ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

29 / 168
『深い森の中で、麗牙は日菜に純真な怪物の最期の時を告げる。全てを知った日菜は怪物を想い、彼に向けて言葉を捧げるのだった』


第28話 綾野健吾という男

「で、いつの間に女の子侍らせるような偉い身分になったのかなこのギターバカは」

 

「うっせ、成り行きや成り行き」

 

 聖堂にて祈りを捧げていた俺たちは、演奏が終わったアゲハに誘われて教会の奥の部屋で休憩をとっていた。聖堂では別の誰かが鍵盤を弾いているのか、パイプオルガンの荘厳な音色が今も止むことなく俺たちの耳に響いている。だが部屋に入って開口一番のアゲハの言葉がこれだ。別に好きで侍らせてるわけやないし俺にハーレム願望なんてない。一応これでも神に仕える聖職者の端くれみたいなものであるわけだし、これと決めた一人の娘以外に身を捧げる気はない……別に今そんな娘がいるわけではないのだが……。

 アゲハも本気でそんな事を思っておらず、興味の対象はまだ彼女に紹介していない千聖ちゃんへと向けられていた。

 

「そう言えば貴女、どこかで会ったことあるかな? なーんか見たことあるような気がするんだけど……?」

 

「初めまして、白鷺千聖です。芸能事務所に所属しているから、出演した番組で見たとかじゃ……」

 

「ああっ! そうだ白鷺千聖ちゃん! 結構前からドラマに出てたよね! 知ってる知ってる! わぁ〜まさか芸能人と会えるなんて……ねぇ健吾?」

 

「(『チェックメイトフォー』の一人が何を言ってんねん……)へぇ、そんなに有名な人やってんな千聖ちゃん」

 

 実のところ、先ほど麗牙から彼女のことを紹介されても彼女が芸能人だとは気付かなかった。俺も麗牙も決してテレビに疎いというわけではないが、互いに知らなかったために俺は当初彼女はまだ駆け出しかなのかと思ってしまっていた。しかしアゲハの反応を見る限り、この見た目で結構キャリアのある娘らしい。だからたまたま目に入らなかっただけなのだろうと勝手に自分を納得させる。

 

「そうだよっ! もう何言ってんのよこのギターバカっ! ごめんね千聖ちゃん、ウチの世間知らずのアホの言葉なんか気にしないでね。あ、自己紹介まだだったね。私は羽畑アゲハ。一応この金髪とバンド組んでるんだ。燐子ちゃんと同じキーボード担当でっす、イェイ」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。知らなかったことに関しては全然気にしてませんから。それよりもバンド、ですか? 紅さんもそうでしたけど、羽畑さんもとてもそうには見えなくて……。聖堂であんな大きな楽器で厳粛な演奏をしているのを見た後だと余計に」

 

「それな。分かる」

 

「うっさい健吾。『アゲハ』でいいよ千聖ちゃん。千聖ちゃんの呼びやすいように呼んでくれていいから。まあ、私たち結構変わり者チームだからねぇ。TETRA-FANGっていう四人組のバンドやってるんだ。でさでさっ、明後日の土曜日にさ、Roseliaと合同ライブする予定なんだっ。よかったら見にきてよ」

 

 紹介のついでに自然な流れでバンド活動の宣伝をするアゲハに少しだけ笑みが溢れてしまう。人のことをギターバカだの何だかんだ言ってもTETRA-FANGが好きなのはアゲハだって変わりはない。まあ、俺らが変わり者集団っていう点には異論はないけどな。何せ人間も俺一人だけだし。

 

「あこちゃん風に言うならアレやな。俺以外全員闇属性って感じのグループやな」

 

「えっ、健吾さんは違ったんですか? TETRA-FANGなんて如何にも『闇の力』って感じでみんなカッコよかったんですけど」

 

「俺はそうやな……言うなれば全てを光照らす、聖属性とか──」

 

「普通に光属性でいいでしょが。って言うか私にまで変なこと言わせないでよ恥ずかしい」

 

「──まあ、そんな感じ? ははっ」

 

 柄にもなくカッコつけようとしてアゲハに阻まれる。しかし普段から素で闇の力ムーブかましてる彼女に言われても正直腑に落ちないが、あこちゃんたちの手前ぐっと言葉を飲み込む。しかし、そんな俺たちのアホなやり取りを見ていた千聖ちゃんはいつしか破顔していた。

 

「……くすっ。二人とも仲がいいのね。本当にいいバンド仲間って感じ」

 

「誰がや」

「誰がよ」

 

「おお、被った」

 

「ふふ、意外とありそうで見ないわよね、こういうタイプのメンバーって」

 

 どういうタイプのメンバーやねん、と内心千聖ちゃんにツッコむ。というか俺はアゲハと話すと大体こうなる。嫌いではないし無関心にもなれないが、好きかと聞かれると反応に困ってしまう。初めて会った時から、気が合うのに反りが合わないといったよく分からない関係がずっと続いていたからだ。

 

 更に言うなら俺は以前コイツにボッコボコにされた記憶があるからいつかやり返してやる、と今でも思っていたりする。麗牙に迷惑がかかるから本気で実行しようとはしていないし、その事を口にするたびに挑発されるので俺もあの件は出来る限り忘れようとはしているのだが……。

 

 ……話がズレてしまったが、周りの人間から見れば俺たちはどう見ても仲良しバンド仲間になってしまうのだろう。ならばそれに越したことはない。TETRA-FANGが好きなのは俺もアゲハも同じだ。わざわざそれを否定してしまうのも野暮なことだと、俺は特に不満も述べずに彼女たちに笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 その後も少しだけアゲハと彼女たちのガールズトークが続いた後、もはや用はないと見た俺は教会を後にしようとした。

 

「あの……わたし、もう少しだけここにいていいですか……? アゲハさんと……もっと話していたいので……」

 

 しかし俺に続いて教会を後にしようとする一同の中で、唯一残りたいと言い出した燐子ちゃん。やはりキーボード担当同士、語らいたいことでもあるのだろうと、俺は特に彼女の目を見ることなく「好きにしたらええで」と、彼女の話し相手のアゲハと友達のあこちゃんの方を見ながら答えた。

 

「……?」

 

 俺を見る千聖ちゃんの怪訝そうな顔に気付きながらも俺は部屋から退出し、教会の少し大きな門の外へと出て行く。

 

「さて、今日はここらで解散やな」

 

 夜になるまで特に用事はなく、これ以上彼女たちを付き添わす理由もないので俺らは手を叩いてそう宣言する。

 

「健吾さんはこれから用事でもあるんですか?」

 

「んー、今すぐにはないから、とりあえず暇つぶしに楽器店でも寄るかなって」

 

「あっ、じゃあ江戸川楽器店行きましょうよ! あこもちょっと見てみたいなと思ってましたし!」

 

「ほぉ奇遇やな。よし、じゃ行きますか」

 

「やったーっ!」

 

 俺の言葉の一つ一つに嬉しそうに反応するあこちゃん。その姿が健気で可愛らしくて、なんだか急に妹が出来たようで少しくすぐったくなった。妹ってこういう愛らしいものなのだろうか? 一人っ子の俺にはよく分からない。また麗牙やキバットに聞いてみようか、二人とも妹持ちだし。そう考えていたところで俺は後ろを歩く彼女の視線に気付く。

 

「どうした千聖ちゃん? 俺と一緒に来てもおもろいことなんかなんも無いで?」

 

「いえ、そうじゃなくて少し気になったことが」

 

「気になったこと?」

 

「はい。綾野さん、さっきから全然燐子ちゃんに目を向けようとしてませんでしたけど、何かあったんですか?」

 

「えっ? 俺が?」

 

 千聖ちゃんの突然の指摘につい声が裏返ってしまう。そんなつもりは全く無かっただけに、彼女の言葉の驚愕は今日一番のものだった。

 

「健吾さん、りんりんと何かあったんですか?」

 

「いやいや、別に何もないし無視するつもりもなかったけど……え? そんなに見てなかった俺?」

 

「ええ。私が違和感を覚えるくらいには」

 

「あ〜……そりゃ悪いことしたなぁ。今度会った時に謝っとかなな(無意識……やろなぁ……)」

 

 敢えて無視するなんてことをした覚えはこれっぽっちもないが、そうなってしまった理由に心当たりはある。まさかとは思ったが、どうやら俺は心の奥底で彼女を避けようとしていたようだ。

 

「本当に何も無いのですか?」

 

「何もない何もない! 燐子ちゃんにもいっぺん聞いてんって(……少なくとも俺はな)」

 

 何かあるのは俺ではなく麗牙だ。しかしそれが燐子ちゃんと関係していると知るのは俺しかいない。燐子ちゃんも麗牙も、アゲハも次狼もキバットだって知らない俺だけが知る真実。麗牙にトラウマを与えるきっかけになった幼き日の出来事を全て知る俺だからだろうか。燐子ちゃんが全て悪いとは思っていないが、親友を傷付ける原因になった彼女を俺は心のどこかで恨んでいたのかもしれない。

 

「そう、ですか……」

 

「そうそう。でもありがとな、教えてくれて」

 

「よかった〜何もなくて」

 

 ごめんなあこちゃん。ホントはめっちゃあるんだこれが。しかしきっかけはともかく、自分の奥底の気持ちに気付かせてくれた千聖ちゃんには感謝しなければならない。このまま彼女を恨めしく思う感情に気付かなければ、いつか自分がとんでもないミスをやらかしていたかもしれないからだ。とりあえず今の出来事から明日からの身の振り方をもう一度見直そうと思う。

 

「まあそんなに心配やったら、明後日の俺らのライブ見に来たらええやん。絶対に盛り上がることは保証するから」

 

「うんっ、ちさ先輩も見に来てよ! TETRA-FANG、ホントにカッコいいんだから!」

 

「Roseliaもな。そしてその最初のコラボが薔薇と牙の饗宴、題して『Rose Fang Party』や。はい、これチケット。仲間のよしみって事でタダでええわ」

 

「ええっ!? 悪いですって、ちゃんと払いますから」

 

 懐からいつか必要になるだろうかと取っておいていたチケットを千聖ちゃんに渡す。このまま当日まで使わず仕舞いにするのも勿体無いし、何よりせっかく知り合えたのにこういう時に紹介出来なくて何がバンドマンだという気持ちもあったからだ。

 

「ええってそんなん。お近づきの印みたいなもんやから。それとも千聖ちゃん、何か予定とか入ってた?」

 

「い、いえ、時間は空いてるから見にはいけるけど……本当にいいんですか、これ?」

 

「男に二言はない。貰っときや」

 

「そうですか。ではありがたく受け取っておきますね。あこちゃん、私も当日は見に行くわ」

 

「ホントに!? パスパレのみんなも見にくるかなぁ!?」

 

「ふふっ、そうね。一応みんなにも声をかけておくわ」

 

 おっと、そう言えば千聖ちゃんもバンドを組んでいたんだっけな。とすればメンバー全員分のチケットでも用意した方が良かったかな? 生憎手持ちのチケットは今渡した一枚だけのため、彼女たちのメンバーの分はどこかで調達しなければならない。仕方ないか……。

 

「悪い、あこちゃん。やっぱり予定変更でCiRCLE行こっか。あそこやったらまだ俺らのチケット残ってるやろうし。それでもええか?」

 

「あっ、そうだね。あこたちもこの後Roseliaの練習あるから丁度いいし、全然大丈夫です」

 

「えっ? 何もそこまでして貰わなくても」

 

「そこまでって言うけど、半分は自分のためやで? 千聖ちゃんたちには俺らの音楽を聴いてもらいたいって、純粋にそう思ってるからな。俺らの音楽で度肝抜かされる千聖ちゃんの顔、今から楽しみにしてくらいやから」

 

 言ってしまえばただの宣伝。布教活動なのだが、そこは活動開始から4ヶ月弱の自分たちにはどうしても必要なので目を瞑ってほしい。それに、わざわざ芸能人に知ってもらえるチャンスを不意にできるほど自分は愚かな人間になったつもりもない。

 

「ふふ、あなたって相当自信家なのね」

 

「楽しみになってきたか?」

 

「ええ、それなりに」

 

 薄らと笑みを浮かべて楽しそうに答えてくれる千聖ちゃんを見て、少なからず安堵している自分がいた。さっきは麗牙を守るためとはいえ少しキツいことを彼女に言ってしまったから、尾行されるまでには敵意を持たれていた。そんな彼女が、本心はどうだか分からないが少なくともライブを見にきてくれると言ってくれて心から嬉しく思っていた。やはり俺は聖職者である以前に、根っからのバンドマンなのだと心底感じていた。

 

「じゃ、とりあえずCiRCLEに行こうか」

 

 同じ音楽を嗜む者として、千聖ちゃんとの距離が縮まったことに嬉しく感じていた俺の声は楽しげに跳ねていた。そして全員が先ほどよりも軽い足並みで路地を曲がり、CiRCLEへの道を歩き出した。

 

 

 

 

 そのはずだったのだが……。

 

 

 

 

「……あれ? ここさっき通った……?」

 

 

 

 

 真っ直ぐ歩いていたはずなのに、つい一分ほど前に見た光景が俺たちの前に再び現れていた。

 

「え、また……? こんな道だったかしら……?」

 

 俺も彼女たちもこの道は決して覚えのない道ではない。故に迷う事はなく、ましてや真っ直ぐ歩いて元の場所に戻ってくるなんてことは決してあり得ない。

 

「嘘やろ……(嫌な予感がしてきた……)」

 

 そう、常識的に生きてる人間にとってはあり得ない光景。

 

 しかし、この世の真実を知る非常識の世界にいる住人にとってはその限りではない。

 

「とりあえず向こうの川沿いに進むか」

 

「え、ええ……」

 

 少なくとも目の前に見えている川にまでは辿り着けると踏んだ俺は、二人と共に路地を抜けて広い河原へと歩き出した。

 

 これだけ開けた場所なら、最悪何が来ても対応できるはず。

 

 しかし、そんな俺の外れて欲しかった期待に応えて、目の前に立ち塞がる影があった。

 

 

 

 

「……『イクサ』、だな」

 

 

 

 

 ピシッとスーツ姿の決まっている色白の男性が俺に話しかけてきた。しかし明らかに纏う雰囲気がマトモな人のそれではないと肌で感じているのか、千聖ちゃんとあこちゃんが嫌そうな顔をしているのが振り返らずとも分かった。そんな二人の盾になるように俺は一歩前に進み出て、男の目を睨み返す。

 

「やったらなんやねん」

 

 俺のことを「イクサ」と読んだ時点で大体は察した。

 

 だから──

 

 

 

 

「その力、渡してもらおうか」

 

 

 

 

「二人とも今すぐ逃げろ!!」

 

「ひっ!?」

「きゃぁぁ!!」

 

 ──俺は変化が起きる前に彼女たちへ叫んだ。

 

 直後、男の顔にステンドグラス状の模様が浮き上がる。その異様な光景を目の当たりにした二人の悲鳴が聞こえてきた。しかし本当の変貌はここからなのだ。男の身体が膨れ上がり、次第に五体に人の原型がなくなっていく。

 全身をステンドグラスが張り巡らされたような緑色が目立つ体色。手足や肩には水掻きのような突起物が。喉元には赤く膨らんだカエルの鳴嚢(めいのう)のようなものが施されている。正にカエルの怪物とでも呼ぶべき異形──ファンガイアが俺たちの前に現れた。

 

「な、なに、あれ……」

 

「ええから逃げんかい! 走れっ!!」

 

 俺は懐から銀色の小型の銃を取り出し、蛙の異形(フロッグファンガイア)に向けて発砲した。

 

「ゥグッ!?」

 

 異形は一瞬怯み、その隙に俺は背後の様子を伺う。二人とも怯えてはいるが全く動けないわけでもなく、蹌踉めくような脚でこの場から離れていっていた。よし、このままならば彼女たちに『アレ』を見せることはないと意気込んで、俺は手にした武器──ファンガイアバスターから打ち出す銀の矢の攻撃を再開させる。

 

「ふっ」

 

「チッ。こんなもので相手されるとは、舐められたものだ」

 

「だったらコイツはどうや!」

 

 最初こそ怯ませた銀の矢ももはや牽制にすらならず、敵は軽くあしらい始める。ならばと俺は武器を銃から剣状のものに持ち替え、敵に向かって振るった。

 

「グッ!? 鞭か……」

 

「それだけやないで!」

 

 剣のように見えたそれの刃は宙を飛び、肉を引き裂く鉄の鞭となってファンガイアの身体に牙を剥く。相手が怯んだ瞬間を見逃さず俺はすぐさま接近し、手元に戻った武器──ファンガイアスレイヤーを鞭から剣に変えて敵に斬りかかった。

 

「はっ! ぅらっ! どりゃあ!」

 

 一撃一撃が致命傷になりかねないファンガイアの鋭い攻撃を躱しながら一閃ずつ確実に斬り込んでいく。

 

「ッ、チッ、なかなかやる……」

 

「フンっ!(そろそろ二人は逃げ切ったか?)」

 

 俺の猛攻によってで敵は確実に怯んでいた。背後を振り返る余裕はないが、仕掛けるなら今がチャンスだと感じていた。

 

 俺は懐から金色の装飾が施された、如何にも機械仕掛けのナックルを取り出した。

 

 そして右手で握りしめたそれを、左の掌に押し付けようとした──

 

 

 ──その時だった。

 

 

「それは少し待った方がいいな」

 

「なっ!?」

 

 目の前のファンガイアとは違う、もう一人の男の声が俺の背後から聞こえた。驚愕と共に振り返ると、そこには今しがた自分が対峙していたのと色が違う二人のフロッグファンガイアがいた。そしてその手にはそれぞれ、先ほどここから逃がしたはずの千聖ちゃんとあこちゃんが捕らえられていた。

 

「千聖ちゃん! あこちゃん!」

 

「言いたいことは……分かるよな?」

 

「やってくれたなぁこのクソッタレ……」

 

 黄色の体色をした異形が千聖ちゃんを、赤色の体色をした異形があこちゃんを捕らえ、首元にそれぞれの体の細胞から作られた剣を立てていた。迂闊だった。最初から敵は三人だったのだ。この異様な空間は恐らく、三人がかりで作り上げたファンガイアの魔術結界。そして同時に、アゲハが調べ上げていたファンガイアの集団であることを理解した。複数人が絡んでいると即座に見抜けなかったことに後悔しても今更遅すぎた。

 そして俺が少しでも変な動きをしたらその瞬間に二人の命はない、そんな古典的な人質作戦を前に、しかし迂闊に動くことのできないのが腹立たしかった。

 

「あ、あなたたちは、なんなんですか……」

 

「人間如きが軽々しく口を利くなっ」

 

「ぅあっ!?」

 

「千聖ちゃん!」

 

 千聖ちゃんが少しでも話そうとした瞬間、異形は彼女を抑えつける腕の力を強め、千聖ちゃんの顔に苦悶の表情が浮かび上がる。動きたくなるが、その行動を制するような緑色の異形が要件を口に出してきた。

 

「イクサを渡せ。大事な友達を殺されたくなければな」

 

 彼らの目的は俺の持つこのナックル──通称『イクサ』の力が内蔵された機械であった。麗牙を狙っているものかと思っていたが、まさか俺を……いや、イクサを狙ってくるとは。それでも最終的な狙いは大体予想はつくが。

 

「これで何をするつもりや」

 

「決まってる。そのイクサの力を持ってして、我らにとって邪魔なキングを排する。今の全力を出せないキバなら、イクサさえあればその悲願に手が届くのだ」

 

「やと思ったわ……」

 

 確かに今のイクサの力を百パーセント使いこなせれば、現状の麗牙のキバの鎧に打ち勝つことは可能だ。キングが邪魔なファンガイアにとって、このイクサは非常に魅力的な力なのだろう。

 どこで今のキバが全開で戦えないという情報を手にしたのかはさっぱり分からないが、もっとも、キバでなく麗牙自身(・・・・)を倒すにはイクサだけでは全然足りない。もちろんそこまで情報を与えるつもりはないが……。

 

「ナックルをこちらに投げろ」

 

「早くしな」

 

「ひっ!?」

 

 刃をチラつかせて二人を脅す異形を前に決断を迫られる。今俺の目の前には緑色の異形が一体。背後には人質を持ったままの異形が二体。ナックルとファンガイアバスターで二人を助けられるかと考えるも、あからさまに人質を盾に取るように構える様子を見てその案を捨てる。ここから打ち込んで上手くファンガイアに当てられたとしても、確実に二人に何らかの被害が出るのは間違いない。キバならともかく、ただの人間である今の自分に二人を無傷で助け出すなんて神業は不可能だ。

 それに例え一瞬の隙を作って二人が逃げだせたとしても、その直後の反撃は防げない。はっきり言って手詰まりもいいところだった。

 

「クソっ」

 

 そして俺は堪忍したように悪態をつき、右手に握りしめていたナックルを俺と異形の間の地面に放り投げた。

 

「餌にしては賢い選択だなぁ」

 

「うっせ、蛙の合唱団が」

 

「ふんっ!」

 

「うわッ!?」

 

「健吾さん!」

 

「綾野さん!」

 

 ゆっくりと歩いてくる緑色の異形に悪態をついた瞬間、異形はその手に己の細胞から銃を生成して俺の足元向けて発砲してきた。直撃は免れたものの銃弾は脚を掠め、その衝撃で地に倒れてしまう。

 そして俺が投げ渡したナックルを拾い上げた瞬間、異形のステンドグラスの身体に人の顔が映り出し、不敵に笑う様子が表れていた。

 

「ふはは……これがイクサナックル。なんという呆気なさだろうか」

 

「オイオイ……人質は解放するんとちゃうんかい……」

 

 地に伏したまま、俺は未だ捕まったままの二人のことを問い質す。この手の輩が簡単に言うことを聞くとは思えないが、ファンガイアには自らの誇りを重んじる性格の奴が多い。そこに一縷の望みを抱いていたのもあり、無駄だと思いながらも口にしてしまう。

 

「いつそんなこと言った? 私は殺されたくなければ渡せと言ったんだ。人質との交換条件など提示した記憶はないな」

 

「ホンマ恐れ入るで……この腐れファンガイアが」

 

「ふん!」

 

「ぐアァァァッ!」

 

 やはり人質を取るような奴はどこまでも性根が腐っていたようだ。立ち上がろうとした俺に向けて、異形は拾い上げたナックルを握りしめてこちらに向けた。その瞬間、ナックルから衝撃波が発生して俺の目の前の地面を抉り取り、俺まで大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「っガハッ……」

 

「綾野さんっ!!」

 

「お前たちも運が無かったな。こんな奴と一緒にいたばかりに」

 

 捕らえられた二人のすぐ前まで転がっていき、黄色い異形が千聖ちゃんに哀れみに見せかけた嘲笑う言葉を投げかけているのが聞こえた。いや、本当にその通りだ。こんなことになるのなら、もっと嫌われてもいいから彼女たちを突き放しておくべきだった。そんな後悔に包まれた中、ナックルを握りしめたままの緑色の異形がゆっくり近づいてきた。

 

「ふん。餌としては賢いが、戦士としては甘ちゃんだな。人質を見捨てれば何とかなったかもしれないのに」

 

 確かに俺一人ならばこんな奴ら三人、どうとでもなっただろう。しかし現状はこうだ。人質を取られて何も出来ず、このまま殺されそうになっている。だと言うのに、俺には最初からこうするしか無いのだと心のどこかで感じていた。

 

「綾野さん……どうして、逃げようとしなかったんですか……」

 

「見捨てられるわけないやろ」

 

「えっ……」

 

 申し訳なさそうに涙声で喋る千聖ちゃんに、俺は間髪入れずに答える。

 

「あこちゃんもそうやけど、千聖ちゃんも俺の友達やからな……ついさっき知り合ったばかりでも、俺らのライブ見にきてくれるって言ってくれた友達や」

 

 一度でも仲間と認めたなら、今日会ったばかりの友達のためにだって命を懸けられる。何度周りからバカと言われても変えられそうにない、それが俺──綾野健吾の生き様だった。だからあこちゃんも、そして千聖ちゃんのことも見捨てる気はさらさらない。

 口から爛れる血を拭いながら立ち上がり、俺は二人に笑顔を見せる。恐怖で今にも泣き出しそうな彼女たちの心に、明るい日差しを浴びせるように。

 

「だから、最後まで見捨てやん。絶対にな。俺はそう言う男なんや」

 

「綾野さん……」

 

「健吾さん……」

 

 二人の目の奥に少しだけ光が灯ったような気がした。状況が最悪なことには変わりないが、今は俺が彼女たちの希望である以上、簡単に死ぬわけにはいかなかった。

 

「ふん……生かしてキングのための人質にしようと思ったが、お前は何をしでかすか分からん。ここで殺しておくか」

 

 その光景が面白くなかったのか、その銃口を俺に向ける緑色の異形。しかし先のナックルからの衝撃でファンガイアバスターもファンガイアスレイヤーも手放してしまった今、俺は丸腰状態だ。文字通り打つ手はない中で、しかし俺は決して絶望はしていなかった。

 

「ははんっ」

 

「……何故笑っていられる? この状況で」

 

「さぁな? 知りたかったら殺すのは待った方がいいかもしれんで?」

 

「……ブラフか。往生際の悪い」

 

 そして怪物は銃の引き金に指をかけた。

 

 アレが放たれれば俺は間違いなく死ぬ。

 

 怪物の言った通り「待った方がいい」というのは確かにブラフだ。

 

 しかし俺が笑っていられるのは……絶望せずにいられるのにはちゃんとした理由がある。

 

 きっとあの怪物たちには絶対に分からないであろう理由。

 

 それは……友への絶対的な信頼だ。

 

「信じてるで……」

 

「綾野さん!!」

 

「健吾さん!!」

 

「死ね、人間」

 

 怪物は引き金を引き、その銃口から命を奪う弾丸が発射された──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その時だった。

 

 

「グゥオッ!?」

「ギヤァッ!?」

「ゴアッ!?」

 

 

 水が爆発するような音を立てて三人の異形に襲いかかり、そして俺の眼前にまで迫っていた弾丸をも消し飛ばした。

 

 

「来てくれると思ったで……」

 

 

 そして辺り一面に、バイクのけたたましい爆音が轟いた。俺たちは同時に宙を見上げ、そこに見たのだ。紅色のバイクに跨った、エメラルドグリーンに染まった戦士の姿を。

 

「キバ!?」

 

「ハッ!」

 

 何処からともなく飛んできたマシンキバーの上に跨った、バッシャーフォームへと変身したキバの魔海銃が再び炸裂し、三人の異形を撃ち抜いていた。

 

「グファッ!?」

 

「っ! 今や!」

 

 撃ち出されたアクアバレットに大きく吹き飛ばされた隙に、解放された千聖ちゃんとあこちゃんは走り出して俺の側まで逃げてきていた。その隙に難なく着地したバイクは先ほどまで緑色の異形が立ち塞がっていた場所で停止し、そしてようやくキバの後ろに誰かもう一人が同乗していることに気が付いた。バイクが止まったことでキバの背中に掴まっている人影がヘルメットを取り……って、ええっ!?

 

「みんな! 大丈夫!?」

 

「ひ、日菜ちゃん!?」

 

 なんとキバと共にバイクに乗ってきたのは日菜ちゃんだった。彼女の予想だにしない登場に俺を含めて全員が目を見開いて驚愕していた。何故彼女がここにいるのか。麗牙は何を考えているのかなど、疑問は尽きないが、キバもまたマシンから降り、彼の強襲によって異形が落としたソレを拾い上げるのを見て俺は彼の元へと駆け出した。

 

「間に合ってよかったです」

 

「遅いっちゅうねん、親友」

 

「小言は後で聞きます、親友」

 

 誰にも聞こえない短い会話。しかし互いを信頼し想い合う絆が確かにそこに存在していた。その僅かな時間の中で、自分はなんて幸せ者なのだと感じていた。

 色々と小煩く言っているが俺は彼に対して不満は全く感じていない。俺は彼を──麗牙を信じて裏切られたことは一度も無い。だから今日だって信じることができた……麗牙は必ずここに来ると。

 

「キバ……キング……クソッ!」

 

 そんな中、纏まっていたはずの異形のうちの一体が、キバの乱入に平常心を保てずに逃げ出してしまった。黄色の異形が大きな川の中に飛び込み、水飛沫とともに姿形が見えなくなってしまう。しかしそれを特に慌てることなく見つめるキバは、俺にナックルを託して呟いた。

 

「後は任せて大丈夫ですね?」

 

「ああ……任しとき」

 

 キバから受け取ったナックルを二度と離さないよう強く握りしめ、俺は彼に言葉を返した。キバはそれを見て軽く頷くと川へ向かって走り出し、怪物の後を追うように水面へとその身体を飛び込ませた。

 

「頑張れーラィっ……ライダー!」

 

「っ(日菜ちゃん今思っきし『麗牙』って叫ぼうとしたやろっ!?)」

 

 キバを応援する日菜ちゃんの言葉から、少なくとも麗牙がキバであることは知っているのだと確信した。ほとんど名前を言いかけて咄嗟に言い直したけど、正直無理ないかそれ? いや、確かにバイクに乗ってきたから「ライダー」で間違いないのだが……。

 

「綾野さん!」

 

「健吾さん!」

 

 そんな野暮なことに気を取られているのは俺だけのようだった。千聖ちゃんとあこちゃんもナックルを握る俺の元に駆け付け、その向こう側では未だこちらを見据える二人の異形が存在していた。

 

「キングが現れるのは予想外だが、まあいい。当初の予定通り力づくで奪うのみ」

 

 キバが消えたことで落ち着きを取り戻したのか、余裕を見せた言動でこちらに迫ってくる緑と赤の二人の異形。対するこっちはただの人間が四人で、うち一人は怪我人(俺)だ。しかし。

 

「三人とも、ここでじっとしてな」

 

「でもっ、綾野さんもうそんなにボロボロで──」

 

「はっ、こんなん屁でもないわ。男はな、ボロッカスになってからが真の価値が出るんもんなんや」

 

 しかし今度はもうやられることはない。人質は返してもらったし、戦う力もここにある。

 

 そして守る者も。

 

 だから、今の俺は負ける気がしなかった。

 

「よーく見ときやお前ら。特にあこちゃん」

 

「えっ? あこ?」

 

 

 

 

「おう。前にも聴いてもらったけどな、今から俺が、本当のIndividual(インディビジュアル)-System(システム)を見せたる」

 

 

 

 

 それだけを彼女に告げて俺は怪物へとその身を晒す。

 

 

 

 そして高らかに吠え叫んだ。

 

 

 

「よくも俺の友達を泣かせてくれたなファンガイア! ここからは俺のライブや!」

 

 

 

 啖呵を切った俺は右手に握りしめた機械仕掛けのナックルを、左の掌に拳をぶつけるように合わせた。

 

 

 

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

 

 

 

 その瞬間、ナックルから機械仕掛けの電子音声が辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 俺はナックルを高々と天に──青空に──光り輝く太陽に向けて掲げた。

 

 

 

 

 そして、叫んだ。

 

 

 

 

 俺の親友が覚悟を決めるときに告げる、あの言葉。

 

 

 

 

 人を戦士に変える、覚悟の言霊を。

 

 

 

 

 その場にいる全ての生命に向けて、宣言するかのように俺は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身!」




次回、白き戦士が青空の元に降臨する。
「第29話 白き聖職者:Individual-System」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。