ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙の些細な発言から自分の心を追い詰めてしまったリサは、彼の前から走り去ってしまう。雨の中を一人駆けるリサはどこに辿り着くというのか……』


第49話 並び立つ両雄

 当初よりも勢いが衰えたとは言え、肌を打ち付ける雨が痛く冷たいことに何の変わりもない。だけど今は……自己嫌悪に陥っている今のアタシにはそのくらいの辛さが必要だった。

 

「はぁ、はぁ、っ……(最低だアタシ……)」

 

 戸惑う麗牙の顔を何度も思い出してしまい、アタシはそれを打ち消そうとしてさらに駆ける速度を上げる。麗牙は何も悪くない。アタシが一人で勝手に気分を悪くして、彼に心配されたくないという理由で、場の空気を悪くしたまま一人飛び出していった。アタシが悪いだけの話なのに、どうしてアタシが傷付かなければいけないのか。

 だけど雨に打たれて頭が冷め、ようやくその事実に目を向けることが出来た。

 

 自分は、失恋してしまったのだと。

 

「っはぁ……はぁ……っ……らいが……」

 

 立ち止まり、晴れることのない空を見上げる。麗牙の隣にアタシじゃない他の誰かがいる、そう考えるだけで胸が苦しくなり、泣きそうになる。いや、実はもう泣いているのかもしれない。雨が顔を打ち付けて、頬を伝う雫が涙なのか雨なのか自分でも分からなくなっていた。彼のことを想うだけでも辛いのに、それを止めることがもっと辛く、結局アタシは苦しみの渦中から逃れることは出来なかった。

 

「リサ姉?」

 

 こんなに痛くて辛いなら、このまま雨に溶けて消えてしまいたい。そう思った時、アタシを呼ぶ少女の声が聞こえてきた。聞くだけで元気が湧いてきそうな声を上げるのは、アタシもよく知っているお下げ髪の可愛らしいドラマー、あこだった。制服姿のままであり、家に帰る途中だったのだろうか。彼女は傘を差して立ち止まったまま、ずぶ濡れになるアタシを驚いた顔で見つめていた。

 

「あこ……それに……」

 

「よっ、どうしたんリサちゃん? そんな泣きそうな顔して。話なら聞くで」

 

 彼女の隣で同じように傘を差して笑いかける健吾の姿があった。二人と出会えたことに安心してしまったのだろうか、今まで耐えていたダムが崩壊し、涙が溢れ出てきてしまっていた。

 

「リサ姉!? こ、ここじゃ濡れちゃうよっ、向こうに行こっ。ねっ?」

 

「ぅ……うん……」

 

 あこと健吾に連れられて、近くの木々の下へと歩いていく。木々による天然の傘と二人の傘に入れてもらい、ようやく雨から逃れたアタシはその身体が想像以上に冷えていたことに気付いた。しかし身体を襲う冷気よりも胸を抉るような痛みが勝っており、結局は寒気を感じる余裕なんてなかったけど……。

 

「落ち着いてからでええから、ま、話してみ?」

 

「っ……ア、アタシ……」

 

 治らない胸の痛みをどうにかしたくて、藁にもすがる思いでアタシは二人に胸の内の全てを語った。

 

 アタシが、麗牙のことが好きだということ。

 

 彼が他の誰かを好きなんじゃないかと悶々し、彼を誘ってそれを問い質したこと。

 

 そして、失恋してしまったこと……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 リサちゃんから事情を聞こうとして、開口一番彼女が告げた言葉に俺たちは度肝を抜かれてしまった。

 

 ──アタシ……麗牙のこと……好きなんだ。

 

 薄々そんな気がしていたが、まさか本当に麗牙に対して慕情を募らせていたとは……。麗牙に対して大なり小なり好意を抱いているのは知っていたが、既に恋にまで発展していたとは思わず、大きく息を飲んでしまう。リサちゃんのそんな様子に全く気付いていなかったあこちゃんなんて、目も口も大きく開いたまま固まってしまっている。時が止まったかのように完全にフリーズしてしまっているが、リサちゃんの続く言葉を聞いて固まってはいられなくなっていた。

 

 そもそも彼女の気持ちが一気に肥大化した理由が、麗牙が燐子ちゃんと二人きりで過ごす現場を目撃したからだと言う。それも二回も。

 

「(っていうか何やっとんねん麗牙。いつの間に燐子ちゃんとそんな……あ痛ててて……)」

 

 俺の知らぬ間に接近していた二人を思って胃が痛くなるが、今はそれどころではなく無理矢理痛みを押さえつけて平静さを保つ。今辛い想いをしているのは俺でなくリサちゃんの方なのだから。

 リサちゃんはさっきまで麗牙と二人でゲームセンターで遊んでいたらしい。あの親友がゲームセンターで遊ぶ姿はなかなか想像し難いが、恐らくリサちゃんの頼みなら麗牙は断れないだろうな。そして割と仲良く過ごしていたらしいが、終わる間際に麗牙はふと燐子ちゃんの名前を出してしまったらしい……いやホンマ何やってんのお前……デート中に他の女の名前出す奴があるかっ。不安が振り返されたリサちゃんは、ついに麗牙に「好きな人はいるのか」と訊ねてしまったらしい。麗牙がどう答えたのかリサちゃんはあまり語ってくれなかったが、話を聞く限り麗牙は「いる」と答え、リサちゃんはそれを燐子ちゃんだと思ってしまったようだ。恋破れたのだと傷付いたリサちゃんは麗牙の元から去り、そして今に至るという。

 

 だが、話を聞いていて俺は一つ気付いたことがあった。

 

「(あれ? これって、もしかしてもしかしなくても……リサちゃんの早とちり?)」

 

 話の内容には彼女の私情も入っているだろうが、少なくとも麗牙は誰を好きとは言っていないし、リサちゃんが失恋したと確証できる発言は何一つ無かった。そもそも麗牙は自分で言っていたのだ。

 

 ──リサさんのこと、好きになっちゃったかもしれないんです。

 

 あの時の衝撃は忘れようにも忘れられない。あの麗牙が、かつて人間の女の子に拒絶されて人間を好きになるのがいけないことだと嘆いていた麗牙が、再び人間の女の子にそんな気持ちを抱くようになるとは、と。まあ、父親や愛音のことで色々乗り越えたアイツならそうなってもおかしくはないけど……。

 だけど麗牙がリサちゃんのことを想う分に不安は無かった。というよりも、リサちゃんの態度を見ていて消え去っていた。キングとして重責を担い、時に同胞をその手にかける悲しみを背負う麗牙。そんな彼を支えたい、助けてあげたいとリサちゃんは本気で思っていた。そこにかけた想いは間違いなく本物だったし、麗牙もそんな彼女のことを本気で嬉しく思っていたはずだ。

 

 そう、二人の想いは通じ合っている。

 

 少なくとも俺が見ている限りだから間違いないとは言い切れない。だがリサちゃんがここまで必要以上に悲しむことは無いのは確かだと思うのだ。

 

「リサちゃん、案外そんなに思い詰めることないと思うで。別にフラれたわけと違うんやし、今からでも麗牙のとこ戻ったらどうや」

 

「……無理だよ……もう顔見るのも辛いもん……」

 

「あー……思ってたより重症やなぁ……」

 

 明るい姿ばかり印象に残っているが、リサちゃんでもこんなにネガティブな思考になるのだなと、恋の恐ろしさを感じてしまう。しかしこれはマズイな……。これは下手すれば今後のバンド人生にも影響出かねない。音楽は人の心そのもの。心を砕かれた人間の出す音なんて、余程奇跡的に芸術性を感じさせるものにならない限り、酷いものになってしまうのが常だ。しかしこの傷を治せるのは俺たちでは無理だ。もう一度麗牙と会わせて、今度こそしっかり話し合う必要がある。その時、恐らくリサちゃんは一世一代の大勝負に出ることになるのだが……。

 

「リサ姉……ぅぅ……健吾さん、リサ姉はどうすればいいの?」

 

 あこちゃんも大変だろう。ずっと慕ってきたRoseliaの先輩が、急に恋に悩んでいると言うのだから。あこちゃんはそういう気持ちはまだだからリサちゃんの気持ちを深部まで理解してあげられない。精々が悲しんでいる彼女を思いやるくらいしか出来ない。それが歯痒くて、悔しそうに俺の方を見て縋るように迫っていた。

 

「……ちょっと()こう寄ってくれあこちゃん」

 

「へ? うん……?」

 

 策なんてあるわけではないが、とりあえず情報は共有しておきたい。そう思った俺はあこちゃんを呼んでリサちゃんから少し離れ、彼女に聞こえない小声であこちゃんに囁いた。

 

「リサちゃんさ、ホンマに考え過ぎやと思うんやわ」

 

「なんで? だって、リサ姉は麗牙さんが好きなのに、麗牙さんは……その……りんりんのこと……」

 

「いや違うて。前に言うてたもん。麗牙、リサちゃんのことが好きかもって」

 

 麗牙には悪いが、あこちゃんを安心させるためにもこの件に関しては共有させておきたい。恨むんなら自分の軽率で曖昧な発言を恨んでほしい。

 

「えぇっ? ええぇぇぇぇ──っ!!? そ、それじゃあ二人はりょ──」

 

「しーっ! 聞こえる! 今はまだそれを言うべきちゃう。本人たちでどうにかせなアカンことや」

 

 興奮するあこちゃんの口を押さえて、リサちゃんに事の真実がこの場で知られるのを防ぐ。あこちゃんが言いかけた通り、あの時麗牙が語った気持ちが間違いで無ければ、そしてまだ心変わりしていなければ、麗牙とリサちゃんは両想いということになる。しかし、それを俺たちの口から代わりに彼女に伝えるのは絶対に違うと思うのだ。それはどちらかが本人に伝えなければいけないことであり、俺たちが出来るのはそれをサポートしてやるくらいだ。

 

「せやからな……何とかしてもう一度、リサちゃんと麗牙を二人きりにさせたらなな。ほいたら、告白まではいかんくても誤解とかは解けると思うんや。どうや?」

 

「う、うんっ。そうだよね……リサ姉のためにも頑張らなくっちゃ……」

 

 どうにかしてあの二人を会わせて二人きりにさせなければと、あこちゃんと気持ちを一つにする。きっと彼女は愚痴るだろうが、ここまで精神が参っているリサちゃんを無理に引きずってでも麗牙の元へ連れていかなければ。そして恐らくまだ困惑しているであろう麗牙にも、もう一度リサちゃんに会うように声をかけて……いや、言わずとも会ってくれるだろうなアイツは。

 とりあえず先ずは行動あるのみ……そう意気込んで彼女の方へと振り返ったが……。

 

「……あれ? リサちゃん?」

 

「あっ、健吾さんっ。あそこに!」

 

「ってホンマや。ちょい待ちぃや! リサちゃん!」

 

 俺とあこちゃんがこそこそ話し合っているうちに、リサちゃんは木陰から離れて雨の元へと歩き出していた。またもや雨風に晒されて身体を濡らすリサちゃんの元へと駆け出して、俺たちは彼女の小さく細い身体の上に傘を掲げる。どこを見ているのか分からない彼女の前に立ちはだかり、俺は光が小さくなる彼女の瞳を見つめてもの言った。

 

「なぁリサちゃん、まだ諦めるのは早いで。麗牙は誰かの名前を言ったわけと違うんやし、それで勝手に失恋したって思うんは違うやろ」

 

「そうだよリサ姉! リサ姉だって麗牙さんと二人でいることがあったんでしょ? じゃあ別にりんりんと麗牙さんが二人でいるところを見ても不思議じゃないって。ああそうだっ。それにほらっ……あこ、前にりんりんに聞いたもんっ。りんりん、麗牙さんとNFOやるためにネカフェに誘ったって」

 

「……そっか。麗牙も同じゲームやってたんだ……アタシ、そんなことも知らなかったなぁ……燐子も、一人で麗牙のこと誘うまで仲良くなってたんだ……」

 

「あ、あれ? リ、リサ姉?」

 

「(あこちゃーん!? ってかそれ俺も初耳ーっ!)」

 

 リサちゃんを安心させるために麗牙と燐子ちゃんが二人きりで遊んでいた理由を語ってくれたのだろうが、今のリサちゃんにはその説明は逆効果のようで、どんどんネガティブな方向へと考えていってしまう。より一層暗い雰囲気を醸し出してしまうリサちゃんにあこちゃんは困惑し、俺も頭を抱えてしまう。

 というよりあこちゃん、その話俺も初耳なんやけど? え、何? 二人ってゲームするためにネカフェ行ってたん? 俺の予想以上に二人が近付いていたことを知り、正直俺にまで動揺が走っているところだ。

 だが今は俺よりリサちゃんだ。あの大人しそうな燐子ちゃんがわざわざ麗牙を誘うという事実に俺同様驚き、余計に諦めムードになってしまっている。あ〜もうっ! 少しキツイこと言わなアカンかこれっ。

 

「リサちゃん、一回燐子ちゃんから頭離れんかい。お前さ、今後もそうして麗牙から逃げるつもりかえ? ああ?」

 

「ちょ、け、健吾さん!?」

 

 悪いなあこちゃん。ここまでらしくないリサちゃんを見てると色々口出したくて仕方がないんや。流石にちょっと苛々してきたし、何より昔のウジウジしていた頃の麗牙が思い出されてしまうから……。

 

「誰かが麗牙の隣にいたことがそんなに大事か? 同じようにアゲハや愛音が隣にいたら、会いたくないって思えるんか? 違うやろっ。諦めんのやったらな、せめて当たって砕けてから諦めや!」

 

 男と女で恋愛に対する考え方が違うとはよく聞くが、それを承知でも俺の考えをリサちゃんにぶつけたかった。リサちゃんが麗牙を好きだという気持ちも今が辛いという気持ちも間違いなく本当なのだろうが、麗牙に会いたくないという言葉が百パーセントの本心だとは思えなかった。きっとその気持ちの中に、彼に会いたいという気持ちは眠っているはずなのだから……。

 

「リサちゃん、もう一度聞くで。ホンマに麗牙に会いたくないんか? まだ好きな麗牙と、今後も会いたくないって言えるんか?」

 

「……」

 

「リサ姉……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やだ……」

 

 小さく漏らした彼女の否定の言葉に俺は安堵の息をつく。

 

「……麗牙に会いたい……麗牙が好きだから……アタシ、まだ麗牙を諦めたくない……」

 

 震えるように零れていくその言葉は、紛れもなく彼女の本心……リサちゃんの望みだった。無論、そんなこと俺たちはとうのとっくに分かっている。麗牙を諦めたくない気持ちがあるから、今も彼女は胸にぬいぐるみの入った袋を抱き締めているのだろう。

 アイツがリサちゃんのためにゲームでとってくれた、ウサギのぬいぐるみを……。

 

「リサ姉、行こう? 怖いなら、あこも一緒に手握ってついてくよ?」

 

「あこ……ありがと……っ」

 

 リサちゃんが不安にならないように、あこちゃんはその身を寄せてリサちゃんを安心させようとしていた。そんなあこちゃんの純粋な思いやりが、リサちゃんに再び笑顔を取り戻してくれた。今日俺たちが初めて見る、消えそうだが微かな光を感じるリサちゃんの笑顔。それを見て、ようやく進むことが出来ると俺たちは希望を抱くことが出来た。

 

「リサちゃん。もう一度聞くけど、今から麗牙と会えるよな?」

 

「……うん。さっき麗牙にちょっと言いすぎちゃったから、それも謝らないと」

 

 不安げな表情を消しきれてはいないが、とりあえずは麗牙と再び会う決心を固めてくれたリサちゃん。袋に包まれたウサギのぬいぐるみを抱きしめ、あこちゃんの傘に入れられながら再び元来た道を戻って歩き出そうとしていた。

 

 しかし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人ともちょっと待て」

 

 声のトーンを幾段も落として俺は静かに待ったの声をかける。リサちゃんもあこちゃんも、突然の俺の真剣な声色に怪訝な表情を浮かべて問いただそうとしていた。

 

「え、どうし──」

 

「しっ……アレ……」

 

 俺には雨の向こう側にいる影が見えていた。というより、偶々目に入ったという方が正しいか。指を差して二人にもそれが分かるように視線を向けさせる。

 

「っ……健吾さん……アレって……」

 

「ファンガイア……?」

 

 雨の中で、視点が定まらないかのようにのらりくらりと歩く異形の姿があった。全身をステンドグラスのような光沢に覆われた人ならざる吸血の種族──ファンガイア。だが明らかに様子がおかしい点がいくつも見受けられる。まず一つに、雨とは言え白昼堂々とファンガイアの本来の姿を晒していること。次に、まるで意志が無いかのように、ゾンビのように虚ろに歩くその姿。そして何より、瞼と口を縫い合わせられたような悍ましい仮面を顔につけていることだった。何かがおかしい。嫌な予感に襲われた俺は、二人に離れないように指示し、後をつけ始めた。

 

「え、ちょっと待って。リサ姉知ってるの? ファンガイアのこと」

 

「えっ? あこも知ってるの?」

 

 失敗や……先にそっち方面の情報共有させておきべきやったわ。そう思うも既に遅く、とりあえずはゆっくりと異形の後を追いながら彼女たちの会話に聞き耳を立てるしかなかった。

 

「っていうか、多分Roseliaじゃアタシが最初に知ったと思うよ。アタシだけの秘密だと思ったら、いつの間にかみんなもどんどん知ってっちゃうし……あこまで知ってるなんて、これもしかしてRoselia全員麗牙のこと知ってるんじゃ……」

 

「どうやろな。燐子ちゃんに関しては多分まだ何も知らんと思うで……(あれ?)」

 

「? リサ姉、どうしてそこで麗牙さんが出てくるの?」

 

「え? ファンガイアのこと知ってるんだから、あこも麗牙がキ──」

 

「ちょっと黙ってもろてええかっ?(あっぶねぇ!?)」

 

 せっかく先の友希那ちゃんとの話の中でわざわざ麗牙の正体を話さずにいたのに、ここで話をややこしくされては溜まったものではない。麗牙がキバだとあこちゃんが知るのはもはや構わないが、この状況でその話をすると混乱を招きかねないので勘弁してほしい。

 二人には静かにしてもらい、様子のおかしなファンガイアの後を追い続ける。そして異形が立ち止まるのと同時に俺たちも足を止め、その様子を注意深く観察していた。すると……。

 

「あ、もう一体来た……」

 

「向こうもなんか怖い仮面付けてる……」

 

 ふらふらと歩いていた異形と合流するようにもう一体のファンガイアも姿を現した。色鮮やかな光沢のある体表はファンガイアの身体そのものだが、その顔には俺たちが追っていたファンガイアと同じく、あの奇妙な仮面を付けていた。仲間と示すためのものなのだろうか、それとも……。

 

「待てっ。もう一人来た」

 

 向き合ったまま一向に動かないその状況を見守っていた時、更なる影が雨の中から現れた。

 

 それは全身を薄い布で巻かれたような、ミイラのような姿をした異形であった。

 

「な、なんや……アイツ……?」

 

 明らかにファンガイアとは違う、それどころか現存する他の十一魔族にも当て嵌まらない特徴を持つその異形に対して、俺は本能的に脅威を感じてしまっていた。腕には鋭く切り裂かれた傷痕が残るがそれでもなお悠然とした態度を崩すことなく、雨風吹き荒ぶ中でその異様な存在を際立たせていた。

 そして現れたミイラの異形は、合流した二体のファンガイアの前に立つと静かに言い放った。

 

「ファンガイア……お前たちの死と共に召喚されるという虚無の力……俺に見せてみろ」

 

 その言葉にゆっくり頷いたと思えば、二体のファンガイアは予め用意していたのか、懐からそれぞれ何かの触媒らしきものを取り出した。薔薇の花か、タロットカードかよく分からないが、明らかにファンガイアの魔術的な意味を込めたものであることくらいは俺にも分かる。アイツはあの二人に何をさせるつもりなのか……そう考えていた時、目の前で事態が急変した。

 

「ッググァ!」

 

「なっ!?」

 

 奇妙な仮面を付けた二体の怪物が自身の身体に触媒を突き立てた途端、その身体はガラスのように固まり動かなくなってしまった。ミシミシとひび割れるような音を立てて色鮮やかに固まっていくその様子は、ファンガイアの生命の終わりを意味しているものであった。突然自身の命を絶った二体の異形に驚愕するも、次の瞬間に更なる変化が訪れ、今度こそ俺たちは息を潜ませるわけにはいかなくなってしまう。

 

 

 

 

『ギィィィィィィィィィ』

 

 

 

 

 

 二体のファンガイアの身体が砕け散った直後、身体から放たれた輝く魂に周囲からいくつもの光が集い始めた。それが一つになった時、俺たちの上空に巨大なシャンデリアのような奇妙なオブジェが出現したのだ。

 

「なっ!?」

 

「なっ、何あれ!?」

 

「アレって」

 

 ファンガイアの魂が集まって形成される巨大オーラ体──サバト。一体でさえ凄まじい戦闘能力を誇る巨大な影が、二体も現れたのだ。金属同士が擦り合うような耳をつんざくような叫びを上げ、上空へと上り詰めていくサバトを俺たちは見上げることしかできない。本来なら俺たち人間には目にすることのできない存在だが、特殊な波長の電波を流し続けるイクサナックルの周囲にいる場合はその限りではない。故に俺たちは同様にその巨体を視認することが出来ていた。

 

「アイツとんでもないことやってくれたなぁ!」

 

 しかしまさかサバトの召喚を命じる奴がいるとは……。俺は先ほどのミイラの異形へと鋭い視線を向けようとするが、既に雨の元にはその影はなく、ただ雨が降り注ぐ虚空があるだけであった。

 

『キィィィィィィィ』

 

「け、健吾さん! なんか変な顔がこっち見てるんですけど!」

 

「は? ってヤバっ!」

 

 あこちゃんの声につられて再び上空を見上げると、サバトの巨大な体躯の中心部に浮かび上がる男性の顔がこちらを見下ろしているのが目に入った。明らかに俺たち三人を視界に捉え、狙っていることは明確であった。

 

『キァァァァァァァァ』

 

「走れぇぇっ!!」

 

 俺が叫んだ途端、サバトの身体から光が放たれた。同時にリサちゃんとあこちゃんも俺に続いて走り出し、その直後、先まで俺たちが立っていた場所が爆炎に包まれた。雨によって直ぐに消火されるも、爆発によってコンクリートが砕かれてパラパラと俺たちの頭上に雨と共に降り注ぐ。無論そんなことに気を取られるわけにいかず、俺たちはただ迫り来るサバトの光弾から逃げるしかなかった。

 

「っ(とりあえず変身するしか……)」

 

「きゃっ!?」

 

「あこ!?」

 

『ジィィィィィィィ』

 

「(マズいっ)あこちゃん!」

 

 空飛ぶサバト相手に現状対抗できるか分からないが、イクサに変身する他に選択肢はないだろう。そう思ってイクサナックルを懐から出そうとしたところで、あこちゃんが雨で濡れた地面に足を滑らせてこけてしまった。もちろんそれを待ってくれるサバトではない。一瞬でも動きが無くなった標的に向けて、その身体から光弾を発射したのだ。俺は懐へ伸ばしそうとした手を戻してあこちゃんの元へと駆け寄り、そして彼女を抱きかかえてその場から飛び退いた。その次の瞬間、足元に熱い光が集まり、爆音と共に俺たちを大きく吹き飛ばした。

 

「っおあッ!?」

 

「わぁぁあっ!?」

 

「きゃああぁっ!!」

 

 サバトの撃ち出した光弾に誰も直撃はしなかったが、大きく飛ばされて水たまりの中へと無様に飛び込んでしまう。しかし生きているだけでも儲けもんだと、すぐさま立ち上がって懐からナックルを取り出そうとしたころで気づいた。

 

「……あれ? ナックルは……?(まさかまた……)」

 

 懐に忍ばせていたはずのイクサナックルの感触が手に感じられないのだ。顔を青ざめさせて俺は周囲をざっと見渡すと、その所在はすぐに明らかになった。今しがた俺たちと同様に飛ばされたリサちゃんのウサギのぬいぐるみの前に、ポツンと金色の機械仕掛けのナックルが投げ捨てられていた。

 

「(ヤバイ……ここからだと結構距離がある。あのサバトは今こっちを狙ってるし、下手にリサちゃんに動いてとってもらうのもマズいか……)」

 

 一瞬のうちでそう判断し、自分から走り出そうとした時だった。リサちゃんがナックルの方へと……いや、彼女の腕から離れてしまったウサギのぬいぐるみへと走り出していたのだ。

 

「リサちゃん!?」

 

 彼女が動いた瞬間、二体のサバトの顔が走り出した彼女へと向けられた。

 

 その身体には先ほどよりも眩しい光が集まりつつある。

 

 イクサもなくただの人間でしかない俺には、リサちゃんに迫る危機に対してどうすることもできなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「っ……ぁ、あれ……ぬいぐるみが……」

 

 巨大なオブジェ──サバトの攻撃によって大きく飛ばされ、怪我こそ無かったものの、起き上がった瞬間にアタシは手元から大事なものが消えていることに気付き狼狽えていた。

 

「(ウ、ウソ……ど、どこなのっ……ウソ、やだっ……アレは麗牙がくれた大事な……っ!)」

 

 麗牙がアタシに取ってくれたウサギのぬいぐるみ。アタシのために彼がくれた大事な思い出が消えていることに気付き、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われてしまう。しかし周りを見渡した途端にそれを見つけることが出来た。道の真ん中で、袋から放り出された状態で雨に打たれたまま横たわるウサギのぬいぐるみ。その姿が……大事な思い出が汚れていく様が痛々しくて、アタシは周りの景色を見ることなく思わず駆け出していた。

 

「リサちゃん!?」

 

「(ダメッ……麗牙からのプレゼント……アタシの大事な宝物なの……っ)」

 

 ぬいぐるみしか見えず、悲痛な思いでただただ雨の中を駆け抜ける。

 

 麗牙のくれた大事な宝物を失うのが怖くて、必死で走る……走る……。

 

 アレだけは……麗牙がアタシにくれたアレだけはどうしても失いたくなかったから……。

 

「っ……よ……(よかった……)」

 

 そしてぬいぐるみの元へと辿り着くと、アタシはそれをしっかりと胸に抱き寄せた。少し濡れているけど、その柔らかな身体を感じた途端にアタシは安堵に包まれていた。水たまりに濡れることも厭わず、アタシはその場に膝をついて胸の中にある宝物を抱きしめていた。

 

『ラァァァァァァァ』

 

「っ!?」

 

 しかし空から耳が痛むような金切り声が轟き、ぬいぐるみを強く抱いたまま雨空を仰いだ。

 

 その時には全てが遅すぎた。

 

 サバトが身体中に光を集約させているのを知覚した瞬間、その身体から大きな光弾がアタシに向かって放たれた。

 

「ひっ!?」

 

「リサちゃん!!」

 

「リサ姉!!」

 

 目の前が眩しい光に包まれる。

 

 何も見えず、感じず、アタシはただ胸の中のぬいぐるみにしがみ付いて蹲ることしか出来なかった。

 

 もうダメかも知れない。

 

 そんな絶望に包まれそうになった時、アタシの瞼の裏には、何人もの大切な人たちの顔が思い浮かんでいた。

 

 友希那を始めとしたRoseliaのみんなの顔……。

 

 アタシの家族の顔……。

 

 他のガールズバンドの仲間たちの顔……。

 

 学校でいつも話している友達の顔……。

 

 商店街で会うみんなの顔……。

 

 TETRA-FANGのみんなの顔……。

 

 そして……。

 

 

 

 

「麗牙……っ!」

 

 

 

 

 ずっとアタシの心に居続けるその人の名前を一心に呟く。

 

 最期まで忘れたくないと願った人……。

 

 アタシが好きになってしまった、優しい彼の名を……。

 

 

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゥオオオオオォォォォォッ!!」

 

 

 

 突如、獣のような雄叫びと共に何かがアタシの前に降り立った。

 

 雷が落ちたのかと思えるほどの凄まじい轟音を鳴らしながらアタシの目の前の地面が震えた瞬間、アタシを庇うように現れたその影にサバトの光弾が炸裂した。

 

 直後、激しい爆音が響き渡り、雨でさえ直ぐには消しきれないほどの土煙が舞い上がる。何がアタシの前に降り立ったのか、アタシは直ぐにはその正体を掴むことは出来なかった。

 

「ハァァァァァァアアアッ!!」

 

 次の瞬間、土煙の中から紅色に染まる凄まじい嵐が二体のサバトに襲いかかった。赤い衝撃波に飲み込まれ、空中に浮く二体の異形がバランスを崩して地上へ落ちていく。

 

 その時、土煙の中に佇む影がほんの一瞬だけ露わになった。

 

 全身を赤いローブに包んだような人影と、長く伸びた鋭利な爪、そして禍々しい蝙蝠の翼……そこまで見た時、再び影は土煙に隠れて見えなくなってしまった。

 

 しかし次の瞬間、煙が晴れ、そこにいる人影の姿がハッキリとアタシの瞳に映った。

 

 

 

 

「……呼びましたか? リサさん」

 

「麗牙……!」

 

 

 

 アタシに背を向けつつも、顔をこちらに向けていつもの優しい眼をした麗牙の姿がそこにあった。会いたかった愛しの彼の姿に安心してしまい、眼から涙が溢れてしまいそうだった。また来てくれた……アタシの声に応えてくれた……今はただそれだけが嬉しかった。

 

「リサ姉!」

 

「きゃ、あこっ!?」

 

 麗牙が駆け付けてくれたことに安堵していたアタシの胸に、突然小さな悪魔が飛び込んできた。心配そうにアタシのことを抱きしめて涙目になる彼女をぬいぐるみ共々抱きしめ返す。ごめんねあこ……心配かけて……。

 

「麗牙っ」

 

「健吾さん……」

 

 アタシに笑顔を見せてくれた麗牙は健吾へと目を向けると、その直ぐ目の前に落ちていた金色の機械のようなものを拾い上げた。そして健吾へと拾い上げたその機械を差し伸べつつ、挑発するように口の端を吊り上げて彼に言葉を投げかけていた。

 

「ナックル落とすのが特技だとは知りませんでしたよ」

 

「はんっ、俺は知っとったで。遅れてくるのがお前の特技やって」

 

 喧嘩でも始めるかのような挑発する言葉を互いにかけているけれど、二人の顔に敵意は感じられなかった。気の置けない友人特有の戯れみたいなものなのだろうか。男の子の言う友情は偶によく分からないことがある。

 そして二人は向かって小さく笑い合い、アタシたちの前に立ち並んだ

 

 その時だった。

 

 

 

『ギャオオオオオオオ!!』

 

 

 

「っ!? あれって……」

 

 アタシたちの頭上から更なる咆哮が轟き、空から太陽の光が差し込み始めた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 厚い雨雲を引き裂き、そこから眩い太陽の光が差し込む。

 

 引き裂かれた雲の隙間から、巨大な竜の城が姿を現していた。

 

『ギャオオオオオオオ!!』

 

 キャッスルドラン──ファンガイアの移動要塞がその翼を羽ばたかせ、麗牙たちの頭上から陽の光を纏いながら舞い降りてきた。その大きな翼による羽ばたきにより雨雲が吹き飛ばされ、彼を中心として地上に日光が降り注ぐ。

 

 その光の中心で麗牙と健吾は並び立っていた。

 

 ステージの上で光を浴びるように……。

 

 背後で自分たちを見守る二人の少女の盾となるが如く……。

 

「行きますよ健吾さん」

 

「ああ、さっさと終わらせるで」

 

 互いの眼を見ることなく、言葉のみを交わす二人。

 

 見る必要はない。

 

 互いが互いを信用していたから。

 

 互いにすべきことが見えていたからだ。

 

「キバット!」

 

『よっしゃあ! 今日もキバって行くぜ!』

 

 麗牙の手の元に陽気な声と共に黄金の異形が舞い降りた。

 

 麗牙は舞い降りた金色──キバットを右手で掴み、健吾は手にしたイクサナックルを右手に握りしめた。

 

 

 

『ガブッ!』

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

 

 

 麗牙はキバットを己の左手に咬みつかせ、健吾はナックルのリーダー部位を左掌に当てた。

 

 キバットの牙からアクティブフォースが麗牙の体内に流し込まれ、麗牙の身体をステンドグラス上の模様が這いずり回り、彼の顔をも埋め尽くそうとする。

 

 対称的にイクサナックルは健吾の遺伝子情報を読み取り、吸い上げることで次のステージに必要な全てのデータを抽出する。

 

 そして、二人の腰回りにベルトが出現した。

 

 麗牙には紅色の、健吾には金色のバックルが付けられた黒色のベルトが。

 

 ♪~♪~

 

 警報のような笛の音と電子音が辺りにこだます。

 

 始まりを待つように……。

 

 戦士の招来を待つように……。

 

 麗牙はキバットを敵に向けて堂々と、健吾はイクサナックルを天に向かって高々と、それぞれ突き出し掲げた。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

 二人がその言葉を発し、それぞれの手に握るものをバックルに収めた刹那、彼らの身体に大いなる変化が訪れた。

 

「嘘……健吾が……」

 

「麗牙さんが……」

 

 そこに顕現せしは、紅と白。

 

 月と太陽。

 

 闇と光。

 

 吸血鬼と聖職者。

 

 彼女たちの目の前には、決して相容れることのないはずの戦士が並び立っていた。

 

「「変身した……」」

 

 魔王の如く禍々しき紅の鎧と、聖騎士の如く穢れなき純白の鎧が、雲の切れ間から差し込む光に照らされ神々しく輝く。

 

 King of Vampire──KIVA(キバ)

 

 Intercept X Attacker──IXA(イクサ)

 

 人間とファンガイア、そして生きとし生ける全ての生命の自由と平和を願う、二人の戦士が顕現した。




次回、「第50話 重なる月と太陽:革命のエチュード」

戦いの果てに待ち受ける展開とは……。
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