ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙と共に紅オトヤが遺した曲の製作に取り掛かる友希那。オトヤの人となりを知っていくうちに、彼女もいつしか彼が謳う「愛」について考えるようになっていた。愛……それは躊躇わないことだぜ!』

「ちょっと黙った方がいいよ」


第34話 赤メッシュとさすらいのギタリスト

 それは画用紙一面に青いインクをぶちまけたように、雲一つない青空が広がる日曜日のことだった。先日の RoseliaとTETRA-FANGというグループの合同ライブを目にし、それに奮起させられる形であたしたちAfterglow(アフターグロウ)は、昨日の会場と同じCiRCLEでバンドの練習をしていた。Roseliaもそうだったが、初めて聴くTETRA-FANGの熱いロックに誰もが心動かされていた。だから皆、今日は予定よりも早く集まって、そして長く練習していたのだろう。

 その練習を終えた後は、みんなで昼食をとって解散し、そしてあたしも自分のギターを背に家への帰路を歩いていた時だった。

 

「〜♬」

 

 駅前の広場から高らかな歌声と、そして激しいギターの音が聴こえてきた。音につられてふらふらと人が集まる方へと歩いていくと、その集まりの中心でギターを弾きながら綺麗な歌声を出し続ける一人の少女の姿があった。灰色に染めた長い髪をポニーテールに纏めてとても綺麗な顔立ちをする、あたしと歳が変わらないくらいの少女だったが、激しく爆発するようにギターを鳴らして感情のままにシャウトするその姿につい圧倒されてしまう。

 それによく見れば彼女の前に置かれている裏返されたハットには、いくらかお金が入っていた。お札まで入っていることに少し驚くが、それ以上にこんな年端もいかない自分と同じ歳の少女がこんな風に路上ライブでお金を稼いでいることの方が余程衝撃だった。

 

「〜! ふぃ〜……ありがとー!」

 

 長いようにも短いようにも感じた彼女の演奏は終わりを告げる。途中から見ていた身としてはもっと聴いていたかったと残念に思うが仕方がない。ライブが終了したことで聴き入っていた客たちはぞろぞろと解散していき、少女もハットの中に溜まったチップを回収して撤収の準備を始めていた。

 

「(この子……いくつなんだろう?)」

 

 ライブの途中から何度も思った疑問が再び蘇る。明らかに大人とは思えないその風貌で、お金を稼ぐように路上ライブをする少女。自作のCDを売っているわけでもなく、ただ演奏だけを披露する彼女のことが何故か気になって仕方がなかった。よく分からないが、彼女の中に何かを……シンパシーのようなものを感じていたのかもしれない。

 

「……ん? 私に何か用か?」

 

「えっ? あ、いや別に用ってほどのものじゃ……」

 

 ずっとぼうっと立ちながら思慮に耽っていたからか、自分の周りには客が一人もおらず、あたし一人だけが少女の前で立ち尽くす状況になっていた。確かに気にはなっていたけど、まさか話すことになるとは思いもしなかったので、彼女から声をかけられたことに狼狽えてしまう。

 

「ふーん。あっ、なぁアンタ。アンタもそれ、ギター弾くんだろ? せっかくだしちょっと話に付き合ってくれよ」

 

「えっ……ま、まあ別に構わないけど……」

 

「よっし決まり。ちょいと待ってろよ」

 

 特にこの後に予定があるわけではないから彼女の提案を受け入れる。聞きたいことがあるのは確かだし問題はないだろう。少女は楽しそうに荷物を器用にコンパクトに纏め上げ、機材と共にキャリーケースの中へと収納して立ち上がった。

 

「じゃ行こっか……って言いたいんだけど……」

 

「?」

 

「私、この街に今来たばっかなんだよね〜。あはは……どっか落ち着いて座れる場所とかないか? 公園でもいいから」

 

「……はぁ、まあいいか。案内するよ」

 

 普段ならばこんな風に知らない人に話しかけられて長く付き合う事もないのだけど、どうしてか彼女のことは放っておけないと感じていたのだ。単に彼女の演奏に惚れたってだけじゃない。激しいギターに負けないくらい大きく叫ぶ彼女の声に、どこか似たようなものを感じていたのだ。以前の自分に似た、どこかぽっかりと穴の空いた寂しそうな音を……。

 

「あっそうだ忘れてたな。私は藍瑠(あいる)、さすらいのギタリストだ。アンタは?」

 

「あたしは……蘭。美竹(みたけ) (らん)。よろしく、藍瑠さん」

 

「藍瑠でいいよ。よろしくな、蘭」

 

 ニカッと太陽のような眩しい笑顔でこちらに手を出してくる藍瑠に、私は戸惑いながらもゆっくりと右手を差し伸べる。藍瑠はまるで臆することなく私の手を掴んで嬉しそうに腕を振っていた。恥ずかしくて一瞬手を引っ込めようとしたけど、心から嬉しそうに笑う彼女の表情を見て、手ではなくその考えを心の内に引っ込めさせた。

 

 

 

 

 

 あたしが連れてきたのは落ち着いた施設の中でも子どもの声が響く公園でもなく、夕陽を眺めることのできる小さな丘の上だった。太陽が昇っている今では綺麗な夕陽を臨むことは出来ないが、彼女と落ち着いて話ができるとすればここしか考えられなかった。

 

「藍瑠はなんで旅をしてるの?」

 

 ベンチではなく、丘の緩やかな草の絨毯の上に腰をかけ、二人で街を見渡しながら彼女に問いかける。あたしの質問に藍瑠は困ったように眉をひそめ、しかし恥ずかしげに頬をかきながらもあたしに教えてくれた。

 

「まあ……そうだな……簡単に言うと家出だな」

 

「家出……」

 

 何となくそうではないかと考えていたが、実際にそう答えられるとこちらも困惑する。彼女はちょうどあたしと同じ十六歳らしく、本来なら高校に通ってあたしたちのようにギターを日課として弾き奏でていてもおかしくなかったはずだ。それなのに彼女は家を飛び出している。その理由も、彼女は答えてくれた。

 

「私さ、ギター一筋なんだよ。ギターが私という存在を形作ってるといっても過言じゃないってくらいに。でも私の家がさ、最近マジでうるさいんだよ。『そんなものに現を抜かすな。くだらないから止めろ』って。やってらんないよなホント」

 

「親に反対されたんだ……」

 

「親は私のギターのこと、お遊びか何かだと思ってたんだよ。でも高校に上がってまでも続けるもんだからね。ついに我慢の限界って奴?」

 

 諦めたように乾いた笑みを浮かべる藍瑠だけど、あたしは彼女の境遇を笑うことなんて出来なかった。だって、あたしも同じ経験があったから。あたしも父からバンド活動を止めろと言われたことがあった。そこからバンド自体が崩壊の危機に直面してしまったことも含めて記憶に新しい。だから先ほどのギターを弾く藍瑠にシンパシーを感じたのも、親しい人に自分の好きなものを認めてもらえなかった寂しさを彼女の叫びの中に見出したからなのだろう。

 

「だから耐えかねて家を出たんだよ。これはもう家を出るしかない、自分のアイデンティティを守るにはこれしかない、って。こうしてチップを稼ぎながらやってるのも、ある意味家を見返すため。私の音楽はここまでやれるんだぜ、ってな」

 

「寂しくないの?」

 

「えっ?」

 

 ふと言葉が出てしまった。親に反対されることの辛さはよく分かる。だけど自分を生んで育ててくれた親を嫌いになることはあたしには出来なかった。もし仮に自分が親に反目して家出したとしたら、きっと寂しいと思ってしまうだろうから。

 

「……さ、寂しくなんかないし。あんなの、もう見なくていいと思うと清々する」

 

「なんて分かりやすい……」

 

 唾を呑み込む音が聞こえ、あからさまに強がるように話す彼女を見て、根は優しい子なのだと感じた。彼女は何だかんだいいながら心の底から親を嫌ってはいないのだろう。それでも家に戻ろうとしないのは、音楽で親を見返したいという彼女なりのプライドがあるからなのだろうか。

 

「どのくらい旅してきたの?」

 

「もう、半年くらい経つかな」

 

「ええっ? そ、そんなに……?」

 

 しかし流石に半年間も家を飛び出しているとは想像し得ず、口を開いて呆気にとられてしまう。半年も一人で旅をしながらギターを弾くなんて、あたしと同い年でここまで行動力がある目の前の少女が何だか途端に逞しく思えてきた。しかし幾ら何でも半年も戻らなかったら家から捜索願が出されているはずだ。藍瑠の親が本当に彼女のことを大事に思っているなら、だけど。

 

「ま、どうやら捜索願出されてるみたいなんだけどさ」

 

「あ、やっぱりそうなん──」

 

「でも今さ、変なのに付きまとわれてるんだよね私」

 

「──変なの?」

 

 ここに来て初めて彼女の顔に嫌悪の色が浮かんだ。自分のことや親のことを話す時とは違う、冷たい目をして藍瑠は語り出した。

 

「変態よ。ストーカー。最初はファンになってくれたのかと思ったけど、なんか私の行く先々で会うし、最近はしつこく声もかけてくる。ハァ〜、ホンットウザったいわ」

 

「警察に言えば?」

 

「言った。でもダメだった。まだ何にも解決してない」

 

「じゃあ尚のこと早く帰った方が」

 

「……嫌だ……あんなのまでウチに来られたらみんな困るし……」

 

 多分、そのストーカーが藍瑠の家出を続けさせる原因になっているんだろう。彼女が家に戻れば間違いなくストーカーもそこへ向かう。そうなれば間違いなく彼女の家族にも被害が及ぶ可能性がある。藍瑠は……この優しい少女は、これ以上両親に迷惑をかけたくないと思っているんだ。

 

「ハァ〜、ダメだねこんなジメジメした話。うっし蘭、ギター出しなよ。せっかくいい天気なんだしここでセッションしようぜ。つかそのために呼んだんだし」

 

「いきなりだな……まあ、いいけど」

 

 断る理由もないし、彼女の気が晴れるならとあたしは彼女の言葉に頷いた。二人して立ち上がって丘を登り、藍瑠のケースから機材を出してそれぞれのギターに繋いでいく。

 

「なにやる?」

 

「とりあえずドラマかアニメの主題歌。それだったら揃えられるでしょ」

 

「オーケイ。じゃ、これは行けるか?」

 

 互いに手にしたギターを構えて向かい合い、藍瑠が先に演奏を始めた。彼女の独創的な激しいビートが刻まれ、辺り一面に熱い旋律が浸透していく。

 

「うん、これなら……っ」

 

「おおっ、いいねぇ。へへっ」

 

 彼女がリードして弾き始めたのは、あたしも知ってる古いドラマの主題歌だった。古いとはいうが歌うのは今でも有名なアーティストで、楽曲に関しても未だにどこでも流れることの多い定番中の定番曲だ。

 ギターを弾きながらも分かることはある。彼女のギターの腕は私よりも遥かに上だと、音を重ねるとより詳細に感じられた。伊達に半年も日本中をギターと共に旅して来たわけではないようだ。しかしあたしはギターの腕前よりも、こうして彼女と気持ちよく音を重ねられることに感動していた。出会ったばかりの見ず知らずの少女とギターを通じて心が繋がることを実感し、音楽の奥深さを今一度噛み締めていたのだから。

 

「〜っ! いーじゃんいーじゃん! 蘭の音スゲー私に合うぜ!」

 

「そ、そう……?」

 

「ああ! 私、蘭の出す音が大好きだ」

 

「……そんな恥ずかしいことよく言えるな」

 

 不意にあたしの右手を掴んだと思えば、キラキラと輝く笑顔を振りまいて喜ぶ藍瑠。自分の音を好きだと言われて悪い気はしなかったが、恥ずかしくなって彼女の視線から逃げるように顔をうつ向けて隠してしまう。

 

「あっははっ、蘭の顔、そのメッシュと同じくらい赤くなってんじゃん」

 

「うるさいなぁ……もう」

 

 メッシュと同じはいくらなんでも大げさ過ぎるだろう。だが、子どものようにはにかむ藍瑠を見て文句を言う気が削がれていく。そしてふと思った。この子は今まで旅を続けてきて、こんな風に誰かとセッションしてきたのだろうか? だが、今の彼女の様子からするにとてもそうには思えない。今までずっと一人で音楽を奏で続けてきた、だからどこか音にも寂しさが表れていたんだろう。

 

「ねぇ、藍瑠」

 

「うん、どうした?」

 

 どこか寂しそうな音を感じた藍瑠の音。それを助けることができるなら、あたしだけじゃなくてみんなにも協力してもらいたい。だがら……。

 

「あたしさ、今幼なじみでバンド組んでるんだ。それで藍瑠が良ければさ、あたしのバンドのメンバーと会っていかない?」

 

「え?」

 

「この街にいる間だけでもさ、今みたいに一緒に演奏できたら……なんか、いいなって」

 

 伝えたい気持ちを上手く言葉に出来ずにモヤモヤした感情が残るが、当の藍瑠本人は目を丸くしてあたしの目を見つめていた。

 

「いいのか?」

 

「まあ、みんな結構物好きだから」

 

「迷惑じゃない?」

 

「そんなこと考える奴いないよ。楽しければ」

 

「マジで……?」

 

「うん、マジ」

 

 みんなの意見を聞かずに勝手に進めるのは悪いと思うけれど、みんなが彼女を拒絶する予感が全くしなかった。だから自信と信頼をもって藍瑠に頷くことができた。

 

「……」

 

「藍瑠? どうす──」

 

「ありがと蘭んんんっ!! ああホンットいい子! 蘭に声かけてよかった! マジ感謝感激雨霰だよ!」

 

「──っ、び、ビックリした……急に飛びつかないでよ」

 

「あはははっ! いいじゃん、私なりの感謝の気持ちってやつ?」

 

 しかし子どもみたいに無邪気に抱きつく藍瑠を見てると、もしかして彼女は今まで甘えられる人がいなかったのではないかとすら思えてくる。親に音楽を反対されてあたしのように相談できる仲間もいなければ、今日まで共に音楽を語れる同志もいなかった。彼女はきっと、彼女の好きな世界の中では孤独だったのだろう。だからこうして目尻に僅かに涙を溜めて笑う藍瑠のことを、どうしても助けたくなってしまった。

 

「とりあえずもう一曲何か弾いとく?」

 

「っ、ああもちろん! 」

 

 彼女の心が晴れるまでは、こうして共に音を弾き鳴らしていたいな。

 

 先程とは違う、純粋に楽しげな音を奏でる藍瑠を見てそんな思いに耽っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーダメだなぁ〜アイルちゃん。いいところの娘が人間なんかと一緒にいちゃあ」

 

 

 楽しそうにセッションを続けるあたしたちを不敵に笑みを浮かべて見つめる影がいたことなど、この時のあたしはまるで想像もしていなかった。

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