ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『健吾を狙い、あこと千聖を人質に取ったファンガイア。キバの乱入によって二人は解放され、そして健吾は麗牙と同様にあの言葉を叫ぶのだった』


第29話 白き聖職者:Individual-System

「変身!」

 

 覚悟の言葉を叫び、健吾は太陽に向けて掲げたイクサナックルと呼称されるロボットトランスジェネレーターを、いつの間にか腰回りに現れていたベルトのバックルへと装填する。

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

 イクサナックルの正面──マルチエレクトロターミナルを健吾の掌に当てた瞬間にシステムは彼の適合力を瞬時に解析、ナックルの装填時にバックル──イクサベルトから光状のパワードスーツが出現する。

 

 それが健吾の身体を覆った瞬間、彼の身体は変化──否、変身を遂げた。

 

 そこに顕現せしは白き鎧。

 

 黄金の十字架を模した仮面。

 

 太陽の光に包まれ降臨した、神の使いが如き神々しき輝きを発する白衣の聖職者の姿であった。

 

「あれは……?」

 

「ケンゴくんも変身したー!?」

 

「あれがイクサ……」

 

「チッチッチッ、それは正式な名前と違うなぁ。よーく聞いとけよ」

 

 白き鎧を纏いし戦士は異形の言葉を訂正するようにその場の全ての生命に向けて名乗り始めた。

 

「『Intercept(インターセプト) X(エックス) Attacker(アタッカー)』──通称『I.X.A(イクサ)』。『未知なる脅威を迎撃する戦士』って意味や。つまり、お前らみたいな穢れた魂を神の元に返すために現れる正義の戦士のことや! ……以後よろしゅうに」

 

 Intercept X Attacker──イクサは背後にいる少女たちに向けて手を掲げ、紹介を終える。しかしイクサが向上を終えた直後、赤い異形が手に剣を持って走り出していた。それを認識したイクサはすぐさま迎撃態勢を取ることはせず、ゆっくりと余裕を持った姿勢で迫り来る異形に歩いていった。

 

「グラァァァッ!」

 

 あと数歩で接触し、剣が自身に襲いかかるというところで初めてイクサは動いた。ベルトの右ホルスターから銀色の笛を取り出して即座にベルトの窪みに差し込む。キバの持つ笛によく似た銀色のそれ──ナックルフエッスルをフエッスルリーダーに差し込んだ後、彼は取り付けられたイクサナックルを更にベルトの奥に押し込んだ。

 

I・X・A(イクサ) K・N・U・C・K・L・E(ナックル) R・I・S・E(ライズ) U・P(アップ)

 

 音を区切った機械音が流れ、ベルトからナックルを取り外したイクサは、それを殴るように迫り来る異形に振りかざした。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

「グォアアアァァ──」

 

「何っ!?」

 

 ブロウクン・ファング──吸血の牙を粉砕する神の鉄槌が襲いかかった。イクサナックルから発生する約五億ボルトの電圧が異形の身体に流れ込む。ひび割れるような音を立ててステンドグラス状の模様が赤い異形の身体を覆い、異形は遂にその活動を停止してしまった。

 

「らあッ!」

 

 動かなくなったステンドグラスの塊をイクサは回し蹴りで粉々に打ち砕く。砕かれた異形の破片が、ステンドグラスのように煌びやかに輝きながら辺りに舞い散っていた。

 

「す、ごい……」

 

「わぁ……」

 

 千聖とあこは人智を超えた怪物がいとも簡単に粉砕される様を目の当たりにし、ただただ感嘆の息を漏らすだけであった。自分たちを捕らえていたのは紛れもなく人の手に余る怪物だと彼女たちは本能で感じていた。しかしその認識を、目の前の白い戦士は一瞬にして覆したのだ。

 先ほどまで自分たちと共にいた人間が。

 自分たちを友と呼び、最後まで守るために立ち上がったあの男が。

 今は自分たちの常識から外れた場所にいるのだと、嫌でも認識しなければならなかった。

 

「イクサ……やるな」

 

「まだまだ、本番はここからや」

 

 イクサの額に埋め込まれたアクセスシグナルが光り輝いた瞬間、イクサの仮面に変化が訪れた。仮面となる黄金の十字架──クロスシールドが四方に展開し、奥から赤い複眼──ハンティング・グラスが露出する。展開されたクロスシールドは、まるで武士が戦さ場で被る兜の前立ての如き形状に変化しており、正に「イクサ」の名に相応しい新たな仮面が形成されていた。

 

「っぐぉっ!?」

 

 イクサのクロスシールドが展開した途端、彼を中心に凄まじい熱風が巻き起こる。イクサの変化に伴い発生した衝撃波は緑色の異形を襲い、その堅牢な身体を焼き焦がしていた。

 

 イクサとは元来、健吾も所属する「素晴らしき青空の会」が開発した対魔族用迎撃システムである。最初に開発されたイクサから幾度のバージョンアップが重ねられ、内部のOSは現在ver.Ⅻ。外見こそ変わらないものの、その中身は当初とはもはや別物と呼べるレベルのものに進化していた。

 

 そしてver.Xが完成した時点で移行可能となった、イクサの完成形。

 

 これこそイクサの第二形態、バーストモード。

 

 「白き聖職者」「ヴァンパイアハンター」の異名を持つ、過去から未来へ受け継がれた戦士の一つの到達点であった。

 

「覚悟しいや。俺の友達を泣かせた罪は重いで」

 

 バーストモードに移行したイクサの右手には銃が握られていた。天使の羽のような黄金の翼が開かれた武器の銃口を異形に向け、イクサは迎撃態勢に入った。

 

「ハァァァァッ!!」

 

「っ、フンっ!」

 

「きゃっ!」

 

 イクサは敵に向かって一気に駆け出し、手にした銃の引き金を引いて発砲しながら目標に近づいていった。対する異形も迫り来る白い影に向けて身体から銃を生成し、その接近を止めるように弾丸を乱射させる。しかしその弾丸はイクサだけを狙うものではなく、彼の背後にいる少女たちもまとめて狙うかのような悪意のこもった凶弾であった。怪物の銃弾が自分たちにも向けて発射されたのだと、目の前の悪意を直感的に感じた千聖たちは思わず叫んで目を閉じてしまう。

 

「ダァァァァッ!」

 

「え……?」

 

 しかしイクサはその弾丸を避けようとはせずひたすら真っ直ぐ走り、敵の弾丸の一つ一つを自身の銃から発射されるシルバーバレットによって落としていったのだ。

 

「なッ!?」

 

 無論イクサには全ての弾丸を撃ち落とす自信もあったが、何よりも自分の後ろにいる友に一切危害を加えさせるわけにはいかなかった。故に彼は、例え自分が傷付こうとも銃弾の嵐の中を突き進んでいただろう。そして彼女たちを傷つけかねない凶弾を全て迎撃したイクサはそのまま異形の握る銃さえ撃ち落とし、遂に異形の懐まで辿り着いた。

 

「ドリャァァァァアアアッ!!」

 

「ゥグオァァアアア!?」

 

 走った勢いのままファンガイアのステンドグラス状の身体に銃口を押し付け、弾丸を打ち続けるイクサ。その衝撃で吹き飛ばされる異形を離さないように、イクサは弾丸飛び出す銃口を押しつけながら走り続ける。身体から火花を飛び散らすファンガイアに自身を密着させながら突き進む様は、まるで敵を運んでいるかのように後ろで見守る彼女たちには見えていた。

 

「ダァッ!」

 

「ッグ、ジェアアッ!」

 

 怪物を充分に後ろの少女たちから引き離したと感じたイクサは銃撃をそのままに、しかし突進を止めて立ち止まる。イクサの銃弾によって吹き飛ばされる異形は地面を転がっていくも、すぐさま立ち上がり、その右手に自身の細胞から剣を生成した。秒間三十発、それもファンガイアが苦手とする純銀物質の弾丸の雨を受けて本来ならばグロッキーになってもおかしくないはずだが、如何せんこの異形はキングの命を狙うだけあって身体は丈夫な方であった。得物を銃から剣に変えて突撃してくる異形に対して、イクサもまた戦法を変化させるべく動き出す。

 

「ならこれやっ」

 

「剣になった!」

 

 手にした武器──イクサカリバーのグリップから伸びた長い弾倉部を押し上げた瞬間、イクサカリバーはその名の通り戦士の剣へと変化を遂げた。カリバーモードに移行したイクサカリバーを掲げ、イクサもまた異形へ向けて走り出す。

 

「ハッ!」

 

「な、ガハッ!?」

 

 二つの剣が交わる瞬間、イクサは地を蹴って跳躍し、異形の頭上で回転しながらその聖なる刃で異形の堅牢な身体を斬りつけた。よろける異形の背後で着地したイクサはすぐさま敵に飛び込み、剣撃の応酬を浴びせ始めた。

 

「オラッ! フンッ! セヤァッ!」

 

「フグッ!? ガバッ!?」

 

 斬りつけては剣を翻し、敵に反撃の隙を与えないようにまた斬りつける。まるで踊るかのような華麗な剣捌きを前に、千聖とあこは短く息を飲んでいた。

 

「ダリャァア!」

 

「ガッ、クォォォ……ッ」

 

「っ(これで(しま)いや)」

 

 最後の突きで地に倒れ伏した異形を見て戦闘の終わりを感じたイクサは、ベルトの右ホルスターから金色の笛を取り出した。

 

 そしてイクサは、金色の笛──カリバーフエッスルを先ほどのフエッスルと同じようにイクサベルトのフエッスルリーダーに差し込み、更にナックル掴んでベルトに押し込んだ。

 

I・X・A(イクサ) C・A・L・I・B・U・R(カリバー) R・I・S・E(ライズ) U・P(アップ)

 

 その瞬間、イクサの胸元──ソルミラーに太陽の紋章が浮かび上がる。

 

 更にイクサカリバーの刀身が眩しく光り輝き出し、彼の背後にもまた、巨大に輝く太陽の如く眩しい光が……否、正しく太陽そのものが現れていた。

 

「ググッ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「わっ眩しっ!」

 

「わあっ! きれいー!」

 

 青空の彼方から全ての生命を包み込み、育む母の如き太陽。

 

 太陽に、神に祝福されるが如く光り輝く戦士イクサ。

 

 キバが深い夜の闇を象徴するなら、イクサは輝ける青空の光。

 

 月のキバに呼応するように存在する、太陽のイクサ。

 

 そう、白き戦士は青空の戦士であり、また、太陽の戦士でもあった。

 

 そして太陽を背にイクサカリバーを構えたイクサは言葉を告げる。

 

 彼が──健吾が最も尊敬する人物が使っていた、その言葉を借りて……。

 

 

 

 

「その命、神に返す時や」

 

 

 

 

 彼が「師匠」と敬愛する恩人の言葉を借り、聖戦士は宣告する。

 

 

 そして今、神の名の下に戦士の断罪が振り下ろされた。

 

 

 

 

「ハアアァァァァァッァァ!!」

 

 

 

 

 イクサ・ジャッジメント──聖戦士の審判と共にイクサカリバーの刃が異形の身体を一刀両断した。

 

「グォアアアアアァァァ──」

 

 異形の断末魔は風のように消えていき、やがて身体がステンドグラス状のガラス細工のように固まってしまう。それを確認したイクサは踵を返し、少女たちの元へと歩み始めた。そして彼が変身を解除し、健吾の姿へと戻った瞬間、固まったステンドグラスは大きく弾け飛び、辺り一面に色鮮やかな異形の破片が舞い散っていった。

 

「っ、綾野さん!」

 

「健吾さん、ってちさ先輩早っ!」

 

「あははっ、千聖ちゃんすっごい勢いっ」

 

 怪物の終わりと共に健吾の顔が見えた途端、千聖は間髪入れず彼の元へ走り出していた。遅れて彼女を追うようにあこと日菜も走り出す。未だ色とりどりの破片が舞い散る中で千聖は健吾の元に辿り着き、恐る恐るその身体に手をやった。

 

「あの、大丈夫……ですか?」

 

「おう、サンキュ。でもそんな心配することないって。ほらこの通りピンピンしとる」

 

「いや、でも腕のここが」

 

「え? あ、ホンマや……あいつ、最期の意地見せおってに……(師匠のようには上手くいかんな……)」

 

 千聖が指摘したのは健吾の右腕の裏側から漏れていた血痕であった。千聖が指差す場所を確認して初めて、深くはないが確実に痛みを伴うレベルの血が流れているのが健吾にも見えた。イクサが異形にとどめを刺す瞬間、異形が最期の抵抗として振るった剣が彼の腕を掠めていたのだ。しかし健吾は恨みを吐くことはない。それが自分が葬った生命が遺した最期の輝きであると思えば、それを否定するような言葉は出てこなかったからだ。自分の腕から流れる血筋を見て「やるやん」と笑みをこぼしていた健吾だが、不意に腕を引き寄せられてその表情を崩してしまう。

 

「うわっと? ちょ、何すんねん千聖ちゃん?」

 

「何って、血を止めないと」

 

 ずっと離さずに持っていた自分の鞄から、千聖はタオルを取り出していた。そして有無を言わさず慣れた手つきで健吾の右腕回りにタオルを巻いていく。気付けば血が流れない具合に上手いこと応急処置が済まされており、健吾は呆気に取られていた。

 

「とりあえず血は止めたから、早く消毒しないと……」

 

「あ、ありがとう……」

 

「いえ。元は私が変にあなたのことを探ろうとしたから……私の所為みたいなものよ。せっかくの綾野さんの忠告も無視して、人質になって……私の自業自得だわ」

 

「もうええって。なってもたもんはしゃあないし、結果的にみんな無事やから、それでええやん」

 

「結果的にって、そんなの偶然何とかなったような物言いじゃないっ。私、本当に怖かったのよ……自分が死ぬかもしれないって思って、そしたら今度はあなたが死にそうな目に遭って……今でもみんな無事なのが信じられないくらいよ!」

 

 千聖は後悔していた。健吾の忠告を聞かず、感情に任せて彼を探ろうとしたことを。そのために自分が危険な目に遭い、そしてその結果として彼の命をも奪いそうになったことを。自分の身に起きたこと以上に、自分の所為で人に余計な被害を与えたことに彼女はショックを受けていた。

 もし自分がいなかった場合、あこと共に寄り道をしようなどと健吾は考えなかっただろう。自分一人のために周りに迷惑をかけてしまったと、人一倍責任感を強く持つ彼女は自分を思い詰めていた。

 

「千聖ちゃんってさ……案外アホやな」

 

「な、はぁッ!?」

 

 しかし健吾は千聖の罪悪感など全く意に介さず、呆気からんとした態度で言い放った。

 

「アイツも言っとったやろ? 狙いは俺やって。だから千聖ちゃんがいようがいまいがこうなってたって」

 

「でも、私の所為で綾野さんが死ぬかもしれないと思うと……」

 

「ふぅ……どう思う? あこちゃん」

 

「ええっ!? あこ!? え、ええっと……あ、あこだって捕まってたわけだし、ちさ先輩のことどうとか言えないよ。で、でも……」

 

 いきなり健吾から話を振られたあこは狼狽えてしまうも、やがて落ち着きを取り戻して心の思うままに言葉を告げた。

 

「あこも怖かったけど、でも、なんか健吾さんなら何とかなりそうな気がしてたかな。さっきの白い鎧もすっごくカッコよかったし、それになんかもう色々ありすぎて今生きてるってだけで十分な気がするんだっ」

 

「そっ、生きてるだけで儲けもん。結局はそういうことや。あこちゃん分かっとるやないか」

 

「そ、そうですか〜? えへへっ」

 

 過程はともかく、あくまで結果さえよければ良いのだと笑い飛ばす健吾を前にして、千聖は何も言えず小さく息を吐いていた。しかしその顔には失望も嘲笑の色も無く、ただ呆れと、そして羨ましそうなものを見る色が混じえていた。

 

「……あなたって本当に……」

 

「ん? なんや? カッコいい男ってか?」

 

「いえ……バカなんだなぁ、と」

 

「だぁっ? うっせぇ、アホ」

 

「あなたに言われたくないわ、バカ」

 

「バカ言う方がバカなんやぞっ」

 

「それだったら先にアホって言ったのあなたでしょっ」

 

 そこから延々と続くバカとアホの応酬。他の同年代の人よりも人生経験が豊富で大人びた姿勢を見せている千聖だが、そんな彼女を知る人からすればそれは意外な光景であっただろう。しかし健吾とのやり取りの中で、彼女の中に巣食っていた黒い感情が消え去っていくのは誰の目に見えても明らかであった。子どものように健吾を罵倒するたびに、彼女の顔に明るい笑顔が戻っていったのだから。

 

「ねぇねぇ、これってあたしたち完全に蚊帳の外だよね?」

 

 しかし小学生のような低レベルの言い争いを始めてしまった二人を他所に、あこと日菜は退屈そうに不満ですと言わんばかりの空気を醸し出していた。

 

「そうだよ〜あこ、さっきの怪物のこととか健吾さんの白い鎧のこととかもっといっぱい聞きたいのに〜!」

 

「ケンゴくんのことは知らないけど、あの怪物のことならあたし分かるよ」

 

「ホントにっ!? っていうかひなちん、さっきもなんかスッゴイカッコいい緑の人と一緒にバイク乗ってたよね!? アレって何なの? あこにも教えてよー!」

 

 今までイクサの活躍によって忘れていたが、日菜の登場も十分驚くべき出来事であったことを思い出す。その時に見た謎の鎧について、そして怪物についてを日菜に問い質そうとした時だった。

 

 

 

 

 突如辺り一面に、大きく水の跳ねる音が響いた。

 

 

 

 

「ゥガァァァァッ!?」

 

「きゃ!? ま、また!?」

 

 川の中から黄色の異形が巨大な水飛沫と共に宙へと飛んできたのだ。まだ敵は残っていたのかと、三人は健吾の元へと集まりだす。しかし……。

 

「いや、アレはもう大丈夫やろ」

 

「え?」

 

 新たな異形の乱入にも健吾は一切慌てはしなかった。

 

 そもそも、それは新たな乱入者でも何でもなかったからだ。

 

 その黄色の異形は先ほどこの場から逃げ出した存在。

 

 そして、彼ら怪物たちの頂点に立つ、最強の王が追っていた影であった。

 

「グハッ……ガ……ァ……」

 

 地面に叩きつけられ、最早立ち上がることすら困難になっていた黄色の異形がそこにいた。一体何が起きているのかと健吾以外の三人が思った瞬間、川の水が大きく渦を巻き上げて、天に向かって上昇し始めた。

 

「わっ!?」

 

「こ、今度は何よ……っ」

 

 そして竜巻のように天高く昇る水流から、一つの影が更に空へ向かって飛び出した。

 

 それは緑色の影。

 

 闇の中で受け継がれた王の証、キバ。

 

 そしてその姿は魔海銃を操りし翠玉の射手──バッシャーフォーム。

 

 否……。

 

「あっ、紅くなった!?」

 

 天高く舞うキバの姿は、紅色へと変身していた。

 

 その眩しいまでの紅き姿は、遥か下の地上にいる彼女たちの目にも見えていた。

 

Wake Up(ウェイクアップ)!』

 

 同様に、キバットが鳴らす笛の音色も彼女たちには聴こえていた。

 

 そして、世界に夜が訪れる。

 

「えっ!? なになにっ!? 暗くなったよ!?」

 

「急に夜に? それに……」

 

「でっかいお月様だー!」

 

 紅き濃霧が空を包み込み、明るく陽に照らされた世界は一変、暗黒が支配する闇の世界へ変貌を遂げる。

 

 空を舞う影の背後には、太陽に成り代わり巨大な三日月が出現していた

 

 キバ。それは闇の一族──ファンガイアの王の証。

 

 即ち彼こそ、正に夜の世界の支配者。

 

 全ての夜をその手に収める、吸血の王。

 

「見とけよ、アレが──」

 

 健吾は静かに彼女たちへ告げる。

 

 既にキバの右脚の鎖は砕かれ、紅き悪魔の翼──ヘルズゲートが解放されていた。

 

 その悪魔の翼を広げた右脚は、今も震えた脚で逃げようともがく黄色い異形へと向けられていた。

 

 そして──

 

 

 

「ハァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 

「──キバや」

 

 ダークネスムーンブレイク──暗闇に浮かぶ月の元で、断罪の杭が異形の身体を突き刺した。

 

「ガア゛ア゛ア゛ァァァァァァ──」

 

 異形の断末魔と共に、地面に巨大なキバの紋章が刻まれる。その身体がステンドグラスのように固まった瞬間、キバはその脚を踏み抜いて異形の身体を粉々に打ち砕いた。月夜の下で色鮮やかなステンドグラスの破片が散っていく中をキバは歩いていく。やがて右脚のヘルズゲートが再び鎖で封印された時、空に光が差し込み、暗黒の世界は終わりを告げた。

 

「か……」

 

「ん? どうしたあこちゃん?」

 

「カッコ、いい……」

 

 圧倒的な力で敵を粉砕し、自身の乗ってきたバイクに跨るキバを見て、あこは感嘆の息を漏らしていた。自分が理想とする究極の「カッコいい」、その到達点とも思える紅の姿に、彼女の心は奪われてしまったのだ。放心する一歩手前と言った程に夢見心地な表情を浮かべ、あこは浮かれたようにふわふわと言葉を発していた。

 

「夜になって、月が出て、悪魔の翼で、鎖に巻かれて……ど、どうしよう、完璧すぎて言葉が出てこないよ……」

 

「うん、正直に言うわ。あこちゃんのその反応……めっっっっっっっっっちゃ予想通りやわ」

 

 自身の同じ紅に染まったバイクに跨ったキバは、その機体のエンジンをかけ、爆音と共に去っていった。小さくなっていく紅の後ろ姿を、あこは物惜しげにずっと眺めていた。

 

「ありがとー!ライっ、ダー!」

 

「(日菜ちゃんまた……)って言うかええんか? ここまで乗っけてきてもろたのに」

 

「うんっ、ここからは自分の足で帰るからっ」

 

 ここまで連れてきた日菜を置いていくのは如何なものかと、健吾は既に見えなくなった親友に問いたくなったが、日菜の答えを得て納得する。因みに再びキバのことを「麗牙」と呼ぼうとしたことについては、健吾はもはやツッコむ気さえ起きなかった。

 

「綾野さん……今の仮面の人は一体?」

 

「ああ、やっぱ仮面の方に目行くわな」

 

 キバの仮面は、悪魔のような巨大な黄色い眼を持っている。相手を平伏させるに十分な威圧感を備えたそれを見て印象に残らない生命体はいないだろう。

 

「言うたやろ、アレはキバや。King of Vampire(キングオブヴァンパイア)KIVA(キバ)。分かりやすいやろ?」

 

「King of Vampire……吸血鬼の王……?」

 

「そっ。今さっきの怪物たちの王様や。さっきの怪物、ファンガイア──吸血鬼のことやな。その中で人を襲う無法者を倒すのが彼らの王であるキバなんや」

 

「キバ……キング・オブ・ヴァンパイア……キバ……」

 

 あこはキバという名前に思うところがあるのか、一人でぶつぶつと何かを考え始めていた。

 

「キバ。それがあの仮面の人の名前……」

 

「仮面の人って言い方なんか変だなー。ライダーでいいじゃん」

 

「日菜ちゃんもしかしてそれ気に入った? ライダーっての」

 

「うんっ。なんかね、そう呼んだ瞬間るんってきたんだ! いいよね、ライダー!」

 

「いや、呼び方も何もキバって言ってるやんか」

 

「でも、牙って言うよりはあの眼が付いた仮面の方がどうしても印象に残って……」

 

 こともあろうかキバの呼び方についての議論が勃発してしまった。既に決まった名前があるのに何を議論する必要があるのかという健吾の言葉も届かず、納得する呼び方を探ろうとする三人。しかし定まらない呼び名に健吾が疲れたように溜め息をつき始めた時、突然あこが叫び出した。

 

 

 

 

 

 

「仮面ライダー!」

 

 

 

 

 

 

「は?」

「え?」

「なになに?」

 

 突然、聞いたこともない単語を叫んだあこの方へと視線が集中する。一気に注目の的になったあこは全く臆することなく胸を張り、得意げな表情を浮かべて嬉しそうに説明を始めた。

 

「あんなにカッコいいのに、『キバ』って名前だけだと物足りないなーって思ってたんだ! でも今の話で思いついたの! 仮面を付けて颯爽と現れるライダー……仮面ライダー。仮面ライダーキバ!」

 

「仮面、ライダー……」

 

 日本語と英語が合わさった、ありそうで存在しない奇妙な名前。

 

 健吾たちはその名前を今一度唱え、胸の中に浸透させていく。

 

 知らないはずの名前。しかしまるで懐かしい友に巡り会えたかのように、その名前は彼らの胸に溶けていくようであった。

 

「仮面ライダー……仮面ライダーキバ……うん、ええやんっ。俺なんかジンジンしてきたわ!」

 

「仮面ライダー! うんっ、いいと思う! あたしもるるるんってきた!」

 

「だよねっ!」

 

 ある意味で奇天烈にも思えるその聞き覚えのない名前に、しかし健吾は心動かされていた。今までは嫌いだと感じていたキバだが、その名を冠した途端に何故だか心湧き立つような気持ちになったのだ。「仮面ライダー」という不思議な名前を、称号のようにも彼は感じていた。

 

 仮面ライダーキバ──親友に名付けられたその称号を、健吾は自分のことのように嬉しそうに喜び、心に刻み付けていた。

 

「いいの綾野さん? そう言うの本人に確認とか取らずに勝手に呼んで……」

 

「いいのいいの。後で確認とっとくさかいに。何より俺も気に入ってもたからな!」

 

「そ、そう……(ってことは綾野さん、やっぱりあの人の正体も知ってるのね)」

 

 健吾の言葉から、彼はまだまだ自分の知らないことを多く知っているのだと千聖は確信した。しかしこれ以上無闇に突っ込むことはしようとは思わなかった。知りたいと言う気持ちは強く残るが、そのために再び彼に迷惑をかけることはしたくなかったからだ。

 

「闇夜に現れし吸血鬼の王、その名も仮面ライダーキバ……うん、やっぱりこれが一番しっくり来る!」

 

「一応言っとくけど、あくまでも俺らだけの秘密やからな。怪物のことも、仮面ライダーって名前も」

 

「うん! あたしたちだけの秘密!」

 

「秘密……誰も知らない……はっ、人知れず影に隠れて魔を祓う異形の吸血王──仮面ライダーキバ……なるほどっ! これが秘密の良さっ」

 

「そういうことやな。いやぁでも結局、カッコいいとこはやっぱ全部アイツが持ってってまうなぁ」

 

 キバの話題で盛り上がっているあこと日菜を嬉しそうに微笑みながら健吾は呟く。自分はキバの隣では脇役にしかならないと分かっていながらも、彼はそれが悪いことだと感じていなかった。自分がいることで闇の住人である親友が主役になれるのなら、自分はいつまでもその隣で彼を照らし続ける光になろう、その覚悟で今までやってきたのだから。

 

「そうかしら……ふふっ」

 

 しかし千聖はそうは思ってはいなかった。健吾の言葉を静かに否定しながら、誰にも知られない胸中でこう考えていた。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いいえ、何も(それでも、今日一番カッコよかったのは間違いなくあなたよ)」

 

 自分たちを命懸けで守り抜いた勇姿を千聖は忘れることはない。

 

 そして彼女は心の中で、自分たちが生み出したその言葉を借りて微笑んだ。

 

 

「(ありがとう……仮面ライダーイクサ)」

 

 

 誰にも知られることなく生まれた戦士の新たな名前を、彼女は嬉しそうに胸に抱きしめていた。




今回の話で登場したファンガイア
フロッグファンガイア(緑)
真名『探求心の膨潤にて神秘は埋葬される』

フロッグファンガイア(赤)
真名『恋人に捧げる飛翔の舞』

フロッグファンガイア(黄)
真名『深海に眠る軍艦』
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