ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙への想いが溢れてしまい、遂にその想いをぶつける紗夜。と思いきやなんとキスまでしてしまい……ってマジかーーっ!? 二人の少女からの想いを受けた麗牙の運命や如何に……?』


第53話 バチバチゴロゴロドッカン

 少しだけ濡れた髪や制服をタオルで拭きながら、私たちは各自の楽器を調整して持ち場に着こうとする。雨の日も三日目だ。梅雨でもないのにどうしてこう長く続くのだろうか。

 外では今も雨がCiRCLEの屋根や壁を叩いて音を奏でているのが、このスタジオの中まで響いてきていた。いや、それは本来なら楽器の音や話し声で聞こえることがない環境音だったはずだった。それが私の元まで届いてきてしまうほど、スタジオは……Roseliaは冷めた空気を纏わせてしまっていたのだ。

 

「……前回に言った課題が各自熟せているか確かめるために、先ずは一度合わせるわ」

 

「は、はい!」

 

「わ、分かりました……」

 

 あこと燐子はスタジオの中に流れる空気に戸惑いながらもいつものように私の声に応えてくれた。しかし、問題はリサと紗夜だ。彼女たちこそ、現在の張り詰めた空気を作り出している張本人だった。スタジオ入りしてからからというものの、二人は全くと言っていいほど互いに視線を向けることはなく、明らかに避けているのが目に見えて分かった。あこと燐子もそれを感じて声をかけようとするも、紗夜ばかりかリサまでも彼女らしからぬ苛立ちが垣間見えていたため、話しかけることが憚られてしまっていた。

 人が変わってしまったように他人を遠ざけようとするリサ。しかし、私は彼女が変わってしまったきっかけを知っている。最初の雨の日にリサに聞いたからだ。

 

 彼女が……麗牙に告白したことを。

 

 携帯の向こうで震えながら話すリサの言葉が信じられず、どうやら私は五分くらいそのままの体勢で固まってしまっていたらしい。返事がなさすぎて私の部屋にリサが直接やって来てしまうくらいには、放心してしまったようだ。私の部屋でリサが話す麗牙への想い、それは私が未だ理解することのない「愛」そのものだと感じていた。全身が燃え上がるような熱に包まれ、その人を想う度に温かくもなるし苦しくもなる。私では到底抱くことのないその尊い感情をリサが先に手にしたことに、その時は素直に喜んでいた。結果はどうあれ、リサは私より少しだけ成長したのだと感じていたから。

 

 しかしその翌日だった。昼休みにリサと離れて一人歩いていた時、私は美竹さんに呼び止められていた。呼んでおいて何やら気まずそうにしている彼女の態度が気にかかるが、それを口にする前に美竹さんは私に訊ねてきた。

 

 ──紗夜さんって、恋人とかいるんですか?

 

 美竹さんの質問の意味が分からず、目を細めて彼女を睨んでしまう。紗夜に恋人? そんな話は聞いたこともないし、あの紗夜がそういう人を作るとは思えない。無論、そんな質問をするからには何か気になるものでも見たのかと彼女に質問で返すと、彼女は押し黙ってしまう。しかしその沈黙は言葉がない故ではなく、言うのが憚られる故の沈黙だと、彼女の歪む口元を見てすぐに分かった。

 

 ──いえ……それならいいです。

 

 そう言って目の前から消えようとする美竹さんをその場に留める。明らかに彼女は何かを知っている。彼女は何を見たのか、何をそんなに気まずそうにするのか。それが知りたくて私は彼女にその先の言葉を催促してしまう。

 

 そして渋々ながら彼女は打ち明けた。

 

 リサが麗牙に想いを告げたのと同じ日に、紗夜が麗牙にキスをしていたことを。

 

 彼女は下校中に偶然、二人のその現場を目撃してしまったのだ。あまりの衝撃に、今度は固まりはしなかったが小さく声を上げてしまう。何かの聞き間違いかと思った。紗夜がキス? 麗牙に? いや、そもそも紗夜も麗牙のことが好きだったというのか? それをリサは知っているのか? 突然もたらされた情報に頭が追いつかず混乱してしまう。

 しかし、まだそれだけならばよかった。私がその情報を知り、一人で困惑する分には何も問題はなかったのだ。しかしその話を彼女は聞いてしまった。私と話す美竹さんの背後で立ち尽くす彼女を──リサの姿を私は見てしまった。

 

 ──ねぇ……今の話って……嘘……だよね……?

 

 小さく肩を震わせて近づいてくるリサは、消えるような震え声で美竹さんに迫る。今にも消えてしまいそうな弱々しい笑顔を見せ、縋るように美竹さんの肩を掴むリサ。彼女の追い詰められた表情を初めて見るのか、困惑と、そして後悔の色が美竹さんの顔に表れていた。しかし一度言ってしまった言葉を今更嘘と言っても信じられる筈もなく、美竹さんは申し訳なさそうに俯くだけだ。それから力なく歩いていくリサを追おうと、美竹さんに落ち度はないと慰めの言葉を添えてリサの後に付いていく。今のやりとりで大体の状況は美竹さんにも伝わったと思われるが一々気にしていられない。私はただリサがこのまま塞ぎ込んでしまわないか心配でたまらなかった。

 

 しかし、実際には塞ぎ込んでしまうどころの話ではなかった。

 

 それは今日、CiRCLEで最初にリサと紗夜が会った時だ。その時だけ彼女たちは互いに視線を交え、言葉を交わしていた。

 

 リサはただ一言。

 

「……信じられない」

 

 そして紗夜もまた一言。

 

「私もです」

 

 お互いが突き刺すような冷たい言葉を投げつけ、その後は二人が絡む様子が一切見られなかった。その後、僅かにリサが話してくれたが、どうやら昨日の放課後に紗夜に確認のメッセージを送ったらしい。紗夜からの返信はというとほぼ美竹さんの証言通りであり、その中で唯一無かった情報が、リサの告白の瞬間を紗夜が目撃したこと、そしてその後に紗夜も麗牙に告白したということだった。まさか紗夜も麗牙に恋していたとは……。未だ恋も知らぬ身であるが、まさかこんな身近に二人もその感情に耽っている存在がいるとは思いもせず、少しだけ取り残された気分だ。

 

 とりあえず分かっていることとしては、リサと紗夜は麗牙のことが好きで告白もしている。運命の悪戯かはたまた必然か、同じ男性に恋してしまった二人。互いが互いを強く意識しているのに、わたしには二人の間に目に見えない壁が立ちはだかっているように感じていた。

 

 そんな二人は私の呼びかけに声を上げることなく、無言のまま楽器を構えるだけだった。二人の態度に思うことはあれど甘やかすことなく私は声色を強めて注意をかける。

 

「二人とも、聞こえているの?」

 

「うん、聞こえてるよ。だから早くやろう?」

 

「はい。聞こえています。時間が惜しいのでさっさと始めましょう」

 

「……」

 

 やはりリサと紗夜は互いを視界に入れることなく、出来る限りいつも通りの雰囲気を出そうと声を張る。あこと燐子の不安げな表情が目に映り、二人へ声をかけようとしているのが分かったがそれを止めるように私は演奏を始めるよう指示する。今の二人に下手に関わればあこと燐子も大火傷を喰らう可能性もある。あこと燐子まであの二人の間の炎に巻き込まれる必要はない。これ以上Roseliaに不和の輪を広げさせるわけにはいかないから。

 それに先程ほんの一瞬だけ、リサの燐子を見る目が嫌に鋭かったのが見えてしまった。リサが他人にそんな目を向けるということが今でも信じられず見間違いと思ったが、今の様子のおかしいリサならどうなってもおかしくはない。敵意……ではないと思いたいが、もしかすると燐子にも何らかの関わりがあるのではと疑ってしまう。だが今この状況で燐子たちまで巻き込むわけにはいかず、練習を開始する。

 

 ──共に往こう果てに

 

 皮肉にも、その時の曲は「ONENESS」だった。重なり合う信念、一つになる鼓動、私たちがRoseliaという一つの存在だと叫ぶ魂の曲。本来の私たちならば……FWFを目指すという志を一つにし、Roseliaという一つの薔薇として走り始めた今の私たちならば、問題なく合わせられる楽曲のはずだった。

 

「っ──!」

 

 しかし、事あるごとに音は乱れていく。紗夜のギターが激しく奏でられた直後、リサのベースの音がぐらつき、それに釣られまいと紗夜のギターがより激しく叫び出す。紗夜のギターの変調に、今度はリサが負けじとまくし立てるように弾き鳴らしていく。二人は他の人のことなど見えていないかのようにただただ音を作り出していく。そんな二人にあこと燐子のペースも乱されて、結果として音量も拍子も合わない不協和音が出来てしまっていた。それに我慢ならず、私は歌うのを止めて演奏を中断させた。

 

「ちょっと……今のはどういうつもり?」

 

 先にペースを乱したリサと紗夜の二人を睨みつける。音が崩れ始めたことへの説明を要求し、やはり二人は目を合わせないまま不満げに呟いた。

 

「……今井さんのベースが崩れ始めたからそれに流されないようにしただけです」

 

「紗夜が急に音張り上げるから動揺しちゃって……」

 

「そのくらいで動揺するのは力不足です」

 

「予定にないこと勝手にするのもどうかと思うよ」

 

「……」

 

 張り詰めた空気がスタジオ内を流れる。以前の紗夜ならともかく、今の紗夜、そしてリサは他人に理由を押し付けるような人物だっただろうか。いつもなら素直に謝って自分の非を認め、互いに高め合う、そんな光景が見られていたはずだ。なのにどういうことなのか……私の目の前にいる二人は、本当にリサと紗夜なのか……。

 

「どちらの言い分も一理あるけど、相手に責任を押し付け合うことはないわ。二人とも、少しは落ち着いたらどうなの」

 

「アタシは落ち着いてるよ」

 

「私は落ち着いています」

 

 二人を窘めるための言葉も意味は薄く、彼女たちは表情を変えず反省の色も出さないままそう言い張った。それどころか彼女たちは更に燃え上がっていく。

 そして、リサがぽつりと呟いた。

 

「嘘……落ち着いてたらあんなことしないでしょ」

 

「何か言いましたか?」

 

 ようやくリサと紗夜が視線を交わせるに至るも、そこにあるのは明確な敵意だった。二人の間に流れる暗雲はうねりを上げ、電気が走るようなピリピリした音を発しているようにも感じた。その間に入ることを放棄したくなるほどの、肌が痛く焼けるような空間を彼女たちは作り上げていた。

 

「落ち着いていたら麗牙にあんなことしないって言ったの」

 

他人(ひと)の気も知らないでよく言えますね」

 

「他人の気? じゃあアタシの気持ちは? 紗夜、アタシが告白したの知っていたんだよね? それなのに? それなのに麗牙にキスしたの? ホンット信じらんないっ」

 

「それに関しては私自身驚いています。それよりあなたも、私が紅さんのことを好きだと知っていたはずです。しかし私はあの時まであなたも同じ想いを抱いていたとは知りませんでしたし、告白までするとは夢にも思いませんでした。こんな抜け駆けみたいな形で先に……お陰でこんな有り様です」

 

「アタシのせいだって言うの?」

 

「そう聞こえませんでしたか?」

 

 二人の争いはどんどんエスカレートしていく。そこにあるのはもはや口論ではなく、言葉による攻撃だった。互いに一歩も引かずに相手を責める、そんな見慣れない光景がRoseliaで起きてしまっていた。

 一連の喧嘩であこと燐子も事の詳細を把握し、驚きのあまり完全に動きが止まってしまっていた。二人が麗牙を好きだと言うことだけでも衝撃なのに、告白したと言うのだから仕方ないだろう。あこはあたふたしながらも二人を止めようとするが、熱が上がっていく二人の間に入っていくのは勇気がいることだ。今のらしくないリサが相手ならば尚更だろう。

 しかし、同じように勇気を振り絞って、ついに燐子が震える声を上げようとしていた。

 

「あ……あの……氷川さん……今井さんも……もう止めてください……」

 

「っ……何なの……元はと言えば燐子が──」

 

 

 

 

「いい加減にして!」

 

 

 

 

「──っ」

 

 流石にこれ以上は目に余る。いくらショックを受けたからと言ってそこまで不貞腐れることがあるのだろうか。あまつさえ燐子にも矛先を向けるリサに我慢ならず、つい叫んでしまった。

 

「あなたたちが誰を好きになろうと構わないわ。だけど、そんなことで今まで歩んできた道を全て水に流すつもりなの?」

 

 恋なら勝手にすればいい。しかしなんだこの醜さは。恋とはここまで人を変えるものなのか? ほんの僅かでもその感情に興味を抱いていた私が幻滅するくらいには、二人の争いは見るに耐えなかった。

 

「……“そんなこと”?」

 

 しかし、苛立ちを込めた私の言葉にリサは静かに反応する。怒るようにも、傷ついたようにも見える悲痛な表情を、リサだけではなく紗夜までも私に向けていた。

 

「なんで……なんでそんなことって言うのっ?」

 

 その顔を見て、ようやく自分の失言に気付く。自分がどれだけ幻滅したとしても、彼女たちにとっては初めて抱いたかけがえのない想いなのだ。心に感じた恋を、その苦悩を、「そんなこと」と揶揄した私にショックを受けるのは自然なことだと今更感じてしまった。

 

「友希那なら……分かってくれるかもって思ったのに……」

 

「それは……」

 

「あなたには解らないんです……今の私の気持ちが……恋がどれだけ辛いものかなんて……」

 

 リサを責めていたはずの紗夜も、今はその矛先を私に変えて非難の目を浴びせてくる。しかしその目もリサと同様、悲壮を孕んだものであった。涙こそ見せないものの、二人とも泣いているように見えたのは私だけではないはずだ。

 

「ごめん……アタシ今日は弾けない……」

 

「えっ? ちょっ、リサ姉!?」

 

「私も……こんな気持ちでギターなんて弾けません」

 

「氷川さん!?」

 

 誰にも理解されない、そんな空間にいることに限界が来たのだろうか。二人はそれぞれ楽器を片付けるとバラバラに部屋から出て行き、その日は二度とCiRCLEに現れることはなかった。

 

「……」

 

 二人が去り、一気に静けさが戻ってきたスタジオ内。沈黙が過ぎて、外の雨の音が痛く耳に突き刺さるようだった。しかし私に聞こえるのは雨の音だけではない。

 

 ──『友希那なら……分かってくれるかもって思ったのに……』

 

 ──『あなたには解らないんです……』

 

 リサと紗夜の言葉が脳を叩くように反芻される。二人の気持ちがくだらないと感じたわけではない。ただ、そこから派生した醜い争いが、音楽で頂点を極めると誓った自分たちと比べた時、どうしても卑下するものでしかないと思ってしまうのだ。

 

「……確かに今の私には解らないわ」

 

 愛とは、恋とは最も素晴らしいものかと思っていた。もっと心を豊かに、世界に彩りを与えてくれるものだと、そう思っていた。しかし、初めての恋を得た彼女たちを見てその考えに暗雲が立ち込めていた。恋とはあんなにも見苦しいものだったのだろうか。あんなにも悲しいものだったのだろうか。あんなにも胸抉られる苦しいものだったのだろうか。

 

 やはり解らない。愛も。恋も。

 

 彼女たちの言った通り、私にはまだ恋は解らない。

 

「ゆ、友希那さん……あの……お二人は……」

 

「心配しないで。燐子、あこ」

 

 しかしそんなことで……敢えて言うが、“そんなこと”でこのままRoseliaを終わらせるわけにはいかない。

 

 まだ終わりじゃない。

 

 Roseliaはまだ終わっていない。

 

 青薔薇の物語を、こんなくだらない形で終わらせてなるものか。

 

 恋は解らない。彼女たちの気持ちも解らない。しかし、私にはどうしても彼女たちに伝えたい言葉があった。

 

 私は不安がる二人に向けて余裕を持った笑みを見せる。

 

 

「大丈夫。私が何とかするわ」

 

 

 もう一度一つになるために、私は再び彼女たちと、そして彼に会うことを決心した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「なんてこと言ってくれたのよアンタたちはァ!!」

 

 キャッスルドランの玉座の間でアゲハの怒鳴り声が響き渡る。彼女の怒声の矛先は、今も赤い絨毯の上で正座させられている俺と次狼だった。先程リサちゃんと紗夜ちゃんの様子がおかしいという燐子ちゃんからの連絡がアゲハに回ってきたことにより、アゲハは彼女たちが麗牙に告白したことを知ったそうだ。二人に何があったのか知ってるか、とアゲハは俺たちに問い質し、揃ってあの日に彼女たちと話したことを伝えた。そしたらこのようにアゲハが噴火してしまったのだ。

 

「ギターバカは何? リサに当たって砕けろって? もう会いたくないのかって? ふざけんな! バカ狼も! 何がとられるかもよ! 何よ二人揃って『もう後が無い』みたいな感じで追い込んで! こんな……こんなのリサと紗夜が可哀想じゃない!」

 

 尤もな意見過ぎて返す言葉もなく、俺はただただ黙って項垂れていた。正直俺もリサちゃんの行動は予想外だったから……二人の仲が元通りになればいいとだけ思っていたのに、まさか告白までするとは……。しかも紗夜ちゃんまでやってしまうとは……。

 

 しかしこれは麗牙……しんどいやろなぁ……いや半分は俺らの所為やけど……。

 

「麗牙が閉じこもってる理由がやっと分かったわ……」

 

 麗牙が彼女たちから告白されたと思しき日、キャッスルドラン内では出現したレジェンドルガへの対応に追われて慌ただしくなっていた。無論キングとしてその中心に率先して立つ麗牙も多忙を極めていたが、その顔色は悪く、俺たちは当初レジェンドルガから受けたダメージが残っているものかと心配していた。その翌日、麗牙は学校を休んで自室に閉じこもっていた。いくらレジェンドルガが相手とはいえ、あのキングがそこまで手痛い傷を負うものかと疑問を抱いていたが、なるほど、今回のことで納得がいった。アイツ、気持ちの整理がしたかったんだと。久しぶりに彼の引きこもり癖が出たことに少しだけ懐かしく感じたのは内緒だ。

 

 幸いにも出現したレジェンドルガはキバの攻撃によるダメージでしばらくは動けないだろうとのことだ。麗牙も確かに手応えはあったと言っていたし、今はその言葉を信じよう。敵の再生力によればいつ動き出してもおかしくはないのだが、幸いにもこの城の人たちは麗牙がいなくとも動けるようにはなっている。(イクサ)にも奥の手はあるし、チェックメイトフォーも健在、何より愛音もいる。何なら逃した一体だけなら麗牙の手を煩わせるまでもなく終わらせることも出来る。

 

「オイ! 反省してんのかバカ二人!」

 

 アゲハの雷は止むことを知らない。そりゃあ俺だって反省はしている。あの時はリサちゃんの後ろ向きな態度にカッとなって熱く語ってしまったが、もう少し穏便に対応出来ていれば結末も違っていたかもしれない。二人の関係が元に戻ればいいと楽観視していた自分の見当違いが生んでしまった展開だ。図らずとも彼女を追い込むような形にしてしまったのはアゲハにとっても看過できない事実なのだろう。割合としては次狼の方がやらかしている気もしなくはないがそこは言葉を飲む。本能で生きる彼らに繊細な女子高生の心情を的確に把握しろという方が困難な話なのだ。次狼に関しては同族の中では割と理解は出来ている方だと思っていたが、まあ運も悪かったのだろう。

 俺も次狼も、リサちゃんも紗夜ちゃんもタイミングが悪すぎた。それしか言いようがない。

 

「問題はリサと紗夜だけじゃないのに……」

 

「え?」

 

 だが、問題は彼女たちだけではなかったことを、俺はこの時初めて知った。

 

 突然、怒るのを止めてしおらしくなったアゲハは、小さくぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっき愛音から聞いたんだけど……麗牙……音楽が聴こえなくなったって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん…………ぇ? は、えっ!? うそっ、は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 リサちゃんと紗夜ちゃんの告白以上に衝撃的な情報を前に、俺はただ叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

――もう嫌だ……何も聴きたくない……。

 

 自室で耳を塞ぎ、聴こえてくる音楽を全て締め出した状態で麗牙はベッドに蹲る。泣くように雨が屋根を打つ音、怒鳴るような雷鳴、嘲笑うような風の音が彼の耳に伝わろうとする。今の自分を嘲るような環境音を閉ざして自分の世界に入り込もうとするも、どうしても消せない音があった。

 

 ──『アタシ……麗牙が好き』

 

 ──『私も……紅さんが……好き…………好きなんです……!』

 

 二人の想いが刃となって彼の胸を突き刺す。自分に向けられた熱い感情を、彼は未だ受け止めきれずにいた。

 もしどちらかの告白を受ければどうなるか。あれ程の危うい音楽を奏でていた彼女たちのどちらかでも跳ね除ければ、その音楽はどうなってしまうのか。それが分からない麗牙ではなかった。きっと傷付き、その音楽は荒れたものになってしまう。人の心に流れる音楽を守りたいと願う彼にとって、自分を受け入れてくれた二人の心の音を滅茶苦茶にしてしまうことは非常に耐え難いことであった。

 

 両方選ぶのも論外だった。彼は父とは違う。そもそも彼の父の場合、片や人間で片やファンガイアだからこそ出来た裏技みたいなものだ。しかし彼女たちは違う。二人とも人間であり、そして彼にとって代え難い大切な人たちであった。

 

 リサと紗夜という大切な人たちの音楽をこの手で壊す。その瞬間を聴きたくなくて、彼は耳を塞ぎ続けていた。

 

 それを考えようとする自分の心の音楽からさえ、彼は逃げていた。

 

「……」

 

 そしていつしか、彼の耳から音楽が消えていた。

 

 外界で発せられる声や環境音のことではない。

 

 人の心の中で奏でられる音楽。

 

 彼が聴きたいと、届けたいと願っていた心の音が、彼の世界から消え去ってしまっていた。

 

 今、彼には心の音楽は聴こえない。

 

 他人の音楽も、そして自分自身の音楽さえも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、暗い洞窟の中にマミーはいた。人が立ち入ることがない程の入り組んだ鍾乳洞。その奥に存在する明らかに人工的に作られたと思しき石の蓋を見据え、彼は拳を握りしめる。

 

「目覚めよ……同胞よ!」

 

 マミーが石扉へ拳を振り降ろすと、硬く閉ざされた門は崩壊し音を立てて崩れていく。湿気が広がると鍾乳洞の中で土煙が舞うことはなく、マミーは闇の中から這いずり上がる一体の異形の姿を視認していた。

 人間に近い形をした人型ではあるが、全体的にか細い骨のような外装に包まれていた。その顔も目や鼻、口の部分が空洞であり、人間の頭蓋骨のようであった。カタカタと音をたて、まるで骨そのものが動いているような異形は、マミーの元へと這い上がり、小さく頷く。その様子に嬉しそうに頷き返したマミーは、復活した骸骨の(スケルトン)レジェンドルガへと高らかに言い放つ。

 

「さあ行こう。更なる同胞を呼び覚まし、そして……我らが王を見つけ出すのだ!」

 

 雷鳴にも似たマミーの強い言葉が洞窟内に轟く。

 

 過ぎ去った嵐が再び巻き起ころうとしていた

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