羽沢珈琲店のテーブルに日菜と次郎さんと共につき、隣に座って珍しく真剣な表情で話す日菜の言葉を私は注意深く聞いていた。あの夜、日菜が森の奥に連れ去られた日、彼女は紅さんの背中で意識が覚めていたという。彼女を守ったあの人の命が失われたことを、日菜はその時に感じてしまったのだ。そんな日菜に気付けず、また隠すことしか出来なかった自分の行動を彼女に詫びるも、日菜は「気にしてないよ」と笑ってくれた。そして後日、日菜は紅さんに詰め寄って事の顛末と、そして彼の正体を知ったらしい。またあの人は……私の知らないところでどんどん人を巻き込んで……。日菜は紅さんの顔に浮かび上がるステンドグラス状の模様を見たらしく、「すっごくキレイだったよ」と嬉しそうにはしゃいでいた。それが少しだけ憎たらしくて、彼と出会う以前のように日菜を睨みつけてしまう。日菜が彼のことを楽しく語る様が、とても嫌なもののように感じていたから……。私以上に楽しげに彼のことを語る彼女がとても綺麗で、焦燥感に駆られてしまっていた。
「おねーちゃん。顔ちょっと怖いよ」
「っ……そうかしら……」
「うん、ちょっと怒ってるでしょ」
「別に怒っているわけじゃないわ」
「ふ〜ん……」
しかし隠すことすらできないそんな私の態度に、日菜は怒ることも悲しむこともなかった。それどころか少しだけ目を細めて、薄く笑みを作りながら私に問いかけたのだ。
「おねーちゃんさ……ライガのこと……好きなんでしょ?」
「なっ!?」
突然の日菜の指摘に声が裏返って気が動転してしまう。嘘っ? 何故そんなことまで分かるの? 日菜が他人の心を的確に把握出来ることが信じられず、私は口に手を当てたまま石像のように固まってしまう。
「分かるよ。おねーちゃんのことずっと見てたもん。おねーちゃん、ライガのことを話す時いつも顔がキラキラ笑ってるんだ。いつもだよ? ライガのことでどんな話をしてる時も。気付いてなかった?」
「で、でも、どうしてそれで……私が紅さんを好きだって?」
「う〜ん……あたしも最近は『恋』についていろいろ勉強してたからかな? こういう感じのこと、何かで読んだ気がするもん」
「勉強中って……まさか貴女も誰かに恋したりしてるの……?」
恋を勉強中、という日菜の言葉に動揺が打ち消されて頭が冷め、またも彼女に鋭い目を向けてしまう。日菜が恋を? まさか? 一体誰に? 万が一にも考えたくないけれど、最悪の可能性を考慮して日菜に対して小さな敵意を抱いてしまう。
「あたしは恋はまだしてないよ。ちょっとは知りたいって思ってるけど。でも、やっぱりだねおねーちゃん」
「何がよ」
「あたしがライガのことを話すと、おねーちゃんちっとも笑わないんだもん。ねぇなんで?」
「なんでって、それは……」
私が紅さんに恋しているということまで突き止めながら、どうしてその答えが出せないのか。しかし純粋な恋だけを調べている日菜にはまだその答えに辿り着けていないのだろう。ただ、自分でもその答えを口にするのが憚られてしまい、言葉に出来ず口を開けられずにいた。
「覚えておきな嬢ちゃん、それが嫉妬ってやつだ」
その時、私たちの会話を静かに見守っていた次狼さんが口を出した。以前も日菜に抱いていたことがある、醜くて情けないその感情の名を口にされ、私は何も言えなくなる。
「嫉妬? あたしに?」
「自分が好きな異性のことについて嬉しそうに語る同性がいれば、まあ面白くないよな。必ずしも異性とは限らんが、お前は無いか? 姉のことを得意げに話す奴に対して濁った感情を抱いたことは」
「? あたしはおねーちゃんのことを誰かに褒められたら嬉しいよ?」
「……嫉妬とは縁のなさそうな奴だな、お前」
そうね、確かに日菜は他人に対して嫉妬なんてしないでしょう。今までもずっと羨まれる立場だったし、彼女の性格上他人にドロドロした愛憎入り混じる感情を向けるなんてあり得ないから。日菜に対してあまり興味を抱いていないのか、次狼さんは視線を私に移して問いかけてきた。
「まあいい。それで、氷川はどうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「麗牙のことが好きなら、それでどうしたいと言ってるんだ」
その言葉に私は即答出来ずにテーブルの上のカップを見つめて俯いてしまう。彼の質問は私も何度も自問自答していたから。紅さんのことを好きになった。なら次はどうするの? このままバンド仲間としてずっと接していくのか? 無論それだけで満足できそうにはなく、その先に行きたいと思っていた。しかしその先に移すための行動が怖くて、私はずっと尻込みしていた。
「よく考えるんだな。アイツと友達のままで満足か? お前にはお前の望みがあるはずだ。手を繋ぎたい。キスをしたい。恋人になりたい。結婚したい。子どもを作りたい」
「こ、子どもってあなたねぇ!」
「おっと失礼、こちとら本能で生きる種族なもんでな」
「おねーちゃんと麗牙の子どもかー。男の子だったらいいなー」
「日菜もっ、変なこと考えないの!」
色々と踏むべき段階をすっ飛ばしていきなり子どものことなんて考えさせないでほしい。だけど一瞬だけ頭の中でその光景を想像してしまい、幸せな気持ちになってしまう。意中の人と結ばれて結婚し、子どもまで持てたなら……それはきっと幸福以外の何物でもないのだろう。彼と結ばれて家庭を持ち、二人で同じ時間を過ごし、笑い合ったり、支えあったり、一つになったり……そんなあられもないことまで考えてしまい赤面してしまう。
「っ、恋人にしたって気が早すぎます。そもそも私は、まだそんなに彼と一緒にいるわけではないのに……」
しかしそれはあくまで妄想でしかない。現実として私は彼とは恋人でもないし、そうなるにしてもまだ時間が浅いと感じていた。せめてじっくりと……もっと時間をかけて親密にならないと……恋人とはそういうものだと私は思っていた。だから今の段階で私は彼に対して動くことはできなかった。
「そうか? 過ごした時間が必ずしも有利になるとは限らん」
「……有利とは?」
「……こうは言いたくないが、あまり悠長に構えてる暇は無いってことだ。早く行動しないと、先に誰かにとられてしまうかもな」
「っ」
ふと薄ら笑いの消えた次狼さんが真剣な表情で言ったその言葉に、私は胸の奥が締め付けられるような感覚に陥った。紅さんがとられる……つまり、誰かと恋仲になるということ。それを想像した途端、言いようのない恐怖と寂しさが身体の奥から這い上がって私の全身を縛り付けてしまう。考えたくない未来を見てしまい、喉の奥が酷く乾いてしまう。悲しくて身体が小刻みに震えてしまう。
──嫌だ……絶対に……嫌……。
初めての恋。それはしかし私にとってこの上なく尊いと感じる気持ち。大事に温めていたこの気持ちが壊れていく様を思うと、その未来を拒絶してしまう。
「本気なら迷うな。誰にもとられたくないのなら必死に食らいつけ。でなければいざ誰かにとられた時、お前には一生悔やんでも悔やみきれん傷が残ることになる」
震えて声が出せなくなった私に、次狼さんはほんの少し声のトーンを高めてそう話してくれた。もし私が紅さんに何も言わないまま、彼が誰かと付き合ったとしたら……。彼の言う通り、私は深い後悔の中に閉じ込められることになるのだろう。何故あの時何もしなかったのか。一言でも彼に何か言えなかったのかと。次狼さんは私に発破をかけているつもりなのだろうが、どうしても悪いことばかり考えてしまう今の私では、心を落ち着かせることだけで精一杯だった。
「ま、それでもまだお前が躊躇うなら、所詮そこまでの気持ちだったと言うことだ」
「そんなことっ」
しかし次狼さんに私の気持ちを低く見られて反射的に叫んでしまった。初めて抱いた私の大切な気持ちが「そこまで」だなんて、誰にも言われたくなかったから。
「そんなこと……ありません。私の、この気持ちは本物ですっ。初めて抱いたこの熱い想いは、決して軽いものではありません!」
恐らく挑発なのだろう。しかしその次狼さんの言葉をあえて間に受けて、私は彼の眼を強く睨み返す。サングラスの奥で狼のように鋭く光る彼の瞳が、私を射抜くように見ているのが分かる。しかしそれは束の間で、次狼さんは短く息をつくと私から視線を逸らし、日菜へと語りかけた。
「お前はどう思う? 氷川妹」
「え? あたしはもちろんおねーちゃんを応援するよっ。あたしもライガ好きだし、おねーちゃんとライガが一緒になったらさ、すっごくるん♪ってすると思うんだっ」
「日菜……」
屈託のない笑みで私たちに語る日菜。紅さんのことで何度と嫌な目を私から向けられていたと言うのに、まるで気にせず私を応援してくれるその姿に胸が熱くなってしまう。思えば日菜はいつだって私の味方だった。敵だと思っていたのも私の勝手な思い込みでしかなかったのだ。そんな彼女が今はとても頼もしく思えて、自然と笑みが溢れていた。
「はぁ……なら、頑張るんだな。俺も応援はしてやる」
「え? あ、はい……ありがとうございます……。あの、次狼さんはどうして私にこんなことを……?」
次狼さんとはあまり接点はない。Roseliaでは一番接してる方だが、それでもあまり親しい仲と呼べるものではない。そんな彼が、どうして私のことを助けるような言葉をくれるのか気になってしまった。
「何、ほんの気まぐれだ。このまま取り返しが付かなくなりそうな少女を哀れに思った、お節介な世話焼き狼の気まぐれ……」
「気まぐれ……?」
「ふん……喋りすぎたな」
それだけ言い残して次狼さんは席を立ち上がった。
「マスターの味には及ばないが、まあ悪くない珈琲だった。来て損はなかった、いい話もできたしな。これで払っておけ」
財布から出した五千円札を机に軽く叩きつけて、彼は私たちの前から立ち去っていった。未だ強く雨が降る空の下へと、大きな傘をさして歩いていく姿が窓ガラス越しに見えた。やがて彼の姿が雨の中へ消えていく。
「(私は……紅さんに伝えられるのかな……)」
次狼さんが先ほどまで座っていた席を見つめ、私は深く溜め息をつく。私が抱いたこの気持ちを言葉に出来るのか。
しかしこの問答も永遠じゃない。
私が決意しなければならないその瞬間まで、私の知らない間に既に秒読みは始まっていたのだから……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
公園に備えられた屋根は意外と広く、土砂降りの雨にも関わらず全員がベンチに座っても露一つ肌につかない快適さであった。ただ、話の内容としては決して気持ちのいいものではない。あこちゃんは楽しそうだが、少なくとも俺にとってはその話題──キバの話は楽しくあってはいけない。友希那ちゃんは真剣な顔で俺の話に耳を傾けてくれている分、少しは気が楽ではあるのだが。
「まあ、ここまでが多分二人とも知ってる話のおさらいやな。初めて聞くこととか無かったか?」
「ええ、問題ないわ」
「あこもっ。でも、今のだけでもカッコよすぎてここからが怖すぎるくらいかも」
確かに吸血鬼──ファンガイアって存在だけでも彼女からすれば充分過ぎるほどファンタジーなのに、その王様や継承された鎧の話なんて、まだ中学生であるあこちゃんには刺激が強すぎる。彼女の謎の発言に磨きがかかる……オブラートに包めば、彼女の想像力がより豊かに活性化してしまうと言うべきか。
しかし二人の間には一つだけ大きな認識の齟齬があった。それは、キバに変身しているのが麗牙であることを知っているか否だ。前者はもちろん友希那ちゃんで、後者はあこちゃん。流石にそこまでをあこちゃんに教えると本格的にこちらや友希那ちゃんの面倒が増えるため、彼女に耳打ちしてそこに触れることを避けるように言っておいた。
「さてと、何から話そうかな」
「はいっ。キバって結局何色なんですか?」
しかし出す情報は慎重に選ばなければ。そう思っていたところであこちゃんから質問のリクエストが来た。既に通常のキバとバッシャーフォームの両方を目撃したあこちゃんになら、それに答えるのも問題はないだろう。もちろんキバの正体を知る友希那ちゃんにもな。
「現状、今のキバがなれるんは四色だけやな。赤、青、緑、紫。友希那ちゃんは赤しか見たことないやろ?」
「ええ。そんなにあったのね……」
「青と紫! なんかカッコいい!」
子どもみたいに燥ぐあこちゃんを収めつつ、俺はやけに静かになった友希那ちゃんの様子が気になった。今のキバが変身できる四種の姿について聞いてから、記憶の中を探るように顎に手を当てて何かを思考する友希那ちゃん。そんなに悩むことがあっただろうかと友希那ちゃんに話しかけようとした時、ひそめた眉を崩さないまま彼女は俺に問い質してきた。
「本当にそれだけなの? 他にはあったりしないの? 黄金とか、血のような赤と黒……とか」
「ちょっと待て。なんでそれ知ってんねや」
突然彼女が言い出したキバの
どこでその鎧の事を知ったのか。まさか麗牙が話したというのか。俺の強い視線に唆され、友希那ちゃんはその口を開けてくれた。
「昔に聞いていたの……父の話すおとぎ話で」
「おとぎ話?」
キバの出てくるおとぎ話なぞあっただろうか。少し考えるも全く心当たりがない。ならば発端は間違いなく彼女の父親とやらだろう。そうして彼女から聞いたおとぎ話の内容……なるほど、確かにそれはキバとファンガイアの話だ。イクサが出てこない辺りが少しモヤモヤするが、そこは目を瞑ろうと思う。
「お父さんの名前って?」
友希那ちゃんは少し渋りながらも父親の名前を教えてくれたが……うーん、やはりピンと来ない。案外調べたら何か分かりそうな気もするけど、現状情報が足りなさすぎる。そんな俺の態度に思うところがあったのか、友希那ちゃんはもう一つ情報を教えてくれた。その時に彼女が告げた名前に俺は度肝を抜かれてしまった。何故ならそれは、俺も知っている既に引退した有名なアーティストの名だったからだ。
「えぇぇぇっ? マジで!? マジなん!? 友希那ちゃんってあの人の娘さんなん!?」
「そ、そこまで驚かれるとは思わなかったわ……」
全身を使って衝撃をアピールするも、少しだけ彼女に引かれてしまった。しかし何というか、当時は本当に時の人みたいな感じでかなり売れてたからなぁ。俺も昔は結構聞いてた記憶がある。ただ、ある時期から目に見えて楽曲の色がガラリと変わってしまったけど、俺もそこからはな……。何があったのかは気になるけど、今はそれに触れる事はしないでおこう。何というか、今の友希那ちゃんからも「聞くな」ってオーラが出てる気がするし。
「健吾さん。ってことは友希那さんのお父さんが言ってた黄金と、赤と黒のキバってあるんですか?」
話題をキバに戻してくれたあこちゃんに内心礼を言いながらも、ここまで来れば逃げられないかと勘弁して俺は二人にその詳細を告げる。
「そうやな。そのおとぎ話に出てくるキバもちゃんと存在する。『黄金のキバ』そして『闇のキバ』が」
「黄金のキバ。それと……」
「や、闇……闇のキバ……っ〜!」
「アカン、あこちゃん舞い上がってしまっとる……」
「ごめんなさい。あこ、闇とかそういう類の言葉に弱いらしいの」
まあ、中学生ってそういう時期やしな……。暗い色彩のものだったり小難しい言葉だったりが魅力的に感じる年頃は割と多くの人に訪れるらしい。人伝てだがルークも今それに近い状態だと聞く。今度その様子を見てきて思いっきり笑ってやろう。襲われたら全力で逃げるけど。師匠ならともかく俺では全力でも勝てやんし。
「けど、あんまり他言するなよ。まあ、有り難みがなくなるし?」
黄金のキバと闇のキバ……それぞれ恐ろしいほどの力を秘めた鎧ではあるが、現状運用が不可能な状態になっている。それを同族や他種族に知られることは絶対に避けなければならない。故に、二つの鎧を見たことがないなんてあまり他言されて欲しくないのだ。
「(第三のキバ……ホンマに出来るんかいな……)」
この事態を考慮してか当初から構想だったのか分からないが、ファンガイアの職人の間では、闇と黄金に続く第三のキバの開発が進められているとかいないとか、そんな曖昧な情報があった。キングのための新しい装備だとか、クイーンのための装備だとか、真っ青だとも、雪のように白いとも、よく分からない情報しかなく、聞くたびにどんどん真実味が無くなっていくのが現状だ。まあ、敢えてかも知れんがな。
「じゃあ私からもいいかしら」
「おう、どうぞ」
今度は友希那ちゃんからの質問だ。先の話で目をキラキラ輝かせていたあこちゃんもようやく落ち着きを取り戻したようだが、正直同じようなことはゴメンだ。まあ友希那ちゃんのことやしあんまりややこしい質問はないやろ。そう思ってどんと来いと悠然と佇んでいたのだが……。
「私が見たあの竜って何? 他にもあんなのがいるの?」
「竜!? それってつまりド、ドラゴン!? そ、そんなのもあるんですか!?」
「(友希那ちゃーん!)」
友希那ちゃんの質問によってあこちゃんの中に流れる少年の血が再び覚醒してしまった。いや、まあ……うん……憧れるよな、ドラゴンって。分かるよ。分かってるから落ち着いてほしい。息巻いて飛び掛かりそうになるあこちゃんを抑えるためにも、俺は仕方なくドラン族についても語ることとなった。
当然ドラン族の話をすれば、キバット族を始めとする他の種族の話にもなってしまう。一々興奮するあこちゃんを宥めるのがどれほど大変だったか……。しかし友希那ちゃんは対照的に、頭の上にハテナマークが浮かび上がりそうな顔して口が半開きになっていた。まあ確かに、世界には十三の魔族が存在するなんていきなり言われても普通は混乱するわな。一々こちらの知識に即座に適応してくるあこちゃんが異常なだけで。
十三の魔族、それはこの地球上で確認された、他の命を食らう知的生命体のことである。
世界中に吸血鬼の名として伝承を残してきたファンガイア族。
古くからファンガイア族との共生を選び生き抜いてきたキバット族。
世界中にドラゴンやワイバーンとして伝説を残すドラン族。
人狼として語り継がれてきた気高きウルフェン族。
半魚人、日本では河童として、世界中で目撃される長寿の種族、マーマン族。
フランケンシュタインの怪物を祖とする比較的誕生の新しいフランケン族。
人魚伝説として世界中で謳われてきたマーメイド族。
巨人伝説として語られ古くから恐れられてきたギガント族。
実体を持たず、生命に取り付いて命を吸い上げるゴースト族。
争いを好まない平和主義な小人のホビット族。
争いを好む血気盛んな鬼、ゴブリン族。
愛や勇気、芸術といった、他の種族では生み出すことのできない様々な概念を生み出し続ける得意稀な種族、人間族。
そしてもう一つ……。
太古の時代に滅んだとされる、歴史上最悪の種族──
──レジェンドルガ族。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヴゥグッ!?」
豪雨の中、一人の異形の顔に、目と口を縫い合わせられた悍ましい仮面が貼り付けられる。
少しの間だけ抵抗した異形は途端に静まり返り、無気力そうにその足を、雨の中静かに佇む影へ……ミイラのような容貌の怪物の元へと運ばせた。
「──」
雨に全ての音が飲み込まれる中で、確かにミイラの怪物の声を聴いた異形は、その足をゆっくりとゾンビのように動かして豪雨の中を進み始めた。それを確認したミイラの怪物も、露と共にその場から消え去ってしまった。
「なんだ……?」
次狼が現れたのはその直後のことだった。彼の鼻に、今まで感じたことのない嫌な臭いが豪雨の中でさえ感じていたためだ。その気配を辿ってここまで来たものの、既に臭いと共に消え去ってしまっていた。
だが、一つだけ残されたものがあった。
「っ、妙な匂いのするファンガイアがいるな……」
豪雨の中をふらふらと揺れながら歩く、全身をステンドグラス調の体表に覆われた怪物。どこを目指しているのかとんと検討が付かないが、何かしらの手掛かりにはなるだろうと踏んだ次狼は後をつけることにした。
そんな彼らを覆う雨空の下で、教会の鐘の音が重々しく鳴り響いていた。