』って。彼が何て答えるか楽しみだわ」

 

 一向に女性の纏う空気から自信が消える気配はない。それどころか本気でその状況を楽しんでる風にさえ捉えられる。だけど女性のあまりにも真に迫るその声色に、つい信じそうになってしまう。それでもその言葉をそのまま受け止めたくなくて、私がもう一度反論しようとしたその時、私たちの間に割って入る声が聞こえてきた。

 

「ちょっとあなた、紗夜に何の用ですか。私の友達に変なこと吹き込まないでください」

 

「今井さん……」

 

 珍しく怒りを込めた表情で目の前の女性を睨みつける今井さん。私を守るように女性との間に入り込んで女性を睨み続ける、その光景が意外で私は呆気に取られる一方だった。女性は今井さんの乱入で始めてその雰囲気が崩れたようで、小さく息を鳴らしてそそくさと私たちの前から退散していった。

 

「紗夜、大丈夫だった? 何か変なことされてない?」

 

「は、はい。私は大丈夫です。ただ……」

 

 身体には特に異常はない。しかし先ほどの女性に吹き込まれた言葉が私の頭から離れなかった。紅さんが怪物だと、普段なら馬鹿馬鹿しいと一蹴できるその言葉を私は振り払うことが出来なかった。

 女性の言葉があまりにも真に迫りすぎていたから……。

 紅さん自身があまりに常人離れした才能や感性の持ち主だったから……。

 私はどうにかして否定となる材料を頭の中で探していた。

 

「紗夜はさ……仮に、仮にだよ? もし麗牙が本当に怪物だったとして、紗夜は嫌いになれる?」

 

「そ、それは……」

 

 しかし今井さんの質問により、その思考は閉ざされてしまう。もし本当に紅さんが怪物だったら……あまり考えたくはない事だけれど、もしそうだとしたら彼は自分を偽っているという事になってしまう。それはつまり、私たちに向けた思いも全部……。

 

「もしそうだとしたら、彼はずっと私たちを騙してるということになって──」

 

「紗夜は麗牙がアタシたちを騙していると思ってるの? 今までの麗牙の言葉が全部嘘だって思うの?」

 

「そんなこと! っ……そんなこと、思いたくないです……」

 

 私にくれた言葉も全部……偽り……嫌! それだけは嫌よ! あの時、あの雨の日に彼が私にくれた言葉、それだけは嘘じゃない、それだけは絶対に譲りたくない。

 今の私がいるのは彼の言葉があったから。今こんなにも苦しく温かい気持ちになるのも彼がいるから……。

 彼を否定するのは今の自分を否定することだから、それだけはどうしても出来なかった。私の中にいる優しい彼が汚されるのが嫌だから、どうしても認めることができなかった。

 

「紅さんの言葉は……嘘じゃないです。私は信じています」

 

「そっか……やっぱり、そうなんだね……」

 

「今井さん?」

 

 私が紅さんを信じたいという想いが今井さんにも伝わったとは思うけれど、一体どうしたのか今井さんは少しだけ困ったような表情を浮かべていた。私から視線を逸らして目を伏せて、僅かな時間で何かを考えるような素振りを見せる今井さん。

 

 そして次に顔を上げて私の眼を真っ直ぐ見つめた時、彼女は私に告げた。

 

 

 

 

「紗夜はさ……麗牙のこと、好きなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の練習は散々だった。さっきまでは良かったと言われていたギターの音も、事あるごとに高く出しすぎてしまい、みんなのペースを乱してしまう。彼の顔が脳裏にチラつくだけで、逸る気持ちが音にまで表れてしまう。そんな私を見かねたのか、湊さんには「今日は帰っていいわ」と言われてしまう始末だった。私の演奏が乱れるきっかけを作った今井さんは心配そうな顔をして私を見送ろうかと駆け寄るが、今は一人になりたい気分だった私はその提案を断った。何より、今の私の事情を知る彼女と二人きりになった時、自分が何を口走ってしまうか分からなかったから……。

 どの道、今の私ではみんなの練習の足枷にしかならない。今の私が一緒に演奏していても迷惑にしかならないもの。そう意気消沈して、重い足取りでCiRCLEから外に出た時だった。

 

「あれ? 早いですね紗夜さん……まだ練習中だと思ったのに」

 

「く……(紅さん……!)」

 

 今の私の胸の中を埋め尽くすその人が目の前に現れた。ちょうどCiRCLEに入店しようとしていたのか、開けられたドアを挟んで対面する形で出会ってしまった。

 よりによってこんな時に……いえ、こんな時だからこそ、彼に出会いたかった。一日に二度も望みが叶ってこんなに嬉しいことはなかった。だから私は──

 

「っ!」

 

「え? さ、紗夜さん!?」

 

 私は彼の胸元に身を投げていた。苦しくて、温かで、だけど自分ではどうしようもないもどかしい気持ちをどうにかしたくて、目の前にいる彼に向かってぶつけてしまった。そこに深い考えなんて無く、ただ本能のままに身体が動いてしまっていた。しかし紅さんは私を避けずに、その手で優しく受け止めてくれる。それが嬉しくて、だけど苦しくて、彼の胸の中で泣きたい気持ちになる。

 

「ごめんなさい……私、自分でもどうしたらいいのか分からなくて……」

 

「紗夜さん? 一体……」

 

「聞かないで……聞かないでください……」

 

 困惑する紅さんは事情を知りたがっているけど、私はそれを伝える勇気がなかった。私もまだ確信が持てなかったというのもあるし、それが本当だとして、今彼に直接伝えることがどうしても出来なかった。

 

 ──『紗夜はさ……麗牙のこと、好きなんだよ』

 

 先ほどの今井さんに言われた言葉が頭の中で何度も鳴り響く。

 

 ──私が紅さんのことを好きに?

 

 ──好きって、どういうことなの?

 

 ──それは、恋……ということなの?

 

 あの時、今井さんに問いかけたのと同じ言葉を脳内で反芻する。しかしその答えを今井さんはハッキリと答えてくれず、私は自分が何なのかが分からなくなってしまっていた。

 きっと、今の私の心の音楽は滅茶苦茶なのだろう。辛いのに幸せで、切ないのに温かで、それが理解できずに私は自分の中で迷い続けている。だからだろう、心の中で迷子になっている私を、紅さんがとても優しい目で抱きしめ返してくれるのは……。

 

「……送っていきますよ、紗夜さん」

 

「はい……」

 

 家に続くいつもの道も、彼と共に歩けば違う景色のように感じられた。黄昏色に染まる空はいつもより澄んでいるようだし、吹き抜ける風も心地いい。目に映る全てが、肌に感じる全てが充実してるかのような不思議な体験であった。ずっとこのまま家に着かなければいいのにと、先ほどのセッションと似たようなことを考えながら私はこの温かな空間に身を委ねていた。

 

「そう言えば紅さん。今日はどうしてCiRCLEまで?」

 

 彼が隣にいることで心が落ち着いていたのか、私はふと気になったことを彼に訊ねる。彼とカフェで別れてから私は一人でCiRCLEを訪れた。もし彼がここに用があるなら、あの時私と共に来て良かったはずなのにと疑問に思う。そんな私の質問に紅さんは困ったように視線を逸らして、そして頬を指でかきながら私に告げた。

 

「紗夜さんに会いに」

 

「えっ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が飛び出すかと思うほどの衝撃が襲ってきた。私に会いに? 彼が? わざわざ私に? ただ目の前の人が自分に会いに来た、それだけのことなのに私の心が踊るように高鳴っていく。同時に体全身が熱くなっていくのも感じられた。

 

「あぁ〜……正確には、紗夜さんを守るためです」

 

「はい?」

 

 私を……守る? それはそれですごく心が騒つく言葉なのだけれど、その意味がよく分からず少しだけ冷静になってしまう。私を一体何から守るというのか、それを聞こうとしたところで、聞き覚えのある声が私たちに向けて放たれた。

 

「あ〜あ、せっかく忠告してあげたのにね」

 

「!?」

 

 私たちを待ち伏せるように壁にもたれかかる顔の見えない女性がいた。先ほど私に対して変な言葉で惑わしてきた、ある意味今の自分の心境を作り出した元凶とも言える存在だ。女性は壁から離れると、その深くかぶった帽子に手をかけてゆっくりと取り外す。そして出てきたのは予想をはるかに超えるほどの美女だった。色白な肌で真っ黒な長髪は綺麗にウェーブがかかっており、街を歩けば間違いなく男性の視線の的になるほどの美貌と言えるだろう。帽子でわざわざ顔を隠すのが勿体ないほどだ。

 

「じゃあ仕方無いっか」

 

 しかし、そんな綺麗な顔に変化が表れる。何かがひび割れるような音を出しながら、女性の顔にステンドグラス調の模様が浮かび上がった。顔を埋めつくさんとするそれを見て不気味に思ったのも束の間、更なる変化が私の常識をも破壊する。

 

「二人仲良くあの世で愛し合いなさい」

 

「っ!? (な……なに……あれって……っ)」

 

 次の瞬間、女性の身体は人のものではなくなっていた。全身をステンドグラスで覆われたような身体に変化させ、頭から巨大な触覚が、肩からは身体を覆うような翅が生えた、まるで蛾のような化け物が私たちの目の前に現れた。あまりにも異常な光景に私は悲鳴どころか声すら失ってしまう。恐怖と驚愕で身体が動かなくなるが、本能は私に今もなお警鐘を鳴らし続けていた。アレの前では自分が狩られる側という事実。だけどどうしても動くことのできない身体が逃避を許してくれない。

 

「紗夜さん、下がってて」

 

「く、紅さん?」

 

 なのに、彼はそんな怪物を見てもまるで臆せず、私を庇うように一歩足を踏み出した。そんな彼がとても逞しく覚えるも、あまりに動じなさすぎる彼を見て一抹の不安が胸を過ぎる。彼は私の理解しえぬ場所にいる存在なのかも知れないと、そう思えてしまうから……。

 

「ギュアッ!」

 

「っ」

 

 しかし私がそんな感傷に浸るのを怪物は待ってくれなかった。怪物は地を蹴り、腕を広げ、こちらに向かって飛び掛かる。あまりにも速すぎて、寧ろその動きが止まって見えるようだった。あの恐ろしい顔に付いている獰猛な牙や腕に生えた鋭い爪が今まさに自分たちに襲いかかろうとしている。そんな窮地だからこそ、ある意味最期の光景だと感じたからこそ、ゆっくり見えたのだろう。

 

「ハッ!」

 

「ブキィ!?」

 

 そして、私たちの上を飛び越えて、その異形に飛び蹴りをかます影がハッキリと見えたのもきっとそのせいだろう。顔面を蹴られた怪物は醜い悲鳴を上げて勢いよく地面を転がっていく。同時に華麗に私たちと怪物の間に着地した影はゆっくり立ち上がり、その姿が明らかになる。その男の顔を目にした私は、今日何度目かになる驚きと共に目を見開いた。

 何故ならその人は、私の知る人だったから……。何なら今日の放課後にも私は彼と会っていた。

 

 革ジャンを着飾った、野生感溢れる空気を纏う男の人が軽く息を払い私たちを、そして異形を見据える。

 

 それは、TETRA-FANGのベース担当のあの男だった。

 

「次狼」

 

「悪い、麗牙。待たせたな」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 蛾を模った異形──モスファンガイアへ飛び蹴りを決めた次狼は立ち上がり、その場にいる全員に聞こえるように得意げに語り始める。

 

「知ってるか。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死ぬらしい」

 

 誰でも一度は聞いたことのあるような都々逸。しかし次狼は笑みを浮かべ、口から覗かせる犬歯を煌めかせて更に口頭を続ける。

 

「だが、たまには狼に食われる奴がいてもいいかもなぁ」

 

「っ!」

 

 瞬間、次狼の眼から放たれる凄まじい殺気がモスを貫き、彼女は数歩後ろへ仰け反ってしまう。

 

「麗牙。そろそろ覚悟決める時だ」

 

「……」

 

 静かに、次狼は麗牙に告げる。麗牙もまた、それに無言で頷く。紗夜はそれに対して何も口を出せずにいた。これから何かが起こる、自分にとっての未知が始まろうとしている。しかし紗夜はそれを止めることはできない。止めようとする気さえ起きなかった。何故なら感じていたからだ。これから起こる光景は、きっと自分が受け止めなければいけない現実なのだと。麗牙を知るために、自分が受け入れなければいけない現実なのだと。

 

 そして、新たな変化が訪れる。

 

 

「ゥゥゥゥ……」

 

 

 次狼は両手で力強く何かを掴むような仕草を見せ、腕を顔の前でクロスさせる。途端に次狼の全身が大きく振るえ出し、地獄の底から響くような低い唸り声を上げ始める。

 

 

 そして両腕を振りぬいて身体を曝け出した瞬間──

 

 

 

 

「ガルア゙ア゙ア゙ァァァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 凄まじい熱気と衝撃と共に次狼の身体が変貌する。手足からは鋭き爪が、体中からは青色の体毛が、頭部からは長い角が、そして赤き瞳と鋭い牙が彼の顔に出現する。

 

 

 

 

「アオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 高々に吠え叫ぶ姿は正に狼。

 

 沈む夕日に照らされた青き身体が神秘的に光り輝く。

 

 赤き眼光は鋭く敵を射貫く。

 

 そこに立つは、気高き青き狼の姿であった。

 

 

「あれは……」

 

 

 紗夜はその変化を静かに受け入れていた。

 

 そこに恐れはなかった。

 

 彼が変化した姿、その美しさと気高さに圧倒されていたからだ。

 

 それは古より「人狼」の名で語り継がれてきた存在。

 

 地球上に存在する十三魔族が一つ──ウルフェン族。

 

 その中でも最速最強を謳われた誇り高き戦士、それが次狼──否。

 

 

「頼むよ……ガルル」

 

 

 彼の真の名は「ガルル」。

 

 己の大切な存在を守護せんがために、その地位を捨てた者。

 

 己が守護すべき主の前に立つ外敵を迎え撃つため、彼はその爪を光らせるのであった。




次回「第17話 青い瞳:Shout in the Moonlight」

ご期待ください。
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