ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『リサと紗夜は互いの想いを打ち明け、その絆を取り戻した。同時に各地ではレジェンドルガによる侵攻が行われ、健吾たちがそれを迎え撃つ。さあ麗牙、後はお前だけだぜ』

挿入歌:Destiny's Play


第56話 リプレイ:心の声を聴け

 街中に放たれた異形の群。それは規模の大きさもさることながら、構成される異質な存在のこともあり大衆の目を引くものとなるはずであった。しかし実際には大きな騒ぎとなることはなく、ネット上でもほとんど情報が拡散されることもなかった。

 

「フゥン! ……アゲハ、そろそろ手を貸してくれると助かるが」

 

「無茶言わないでよ。こっちもこっちで忙しいんだから」

 

 獣の如き異形の姿へと変えたルークが棍棒を振るいながら、今も自身の身体を発光させながら地面に陣を描くアゲハ──ビショップへと投げかける。ビショップが描く陣は結界を張るための魔法陣であり、レジェンドルガがこれ以上増殖するのを防ぐために隔離することが目的であった。無論、その中に自身やガルル、健吾たちを含めた仲間たちも閉じ込められてしまうのだが。

 

「てか、アンタなら助けなんて必要ないでしょ。あのミイラ男の仮面さえ気を付ければ」

 

「ああ、そうだな。それに、アレは恐らくお前が会った奴よりは……弱い」

 

 ルークは今も自身の棍棒で吹き飛ばされて地に膝を立てるマミーレジェンドルガを眼下に、冷静に状況を判断する。現状動けないアゲハを庇いながらの戦闘ではあるが、目の前のレジェンドルガを含めて彼に傷を負わせられるものは誰一人としていない。故にルークは焦りを抱くことはなかった。

 

「そろそろこっちも終わるから、そしたら一気にケリをつけるよ」

 

「お守りもあと少しか」

 

 アゲハに軽口を残してルークは再び武器を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、リサと紗夜を守るように現れた異形たちの戦いもまた苛烈さを増していた。

 

「ゥガァァアアアッ!」

 

「フンァ!」

 

 蒼き人狼──ガルルの鋭い爪がマミーレジェンドルガに襲いかかり、マミーは自身の身体の一部である布を飛ばして対抗する。ガルルの斬撃が布を引き裂くも、既にマミーは距離を取って新たな挙動を始めていた。

 

「ハァッ!」

 

「クッ!」

 

 マミーが腕を振るった瞬間に辺り一面で爆発が起こり、雨でも直ぐには消しきれない火花が舞い散る。本能的に危険を察知したガルルは間一髪飛び退くことで攻撃から回避するも、再びマミーとの距離が開いてしまい奥歯をギリギリと噛み締めていた。

 

「ちっ、簡単には近付けないか」

 

「じゃあ僕が。ハァ!」

 

 翠玉の半魚人──バッシャーの口から風船のように水の球が膨らんでいく。形成された水の爆弾をバッシャーが放つと、水弾は真っ直ぐマミーへと走り、ようやくその身体へ着弾する……そう誰もが思った時だった。

 

「ふんっ」

 

「ングッァ!?」

 

「あ」

 

「アイツ、またファンガイアを盾に……」

 

 マミーは側に控えさせた操り人形と化したファンガイアを自身の盾として立たせ、傀儡はバッシャーの水弾を浴びて苦しそうにその場に蹲る。先程から何度と見た光景だが、このように遠距離からの攻撃となるとどうしてもマミーの傀儡による妨害が入ってしまうのだ。本来ならば戦いとは無縁であったかも知れないファンガイアや人間が傷付くのは麗牙や自分たちにとっても本意ではなく、そのために出来る限り攻撃は避けてきたのだが、盾にされるとなれば遠距離からの攻撃は控えるしかなくなってくる。

 しかし近付こうにも、先程のようにのらりくらりと躱されて距離を開けられてしまう。三人同時に向かえば何とか攻撃を当てられるかも知れないが、そうなった場合は自分たちの背後にいる二人の少女を守るものがいなくなり、彼女たちの生命の保証が出来なくなる。

 

「考えている余裕はないぞ? ハァァァッ!」

 

「なっ!? ゥオッ!?」

 

「ぅワァァッ!?」

 

「グヌヌゥゥ!」

 

 マミーが叫びを上げた瞬間、彼の顔から漆黒に染まる嵐が巻き起こった。地面を抉りながら吹き荒れる衝撃波にガルルとバッシャーは堪らず吹き飛ばされ、紫の怪物──ドッガはなんとかその場に耐えるも、暴風の中で周囲の状況が一瞬の間だけ確認出来なくなっていた。

 その直後、ドッガの背後で気配がした。同時に少女のか細い悲鳴も彼の耳に聞こえて、彼の身体に戦慄が走る。

 

「ひっ!?」

 

「キングがお前たちを前にどんな行動をするか、見物させてもらおうか」

 

 いつの間にかリサと紗夜の眼前まで迫っていたマミーは、包帯に巻かれたその手を二人へと伸ばそうとしていた。

 その光景を見たドッガはすぐさま地を蹴り、自身から背を向けるマミーへと殴りかかろうとする。二人の少女に危害が及んだ時、あの優しい主君が涙を流す姿が容易に想像できた。故にそれを防ぐためにも、唯一すぐに動くことができたドッガはマミーへと飛びかかっていた。しかし……。

 

「フン……ンガァ!?」

 

「……大物が釣れた。欲しかったんだ、フランケン族の人形も」

 

 最初からそれが目的であったかのように、ドッガの身体は飛びかかったまま空中でマミーの包帯に締め上げられていた。一瞬の身動きが取れずに、更に力を込めてもがこうとするドッガ。しかしそれよりもマミーの行動が早かった。既に放たれていたマミーの仮面──コントロールデスマスクは抵抗しようとするドッガのすぐ眼前にあり、なす術なく仮面は彼の黒い顔に覆い被さってしまった。

 

「ゥガァァァァァ!?」

 

「っ!? ガルァァァァァァッ!!」

 

 その瞬間、激情に身を任せてガルルは地を蹴って飛びかかる。ドッガの顔面に襲いかかった仮面を壊すのでも、それを邪魔するマミーを引き裂くのでもどちらでもいい。ただ目の前にある現状を打ち砕かればなんだってよかったのだ。

 

「ァァァ──ッ、フンガァァァァ!」

 

「なっ!? ッゴアァァ!?」

 

 しかしガルルの身体がドッガへと迫る瞬間、ドッガの巨大な紫の拳がガルルの身体を殴り飛ばした。地面を転がりながらもすぐに体制を立て直してガルルは顔を上げて前を見据える。

 

「……オイオイ……冗談は顔だけにしてくれ……」

 

 そこにはマミーの仮面に操られ、彼の背後に立ち構えるドッガの姿があった。

 

 立ち並ぶガルルとバッシャーは固く唾を飲み込み、その脅威に戦慄するのであったのだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 友希那さんの来訪に驚いて僕は目を見開いてしまう。どうしてこの家に来れたのか……鍵もかけていたはずなのに。そもそも今は誰もこの家に辿り着けるはずがないのに。そんな僕の心の疑問に答えるように彼女は自分から話してくれた。

 

「キバットが鍵を開けてくれたの。それにここに来るのも……またあのヴァイオリンが導いてくれたから」

 

 そう言って友希那さんはガラスケースの中に飾られているブラッディ・ローズを眺める。ブラッディ・ローズが友希那さんを導いた? 以前にもそんなことはあったけれど、まさか今回も? 前回ならいざ知らず、今回に限ってはその言葉を信じることが出来なかった。

 

「そんな……僕には全く何も聴こえなかったのに……」

 

 ブラッディ・ローズは沈黙したままだ。人の心……喜ばしい、腹立たしい、哀しい、楽しい……今まで聴こえてきたそんな音すら奏でないまま、あの薔薇は沈黙を守っていたはずなのに……。

 

「本当に何も聴こえないの? 麗牙」

 

「……はい。今の僕には……人の心の中にある音楽を聴くことは出来ません」

 

 しかしよく考えれば当然のことだったのかも知れない。父さんが遺してくれたブラッディ・ローズは彼の心そのものだ。だから、心の音が聴こえない今の僕には聴こえるはずもなかったのだと、自嘲するように友希那さんに向けて薄い笑みを作る。しかし友希那さんは笑うことはない。それどころか歩み寄ってより強い視線を僕に向け、そして告げた。

 

「前にあなたに言ったはずよ。私を失望させないで、と」

 

 一点の曇りもない眼差しを僕に突き刺し、友希那さんははっきりと言った。その言葉はもちろん覚えている。僕と曲作りをすると改めて約束してくれた時に言われた一言だから、忘れられるはずもない。今そのことを告げるということはつまり……彼女は僕に失望してしまったのだろう。

 

「失望……しましたか? 答えを出せないままずるずると引きずって、今もRoseliaの二人を苦しめている僕に」

 

 自分が友希那さんの立場だったら失望しない方がおかしいだろう。彼女は音楽に対してひたすら真摯に向き合う努力家の少女だ。物事になんでも直ぐに決断し、結果を出してきている直向きな彼女からすれば、今の僕はただの甘ったれにしか見えないだろう。答えも出せないまま一人で閉じこもっているこの姿を、僕自身でさえ煩わしく感じているというのだから。

 

「それは……これから分かることよ」

 

「え……?」

 

 しかし友希那さんは断言しなかった。

 

 ゆっくりと僕の元まで近づいて、そして膝を落として僕と同じ目線になり、僕の目を真っ直ぐ見つめる友希那さん。

 

 見つめるというよりも、射抜くと言った方がいいかもしれないほどの強い眼差しを感じ、僕は少しだけ気が引ける思いにかられる。

 

 そして、彼女ははっきりと僕に対して告げた。

 

 

 

 

「先に私の望みを言わせてもらうわ……答えを出して、麗牙」

 

 

 

 

「答え……」

 

「リサと紗夜のどちらかを選ぶか、または両方断るかを決めて。そして、その答えを先延ばしにしないでほしいの」

 

 それは未だ僕が成すことのできていない難題であり、友希那さんの願いに応えられそうにない僕は彼女から視線を逸らしてしまう。

 

「僕だって今すぐにでも答えを出したいと思っています。でも……その答えがどこにも見当たらないんです。どんな風に動いたとしても二人のどちらかは傷つくことになる。守りたいと願った二人の音楽をこの手で汚すことになるっ。二人のことを思うと、どうしても答えが見つからないんです」

 

 僕のことを受け入れてくれたリサさんと紗夜さんを、他でもない僕が拒絶する。想いが砕かれた時、二人の心に流れる美しい音楽はどうなってしまうのかが考えるだけでも怖くて、僕は耳を塞いでしまう。だから答えは見つからない。彼女たちの中にあるかもしれない答え()を、僕は聴くことすら出来ないのだから……。

 

「二人のことを考えると答えが出ない。そういうことなのね」

 

「はい……」

 

 僕の言葉を繰り返して確認を取る友希那さんの表情は伺えない。やはり僕は彼女を失望させているのだと思い、申し訳なくて顔を見ることすら怖く感じてしまう。

 

 

 

 

「……少し質問を変えるわ。麗牙、あなたはどうしてこれまで戦ってこれたの?」

 

 

 

 

「え?」

 

 しかし突然、彼女は今の僕の悩みとは無関係な質問を投げかけてきた。少し、というよりは全く関係ない話題で肩透かしを食らい、つい友希那さんの方へと顔を上げてしまう。

 

「答えて。何故あなたは戦おうって思えたの?」

 

「僕が戦ってきた理由……」

 

 戦う理由ではなく、ずっと戦っていこうと思えた理由。その答えを僕は持っていたはずだ。

 

 それは、人間とファンガイアが共存する未来のため。

 

 僕たちファンガイアと人間が互いに忌むことなく、手を取り合う世界を作り上げること。それは人間の女性とも愛を育んだ父さんの望みであり、その想いは僕たちにも受け継がれている。

 

 父さんの願いは僕の願いでもあったから……新たなキングとして、彼の息子としてそれを叶えたい。その想いを友希那さんに告げようとする。

 

 

「人間とファンガイアの明るい未来。父さんはそれを望んでいた。だから僕も──」

 

「戦っていた? 本当にそうなの?」

 

「──え?」

 

 しかし友希那さんの疑問により僕の思考は一瞬停止してしまう。本当にそうなのか……彼女の疑問は僕の言葉を詰まらせるには充分すぎるほどの力が込められていた。

 

「麗牙、あなたは父のために戦っていたというの? 父が望んでいたから? 私にはそうは見えない。それだけとは思えない」

 

 友希那さんの強い瞳は揺らぐことはない。強かな眼差しを僕から逸らさないまま友希那さんは更に言葉を紡いでいく。

 

「麗牙、もう一度よく考えて。あなたの父のことではない、あなた自身のことを」

 

「僕自身のこと……」

 

 僕が戦ってこれたのは、人間とファンガイアの平和な世界……それは間違いない。それが父さんの願いであることも、僕自身も望んでいることも間違いではないはずだ。

 じゃあ何が違うのか。僕が人間とファンガイアの絆を守りたいと願った理由。父さんは関係なく、僕だけがそう願った理由は……。

 

「(そうだ……僕には僕だけの理由があったのに……)」

 

 これまでの生きてきた時間の中で、僕が見てきた人たちの顔を思い出す。

 

 こんな僕と親友になってくれた人間の健吾さん。

 

 そんな健吾さんとも、ぶつかり合いながらも共にバンドを組む良き仲となったアゲハ。

 

 人間とファンガイアの愛の証であり妹でもある愛音。

 

 ファンガイアである僕を受け入れてくれた友希那さんたち。

 

 美竹さんと友情が芽生えた藍瑠さんのように、人間との間で絆を生んだファンガイアたち。

 

 そして、僕が一度好きになったあの子のことも……。

 

 そんな彼らの姿を僕はずっと見てきて、それを心から尊いものだと感じていた。彼らの音楽を守りたいと、誰でもない僕自身がそう願っていたことを思い出した。

 

「はい……思い出しました……僕には僕だけの戦う理由があります。父さんとは違う、僕だけの」

 

 父さんの心の中にではない、自分の心の中にある想い。それに気付いた時、僕は自身の願いも思い出すことができた。そんな僕に友希那さんは薄く笑みを浮かべると、今度は優しく僕に問い質してきた。

 

「なら、もう一度よく考えて。リサや紗夜のことじゃない、あなた自身の望む答えが心の中にあるはずよ。リサと紗夜の心の中にはない、麗牙自身の音楽……あなたの心の声が……」

 

 友希那さんの言いたいことがようやく理解できた。僕が戦ってきた理由と同じで、僕が出すべき答えはリサさんと紗夜さんの心にはなく、自分の心の中にしかないのだと。

 

 僕が必要な答えに二人の心は関係ない。

 

 自分が本当に望むことは、自分の心のが一番分かっているはずだ。

 

 それは僕自身が既に持っているはずの答えだと彼女は言いたかったんだ。

 

「僕の音……僕の心の声は……」

 

「お願い……リサと紗夜のことだけじゃなくて、もっと自分のことを考えて」

 

「自分のことを……」

 

 友希那さんに迫られ、僕はようやく自覚する。そう、僕は最初から自分の心を無視しようとしていたのだと。二人の心にばかり意識を向けていたばかりに自分の想いを……自分の心の音を聴かないようにしていた。僕は他人の音楽だけでなく、自身の音楽からも耳を塞いでいたのだ。

 

「僕の望み……僕の答えは……」

 

 心の中に意識を向けて音を探す。

 

 その奥底に小さな光を感じて、僕は更に意識の底へと潜っていく。

 

 僕を呼ぶ声を求めて。

 

 闇の中で聴こえてくるメロディを追いかける。

 

 その「答え」はきっと残酷なものなのかも知れない。

 

 だけど逃げられない、逃げちゃいけない。

 

 知ることも恐れない。

 

 僕はただ、僕だけの運命(さだめ)に従うだけだから。

 

 

 

 

「僕は……っ!」

 

 

 

 

 そしてその光を掴み取った時、僕の耳にブラッディ・ローズの調べが響き渡った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ♬〜♬〜♬〜

 

 麗牙が自身の音楽……心の声を掴んだ直後、部屋に飾られていたブラッディ・ローズから警報のようなけたたましい音が鳴り始めた。この名器がそれまで沈黙を守り続けていたのは麗牙が自身の音に気付かなかったが故であり、自身の音を取り戻した今の麗牙にはブラッディ・ローズの調べも、そして友希那の心から流れる音楽をも聴くことが出来ていた。

 

「友希那さん……ありがとうございます。友希那さんの音、ずっと僕のこと心配してくれていたんですね……」

 

「何言ってるのよ。私はただ、自分の心の声に従っただけよ。今のあなたのように」

 

 ようやく笑顔を見せた麗牙からの言葉に友希那は腕を組み、少し照れ臭げに微笑み返す。

 だが麗牙もいつまでもこの場で屯しているわけにはいかない。彼には彼のすべきことが……彼がやりたいと望むことがあったからだ。

 

「友希那さん……僕、行ってきます」

 

「ええ……頑張って、麗牙」

 

 友希那の笑顔に見送られ、麗牙は立ち上がり走り出した。

 

 扉を勢いよく開き、外へと駆け出していく。

 

 傘も持たず外へと飛び出したものの、彼の肌に雨の雫がかかることはない。

 

 雨は既に止んでいたのだから。

 

 たとえ槍が降っていようとも、彼を止められるものはない。

 

 彼にはもう迷いはないのだから。

 

「負けないで……麗牙」

 

 小さくなっていく麗牙の背中を友希那は屋敷の窓から見守り、小さく祈るように呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、ガルルたちの戦いもまた熾烈を極めていた。

 

 倒すべき敵はマミーレジェンドルガただ一人だが、マミーの周りの数多の操り人形が彼を攻撃から守り、更にフランケン族のドッガまで敵の手に落ちて多勢に無勢となっていた。その上でリサと紗夜を守らなければならない状況下で、ガルルとバッシャーの二人の異形だけで挑むのはあまりに無謀と言えるものだった。

 無論、 それで諦めるような存在ならこれまでキングの側に仕えていられるはずもなく、へこたれることなく何度も立ち向かう姿に、彼らもまた歴戦の戦士であるのだとリサたちは感じていた。

 

「フゥアァァァァ!」

 

「ッグ!」

 

「ぅわァッ!?」

 

 しかし、数の差と肉の盾という存在の前では勇気は必ずしも有利に働くとは限らない。有効打を与えられないまま膠着が続く彼らに向けて、マミーの顔から再び黒い衝撃波が放たれた。吹き荒れる嵐は自身の操る傀儡ごとガルルたちを吹き飛ばし、異形たちと少女たちの間の道を作り上げてしまっていた。

 

「ググォォ……」

 

「っ……」

 

 リサたちを守るものがいなくなった時、マミーに操られる一体の異形が彼女たちの目の前に迫っていた。駆けることはなくゆっくりと迫り寄るが、それでも彼女たちにとって恐ろしいことには変わりない。操られ意識が無かろうと、彼女たちからすれば人知を超えた怪物であることは間違いないのだから。

 しかし後退りをするリサはその足を止め、紗夜の前へと一歩足を踏み出した。紗夜を庇うように身体を異形へと晒し、紗夜は驚きの声をリサに投げかける。そしてリサもまた声を震わせて小さく紗夜へ言葉をかけていた。

 

「今井さんっ? 何をっ」

 

「アタシ……紗夜にどう思われても絶対に紗夜のこと見捨てないから。だってアタシ、紗夜の友達だもん。最悪紗夜だけでも無事でいてくれたらアタシは──」

 

「そんな……私だって今井さんのこと見捨てるつもりはないからっ。だからそんなこと言わないで……」

 

 盾になろうとするリサを紗夜は押し留めて共に引き下がろうとする。しかし、異形が跋扈するこの地において彼女たちが逃げるにはあまりにも猶予が無さすぎた。

 

「シャアァァァ!」

 

「きゃっ!」

 

 ゆっくりと迫る異形の背後から別の異形が飛び上がり彼女たちのすぐ目の前で着地する。異形がほんの数歩いて腕を振るえば、それだけで簡単に命が尽きるほどまで死が迫り、リサと紗夜は互いの手を取り合い強く握りしめる。

 

 そして異形の魔の手が少女の命を刈り取ろうとしたその時だった。

 

 

「ハァァァッ!」

 

「ぐギェッ!?」

 

 

 二人の背後から、その頭上を飛び越えて人影が現れた。勇ましく掛け声を上げながら飛んできた人影は真っ直ぐ右脚を突き出し、二人へ襲いかかろうとした異形を勢いよく蹴り飛ばしたのだ。飛び蹴りが決まった人影は難なくと着地し、リサと紗夜もその正体が分かり、笑顔と希望が蘇っていた。

 

「麗牙!」

 

「紅さん!」

 

 二人の少女が慕う紅色の青年の登場により、花咲くような笑顔を浮かべるリサと紗夜。

 

 自分たちがピンチの時はいつだって助けてくれた彼が、またも同じように現れてくれたのだ。彼に慕情を抱く少女たちに生まれた想いの大きさは計り知れない。

 

 敵を見据え、自分たちを守るために立つその背中が逞しく、そして温かく、リサも紗夜の心からは不安や恐怖といった負の感情が消え去っていた。

 

 麗牙は敵から目を放すことはなく、しかしその意識を背後にいる守るべき少女たちに向けて、湧き上がる思いの丈を投げかけていた。

 

「ごめん。僕、迷ってた。自分の選んだ道が正しかったとしても、みんなを不幸にしてしまうんじゃないかって不安で、前に踏み出すことが出来なかった。でも、僕には僕の望みがあった。そうしたいと思う心の声がやっと聴こえたんです。遅くなってしまってごめんなさい、リサさん、紗夜さん。これが終わったら僕の答えを出します。だから今は、僕に二人を守らせてください!」

 

 他の誰かの想いではない、自分だけが抱く想いがある。麗牙は最後に二人へと振り返り、強い決意の眼差しを送った。その熱い想いを感じたリサと紗夜は、何も言わずに笑顔のまま彼に頷いていた。そんな二人の反応に麗牙も安堵し、再び敵の群衆を見据えて彼は一歩前へと踏み出した。

 

 もはや思い残すことはない。

 

 二人が待ってくれているのだから。

 

 ならばもう迷うことはない。

 

 だからこそ、彼は高らかにその名を叫んだ。

 

「キバット!」

 

『よっしゃあ! いつもより全開でキバッていくぜ! ガブッ!』

 

 飛来したキバットが麗牙の左手に咬みつき、彼の身体に色鮮やかなステンドグラス調の模様が走る。

 

 麗牙の周囲に召喚された何重にも巻かれた鎖が収束し、彼の身体を支える紅のベルトへと姿を変える。

 

 始まりを待つ笛の音が辺り一面に轟く。

 

 戦士の降臨を、否、再臨を期待するかのように、止めどなく鳴り響く。

 

 そして、麗牙は叫ぶ。

 

 変化の呪文を。

 

 覚悟の言霊を。

 

 尊いものを守りたいという祈りを込めて、彼は一心にその言葉を吠え叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 

 麗牙の身体を白銀のベールが覆い尽くし、一瞬の間が空いた直後、ベールはガラスのように音を立てて弾け飛んだ。

 

 そして、輝ける紅が顕現した。

 

 空の涙は全て流し尽くし、雲の切れ間から温かな陽の光が差し込む。

 

 太陽の眩しい光が再臨を祝福するかのようにキバを包み込み、その荘厳な鎧を煌びやかに光り輝かせていた。

 

「来たか……キバ!」

 

「いや、違う……」

 

「何?」

 

 キバの登場に気持ちが昂ぶったマミーレジェンドルガは挑発するようにキバの前へと躍り出るが、キバは告げられた自身の名を否定する。

 

 

 

 

「今この瞬間だけは、僕もこう名乗らせてもらう。僕はキバ……仮面ライダーキバ!」

 

 

 

 

 親友と仲間がくれた名前、そしてかつての戦友が告げたその称号を胸に、キバは宣言した。

 

 迷いの晴れた今こそ、麗牙はその名を借りる時が来たのだと感じたのだ。

 

 人間の自由を、そしてファンガイアの自由……否、生きとし生ける全ての愛ある者の音楽を守るために立ち上がる戦士。

 

 仮面ライダーキバ。

 

 数多の世界で継承される誇り高き名が、遂に巡り巡って吸血王の元に紡がれたのである。

 

「行くぞ……!」

 

 そして、ここから再び紅の戦士の戦いが始まるのであった。




次回「第57話 重なる波動:ONENESS」
皆の思いが一つになる時、新たなキバが誕生する。
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