ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『遂に! 内に秘めた想いを麗牙にぶつけたリサ。しかししかし! その衝撃の瞬間を紗夜が目撃してしまう。麗牙を想う二人の少女の恋の行方は? そして麗牙の行き着く先とは……?』


第51話 胸を突き刺す痛み

「アタシ……麗牙が好き」

 

 聞き間違いだと思いたかった。見間違いだと信じたかった。だけど私の目と耳は正常に働き、瞳は今も熱く向き合う二人の姿を映し出し、耳は今井さんの熱い言葉を聞き取ってしまっていた。故に、どうしてもそこにある事実が逃げようとする私の心を突き刺してしまう。

 

 今井さんが紅さんのことを好きだという、知りたくなかった事実が……。

 

 何故? いつから? 私よりも前に? 何がきっかけ? 彼女に問い質したい言葉がいくつも浮かんでくるのに、私はそれを言葉にする自信がなかった。それ以上に、彼に愛の言葉を投げかけた今井さんの姿を見て、衝撃と、そして恐怖からその場から動けなくなっていた。

 衝撃は、今井さんが紅さんを好きだという事実と、告白するという行動をとったことについて。

 恐怖は、このまま紅さんが今井さんと付き合うことになるかもしれないという恐れから。

 

 ──『早く行動しないと、先に誰かにとられてしまうかもな』

 

 先ほどの次狼さんの言葉が痛いほど胸を突き刺してくる。紅さんがとられる……私の初恋が……まだ何も行動出来ていないのに終わってしまう……。そんな恐怖が付き纏い、私は怖くて震え、涙が出そうになっていた。

 

「僕は……」

 

「(いやっ……聞きたくない……聞きたくないっ!)」

 

 壁に背中を押し付けてしゃがみ込み、隠れて彼らの姿を目にしないようにしていても言葉は聞こえてきてしまう。今井さんの告白に返事しようとする紅さんの声が聞こえた瞬間、私は手で両耳を塞いで蹲ってしまう。彼が今井さんの想いに応える瞬間を感じるのが怖くて、悲しくて……全ての感覚を内に向けてやり過ごすしかなかった。外界との繋がりを絶ち、全てが真っ暗闇の空間へと自分を落とし込み、やがて何も感じなくなる。しかしそこに安心などない。ただ嫌なものから逃げて、ただ怯えているだけなのだから。私がいくら悲しみに暮れようが、きっと結果は変わらない。紅さんが今井さんの告白を断るのも、承諾するのも、こうして蹲る限り私にはどうすることもできない。

 

 私は……ここまで弱い人間だっただろうか……。

 

「(紅さん……)」

 

 一人闇の中で彼を想う。

 

 私が初めて抱いた恋。その中心にいる彼を。

 

 私を助けてくれた彼の言葉、彼の音楽は今でも私の心から消えることはない。

 

「(紅さん……っ)」

 

 知らなかった。恋がこんなに苦しいものだなんて。

 

 知りたくなかった。恋が破れるかも知れない瞬間がこんなに怖いものだなんて。

 

 助けて、と叫びたかった。

 

 また彼に助けてもらいたいと思ってしまった。

 

 しかしそれは叶うことはない。

 

 彼は今、目の前の別の恋と向き合っている最中なのだから……。

 

 だから、彼が私の恋に向き合うことはない。

 

 私が今でもこうして動けずにいる限り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、どれほど目と耳を塞いでいただろうか。一瞬かもしれないし永遠かも知れない。時間の感覚すら断ち切っていたのか、今が先ほどの光景と同じ日なのかすら怪しくなっていた。そんなあやふやな認識の中でようやく視覚と聴覚を解放し、自由となった身で辺りを見渡す。一瞬だけ消えた雲も集まりつつあり、再び雨が降りそうな空模様となっているが、空の明るさからそれほど時間が経っていないことが感じられた。

 

「(二人は……どうなったの……?)」

 

 私は震える脚で恐る恐る立ち上がり、手で壁を伝いながら二人がいた方へと視線を向けた。しかしその場には既に二人の姿は見当たらず、刹那、最悪の展開が頭をよぎる。

 

「(まさか……二人一緒にどこかへ……)」

 

 紅さんは今井さんの告白に応じたのだろうか。晴れて結ばれた二人は、足並みをそろえて歩き出してしまったのだろうか。もう二人の間に入る余地はないのだろうか。そう思った瞬間、心臓に刺されたような鋭い痛みが走り、目頭が熱くなる。抑えようとしても次々と溢れてくる想いが止まらず、あとひと押しで涙が流れようとしていた。

 

 その時だった。必死に辺りを見渡していた私の目に、ずっと探していた紅い髪の後ろ姿が写り込んだのは。

 隣に私の知る少女の姿はなく、一人街の中へと歩いていく私が恋い慕う人。

 

 それを見た瞬間、今度こそ私は止まっているわけにはいかなかった。

 

 

「紅さん!」

 

 

 もう、動けずに悲しむだけでいることはできない。

 

 他に誰が聞いていようが気にすることなく、ただ一心に彼の名を呼び、私は振り返った彼の元へと全力で駆け抜けた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 リサさんの口から告げられた言葉の意味をすぐに飲み込むことが出来ず、僕は金縛りにあったかのようにその場から動けなくなってしまう。一瞬で思考が全て止まり、何も考えられなくなってしまう。肌を撫でる風も感じず、全ての音が遠ざかり、景色も曖昧に映ってしまう。突然異世界に一人置き去りにされたような感覚を僕は味わっていた。

 しかし、熟れた果実のように顔を赤らめさせ、潤んだ瞳で僕を見つめるリサさんを意識できて、ようやく思考が現実へと戻ってきた。

 

 今、彼女は何と言ったのか?

 

 僕が好き?

 

 聞き間違いでなければ彼女はそう言った。

 

 本当に?

 

 夢でも見ていないだろうか?

 

 しかしそんな僕の困惑を他所に、リサさんは更なる言葉を紡いでいく。

 

「本当に好きなの、麗牙のこと。アタシ……その……麗牙の……こ、恋人に……して……もらえませんか……」

 

 彼女らしくなく、辿々しく言葉が紡がれていく。倒れてしまうのではないかと思うほど顔が紅葉し、涙が零れそうなほど瞳を震わせるリサさん。何故か冷静にリサさんの様子を観察出来たけど、そんな今にも折れそうになる彼女をすぐに抱き締めたくなってしまう。

 しかし身体は動いてくれない。僕も彼女のことが好きで、大切だと感じているはずなのに、動き出すことができない。

 

 そして言葉も……。

 

「僕は……」

 

 ──僕もリサさんが好きです。

 

 僕は彼女のことが好きだったはずだ。だから自ずとその言葉が出てくるはずなのに、どうしてもその言葉が口から出てこなかった。その現象に僕自身が驚愕していた。

 

「……(なんで……何も言えないんだ……?)」

 

 好きなら好きだと言える人物だと、僕は今の自分をそう分析していた。なのにこれはどういうことなのだろうか。僕はリサさんが好き、そう思ってる。ならば後は言葉にするだけなのに……僕の中にある何かがそれを堰き止めていた。

 

「……」

 

 僕は……彼女をどうしたい?

 

 本当に好きなのか?

 

 好きだから、恋人になりたい?

 

 それが望み?

 

 それとも他に好きな人がいる?

 

 そもそもこれは本当に恋なのか?

 

 分からない……いくら考えても答えが出ない。

 

 僕は……僕はリサさんとどうなりたいんだ……。

 

「アタシ、待つよ。麗牙」

 

「え……?」

 

 思考の海に沈み、何も言えなくなってしまった木偶の坊な自分に、リサさんは優しく言ってくれた。

 

「麗牙が答えを出してくれるまで、アタシは待つよ。麗牙が一番納得する答えが出るまで、ずっと」

 

 時間をかけ過ぎたのか、僕が迷っていることに気付いたリサさんは考える猶予を与えてくれた。眉をひそめて少しだけ悲しそうに笑う姿を見て、それが彼女の本心でないことはすぐに分かった。本当は今すぐ答えが欲しかったはずなのに、どうしてそんなに優しいことが言えるのだろうか。しかしそれが彼女なのだと、今井リサという少女の優しさなのだと僕は染み染みと感じていた。

 しかし、どうしても時間が欲しかった僕は、彼女の望まない提案を受け入れざるを得なかった。

 

「はい……少し……時間をください」

 

 ああ……なんて情けない……。男ならばすぐに決断しなければならない局面だったというのに……。女々しい自分に嫌悪を抱きながらも、そんな自分に好意を寄せてくれたリサさんが余計に眩しく感じる。こんな僕ではとてもではないが不釣り合いだと感じてしまうほど、彼女は素敵な女性なのだと思ってしまう。

 

「うん……じゃあ、アタシ行くね……待ってるから……麗牙」

 

 僕の言葉にそれだけ言い返して、リサさんは走り去っていってしまった。学校の鞄を片手に、僕がプレゼントしたウサギのぬいぐるみをもう片方の腕で抱きしめたまま、一度も振り返ることなく全力で駆ける。リサさんの綺麗な髪が激しく揺れる後ろ姿が見えなくなるまで、僕はその場から動くことなくじっと彼女を見つめていた。もしかすると、またこちらに振り返って僕のことを見つめてくるかもしれないと思ったからだ。しかし結局、リサさんは最後まで僕の方へ振り返ることなく走り去っていった。そして彼女の姿が見えなくなっても僕は一向にその方角から視線を動かすことなく、しばらく静かにその場に留まっていた。

 

 ──『待ってるから……麗牙』

 

 先延ばしにしてしまったリサさんへの返事。きっと僕が悩む間にもリサさんは苦しんでいるのだろう。ならば早く答えを出さなければならない。そう思うも僕自身がどうしたいのか未だに結論が出ず、この先も答えが出てくる気がしなかった。

 何故、僕は何も言えなかったのだろう。リサさんのことを好きだと、そう思っているのは他でもない僕自身のはずなのに、僕の中で何かが邪魔をしてその言葉を出すことが出来なかった。その理由は何だ? 何が僕の言葉を止めたんだ……?

 

「……分からない……僕は……どうしたいんだ……」

 

 いくらその場で立ち尽くしていても答えは見つかるはずもなく、僕はようやく棒のようになっていた脚を前へと踏み出す。久しぶりに踏み出したたった一歩が重く、痛く感じる。前に進むという行為はこんなにも辛かっただろうか。痛かっただろうか。

 いや、それならば辛くてもいい。そのくらいでなければ、先ほどのリサさんの音楽と釣り合いが取れないだろうから。僕の前に立って想いを告げた彼女の心の音は燃えるように激しく、そして泣きそうに揺れる旋律も内包した辛い音楽だと感じていた。泣きそうな……とは言うも、そこに込められた心底までこと細やかに知ることは出来ない。ただ、辛そうに奏でる彼女の音を耳にして、僕の心もまた酷く荒れそうになったのは確かだった。笑顔が似合う彼女にはずっと笑っていてほしかったのに、僕のせいでその心から笑うような明るい音が消えてしまっていた。人の心の音楽を守りたい、そう願う僕だったが、リサさんの心の音を僕が曇らせてしまったという事実が、僕の心の中に厚い暗雲を作り出してしまっていた。

 

「……」

 

 嫌に重くなった足取りで僕は家に向けて歩き出す。重くなった心を無理にでも晴らそうと空を仰ぐも、一度は消え去った雲が再び集まり始め、天気の行方も分からなくなってきた。もういっそのこと、このまま雨でも降って僕の頭でも冷やしてくれないだろうか。空に向けて自嘲気味に笑いながら、一人帰路につこうとした時だった。

 

 

 

「紅さん!」

 

 

 

 突然僕の背中から、紗夜さんの叫ぶ声が飛んできた。悩みに囚われている今の自分としては知り合いに会えるのは気分転換になるだろうと、これ幸いと少し気を楽にして振り返った。きっとそこに、あのいつもの真面目そうな顔が待っているだろうと期待して。

 

「っ、紅さん……」

 

 しかし、そこにあったのはいつもの落ち着いた様子の紗夜さんではなく、追い込まれたように思い詰めた表情を浮かべた、今にも折れそうな紗夜さんの姿だった。

 

「え……紗夜さん……?」

 

 いつもならキリッと伸びているはずの眉は顰めており、固く結ばれているはずの口も開いたまま細かく震えている。何よりも、彼女の垂れ下がった眼の中の光は淡く、その端に薄らと涙が溜めているのが見えた。

 それと同時に響いてくる彼女の心の音楽。初めて会った時に聴いた泣きそうな音とはまた違う、身体を引き裂かれるような悲痛な旋律。思わず耳を塞ぎたくなるような痛々しい音を目の前の少女が奏でていることがとても信じられず、息を飲みつつ紗夜さんの元へと足を運んだ。

 

「どうしたんですかっ、紗夜さん。なんでそんなに……」

 

「わ、私は……」

 

 脇目も振らずといった調子で駆けてきた紗夜さんは僕の目の前で立ち止まり、その赤く滲んだ痛々しい瞳を僕に向けていた。今にも泣き出しそうな瞳、そして傷付いた彼女の音。居た堪れなくなりそっと彼女へ手を差し伸べようとした途端、彼女はその細い身を僕の胸元へと投げていた。胸に紗夜さんの顔が押し寄せ、彼女のさらさらとした髪が心地良い香りと共にふわりと舞い上がる。いつかもこんなことがあったかもしれないと感じながらも、僕は崩れそうになる彼女を支えることでいっぱいいっぱいであった。もはや自分の中に抱えていた悩みすら忘れてしまいそうだった。

 

「……ごめんなさい……私、またこんな……」

 

「酷い顔してますよ……音もこんなに……」

 

 彼女の肩に手を置き、その柔らかな髪に優しく触れた時、紗夜さんの音が少しだけ和らいだ気がした。同時に震えが小さくなり、息も正常に戻っていく紗夜さん。一体何が紗夜さんを傷付けたのかは分からないが、こんな僕でも彼女の慰めになるのならと、僕に身を委ねる紗夜さんをいつまでも受け入れていようと思っていた。

 

 ──話なら僕がいくらでも聞きますよ。

 

 胸の中で未だ静かに震える彼女にそう告げようとした時、それを妨げるものがあった。

 

 今度は僕の内から止めるものではなく、外界からの異邦者の声によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間に入れ込んでいるキングとは本当のようだな」

 

 それはちょうど厚い雲が形成され、雷が轟き始めた時だった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「っ!」

 

 麗牙は咄嗟に紗夜から身体を離して振り返る。彼の視線の先に立つのは、見たことのない特徴を兼ね備えた一体の異形であった。全身を包帯で巻かれたミイラのような異形。身体の至る所に貼り付けられた奇怪な仮面に、青薔薇のような装飾が施されたその異形を、少なくとも麗牙は見たことも聞いたこともない。現存するどの十二魔族にも該当しないその怪奇な姿に、彼の脳はこれ以上ない程の警鐘を鳴らしていた。

 

「お前は……誰なんだ……」

 

「今はお前に用は無いが……キバの系譜には恨みがあるんでな。相手してもらうぞ」

 

「っ、キバット!」

 

 ミイラの異形──マミーから殺気が放たれ、麗牙はキバットを叫んだ。まるで正体が掴めないが、目の前の存在は普通ではないと彼の本能は察知していたのだ。そして飛び込んできたキバットを右手で掴み、自身の左手に咬みつかせて叫んだ。

 

「紗夜さん下がって! 変身!」

 

「紅さん!」

 

 キバへと変身を遂げた麗牙はマミーへと走り出す。マミーもまたキバへと駆け出し、やがて衝突する寸前に二人は互いに拳を撃ちだした。

 

「ハアッ!」

 

「フンァ!」

 

 二つの拳が掠れすれ違い、互いに頭を逸らして両者の拳は空を切る。しかしキバはすぐさま振り抜いた腕でマミーを薙ぎ払い、敵がよろめいた瞬間を逃さずに隙を与えぬ猛攻を仕掛ける。

 

「フッ、ハァァァァッ!」

 

「クッ……!」

 

 キバの素早い徒手の連打がマミーに襲いかかる。異形はただ腕を構えてキバの攻撃に耐えるのみであり、紗夜にはキバの方が優勢に思えていた。

 

「ハァァ!」

 

「ッ……ふん……封印されていてもこれか。末恐ろしいな、キバ」

 

 キバの回し蹴りが決まり大きく蹴り飛ばされるマミーだが、難なくと地に着地して余裕を持った態度でキバを見据える。涼しげな声色は、今までのダメージがまるで無かったかのように感じられ、キバと紗夜は小さく息を飲んだ。

 

「なるほど……俺の仮面が反応しないのもキバの鎧の加護か」

 

 自身の身体に埋め込まれた、瞼と口を縫い合わされた仮面を見やりながらマミーは零す。無論マミーの特殊能力を知らないキバと紗夜は、彼が何を呟いているのか理解しかねていた。だが本来のマミーの能力は、自身の仮面を相手に貼り付けることで、対象を自分の意のままに操る傀儡に仕立て上げるという恐ろしい力であった。幸いにもキバの鎧の効力のためか、マミーの仮面が反応しなかったために麗牙にその力が及ぶことはなかったのである。逆に言えば、キバの鎧が無ければいつでもマミーの傀儡にされる危険を孕んでいるとも言えるのだが……。

 

「ッ、ハァァァァア!」

 

 動きの少なくなったマミーへとキバはすぐさま走り出した。しかしマミーはその場から動くことなく、自身の腕をキバに向けて振るった。

 

「ふっ」

 

「ッな!?」

 

 マミーの腕から伸びる布……自身の身体の一部と言ってもいいミイラの布がキバの身体に巻き付いた。振り解こうともがくも、予想以上の強度を誇るマミーの拘束を破ることは出来なかった。否、後ほんの少し時間があれば破ることも叶っただろう。しかしそれよりもマミーの行動が早かった。

 

「フンッ、ハァァァァァ!」

 

「ゥアアアアッ!?」

 

 抜け出せないかとキバが身体に力を込めた途端、マミーは自身の腕を振るい拘束されたままのキバを大きく振り回した。今のキバにも勝るとも劣らない強烈な力を見せつけるマミーに紗夜は息を飲む。そして彼はキバを投げ飛ばすことも地面に叩きつけることもなく、布を操りキバを自身の方へと手繰り寄せた。

 

「ハァ!」

 

「ぅぐあッ!?」

 

「きゃっ!?(紅さん!)」

 

 マミーの拳がキバを襲い、その口から苦悶の声が漏れる。そして彼の声に呼応して紗夜もまた悲鳴を上げてしまっていた。初めて聞く麗牙の苦しむ声が受け入れられず、彼女は不安で潰れそうになる胸を必死で抑えていた。

 拳を食らったと同時にマミーの操る布から解放されるも、キバの窮地はまだ続く。

 

「ハァァァッ!」

 

「っぐァァァア!!」

 

 マミーの顔が青白く発光した瞬間、彼の周りで閃光が走り激しく爆発が巻き起こる。その攻撃を立ち上がることも出来ていないキバに避ける術はなく、閃光がキバを襲い、その胸から激しく火花を散らしていた。

 

「ぁ……(そんな……紅さんが!)」

 

 紗夜は目の前の光景が信じられずにいた。あれ程強く逞しく気高い姿を見せていたキバが追い詰められているという現実が。強くて優しい、自分が恋したあの青年が傷付いているという事実が。そのどれもが彼女にとって衝撃的で、恐ろしく、信じたくない光景であり、目を背けたくなる思いであった。

 負けないでほしい。死なないでほしい。戦う力を持たない紗夜は、ただただ目の前の戦士の無事を祈ることしか出来なかった。

 

「フゥゥンンンン……」

 

 しかし紗夜の祈りも虚しく、マミーの攻撃は終わらない。

 

 マミーが両手を翳した途端、全身から彼と同じ鈍い灰色の布が大量に出現する。

 

 一枚一枚がうねうねと動く様はまるで蛇のようだとキバは感じていた。

 

 マミーはそれらを操り、そして一斉にキバへ向けて襲い掛からせた。

 

「ッ! フンァァァァッ!!」

 

「ゥワアアアアァァァ!!?」

 

 キバへと襲いかける布はその身体に着弾すると同時に破裂し、彼の身体を大きく吹き飛ばした。

 

 紅の身体は建物の一角へと激しく激突し、その威力で壁が崩壊していく。

 

 轟音とともに瓦礫が生まれ、土煙の中に隠れて見えなくなったキバ。

 

 その無事を知る者は誰もいない。

 

 

 

 

「紅さん!!!!」

 

 

 

 

 雷鳴と共に、紗夜の悲痛な叫びが轟いた。




どうなる、キバ。
次回へ続く。
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