ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『健吾はイクサに変身し、ファンガイアを倒す。更にキバの勇姿を見たあこは彼を「仮面ライダー」と名付けた。仮面ライダー……ねぇ』

「もう聞くことないと思ってたよ……」

『だな』


第30話 君と共に青空の音楽を

「時間……大分余裕があるなぁ……」

 

 TETRA-FANGとの合同ライブを翌日に控えた金曜日の放課後、わたしは一人CiRCLEへ足を急がせていた。今日はライブ前日ということもあり、明日の本番のためのリハーサルとして全てのメンバーが集まることになっている。みんなでまた音を合わせることが楽しみで、そしてアゲハさんから教えられていた『サプライズ』を今日中に彼とも共有したくて逸る気持ちを抑えきれずにいたけれど、いざ到着してみると部屋の予約時間まで一時間以上も早く着いてしまっていた。いつもと違う時間に開始するとは知っていたけど、あまりに気持ちが先行しすぎていたために時計を見ることも忘れていたのかと、一人で勝手に恥ずかしくなっていた時だった。

 

「燐子さん?」

 

「あ……麗牙さん……」

 

 CiRCLEの前で立ち尽くすわたしの背後から聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこでは学生服姿の麗牙さんが目をぱちくりと瞬かせてわたしを見つめていた。初めて見る彼の高校生らしい出で立ちを珍しく思うものの、それ以上に予定の時間よりも早く着きすぎた現場を見られたことの羞恥が勝ってしまい、身体中の体温がすごい勢いで上がっていくのが感じられた。

 

「……もしかして早く来すぎちゃった、とか?」

 

「は、はい……恥ずかしながら……」

 

 赤く染まっていく顔を見られたくなくて両手で覆い、麗牙さんを見ないように彼の言葉を肯定する。うう……なんで寄りによって麗牙さんに見られるんだろう……Roseliaや他のバンド仲間、最悪アゲハさんだったらまだよかったのに。そう思うも出くわしてしまった事実は変えられないので、観念して同じく気になっていたことを彼に尋ね返す。

 

「麗牙さんは……どうしてここに……?」

 

「別にCiRCLEに用があったって訳じゃなくて、今は用も済んだ帰りなんだけど……とりあえずどこかで休憩しませんか?」

 

「そ、そうですね……」

 

 彼はわたしのようにウッカリではなく、単に通りすがりなだけだった。そのために余計に自分の失敗が浮いてしまいうような気がして、更に恥ずかしく感じてしまう。幸いにも麗牙さんはそんなことを一々突っかかるような人ではなく、時間になるまでどこかで暇を潰せるように誘ってくれたため、わたしもそれに乗ることにした。

 

「え~と……どこか希望とかはありますか?」

 

「わ、わたしはその……どこでも大丈夫です……」

 

「そ、そうですか……」

 

「はい……」

 

「……」

 

「……」

 

 か、会話が続かない……。いや、きっと会話を止めている原因は自分なのだろう。そもそも男の人と二人きりで行動するといった経験がほとんどない自分がこの状況に緊張しないはずもなく、お陰で口から言葉を発することが難しくなっていた。そのため必要以上の言葉を反すことができず、麗牙さんは対応に困っているようだった。口下手な自分のせいで彼を困らせていると思うと罪悪感がのしかかり、余計に言葉を出しづらくなってしまう。

 

「じゃ、じゃあ向こうのファストフード店で大丈夫……ですか?」

 

「は、はい……お願いします……」

 

「あ、あの燐子さん? もしかして迷惑でしたか? でしたら僕──」

 

「ち、違います! 別にわたし……全然迷惑じゃないですから……あの、行きましょう?」

 

「──あ、あはは……うん、でも無理はしないでいいですから」

 

 本当に仕方のない人間だなわたし……上手く話せないことで嫌がっているのだと彼に勘違いさせてしまった……。突然のことで焦りはあったものの、せっかく誘ってくれて嬉しかったし、何よりあの件を話せるちょうどいい機会だと思っていたから、すぐに彼の懸念を否定する言葉が出せた。

 わたしたちが入ったのは、自分もよく使う地元のファストフード店だった。パスパレの丸山さんにハロハピの松原さんがバイトをしている時もあるけれど、今日は二人ともシフトの日ではなかったようで、正直少しだけほっとしている。見られて悪いものではないのだけど、もし麗牙さんを恋人だとか勘違いされたら、多分わたしは彼の顔を見るのが難しくなってしまうかもしれないから……。嫌とかじゃなく、単に恥ずかしくて意識しすぎてしまうわたし個人の問題なんだけど。

 

「ちょうどいい席空いててよかったですね」

 

「はい……」

 

「えっと、僕はここあんまり来ないんだけど、燐子さんは……?」

 

「わたしは……それなりに……」

 

「それなり……」

 

「はい……」

 

「……」

 

 軽くドリンクとポテトを持って席に着いたわたしたちだけど、やはり会話が続かない。どれだけ彼が優しく話しかけてくれてもわたしはそれに上手く応えることが出来ず、気まずくもどかしい空間が生まれてしまう。

 

「ごめんなさい。わたし……人と話すのは苦手で……」

 

「あ、いえ。それ僕もすごく分かりますから」

 

「麗牙さんも?」

 

「はい。僕、昔はもっと人見知りが酷くて……半分引きこもりみたいな感じでしたし」

 

 意外だと、目の前の青年を見て驚く。わたしの知る麗牙さんはヴァイオリニストとして人前で演奏し、テレビにも映るくらいに人馴れした人物という印象だった。その上TETRA-FANGのボーカルとして、怖いまでに迫力のある歌声を発する、わたしとは正反対の行動力溢れる人だと思っていた。そんな彼が、わたしと同じで人見知りだったという話は小さな衝撃だった。

 

「意外です……」

 

「そうですか? 僕、今でも人前だと緊張してしまいますし」

 

「ふふ……そういう風には見えないです……あ、あの……麗牙さんは今日……どうしてあそこに?」

 

 会話が続いたことで勢いがついたためか、少しばかりの勇気を出して、わたしは彼に先ほどから気になっていたことを質問する。彼はどこか嬉しそうに「待ってました」と言わんばかりの笑みを浮かべて、手に持っていた袋を机の上に出してきた。それはわたしもよく見る近くのコンビニのビニール袋だったが、そこから出されたものを見て目を見開いてしまう。

 

「そ、それって……!」

 

「えっ、もしかして燐子さんも知ってますか? 『ブルースカイ』」

 

「し、知って……います……」

 

 知らないはずがなかった。ブルースカイ……『Great Blue Sky』。わたしもかつては大好きでずっと追いかけていた、様々なアーティストが参加していく音楽グループ。

 

 だけど、今はもう追いかけることはしていない。

 

 わたしはブルースカイの音楽を聴くことを止めたのだから。

 

 彼らのことを思い出すと、いつも決まってあの日の記憶が思い出されてしまうから……。

 

 

 ──来ないでっ! あっち行って!!

 

 

「っ」

 

 過去の辛い記憶……大事な友達を傷付けた、わたしにとって最も罪深い日のことを……。

 

 あの子も大好きだったブルースカイ……それを愛し続ける権利なんてわたしには無いのだと、幼心にそう感じていた。

 

 だからわたしは、あの日以来ブルースカイの楽曲を聞くことも、その活動を追うこともなくなった。

 

 それがわたしにできる数少ない償いだと、戒めのように今までその名を聞かないようにしてきたのだから。

 

 しかしそれがまさか、こんな形で目の当たりにするとは思いもしなかった……。

 

「ブルースカイの公式オリジナルグッズが当たるくじ、今日から全国のコンビニで取り扱いが始まったんですよっ。それで今朝近場のコンビニに行ったんですけど、放課後もまたCiRCLEの近くの店に引きに行って……ほら見てくださいこれ! 歴代の全メンバーの名前が彫られたマグカップに、歴代のロゴマークが刺繍されたタオル、メンバーが描かれたクリアファイルに色紙に……それにほらっ、一番いいやつ。ボタンを押すたびに歴代からピックアップされた曲のサビが流れるガラケー型の音楽プレーヤー。ここら辺のわけわからないチョイスがホンットにらしくて──」

 

 嬉しそうに語り続けて彼の口から言葉が途切れることはない。本当に好きなのだと思いながらも、その姿がかつての自分やあの子を思い出してしまい、そのことがわたしの胸を痛く締め付ける。

 

「──っと、ごめんなさい、ちょっと熱中しちゃって……あの、どうしましたか?」

 

「えっ? あ、ご、ごめんなさい……その、わたし最近は全然追っていなくて……よく分からないから……」

 

「……燐子さん?」

 

 目を伏せてできるだけグッズを見ないようにしているわたしの態度が不思議に思ったのか、麗牙さんは怪訝な眼をわたしに向けてくる。

 

「あの、もしかして何かあった、とか……?」

 

「……昔、辛いことがあって……それ以来……」

 

 心配そうにわたしを見つめてくる彼に隠すことはできず、だけどある程度暈しながら今は聴いてないことを伝える。

 

「わたし……聴いちゃダメなんです……わたしにブルースカイの音楽を聴く資格なんて……ないから……」

 

 自分への戒めのためだけではない。誰もが繋がれる素晴らしい音楽を世界に響かせようとした彼らの音楽を、あの子の手を振り払ったわたしが聴いていいとは思えなかった。もしかするとわたしの所為で、あの子もブルースカイの音楽を聴かなくなっているのかもしれない。だって、彼はブルースカイの話題で接点を持つのがわたしだけだと言っていたから、わたしのように嫌な思い出と共にブルースカイの音楽を遠ざけているかもしれない。わたしの思い上がりならそれでいいんだけど、どうしてもそういう悪い方向に考えずにはいられなかったから……。

 

「わたしみたいな酷い人が聴いていい音楽じゃないんです……」

 

「音楽を聴く資格がないなんて、誰がそんなこと決めたんですかっ」

 

「そ、それは……」

 

 そう言って麗牙さんは真剣な眼でわたしを見据える。資格なんて誰に決められたわけでもない。わたしが勝手にそう信じただけなのだから。そうでもしなければ、わたしはあの時の罪悪感に耐えられそうになかったから……。

 

「音楽は誰の心にも響きます。それは誰しもが持つ権利です。善人も悪人も関係ない全ての人が音楽を聴く権利がある。みんな音楽を嫌いでない限りは、いつだってそれを聴くことが出来るんですから」

 

 しかし麗牙さんはわたしの決めたルールをあっさりと否定した。まるで自分が法とも言わんばかりの王様のような傲慢な物言いに少したじろいでしまうも、わたしだってそれに簡単に従うことはできなかった。だけど……。

 

「でも、わたしは……」

 

「燐子さんはブルースカイのこと、嫌いになったんですか?」

 

「そ、それは違いますっ!」

 

「だったら、もう一度聴いてみてください。一度好きになった音楽を忘れることなんて出来ない。きっと燐子さんの胸にもまだ残ってるはずですから」

 

 嫌いか、なんて聞かれたら否定するしかなかった。あんなに素晴らしい演奏をする人たちをどうして嫌いになんかなれるものか。咄嗟に出た熱のある言葉に自分で驚いてしまっていた。そして、そんなわたしの態度が彼の行動を促したのか、麗牙さんはポケットから出した端末にイヤホンを付けて何やら操作していた。

 

「僕も……最近なんですけどね。ブルースカイを再び追い始めたのは」

 

「え……?」

 

 あんなに熱心に語っていた彼の、予想外の言葉に顔を上げてしまう。最近再び追い始めた……じゃあそれまでは? そんなわたしの疑問に答えるように彼は話してくれた。

 

「僕も昔、すごくショックなことがあって、それ以来ブルースカイの音楽から逃げてた時期があったんです。聴くとどうしてもその時のことが思い出されるから……ずっと避けてきたんです」

 

「なら、どうして……?」

 

「……聴いてみたら分かりますよ」

 

 なんとわたしと同じで、彼も一時期は避けていたという。しかし何故彼はまた聴こうと思えるようになったのか、そう考えるよりも早く、彼はわたしに向けてイヤホンを差し出してきた。これで聴いてほしい、ということなのだろうか……?

 

「待って、ください……わたし、まだ聴くことは──」

 

「えいっ」

 

「──ひゃっ!?」

 

 断ろうとしたわたしの意思も無視して彼は両手に持ったイヤホンをわたしの耳へと押し当てた。突然の彼の接近に驚いて動くことができず、なすがままにその手をわたしの顔に当ててくる麗牙さん。白く細い、しかし男性特有の硬さを感じる彼の手が肌に触れて心臓が高鳴りそうになるけれど、イヤホンから聴こえてくる懐かしいメロデイがその意識を切り離した。

 

「ぁ……(これ……知ってる……!)」

 

 わたしの耳に届くより以前から既に流していたのか、曲はちょうどサビへ入ったところだった。それは長年ブルースカイの曲を聴いていなかったわたしも知る曲……いや、覚えていた曲だった。どれだけ時間が経とうとも、子どもの頃に何度も聴いたそれは、身体にも染み付いて覚えていた。

 

「っ(わたしの知ってる……青空だ……)」

 

 サビが終わり、コーラスのない演奏だけで紡がれていく青空のように澄み切った音楽が流れていく。ピアノのパートも、わたしの憧れたピアニストが弾いている旋律だと未だに覚えていた。わたしの記憶の中のままの、心が震える音楽が心に鳴り響き、時間さえ忘れるような心地がしていた。

 

「(そうだ……こんな、だったなぁ……)」

 

 しかし思いの外聴き入ってしまっていたのか、演奏は終わりを迎えてしまう。もう終わってしまったのかという寂しさと、わたしにもまだ彼らの音楽を聴けたのだという心境に至る前に、麗牙さんはまだわたしの耳にイヤホンを付けたまま呟いた。

 

「まだ。次の曲も」

 

「え? ……ぁ」

 

 続けてイヤホンから流れてくるのは、わたしの知らない音楽。男女による混声合唱から始まったと思えば、ロックテイストの明るい曲調が飛び交い始める。わたしの知らないブルースカイの楽曲。わたしの知らないメンバーによる歌声。わたしにとって未知の音楽のはずであった。

 

 なのにそれは間違いなく、ブルースカイなのだと……わたしの愛したグループの曲なのだと、わたしの心は叫んでいた。

 

 彼らのグループ名が冠する通りの青空が広がるような、広大で元気の出る楽曲。心に抱く闇を振り払うかのような明るい旋律。時代が移り変わってなお、彼らの魂は受け継がれていくのだと心で感じていた。わたしの知っている青空は、まだそこにいるのだと感じてしまった。

 だからわたしは……。

 

「……あれ……どうして……」

 

 頬を伝う涙を感じ、思わず手で拭い去る。悲しくもない、苦しくもない。楽しいわけでも、可笑しいわけでもないのに流れてくる涙の理由が分からず困惑したまま、だけど耳を澄まさずにはいられなかった。

 

「僕と、同じですね」

 

「え……」

 

 しっかりと挿せていないイヤホンの向こう側から、麗牙さんの温かな声が届く。聞こえるとは思っていなかったのか、少しだけ驚いたような表情を見せる麗牙さん。同じって、一体どういうこと……?

 

「僕も偶然、久しぶりにこの曲を聴いちゃったんです。そしたら、今の燐子さんのように……ね?」

 

「……どうしてなんでしょう……なんで涙が……」

 

「今の燐子さんの心……とても喜んでます」

 

「え……?」

 

「すごく嬉しそうに……柔らかな音楽が……再会の音が聴こえるんです……今も燐子さんの心から」

 

 わたしの心から音楽が? と、そこで以前にも麗牙さんが同じことを言っていたことを思い出す。

 

 ──人は皆、心の中で音楽を奏でている

 

 初めて彼と会った日に言っていたその言葉を今も覚えていたのは、そう語る彼の真剣な目と、それが真理であると心が感じていたからだった。わたしがピアノを弾く時も、誰かのピアノを聴く時も、わたしにはいつだってそこに技術以上の音が聴こえていた。一人一人違う音を奏でるそれは彼らの技術だけではなく、その人の人となり……つまり心が表れるのだと、わたしのピアノの先生も……そしてわたしの憧れたあのピアニストも言っていたから……。

 だからわたしは、人が自分だけの音を心で奏でるという彼の言葉がただの思い込みではないと感じていた。そして今、わたしの心は喜んでいると彼は言う……その言葉の通りだった。わたしの胸に溢れてくるこの熱い想いは、間違いなく青空との再会を喜んでいるものだと分かった。わたしの考えていることとは裏腹に、わたしの心は彼らの音楽を求めていたのだとようやく気付いてしまった。

 

「これでもまだ、彼らの音楽に耳を塞ぎたいですか?」

 

「っ……」

 

 曲に聴き入っていたわたしに、再び麗牙さんは問いかけてくる。だけどそんなの、自分の本当の気持ちに気付いてしまったわたしには辛い質問だった。あの子に対する罪悪感は今でも変わらず残っている。だけど再び巡り会えた青空を手放すことなんて出来るはずがなかった。直ぐに言葉して出せなかったけど、僅かでも意思表示として首を横に振って彼に応えた。

 

「わたし……やっぱり中途半端です……自分で決めたことも守れないなんて……」

 

「そんなの決めなくていいんです」

 

「だってっ、あの子の好きなブルースカイを……わたしがまだ聴いてるなんて……そんなの卑怯です……」

 

「……友達と何かあったんですね」

 

「友達でした……向こうはもう……わたしのことなんか……忘れたがってると思います……」

 

 想いが溢れてあの子のことを口走ってしまい、麗牙さんに勘付かれてしまった。だけど知られたところで彼に問題はない。ただわたしの罪を知る人が増えて、わたしが惨めになるだけだから……。

 

「その子のことは僕は分からないけど……燐子さんはブルースカイのこと、好きでもいいと思います」

 

「どうしてですか……」

 

「人に負い目を感じることが音楽に耳を塞ぐ理由にはなりませんし、それに今の燐子さん、すごく嬉しそうにブルースカイを聴いてます。そんな顔して彼らの音楽を聴く燐子さんがまた耳に蓋をするなんて、むしろ僕の方が耐えられません」

 

 なのに麗牙さんは、こんなわたしを見限るどころか背中を押してくれた。わたしがブルースカイの音楽を聴いてもいいと、自信満々に肯定してくれる。そんな彼が嬉しくてまた泣きそうになるけれど、まだあと一歩が足りなかった。あの子を傷付けたわたしだけがブルースカイを聴いてもいいのか、彼らの音楽で幸せな気持ちになっていいのかと。あの子を思って後ろ髪を引かれる思いがまだ残っていた。

 しかし……。

 

「でもわたし……あの子に恨まれてるんじゃないかって……」

 

「恨むなんてそんなの、会ってみないと分からないでしょ」

 

「会うなんて……もうどこにいるかも分からないのに……」

 

「その友達もブルースカイが好きなんだったら、そんなに簡単に聴くのを止めるとは思いません。今の僕たちのように。だから燐子さんがブルースカイを追い続ければ、いつかその子とまた会えるかも知れないじゃないですか」

 

「っ!」

 

 麗牙さんの言葉に思わずばっと顔を上げて彼の顔を見てしまう。目を見開いたまま固まり、開いた口が塞がらない間抜けな顔を見せていたかもしれないけれど、そんなの気にしないほどわたしは驚いていた。

 そうだ……どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろう……。あんなにブルースカイを好きだと言っていたあの子のことだ、きっといつかはブルースカイの音楽に戻ってくるはずだと気付くべきだったのに……彼の言う通り、今のわたしのように。もう会えないんじゃないかって諦めていたけど、今わたしの心に一筋の光が差し込んだ気がして、目にも小さな光が宿った気がした。

 

「そ、その発想はありませんでした……そうですね……そうすればまたあの子に会える……謝ることも出来る……っ」

 

「音楽はいつだって人と人を繋ぐものです。だから燐子さんもいつかきっと、その友達と繋がることが出来る……僕も応援しています」

 

「……はいっ」

 

 麗牙さんの言葉に後押しされ、わたしは決心した。

 

 わたしはもうブルースカイから逃げない。

 

 そしてあの子からも。

 

 両耳から流れてくる青空の如く澄み切った音楽を胸に抱きしむ、わたしは決意を新たにしていた。

 

 

 

 

 

 

「(やっぱり……落ち着くなぁ……)」

 

 わたしの心を満たすブルースカイの奏でるメロディ。しかし今になってようやく、その幸福を自分だけが享受していることに気が付いた。わたしにブルースカイと再会させてくれた、同じく彼らを愛する同志である麗牙さんがその曲を聴けていないことに申し訳なさを感じていた。だからわたしは……。

 

「あの……麗牙さん……」

 

「はい……え?」

 

「一緒に……聴きませんか……?」

 

 両耳のイヤホンの片方を外して、それを彼に手渡した。今この幸せな気持ちを目の前の彼と共有したくてつい動いてしまい、余計なことだったかもと遅れて考えが生じて焦ってしまう。だけど、彼の嬉しそうに受け取る顔を見てそれが間違っていなかったのだと安堵する。そして彼は片イヤホンを自分の耳につけて、わたしと二人、同じ音楽を聴き始めていた。

 

「……」

 

「……」

 

 彼らの曲に集中したいのか、彼もわたしも無言のまま時間が過ぎていく。会話はなく、二人の間で共有されるのは青空の音楽のみ。だけどそこにはなんとも言い難い心地良さがあった。互いに余計な言葉を交えない、静かな空気が流れていく。

 

「……」

 

「……」

 

 昔、似たようなことがあった。忘れもしない、あの子との日々だった。互いに話すこともなく、静かに側にいるだけの空間……わたしの大好きだったあの時間は、不思議なことに今の状況ととても似ていた。周りの風景なんて気にならない、それに没頭するだけの静かな時間をたった二人だけで共有していた幼い頃の記憶と。

 一つ違うことがあるとすれば、一緒にいるのがあの子じゃなくて麗牙さんだということ。

 

「……(なんでだろう……すごく落ち着くなぁ……)」

 

 だけど今のわたしはとても落ち着いていた。ずっとブルースカイの音楽を聴いているからだろうかと思っていたけど、彼がそこにいるからだと、何故だかそう確信できた。だって、今の麗牙さんといると昔を思い出しても胸が苦しくならないから。まるであの子といるような、昔の続きを再開しているような、そんな気分になっていたから……。おかしいよね。あの子と麗牙さん、全然似てないのに。

 

「あの、麗牙さん……」

 

「なんですか?」

 

「あ、いえ……ありがとう……ございます」

 

「こっちこそ。また戻ってきて嬉しいです」

 

「ふふ……はいっ」

 

 あの時の臆病で、だけど優しい彼とは似ても似つかない、強引だけどカッコいい目の前の青年を近くで見つめながらわたしは微笑んだ。

 

 わたしたちの心には、青空の穏やかな音色がいつまでも響き渡っていた。




次回はようやく合同ライブ
燐子の言うサプライズとは……?
「第31話 薔薇と牙の饗宴:Rose Fang Party」

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