麗牙にとって長いオフ会が終わり、カフェ・マル・ダムールを後にして四人は歩き始めた。あこと燐子は自分の家に、麗牙とルークはキャッスルドランへと戻るために、各々の共通の帰路を共に進んでいた。
「麗牙さん、初心者は出始めが大事ですよ。毎日ログインしてスタートダッシュボーナスを有効に使っていきましょう」
「あはは……できればログインだけで勘弁してほしいかな……素材集めも大変そう」
「大丈夫ですよ! 素材が無くて困ったりとかしたら是非あこたちを呼んでください! りんりんも凄いんですよ。あこもりんりんといると素材集めとかすごく捗るんです」
「あ、あこちゃん……そこまで言わなくても……」
帰り道でもNFO談義を続ける一行だが、その道すがらで一人だけ口数が少なくなってきている者がいた。
「……」
「あの……ルークさん……? さっきから……静かですけど……何か気にすることでも……」
「いや、そうではない……ふむ」
同じNFOプレイヤーとして本来なら話に花を咲かせるであろうルークが異様に静かなのを心配し、燐子は彼の顔色を伺いつつ尋ねる。ルークも気分を悪くしたわけでは無く、しかし心ここに在らずといった空気を出しながら、ちらりと後ろを気にするそぶりを見せていた。嫌に真剣な表情をするルークを不自然に思うあこと燐子だが、その様子に麗牙だけは口を閉ざしたまま何も語らず、しかし唯一彼の心境に気付いていた。
「皆、すまないが俺はここまでだ」
「えっ、そうなんですか……あ、今日はありがとうございます。あこ、凄く楽しかったです! フレンド登録までしてもらえて嬉しかったです」
「わ、わたしも……ありがとうございました」
「ふふ、俺も今日は楽しかったぞ。ではまた会おう、同志よ。次はゲームの世界でだな」
少年のような笑顔を見せてルークは彼女たちに別れを告げる。そして麗牙の方に視線を向けた時、彼の顔から笑顔が消える。
「それと麗牙……」
「……うん、分かってる。任せるよ、“ルーク”」
「うむ」
「?」
麗牙の顔からも一瞬だけ全ての感情が消え失せ、ルークに対して一言だけ残すと、再び笑顔に戻ってあこと燐子に歩き続けるよう促した。ほんの一瞬の無表情のために、あこと燐子は目の錯覚かと思ってしまうほどであった。
「じゃ、僕らは行こうか」
「え? は、はい……あの、やっぱり何かあったんですか? 麗牙さんも、急にルークって呼んだり……」
「大丈夫だよ。あこちゃんたちが心配することなんて何もない。明日になればまたゲームの世界で元気に暴れてる姿を見れるからさ」
麗牙に促されて三人は立ち止まったルークから離れていく。あこと燐子はルークの様子が気になって振り返るが、彼の顔には先ほどの真剣な色は見えず、笑顔で二人に向けて手を振っていた。そんな彼の姿に違和感を覚えるも、その笑顔を信じて彼女たちは歩き出す。
「……さて」
小さくなっていく三人の影が消えるまで見守っていたルークは、一息つくと踵を返し、そして呟いた。
「俺に用があるのだろう。さっさと出てくるんだな蛆虫が」
低く唸り声をたてるような声を響かせ、ルークは誰もいない路地に向けて視線を飛ばす。すると塀の影から眼鏡をかけた短髪の中年の男が姿を現した。来ている服はお世辞にも立派とは言えず、眼鏡以外に特徴と言える特徴が見当たらない平凡な姿をした男であった。しかしルークはそんな大人しそうな平凡な男に向ける強い視線を止めることはなく、口調をまくし立てる。
「如何にもな風貌だ。さぞゲームに時間を費やしているようだな」
「黙れよ……」
「む?」
「黙れって言ってんだよ! ゲームが上手いだけのくそパリピが!! どうせリアルではオレに勝てないくせによォ!!」
大人しそうな男の態度が突然豹変し、顔をこれでもかと歪ませ、奇声を上げるかのようにルークに対して怒鳴り散らかしていた。
「死ねッ! お前も死ね! オレが最強なんだよォォ!!」
そして男の顔にステンドグラス調の模様が浮かび上がり、やがてその五体からも人の原型が失われていた。ぐにゃりと原型を留めず変化する男の身体。全体的に紫がかったステンドグラスのような体表、両腕から生えた刀のように鋭利で長い爪、そして頭から生やした二本の角。ハサミムシを模したような異形──イヤーウイッグファンガイアへと、男の身体は変貌していた。
「俺が最強だァァァ!!」
変身を遂げたイヤーウイッグはすかさず地を蹴り、ルークへと飛びかかった。腕から生えた鋭い爪を相手に向け、その身体を引き裂こうとしていた。
しかし──
「ふん、ただの小物か」
ルークは飛びかかってくるイヤーウイッグの懐に潜り込み、その長い爪を掻い潜って敵の腕を掴み取ったのだ。そして敵の飛びかかる勢いを殺さないまま、ルークは異形を思い切り投げ飛ばした。
「なっ!? ゥオアアアアッ!?」」
地面を激しく転がり、気が動転するイヤーウイッグ。一瞬何が起きたのか分からずに困惑するが、直ぐに立ち上がって再度攻撃に転じようと構えを取ろうとした。
しかし……。
「殺る気か? 上等、こちらもそのつもりだ」
「ヒィッ!?」
ルークの冷たい視線が異形の身体を貫き、イヤーウイッグは思わず悲鳴を上げてしまった。目の前の男から放たれる異常なまでの殺気に耐えきれず、膝が震え、吐き気すら催してくる。ルークが一歩と近づくたびに激しい頭痛が襲いかかってくる。それほどの強烈なプレッシャーを、今のルークは放っていたのだ。
「お前だな。NFOのランキング上位プレイヤーを殺し回っていたのは」
「ぁ……お前は……」
「自分が最強でありたい、最強と謳われたい。その承認欲求のために、何十人もの人間を殺した。それだけで十分だ。お前は俺たちファンガイアの掟に背いた。だから──」
「ぁ……ぁあ!?」
ルークは右手の甲に刻まれた紋章を掲げ、目の前の異形に示した。
それは薔薇から生まれたチェスのルークの駒。
それが意味することは、強者の証。
『チェックメイトフォー』
それはファンガイアの中でも最も力を持つ四人の異形に与えられる称号。
キング、クイーン、ビショップ、ルーク。
その中で、キングの護衛としての役割を与えられた存在。
キングの盾となり、また矛となる存在。
同胞は皆、彼を畏敬を持ってその名で呼ぶ。
『ルーク』と。
「──俺は、お前を裁く」
キングの代理として同胞を裁く権限を持つ最強の戦車が、ここに死の宣告を齎した。
そして、ルークの身体が変貌を遂げる。
五体が人の原型を無くし、やがて全身を色鮮やかなステンドグラス調の体表が覆い、胴体を保護する城のような堅牢な皮膚が出現する。肩にはラッパを吹き鳴らす天使のオブジェが、頭部には荘厳な造りの天使の羽がそれぞれ形作られている。そして、獲物を屠るような鋭い顔つきはまるでライオンだった。百獣の頂点に立つ気高き王の象徴を示す、強者に相応しい形相が現れていた。
「さぁ、俺を楽しませてみせろ!」
ライオンファンガイア──ルークは叫ぶと、未だ驚愕の中で動けなくなっているイヤーウイッグへと駆け出した。
「……ぁ、っなっ!?」
「ゥウォアアアッ!」
「ィギャアァァァ!?」
ルークの鋭い拳がイヤーウイッグの顔面を捉え、敵は激痛と共に叫びながら吹き飛んでいく。地を削りながら転がり、止まっても無様に横たわるイヤーウイッグに向けて、ルークは一歩一歩ゆっくり近付いていく。
「立ち上がってみせろ。プレイヤー」
「ヒ……ァァ……」
「そして俺はお前を潰す。ゲームを楽しむ同志を手にかけた罪は重い。この拳には、俺の怒りも込められていると知れ」
「ゥ……ぐ……ウァァァァァアアアアッ!!」
再び煽りと宣言を受け、しかしイヤーウイッグはルークに背を向けて逃げ出してしまった。ゲームにのめり込んでいたとは言え彼もファンガイアの端くれであり、チェックメイトフォーの存在を知らないわけではなかった。無論、キングの右腕たるルークの名も。
だがまさかSNSにまで顔写真の載せている男が、本物のファンガイアのルークとは夢にも思わなかったのだ。漸く合点がいったところで、しかしあまりにも気付くのが遅すぎた。それを背中から感じる激痛と共にイヤーウイッグは痛感するのだった。
「ヒギャアァァァッ!?」
「ゲームのように逃げられると思うな」
その場に倒れこむイヤーウイッグは何が起きたのか分からず、混乱しながらも自分を襲ったであろうルークへと視線を向ける。しかし当のルークはその場から一歩も動くことなく、その両手の指を向けたままドシリと立ち構えていたのだ。倒れ臥すイヤーウイッグに向けて歩き出したルークは、再びその背中を強襲したのと同じ行動に打って出た。
「フンっ」
「アガァォォアァァァッ!!?」
ルークが指先を全てイヤーウイッグの身体に向けた瞬間、その指から伸びる爪が弾丸のように発射されたのだ。マシンガンのように、雨のように降り注ぐ鋭い爪が次々とイヤーウイッグの身体を突き刺し、絶え間ない激痛が襲いかかっていた。
「アガ……や……やめ……て……」
「残念だがここはリアルだ。死にかけても中断や切断など出来ん。多く人間を殺してきたお前が一番分かっているはずなんだがな」
「いや……だ……死にたくない……」
思うように身体を動かせざる、息も絶え絶えに懇願するイヤーウイッグに、ルークは冷たく言い放ち近づく。キングの定めた掟に背き、既に数多くの人間の命を、それも自己中心的な理由で奪ったこの異形を、ルークは見逃すはずがなかった。チェックメイトフォーとしての自身の判断と、そして一ゲームプレイヤーとしての怒りが、ルークの身体を動かしていた。きっとキングも……麗牙も同じ行動を取るはずだとルークは信じていた。故に、ルークはその断罪の拳をぶつける為にイヤーウイッグへと迫っていた。
「ッ、ゥオォォォォ!」
しかしダメージと恐れから動けないかに見えたイヤーウイッグは、突然身体を俊敏に動かして、至近距離まで迫ったルークに自身の自慢の爪を突き出した。ライフエナジーを吸うためではなく、ただ殺すためにプレイヤーを狙っていたイヤーウイッグがこれまで数々の人間の身体を貫いてきた凶器がルークにも迫る。
「シッ!(獲った!!)」
「っ……あれが……」
それと同時に、二体の異形が争う戦場に麗牙が駆けつけてきた。麗牙が目にしたのはルークと、そしてルークの首元に的確に爪を伸ばし突き立てたイヤーウイッグの姿をだった。イヤーウイッグの体表のステンドグラスには、勝ち誇った男の卑しく笑う顔が映し出されていた。首元に、相手の急所に寸分の狂いなく繰り出された凶器。普通の生物なら即死に値する攻撃であっただろう。しかし……。
「いい一撃だ」
「なっ!?」
ルークは健在であった。それどころかルークの首に突き立てられた爪は彼の皮膚を貫くことなく、その切っ先が欠けていた。城壁の如く、あまりにも硬すぎるルークの皮膚を前に、イヤーウイッグの爪の方が耐えきれず砕けてしまったのだ。驚愕の表情を浮かべたまま固まるイヤーウイッグにルークは静かに語りかける。
「狙いはいい。度胸もな。思わず食らいたくなるくらいだ」
「(いや食らっちゃダメでしょ)」
「だが、チェックメイトフォーの首を獲るには全然足りない。力も、精神も……そして魂もなァ!!」
「ブグゥッ!?」
「ぅおおおおッ!!」
イヤーウイッグに伸ばしたルーク指の先から爪が勢いよく伸び、五本の杭のようにその身体を貫いた。身体を貫いたままルークは敵を持ち上げると、振り抜くようにして上空へ向けて放り投げた。
「フッ!」
ルークは敵を追うように自らも地を蹴り、空へと高く跳躍する。イヤーウイッグよりも高く舞い上がったルークは太陽を背に受け、拳を構える。その腕にはバチバチと音を立てながら眩しく電気が集まっていた。
「えっ!?(何その技っ!?)」
麗牙の知るルークは電気を扱う技など使った覚えがなく、故に声を上げて驚いてしまう。彼の右腕に集まった電気は太陽にも負けないほど激しく輝き、彼の拳が真っ白な光に包まれていた。
「ゲームオーバーだ」
「ァアアアアアーッ!!?」
空中に放り出されたイヤーウイッグにもはやなす術は無く、悲鳴を上げながら己に向かって振り下ろされる電撃の拳を視界に捉えることしかできなかった。
そして──
「ウオオオオォォォォッ!!」
「ガァァアアアアアア──」
ルークの怒りの鉄拳がイヤーウイッグの身体を貫いた。
電撃を纏った右拳を振り抜いたルークは、拳を敵に押し付けたまま急降下を始めて地面へと叩きつける。
地面を砕き、土煙が辺りの景色を覆い隠す。やがて煙が晴れた時、地面に横たわるイヤーウイッグの全身は既にステンドグラスのようなガラス状の身体となっているのを麗牙は見た。
そしてルークが拳を上げるのと同時に、イヤーウイッグの身体は粉々に砕け散り、雨のように辺り一面にステンドグラスの色取り取りの破片が舞い散っていった。
「……ヘブンズ・フィスト」
「(何その名前っ!?)」
唐突にルークが告げたトドメの一撃の名前に麗牙は内心ツッコミを入れる。異形の破片が舞い散る空の下をゆっくりと歩いてくるルークに、疑問を抱いた麗牙は眉をひそめたまま彼に問いかけた。
「え? 何? ねぇ何なの今の技?」
「ヘブンズ・フィスト。旅の中で生み出した俺の必殺技だ。カッコいいだろう」
「は、はぁ……」
異形の姿から人間と同じ姿に戻るルークは笑顔で答える。鼻息を鳴らして得意げに語るルークに麗牙は苦笑いで応えるしかなかった。
「麗牙も技の名前を叫んだらどうだ。『ダークネスムーンブレイク』と。カッコいいと思うんだが」
「絶対に嫌だ。長いし」
そんな柄でも無いしせめてもっと短いのにしてほしい。七文字くらいの叫びやすいので。そんな麗牙の注文が届いているのか分からないが、ルークの顔から笑顔が消えることはなかった。
「まだまだ俺は強くなる。俺自身のため、そして麗牙のためにもな。そしてそのためにも更に新しい必殺技を得なければ。『カッコいい』とはいいことだぞ、麗牙」
「あはは……うん、君あこちゃんと同類だね」
いつの間に「カッコよさ」の概念に目覚めたのか分からないが、麗牙はひたすらカッコいいに拘るルークをあこと同類だと感じていた。実際には彼とあこの間にはその認識に僅かなズレがあるのだが、それを知る麗牙ではない。
「ともかくお疲れ様、大ちゃん。帰ろっか」
「ああ。こうして二人でキャッスルドランに行くのも懐かしい」
「あははっ、そうだね」
「前みたいに背負っていこうか?」
「いいって。もうそんな歳じゃないし」
しばらく見ない間に趣味嗜好が変わったように思えたルークだが、彼の笑顔に何一つ変わりが無いことを麗牙は感じていた。戦闘ではほぼ無敵を誇る圧倒的な暴力を見せるルークも、自分が好きだと感じるものに対してはとことん一途に向き合う純真な心を持っていた。それがゲームであろうと人であろうと変わりない。いつまでも少年のような明朗快活で輝ける音を心から奏でる、そんな彼が麗牙も大好きであった。
「麗牙、今日の俺はカッコよかったか?」
「大ちゃんはカッコいいよ。いつだって」
変わってしまったルークも変わらないルークも、麗牙は拒むことなく受け入れる。麗牙の隣を歩くルークが奏でる心の音楽を、ありのままの美しさとして麗牙は心地良く耳をすませていた。
「そうだ……お土産を買っていかなければ」
キャッスルドランが眠るドラクルタワーへと近付いていた時、ふと何かを思い出したのかルークが声を上げた。
「お土産って、前にもくれたじゃない──」
「いや間違えた。見舞いの品だ。II世とタツロット……マヤには上げたが二人にはまだだったからな」
「……母さんはともかく、二人はずっと寝てるし何も食べられないと思うよ?」
「ならぐっすり眠れるよう安眠グッズでも持っていくか」
「いや、こっちとしては起きてほしいんだけどね……あはは……」
ルークの独特のセンスに苦笑するも、未だ目を覚まさない二体の仲間を想うルークに感謝の念を抱く。キャッスルドランの深層にて薔薇に包まれて眠り続ける二つの異形。それは今後もキングとして在り続ける麗牙にとっては必要不可欠の存在なのだが、それ以前に麗牙は友として、彼らのことを心配し続けていた。彼らの不在を知られることは王室としては非常に不味く、故に彼らが昏睡状態であることを知るのは一握りの存在だけであった。だからこそ、数少ない彼らの状態を知るルークからのその言葉が、麗牙にとっては嬉しかったのだ。
「うん……じゃあ買いに行こっか」
「ああっ。気持ちよさすぎて永眠させてしまうかもな。アッハッハ!」
「あ、あははぁ〜……(わ、笑えない……)」
本当に見舞う気があるのか心配になってきたところで、麗牙はふと空を見上げる。冬の空は日が落ちるのが早く、既に空の青色が薄くなっていくのが目に見えて分かった。太陽が向かう西の空には雲がかかり始めており、今後の空模様を麗牙に予感させる。
「雨……降らないといいな……」
ぽつりと呟く彼の言葉は誰の耳に止まることなく、薄れていく空の彼方へと消えていった。
今回の話で登場したファンガイア
・イヤーウイッグファンガイア
真名『自己本位が招いた保護と絶滅』
・ライオンファンガイア/ルーク
真名『?』
次回、雨の中でリサと出会った麗牙は……?
そしてアンケート結果です。皆さまご協力ありがとうございました。バッシャー回が伸びなかったのが意外でしたね。
またアンケートを取ることがあると思いますが、その時は是非ともご協力お願い致します。
次の話のうち、あなたのお気に入りのエピソードはどれですか?(キバ初変身回は除外しています)
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第15〜17話(ガルルフォーム回)
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第18〜21話(キャッスルドラン回)
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第22〜25話(バッシャーフォーム回)
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第26〜29話(イクサ回)
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第34〜37話(ドッガフォーム回)