挿入歌:Destiny's Play
紅の鎧を見に纏った麗牙の姿を息を飲んで見つめたまま、私はその場から動けなくなっていた。その勇姿の醸し出す圧倒的な威圧感と、どこか妖艶にも思える洗練された造形美が私の心を掴んで離さない。その鎧は……今の麗牙は正に魔性とも思える魅力を放っていた。そんな私の背後から聞き覚えのある声が掛けられ、私の意識は現実へと引き戻される。
「湊友希那。麗牙に言われたろ。こっちだ」
「……次狼さん?」
声につられて振り返ると、そこには先日の合同練習で初めて会ったばかりのTETRA-FANGのベース担当が、獣のような鋭い眼光で私を睨みながら顎を使って呼んでいた。何故この竜の城に彼がいるのかと理解が追い付かず首をかしげたまま動きを止めてしまうが、そんな悠長な行動を上空に浮かぶ異形が許してくれなかった。
『デェェェェェェェ』
空に浮かぶ禍々しいシャンデリアのような謎の異形──さっき麗牙はこれを『サバト』と呼んでいたことを思い出す。サバトは金切り声をあげながら、私たちが立つ竜の城へ向けて無数の光弾を放ち始めたのだ。
「友希那さん! 早く次狼の元へ!」
「え、ええ!」
その光景で我に返り、そして麗牙の叫ぶ声に動かされ、私は次狼さんの待つ城の内部へと続く扉まで駆け出した。幾度も爆音が轟く恐怖の中で、私は振り返ることなく真っ直ぐ城の屋上を駆け抜ける。そして右足を開かれた扉の中へと踏み込んだ瞬間、次狼さんも同時に飛び込むように中へと入り、即座に外部へ繋がる扉を勢いよく閉めた。
「ハァ……ハァ……っ、あなた……次狼さんよね? TETRA-FANGの」
「ああ。また会ったな、湊友希那」
「まさかあなたも、怪物なんて言ったりするわけ……ですか?」
「さぁ? どうだろうな……」
命からがらサバトの猛攻から逃げきった私は、息も絶え絶えに次狼さんへと問いかける。この非現実的な竜の城の中でも平然と佇む次狼さんの姿が、同じように異常に見えて仕方がなかった。故にこの目の前の男も非現実的な存在なのではと、つい先ほどまでは微塵も思いつかなかったことを考えてしまう。しかし次狼さんは薄らと挑発的な笑みを浮かべるだけで、私の質問をふらりと躱して階段を下りていく。
「ちょっと待ってくださいっ、麗牙は大丈夫なの?」
「いいから付いてこい。ま、大丈夫だと思っておくのが心臓には楽だがな」
私は薄くニヤリと笑みを浮かべて答える次狼さんの後を追い、竜の城内部の赤い絨毯を敷き詰められた階段を降りていく。その最中でレンガ造りでできていた壁は、いつしか大理石のように固く滑らかな明るい色調のものへと変わっていった。階段を下りた次狼さんはそのまま絵画や燭台の並んだ長い廊下をゆっくりと歩いていく。本や映画の中でしか存在しないのではと思わされるほどの荘厳な造りを前に、そこに自分がいることさえ信じられないような感覚に襲われる。私は本当にここにいるのか、ここにいるのは本当に私なのか。そんな不安を振り払うかのように、私は彼に問いかけた。
「あの、次狼さん。どうしてそんなに落ち着いていられるんですか? 今、外では麗牙が……その……」
外ではサバトと、そして変身した麗牙による戦闘が行われているというのに、あまりにも落ち着きの払った次狼さんの態度が不思議に感じていた。何より彼の仲間であり、自分にとっても大切なバンド仲間である麗牙が、変身してあの場に残っているというにも関わらずだ。私の方はむしろ、こうして今も外から響いてくる重い爆音を聞くたびに胸に抱いた不安が強くなっていくのを止められずにいるというのに……。
「心配してないと言えば嘘になる。だが、俺は信頼しているからな」
「信頼?」
「キバがアレに負けることはない……そういうことだ」
次狼さんの麗牙を信じるという言葉に私は口を閉ざしてしまう。心配しかしていなかっただけの自分とは違う、麗牙の勝利を信じる次狼さんの強い信念のためにだ。たった一ヵ月弱の付き合いである自分たちとは比べ物にならない信頼関係を見せつけられ、私はそこに埋められない深い谷が広がっているような気がして寂しさを感じていた。
だが何よりも私の心を揺さぶった言葉は……。
「アレの名前が……キバ、なのね」
かつてお父さんが語ってくれたおとぎ話、それに出てきたのと同じ名のヒーローを私は再び口にしていた。姿かたちについてはお父さんは色彩しか語ってくれなかったために自分の頭の中で想像するしかなかったが、麗牙の変身した姿を見た時、私は自然とその名を出してしまっていたのだ。私自身にもはっきりとした確証はない。しかしその紅色の勇姿を見た瞬間、私はその名が相応しいと……正義の蝙蝠のヒーローの名が相応しいと感じていた。仮面で顔を隠し、バイクに跨り颯爽とピンチに駆けつけるヒーロー。お父さんが語ってくれた話との偶然の一致に、この高鳴る胸を抑えずにはいられなかったのだから。
「入れ。お仲間が待ってるぞ」
「仲間?」
その時、次狼さんがとある大きな扉の前で立ち止まって声をかけてきた。はて、この城に自分に待ち人がいるのか、と次狼さんの言葉の意味を自分の中で整理し理解する前に、彼はその扉をゆっくりと開く。
「仲間って、それは──」
「友希那っ!」
「──っ!? リ、リサ?」
次狼さんが扉を開けた途端、私の胸に先ほど別れたばかりの幼馴染みが飛び込んできた。このような異常な場所で突然の再開のために、私は今の状況を頭の中で整理できず困惑したまま目を回してしまいそうだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「もう本当にびっくりしたんだよ!? だって麗牙と一緒にバイクで飛んでくるんだよ!? 大丈夫? ケガとかしてない?」
アタシはとある手段でこの部屋の中から外の様子が見えていた。離れた場所でサバトから逃げる麗牙と友希那の姿も、高所から川に向かって飛び出すバイクも、バイクでキャッスルドランに着地する姿も全て目に収めていた。そしてようやく友希那が自分の元まで辿り着いたにも関わらず、アタシは不安が収まらずに今も割れ物を扱うように友希那を大事に触れながらその無事を確認していた。
「わ、私は大丈夫……だけど、リサは何故ここに? それに紗夜に、アゲハに愛音も……」
ようやく硬直から抜け出せた友希那は、アタシの後ろにいる紗夜たちの姿を目にして驚いたような表情を浮かべる。因みに紗夜たちの更に後ろには、友希那は初めて見るセーラー服の少年と燕尾服の長身の男性がテーブルの椅子に座している。アタシも一度だけ見たことのあるけどその実態は未だ知らされていない。だが友希那はその見知らぬ存在たちよりも、自分より先に麗牙の家を後にした彼女たちがどうして揃ってここにいるのかと言う疑問に意識を向けていた。それに、この状況に困惑しているのは友希那一人ではなかった。
「それについては私も説明がほしいところなのですが……」
「あ~ここからは私が説明するね」
友希那のように初めてキャッスルドランの中に足を踏み入れたのは紗夜も同じであった。
そもそも何故アタシたちはこの場にいるのか、その経緯がアゲハの口から語られた。
アタシたちは突然走り出した愛音の後を追い、やがて一人で空き工場に佇む彼女の元へと追い付いた。しかしそれは既に愛音が一人の異形を闇に葬った後であり、それを感じたアゲハによってアタシたちも彼女が変身したのだと知ることになる。ちょっと見てみたかったんだけどなぁ、愛音の変身した姿……。しかしアタシたち四人が揃った直後、夜空に数多の光が集まりサバトが出現したのだ。
サバトに関してはアタシたちも先ほどアゲハから解説を受けたばかりだ。サバト……それはファンガイアの操る魔術によって召喚される巨大なファンガイアの事だった。非常に多くのライフエナジーを必要とする魔術によって生み出されるけど、今回の場合は触媒として複数の死したファンガイアの魂が用いられている。愛音が斃したファンガイアは、自分の死を持って最後の術式を完成させてサバトを起動させた……というのがアゲハの見解だ。
しかし複数のファンガイアの魂を宿らせたサバトだがそこに明確な意思が存在せず、今は辛うじて生前の「麗牙を斃す」という執念に憑りつかれた亡霊のようなものでしかないのだという。現にサバトには質量と言うものが存在せず、生物と定義するにはあまりにも条件が足りなさすぎるものらしい。
サバトが出現したと同時にそれが麗牙を狙っていると勘づいた愛音は即座にキャッスルドランを召喚したんだけど……いやぁ〜アレはビックリしたね。急に空から巨大な城が降ってきたと思ったらそれがドラゴンと合体してるんだもの。以前に麗牙とアゲハから説明を受けていなかったら、きっとその時の紗夜のように腰が抜けて立てなくなったいただろうから。そして愛音とアゲハに連れられ、腰が抜けた紗夜を無理矢理立たせて城の中へと至った。
その後は今いる部屋で、今も席に座るセーラー服の少年と燕尾服の長身の男性と共に、タロットカードに映る映像から外の光景を観察していた。
「えっと……そもそもなのだけど、ファンガイアって何なの?」
愛音が変身したことやサバトのことについてはアゲハは語らなかったものの、流石にファンガイアの名前を出さずにこの状況を説明するのは無理があった。そのためその名を初めて聞く友希那にはすべてを飲み込むことができなかったのか、とりあえずはそもそもの疑問点を口に出すだけで精一杯という感じであった。
「説明すると長くなるんだけど、一応人間から見ると怪物……かな? 吸血鬼って言った方が分かりやすいかもだけど」
「吸血鬼……」
吸血鬼という名を耳にした途端、友希那の表情が少しばかり曇るのが見えた。吸血鬼に悪い印象でもあるのか分からないが、友希那のその顔に嫌な予感を感じたアタシは即座に友希那に迫っていた。それは紗夜も同じのようで、彼女もすぐさま友希那に迫り、気付けばアタシたちは二人揃って言葉を並べ立てていた。
「で、でも友希那っ、吸血鬼って言ってもみんな悪い人ってわけじゃないよっ。麗牙とかアゲハとか、いい人だっていっぱいいるんだから」
「そうですっ。中には人間と恋をするファンガイアもいるんです。紅さんが音楽を愛するように、中身は私たちと変わりない人たちばかりなんですっ」
アタシたちの説明を友希那はきょとんとした顔で聞いていた。アタシたちが友希那に説明する姿があまりに必死に見えていたからかもしれない。だが実際アタシも紗夜も、友希那が麗牙たちを誤解しないように必死であった。自分たちが好きになった人たちが人間じゃないと言う理由だけで、自分の友達から嫌われることだけはどうしても避けたかったのだから。
そんなアタシたちの必死さが伝わったのか、その姿に呆気にとられていた友希那はやがて短く苦笑して応えてくれた。
「ふふ、分かってるわよ。私だって見た目で全て判断するほど短絡的な思考をしてるつもりはないわ」
「友希那……」
「それはそうと、二人とも知ってたの? 麗牙が吸血鬼……というかファンガイア? というのだって」
「あー……うん、そうだね。アタシは一週間ほど前、ほら、友希那も来てくれたあの日にね」
「私はつい先日のことですが」
そう考えるとアタシたちって凄いハイペースで麗牙に接近しているよね。ほんの一週間前までは何も知らないただの女子高生でしかなかったのに、今じゃ世界の真実を知る、吸血鬼の王様の友達なんだから。そんな彼のことを昨日は紗夜が知り、今日は友希那。この調子だとどんどん増えて行きそうで少し不安になるんだけどね。
だって、秘密が秘密でなくなるようで……アタシの特別感がなくなって……それって、なんか嫌だなって……。
「そう。二人とも最近妙に調子が良かったり悪かったりで変だと思っていたけど、こういうことに遭ってたのね」
「えっ? 友希那、もしかしてアタシもそんなに表に出てた……?」
「ええ。紗夜は言わずもがな、リサもそのくらいの変化ならすぐに分かるわ」
友希那の指摘に心臓が大きく跳ね上がる。アタシは麗牙の正体を知った後も、出来る限りいつも通りの自分でいようとしていた。だって、皆にも秘密という彼の言葉を守るためそうあろうとしていたから……彼との秘密を秘密のまま共有していたかったから……。しかしアタシの些細なな変化にも友希那は気付いていた。と言うよりも、ついつい欲が出てしまったことが原因だとアタシ自身も気付いているんだけど……。
「(やっぱり香水変えたのバレてたよね……麗牙の好きな薔薇の香りにしたの……)」
麗牙が好きだと語った薔薇の香り。普段使いの香水からわざわざ変えた理由も友希那は気付いているのだろうか。香水を変えたこと自体は流石に友希那は気づくだろう。しかし、それが彼にもっと近くにいてほしいという自分本位な理由だと、友希那は知ることができるのだろうかと、アタシは心の中でほくそ笑む。
「ねぇねぇ、それよりみんな見なくていいの?」
その時、アタシたちの後ろでテーブルに置かれたカードを眺めていた集団のうち、セーラー服を見に纏った中学生くらいの風貌の少年が声をかけてきた。友希那はアタシと紗夜に目で問いかけるも、残念ながらアタシたちはどちらも彼のことを知らない。アタシは以前に姿を見たことがあるがそれっきりで、そもそも彼の名前も声も知らないのだ。
「あなたは?」
「ぼく? ぼくはラモン……ってそれどころじゃないよ。みんなキングのお兄ちゃんの活躍見なくていいの?」
「ほんとそれ……兄さんの勇姿……見逃すのは罪……」
妙に鋭い目つきで愛音にも言われ、アタシたちは彼女たちの着くテーブルへと近づいていく。アタシも初めて名前を知ったけど、セーラー服の少年──ラモンが持つタロットカードには外の様子が映し出されていた。夜空をサバトとキャッスルドランが飛び回り、竜の火球やサバトの光弾が夜空を花火のように彩る様子が鮮明に映像として映し出されていた。
「……魔法のカード?」
「友希那、紗夜もだけど、こんなので驚いてちゃこの先持たないよ?」
アゲハの言葉は尤もだと、以前にキャッスルドランの中を案内してもらったアタシは首がもげるかと思うほど何度も力強く頷く。豪華絢爛な城の造りだけでなく、今アタシたちが見ているタロットカードような魔法の道具や異形の種がこの城にはいくつも存在するのだ。魔法の武器や傷を癒す薔薇の花弁、それによく分からないモアイ像のような彫像もあった気がする。場内を歩けば行く先々でファンガイアの人たちとすれ違うし、偶にキバットさんとは違うキバット族の方と出会うこともあった。ともかく、それに比べたらまだスマホの延長線上にあるような薄い液晶なんて全然優しい方だ。
「……アレが麗牙、なのよね」
タロットカードに移る光景。そこでは麗牙──キバがキャッスルドランに建てられた時計塔の屋根に立ち、サバトと対峙していた。ドランもサバトも火球や光弾の応酬が続く中でただ立ちっ放しのキバだけど、キバがこうしてドランと意識を同調させることで、キャッスルドランは力を発揮して戦うことが出来るらしい。キバは決して高みの見物をしているわけではないのだと、アゲハからフォローが入る。
「でも、何で下にいる人たちは気が付かないの?」
「あ〜それね。気付いていないんじゃなくて見えてないんだよ。サバトはある意味幽霊みたいなものだし、この城は今も擬態してるし、少なくとも人間には見えないようになってるんだ」
「ん? じゃあ今私たちが見えてるのは?」
「見えるようにしてるだけだよ、私の術で。友希那も麗牙に何かかけてもらってるんだと思うよ」
これ程の出来事が起きれば明日は間違いなくニュースになると思っていたけど、彼女の説明で納得してしまう。恐らくこういう戦闘は今までにも何度かあったのだろう。でなければアゲハたちがここまで落ち着いていられるはずがない。そして、今まで何度もこんな巨大な物体同士の戦闘をアタシたち知ることがなかったのも、この光景自体が人間には見えていないからなんだ。
「さて、説明も終わったし麗牙はどうかなって──」
その瞬間、キャッスルドラン全体が小さく揺れた。何があったのかとアタシはタロットカードに目を向ける。するとそこには、サバトが長いグロテスクな両腕を伸ばしてこの城を掴んでいる光景が映っていた。ドランは火球を放つもサバトが離れる様子は見せず、やがてその巨体を持ってキャッスルドランに体当たりをかましてきた。
『ゴォォォォォォォォ』
「きゃっ!?」
瞬間、大きな音と共に部屋の中まで衝撃が伝わってきた。転ばなかったのが不思議なくらいの揺れだったけど、これも魔法の力なのかなと自分を納得させる。他の誰も怪我はなかっただろうかと辺りを見渡し、大事がないと分かったところでホッとしていた時だった。
「あ」
「あ〜」
「あぁ……」
「え? 何どうしたの?」
テーブルに集まる男性陣から間の抜けたような声が発せられる。何事かと彼らと同じように再びタロットへ目を向けると、驚きの光景が広がっていた。
キャッスルドランが広い川の中へと叩き落とされる光景と、そしてキバがサバトの光弾を正面から食らって川へと転落していく姿が映し出されていた。
「麗牙!!」
その時、思わず叫び声を上げてしまったのはアタシだけではなかったはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
サバトの突然の特攻により、キバはキャッスルドラン諸共水の中へと消えていく。その巨体故に未だに半身が姿を見せているキャッスルドランは、主人が背中から消えたことにより先ほどまでのような猛攻を見せることが出来なくなっていた。
『ゴォォォォォォォ』
サバトの金切り声が闇夜に轟く。もはや意思のないはずのそれの叫びは、歓喜のようにもにも聞こえていた。残すは王の城のみとばかりに、サバトがキャッスルドランへ光弾の雨を振らせようとしていた、その時だった。
『キャァォォォォオオオオ!』
キャッスルドランに似たような、しかしそれよりも高い声の咆哮が夜空に響いた。サバトはその身体に埋め込まれた老人の顔の彫刻を声のする方へと向けた。
そこにあったのは、水面から出た赤い首──紛れもなく竜の頭であった。キャッスルドランよりも二回り以上小さな赤い仔竜が、自分よりも遥かに巨大なサバトに吠えていたのだ。そして水面から出てくるにつれてその全身が露わになる。赤い頭部に翼に尾。しかし何より、その身体は小さな城で出来ていた。石造りの壁に黄金の屋根、プロペラとキバの紋章を掲げた旗。正にキバのために作られた王の小城であった。
そして竜の小城が水面から完全に空中へと浮かび上がった時、その城の底に手を伸ばす影があった。
『おっせーよシューちゃん! も少し早くな』
「まあまあキバット。ともかく行くよ、シュードラン」
「キャオオオオオオオ!」
竜の小城──シュードランに掴まったキバの言葉と共に、シュードランは猛スピードで夜空に向かって飛び始めた。その目標は、今もキャッスルドランを掴んだまま放さないサバトのみである。
「キュオオオオオオオ!」
『ジャァァァァァァ』
シュードランによる鋭い体当たりによってサバトはその手をキャッスルドランから放して落ちていく。その小さな身体のどこにそんな力があるのか、その様子を見守っていた友希那たちは不思議に感じていたことであろう。
『よっしゃ! じゃあお前ら、キバっていけよ!』
キャッスルドランが再び夜空へ飛び立つと、シュードランはその背中へと降り立った。その途端、キャッスルドランに変化が表れる。星空を覆い隠すように紫の翼が巨大化し、水面に巨大な影を形成する。その形相も可愛げのある目つきから、獰猛な獣の鋭い目つきに変化する。シュードランという同族の雄叫びにより、キャッスルドランの中に眠るドラン族の闘争本能が覚醒したのだ。
「はっ!」
「ギャオオオオオオオオオ!!」
時計塔の上で立ち構えるキバに呼応し、巨大化した翼を大きく羽ばたかせてキャッスルドランは飛び上がった。その速度は今までの比ではなく、ドランはサバトの打ち出す光弾を華麗に躱していく。再び上空へと舞い上がりドランを迎撃しようとするサバトだが、キャッスルドランから打ち出される火球と、そしてどこから飛び出したのかミサイルによって身体にヒビが入り始めていた。
『麗牙!』
「うん」
もはや敵に勝機はないと見たキバはその場から跳び上がり、自らキャッスルドランの顔の前にその身を晒した。
「ギャオオオオオオオオオ!」
「ふっ!」
次の瞬間、キャッスルドランがキバの背中に向けて特大の炎のブレスを吐き出した。しかしその炎はキバの身体を焼くことはなく、激しい推進力となってキバの身体を押し出していた。ジェットの如く右脚を突き出したままサバトへと飛んでいくキバ。そして、その右脚に巻かれた鎖が砕かれ、
「(あれは……)」
禍々しく開く紅の悪魔の翼を友希那は息を飲んで見つめていた。吸い込まれるような紅色と、禍々しくも美しい一対の両翼の造形に心奪われそうになっていた。何より竜の炎と共に蹴りを放つその姿があまりにも無頼で、キバの華麗な見た目とは矛盾する姿に友希那は彼ら──TETRA-FANGのライブを空目していたのだ。麗牙の歌を聴いた時、友希那はそれが誰かのことを謳っているようだと感じていた。しかし今、静かな夜空でけたたましく荒ぶるキバの姿を見て友希那は確信していた。あの曲は間違いなくキバのことを謳った曲なのだと。
そして悪魔の鉄槌がキバの右足から放たれる。
「ハァァァァァァァァァァァッ!!」
『キイィィィィィィィィィ』
ダークネスムーンブレイクがサバトの身体を貫いた。断末魔とも言える最期の金切り声を上げて、サバトは火柱を上げて爆発を起こした。
「……」
サバトの身体を突き抜けたキバは飛んできたキャッスルドランの時計塔に着地し、灰燼に帰すサバトの最期をその目に焼き付けていた。己の意思もなく、ただの魔力の塊でしかないサバトには、ファンガイアのような煌びやかな最期は残されていなかったのである。そんな哀れな最期にも、麗牙は一人心を痛ませていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「麗牙、日曜からでいいのよね? あなたの曲作りの手伝い」
「へ?」
サバトをドランたちの力を借りて倒した後、僕たちはキャッスルドランを後にして友希那さんたちの帰り道を歩いていた。因みに愛音とアゲハはここにはいない。二人には
そんな中で突然彼女が、僕にだけ聞こえる声で訊ねてきたのだ。急に彼女が声を発したことと、そして質問の内容に驚いて間抜けな顔と声を彼女に晒してしまう。案の定、友希那さんは目を細めて睨んできた。
「何よその顔は」
「え、いや……あんなことあったし、もしかしたら断られるかもって思ってたから……」
「私は一度決めたことを曲げるつもりはないわ」
腕を組んでさも当然のように話す友希那さんが何だかカッコよくて、少し胸が高鳴る感覚がした。父さんの曲を一緒に作ると言ってくれた直後にブラッディローズの悲鳴のような音色に魘され、サバトに襲われ、キバの変身まで見せてしまった。普通ならこんな危なそうな人と一緒に何かをやろうという気にはならないだろう。だから僕は友希那さんに断られても仕方のないことだと諦めようとしていた。僕や愛音と同じようにブラッディローズの音が聴こえる特異稀な存在である友希那さんを手放すのは、正直断腸の思いではあったけれど。それなのに友希那さんの想いは変わらず、僕を手伝ってくれるというのだ。こんなに嬉しいことはない。しかしどこまでも臆病な僕は、最後通告のようにダメ出しをしてしまう。
「相手が人間じゃなくても?」
「あなたが何者でも関係ないわ。私はあなたの音楽の才能を高く評価している。だからTETRA-FANGを見つけたし、今でも曲作りはやりたいと思ってる。それだけじゃ不満かしら?」
僕のダメ出しなんてまるで通じず、我が道を征く彼女の返答に僕は呆気にとられてしまった。なんて強い人なんだろう。なんて自信に溢れた人なのだろう。僕とは正反対にも思える彼女のその態度が、僕の目にすごく魅力的に映っていた。
「あなたと共に曲を作ることで、私はもっと高みにいけるかもしれない。そんな気がしているの。だから……」
「え?」
強気な態度を崩さないでいた友希那さんは、突然肩を震わせたかと思うと、僕に向けて右手を出してきた。その顔は僅かに赤く滲み、目線も僕の顔から外れていた。差し出された彼女の手の意味を汲み取り、心の奥がざわつくような感覚がしていた。
「これからもよろしく頼むわ……私を失望させないで、音楽家の吸血鬼さん」
「……はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
そんな彼女の言葉が嬉しくて、でも夜のため飛び上がりたいのを我慢して右手で友希那さんの右手を握った。相変わらず発言は強気だけど今はその方が友希那さんらしくて、そんな彼女の言葉が心地良く思うようになっていた。
僕は友希那さんの音楽を思う強い気持ちが好きだ。どこまでも音楽に真摯な心も、己に厳しく音を追求していく姿勢も、そして僕の音楽の才能を認めてくれる眼も。そんな彼女とならきっと父さんの音楽は完成することができる。父さんが繋いできた生命の輪を、僕らも繋げることができる。そんな確信にも近い予感がしていたから、彼女が僕の手を握ってくれたことが心から嬉しかった。これは意地でも彼女を失望させるわけにはいかないと、誰にも知られることなく僕は心の中で固く決意していた。
「ちょっと〜何二人で盛り上がってるのかな〜。妬けちゃうなぁ、このこの〜☆」
「まぁ、これからの挨拶だと思えば微笑ましいのですけれど。ええ、はい……」
なんだろう、顔は笑ってるはずなのにリサさんと紗夜さんから聴こえてくる心の音楽は妙に怖い。暗いとかじゃなくて怖い。例えるならサスペンスホラーのような、今にも事件が起きそうなそんな緊張感が付き纏う音楽だ。今までの二人からは鳴ることのなかった旋律に怖気付いて僕の口が引きつりかけた時だった。
「きゃぁあああああああっ!!」
「!?」
突然、僕たちの歩く先から女性の悲鳴がした。この先は確か紗夜さんの家だけど……。
──もしかして、まだ何かあるの……?
次回はRoseliaではない、ある少女の話。