ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙と燐子。お互いが過去のトラウマの相手だと気づかないまま、二人の距離は近づいていく。幼き追憶と共に見せる物語、果たしてその先にあるのは……』


第31話 薔薇と牙の饗宴:Rose Fang Party

 冬の訪れを感じさせる冷たい風が、葉が枯れ落ちた寂しい木々を揺らす。そんな光景とは真逆の熱気がこもった空間が、このCiRCLEのライブ会場で形成され始めていた。

 土曜日の午後、私たちがTETRA-FANGと邂逅してから約一ヶ月。ようやく私が待ち望んだ彼らとの合同ライブが行われる日であった。会場には私たちの音楽に引き寄せられたファンと、そしてTETRA-FANGの激しい音に魅了されたファンで溢れかえり、お陰でライブ会場は満員となっている。会場が開いてから間もない時点で既にこのような状況だったらしく、それだけこの合同ライブが注目されていたことが分かる。

 あの日、私が直にTETRA-FANGのライブを目の当たりにした時のことを思い出す。しかし今回は麗牙は開演前のヴァイオリン公開練習を披露していない。今回はTETRA-FANGのワンマンではなくRoseliaもいるため、自分だけが目立ちすぎる行動を控えるとのことらしいけど……正直信用ならない。もちろんいい意味でだけど。何せウチの燐子を使ってあんなサプライズを用意していたくらいだ。きっと私たちの予想を上回ってくれるパフォーマンスをしてくれる。そんな期待がしてならなかった。

 その時、両グループが待機する楽屋の扉が開いた。

 

「みんな……やる気は十分みたい……」

 

 相変わらずの眠たそうな眼をした紅さん……いえ、愛音が陣中見舞いにやってきた。麗牙の身内で関係者ということもあり、ここまで通してもらえたようだ。しかし、そうなると一つ気になることがあった。彼女の後ろに着く、二人の男性の姿に私たちの視線が注目する。

 

「あっ、ラモンと(りき)も来たんだっ」

 

 アゲハの明るい声が部屋に渡る。そして私も思い出した。そう、確かこの二人は私が麗牙の変身を目の当たりにした日、あの竜の城の中にいた二人だったと。ただ、あの時セーラー服を着ていたラモンと呼ばれた少年も、燕尾服を着こなしていた力と呼ばれる青年も、その見た目は随分と違っていた。何故ならその服装はラフな部屋着そのもので、その上には大きく「TETRA-FANG」と刺繍された法被を着ていたから。よく見たら両手にペンライトも握っているし、どう見てもただのガチ勢にしか見えない……目立つわねこれ……。

 

「うんっ、キングのお兄ちゃんたちのライブだもんね。来ないわけにはいかないから」

 

「ライガ……応援してる……みんなも」

 

「ありがとう二人とも。それ似合ってるよ」

 

「(本気で言ってるの!?)」

 

 裏表のない純粋な笑顔で喜ぶ麗牙を見て内心ツッコミを入れてしまう。いや、麗牙自身が嬉しいなら別に問題はないのだけど、ほら見なさいよ麗牙……後ろのアゲハと健吾の顔。どう見ても引き攣ってるわよ。しかし当の麗牙本人は相変わらずの屈託のない笑顔で、どうやら彼は人からの好意にはとことん嬉しがるタイプのようだ。以前からそんな気はしていたけど、ここまでとは……。

 

「あの二人は……いないよね。今日くらい来ればよかったのに」

 

「気にしないで。彼らはあれが生き甲斐だから。それに、アレの修復はお兄ちゃんにとっても最優先事項でしょ?」

 

「まあ、そうなんだけどね」

 

 ここに来れない誰かのことを思って少し残念そうな顔をする麗牙。私の知らない人なのだろうけど、来て欲しいと思っている人に来てもらえない悲しさは分からなくもない。私だって、あの時のライブでお父さんに見てもらえなかったら悲しかったと思うし、今のように前には進めていない。そこまでの相手なのかは分からないが、私の思っている以上に感情の起伏が激しい彼を見ていると少し心配になってしまう。感性豊かなのはアーティストとしてはいいことなのだけど、彼の場合はそれに振り回されそうな気がしていた。

 

 ──僕が人間じゃなかったら、どうする?

 

 ふと、あの時の彼の質問を思い出す。私が初めて麗牙の秘密を目の当たりにした日、彼の正体を聞こうとした私に向けて彼が言った言葉。その時は普通にその声を聞いていた気がするけど、今にして思うと怯えのような色も入っていたかもしれない。何を怯える必要があるのか……それが何なのか今なら確信できた。自分が人間じゃないと伝え、拒絶される恐怖。あの時の彼は間違いなく、私に拒絶されることを恐れていた。単なる悪意や敵意なら、彼は傷付きはすれどある程度許容出来るのだろう。しかし、好意から反転した拒絶には酷く怯える。あの日の帰り道、私が麗牙との曲作りを止めないと言った時の、心から嬉しそうに私の手を握る彼を思い出して確信していた。

 あの堂々とした紅の鎧──キバの姿からはまるで想像出来ない弱々しい彼の本性。願わくば、その弱さが彼を壊さなければいいのだが……。

 

「兄さん……そろそろ出番……みんなガンバっ」

 

 気付けばいつの間か開始前になっていた。激励と共に愛音たちが部屋から出ていき、私たちも自分たちの演奏のためにステージ裏へと向かい出す。

 

「麗牙。トップバッターの務め、しっかり果たしなさいよ」

 

「もちろん。期待しててください」

 

「ええ。楽しみにしてるわ」

 

 少しばかりプレッシャーになる言葉を与えても麗牙は変わらず笑顔で応えてくれた。心の中で何だかんだと心配しても、結局は彼次第でしかない。ならば今は、あの強気な王様の意気込みを信じてみようと思う。

 

「よし……行くよ!」

 

 麗牙の声を皮切りに、TETRA-FANG──四人の牙がステージへと上がっていく。

 

 現在は演出上ステージにライトは照らされていないが、暗闇の中でもある程度は見えるため、彼らの登壇に会場が沸くのが振動でステージ裏まで伝わってきた。

 

 そして、麗牙一人がライトアップされ、彼らのステージ……いえ、私たちのライブが開幕した。

 

 ♩〜〜♬〜〜

 

 会場全体に麗牙のヴァイオリンの音が響き渡る。きっと私たちしか知らないファンは今頃「何だこれは」と驚いていることだろう。私たちも同じだったからよく分かる。しかしやがて会場のざわつきが消えていくのがすぐに分かった。皆聴き込んでいたのだ。彼の音楽を。彼の世界を。聴く人を例外なく自身の世界に引きずり込む得意稀な才能を持つ麗牙の演奏は、ジャンルの違うロックファンの心にもしっかりと届いていた。

 

 ♬〜〜||

 

 いつもより短い演奏をもって、彼のヴァイオリンの音色が終わりを告げる。瞬間、ライブ会場ではステージが開始した直後だというのに、コンサートホールのフィナーレで聞くような盛大な拍手が巻き起こる。皆、彼の天才的なヴァイオリン演奏を前に感動していたのだ。

 しかし、今日はあくまでもロックバンド同士の合同ライブ。主役はロックミュージックになる。故に客は皆、次にはボーカル付きのハードな演奏を期待するだろう。

 

 豪華なオープニングセレモニーが終わったと誰もが感じた時、更なる旋律がその感想を打ち消した。

 

 ♬〜〜♬〜〜

 

「えっ?」

 

 ステージ全体が一気にライトアップされた瞬間、麗牙のヴァイオリンの音と共に一斉にTETRA-FANGの演奏が開始された。ヴァイオリンを主旋律とした、しかしロックのテイストで激しく、まるで狼のように駆け巡る凄まじい音楽は、クラシックなのかロックなのか私には判別出来ないでいた。何より、そんな曲のことなど私は全く聞かされていたかったのだから。

 

「嘘……まさか……」

 

 当初の予定とはまるで違う曲を演奏し始めたことに私たちが驚愕している中で、燐子は別の意味で衝撃を受けていた。

 

「燐子、どうしたの?」

 

「だって……麗牙さんが今弾いているの……ピアノ用の練習曲なのに……」

 

「ピアノの?」

 

「はい……ショパンのピアノ練習曲……エチュード10-4……本来ピアノで弾くべきとても難しい曲のはずなのに……それをヴァイオリンで弾くなんて……すごい……」

 

 ピアノを奏でる燐子だからこそ、彼女はその異常さに衝撃を受けていた。ピアノのために作曲された曲。しかも今の演奏を聴く限り、とてつもないスピードを要求されるそれを、彼は今ヴァイオリンで奏でている。もちろんギターやキーボードを入れるためにアレンジはしているのだろうが、その凄まじさには圧倒されてしまう。今も嵐の如く弓を暴れさせる姿は、まるで荒々しく野を駆ける狼のようにも見えた。

 

 ♪〜〜||

 

 荒ぶるヴァイオリンの音が沈み、会場に歓声が飛び交う。ピアノ練習曲だろうがヴァイオリンだろうが関係ない。今の熱さは間違いなくロックだったと、皆が感じていた。あんな凄い演奏を見せられたら、誰だって盛り上がってしまうのは当然だろう。

 

「本当にやってくれるわね。TETRA-FANG」

 

 もちろん私もその一人だ。まさか初っ端からこんな驚きを持って来られるとは思わず、しかもその質の高さに私の心まで心が昂ぶってしまう。気持ちが抑えきれず、ステージ上の彼に向けて挑発的な笑みを送っていた。

 

「皆さんこんにちはTETRA-FANGです! 今日はRoseliaとの合同ライブ、Rose Fang Partyにお越しくださいありがとうございます!」

 

 彼が挨拶に入ったところで音楽の嵐から解放された観客はようやく麗牙たちの姿をよく観察できるだろう。因みに今の麗牙の衣装は全体的に青色をイメージしたものになっている。Roseliaに合わせたのかと問うたがどうやら違うようだ。しかし深海の如く深い青と、刺々しい装飾の数々を見ると、まるで彼自身が青い狼に変身したようにも見えてしまう。先ほどの演奏を聴いた分、余計にね。

 

「まるで青いキバですね」

 

「? キバって赤だよね?」

 

 紗夜が私とリサにだけ聞こえるようにそう呟いていた。しかしリサはその言葉の意味がよく分からず首を傾げてしまう。リサ……多分キバじゃなくて普通にTETRA-FANGの(ファング)のことを言ってるのよ紗夜は……とは面倒なので口にしない。

 

「いえ、私はそんなつもりで言ったわけじゃ……まあ、キバだって青色の時もあるから強ち間違いではありませんが」

 

「え? どういうこと?」

 

「二人とも私語が過ぎるわ。今はライブに集中するべきよ(……青色の時もある?)」

 

 紗夜の発言が気になって思考に残ってしまうが、彼らのステージを聴き逃すのも惜しいので目の前の彼らに集中する。次はようやくの本番。荒々しく歌うボーカルRAIGAが登場する時だ。

 

「時間が惜しいので早速始めていきましょう! 聴いてください。『Shout in the Moonlight』」

 

 ステージ全体が青く光り、重く激しいサウンドが会場を支配する。そして麗牙の歌声が、まるで夜空のように暗く落ちたこの空間全体に響き始めた。先ほどのヴァイオリンのように、狼のように荒々しく駆ける情景が浮かぶ。以前のライブでも披露していたが、やはりこの曲もDestiny's Playと同様に誰かのことを歌っているような気がしてならなかった。一体誰のことなのか……またキバなのか? しかしキバと呼ぶにはあまりにも曲が荒々し過ぎて彼のイメージとは一致しない。敢えて言うなら気高さみたいなものを感じるくらいか。

 

「あ……」

 

 その時、ふと紗夜が声を漏らすのが聴こえた。紗夜は何かに気が付いたのだろうか。そらならそれで構わないし、私も一々そのことばかり気にしていられない。そして私は今一度、彼の作り出す世界観の中に没頭するのだった。

 

「っ〜! まだまだ行きますよ! TETRA-FANGとしては初披露!我らがKENGOのギターテクに注目!『Individual-System』!」

 

 獣の如く歌い終えたと思えば、空かさず次の曲へと移るTETRA-FANG。いくら次が私たちと交代するからと言っても、その息継ぎの短さに驚かされる。麗牙が曲名を告げた瞬間に彼は青色のジャケットを脱ぎ捨て、穢れのない真っ白な衣装が姿を現した。

 そして健吾の凄まじいギターソロから始まるTETRA-FANGの新曲──Individual-Systemが幕を開けた。以前は麗牙と健吾の二人だけの演奏だったが、今回はTETRA-FANG全員揃っての初披露となる。だがそれでも全体的なギターの比率は高く、この曲の真の主役はギターなのかも知れないとさえ感じるほどだ。

 

「ふっふっふ」

 

 一度聴いた曲だが、やはり四人揃うと全然違うと感じていた時、何やらあこが得意げに笑っているのが見えた。

 

「あこちゃん……どうしたの……?」

 

「あこは本当のIndividual-Systemを知ってるもんね」

 

「?」

 

 彼女はたまに言っていることが分からなくなる時があるが、多分今がその時だ。音楽に集中したいため、今回の彼女の発言はスルーしても良さそうだと判断してステージ上へ意識を向けなおす。

 そこには以前にも増して青空のような明るさが広がっていた。独善的な歌詞に似合わない希望あふれる曲調がステージを彩っている。その中で歌声を響かせる白衣の麗牙は、まるで青色に輝く太陽のように感じられた。

 

「(全員揃うと、やはり違うものね)」

 

 やがて青空のような曲も健吾のギターソロと共に終わりを告げる。ライトが消え、鳴り止まない歓声の中で麗牙たちは颯爽と無言でステージを去っていく。それは私たちのステージの始まりを意味していた。

 

「行くわよっ」

 

 メンバー全員に声を掛け、青薔薇が舞台に姿を現わす。歓声を受けながらそれぞれの楽器を構えたその瞬間、光が私たちを包み込んだ。彼らから受け取ったバトンをむざむざ落とすわけにはいかない。短い時間であれだけのものを見せつけて観客を魅了したTETRA-FANG。以前に客として見ていた時よりもその凄さが伝わってきて興奮し、感動してしまった。

 

 だから……負けたくないと思った。

 

 そして私は会場に、そしてステージ裏にいる彼らに向けて一言、曲名だけを告げた。

 

「ONENESS」

 

 ──私たちのステージをそこでよく見てなさい。麗牙! TETRA-FANG!

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 湊さんが急遽歌う曲を変更して以降は、特に予定を変えることなく元のセトリ通りに進行していった。それぞれの持ち曲や様々なカバー楽曲も交えながら、双方レベルの高いステージを熟していく。湊さんの歌声は以前にも増して、いやそれどころか昨日の練習よりも遥かに通っているように感じられた。本番独特の緊張感漂う空気だけが理由ではない。間違いなく彼ら──TETRA-FANGの存在が湊さんの勢いを加速させていたからだ。しかしそれは湊さんだけのことではない。今井さんも宇田川さんも白金さんも、そして私も、Roseliaの誰もが彼らの音楽に勢い付けられ、そして負けまいとする熱意に溢れていた。間近であんなものを見せられてやる気にならない人なんてバンドマンじゃない。そう思えるほどに彼らのステージは熱さが迸っていた。

 

 しかしその中でいくつか気付いたことがある。最初に紅さんが歌った「Shout in the Moonlight」を今一度聴いた時、私はそれがすぐにあの青いキバのことを謳っているのだと気付いた。彼が吠えるように歌う中で、あの夜、ビルの屋上で満月を背後に構えた青いキバの姿が鮮明に思い出されたからだ。

 発見はまだある。先ほどTETRA-FANGが歌っていた「Innocent Trap」も以前に聴いた曲だったけれど、今日改めてそれを聴いた時、私はステージの上で歌う紅さんに水面を駆ける緑のキバを空目してしまった。これもまた、あの緑のキバのことを謳ったのだろうか。こればかりは彼に聞いてみないと分からない。

 

「(二人は赤いキバしか知らないのね)」

 

 先ほどの会話で偶然知ったけどだけど、湊さんと今井さんは青と緑のキバを知らない様子だった。つまりあの姿はRoseliaでは私しか知らないということになる。私しか知らないキバの……紅さんのこと。それを意識した途端、体の奥底が熱くなって心が踊るような感覚が沸いてきた。「私だけ」という言葉に妙に高揚してしまうのは、これも私が変わってしまった所為……なのだろうか。私が彼に……紅さんに恋をしてしまったから生まれた、熱い気持ち……。

 今も私のことを見ているのだろうか。私だけの音を楽しみにしていると言う彼の言葉に応えたくて、今も狂い咲くようにギターを弾く私のことを。

 

 

 

 

 そんな私たちの曲も終わりを迎え、この合同ライブも終幕に近づいていた。この時点で私たちのファンが知る既存の音楽は終わりで、次の出番はTETRA-FANGの演奏後の特別企画からとなる。

 

「ありがとう。ここからは……特別企画よ」

 

「湊さん?」

 

 湊さんの言葉に疑問を覚える。特別企画は次のTETRA-FANGのステージが終えた後のはずだ。一応この後はTETRA-FANGがまたもや新曲を先行お披露目するというサプライズがあるため、それを特別企画と言えないわけではない。しかしそれは彼らが以前にも行っているし、後の企画と比べても特別と言えるものではないと思うのだけど……。

 そんな勿体ぶった言葉に疑問を抱く中、私たちと入れ替わる形で紅さんがステージへと登壇する……一人で。

 

「えっ?」

 

 ステージ裏に帰って来れば、そこには紅さんを除いたTETRA-FANGのメンバーが三人とも待機していた。しかしその表情はそれぞれ違っている。羽畑さんはとても楽しそうに微笑んでいるけど、綾野さんは驚いた目で、次狼さんは怪訝そうな目でそんな羽畑さんのことを見ていた。

 

「え? アゲハ何しちゅん? 次はお前と麗牙やろ?」

 

「だから、サプラーイズ! ほらっ」

 

 そう言って羽畑が指差す方向……ステージの方へと全員が目をやり、そして驚愕した。

 

 本来なら羽畑さんが立つべきキーボードの前……そこには白金さんの姿があった。

 

「あれっ、りんりん!? 嘘っ、全然気付かなかった!」

 

 あこが声を大にして驚いているが、私の方はもはや声すら出ないほど驚いていた。こんなことをすると彼女は全く言ってくれなかったし、今日だって今の今までその気配すら感じさせなかったのだから。しかし、まさか全員が知らなかったと言うわけではない。紅さんと羽畑さんは知っていたようであり、それにもう一人……。

 

「普段の練習の負担にならなければそれでいい。私は燐子にそう言ったまでだけど? ふふっ」

 

 悪戯が成功したように可愛らしく笑う湊さん。この人もこんな風に笑えるのだと少し意外に思いながら、しかし教えてくれなかったことが少しショックで眉をひそめる。何より、今から紅さんとたった二人だけでライブをする白金さんが羨ましくあったから。

 

「前の合同練習の時にさ、私が燐子に声かけたんだぁ。みんなに内緒で特別コラボやろうって」

 

「せ、せめて俺には言ってほしかったな……あ痛てて」

 

「なんでわざわざ健吾に言うのよ。ってか何お腹押さえてんのアンタ? 調子でも悪いの?」

 

「ああおかげさまでな……てて、大丈夫かなぁ麗牙……」

 

 腹部を押さえて調子の悪そうな綾野さんを心の中で案じながらも、私はステージ上の二人から目を離さない。

 羽畑さんの言葉を信じるなら、彼女は以前の合同練習の時にこの企画を白金さんに持ちかけた。つまり彼女の練習期間はわずか一週間。その間にRoseliaとしての練習もあるのに、彼女はこのサプライズのためにTETRA-FANGの曲にも時間を費やしたというのか。練習中はまるでそんな事も感じさせなかっただけに、彼女の本気度が伺える。それほどいい曲だったのだろうか。それとも、彼女も紅さんのことを……? まさかね。

 

「あれ? 燐子の衣装の薔薇、なんか黒くなってない?」

 

「そう言えば曲に合わせて黒薔薇に差し替えるって言ってたわね」

 

「黒薔薇……」

 

 今井さんが気付いた白金さんの黒薔薇。しかしそれも、普段衣装を作っている彼女なりの拘りというものなのだろうと納得する。メンバーや曲のイメージに合わせて衣装を作ってくれる、それが私の知る白金さんだったから。

 

 そして、彼女の白く細い指が鍵盤の上に落ちていく。

 

「ぁ……」

 

 優しく、しかし壊れそうに脆い音が彼女の手から生み出されていく。

 

 純粋で儚く、美しく悲しい音が、静かに会場に響いていく。

 

 やがて雨が降るような悲しいメロディが鍵盤から奏でられていく。一人寂しく佇むような静かな旋律と共に、そして彼の歌声が言の葉を紡ぎ始めた。

 

 それは初めて聴く彼のバラードだった。

 

 暗い夜の中を一人寂しく歩く、そんな美しくも悲しみに包まれるような音が二人から生み出されていく。そこに微かな希望を感じさせながらも、それはあくまで自分でない誰かに託し、自分は更に深い夜の中を進んでいく。救いがあるのか分からないけど、ひたすら悲しく雨が降るようなやり切れない旋律がただただ美しくて、何度も息が漏れていた。切なさが胸を締め付け、その尊さに思わず愛しさを抱くほどだった。

 

 ──Rainy Rose

 

 最後に彼の口から溜息のように出たその言葉こそ、この曲のタイトルなのだとすぐに理解できた。雨のように悲しく舞い散る黒薔薇。悲しくも美しい、愛の形を謳った調べ。

 

「はぁ……」

 

 美しく、悲しく、切なく、尊く、そして愛おしい。様々な感情が押し寄せてくる名曲を前にして、私は何度と繰り返した溜め息をもう一度吐き出す。

 

「……っずッ」

 

 鼻を啜る音が聞こえて振り返ると、そこには涙目……というか普通に涙を流して泣いている今井さんの姿があった。

 

「ごめん……なんか、感動しちゃってさ」

 

 今井さんの気持ちもよく分かる。あんなに美しいバラードを聴けば誰だって心を動かされてしまう。それをたった二人で仕上げてしまったのだ。羽畑さん曰く、フルではなくワンコーラスとラストサビのみの編曲らしいが、それだけでもここまで二人の息がぴったり合うのは見事としか言いようがなかった。紅さんと二人で。そんなことが出来てしまった白金さんに、少しばかり嫉妬の混じった視線を送ってしまう。

 

「さっ、次は貴女達の番よ」

 

 しかし一々感動や嫉妬ばかりしていられない。二人の曲が終わったと言うことは、もうラスト目前ということ。

 紅さんはそのままステージから一歩も動かず、そして私たちRoseliaは……いえ、湊さんを残した全員がステージへと上がっていく。湊さんを除いたメンバーが各担当楽器を構えてステージ中央の紅さんを囲う形が完了していた。

 

 そして、私たちの視線を背中に受けて紅さんは告げた。

 

「聴いてください。Roselia feat. RAIGAで……『BLACK SHOUT』」

 

 私たちにとってはもはや弾き慣れた旋律が奏でられていく。しかしそこに乗せられて響かせるのはいつもの湊さんの歌声ではなく、TETRA-FANGのRAIGAの歌声だった。

 合同ライブ最後の大出し物。それは互いのボーカルを入れ替えた楽曲交換であった。無論、この後は湊さんがTETRA-FANGの曲を歌うことになっている。

 

「っ!(にしても、紅さんもよく仕上げてきましたねっ)」

 

 白金さんよりも練習期間が長いとは言え、Roseliaの楽曲はどれも高レベルだ。湊さんの他の人とは一線を画す歌唱力は並相当の努力では辿り着けない。しかし彼は持ち前の歌唱力で私たちの音楽に肉薄した……いや、Roseliaのそれとはまた違う独特の魅力を解き放っているように感じられた。お陰で、知っているはずなのに私たちも全然知らない、新しいBLACK SHOUTが生まれていた。

 

 時折こちらを見つめ返してくる紅さんと目が合って気持ちが昂ぶるも、それによって演奏を乱すわけにいかず必死に冷静さを保とうとする。心は熱くなったままで、しかし私のためにRoseliaと、そして紅さんに恥をかかせるわけにはいかない。彼がここまで歌を仕上げてきたのだから、私たちもそれに応えなければならない。私は彼と同じステージに立つことを意識してギターを……私だけの音を奏でるために弾き鳴らしていく。

 

「っ〜! ありがとう!」

 

 しかし気付けばあっという間に彼とのステージは終わってしまっていた。もう少しやりたい気持ちがあったが我儘も言っていられない。次はいよいよラストの曲なのだから。ステージ裏から出てくるTETRA-FANGと湊さんとすれ違いながら、少しだけ物足りない気分を押し込めて彼らにエールを送る。

 だが紅さんだけはステージから降りることはなく、湊さんが持っていったヴァイオリンを受け取り、ステージ中央に立つ彼女から数歩後ろに立っていた。

 

「次がラストよ」

 

 予想していた残念がる会場の声が轟く。間違いなくこの後アンコールが巻き起こるだろうと予想しながら、湊さんたちのステージを私たちも楽しみに待機していた。

 

「TETRA-FANG feat. 湊友希那で、『Destiny's Play』」

 

 彼女が曲名を告げた次の瞬間、久方ぶりの紅さんのヴァイオリンの音がステージに響き渡った。Destiny's Playはその激しいロックと共に奏でられるヴァイオリンの音が特徴的な楽曲だが、今回はヴァイオリンの音を打ち込みではなく、紅さん自身がストリングスとして参加する異例の特別編成となっている。ボーカルを湊さんに託しているからこそできるある種の離れ業であり、そのため今回はヴァイオリンの打ち込み音を消している。

 そして彼のヴァイオリンソロが一転、綾野さんの激しいギターと共に曲は生まれ変わる。彼がキバに変身するように、ヴァイオリンの優雅な旋律はTETRA-FANGによって激しいロックへと変貌した。

 

「〜♪」

 

 湊さんの歌声による、新たなDestiny's Playが会場を支配し始める。

 先ほどのBLACK SHOUTと同様に、何度か聴いたTETRA-FANGの曲とはまるで印象の違うDestiny's Playに生まれ変わっていた。紅さんの休まることないヴァイオリンの音が湊さんの歌声と非常にマッチしていて心地よささえ感じていた。

 

「(やはり私は、この曲が好きだな)」

 

 私が初めて聴いたTETRA-FANGの楽曲がDestiny's Playだった。あの雨の日に紅さんに誘われ、後に日菜と共に初めて彼のライブを見た時のことだ。ライブ開始前のヴァイオリンの演奏に驚いて、その後にライブが始まって一曲目がこの曲──Destiny's Playだった。

 しかし初めて聴いた時、私はこの曲の持つ勢い以上に、彼の口から語られる詩に心動かされていた。だってその詩は、その時の私に痛いほど突き刺さるものだったから……。自分の身を守り続けるだけの殻から逃げだせ、誰かと同じじゃない自分だけの未来を描いていくために。日菜と自分を比べ、そこから逃げようとした自分への戒めのようにも思えて少しだけ驚いてしまった。

 でも、だからこそ私はTETRA-FANGに興味を持つことができた。私の背中を押してくれた紅さんの曲を好きになることが出来た。私にとってはある意味思い出の曲。それに参加できる湊さんのことを、やはり羨ましいと思ってしまう。

 

「オイ! お前ら全員出てこい!」

 

 その時、ステージ上から次狼さんの私たちを呼ぶ声が聞こえた。曲は既にCメロとラストサビを残すだけであり、突然のことで何事かと全員で目を合わせて首を傾げてしまう。しかしよく見ればステージ上の皆が私たちを見ていたのだ。無論、紅さんも。それだけで彼らが何を言いたいのか理解できた。

 本来なら私たちはこのまま出て行く予定はなかった。しかし……。

 

「……行きましょう!」

 

 ここまでされて出ないという選択肢はなかった。私は残る三人にも目をやり、全員でステージへと駆け上がった。私はギターの綾野さんの隣に、今井さんはベースの次狼さんの隣に、宇田川さんはガラ空き状態のドラムの席に、白金さんはキーボードの羽畑さんの隣に、それぞれ陣取っていく。RoseliaとTETRA-FANG、計九人の大所帯がステージ上を埋め尽くしていた。

 

 ──一人一人奏でる音が

 

 湊さんの歌声と共に紅さんのヴァイオリンが響いていく。

 この後の演奏は、正直なところ自信があるわけではない。精々が少し興味があって奏でたことがあるくらいだ。しかし、それでもやりたくて仕方がなかった。私が好きになったこの曲を、この九人全員で奏でたくて仕方がなかったのだから。

 

 ──解き放て未知の力

 

 そして、全員の音が一つになった。

 

 今まで揃って合わせたことなど一度もないのに、まるで最初からそうであったかのように、調和された旋律が流れていく。

 

 それはまるでDestiny's(運命の) Play(戯曲)のように……。

 

 全員の心が一つになっているのだと、今は強く感じていた。

 

 人間も吸血鬼も狼男も関係ない、一つの共同体が完成されていた。

 

 今間違いなく、私たちは今までで最高の音を出していると自信を持って言えた。

 

 私は今は感情のままに、この美しい音の輪の中で自分の音を弾き奏でるだけであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ──Wake up! Destiny's play!

 

 友希那の激しいシャウトが世界を覆い、二つのバンドを、そして会場の心をも一つにしていた。今この空間にいる者の中に、心が踊らない存在は誰一人として存在しなかった。薔薇と牙の饗宴は、まさに圧巻の一言が相応しかっただろう。

 

 そして湧き上がる歓声の中で、そんな彼らの姿に一際心動かされた者たちがいた。

 

「すごい……Roseliaに全然引けを取っていない……」

 

 赤いメッシュを入れた少女が呟く。

 

「日菜ちゃんの言った通り、やっぱり紅さんってすごいんだなぁ」

 

「でしょ! でもおねーちゃんもすごい!」

 

 偶像のように小さく愛らしい顔立ちをした少女たちが感心したように洩らす。

 

「いいわ! みんなすっごくいい笑顔だわ! あたしたちもあんな感じでやりたいわ!」

 

 溢れんばかりに輝く笑顔を浮かべる少女が叫ぶ。

 

「う〜ん! みんなすっごくキラキラしてる! 私、今最っ高にドキドキしてるよ! ねぇ有咲(ありさ)!」

 

「だ〜!? だから抱きつくなぁ!」

 

 星のように眩しく笑う少女と、彼女に抱きつかれて遇らおうとする少女が騒いでいる。

 

 誰もがこのライブを通じて感動し、そして知ることになった。

 

 TETRA-FANGという研ぎ澄まされた気高き四本の牙のことを。

 

 鳴り止まないアンコールの中で、青薔薇と吸血王の紡ぐ物語に新たな出会いの予感が芽吹いていた。




ショパンのエチュード10-4
分からない人は一度聴いてみてください。
キバファンなら必ず聴いたことのある、あの曲の元になった曲です。
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