ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『みんな知ってるか~? 寝る時に羊を数えるのは、英語で「Sheep(シープ)」と「Sleep(スリープ)」が似てるからだそうだが、実際のところ脳が冴えてしまって眠るには逆効果らしいぞ。気を付けろっ』

「久しぶりだねキバットリビア」


第27話 少女と羊のエピローグ

 森の中で太陽の木漏れ日が地面を優しく照らし出し、花は笑い、鳥は歌い、風は優しく吹いている。そんな温かく柔らかな空間の中で、僕の手の中にあるブラッディローズは歌うようにメロディを響かせていた。昨晩、僕の目の前で二つの異形の命が散った。今僕が奏でているのは、そんな彼らに贈るレクイエムだ。今も僕の演奏を見守る日菜さんを最期まで護ってくれたあの青年に。僕の怒りのまま、無情に斃すことしかできなかったあの異形に。既に亡くなった魂に、僕の勝手な価値観で優劣をつけることはできない。だから僕は彼らに同じように祈りを込めた演奏を捧げているのだった。

 

 ♪〜〜♬〜〜||

 

 静かに弓をヴァイオリンから離し、鎮魂を込めた音色が森に沈んでいく。普段ならばこのように現場でブラッディローズを奏でることはない。本来なら自分の家で、どこにもいない魂に向けてこの名器と共に祈りを捧げていたことだろう。

 しかし今回は彼女がいた。

 

「ライガのヴァイオリンってすっごく綺麗だよね。聴いてるだけでるるんってなるし」

 

「ありがとうございます」

 

 静かに僕の演奏を見守っていた日菜さんが、祈りの調べが終わった途端に僕に話しかけてきた。一応はレクイエムを奏でていたはずだが、そんな音色にも彼女の心を惹きつける魅力があったようだ。

 

「……ここなんだよね、あたしが連れてこられたの」

 

 しかし日菜さんの眉は少し垂れ下がり、その笑顔に陰りが差し始める。そしてこの場所は彼女が連れてこられたというよりは、彼が散華した場所という方が正しいか。だが日菜さんの意思を汲み取った上で、僕は彼女をここに連れてくるのが正しいと踏んでいた。

 

「はい。あの人が最期にいた場所……ここに来たかったんですよね、日菜さん」

 

「……うん」

 

 当初日菜さんが僕に頼んで行きたい場所と言ったのは、自分が連れ去られた場所だった。しかしその言葉の裏で彼女が本当に行きたかった場所はここ……彼の死に場所であった。そんな回りくどいことになったのも、「死」という言葉がどうしても心に重くのしかかり、ついに彼女の口から出すことが出来なかったためである。だから今の彼女の反応で僕の予想が間違っていなかったことが分かり、少しだけ安心していた。

 

「あたしね、昨日は気付いたらライガの背中の上だったから何も見てないんだ。でも、ライガとおねーちゃんの話でね、何となく分かっちゃった……ううん、分かったっていうより、感じちゃったかな」

 

 自分を攫った人が土壇場で踏み留まり、悪い人から自分を助けて命を失ったこと。僕と紗夜さんの会話の中で日菜さんはそれを知ってしまった。彼女の言葉を信じるなら、言葉の意味よりもフィーリングで理解したのだろう。いつしか日菜さんの表情から笑みは消え、見たことのない真剣な目を僕に向けていた。

 

「ねぇ教えてライガ。あの時何があったのか、詳しく」

 

「……僕も、全部は見てないけど──」

 

 日菜さんの真剣な眼差しに覚悟を決めた僕は、心の中で彼に謝罪して知りうる限りのことを彼女に話した。彼女に嘘は通用しないと、何故だかそう信じざるを得ない空気がそこに漂っていたから。

 彼が人間じゃない怪物だと言うこと。その事実を知り、全ての彩りを失った希望の無い日々の中で日菜さんを見つけ、世界に色彩と希望が蘇ったこと。初めて抱いた恋心が抑制出来ずに日菜さんを追い始めたこと(流石に彼女の行動の全てをメモしていたことまでは言えなかったが)。悪い怪物に唆されて日菜さんを誘拐してしまったこと。そこからは想像だが、怪物からの何らかの指示に反したことで日菜さんを連れて逃げようとしたのだろうということ。そしてこの場所で追いつかれ、日菜さんを庇って身体を貫かれたこと。最期に日菜さんに向けて礼を告げて、笑顔で砕け散ったこと。

 

「彼については……ここまでです」

 

 彼に関して僕が知る限りの全てを日菜さんに話していた。思い出すだけでも胸が締められる思いがするが、彼のためにもそこから目を逸らすわけにはいかない。人ならざる異形の存在なんて面食らってしまうだろうが、既に顔にステンドグラスの模様を見ている彼女なら分かってくれると期待している部分もあった。しかしだ。

 

「どうですか? 信じられます?」

 

「うん、信じるよ。ライガが嘘付いてないってことは分かるもん」

 

 日菜さんがあまりにも物分かりが良すぎて僕の方が面食らってしまった。

 

「それに今のライガ、すっごく悲しそうな顔してるもん。全然るんってしてない……そんなの、あたしまで同じ気持ちになっちゃうよ」

 

 その言葉の通り、日菜さんの心からは昨日のように雨が降るような悲しい音が奏でられていた。僕の心の音楽に共鳴するように奏でられた、彼女らしくない静かな旋律だった。

 

「じゃああの人、やっぱり悪い人じゃなかったんだね」

 

「はい」

 

 彼は悪人ではなかった。それは確かだ。だから日菜さんの質問には肯定で答えるが、僕には彼女はどこかそう答えてほしそうにも感じられた。そして、自分を責めてほしそうにも感じてしまった。

 

「あたしのこと好きだったんだよね」

 

「はい」

 

「なのに、もう会えないんだよね」

 

「……はい」

 

「……あたしのせいかな」

 

「違いますっ」

 

 重く問いかけるその言葉を僕は即座に否定した。今回の件で日菜さんには何の非もない。決して彼女が責任を感じる必要はないのだ。しかし日菜さんの顔は晴れることはない。彼が望まなかった日菜さんの曇る顔を、この地で見せることはしてほしくなかったのに……。

 

「日菜さんに悪いところなんかありません。絶対にです」

 

「だって、あたしのことを好きになっちゃったからこんなことになったんだよねっ? もしあたしのこと知らないままだったら……」

 

「っ、日菜さん!」

 

 らしくなく自分を責める日菜さんも仕方なく思うが、最後の言葉には我慢ならず叫んでしまった。日菜さんのことを知らないままだったら? そんなもの彼にとったら何の価値もないifの話だ。大切だと思える人と出会わないまま生きる長い一生よりも、その人と出会える短い一生の方がずっと価値があるものだ。ましてや長い年月を生きるファンガイアにとってそれがどれだけ重要なことか……いや、彼女にはまだファンガイアの詳細については話していないけど、たとえ人間だとしても同じ結論に至ると僕は信じている。もし僕が健吾さんやアゲハ、次狼と出会わなかったことを考えると今でもゾッとする時がある。

 だからこそ日菜さんには、彼がどれほど満たされていたかを知っていてほしかった。

 

「彼は日菜さんに会えたことに本当に感謝してました。日菜さんを守れたことにもどこか誇らしげで、だから最期にも笑っていたんです。すごく温かな顔で『ありがとう』って日菜さんに言ってました。日菜さんを知ることができたのが彼にとっては奇跡だったんです。だから彼のためにも、日菜さんは自分を責めたらダメです」

 

「奇跡?」

 

「はいっ、自分にとって大事な人と出会うことの大切さ、日菜さんもよく分かっているはずです。パスパレのメンバーや他の友達、それに紗夜さんとも出会えない人生なんて生きたいですか?」

 

「イヤだよ! そりゃあ確かに今と違う人生も楽しそうだけど、おねーちゃんたちと一度も会えないなんてそんなの絶対にイヤ!」

 

 僕の挑発するような質問に日菜さんは大声で拒絶する。彼女も大切な人と会えない一生の怖さを理解していたのだ。それを聞いて少し安心し、僕は短く息を吐く。

 

「そういうことですよ。だから彼も日菜さんを知ることができたこと、絶対に後悔してません。貴女がいたから、彼も幸せだったんです」

 

「そうなんだ……でもだからってあんなこと聞かないでよ! ライガのイジワル……ふんっ」

 

 そこまで彼女の機嫌を損ねるような質問をしたつもりではなかったけど、彼女の表情を一切見せない怒り方のために一見お冠のように見える。ただ、彼女の心の音楽は先と比べて随分穏やかになっているように聴こえるため、彼女の態度がフリだと直ぐに分かったが。全く、この人は女優としても才があるようだ。

 

「……」

 

 しかしそんな態度も長く続かず、日菜さんは振り向いて先ほど僕が音を奏でていた方へと歩み寄っていた。そして瞳を閉じ、天から溢れる木漏れ日に向かって両手を合わせる姿を見せ、それが祈りを込めているのだとすぐに分かった。

 

「ありがと……」

 

 彼女の口から出たのは謝罪ではなく、感謝の言葉。もはや確認を取ることは叶わないが、それは彼が欲しかった言葉に違いないだろう。

 

「あたしのこと守ってくれて、ありがとう」

 

 申し訳なさそうな顔ではなく、彼が好きだった日菜さんの笑顔と共にその言葉が森の中に溶けていく。その時の日菜さんは表面だけでなく、その心も同じように笑っていた。

 

 だからだろうか、僕らの頬を風が優しく撫でるように吹いていた。

 

 まるで風が笑っているようだと僕は感じていた。

 

 どこにもいないはずの彼の魂に想いが届いたのだと、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライガもありがとっ。いろいろ教えてくれて」

 

「うん……そうだね」

 

 祈りを終えた日菜さんは振り向いた直後、僕にも礼を言ってくれた。しかし僕は彼と違って彼女に礼を言われるようなことはしていない。彼女を守ったのは彼で、僕はそれを伝えただけだ。それどころか彼のピンチに間に合わず、結局助けることが出来なかった情けない男なのに……。だから僕は彼女の礼には言葉を濁しつつ返す。

 

「でもあたしさ、恋なんかしたことないからその人の気待ちはよく分からないんだ。でね、もしあたしが誰かに恋してもさ、その人は怒ったりしないかな?」

 

「……ははっ、大丈夫ですよ。彼は日菜さんの笑顔が見たかったんだから、日菜さんが幸せなら彼も喜ぶと思います」

 

 彼はその気になればその場で日菜さんを好きなように出来たはずだが、それをしなかった。彼の純真な心に触れたから分かるが、ただ純粋に日菜さんの笑顔が好きだったんだ。だから自分が助からないことを覚悟で、彼は刃をその身で受け止めた。そんな彼のことだ、きっと彼女の恋も温かく見守ってくれるだろう。

 

「そーなんだ……ライガは恋って分かるの?」

 

「実は僕もまだ勉強中です」

 

「そっかー。じゃあ、もしあたしが先に知ったら教えてあげるねっ」

 

「頼もしいですね。楽しみにしてます」

 

 恋とは日菜さんにも未だ理解し得ない感情だったようだ。今も「これが恋だ」と断言できるものが分かっていない僕にとっては、共に学ぶ同士ができたようで内心嬉しかったりしていた。

 

「ふぅ……」

 

 今一度、静かに息を吐きながら森を見渡す日菜さん。その顔にはいつものような晴れやかな笑顔が戻っていた。これで日菜さんの問いには答えられただろうかというところで、彼女は思い出したかのように身体を跳ねさせ、こちらに振り向いて問いかけてきた。

 

「あっ、そう言えばもう一つだけ分からないことがあるんだ。ライガはさ、その悪い怪物の元までやって来たんだよね? その悪い怪物ってどうなったの? ライガはどうやってあたしを助けたの?」

 

「今聞くんだ……」

 

 本当なら一番最初に聞くべき内容なのに、今まで話題を取っていたのは話すタイミングが掴めなかったからだろうか。いつ聞かれるかと思いながら結局聞かれずじまいで、心が緩んでいる時に突然訊ねられて少し驚いてしまった。

 しかしここまで来て隠し事をするのもおかしな話のため、僕は彼女に真実を話すことを決意した。

 

「僕も同じなんです。僕も彼と同じで、人間じゃない……怪物です」

 

 そう告げて、日菜さんが見たものと同じように顔にステンドグラス状の模様を浮き上がらせる。しかし日菜さんの反応は僅かに目を見開いただけで、特に大きく驚くようなことはなかった。それどころか、彼女の瞳がキラキラと輝いているように見え、その心の音も高鳴っているのが感じられた。

 

「すっごいキレイ……」

 

「……ぁ、ありがとう、ございます……」

 

 ゆっくり僕に近づき、色鮮やかに彩られた顔を見つめて呟く日菜さんに僕はたじろいでしまう。ここまで面と向かって綺麗と言われたことなんてそうそうないし、何よりファンガイアの証であるこの顔を見て人間にここまで好意を抱かれるのは随分と久しぶりだった。

 

「そ、そんなに綺麗ですか?」

 

「うんっ! すっごくカラフルだしっ、なんかワクワクするもん!」

 

「そ、そういうものですか……」

 

「あーなんでやめちゃうのー? 照れてないでもっと見せてよー」

 

 ここまで素直に喜ばれて顔が熱くなり、羞恥が優って模様を収めてしまう。生憎頻繁に見せるものでもないため彼女には悪いがここまでにしてもらおう。大事なのはここからなのだから。

 

「ライガも彼と同じで、いい怪物だったんだねっ」

 

「僕はそんなにいい怪物じゃないですよ。むしろ、昨日の悪い怪物なんかよりよっぽど恐ろしい怪物です」

 

「ふーん? そうは見えないなー」

 

「だって、その悪い怪物は僕が斃したんですから……」

 

 そこまで言って、いつもの明るい雰囲気に戻っていた日菜さんの空気がまた静かになる。しかしここまで知った彼女には聞かせなければならない。彼という怪物の正体、その怪物の王様である僕、王の纏う鎧の話も。

 

「僕らはファンガイア。昔から『吸血鬼』として人々に語り継がれてきた存在です」

 

 そして彼女がさっきのように恐れないことを祈りながら、僕は彼の元に走り着いた後のことを話し始めた。




羊と少女の話はこれにて終幕です。
次回、健吾たちに魔の手が……?
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