ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『NFOのプレイヤーの命を奪い続けていたファンガイアを、ルークは圧倒的な力を持って粉砕する。新たな必殺技を引っ提げて帰ってきたルークは、更に強くなることを麗牙に宣言するのだった。必殺技って……燃えるよな!』

「そう?」


第42話 雨宿り、しませんか

 視界一面に鈍い灰色に染まった、今にも落ちてきそうな空。激しく滝のように降りしきる雨が強く地面を叩き、目に映る景色はまるで水の中にいるかのような錯覚にすら囚われる。朝から雲行きが怪しくはあったが授業が終わるまで雨が落ちてくることはなく、せっかくの用意した傘も役目無しで終わると思っていた帰り道、突然雨が降り出した。持っていて良かったと思うのも束の間、予想以上に強い雨風のために手持ちの傘で完全に飛沫を防ぐことは出来ず、腰から下がどんどん濡れていく。これは早いところ帰った方が良さそうだと足を早めようとした時、ふと街の建物の入り口の下で雨宿りをしている一人の少女の姿が目に入った。

 

「リサさん?」

 

「あ、麗牙……あはは、傘忘れちゃって。それで……ねっ」

 

 参ったね☆と呆気からんとして両手を挙げて様子を晒すリサさん。一応は鞄で頭を守ったのだろうが、髪の先や制服、スカートや靴まで濡れてしまっている。まだ振り始めの時点で屋根に入ったためそこまで酷くはないが、今の土砂降りの中を帰れば全身がずぶ濡れになるのは間違いない。冬の気候ではすぐに身体が冷えてしまい、このままでは風邪を引いてしまいかねないレベルだと感じた僕は彼女に提案を持ちかけた。

 

「リサさん。もし良ければ僕の傘に入っていきませんか?」

 

「え? いいの?」

 

「はい。リサさんも早く帰って身体を乾かさないと」

 

 リサさんが明らかに困っているというのに僕が手を差し出さない理由なんて無く、迷うことなくリサさんに傘を差し出して、彼女に僕の隣に入るように誘う。リサさんは少々遠慮がちになりながらも足をこちらへ運び、傘の中へと入ろうとする。しかし。

 

「あの……麗牙はさ……その……」

 

「どうしました?」

 

「い、いや……麗牙ってこれから予定とかあるのかなぁ〜って思ってさ……あはは」

 

「? 予定ですか……今日は特に予定はないですけど」

 

 傘の下に踏み入れようとする足を止め、僕の予定を訊ねるリサさん。一体何を気にしているのかと疑問に感じた時、顔を伏せて表情が見えなくなっていたリサさんは、突然顔を上げて僕に叫んできた。

 

「じゃ、じゃあさ! こんな雨だと傘入っても二人とも濡れちゃうし、弱くなるまでここで遊んでかない?」

 

 ここで、と指差す彼女の雨宿りしている建物を見ると、そこは最近出来たゲームセンターであった。要はゲーセンでしばらく雨宿りをしていこうというお誘いだった。

 

「……ねっ?」

 

「リサさん……?」

 

 しかし言っている内容は楽しそうなことのはずなのに、それを告げる彼女の顔は真剣そのものだった。どこか縋るような、真に迫るような彼女の態度に驚いて僕は答えを出す口が動くのが遅れてしまう。彼女は……こんな顔をする人だっただろか。前に怪物だと言った僕を受け入れてくれたあの時の包み込むような顔とは違う、むしろ見ているこちらが飲み込まれそうになるような扇情的な顔だった。それはそれで魅力的だと思うが、初めて見るリサさんのそんな表情に少しだけ戸惑ってしまう。

 そんな僕の挙動に不安になったのかリサさんは眉を曇らせ、その心の音も彼女らしからぬ曇り空へと変わろうとしていた。

 

「や、やっぱりダメ……だよね、あはは〜。ごめん麗牙、急に誘ったりして。じゃあ帰ろ──」

 

「行きましょう!」

 

「──え?」

 

「リサさんの言う通り、ここで遊んでいこうってことです。さぁ」

 

 しかしリサさんの心の音が悲しんでいるのが伝わった僕は即座に彼女に手を伸ばした。眉をひそめ、苦しみを耐えるような苦々しい顔をするリサさんのことが見ていられず、反射的に彼女の希望に応えたいと思ってしまった。

 

「麗牙、別にアタシのこと気遣わなくていいよ。いきなり勝手なこと言ったのはアタシなんだし」

 

「気遣っているわけじゃないですって。確かにこの雨の中二人で帰っても濡れちゃうし、それなら少し待った方がいいかなって。あと、僕も僕でここで遊んでみたかったのもありますし、それに──」

 

 それに、僕は自分の気持ちを確かめるためにも彼女と向き合う必要があった。僕は前に、自分がリサさんのことが好きだとキバットたちに話したことがあった。だけどキバットに言わせればそれはまだ未熟な「恋の種」らしく、心を震わせる「恋」までには至っていないのだと言う。僕はまだ「恋」というものがどういうものなのかよく分かっていない。今リサさんに迫られて少しだけドキドキしているのは、これは単なる緊張なのか恋故なのか、それすら判らない。でも分からないならば尚更リサさんと向き合わなければならないのだと、彼女のことを好きだという自分の心を信じたい僕は強く思っていた。

 

「──それに、僕もリサさんと遊べるのは楽しみですし」

 

 最初の二つは即興ででっち上げた理由だが、最後の言葉だけは紛れもない僕の本心だ。彼女に誘われて嫌なはずなんてなかったから。

 

「だから、行きましょう」

 

「ホント……優しいなぁ麗牙……そういうとこなんだから……」

 

「え?」

 

 ぼそりとリサさんが呟いた言葉の意図が掴めずに小首を傾げる。そういうとこって、どこか悪いところでもあるのだろうか。そう問い質そうとしたところで、先程から妙にしおらしかったリサさんは、突然いつもの如く輝けるような笑顔を見せて僕の差し出した手を掴み取った。よかった……いつものリサさんの笑顔だ。

 

「うんっ。じゃあ行こっか! 今更行けないなんて言わないでよ〜?」

 

「言いませんって。あ、でも僕あんまりゲームセンターって来たことなくて……」

 

「あー、実はアタシも最近はご無沙汰だったかな〜……。でも大体は分かるからさ、アタシに任せてよ。ほら行こっ♪」

 

「うわっ!?」

 

 握りしめた僕の右手をそのままに歩き出すリサさんに引っ張られる形になり体勢を崩しかける。何とか持ち直すも、僕らの手は繋がれたままでどんどん建物の奥へと進んでいく。リサさんも意外と強引なところがあるんだなと思っていたところで、僕の耳にまたも意外な音が流れてきた。

 

「っ(リサさんの音楽……緊張してる……)」

 

 ふと聴こえてきた彼女の心の音楽。いつものような太陽の光のように温かい音楽ではなく、太陽そのものであるかのように激しく熱く鳴らす彼女の音。そんなまたも彼女らしからぬ様子を感じて少しだけ驚いてしまう。僕の手を引くリサさんの表情は見えないが、髪の合間から見える彼女の耳は、彼女のピアスの兎と同じように赤く染まっていた。

 

 少し意外だけど、少女のように可愛らしい仕草のする彼女を見てると心が温かくなる。この気持ちが恋なのかは分からないけど、とても心地良い気分であったことは間違いなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 学校が終わったと同時に降り出した、この時期には珍しく滝のように激しく冷たい雨。天気予報を確認していたから傘は持っていたけど、ここまで激しいと私を守る盾も意味が無くなってしまうようで不安になる。今日はRoseliaの練習もなく、帰って自主練をするだけだから少しくらい遅くなってもいいかと、土砂降りにも関わらずゆっくりと歩を進めていた。

 

「(あの日を思い出すわね……)」

 

 実際には今日ほど降っていたわけではないが、記憶の中の雨を無理にでも呼び起こすには充分なほどの雨が降っていたことも原因だ。あの日、あの雨の日……私が初めて彼と出会った大事な日……その記憶が思い起こされ、それにゆっくりと耽っていたかったため、濡れるのを覚悟で静かに歩を進めていた。今も私の心の中で流れる、彼の優しい音楽だけに耳を傾けていたかったから……。

 

「おねーちゃーん!」

 

 その時だった。偶然にも、あの雨の日と同じように声が……私を呼ぶ日菜の声が、大雨の中でも私の元まで響いていた。声につられて振り返ると、私と同じ髪の色をした妹が雨の中、傘もささずに光るような笑顔でこちらに手を振りながら走ってきていた。日菜の足が地を踏むたびに水が跳ね、私の元まで走り込んできた際に私の足にまでかかってしまうが、ずぶ濡れの日菜を前にしてそんな小さな文句を言う暇もなかった。

 

「って日菜っ。貴女、傘はどうしたのよっ?」

 

「忘れちゃった! だから入れて、おねーちゃんっ」

 

「貴女は……ほら、入って」

 

「うんっ、ありがとう! えっへへ、おねーちゃんと相合い傘だー」

 

「もう……」

 

 日菜は私よりも何でも上手く熟せてしまう子だけど、偶にこういうところがある。何だったら、私の傘に入るために忘れてきた可能性すらある……なんていうのは考えすぎかしら。

 しかし、日菜とこうして並んで家に帰れるなんて、少し前の私からすれば考えることすらなかっただろう。今も私の持つ傘に片手を添えて一緒にさしているが、まるで悪い気がしない。それどころか、ようやく日菜と向き合えるようになってきた自分と、それに寄り添ってくれる日菜という今の関係がとても嬉しく、表には出せないが心が温かくなっていた。

 

「そうだ。今日学校で麻弥ちゃんがね──」

 

 こうして日菜が学校のことについて語ることにも落ち着いて耳を傾けられるようになったのも、以前の私とは大違い……いえ、ようやく昔みたいに戻ってきたというのが正しい表現ね。私たちは一度、大きく心が離れてしまった。何でも私の真似をしていく日菜。それから必死に逃げようとした私。そんなギクシャクした関係が最近まで続いていたなんて、今でも少しだけ信じられないくらいだ。

 

「──ったんだよ! ねぇ、すごいよね!?」

 

「ええ、楽しそうね」

 

 全てではないが確実に昔のように戻れていっている私たち姉妹。私が前を向けるようになったのも、日菜と向き合えるようになったのも、私の仲間であるRoseliaのみんなのお陰。そして何よりも、私の背中を押してくれたあの人……。

 

「あー、そう言えばあの日も雨だったね。初めてライガに会ったの」

 

「っ……そうね」

 

 唐突に頭の中で考えているのと同じ人の名前を出されて僅かに息を飲んでしまう。つい動揺してしまったことは日菜にバレていないと思うが、とりあえず平常心を保って彼女の話に耳を傾けていた。

 

「ライガってさ、ホンットスゴイよね。ボーカルでヴァイオリニストで、それにおねーちゃんのこと助けてくれたんでしょ? いろいろ凄すぎて見てるだけでるんってするもん」

 

「そうね……凄い人、だと思うわ。紅さんは……」

 

 あの時彼に出会わなければ、私は今も日菜とこうして一緒に帰れていただろうか? 暗闇に沈もうとする湊さんに声を投げ掛けてあげられただろうか? そんな考えたくもない「もしも」が思い起こされる。だけど今、私たちはとても順調に成長できていると自負している。彼が……紅さんがいなければ、きっとそんなことは無かったのかもしれない。だからこそ思ってしまうのだ、彼はとても凄い人なのだと。

 

「(そして私の……初恋の人)」

 

 私のことを助けてくれた想い人の顔を思い浮かべてしまい、少しだけ頬が緩んでしまう。考えるだけで温かく、そして切なくなる。そんな気持ちを抱いていることが、今では少しだけ誇らしくもあった。彼という存在を知っている……それだけで今は満たされるような思いだった。

 

 しかしそんな時、私の耳に日菜の予想だにしない言葉が聞こえてきて思考が中断されてしまう。

 

「うん……スゴイよねライガ……王様……なんでしょ?」

 

「え……」

 

 王様……突然日菜が呟いたその単語に反応し、息を飲んで足を止めてしまう。目を見開いて日菜を見つめるも、日菜はそんな私の反応を楽しむように薄くニヤついた笑みを浮かべていた。

 

「日菜……貴女、何を……」

 

「おねーちゃん。あたし、もう知ってるよ? ライガが王様で、それで変身しちゃうことも」

 

 まさか、と飛び出しかけた言葉を飲み込む。いつ知ったのだろうか? まさかあのストーカー騒ぎの時だろうか? それとも別件? 知らないと信じていた日菜の突然の裏切り行為(?)に混乱して上手く思考が働かない。そんな時、日菜は私の袖を引っ張って、とある店を指差して呼びかけてきた。

 

「雨もまだ強いからさ、ちょっとあそこで休憩していこうよ」

 

 そう言って彼女が指差したのは、羽沢珈琲店と呼ばれる商店街でも評判の店だった。そしてCiRCLEを拠点として活動するガールズバンド、Afterglowのキーボード担当である羽沢さんの家でもある。

 

「あたしさ、おねーちゃんとじっくり話し会いたかったんだよね。ライガのこととか」

 

「そう……なら受けて立つわ」

 

 一体何に受けて立とうというのか、自分でも意味の分からないことを言うものだと思ってしまう。とりあえず、周りのお客さんやつぐみさんに漏れないように話さないと、と気を引き締めながら私たちは雨から逃げるように入店していった。

 羽沢さんはまだ帰ってないのか、それとも今日は入っていないのか、店内に姿は見当たらない。都合よく客もそんなに多いとは言えず、二人で面と向かって話せる席に着こうとした、その時だった。

 

「よう。合同ライブ以来だな」

 

 席に移動中、見知った顔が私に声をかけてきた。外は雨だと言うのに濡れた形跡が一切無く、ピカピカの革ジャンとサングラスを見事に着こなした、ワイルドな佇まいを見せる男性だった。手にはこの店自慢のコーヒーのカップを持っているこの人が人間でないことを私は知っている。

 

「じ、次狼さん?」

 

 TETRA-FANGのベース担当であり、ファンガイアの王である紅さんを支える気高き狼男。

 

 予想外の出会いにより、この先の日菜との話がどう転ぶかが急に不安になってきた私であった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「かわいい……」

 

 文字通り滝のような雨を傘で防ぎながら、水を弾くアスファルトを踏みしめ靴を濡らしながら歩いていく。しかしと公園の横を通った時に偶然目にしてしまったのだ。木々の間に挟まれた天然の屋根の下で、静かに震えている(私見)何とも愛くるしい生物を。ついつい近づいてこれを観察してみると、まあ何とも形容しがたい愛くるしさを見に纏った妖精だと……言いすぎた、猫だと言うことが分かる。

 

「はぁ……(なんて……愛らしいの……)」

 

 可愛いという単語が命を与えられたら間違いなくこうなるのだろうと、静かに震える(あくまで私見)小さな容姿に心を奪われていた時だった。

 

「友希那さん?」

 

「っ!?」

 

 背後から私を呼ぶ声がして肩が跳ねてしまう。それが知っている声だけに余計に驚いてしまった。まさか今のを見られたのでは? 固まる首を何とか動かして、ゆっくりと後ろへと振り向く。

 

「あ、やっぱり友希那さんだ! こんにちは!」

 

「え、ええ……」

 

 傘を差しながら嬉しそうにこちらに笑いかけるツインテールの少女。声から何となくそんな気はしていたけど、まさかこんな雨の日に……よりによって猫に現を抜かしている瞬間に出くわすとは思わず、少しだけ顔が引きつってしまう。あこは少し離れた公園の入り口から、草木の中に視線を向けている私に問いただしてきた。

 

「どうしたんですか? そんなところで雨宿りなんて」

 

 雨の中、すぐそこに屋根があるにも関わらず木の下にいる私にあこが疑問を抱くのは当然で、しかしどう答えるべきか少しだけ迷いが生じてしまう。猫に癒されてずっとここに居た、なんて正直に言えるはずがない。しかし全く関係のない嘘も今すぐには思い浮かばず、無難な理由を作り上げる。

 

「声がしたから気になって覗いたのよ。ちょうどあこが来る直前に」

 

「声……? あっ、猫だ。かわいい〜!」

 

 私の元まで近づいてきて、木の下で丸くなる天使をあこも見にする。流石に、実はずっとここで猫を眺め続けていたとは口には出さない。あくまでふと見つけた体を装いつつ、そしてここからの離脱を考えようとした、その時だった。

 

「あれ? お二人さん今日はお揃いで?」

 

「? 珍しいわね、こんなところで」

 

「あっ、健吾さん! こんにちは!」

 

 またもや偶然、公園の横を通りかかった健吾から声がかけられた。雨の日というのは人と人を引き寄せさせる力でも秘められているのだろうか? 帰り道に彼と会うのは初めてで少しだけ驚いたが、やはりよりによってこんな時に、という気持ちがどうしても出てしまう。こちらへ近付きつつ健吾は当然のように質問を投げかけてきた。

 

「こんにちは、っと。それで、一体何が気になってるのかなお二人さんは〜」

 

「猫です! ほらっ、あそこに!」

 

「ん? おっ、ほぉ〜めっちゃかわいいやん。二人とも猫好きなんか?」

 

「はい!」

 

「私は……別にそこまで好きってわけじゃ……(チラッ)」

 

 本音を隠して彼の質問に答えつつも、そんな私の回答に猫が嫌な反応を示さないか気になってチラリと様子を伺ってしまう。しかし残念ながら猫はこちらのことなんかどうでも良さげにそっぽを向いて身体を休ませていた。

 

わっかりやす……

 

「何か?」

 

「ん? いやいやいや! 別に。それよりも、ここやと完全に雨風も凌げやんし濡れていく一方やで。あそこの屋根で少し雨宿りしてかんか?」

 

 確かにTETRA-FANGのギターとして凄まじい演奏をこなす彼との会話はそれなりに刺激になるものだろう。しかしわざわざ雨の中で声も聞き辛いこの状況でじっくり話しできるとは思えず、このまま誘いを断って帰ろうとした。

 

「そうだ。あこ、健吾さんにもいろいろ聞きたいことがあるんですよ! キ……前のこととか」

 

「まあ。そう来るやろなぁと思ってたわ。この際やしちょうどいいかもな。友希那ちゃんはどうする? 一緒に話してくれるか?」

 

「私は──」

 

「友希那ちゃんがおったら、あこちゃんにも話しやすいんやわ。キバのこととか」

 

「──え? ちょっと待って、キバのことをあこに説明ってどういうこと?」

 

「えっ!? 友希那さん、キバ知ってるんですか!?」

 

 健吾の突然の提案に声を大きくして彼に迫って問い詰めてしまう。キバの説明? しかもあこの様子を見る限り、彼女も既にキバのことを知っているということではないのか? いつの間に、どうやって、と疑問が尽きることない。健吾がキバやファンガイアについて知っているということは麗牙から教わったから把握していた。しかしまさかあこまでなんて……。とりあえず今は、困ったように手で私の動きを制しようとする健吾の言葉を待つしかなかった。

 

「ま、そういうこと。友希那ちゃん、ちょっとだけ話に付き合ってくれんか? なんて言うか俺もさ、中学生にあんなもん見せてしまった責任もあるっていうか……」

 

「はぁ……分かったわ。私も、あなたには少しだけ聞きたいこともあるし」

 

「おおきに」

 

 どうやら、今日はこの集まりから逃げることは許されないようだ。麗牙も健吾も、まだ中学生のあこまで巻き込んで……。そんな私の溜め息は豪雨の中でかき消されていき、背後の木の下で丸まる天使に心の中で別れを告げて、健吾が向かっていく屋根のあるスペースへと私も歩いていった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「空……暗いなぁ……」

 

 雨が降りしきる放課後の空は鈍色に濁り、わたしの好きな青空は厚い雲によって遮られていた。強く打ち付ける雨の音が辺り一面で轟き、耳には雨の音以外は届いてこなかった。だけど……。

 

 ♪~~

 

「えっ……あ、教会……」

 

 突然わたしの耳に、雨の音すら飲み込んで響いてくる音があった。いつか中に入った教会の鐘の音が、雨の音に覆われた街の中でその存在を示すかのように、または神に届かせるかのように精一杯の音を込めて鳴り響いていた。それにつられるように、わたしの足は自然と鐘の音が響く聖堂のある方角へと進んでいく。やがて教会に入る門の前まで辿り着き、いつしかわたしは立ち止まって聖堂の鐘を見上げていた。こういう特殊な建物なだけに、見ているだけでも現実から解き放たれそうな気分にさせられる。別世界に……大好きなファンタジーの世界に自分が入り込んだような、そんな気持ちにさせてくれる。わたしは自分が思っている以上に、この場所が気に入っているのかもしれない。

 

「燐子?」

 

「あ……アゲハさん……こんにちは」

 

「うん、こんにちは」

 

 突然、何度も聞いた声によって現実へと引き戻される。つられるように来たわたしとは違い、確固たる目的があって教会に来たであろうアゲハさんだった。聖堂を見上げ続けているわたしのことを不思議に思っているのか、少しだけを首をかしげていた彼女は、すぐにいつものような明るい笑顔に戻って私に言葉を投げかけてきた。

 

「ねぇ、よかったら入っていかない? 雨、まだ強いんだし」

 

「いいんですか……?」

 

「うん。せっかくだからさ、ここでゆっくり私の演奏を聴いてってよ」

 

「は、はい……ありがとうございます……お、お邪魔します……」

 

 思っても見なかったお誘いを受け、わたしは迷わずに彼女についていくことを選んだ。またあの聖堂の中でアゲハさんのオルガンの演奏が聴けると思うと、少し胸が高まる気分になっていたから……。そしてアゲハさんについていき、雨から逃げるようにわたしは聖堂の中へと足を踏み入れていった。

 

「……」

 

 聖堂の大きな扉がアゲハさんによって占められる直前、わたしは今一度外を……空の様子を垣間見る。

 

 雨は……まだまだ止みそうにはなかった。

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