ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『ガールズバンド、Afterglowの美竹蘭は、旅を続けているというさすらいのギタリスト――藍瑠と出会う。音楽を交えて互いに近づいていく二人。しかしそんな二人を見つめる怪しい影が……?』


第35話 旅人が残すもの

 楽しかった藍瑠とのセッションも、空が黄昏に染まる頃には終わりを迎えていた。それからは静かに暗闇に溶けていく街並みを、なんて事ない会話を繰り返しながら二人で歩いていた。いや、つまらない内容ばかり話すのは自分だけか。藍瑠の話は、やれあの時はこんな人に会った、やれあんな祭りを見てきた、果てにはあの番組の撮影を見かけた等、旅人特有の経験豊富な内容で思わず聞き入ってしまう。しかし藍瑠は話し方こそウチの(ともえ)に似てハキハキと男らしい力強さを感じるが、言葉の所々で覗かせる柔らかな物言い……上品さというのだろうか、それが随所に口に出ていた。もしかして彼女の生まれは立派な家柄なのだろうか?

 

「藍瑠ってさ、もしかして結構いいところのお嬢様だったりする?」

 

「……なんで分かったの?」

 

 どうやら予想は的中したようだ。鳩が豆鉄砲を食ったように目や口を丸めて驚く藍瑠が可笑しくてつい笑ってしまう。あたしの笑顔につられて藍瑠も笑い出し、沈む夕陽を見つめながら教えてくれた。

 

「まあ、確かにそれなりに大きな家だよ。割と昔から続く由緒正しき家柄……なんだけど、唯一の跡取りがこんな放蕩娘じゃね……あはは」

 

「……」

 

 本当は帰りたいんでしょ、とは口に出せない。彼女が心の底では家を求めていることはもう分かっている。ただ彼女のプライドと、彼女のストーカーというのがそれを邪魔しているだけだ。だからこそだ。それが簡単ではないと彼女自身も心のどこかで分かっているからこそ、帰りなよとは軽率に口に出来なかった。

 

 藍瑠の旅はいつ終わるのだろうか。夕陽に照らされてキラキラと輝く彼女の髪の毛をぼんやりと見つめながら黄昏ていた、その時だった。

 

 

 

「やあアイルちゃん。また会えたね」

 

 

 

「っ、またアンタかよこの変態」

 

 私たちの前方にふわりと、いつそこに現れたのか分からないが男性の影があった。パッと見は細身で長身で、紺色のスーツを着こなす顔の整った若い男性という印象だ。しかし隣で嫌悪感を隠そうともしない凄まじい形相の藍瑠を見て、彼女がどれほどこの男性を毛嫌いしているかが容易に伺えた。いや、まあストーカーされりゃ誰だって嫌になるか普通は。

 

「もう何度目だろうか、こうして君と偶然会えるのも」

 

「お前が勝手に後をつけてきてんだろ! いい加減自分ん家に帰れ! このウスラトンカチ!」

 

「ああ、なんと熱い言葉か。私が帰る場所とは即ち、君と私の愛の巣。私に先に帰ってくれというのだね? あっはははっ」

 

「(なんか頭くらくらしてきた……)」

 

 ヤバイ。この人マジで頭イってる。なんでも自分の都合のいい方向に考えてるのはもはや病気としか言いようがない。こんなのに追われている藍瑠が本当に不憫でならない。

 というか藍瑠も一々表現が古い。最近聞いた事ないよウスラトンカチとか……彼女は一体何を見て育ってきたのか。

 

「でもダメだなぁアイルちゃん。私以外の人とそんな風に仲良くしちゃあ。そんなことしてると……その子のこと、食べちゃうよ?」

 

「っ!?」

 

「っ、あんた本当に何なの? これ以上藍瑠のこと困らせるんなら警察呼ぶよ!」

 

 狙いは藍瑠のはずなのに、あたしのことまで食べるなんて平然と言い放つ男に怖気が走る。というかこれは立派なセクハラだし勧告なしに警察を呼んだって文句は無いはずだ。そう啖呵をきったところで、何故か藍瑠から待ったの声が聞こえてきた。

 

「ま、待って蘭!」

 

「藍瑠?」

 

「……そういうのは無しだから……蘭を巻き込むなんて、そんなの絶対ダメだから……」

 

 怯えるように、でも敵意を消さずに男を睨み続ける藍瑠。あたしのことまで標的にされた事を怒ってくれているのだろうけど、震える彼女の声色は何かしらの覚悟を決めたような強い響きを孕んでいた。藍瑠は何をするつもりなのか。男の笑顔が更に増し、もはや引き攣るような顔になったその時だった。

 

「そう。 ダメなんだね? じゃあ仕方な──」

 

「何やってるんですかそこで」

 

 男の背後から声がかけられ、皆がそちらの方へと振り向く。しかし、あたしたちがその声の主の顔を確認する前に、男は藍瑠へ一言告げて影のように消え去っていった。

 

「──っち、同胞か……また来るね、アイルちゃん」

 

 一体いつ消えたのかは分からないが、突然現れたのと同様に突然消えた男。その行方に不安を隠しきれないが、ともあれヤバイのが消えてくれて一安心といったところか。あたしたちは救いの手となった声の主であろう人物をその視界に捉えた。

 

「あ、あんたは……」

 

 そこに居たのは二つの影だった。

 

 一人はよく知っている。

 長い髪を夕焼けに照らされ美しく輝かせる彼女は、Roseliaのボーカル──湊友希那。

 

 そしてもう一人、先ほどの声の主と思われる男性。

 それは昨日のライブでRoseliaと共に会場を沸かせていたTETRA-FANGのボーカル──RAIGAであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ストーカーですか……流行ってるんですかね?」

 

「何呑気なこと言ってるのよ。二人は真剣よ」

 

 今日のところの曲作りを一旦終え、友希那さんを家まで送り届けようとした時、偶然にも男に絡まれている二人の少女を発見した。男の顔は見えなかったが、二人の顔がどう見ても困っているような顔だったから声をかけてみたが、まさかそれだけで男が逃げてくれるとは思わなかった。まさか悪質なストーカーに絡まれていたとは、本当にいいタイミングだったと思う。

 しかし世界とは意外と狭いものなのかもしれない。絡まれていた二人のうちの一人、赤メッシュの少女──美竹さんは友希那さんと知り合いなのだという。友希那さんによると美竹さんもCiRCLEを拠点として活動するAfterglowと呼ばれるバンドを組んでいるそうだ。そう言えば愛音とアゲハがそんな名前のグループを話していた気がするかも。

 ともあれ、二人が知り合い同士ということもあり、かなりスムーズに情報を得られたのはありがたいことだ。とそんな時、美竹さんは僕と友希那さんの顔を交互に見比べたと思えば不思議そうに問い質してきた。

 

「あの、一つ気になったんですけど」

 

「どうしました?」

 

「いや、昨日もそうですけど、今日も一緒に並んで歩いてたから気になったんですけど……もしかしてお二人って付き合ってます?」

 

「……ぇ? あ、い、いや、そんなことないですよっ? ね、友希那さん」

 

「あまり面白い冗談ではないわね美竹さん」

 

「(うわっクールっ)」

 

 少しだけ動揺してしまった僕とは対照的に、顔色一つ変えずにそう言い切る姿勢がカッコよく見えた。友希那さんこういう時は本当にクールだ。さっき家を出たところで猫に視線を奪われて塀にぶつかった人とはとても思えない……。

 

「と、ともかく、ストーカーは藍瑠さんを狙っている。その藍瑠さんは家出中でさすらいの旅を続けている。それは間違いないんですよね、藍瑠さん」

 

「気安く話しかけんな赤ノッポ」

 

「辛辣っ! そして古っ?」

 

「ぁ……悪い、私もしかしたらアレのせいで男の人のこと苦手になってるのかも……」

 

「重症ね」

 

 藍瑠さんの表現が古いのはこの際置いといて、確かに彼女の言うほどしつこく付きまとわれたら男性不信になるのも仕方のないことなんだろう。しかしそこは問題ではない。事態をややこしくしているのは例の男と、そして目の前の藍瑠さんだ。

 

 僕だからすぐに分かったことがある。

 

 あのストーカー男と藍瑠さん。

 

 

 

 

 この二人は僕と同じ……ファンガイアだ。

 

 

 

 

 美竹さんと共にセッションを楽しんでいたということに関して藍瑠さんには他意はないのだろう。しかし問題はあの男だ。何故頑なに藍瑠さんのことを狙うのか。それに彼女を付け回している間、他に何もしていないという保証はない。怪しいことこの上ないし、場合によれば僕自身が動くことになる。

 

「(またアゲハに調べてもらわなきゃ)」

 

 これ以上話しても進展は起こり得ず、とりあえず一旦は解散となった。藍瑠さんに青空の会の施設を紹介したが、「自分の寝る場所は自分で決める」と謎にカッコイイ言葉を残して、そしてネットカフェに泊まったらしい。後で聞いた健吾さんが爆笑していたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして明くる月曜日。朝日が昇り始め、街に光が差し込んで行く。朝焼けの霧が立ち込める中、街を出る大きな橋を渡ろうとする影があった。影は渡ろうとする橋の前に僕がいることに気付き、観念したように溜息を漏らす。

 

「あーマジか……コッソリ旅立とうかなぁと思ってたんだけどなぁ……」

 

「まあ、そこは勘ですかね。同族特有の」

 

「へぇ……やっぱアンタもそうなんだ」

 

 僕の前に現れた藍瑠さんの顔に、ステンドグラス調の模様が浮かび上がる。挨拶がわりというわけではないが、僕も同じように模様を浮かび上がらせて同族であることの証明を示す。互いに模様を収め、僕はバツの悪そうな顔を浮かべる彼女に問いかけた。

 

「美竹さんに迷惑がかからないように、ですよね。貴方のストーカーが、彼女を傷付ける前に」

 

「んだよ本当に全部お見通しかよ……そうだよ、全くその通り。そこまで分かってんならさ……そこ通してくんね?」

 

 観念したような笑みから一転、相手を貫くような鋭い視線が僕の目を捉えていた。ダメだと言うなら力付くでも押し通る、そんな覚悟を持った瞳だった。しかし僕もこのまま退くわけにはいかない。彼女にはまだ旅立つ前にやるべき事があるのだから。

 

「まだ出来ません。旅立つなら、置いていく者に残すものがあるはずです」

 

「残すもの? それがあったらなんなんだよ」

 

「家族に何も残していかなかったから、今も心のどこかで後悔しているんでしょ?」

 

「っ!」

 

 彼女の瞳が揺れるのが見えた。感情の赴くままに家を飛び出した彼女は、旅立ちの一番最初のタイミングでそこに何も残す事なく出て行ってしまった。それは自分の私物だとか、使っていた道具だとかそんなものではない。もっと大事なものがあったはずなのに。

 

「何か一つでも、言葉を残しましたか? 好きでも嫌いでも何でもいい、家族に言いたい言葉が絶対にあったはずです。なのに、それをここまで持ってきてしまった。そして今もまた、貴女は言いたい言葉を残さず持っていこうとしてる。何故ですか?」

 

「……今まで考えたこともなかったよ、そんなこと……。でもさ、言葉を残したところで何か変わるか? 『突然ですがさよならです』なんていきなり言っても相手に嫌な思いさせるだけだろ」

 

「それでも無いよりはずっといいです。藍瑠さんだって本当は今までそうしたかったんじゃないんですか? 誰かに自分のことを覚えていて欲しかったんじゃないですか?」

 

「っ……なんでアンタにそんなこと……」

 

 彼女の心からは依然として小さく寂しそうに音楽が揺れていた。それは今まで何も残さず旅を続けてきたことに空虚さを感じていたからだ。いつだって相手に自分がいなくなることを告げずにいたのは、自分のことを忘れて欲しかったからかも知れない。いずれ勝手に去っていく自分のことなんか忘れて、あなたは今まで通り生きてほしいと。そんな彼女の優しさからだった。

 しかしそれは彼女の望みとはかけ離れたものであったはずだ。音楽を奏でながら旅する彼女はいつだって自分のことを覚えてもらいたかった。自分の奏でる音を誰かの心に刻みたかったはずだ。だからだろう、自分の本当の気持ちと矛盾した旅を続けてきた彼女の音に、今も寂しさが抜けきらないのは。

 

「アンタは……アンタはなんでそんな風に考えられるんだよ」

 

 彼女から質問を返されて、僕は二人の旅人の顔を思い出す。一人は今も世界のどこかにいる僕たちの仲間で、もう一人は例の通りすがりのカメラマンだ。

 

「僕の知ってる人も、今旅を続けてます。一人は今も世界のどこかにいるし、一人は消息すら分からない。多分元気にしてると思いますけどね。そして二人とも、旅立つ前に僕に言葉をくれたんです」

 

「なんて?」

 

「面白いことに、一人は『呼べばいつでもかけつける』、もう一人は『もう会うことはないだろう』です。全く逆。でも、その言葉があってよかったと僕は思えるんです」

 

 一人は笑顔でまた会おう、一人は仏頂面でこれっきりだ。あまりに対照的すぎて思い出す自分ですら破顔してしまいそうになる。

 

「だって、言ってることは真逆でも、どちらも『こっちはこっちで上手くやっていく』って言ってるように思えるんですよ。二人の言葉に全く不安が感じられなかったんです。でも……もし何も言わなかったら、僕は彼らのことをどう思えばいいのか分からなくなってしまいます。大変な旅路のか、助けに来て欲しいのか、それとも案外近くに隠れているのか、そして……不安になってないのか」

 

「私は……」

 

「残された人は何か言って欲しかったと思います。たとえ拒絶の言葉だったとしても、それがあるからその人の存在を感じられる。忘れずに覚えていられる。僕はそう思っています」

 

 僕にとっての最悪の置き言葉……別れ……それは、幼き日の拒絶の言葉。だけどアレがあるからこそ僕の中では今でも彼女の姿が生きているし、この世界のどこかにいるのだろうと感じている。言葉さえなく何もないまま別れていたなら、僕は果たして彼女のことを今でも覚えていただろうか。良くも悪くも置き言葉は、その人のことをいつまでも覚えさせてくれるものであるのだ。

 

「だから藍瑠さん……せめて美竹さんには、何か一つでも言葉を残していってください。貴女の口から直接、貴女の思ってることを」

 

 美竹さんが藍瑠さんのことを忘れないためにも、藍瑠さん自身が後悔しないためにも、それは必要なことだ。そんな僕の心からの願いを藍瑠さんはしっかりと受け止めてくれたのか、ただ一言──

 

「蘭の学校が終わるまでは待つ」

 

 ──それだけ告げて彼女は街に引き返してくれた。振り向きざまに見えた彼女の安堵したような表情から、このまま逃げずに後悔しない選択をしてくれるだろうと確信できた。だがこれ以上は僕個人として彼女に出来ることはない。

 

 今はただ、彼女の想いが伝わることを祈るばかりだった。

 

「僕もまた会いたいな……(だい)ちゃんに」

 

 彼女に話した旅人の一人の顔を思い出して、登りゆく太陽に向けて小さく呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麗牙」

 

「アゲハ? もしかして何か分かったの?」

 

 友を想って暫く朝焼けの中で黄昏ていた後、僕も家に帰ろうとしたところで突然、光と共に現れたアゲハから声がかけられた。彼女には昨日に例のストーカーを調べるように言っていたけど、まさか夜通し調べてくれていたのだろうか。僕の問いに頷く彼女を見て、その仕事熱心ぶり頭が上がらなくなる。しかしすぐにでも情報が欲しかった自分には朗報であり、側近(アゲハ)の言葉に耳を傾けていた。

 

「麗牙の言ってた男のこと、まだ全部は調べ切れていないけど……それでもだよ麗牙。あの男、予想以上にとんでもないやつだよ」

 

 アゲハの嫌悪を隠しきれない表情から、その情報の恐ろしさが感じられた。彼女は一体何を掴んだのだろうか。勿体ぶることなく、表れていた嫌悪感を内に抑えて彼女は僕に伝えてくれた。

 

「……そう、か」

 

 アゲハから現時点での報告を受け、更なる調査を命じて彼女を下げさせる。奥歯を噛み締めて歪んだ僕の顔に特に言及することなく、アゲハは静かにその場から光と共に消え去った。彼女から伝えられた男の情報の断片だけを考えても、腹の底から湧き上がる感情を抑えることは難しかった。ならば今後のアゲハの報告で奴の裏が取れ次第、僕はまた動かなくてはならない。

 

 僕自身(紅麗牙)ではない、キングとしての役割は、まだまだこれからのようだ。

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