午後のカフェ・マル・ダムールでは、その優雅な店内の雰囲気には似合わないほどの神妙な空気が充満していた。いや、よくよく考えればそんなことはなかった。単に僕らがついているテーブルだけが妙な空気を察しているだけで、何ならその空気に飲み込まれているのも僕だけだ。
僕らが付いているテーブルには僕を除いて三人の人影があった。僕の隣には、僕にNFOの存在を教えた大ちゃんが。僕の正面には僕をNFOに誘った燐子さん。そして大ちゃんに向かって正面に、燐子さんのNFO内のフレンドでありRoseliaのドラム担当のあこちゃんが、そわそわした態度を隠せずに小刻みに身体を揺らしていた。先日大ちゃんとNFO内で鉢合わせしてしまったことがきっかけで開催されたNFOオフ会。燐子さんと同じでNFOが大好きだと言うあこちゃんも、伝説のプレイヤーである†ルーク†と話がしたいということで今日は参加している。大ちゃんを見るあこちゃんの目はどこか輝いているようにも見えるが、当の大ちゃんは御構い無しにマスター手製のタルトを頬張っている始末だ。ちょっと君、ちゃんと交流する気あるの?
「と、とりあえず自己紹介からしないとね。ほら大ちゃん、挨拶」
「ああ美味かった。挨拶か……うむ、俺はルークだ。よろしく」
「わ、私は……じゃなくて、ふっふっふ……我は聖堕天使あこ姫なり……まさか生ける伝説たる其方と直接合間見えるとは……運が……ええと、幸運、じゃなくて……?」
「僥倖?」
「そうっ。正に僥倖なり……というわけで、初めまして、宇田川あこです。よろしくお願いします」
「は、初めまして……RinRin……白金燐子です……よ、よろしくお願いします……」
「ああ。こうして同志と直接巡り会えて俺も嬉しい。麗牙をNFOに誘ってくれたことも感謝しなくてはな」
一瞬、何故先にゲームでの名前で紹介するのかと思ったけど、ああ……二人とも大ちゃんがゲーム内のプレイヤー名で「ルーク」と名乗ってるんだと思ってるなこれは。
「あの、聞いても良ければ質問したいんですけど、ルークさんの名前って何ですか?」
「俺はルークだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「?」
「あこちゃん、燐子さん。NFOのプレイヤー名じゃなくて、リアルでルークなんだこの人。知る人みんな現実でもそう呼んでます」
「えぇっ!? そうなんですか!? リアルでもルークって名前なんて、すごくカッコいいです!」
「ふふふ、そうだろう。今の俺の誇りだ」
自慢げに胸を張ってルークの名前を誇る大ちゃん。確かにファンガイアとしてその名は誇るべき称号であるのだが、目の前にいる二人はファンガイアの事情なんてほとんど知らないのだからあまりぺちゃくちゃと喋らないでほしい。あこちゃんはもしかすると健吾さんから何か聞いてるかも知れないけど。
「あの……でも麗牙さんは……『大ちゃん』って呼んでますよね……?」
「麗牙でない奴にその名で呼ばれるのは嫌だ。だからお前たちもルークと呼ぶがいい」
そういえば大ちゃんは僕以外の人から「大ちゃん」と呼ばれるのが嫌だったっけ。まあ僕も勝手に大ちゃんって呼んでただけなんだけど、彼の中では一つの拘りになっているようだ。
「麗牙さんにしか呼ばれたくない名前かぁ……なんか二人の絆って感じがしていいですねっ」
「あこちゃんもそうだよ……わたしのこと『りんりん』って呼ぶの……あこちゃんだけだし」
「あっ、そうか」
「確かにそういうの、特別感があっていいですね」
僕が「大ちゃん」と呼ぶように、あこちゃんも燐子さんを「りんりん」と呼ぶ。他に誰も使わないその名で今も呼び続けられるのも、それだけ相手に心を許したという証明になるのかもしれない。そう考えると、ルークがずっと僕の好きなように名前を呼ばせてくれることにも嬉しさを感じられる。
「あこはりんりんのこと大好きだもんねっ。ルークさんも、やっぱり麗牙さんのこと大好きなんですか?」
「愚問だな。何より麗牙には大きな借りがある。返しても返しきれない恩がな。だから俺は麗牙のためなら命さえ惜しくはない。この身が砕けようとも麗牙の盾と──」
「ていう設定ね!! 今さっき考えたゲーム内の! だよね!? 大ちゃん(大ちゃん! 余計なこと言わないの!)」
「──そうだな。そういうことだ(すまない。つい気持ちが昂ぶった)」
明らかに友人としては重すぎるほどの覚悟を語ろうとした大ちゃんに全力で横槍を入れる。いきなり命が惜しくないだの盾になるだの、普通に人間としての生を謳歌する二人に話したところで引かれるのがオチだ。そのため全力でフォローを入れ、苦し紛れにゲーム内設定に仕立て上げた……無理ないよね、これ?
なんて冷や汗をかきはじめた時、大ちゃんが「そうだ」と言わんばかりに手を叩き、宣言した。
「よし、どうせならこれからは麗牙の従者ロールでプレイしていこう」
「え」
「ルークさんあのステータスで従者属性まで付与するつもりですか! 麗牙さん、これは頑張らないとですよ! 従者より弱い主人なんて格好が付きませんよ!?」
「え、ちょ」
「俺は麗牙が強かろうが弱かろうが側にいるが、確かに仕える者としては麗牙には強者でいて欲しい。ふむ……よし麗牙、明日からお前もNFO漬けだ。お前は俺を超えるのだ」
「めちゃくちゃだぁ!?」
なんか知らないうちに僕までNFOの渦中に放り込まれてるんだけど!?
いや待ってほしい。一応大人でルークという役職に就いてる大ちゃんならまだしも、キングで高校生でTETRA-FANGの活動もある僕には彼のような廃人プレイなんて到底無理だ。時間が幾らあっても足りない。だからこの場で一番助けてもらえそうな燐子さんに視線で助けを求める。目を見開いて眉を顰めて、出来るだけ捨てられた仔犬を再現するよな表情で彼女に訴えかける。
「っ(燐子さん……助けてください……っ)」
「麗牙さん……わたしも……手伝います……一緒に頑張りましょう……ふふっ」
「RinRin先輩ぃ!?」
現実は残酷かな、燐子さんもあっち側の人間だった。というより、NFOオタクばかりが集まるこの席に着いてしまった時点で僕の運命は決まっていたも同然だったのかも知れない。
神は過ちを犯した。僕といういたいけな少年をゲームの沼に突き落としたことだ。
──神よ……なぜ僕にこんな運命を……貴方は間違っている。今すぐ修正するべきです……。
神なんて信仰しているわけではないが、健吾さんの師匠みたいなことを内心で強く思い、今は僕を見つめるオンゲー三人衆の子どものように純粋で眩しい視線を一手に受けることしか出来なかった。
「そう言えば、最近イベントのランキングって変な感じになってきてますよね」
僕のNFO人生が本格的に始まりかけ、NFOのゲームシステムのおさらいや応用、今後の僕のキャラの育成計画、最低限テイムすべきモンスターの特性など、殆どが僕のためのNFO講義によって時間が進んでいた。大ちゃんはともかく、あこちゃんや燐子さんまで寄ってたかって熱心に教えてくるだけに無下にもできず、この短い時間で既にNFOマスターになった気分だ。ただこれでもまだまだ全然足りないらしく、改めてゲームの奥深さというか罪深さというか、その他諸々の底無しの深さみたいなものを思い知らされる。
そんな僕への講義も一段落して解散も近付いてきた時、ふとあこちゃんがそんなことを言い出した。イベントのランキングと言うと、ここ最近はずっと大ちゃんがトップを独占し続けてたというアレ? いや、その時点で既に変な感じになってるよね、とは口に出さず、あこちゃんの話に耳を傾ける。
「ルークさんの順位は変わらず一位のままなんだけど、その下の順位からどんどん知ってる名前が消えていってるんですよ」
「下の順位の?」
「うん、まとめサイトでも載ってたんですけど、今までランキング上位にいたプレイヤーの名前が最近は全く見かけないんです……りんりんは聞いたことある?」
「うん……聞いたことあるよ……ルークさんの他にも……有名なプレイヤーはいて……でもその人たちが……ランキングから次々と消えていってるって……」
あこちゃんが端末で開いてくれたNFO攻略まとめサイトを眺めると、確かに以前までのランキングとここ最近のランキングでは載っているプレイヤー名が次々と変わっていっている。引退した、と考えるのが自然なんだけど、僕の周りの三人を見てるとこのプレイヤーたちが簡単に引退するようなタマには思えない。順位が掲載されるイベントが開催されるたびに一人二人と有名プレイヤーが消えていく様はある種のホラーだろう。
「それともう一つ。逆に破竹の勢いで順位を上げてるプレイヤーが一人いるんですよ」
あこちゃんが指摘する通り、とあるプレイヤーどんどん順位を上げていっているのだ。そして彼ないし彼女が順位を上げてるのと同時に、抜かされた上位プレイヤーはその後一切ランキングには登場していない。まるで下から追い上げてくるそのプレイヤーに食われたかのようだ。
「えっと……あ、ここも。ランキングに載ってた有名プレイヤーたちのSNSも、ランキングから消えるのとほぼ同時期にぱたりと投稿がなくなってるんだって」
まとめサイトに載せられたNFOの有名プレイヤーらしいユーザーのSNSだが、確かにイベントからランキングが消える前後の期間で最後の投稿となっており、以降の更新は見られない。
「確かに怪しいね、この人」
「で、ですよねっ」
「うう……怖い……」
今の時代、その気になればネットの向こう側の人間の個人情報を掴むなんて芸当が容易に行えてしまう。だから本来は出来る限り個人情報につながるものをネットに晒すべきではないのだが、如何せん彼らは皆同じように自己顕示欲が強めの人間のようで、有名なのをいいことに自身の生活をアピールしている節が見受けられる。いつどこで何を食べた、今日はどこどこに遊びに行った、いついつのイベントに参加する等、僕でさえ当人たちのルーチンが容易に掴めてしまうほどだ。
自分の生活を晒してまでちやほやされたいなんて心理は僕には理解出来ないが、少なくともそれが今回の件に繋がっていると推測できる。
「(大ちゃん、これってやっぱり)」
「(臭うな……蛆虫の臭いが)」
あこちゃんが教えてくれたこの件が事件性を帯びていることなど誰の目で見ても明らかだ。だが、一人の人間がこれだけの数のプレイヤーを短期間で特定して襲うなんて芸当は普通は出来ない。
普通の人間ならば、だ。
破竹の勢いで順位を上げていく一人のプレイヤーと、それに追い抜かれると同時に消えていく上位プレイヤーたち。色々と真相が見え始めてきた時、燐子さんは心配そうな顔で大ちゃんに話しかけてきた。
「あの……ルークさんは……大丈夫ですか……? ルークさんも……SNS……やってますよね……」
「は?」
彼女の言葉に間抜けな声を出してしまう。SNS? 大ちゃんが? そんな話今の今まで全く聞いたことがないんだけど? 僕のそんな思いが出た驚愕の表情に気付いたのか大ちゃんは自身の端末の画面をこちらに提示してきた。
「やってるぞ。ほら」
向けられた端末、そこには笑顔でピースサインをして写る大ちゃんの自撮り写真が掲載され、そして……。
†ルーク†
[今日は偶然知り合ったプレイヤーさんとオフ会です。友人の友人ということで少し緊張:;(∩´﹏`∩);: だけどNFO人生初めてのオフ会。目一杯楽しんできまーす( ✌︎'ω')✌︎]
「お前もかぁ!!」
あまりのギャップについ叫んでしまう。幾ら何でもリアルとキャラが違いすぎる! 燐子さんとRinRin先輩の差の方がまだ可愛げがある方だ(というか可愛い)。大ちゃん普段からですます言葉なんて使わないし、何なら先日も普通にいつも通りに話しかけてきたし、第一彼は緊張するようなタマでもないし、そもそもこんな筋肉隆々の大男がこんな可愛い顔文字って……。しかも閲覧数が多いのが余計に痛々しく感じる。
「おお、珍しい麗牙のお前呼び……なんだか得をした気分だ」
「大ちゃん……その能天気さを少しだけでも僕に分けて欲しいよ……」
そうして頭を抱えて机に蹲ってしまう。もう少しファンガイアのキングの右腕としての自覚を持ってよ……。これを目にしてる同胞もまさかこれが「チェックメイトフォー」のルーク本人だとは夢にも思うまい。頼むからわざとこういうキャラを演じてる、と言ってほしいよ……。
ともかく、これで大ちゃんも狙われるプレイヤーの一人としてほぼ確定してしまったようなものだということが分かった。
この件に関して、上位プレイヤーを狙う影がいることは今の会話の中でほぼ確信している。そしてその法則で行けば、近い将来か、或いは次に狙われるのは大ちゃんと言うことになってしまう。丁寧にSNSで写真付きでその日の行動まで投稿しているのだから、相手の魔の手がすぐそこまで迫っていてもおかしくはない。
「(それにしても……)」
次の獲物が大ちゃんだった時のことを考えて、僕は心の中で溜め息をつく。
──はぁ……なんて運の無い……。
大ちゃんの心配などこれっぽっちもしていない。
本来ならプレイヤーを狙う不届きものに抱く同情なんてかけらもないが、それでも憐れに思わずにはいられなかった。
──よりによって大ちゃんを……ルークを狙うなんて……なんて運の無い奴なんだ……。
次回、「第41話 冷たく笑う無垢な瞳:Lightning to Heaven」
大ちゃんだってやる時はやります。
アンケートは次回更新までにします。
つまり次回のあとがきに載るものが結果となります。
次の話のうち、あなたのお気に入りのエピソードはどれですか?(キバ初変身回は除外しています)
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第15〜17話(ガルルフォーム回)
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第18〜21話(キャッスルドラン回)
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第22〜25話(バッシャーフォーム回)
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第26〜29話(イクサ回)
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第34〜37話(ドッガフォーム回)