「ステンドグラスのような模様、ですか……」
サバトとキャッスルドランによる戦闘が行われた日から明くる水曜日、学校を終えた僕はすぐさま待ち人がいる喫茶店へと駆け込んでいた。とある事情により今日はその待ち人が普段立ち寄っている「羽沢珈琲店」で話すわけにはいかず、そのため僕の贔屓にしているカフェ・マル・ダムールを相談の場とした。店に入ると既に“彼女たち”は奥の席に座っており、彼女たちを案内してくれた紗夜さんも同じく僕の席を空けて待っていた。再開の挨拶もそこそこにして、僕は紗夜さんの隣の席について目の前の二人と話し始める。
一人は
彼女は氷川日菜さん。千聖さんと同じくPastel*Palettesのメンバーでギター担当であり、そして紗夜さんの双子の妹だ。同時に紗夜さんのコンプレックスの対象であった子であり、ある意味で僕と紗夜さんが出会うきっかけになった存在でもある。
二人とも芸能人というだけあってその容姿は実に整っていると言わざるを得ない。千聖さんは見た目の童顔の少女らしからぬ大人びた雰囲気を醸し出していて、今でも椅子にピシャリと姿勢良く座る様がとても絵になっている。日菜さんは紗夜さんの双子の妹というだけあってその容姿のところどころに彼女の面影を見るが、垂れ目の紗夜さんと違って吊り目だし、それに彼女の全身から溢れ出す陽の気が明らかに紗夜さんのものとは違っている。
何より彼女の心が奏でる心の音楽はいつでも楽しそうに響いている。楽しく跳ねるように、彼女のテンションが落ちる気配が感じられないのだ……今もストーカーに遭っているというのに。
昨日、紗夜さんの家の前で聞いた叫び声は千聖さんのものだった。日菜さんと千聖さんは昨日二人揃ってラジオの収録があったらしく、仕事が終わってから日菜さんの家までは共に帰っていたそうだ。しかし氷川宅に到着しようという時、突然一人の青年が日菜さんに声をかけてきた。
二人の証言からしか分からないが、「貴女に元気をもらいました」「僕の生きがいです」「ずっと好きです」だの口上を繰り返したと思えば、最後に「貴女が欲しいです」とまで言い放ち、そしてその顔にステンドグラス状の模様を浮かび上がらせたようだ。その異様な光景を前に恐怖した千聖さんは叫び声を上げて、驚いた青年は日菜さんに手を出すことなく咄嗟に逃げ出したという。
言動からしてどう見てもストーカーだし、何より顔に浮かぶステンドグラス状の模様……それはストーカー犯がファンガイアであることを指し示すものだと、僕と紗夜さんは確信していた。
「こんなこと、警察に言っても信じてもらえないと思ったので……」
あの後すぐに千聖さんは警察へストーカー被害届を日菜さんに出させたものの、流石に突然顔に浮かび上がるステンドグラスの模様なんてことを言えるはずもなく、また昨日駆け付けた僕らにも話すことは出来なかった。それが何故今日の放課後になって僕に話してくれたのかというと……。
「その、失礼ですが紅さんはそういう人に心当たりがあるのですか?」
「ええと、それは、はい。ある程度は」
「おねーちゃんも言ってたもんねっ。ライガだったら力になれるって」
家に帰った紗夜さんは日菜さんから聞いて知ったのだ。顔に浮かぶステンドグラスの模様……即ちファンガイアの存在を。その時紗夜さんが何を思ったのか分からないが、今日この場で僕と日菜さんが話す場を設けてくれたのだ。お陰で彼女たちから不届き者のファンガイアの情報を聞けるわけだが、そもそもそんな不思議な現象に対して無用心に僕を紹介するのはどうかと思う。単純に変な人だと怪しまれるかもしれないし、否応無しに彼女たちにファンガイアの存在を知らせてしまうことに繋がるかもしれないのに。
「(紗夜さん……)」
「(ごめんなさい……私も気が動転してまして……)」
視線を持って紗夜さんに責めるような感情を向ける。彼女もそれを感じたのか目を伏せて謝罪するかのような空気を出しており、僕もそんな彼女の気持ちを察した。とりあえずは反省しているようだし、気を取り直して彼女たちの話を聞こうと思う。
「それはそうと、日菜さんは全然動じていませんけど、怖くなかったんですか?」
「怖いって、なんで? あんなに綺麗な色してたのに?」
ストーカーの被害に遭ってる筈の日菜さん当人はいたってケロッとしていた。それどころか顔に浮かぶファンガイアの模様を見て綺麗だと楽しむ余裕さえ見せている。あまりにもポジティブで、そして独特の感性や価値観を持つ彼女がとかく不思議で、僕は少し前のめりになって彼女に問いただしてしまう。
「綺麗だとしても、日菜さんの後を追い回してる人ですよ? こう言うのもアレなんですけど、襲われるところだったかもしれないんですよ?」
「う〜ん、そうかなー? なんか悪い人って感じには見えなかったなぁー。あたしだっていつもおねーちゃんのこと追い回してるし、それにね、あんなに真剣にあたしのこと好きって言ってくれたの嬉しかったしっ」
「「ごめんなさい。こういう子なんです」」
最後に紗夜さんと千聖さんの声が重なる。しかしこれは大物すぎないかと、僕も紗夜さんたちに並んで苦笑してしまう。狙われているというのにどこまでも楽観的で、自分に好意を向けてくれることに素直に嬉しいと感じることができるなんて。常人とは逸脱したその思考に僕は先ほどから驚きっぱなしだが、それよりも日菜さんの発言で気になることがあるので問い質していた。
「悪い人じゃなさそう、ですか……」
「うんっ、何となくなんだけどね。あの人の心、すっごくるん♪ってしてたんだっ」
「なるほど」
「えっ、分かるんですか? 今の日菜ちゃんの説明で?」
「はい、まあ普通に」
日菜さんがそのストーカーの心が跳ねているように楽しそうに聴こえた、と僕は捉えているけれど恐らく間違えていないだろう。そもそも似たような音を僕はいつも聴いている。人の心から流れる楽しい音も悲しい音も、一人一人違う音を奏でているのを毎日感じているのだ。だから僕は、日菜さんがその人の心が「るんっ♪」と鳴ったと感じたとしても、全く不可解とは思わなかった。
「紅さんいつも言ってますしね。人はみんな、心の中で音楽を奏でているって」
「はい。だから、日菜さんの言うことも何となく分かるんです。日菜さんの心も、今るんって楽しそうに鳴っていますし」
「だよね! ライガも聴こえるよね! うんっ、今嬉しくなってさっきよりもるるるん♪ってきてるよ!」
自分の感性に理解が得られたのが嬉しいのか、本当に先ほどよりも楽しそうに、そして嬉しそうに跳ねる彼女の心の音楽につられて僕も笑みが溢れてしまう。紗夜さんはそんな僕の様子を少し面白く無さそうな目で見つめ、千聖さんは日菜さんの感性を理解する僕を不思議そうに観察していた。
「前に会った時も思いましたけど、紅さんって本当に不思議な人ですね。天才肌でどこか日菜ちゃんにも似てる気がします」
「確かに紅さんも、やろうと思えば何でも熟せる感じはありますよね。前も大きなバイクですごく──」
「ライガってバイクに乗るの!? スッゴイ! カッコいい! 今度見せて! あと乗せて!」
「あーややこしくなってきたー」
日菜さんのストーカーの相談を受けにきたはずなのに、いつの間にかただの与太話になっていた。日菜さんの独特の感性は尊重したいが自由奔放が過ぎる気もする。その日菜さんにはもう完全に懐かれてる感じはするし、紗夜さんも何故いきなり昨日の話を得意げに持ち出したのか分からない。彼女たちと与太話をする分には悪くないんだけど、今は大事な話し合いをしたいのだ。
日菜さんのストーカーが本当にファンガイアなのか。日菜さんの感じた通り悪い人ではなく、ただ感情が昂り過ぎただけで危害を加える気はないのか。それとも悪人なのか。出来れば慎重に事を進めたいのだけど、この調子だと難しそうだと苦笑していた時だった。
「二人とも、その人の顔を絵で描けないかしら」
「えーっ、そんなことしなくても……あっ、ほらっ! ちょうど外にいるあの人みたいな顔だったし」
「え?」
「うん?」
日菜さんの言葉に僕たちは全員一斉に窓の外を見る。彼女が指差した先にいたのは、僕らと同じ高校生くらいの年頃の青年だった。特段変な格好でもなく、髪はふわふわと羊の毛のように柔らかく整えられており、肌も色白で、如何にも好青年といった童顔の可愛らしい顔をしていた。
「……って、あの人よ!! 昨日のストーカー!」
しかしその青年を見て叫んだ千聖さんによって状況は一転。僕はすぐに椅子から立ち上がって叫んでいた。
「みんなはここに居て! 僕が行ってくるから!」
「く、紅さん!?」
「日菜っ、白鷺さんっ、しばらくここに居てくださいっ」
「おねーちゃんも!?」
こちらの視線に気付いて走り出した青年を追って僕は店から飛び出した。それに続いて紗夜さんも駆け出していたけど、それを止めたり彼女を待っていられるほど悠長にはしていられない。僕の目の前を走る青年の走力はそれはものすごく、僕が全力で走っても一向に距離が縮まらないほどだった。
「待って!」
「だっ、誰が!」
「お願いだから!」
そんな問答を繰り返しながら、僕たちは街中を猛スピードで走り抜ける。しかし相手は決して一直線に走っていたわけではなく、街を一周するように移動していた。僕を撹乱させたかったのか、街から離れたくなかったのかは不明だが、それが彼のミスとなった。
「あっ、いた!」
「ゲッ!? くそッ!」
「紗夜さんナイス通せんぼ!」
ストーカーの走る先に、僕たちを見失った紗夜さんが偶然立ち往生していたのだ。あまりにも速く走り過ぎて街を一周したため、僕たちは元の場所まで戻ってきていたようだ。紗夜さんが目の前で通せんぼをしているのを見たストーカーは進路を変更して地下駐車場へと逃げ込む。僕と紗夜さんもその後を追って地下へと入っていった。
「なっ、出入り口今の所だけかよ……っ」
「ようやく追い付いたよ」
「はぁ、はぁ……っ、あなたには聞きたいことが……いくつかありますので……はぁ、はぁ……」
駐車場に入った先には他に出口といえるものが見当たらず、足を止めてしまったためにようやく僕たちはストーカーに追いつくことができた。激しく息切れを起こしている紗夜さんの言う通り、僕たちは彼に質問がいくつもある。少なくともそれに答えてくれれば強引な真似をしなくても済むのだが……。
「まだ鬼ごっこは終わりじゃないからな!」
「っ、やはりファンガイア……」
青年の顔にステンドグラス状の模様が浮き上がる。次の瞬間、彼の身体は人のものではない異形へと姿を変えた。ステンドグラスのような細胞が身体中に散りばめられたそれは、紗夜さんが呟く通りファンガイアであった。全身を白い雲のような外装に覆われたファンガイア。まるで羊のようにも見えるその姿においては覚えがあった。
ビーストクラスに分類されるファンガイアの中でも、あの形態は特に俊敏に動き回るタイプだ。彼と同じファンガイア体を持つ敵と戦ったことがあるから僕には分かる。これは少し気を入れないと怪我をすることになると……。
「キバット!」
ともかく彼がファンガイアの姿を晒してまで逃げようとする以上、強引な手段に出る他ないようだ。僕はキバットを呼び出し、飛んできた彼に右手を差し出して噛みつかせた。
『ガブッ!』
「変身」
最後のスイッチとなる言葉を告げて、僕はキバに変身した。そしてすぐさまベルトの左のホルダーから青色の笛──ガルルフエッスルを取り出してキバットに吹かせた。
『ガルルセイバー!』
キバットの鳴らす召喚の調べに応え、光に包まれてガルルの彫像が僕の元まで飛んでくる。キャッスルドランにいる次狼がその身体をウルフェン族の姿に変え、更に片手サイズの彫像へと変化してキャッスルドランから射出される形で僕の元に引き寄せられるのだ。彫像を──ガルルセイバーの柄を左手で握りしめた瞬間、僕のキバの鎧は鎖に包まれる。そして鎖が弾け飛び、キバの鎧はガルルの持つエレメントの影響を受けて俊足の魔獣形態──ガルルフォームへと変身を遂げた。
「なんだ、それ?」
「ん?(キバを知らない?)」
ファンガイアであるならキバの鎧のことを知って然るべきなのに、目の前のファンガイアはキバを初めて知るものであるかのように見ている。不可解なことだが、そんな疑問に構っていられる状況ではない。僕はガルルセイバーを片手に目の前のファンガイアへと駆け出した。
「ガルァ!」
「ちっ!」
ガルルの意識が僕の精神と同調し、言動の全てが獣のように荒々しく変化する。野生の本能から繰り出される鋭い一撃が
「グルァ!」
「っあ、危ねっ!」
「なんて速さなの……」
その場から飛びのいたシープに更なる追撃をかけようと飛び掛かるも、尋常じゃない脚力で地面を蹴ってまたも紙一重で躱されてしまう。逃げ出したシープを即座に追いかけるも、凄まじい瞬発力と走力を誇るシープに僕の剣はまるで掠りもしない。
「ふんっ!」
「グゥア!」
それどころかたまに振り返って飛び掛かかられ、その速さにこちらが対応できない始末だ。全く、本当にこの手の相手はやり辛くて困る。しかしお陰で逃げるよりもここで戦った方がいいのではとシープの考えが変わったのか、その手に銃のような武器を生成して僕の方へと撃ち出してきた。
「らぁ!」
「フッ!」
「紅さん!」
シープが雨のように弾丸を撃ち出し、僕は避けるために全力で地下空間を駆け抜ける。とっさに銃弾の雨を凌げる柱に飛び込んで隠れたものの、その瞬間にシープが動き出すのが音で分かった。このままだと外に逃げられる。あの速さで逃げられては次に捕まえるのは非常に厳しくなる。だからこの場でなんとしても彼を捕まえなければならなかったのだ。そして、その準備は既に整っていた。
「よし今だっ!」
「ウガァッ!(それはこっちの台詞だよ!)」
僕はもう一度とシープへと飛び込んでガルルセイバーで斬りかかる。先ほどから何度も繰り返すその行動に慣れたのかシープはその場から軽く跳ねて斬撃を躱す。しかしその彼が跳ねた一瞬──地面から足が離れた瞬間を僕は狙っていたのだ。
ガルルセイバーの唾にある狼の顎を開いてシープへ向ける。
そして唾に口元を当てて、肺に溜めた空気をすべて出すように勢いよく吠え立てた!
『アオォォォォォォォォオオオオオオ!!!!!』
「ぅぐぁあああああっ!?」
ガルルセイバーの狼の口から放たれた咆哮が
「ガルァッ!!」
「っあ、が……っ」
どうあがいても逃げないように強く貫くように右脚をシープの身体に押し付ける。相当の痛みが走っているのか、シープの口から苦痛の声が漏れ、反撃の色すら見えなくなっていた。そして……。
「っぁ、わ、悪かった……話すから……何でも話すからっ……だ、だから命だけは! ……なっ?」
「……」
そうしてシープはファンガイアの姿を変化させ、先ほどの柔らかい顔の青年の姿へと戻っていた。息を切らし、震える声で懇願する青年の態度を見て僕は僅かに脚の力を緩め、そして変身を解除した。この調子なら本当に逃げないだろうし話もしてくれるだろうと判断してのことだった。
「そう言ってくれて助かったよ」
「あ、ああ……ところでその人は? 一体どっから現れたの……?」
青年が言う通り、変身を解いたキバからは二人の人影が現れていた。一人はキバの変身者である僕。そしてもう一人は今しがたガルルセイバーへと姿を変え、精神を僕と同調させていた次狼だ。変身を解除したことで現れた次狼と僕は二人して青年の肩を逃げないように強く握りしめていた。そして次狼はニヤリと不敵に微笑み、楽し気に呟いた。
「それじゃ、楽しい楽しい事情聴取といこうじゃないか……なぁ?」
「は……はい……」
穏便に事が収まることを願いつつ、僕たちは青年を連れて地下の駐車場を後にするのだった。