ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『日菜のストーカー──童室の取り調べの中で、彼の純真な気持ちを信じた麗牙たち。しかし童室は仲間の一声によって心を惑わされて、なんと日菜を誘拐してしまった!?』


第24話 愛する君のために:バラード第1番ト短調 Op.23

「や……やってしまった……」

 

 腕に抱いた気絶したままの少女をゆっくりと岩の上に寝かせ、シープは声を震わせていた。自分の尊敬する兄貴分の男の声に唆され、彼は日菜の部屋に窓ガラスを割って侵入し、彼女を気絶させてこの森の奥まで連れ去ってきたのだ。死んではいないが気絶させるときに殴った場所に跡は残っていないだろうか、と心配しながらシープは変身を解き、童室の姿となって岩肌に横たわる日菜をじっと観察していた。

 

「おうおう、やったじゃねぇか穣ちゃんよ」

 

「アニキ……」

 

「んだよ、ようやく欲しかった女を手に入れたってのに時化たツラしてんなぁ」

 

 そんな童室の背後から強面の男──迫間(はくま)が大きな声で話しかけてくる。迫間の言葉の通り童室の顔は晴れやかなものではなく、未だに自分の引き起こしてしまった事態に後ろ髪を引かれる思いであった。

 

「だって、いろんな人に迷惑かけて、日菜ちゃんもこんな目に遭わせちゃって……」

 

「はぁ~っはっはっ! 今更過ぎるだろっ。ホンットお前って馬鹿だな。どうせここまで来たら後戻りなんてできないんだ。あとは思う存分楽しむだけだろ?」

 

「楽しむ……」

 

 迫間の言葉に童室は考え込む。好きで好きで溜まらなかった彼女。それが今は自分だけのものだという状況で、自分は一体何がしたいのか。ただ見てるだけ? 一緒に話がしたい? 自分を好きになってほしい? 彼女を無茶苦茶にしたい? 思いつく限りの望みを、劣情を彼女に向けようと考えて、しかし彼は思い至ってしまう。

 

「だめだ……それじゃあ、日菜ちゃんが泣いちゃう」

 

「は? 」

 

 日菜は、抜け殻のようになっていた自分の生きる希望となってくれた存在だ。だがその後の彼は、自分の心を満たすために日菜の跡をつけ、彼女のプライベートを調べつくし、果てには誘拐まで行ってしまった。日菜を自分のものにしたいという欲望があったのは事実であり、誑かされたとはいえ行動に移したのは紛れもない自分自身だった。しかしこうして誘拐し、その後の日菜の事を考えた途端、それではダメだと彼の心が叫んでいた。彼女をこのまま家族から引き離し、その上自分の思うがままに彼女を支配してしまえば、日菜の顔から笑顔が消えてしまう。自分に希望を与えて切れた彼女が、希望を失ってしまう。そんな許せない結末が迫っていることを童室は予感していた。

 

「僕のやってきたことって……全部自分のためだったんだ……」

 

 自分の行動は全て自分のためで、好きな彼女のために何一つやれていない。誘拐と言う大胆な行動をとって初めて、童室はその事実に辿り着いたのだ。結局自分は本当にどうしようもない奴で、好きだと思った人間を傷つけることしかできない情けない存在なのだと思い知っていた。あのまま彼女と再び会う約束なんか付けずにこの街から出てしまえばよかったのだと、そんな後悔に追い詰められていた。

 

「お前何言ってんだ……? まあいいや、せっかくお前が好みの人間を見つけたんだ。ここらでファンガイアの作法ってのを教えてやるよ」

 

「ファンガイアの作法……?」

 

 悩む童室を他所に、迫間は下卑た笑みを浮かべて横たわる日菜に近づいていく。

 

「そもそもファンガイアってのはな、人間のライフエナジーを吸って生きてるんだよ」

 

「ライフエナジー……?」

 

「ああ。こうやって吸命牙を出してな、人間に突き立ててライフエナジー──生命力を吸いつくすんだ」

 

 迫間の上に二本の鋭い牙のようなものが浮かび、童室は息を飲んだ。そしてその光景を目の当たりにすると同時に、自分の中に刻まれたファンガイアの本能が反応していた。身体の奥底から湧き上がる、獣の本性。獲物を──人間を食らう捕食者の本能は、既に彼の身体に発現していたのだ。

 

「人間の……命を吸う……」

 

「そうそう、そうやって出すんだ。やりゃあできんじゃねぇか」

 

 童室は誰にやり方を教えられたでもなく、他人の吸命牙を見ただけで、本能的に全く同じそれを自分の真上に召喚していた。吸命牙──生き物のライフエナジーを吸収するために存在するファンガイアの牙。ファンガイアなら誰しもが持つその牙を肌身で感じた時、童室はまた悟っていた。自分はただの怪物ではなく、人喰いの怪物だったのだと。人間から見れば忌むべき、斃すべき存在でしかないのだと。

 

「じゃあ後はどうするか分かるよな? 牙をその女に突き立てれば、その女のライフエナジーはお前のものだ」

 

「え……?」

 

 しかし迫間の言葉によって童室は我に返る。返らなければならなかった。

 

 ──今、彼は何と言ったのか?

 ──この牙を日菜ちゃんに立てる?

 ──日菜ちゃんのライフエナジーを吸う?

 ──日菜ちゃんを……殺す……?

 

 吸命牙を突き立てることの意味を理解した童室は、その上でそれを日菜に向けることを示唆されてその場で固まってしまう。そんな彼の変化にも気付かず、迫間は喋り続けていた。

 

「今日はお前が真のファンガイアへと至る記念すべき日だ。邪魔立てなんてしねぇから早いとこその女のライフエナジーを吸っちまいな」

 

 童室の背筋はざわついていた。迫間が自分を奮い立てたこと、日菜を攫うよう仕向けたこと、それらが意味することについて確信を得てしまったからだ。童室は恐怖に震える身体を抑えられず、弱々しい声を持ってして迫間へと問いかけた。

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

「あ? 何だよ今になってまだ怖気付いてんのかよ?」

 

「ち、違うよ……ライフエナジーを吸うって……ぼ、僕は、日菜ちゃんの命を奪うことなんて出来ない!」

 

 迫間は最初から、童室に日菜のライフエナジーを吸わせるために行動していたのだ。しかし童室本人は人殺しをする気など毛頭無く、それどころか自分に生きる希望を与え、心から好きになった人間から生命力を奪うなど論外であった。故に童室は激しく拒絶するが、その態度に迫間の様子は目に見えて不機嫌なものに変わる。

 

「ぁあ? 出来ない? オイオイオイ馬鹿言っちゃいけねぇぜ。そもそも人間はな、俺たちファンガイアに喰われるためだけに存在してるんだ。ファンガイアが人間を殺さないなんて、そんな無様な真似していいはずがないよなぁ?」

 

「そ、それでも出来ない! 日菜ちゃんは僕の希望なんです! そんな彼女の命を奪うなんて僕には出来ません!!」

 

「っはぁ〜〜……ホンット、ガキだなお前……ファンガイアを分かってねぇ……」

 

 童室の必死の訴えに対して、迫間は頭を抑えながら深く溜め息を吐く。そこにはハッキリとした侮蔑の感情が入り混じっていたが、若き童室はそれに気付くことなく迫間を睨み続けていた。

 

「そーかよ。じゃあそこで見てな……今教えてやるよ……」

 

「え?」

 

 迫間はその巨大な図体を日菜へと向ける。その顔にはステンドグラスのような色鮮やかな模様が浮き上がり、直後、彼の身体は人ならざる異形のものへと姿を変えていた。全身を白と青を基調としたステンドグラス状の体細胞に覆われた巨大な体躯。両肩に鋭く巨大な爪を備えた、熊のような風貌をした異形、否、白熊(ポーラベアー)のファンガイアの姿がそこにあった。

 

 ポーラベアーファンガイアは再度吸命牙を召喚し、その切っ先を日菜に向けていた。

 

「ファンガイアが人間のライフエナジーを喰らう様、よーく見て学ぶんだな」

 

 その瞬間、童室の脳裏にその牙が日菜の身体を襲う光景が浮かんでいた。

 

 言われなくとも本能で感じていた。

 

 その牙が突き立てられたその時、人の身体から色彩が消え失せ、最期に粉々に砕け散る。

 

「……や……」

 

 その人を彩る景色も、希望も全てが失われるのだ。

 

 自分の世界に(いろどり)を与えてくれた少女の色が……。

 

 自分に希望を与えてくれた少女の希望が……。

 

 自分の目の前で……。

 

「……め……っ(それだけは……っ)」

 

 それだけは絶対に許してはならない、彼女を死なせてはならないと、彼の心は叫んでいた。

 

 そして自分の心に従うままに、彼は叫び、動き出していた。

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

「ッグォ!?」

 

 ファンガイアの姿に変化した童室──シープはその手に銃身を作り出し、迫間と迫間の作り出した吸命牙へと発砲したのだ。吸命牙はガラスのように音を立てて砕け散り、迫間もその弾丸によって大きく吹き飛ばされ、地面を転がっていた。

 

「テ……テメェ……一体どういう了見なんだよアアッ!?」

 

「うるさい! 日菜ちゃんは……日菜ちゃんは絶対に死なせない!!」

 

 怒りで震える身体を立ち上がらせて、迫間──ポーラベアーは声を荒げて叫びたてる。それに負けないくらいの怒号を立てて、シープは横たわる日菜の前に立ちはだかった。そこにいたのは自分のためだけに行動して自身を満たしていたストーカーではなく、かつて自分の友人を守るためのように、純粋に愛する少女のために立ち上がる一人の男の姿であった。

 

「オイオイ、まさかやろうってのかガキが? いい度胸じゃねぇかよォ!!」

 

「ダアアアアッ!!」

 

 二つの異形の影が同時に走り出した。互いに地を蹴り、土や草が宙に跳ね上がる。例え日菜が目を覚ましていたとしても、彼らの姿を捉えることは決して叶わなかったであろう。この暗い森の奥で彼らは目にも留まらぬ速さで動き回り、人間にはただ風を切る音を聞くことしかできないのだから。シープの持つ走力はキバをも凌ぐ速度であるが、彼と対峙するポーラベアーもまたシープと同等、否、それ以上の走力の持ち主であったのだ。ましてや上回るのはそれだけではない。

 

「グルアアアッ!!」

 

「っぐあぁぅっ!?」

 

 ポーラベアーの手に持つ、ステンドグラス状の意匠が施された大剣がシープの身体を斬り裂いた。スピードと銃を自身の武器とするシープに対して、ポーラベアーの武器はスピードとその巨大な剣、そして他のファンガイアと一線を画すパワーであった。同じようなスピードで動き回るポーラベアー相手にシープは銃のみでアドバンテージを取らなければならないが、その攻撃も全て躱されるか大剣で防がれ、接近を許した瞬間にその強大なパワーから生み出される斬撃を食らい吹き飛ばされてしまう。

 

「っぐ、クソッ!!」

 

 シープはそれでも諦めずに走って距離をとり弾丸を撃ち続けるが、それがポーラベアーを捉えることはない。俊足で攻撃を躱しながら近づいて、鋭い刃が再びシープの身体に襲い掛かる。

 

「フンァアア!!」

 

「ぐああああっ!?」

 

「いい加減にしろよクソガキが。痛い目見たくなけりゃ大人しく年上の言葉を聞いてればいいものを」

 

 日菜の横たわる岩の前まで転がるシープの身体には痛々しい傷跡がいくつも残されていた。それでもまだ倒れるわけにはいかずシープは立ち上がる。ポーラベアーはそれを見て更に苛立ちを募らせる。この男は自分よりも弱いと認識した存在に対してはどこまでも高姿勢なファンガイアであったのだ。そもそもシープに声をかけたのも、最初から自分の言うことを聞く舎弟──子分が欲しかっただけのことであり、シープ──童室の心配などはこの男の中には存在していなかった。じっくりと自分の言うことを聞く子分を育て上げようとした最中で、しかし初めて自分に逆らった童室を、ポーラベアーは許すつもりはなかった。それは童室も同様であり、日菜の命を奪うと言った男を許すつもりもなく、袂を断つ決心はついていた。

 

「あ、あんたの言うことなんて……もう、聞けない……日菜ちゃんっ」

 

「あっ、待てこのガキが!!」

 

 勝ち目がないと悟った童室は日菜を抱きかかえると、その場から走り出した。もうあの男の元にはいられない。でも自分では彼に勝てない。ならばせめて日菜だけでも、自分のために動いてくれた彼らの元へ──麗牙の元へと引き渡すため、童室は街を目指して全速力で駆けていた。腕の中で眠る尊い生命をその身に感じながら、彼は深い森の中を駆け抜ける。どれだけ走っただろうか、ようやく人工的に生み出された光が彼の視界にも届いて心に余裕が生まれた、その時だった。

 

「なめんなよ小童がァッ!!」

 

「ガァァァァアッ!?」

 

 突如背中に激痛が走り、体勢を崩してしまう。しかし抱きかかえた日菜の身体を傷付けまいと、彼は身体を翻して彼女の下敷きになる形で地面に転がり込んだ。既にボロボロの身体を地面にこすりつけて、絶対に日菜を傷付けないよう彼女を抱きかかえる童室の身体はようやくその動きを止めた。しかしそんな彼のすぐ目の前の地面にポーラベアーが着地する。自分とは違いまるで息切れを起こしていないポーラベアーを見て逃げきれないことを悟った童室は、日菜をゆっくりと草が敷き詰められた地面に寝かせてすぐさま敵に向かって駆け出した。

 

「クッソォォォォッ!!」

 

「ハッ! お前みたいな若造がっ、俺様に勝てるわけねーだろが!!」

 

「ぐふっ! っ、それでもォッ!」

 

 童室の殴りかかる拳は全てポーラベアーの腕で凌がれ、その度に右手に握られた大剣によって童室の身体は斬られる。しかし身体のダメージを知覚してもなお童室は止まらなかった。ここで自分が倒れれば、目の前の化け物は間違いなく日菜のライフエナジーを吸い取って殺す。それだけは確かだと感じていた童室は必至の抵抗を見せ、何度も何度も諦めずに殴りかかっていた。

 

「ダァァァッ!!(日菜ちゃんは死なせない! 絶対こんなやつなんかに殺させない!)」

 

「ゥラアッ! なめた口聞くんじゃねぇぞ三下がァ! こちとら伊達に九十年生きてねぇんだよオラァッ!」

 

「ぅぐぁッ! ぐ……ぁっ……」

 

 しかし無情にも、両者の力の差は歴然であった。鋭い剣撃の前に童室は遂に力尽き、その場に倒れ伏してしまう。

 

「はぁ……呆気ねぇな穣ちゃんよぉ。ガキのくせに年上に逆らうからだ」

 

「ぅ……ひな……ちゃん……」

 

「けっ、ホントにムカつくガキだな。吸命牙なんて生易しいもんじゃねぇ、真っ赤に染める鮮血ってもんをお前に見せてやらぁ」

 

「っが……(頼む……動け……動け……動けぇぇぇっ!)」

 

 ポーラベアーは身体を童室から地面の上に横たわる日菜に向けて、剣を構えながらその歩を進める。

 

 日菜のすぐ脇に立ったポーラベアーはその大剣の切っ先を日菜の傷一つない綺麗な身体に向けていた。

 

 

 そして──

 

 

 

 

「ふんっ!」

 

 

 

 

「あああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 ──ポーラベアーの剣の肉を貫く鈍い音が、夜空に響いた。

 

 

 

 

 しかし……。

 

 

 

 

「何……?」

 

「ぅぐ……ガァ……」

 

 日菜に向けて放たれたそれは、童室のステンドグラス調の身体を貫いていた。

 

 肉体の限界を超えて動き出した彼の身体は、無防備に横たわる日菜の前に立ち、その刃を自身の身に受けたのだ。

 

 そして厚く丈夫なファンガイアの身体すら貫いたその刃は日菜には届かず、彼女は未だ気絶したまま無傷の状態で童室の背後で静かに眠り続けていた。

 

「っ、ガァァァァァァァァッ!!」

 

「ゥォオオオアッ!?」

 

 最期の力を振り絞って自分の細胞から銃を生成した童室は、身体を貫かれたままポーラベアーに向けてゼロ距離で銃弾を放った。童室の持てる全ての力を乗せた攻撃はようやくポーラベアーに命中し、目標を大きく吹き飛ばしてその手から剣を放させることに成功する。

 

「ぁ……っ……」

 

 己の身体からポーラベアーの剣を引き抜くも、その時点で全ての力を失った童室はファンガイアの姿から、自身がずっと慣れ親しんで過ごしていた人間の姿へと戻ってしまう。そして力なく日菜の前に崩れ落ち、その身体も地面に伏せてしまう。

 

「くそ……クソクソクソクソクソクソクソがァァァッ!! お、おお俺様の身体を傷付けるたぁ、テメェはぜってぇ許さねぇ……」

 

「ぅ……(ひな……ちゃ……)」

 

 童室は立ち上がるどころか、もはや口を動かすだけの体力も残されていなかった。それどころか体温が徐々に失われていき、意識が遠のいていく感覚すらあった。もはや身体の自由は効かず、これが自分の身体なのかさえあやふやになっている中で、しかし彼には自分の命よりも日菜の生命の無事が一大事であったのだ。

 

「二人仲良くあの世に送ってやらぁ……」

 

「っ……(ひな……ちゃん……)」

 

 地獄の底で唸るような声を上げてゆっくりと二人に迫るポーラベアー。しかし虫の息である童室にはどうすることもできず、心の中で日菜の名を呼ぶことしか出来なかった。

 

「死ね……この屑がァァァ!!」

 

 ポーラベアーは倒れる二人に向けて、大樹のような腕を振りかざした。

 

 一振りで間違いなく人の命を奪うそれが振り上げられる様を、童室は虚ろな目で見ていた。

 

 もはやここまでなのか。

 

 自分では彼女を守ることができなかったのか。

 

 声すらも出せない絶望の中で、遂にその鉄槌が振り下ろさる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待て待て待てーい!』

 

「ぅぐォッ!? な、なんだっ!?」

 

 闇に沈む森の中に金色に光る何かが飛び込んできた。

 

 その金色の小さな光はポーラベアーの身体の周りを飛びながら何度も体当たりをかまし、最後にその身体を吹き飛ばした。

 

 ポーラベアーは突然の事態に困惑し、すぐさま立ち上がって自分に襲い掛かった金色の光を目で追っていた。

 

 そして目にしたのだ。

 

 こちらに向かって駆け付けてきた、一人の赤毛の青年の姿を。

 

 それを追うかのようにして、日菜によく似た長髪の少女も駆け付けていた。

 

 颯爽とその場へと現れた青年は、起き上がったポーラベアーに向かって今度はゆっくりとその歩を進めていた。

 

「……」

 

 青年の──麗牙の紅色の瞳の中で、静かに怒りの焔が揺れていた。




次回、王の判決が告げられ、闇夜の水面(みなも)に翠玉の射手(しゃしゅ)が顕現する。
「第25話 幼き瞳:Innocent Trap」


タイトルの「バラード第1番ト短調 Op.23(Ballade No.1 in G minor, Op.23)」は、ショパンが作曲したバラードのことです。
是非一度、次回が更新される前に聴いてみてください。
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