ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『日菜の命を奪おうとした敵をキバは粉砕する。しかし、愛する少女を守った一人の青年の命もまた天へと還った。悲しみに暮れる麗牙たちが森を抜ける中、眠っているはずの彼女の胸からもまた悲しい音色が響いていた』


第26話 魂に祈りを捧げて

「納得いきません!」

 

 日菜さんの誘拐事件から一夜が明け、木曜日の放課後、午後のカフェ・マル・ダムールにて千聖さんの声が店内に響いていた。本来なら童室さんが日菜さんと話をするために設けた時間であったが、あんな結末になってしまったために僕一人で事の顛末を報告することになっていた。内容は昨日紗夜さんが日菜さんに話したであろう内容と同じ、ストーカー犯もとい誘拐犯は警察に追い詰められて日菜を残して逃げてしまった、というものだ。

 しかし、恐らく真実に気付いているはずの日菜さんは今のところ何も口にしておらず、その無言が僕の説明にも信憑性を持たせてくれると思っていた。だが千聖さんは殊の外頭が良く、その程度の説明で簡単に信じてくれはしなかった。

 彼女が信じない理由としては第一に、日菜さんは窓ガラスを割られて誘拐されて、深い森の中まで連れ去られたのに全く穢れのない無傷の状態で帰ってきたこと。第二に、誘拐が起きてから帰ってくるまでがあまりにも早すぎること。警察が動くには無理がある早さだと彼女に指摘された。そして何よりも、その逃げたという誘拐犯の捜査が打ち切られたという情報を彼女は持っていたのだ。

 

「百歩譲って無傷で森から帰ってきたのは信じてもいいですけど、警察の捜査が打ち切られるなんて異常ですっ」

 

「打ち切られたって、誰がそんなことを」

 

「私が直接警察に確認を取りました」

 

「すごい行動力ですね……」

 

「日菜ちゃんが誘拐されたんですよ! そのくらいして当然です!」

 

 因みに警察の捜査が打ち切られたというのは、もちろん完全に裏がある。『素晴らしき青空の会』……ある目的のために作られた組織であり、健吾さんも所属しているそれは世界中に構成員が存在する。中には警察の上層部にも青空の会のメンバーがおり、今回はそちらの方でもはや存在しない誘拐犯の捜査を終了させてくれたようだ。

 そして青空の会は一般には公開されていない秘密の組織でもある。次狼も、そして愛音の母も、かつてはその組織に所属していて、世間には秘密裏にいろいろと無茶をしていたようだ。

 

「そんなに声立てなくてもいいのに千聖ちゃん。ライガだってあたしのために夜に走り回ってくれたんだよ?」

 

「それは分かってるけど、だからってこんな異常なこと……いえちょっと待って、そもそも日菜ちゃん、本当に警察に見つけられたの?」

 

「(あっ、そこ勘付いちゃう?)」

 

 日菜さんはあくまでも帰ってくるまで気絶していたという体で進めているが、それは紗夜さんと日菜さんの証言があってこそ成立するものだ。しかし逆に言えば、それしか証言がないということだ。たった二人の証言がどちらも偽りだった場合、警察が日菜さんを見つけたという今の説明は全てが白紙に戻ってしまう。まだどうにかなる状況とは言え、千聖さんは鋭い人だと内心では少し感心していた。

 

「あたしはずっと寝てたから分からないなー」

 

「そうなの。でも一応、紗夜ちゃんにもちゃんと確かめる必要があるわね。紅さん、あなたにもね」

 

「僕も?」

 

「前々からそうでしたけど私、あなたが何か隠してる感じがしてならないんです。あの異常な顔を見せた誘拐犯のことも何か知ってそうでしたし、警察の件も無関係とは思えません」

 

「ぇぇ……(困ったなぁ……)」

 

 流石に童室さんとグルとは思われてはいないだろうけど、それでも何かしら関わっていると疑われている。本当に高校二年生とは思えないくらい洞察力が高いが、そろそろ感心ばかりしていられなくなってきた。

 さて、ここからどう切り抜けようか。そう考えていたところで、カフェ・マル・ダムールの入り口の扉がカランと鐘を鳴らせて開いた。

 

「あら、健吾くんいらっしゃい。今日はどうするの?」

 

「よっす! 今日も若いなマスター。そうやな、じゃあ今日はブルーマウンテンで」

 

「うん、ブルーマウンテンね。少々お待ちを。あ、奥に麗牙くんいるからね。ごゆっくり」

 

「おおきに」

 

 なんと入店してきたのは健吾さんだった。今日はこの時間に彼と会う予定もなければここに来るという連絡もしていなかっただけに、その登場に少しだけ驚いてしまう。マスターの言葉のおかげで僕の視線に気付いた健吾さんは、相変わらずの人の良さそうな笑顔を浮かべて僕たちの席まで近寄ってきた。

 

「どうしたどうした麗牙。今日はRoseliaと違う子と一緒かいな」

 

「そんないつも一緒にいるみたいに言わないでくださいよ」

 

「あの、失礼ですがどちら様で?」

 

「おっとこりゃ失礼。俺は綾野健吾。麗牙とバンド組んでてギターやっとんねん。よろしくな」

 

 ニカッと、裏表の感じさせない好青年の笑みで日菜さんと千聖さんに向けて自己紹介する健吾さん。そう言えば二人には、というよりパスパレにはヴァイオリニストとしての僕しか紹介していない。僕がTETRA-FANGのボーカルとして活動してることは、恐らく日菜さんしか知らないはずだ。だからだろうか、「バンド?」と少しだけ目を開いて意外そうにこちらを見る千聖さんがそこにいた。しかし、それ以上に大きな声を上げたのは日菜さんだった。

 

「あっ、そう言えばライブで見たことある! すっごい変なギター弾いてた人だ!」

 

「グハッ……へ、変なギターって……」

 

「だって、あんな演奏絶対誰も真似出来ないもん! だから変っ! 変すぎて最初お化けかと思ったもん!」

 

「お、おう……なぁ、これって褒められてるんか?」

 

「た、多分そうだと思うよ……」

 

 紗夜さん曰く、日菜さんは何でも見ただけで熟せてしまう天才らしい。そんな彼女が健吾さんのギターを誰も真似出来ないと評するという点で、彼の演奏は日菜さんの理解を越えたものだと言うことになる。それが褒め言葉なのかはともかく、少なくとも彼のギターは紛れもなく彼だけのものだという証明にはなっていた。

 

「まあええわ。ちょっと麗牙に話したいことがあんねんけど……どないした? 取り込み中か?」

 

 彼の乱入で緊張した空気が緩和されていたが、僕は真剣な表情を取り戻して彼女たちの紹介と、そして昨日からの一連の事情を健吾さんに説明していた。と言っても健吾さんは事の顛末は既に知っている。あくまで一般人として、初めて聞く体裁を保ってもらうためにだ。だから彼にとって必要なのは、今の千聖さんが何かに勘づき始めているという事だった。一通りの説明で各々の状況を理解してくれたのか、健吾さんはこちらに「任しとき」と言わんばかりにアイコンタクトしてきた。

 

「警察の捜査が、なぁ……確かにそれはおかしいわ」

 

 健吾さんは一体この場をどう収めるつもりなのだろう。そう考えていた時、彼は思いもよらない事を口に出した。

 

「はい、ですから──」

 

「それについて俺が何か知ってるとしたらどうする?」

 

「──はい?」

 

「え?」

 

 ──何言ってるんですか健吾さん?

 

 そう口に出したかったが、驚きのあまり言葉にできなかった。わざわざ自分を関係者ですと名乗っているような発言に、先ほどの説明が無駄になったようで頭を抱えそうになった。当然のことながら、テーブルにつく全員の視線が彼に釘付けになっていた。

 

「それは真面目に言っているのですか? 私たちは真剣に──」

 

「大真面目や。警察の捜査の件も、顔にステンドグラスみたいな模様が浮かぶ存在についても、全部な」

 

「──っ、なんでそれを……」

 

 今この場で彼に説明した話に、顔にステンドグラスの模様が浮かぶ人の話は出てきていない。故にそれは僕たちの説明とは関係なく、彼自身が得た知識によるものだと考えるしかない。だからこそ、全てを知ると言う彼の言葉に説得力が生まれてしまう。そして僕も確信してしまった。彼は今この場で、彼女の注意を全部自分に集中させようとしているのだと。

 

「やけどな……千聖ちゃん、でいいよな? 一つええか?」

 

「な、なんですか……」

 

 テーブルの上で少しだけ前のめりになり、健吾さんは身体を千聖さんに近づける。その瞬間、明るい雰囲気を保ち続けていた健吾さんの顔から笑みが消えた。

 

「子どもとちゃうんやから、大人が『こうだ』って言ったことにいつまでもしつこく突っかかっていったらロクなことにならへんで。そのくらい分かるやろ?」

 

「それは……」

 

 まただ、と僕は内心で溜め息を吐く。僕が相手の敵意を誘いそうになった時、いつも健吾さんは自分が悪役になって注意を僕から逸らそうとする。健吾さん自身は「俺がやりたいからええんや」と僕に気を遣って全部引き受けてくれるが、こんな優しい彼を相手に誤解されるとなると僕は正直苦しい。いくらそう説明しても今回みたいに止めようとしないのが、彼の良いところでもあり悪いところでもある。

 千聖さんは悪役になりきった健吾さんの、半分脅すような言葉に言い返すことができないのか、しばらくの間口を閉ざしてしまう。

 

「そうですね……私も経験上、大人の事情には口を挟みすぎないことが先決だと思います」

 

「そういうこと。下手に探りすぎて、後戻り出来んくなってもしゃあないしな」

 

「ええ。あなたの言葉は正しいです。正しいですとも……」

 

 幼い頃から芸能界で生きてきて、大人の事情と長い間付き合ってきた自身の経験からか、千聖さんは健吾さんの言葉に賛同していた。しかしその顔はあからさまに不服そうであり、一切納得していないというのが目に見えて分かった。女優らしからぬ剥き出しの感情を表面に残したまま、千聖さんは黙り込んでしまう。

 

「悪いけどこの話はここまでや。麗牙に話があるからな。これで代金払っときや」

 

 僕たち四人分の代金より少し多めの額をテーブルに置き、健吾さんは僕をカフェの外へと連れ出した。その際、日菜さんは興味深げな顔で、しかし千聖さんは鋭い目で健吾さんの背中を射抜いていた。

 

「健吾さんっ、何もあんな風に言わなくても……」

 

「うっさいわ。そもそもお前がもっとしっかりした説明出来てたらこんなこと言う必要も無かったわ」

 

「うっ……そ、それは……面目無いです……」

 

 店から出て直後、真実だが痛いところを突かれて僕も先ほどの千聖さんのように口を閉ざしてしまう。こうして健吾さんが悪役を引き受けてしまうのはひとえに僕が未熟であるからだ。だけどそんな僕をずっと支え続けてくれたのが健吾さんでありキバットであり、アゲハや次狼たちでもある。

 

「まあ、お前がいろいろ至らんくてもそのために俺らがいるんやからな。麗牙の一生は俺らよりずっと長い。じっくり成長したらええんや……あ、俺が死ぬまでには立派になっててくれよな?」

 

「さ、流石にそれまでは一人前になってますって」

 

「ホントかなぁ〜? あー心配やなー」

 

 いつの間にか彼の言葉からは棘が消えていた。どれだけ厳しい言葉をかけようとも、そこには必ず優しさがあった。それを感じているからこそ、僕も彼らといることに心地よさを感じているし信頼もしている。だからこそ、僕は彼らの期待に応えるためにも大きくならなければならない。

 

「さて、この話はここで終わりや。とりあえずは本題やな。まあ、言うていつもとそんな変わらん内容やけどな」

 

 そう言って少しだけ真面目な顔を浮かべ、健吾さんは静かに告げた。

 

「アゲハからの伝言や。最近この街に入り込んだ例の集団、やっぱりクロやったって。気ぃ付けぇや麗牙、恐らく連中もお前のこと狙ってるやろから」

 

「そうですか……分かりました。ありがとうございます。後でアゲハにも聞いてみます」

 

 キングとしてファンガイアの掟を守るため、掟に背く者、そしてキングに背く者の調査は欠かせない。故にこうしてアゲハが調べを付けて僕に知らせるのは日常茶飯事なのだ。今日は珍しく直接ではなく健吾さんを通じての連絡である点が気になるが、彼女なりの理由があるのだろう……と、そこで僕はアゲハが今仕事中だということを思い出す。仕事と言ってもファンガイアとしてのではなく、人間社会の中での仕事──もといバイトだけど。

 

「じゃ、俺はアゲハんとこに戻るわ。祈りは一人でも多い方がいいしな」

 

「そうですね。僕も僕で行くところがあるのでこれで」

 

「おう。麗牙、また後でな」

 

「はい、また後で」

 

 手を大きく振って健吾さんは僕から遠ざかっていく。僕もこの後は個人的に行きたいところがあるため、店の裏の駐輪場に停めてあるマシンキバーへと近付き、ハンドルへと手を伸ばそうとした、その時だった。

 

「ライガっ」

 

 背後から日菜さんの呼ぶ声がしたので手を止めて振り返る。そこにいたのはいつものような笑顔あふれる快活な少女……ではなく、いつもよりも態度を落ち着かせ真剣な表情を浮かべた日菜さんの姿がそこにあった。

 

「日菜さん……」

 

「ライガ。あたしさ、行きたいところあるんだ。連れてってくれるよね?」

 

「……分かりました」

 

 どこかでそんな気はしていた。普段何を考えているか分からないと言われる日菜さんだけど、真っ直ぐ真剣な目で僕の目を見つめる彼女が何を考えているかはすぐに分かった。故に僕はそんな彼女の願いを下げることは出来なかった。彼女の行きたい場所は言われずとも分かっていたから。

 

「じゃ、後ろに乗ってください」

 

「やったっ。バイク初体験だ」

 

「はい、ヘルメット。僕の腰の部分しっかり掴んでてください」

 

 運転中は僕と同じように身体を傾けて、と友希那さんを後ろに乗せた時と同じ説明を日菜さんにもする。はーい、と言葉だけは楽しそうにする日菜さんだけど、その心からは彼女の笑顔ほどの楽しそうな音楽は流れていなかった。

 

「(仕方ないよね……)じゃ、行きますよ」

 

 日菜さんが僕の腰部分を掴んだのを確認してアクセルを開け、紅の鉄騎は音を立てて走り出した。

 

 

 

 

 そんな僕らの背後で、店から出てきた千聖さんがゆっくりと健吾さんの跡をつけ始めていたことなど、その時の僕はつゆ知らなかったのだが。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「(思っきり付けられてんなぁ……)」

 

 麗牙と別れて歩くこと数分。俺は自分が誰かに跡をつけられていることに気付いていた。チラリとカーブミラーで背後の人影を確認してみたが、追跡者の正体はやはり千聖ちゃんだった。あんなことを言ったばかりだというのに、その行動力にはほとほと驚かされる。とは言え、俺の跡をつけたところで彼女の欲しい答えにはきっと辿り着けないだろう。だから俺は自分を尾行する千聖ちゃんに気付きながらも、特にどうこうするわけでもなくされるがままにしていた。どうせなら今から自分が行く場所に彼女も来て欲しいと思っていたからだ。

 

「うん?」

 

 それからしばらく歩き続け、目的地が眼前に迫った時、見知った顔が俺の視界に映り込んでいた。明らかに入りたそうにしているが、その建物から溢れる雰囲気に飲まれて中々脚が出ないでいる二人組だった。しかし、確かに普通の日本人には少し抵抗があるだろう。一本の小さな塔が聳え立つ西洋風の石造りの建造物。塔の先に十字架が立てられたそれを一言で言うなら……教会だ。

 そんな教会の入り口付近で足を踏み出せず手を拱いているのが、Roseliaのあこちゃんと燐子ちゃんだった。目に入ったものは仕方がないのでとりあえず声をかけることにするか。

 

「よっ。あこちゃんに燐子ちゃん」

 

「わっ、健吾さん! こんにちは!」

 

「こ、こんにちは……」

 

「どしたんやこんなところで? 入りたいなら入ればええやん。神は全てを受け入れる、何者も拒まないって言うしな」

 

「そ、そう、ですか……?」

 

 一体何に惹かれて教会に興味を持ったかは知らないが、今この聖堂は自由に解放されている。誰もが自由に出入りして祈りを捧げても問題はない。というか教会は元々そういうところだ。

 

「俺もちょうど行くところやったしな。せや、ちょうどいいし一緒に入るか?」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「おお。ただし、私語は厳禁やで。皆が祈りを捧げる場所やからな」

 

「は、はい……あっ」

 

 二人と一緒に聖堂に入ることに決まったところで、あこちゃんが何かに気付いたように声を上げる。俺の後ろを見て驚きと、嬉しそうな顔を浮かべてあこちゃんは叫び出した。

 

「お〜い! ちさせんぱ〜い!」

 

「はっ、しまった……」

 

 俺を尾行している千聖ちゃんを見つけたあこちゃんは、そうとも知らず大声で叫んで彼女を引っ張り出してしまった。当然俺は気付いていたから面白い反応はないが、千聖ちゃんは遠目でも分かるほどに顔が引きつっていた。あ〜あ、せっかくの美人が台無しやわ……。いや、俺は面白いからそれはそれでいいと思うけど。

 しかし千聖ちゃんもここで逃げるわけにはいかないのか、潔くその姿を晒してこちらへと歩いてきた。

 

「さっきぶりやな千聖ちゃん。どうや? 千聖ちゃんもここで祈りでも捧げてかんか?」

 

「あなたね……」

 

「ねっ、ねっ、行きましょう。ちさ先輩っ」

 

 少しばかり挑発気味に声をかけるが、それに反応する前にあこちゃんの声で千聖ちゃんの表情から毒気が抜けるような感じがした。まさかあこちゃんからも誘われるとは思っていなかったのだろう。俺としては別にどっちでもええんやけどな。静かにしてくれれば。そんな彼女の答えを急かすように、俺は一人聖堂へ向けて足を踏み出していた。

 

「じゃ、俺は先に行っとくで」

 

「あっ、待ってください。りんりん行こっ」

 

「う、うん」

 

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいってば」

 

 俺を追うようにして三人とも教会の敷地内へと足を踏み入れた。ここから先は彼女たちにとっては未知の空間であり、また教会という聖なる場所であるからか、皆あからさまに口数が少なくなっていた。まあ、私語厳禁と言ったのは自分であるわけだし仕方ないのだが。そして閉じられた扉を開き、俺たちは聖堂の中へと足を踏み入れる。

 

「わぁ……」

 

「ふぁ……」

 

 聖堂に入った俺たちを向かい入れたのは、壁一面に張り巡らされた巨大なステンドグラスだった。陽の光を受けて煌びやかに輝くそれは色鮮やかに俺たちの目に映り込み、至る者全てを幻想の中へ誘うような魔性の魅力が込められた神話のようであった。その圧倒的な存在感に、あこちゃんたちは思わず溜め息を吐いていた。先ほどまで不機嫌を隠すことができなかった千聖ちゃんでさえ、そのに美しさに目を奪われて感動しているようであった。

 だがいつまでも扉の前で突っ立っているわけにも行かず、俺は歩き出す。差し込む光によって床までステンドグラスのように彩りが加えられた絨毯の上を、俺の後に続く彼女たちは尊いものであるかのように踏んでいた。

 

「っ、あの人……もしかして……」

 

 俺に続いて彼女たちも長椅子に腰掛けた時、燐子ちゃんは何かに気付いた。彼女の視線は、今もこの聖堂内で響き渡っているパイプオルガンの奏者に向けられていた。ステンドグラスの下の大きな楽器を奏でている小さな彼女を、燐子ちゃんとあこちゃんは知っていたからだ。

 

「アゲハさん……?」

 

「そっ。アゲハここでよくオルガン弾いてんねん」

 

 周りの客に迷惑がかからないよう小声で伝える。TETRA-FANGのキーボード担当として、そしてキングである麗牙の側近として活動する傍らで、アゲハはこうして教会の演奏を任せられることがある。魂を鎮めるレクイエムを奏でるために……。

 昨夜、四つの命が天に還られた。いずれも人知れずこの世を去った者ばかりだが、全員が知らないわけではない。彼らを覚えている俺らだけでも彼らの魂が神の元へ還ることが出来るよう、こうして祈りを捧げるのがここに来る目的だ。

 

「……」

 

 故に俺は聖堂の巨大なステンドグラスを仰ぎ見て両手を組む。そこに描かれた神の元へ、神の世界へと彼らが無事に辿り着けるように。きっと今も鍵盤を弾き奏でているアゲハも同じ気持ちであるはずだ。

 

 ──全ての魂に救いあれ。

 

 そんな俺の気持ちが伝わったのだろうか。隣に座っていた彼女たちも、同じように静かに祈りを込めているのが感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが……『イクサ』か」

 

 祈りが捧げられる神聖なる場において、不敵に口走る無粋な輩がいることなど、その場にいる人間は誰も気付くことがなかった。

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