ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『「ピアノの詩人」と評されるフレデリック・フランソワ・ショパンは、「革命」「英雄」「別れの曲」など有名な曲を数多く手掛けているが、その題名はどれもショパンの手による命名ではなく、後世の作家たちが名付けたものである。自身の作品に固定のイメージが付くことを忌避して、ショパンは敢えて題名を付けることがなかった……と言われている』


第50話 重なる月と太陽:革命のエチュード

 巨大な異形が金切り声を上げながら、地上で立ち構える二人の戦士を睨みつける。

 

 紅に染まりし吸血王、キバ。

 

 白衣を纏いし聖戦士、イクサ。

 

 輝ける鎧を身に纏いし戦士たちもまた、勇ましい出で立ちで吠え猛る敵を睨みつけていた。

 

 そんな二人を背後で見つめる二人の少女にはそれぞれ違う衝撃が走り、驚きを隠せずにいた。

 

「け、健吾も変身するんだ……」

 

「ら、麗牙さんが……キバ……仮面ライダーキバ!」

 

「何それ? 仮面……ライダー?」

 

「そうっ! 仮面を付けて颯爽と現れる正義のヒーローのこと! 人知れず闇に紛れて魔を祓う異形の戦士……って感じで、前にひなちんとちさ先輩とで作った名前!」

 

「な、名前よりもその二人まで知ってることの方がビックリだよ……あはは……」

 

 彼女たちの会話を背に受け、二人の戦士もまた敵から目を離すことなく言葉を交わしていた。

 

「じゃ、俺は宛ら仮面ライダーイクサってところか。どうや? お前もそろそろ名乗ってみたらどやねん、仮面ライダーキバ」

 

「僕は……まだちょっと重いですね、その名前」

 

「重い?」

 

「あ、いえ……こっちの話です。さて、そろそろ話してるわけにもいきませんよ」

 

「せやな」

 

 キバの呼びかけによって両雄は本格的に意識をサバトへと向ける。

 

 空を覆うほどの巨体を持つサバトからすれば、二メートルほどしかない彼らなど蝿にも等しい存在であろう。しかし、彼らは同様に巨大な敵を迎え撃つための装備を有していた。

 キバにはキャッスルドラン……ドラン族最強のグレートワイバーンを改造した移動要塞が。そしてイクサにも、巨大な外敵を想定した彼専用の機動兵器が存在していた。

 

「っしゃ、コイツの出番やな」

 

 イクサはベルトの右ホルダーから白色の笛を取り出し、ベルトに装填するとナックルを押し込んで起動させる。

 

P・O・W・E・R・D(パワード) I・X・A・R(イクサー)

 

 イクサベルトの無機質な電子音が鳴り、同時に地響きが辺り一面に轟き渡る。これから何が起こるのか事情を知らないリサとあこは突然揺れる地面に驚き、互いに支えあいながら倒れるのを防いでいた。

 

『ギィィィィィィィ』

 

 先ほどの王による攻撃によって地面に墜落しかけていたサバトのうち一体が二人の戦士に迫る。接近しながら発光し始め、その輝きを暴力として放とうとしたその時だった。

 

『ジィィィィ──』

 

「きゃっ!?」

 

 突然巨大な白い塊が姿を現したと思えば、サバトに体当たりをかましてその身体を吹き飛ばしたのだ。サバトを突き飛ばした白塊はそのまま戦士の前まで爆音を上げて迫り、そしてイクサの目の前でけたたましく地面を擦る音をたてて急停止した。

 

「なに……恐竜みたいな……?」

 

 目の前で佇む白い巨体を二人は驚愕で目を見開いたまま見つめていた。一見ショベルカーのような重機だとリサは感じたが、脚の構造はまるで四肢があるように中心から四方向に別れており、前方の脚には鋭い爪を連想させる装備が備え付けられていた。そしてまるで生き物の顎のような巨大なアームが伸びており、リサの呟く通り、その姿は宛ら肉食恐竜の獣脚類に類するものの頭部のようであった。

 

 パワードイクサー──対巨大魔族用決戦武装として青空の会により開発された戦闘用ビークル。人類の叡智を結集させて開発されたイクサシステムの一つであり、それだけに秘められたパワーは凄まじく、持ち前のアームはその気になれば理論上キャッスルドランでさえ投げ飛ばすことが可能とされている。無論、現状のキングが人間との共和を目指す限りその矛先が向けられることはなく、パワードイクサー自体も戦闘以外で災害救助として機能することを見越して開発された重機である。

 

「ふッ」

 

 イクサは地を蹴って跳び上がり、パワードイクサーの剥き出しのコックピットへ乗り込んだ。イクサの所有するナックルが起動キーとなり、この巨大な鉄機の操縦桿となって止まっていた戦車は再び動き出す。

 

「ハァッ!」

 

 キバもまた地を蹴り、パワードイクサーのアームの先端に向けて飛び立った。キバの足が重機の先の強靭な顎に着く瞬間、パワードイクサーのアームが勢いよく動き出し、キバを上空へと跳ね上げた。タイミング良くアームを蹴り上げて空へと跳躍したキバは、パワードイクサーの推進力もあって上空を飛ぶキャッスルドランの背中まで至り、その時計台の屋根の上へと華麗に着地する。

 

 そしてイクサも自身の武装を発振させ、白き機獣は恐竜の雄叫びのような轟音を吼え立ててサバトへと突進していった。

 

『シャァァァァァァァァ』

 

「フッ、ゥラアッ!」

 

 サバトから繰り出される光弾をパワードイクサーは素早い動きで躱していく。見た目の巨体に見合わずその機動力は凄まじく、あれよと言う間にサバトへと肉薄するまでに至っていた。そしてパワードイクサーの竜の顎の如きアーム──ザウルクラッシャーがサバトへと食らい付き、上空でキャッスルドランと撃ち合うもう一体のサバトへ向けて投げ飛ばした。キャッスルドランをも投合可能なパワーを誇るその機獣にとって、重量の存在しないサバトを掴んで投げることなど造作ない。

 

「セヤァッ!」

 

 勢いよく空へと射出され、空中で激突した二体のサバトは均衡を崩して再び地に向けて落下していく。だがそのどちらも地上に落ちることは無かった。一体はキャッスルドランに咥えられ、再び上空へと投げ飛ばされる。そしてもう一体の落下地点には既にパワードイクサーが待ち構えており、終演の準備が整えられていた。

 

「喰らいやっ!」

 

 アームが重機のコンテナに詰め込まれた青い球体を掴み取り、落下してくるサバト向けて投合し始めた。球体がサバトの巨体に直撃するたびにその身体から爆発が起こり、ステンドグラスのような身体がどんどんと崩れ落ちていく。

 

『ギェェェェェェェェ──』

 

 イクサポッドと呼称される、特殊爆薬がいくつも詰め込まれた爆弾を投げ込まれたサバトは、空中で火柱を上げて盛大に爆散した。

 

「まず一体……っおあァ!? って何すんねん麗牙っ!」

 

 とりあえず一体を斃したイクサがその消滅を確認した直後、突然パワードイクサーが空中へと放り出された。何が起きたのかと感じる前に重機は着地し、その時にイクサはここがキャッスルドランの背中だと気付いた。故に、城の所有者であり今も時計台の上に悠々と立つキバに向けて抗議の声を上げていた。

 

「少し力を貸してください。シュードラン、何かに怯えているようで出てきてくれないんです」

 

「シューちゃんが?」

 

 キャッスルドランの力を活性化させるために必要となる、彼と同族のシュードラン。ドラン族の仔竜を改造して造られた小型爆撃機であるが、子どもとは言え強大な力を持つドラン族が恐れる存在がいるのかと、イクサは僅かに困惑する。しかし彼がいない以上キャッスルドランも本来の力を発揮することが出来ないため、イクサは一先ず疑問を振り払いキバの言葉を飲み込んだ。

 

「しゃあない……一気に決めるでっ!」

 

「はいっ!」

 

 キャッスルドランの砲撃を受けてバランスを崩していくサバト。その身体が体制を立て直す前に、二人は各々の行動を開始する。

 

Wake(ウェイク) Up(アップ)!』

 

「ハッ!」

 

 キバは禁断の笛をキバットに吹かせ、右脚に封印されたヘルズゲートを解放する。イクサは操縦席から跳び上がり、パワードイクサーの開いた顎に乗り立ち構えていた。

 キバが時計台を蹴って跳躍した瞬間、パワードイクサーはアームを動かしてイクサをサバト目掛けて勢いよく投合した。

 

 空中にその身を投げ出した両雄が狙うは、意思を持たぬ巨大な破壊の塊ただ一つ。

 

 互いに己の武器である右脚を突き出し、雄叫びを上げてサバトに迫っていた。

 

 そして──

 

 

 

 

「ハァァァァァァァ──ッ!!」

 

「デヤァァァァァァ──ッ!!」

 

 

 

 

 ──紅と白の右脚が巨大なシャンデリア状の身体を突き破った。

 

『ギァァァァァァ──』

 

 やがて細々としたステンドグラスの破片を飛び散らせながら二人の戦士が体内を貫通して空の下へと帰ってくる。その直後、サバトの身体は激しく爆音を撒き散らしながら崩壊し、灰塵も残すこともなく爆炎の中で砕け散ってしまった。

 

「ふッ」

 

「よっと」

 

 飛沫を巻き上げて地へと降り立つ戦士たち。空へと飛び去っていくキャッスルドランを見上げつつ変身を解除し、二人は軽く息をついた。同時に声が聞こえてきたために振り返ると、リサとあこが自分たちを呼んでいるのが目に映り、互いに目を見合わせて苦笑する。

 

「はは……あこちゃんにまで変身見せちゃいましたね」

 

「大変やなぁ、あの子めっちゃ食いつきいいやさかいに。まあでもその前に、お前はリサちゃんといっぺん話し合わなな」

 

「え?」

 

 何やら含みのある言い方が気になった麗牙が健吾に聞き返そうとするも、彼は既に駆けつけてくる少女たちの方へと歩み寄り、質問の機会を逃してしまっていた。

 迷わず麗牙の方へと駆けてゆくリサを健吾は止めなかったが、同じく目を輝かせて彼に走り行くあこを健吾は押し留めた。

 

「待ちやってあこちゃん。質問はまた今度でええやん」

 

「ええーっ! あこ、麗牙さんに聞きたいこと沢山あるのに〜!」

 

「いやいや、今はリサちゃん優先やって。ようやく一対一で話せる機会なんやから、邪魔したら悪いやん」

 

 麗牙へ近づいていくリサを羨む目で見つめながら健吾へ抗議するあこ。しかし、先ほど健吾と二人で麗牙とリサを会わせることを決めた話を思い出し、あこは一旦納得して身体の力を抜いて自身を落ち着かせた。

 

「あ、そっか……って、それより健吾さんも酷いですよ! 麗牙さんがキバだって知ってたのに教えてくれなかったなんて!」

 

「あ〜……はははっ、悪い悪い。けどそう言うのって他人がバラすことと違うやんか。リサちゃんと麗牙のことのように」

 

 健吾は振り返り、先ほど急に走り去ったことを詫びているリサの姿と、予想通り全く気にしない素ぶりで彼女を宥める麗牙の姿を視界に捉えていた。あの調子ならば彼女も大丈夫だろう、そう思いつつも、これ以上自分たちがここにいるのはかえって邪魔だろうと判断し、あこを連れてその場から静かに離れていく。あこもまた、自身の興味よりもリサの心に笑顔が戻ることを優先し、健吾へ質問の応酬を繰り出しつつ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、健吾たちの祈りは儚くも彼女に届きはしなかった。

 

「リサさん……そのぬいぐるみ……」

 

「っ……ごめんっ麗牙……アタシ、せっかく麗牙がくれたこの子のこと、汚しちゃって……さっきも逃げれば良かったのに、どうしても麗牙がくれたこの子のことが手放せなくて、それでまた麗牙に迷惑かけて……ホントにごめん!」

 

「そんな、僕はリサさんが無事ならなんだっていいです。それにリサさんがそんなにぬいぐるみを大事に思ってくれていたのがすごく嬉しいですし」

 

「麗牙……」

 

 リサの心は休まるどころではなく、彼女は今、溢れる想いを抑えることで手一杯であった。否、もはや抑えることすら手放そうとしていた。

 

「(麗牙……また来てくれた……)」

 

 麗牙に深く恋慕の情を抱くも一度彼の前から逃げ出してしまったリサ。それでも心の底では彼を求め続け、危険が及んだ時には助けを求めるなど勝手極まりないと自身を嫌悪していた。しかし、それでも実際に彼は彼女の前に現れた。振り返って自分に笑顔を見せてくるた麗牙の顔を、リサは忘れることはないだろう。

 

「(また……アタシに応えてくれた……っ)」

 

 リサは、浮かれていた。

 

 彼は自分が助けを求める度に駆け付けてくれた。

 

 愛しの彼は、自分の想いに応えてくれた。

 

 再三にわたって自分のことを守ってくれた。

 

 恋する乙女が、目の前の青年に惚けてしまうのは必然的なことであった。

 

「麗牙……」

 

 リサは彼の名を呟く。

 

 麗牙はそれにただ優しく答えるだけ。

 

 しかし、それだけでリサの心は沸き立つほどに熱されていく。

 

 内側から熱く、燃え盛る炎が胸を焦がしていく。

 

 苦しいなどと感じることはなく、彼女にはその感覚が心地良くすらあった。

 

 頬を染め、溶けるような瞳を麗牙に一心に向ける。

 

「ねぇ、麗牙……」

 

 その潤んだ瞳に麗牙もまた吸い込まれそうになった時、リサは甘く扇情的な瞳で彼を捉えたまま、静かに言葉を告げ始めた。

 

 

 

「アタシさ、麗牙に言いたいことあるんだ……聞いてくれる?」

 

 

 

 普段の溌剌とした活気を感じさせる声ではなく、甘美と妖艶さを感じさせる魔性の響きを孕んだ声色で麗牙に迫る。

 

「はい……なんでも言ってください」

 

「っ……うん……」

 

 彼からの承認を得られた瞬間、リサの感情は燃え盛り、身体を突き破らんとしていた。彼女の内を走り回る炎が戸惑いを焼き払い、心から恐怖を消し去っていた。

 

「言うね……」

 

 リサは麗牙から眼を離さない。

 

 彼の紅い瞳を、紅い髪を、白い肌を、整った顔も、全てを視界に入れてリサは大きく息を吸う。

 

 肺に溜め込んだ空気をゆっくりと、内に秘めた熱い炎を共に吐き出す。

 

 

 そして彼女は告げた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシ……麗牙が好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽のように明るく、陽だまりのように暖かな少女。

 

 

 これは、そんな陽だまりの少女の『革命』。

 

 

 愛する人と共にいたいと願う少女が踏み出した、大きな一歩。

 

 

 大いなる決意。

 

 

 一人の少女が起こす小さな革命であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その革命の瞬間を目にしてしまった少女が一人。

 

 

 思わぬ言葉を耳にし、影に隠れてしゃがみ込む少女が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……今井さんが……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想い人と友人の思いがけない瞬間を自身の中で飲み込むことができず、壁に背を当てて崩れ落ち、しゃがみ込んでその場から動けず震える紗夜。

 

 

 自分だけだと……紅麗牙に慕情を抱くのが自分だけだと……そう信じていたかった紗夜にとって、その光景はあまりにも残酷すぎた。

 

 

 よりによって相手が、自分にその人が好きだと気付かせるきっかけを作ったリサであったことが、紗夜にとっては余計に大きなショックとなっていた。

 

 

「そんな……」

 

 

 紗夜の吐息が震え、瞳が大きく揺れる。

 

 

「……」

 

 

 紗夜の存在に気付かないまま、自身の想いをぶつけて麗牙を見つめ続けるリサ。

 

 

「ぇ……」

 

 

 告げられた言葉が信じられず、石になったかのようにその場で固まり動けなくなる麗牙。

 

 

 人生は長い道だと人は言う。

 

 

 誰もが思い思いに進み、しかし必ずどこかで絡み合い、傷付き転げ落ちてしまう。

 

 

 揺れる青薔薇の花びら。

 

 

 震える紅の牙。

 

 

 その行く末を知る者は誰もいない……。

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