『ハイッ。張り切っていきましょうキバットさん!』
『お、お前はっ……!』
第59話 普通な彼女と普通じゃない彼
私の周りは普通じゃない人ばかりだ。
幼馴染みのみんなにしたってそうだ。蘭ちゃんなんてギターを弾きながらなのにすごく上手に歌まで歌えちゃうし、凄くカッコよく目立つのに、恥ずかしがり屋だったりと時折可愛らしい部分も見せることがある。モカちゃんはすごくマイペースに生きているように見えてしっかり「自分」を持っているし、頭だっていい。
そんな彼女たちには囲まれているからかも知れないけれど、私──
……なんて、そんなことおつかいの最中に考えることじゃなかったよねっ。そう、今はお母さんに頼まれた買い物を終わらせての帰り道。早く帰って色々と準備して、出かける用意もしなければ。そう思って歩道橋へと差し掛かった私の目に、少しばかり危ういものが目に入ってしまう。
「ねぇ君っ、そんなところに座ってると危ないよっ」
小学生くらいの男の子が、歩道橋の錆びた手すりの上に座っているのを目の当たりにして私はすぐさま注意を促していた。
「えぇ〜いいじゃん、少しの間だけだから」
「そ、それでもダメだよっ。危ないから降りよう。ねっ?」
「僕は大丈夫なのに?」
「周りのみんなはそう思ってくれないよ。だからさ、迷惑かけないうちに降りようよ」
だけど私の注意も虚しく少年はなかなか降りてくれない。う〜……こんな時モカちゃんなら上手いこと言って降りるように誘導してくれたり、巴ちゃんとかだったらすっと抱き抱えて降ろしちゃうんだろうな……。だけどこのままこの子を放っておくわけにもいかず、私は出来る限りのことは続けようと決心していた。
しかし……。
「きゃっ!?」
突然私たちの元に強い風が吹き荒れた。冬も深まってきた今日この頃ではこんな北風も然程珍しくはない。ただいつもよりほんの少しだけ強い風が吹いただけだった。
「っ、わっ!? ぅわわわわっ!?」
そう、運悪くこんなところで……軽い身体なんて簡単に持っていく程の強い風が吹いてしまっただけだった。
「っ!?」
目の前の光景が突然遅回しで再生されていた。私は何を見ているのか。
目の前では歩道橋の上からバランスを崩して倒れていく少年。
ゆっくりと私の目線から消えようとしていく小さな身体。
私は? 私は何をしているの?
落ちていく少年をただ見つめたまま、突然訪れた恐怖を前に脚が固まってしまい、その場から動けなくなっていた。
なんで? なんでこんな時に動けないの!?
目の前で顔を青ざめさせていく少年の顔を眺めたまま、私は自分を鼓舞させようとする。しかし、その意思が私の脳から身体に伝わるまでがあまりに遅すぎた。
これはほんの一瞬の間の内に起きた、私の感情の渦での出来事だった。
その一瞬の中で決意を固めることも、少年に向けて駆け出すのも、その手を引っ張り上げることさえ、私には出来なかった。
一瞬でそんなことが出来るのはもはや「普通の人」じゃない。
そう、どこまでも普通な私には到底不可能なことだった。
「(だめっ)」
声すら上げることが出来ない私に向けて手を伸ばそうとする少年。
でも私にはその手を掴めない。届かない。
助けたい目の前の存在すら助けられない、そんな後悔と絶望に沈もうとしていた。
その時だった。
「ふッ!」
「ぇ……」
何かが私の横を凄い勢いで通り過ぎたと感じた直後、少年を追いかけるかのようにもう一つの影が私の視界へと降り立っていた。そしてすぐさま少年諸共、私の視界から消え去ってしまった。
「ど……どうなって……」
見間違いでなければ、今私の横を通り過ぎていったのは人影だった。
誰かが少年を助けるために自分も橋から飛び降りた……?
そんなことが出来る人がいるの?
普通じゃない……。
だけど私は期待半分、怖さ半分で、恐る恐る橋の下を覗いた。
そこには……。
「ふぅ……間一髪」
「ぅぇ?」
「嘘……」
少年を片腕で抱えながら、もう片方の手で橋にしがみ付く男の人の姿がそこにあった。紅色に靡く髪の毛がとても綺麗な、肌の白い線の細い青年だった。少年を脇に抱えながら、アクション映画さながらの体勢で指先で橋を掴むその姿が到底現実とは思えなかった。その細い身体のどこにそんな力があるのかと、当事者であるにも関わらずテレビの中の映像を見ているような気分になってしまう。
「さてと……ふっ!」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
しかし線が細いと思ったのも束の間、彼は片腕の力だけで少年の重さを含めた自分の身体を持ち上げ、そのまま橋の上へと飛び上がっていた。子どもとはいえ人を一人抱えたまま飛び上るなんて……それも腕一本でそれを成し遂げた現実についていけず、私はしばらくの間放心状態であった。
「よっと……大丈夫?」
「う、うん……ありがとう……」
「怪我がなくて良かったけど、歳上の言うことは大体の場合正しいからちゃんと聞いておいてね。ほら、お姉さんにもちゃんと謝って」
「え?」
青年にふと話題に挙げられて私の意識も現実に帰ってくる。気が付けば目の前にはあの少年が滅入るような顔を浮かべて私の顔を覗いていた。
「あの、ごめんなさい……」
「う、ううん。君が無事で本当に良かったよ。でも、二度とこんな危ないことしないでね」
奇跡的に無傷で生還した少年に私が言えるのはそれだけだった。私は結局何もしていない。注意だって聞いてもらえなかったし、危険に陥った彼を助けることも出来なかった。そう、全部この人のお陰だから……。
「あの……ありがとうございます!」
少年が去った後、私はすぐさま紅色の髪の青年にお礼を告げた。私一人ではどうしようもない状況を助けてくれた人に……私に心の傷を負わせないでくれた恩人に精一杯の感謝を込めて頭を下げた。
「私、何も出来なくて……本当に恥ずかしいです」
「いや、仕方ないよ。あんな一瞬のことだから、普通は動けなくて当然だって」
「普通は、って……じゃああなたは?」
「え? えぇ〜っと……僕は普通じゃない……から?」
少しばかり困ったように首を傾げながら自分を「普通じゃない」と語る青年に、私は心の中で同意していた。あんなに凄い速さで駆けつけて橋から飛び降りて、その上、腕だけで人一人分飛び上がったり……彼は私の知る「普通」の概念からは大きくかけ離れていた存在だった。
それにもう一つ、私は彼が「普通」でない理由を見つけてしまう。
「あれ? あの、もしかしてあなたは……紅……麗牙さん、ですか? あのヴァイオリニストの」
そんな彼の容姿を見て、私は記憶の中から一つの名前を思い出す。そう、前にテレビで「天才高校生ヴァイオリニスト」として紹介されていた紅麗牙さんにとてもよく似ていたのだ。間違えていたら申し訳ないしすごく恥ずかしいけど……。
しかし私の質問に目の前の青年は恥ずかしそうに頬をかきながら、小さくはにかんで答えてくれた。
「うん、その紅麗牙で間違いないよ」
「やっぱり……っ!」
すごいよ! テレビにも出た有名人にこんなところで会えるなんて! 私の心の中ではそんな興奮でいっぱいだった。
それに私が知っている限り、彼の持つ顔はヴァイオリニストとしての顔だけではない。もう一つの顔を私はつい最近見たばかりなのだから。
「わ、私っ、前のライブ見に行きました! Roseliaと、それとTETRA-FANGの合同ライブ。あのRAIGAさんでもあるんですよね?」
「そうだね。では改めて、TETRA-FANGのボーカル担当RAIGAです」
「っ、あ、私もバンドやってて……Afterglowっていうガールズバンドでキーボード担当してます、羽沢つぐみです」
初めて彼を直接見たのは、先日行われたRoseliaとTETRA-FANGの合同ライブだった。開演と同時にヴァイオリンを奏でる姿には私も含めて皆面を食らったけど、そのあまりの表現力に誰しも言葉を失い、ただただ彼の音に聴き入っていたことを思い出す。
それなのにいざ彼の歌が響き渡ると、会場は更に盛り上がりを見せていた。激しいロックに高らかなシャウトが織りなす支配的な音楽を前に皆が圧倒されていた。天は二物を与えずというけれど、彼に関しては例外だと思わざるを得ない。ヴァイオリニストとしてもボーカルとしても素晴らしい腕前を持つ彼を見て羨ましいと感じたのは私だけではないはずだ。
ともかく、そんなすごい人と知り合いになれるチャンスを逃す手はなかった。なによりAfterglowのことも知って欲しかったし、これを機に彼にも私たちの活動を知ってもらえれば……そう思って私も彼に自己紹介していた。
「Afterglow……」
「聞いたこと……ありませんか?」
「いや、身内や知り合いがよく話をしてたから知ってるよ。美竹さんのいるバンドだよね」
「蘭ちゃん、知ってるんですか?」
「うん。でも、ちょっと前にほんの少し話しただけなんだけどね」
流石蘭ちゃん、もう既に紅さんと知り合っていたんだね。なんで言ってくれなかったんだろうとは思うけど、そこはまた今度聞いてみようかな。
だけど、目の前の人が紅麗牙さん……ヴァイオリン奏者だということを思い出し、私はあることに気付いてしまう。
「で、でも紅さん。さっきすごく無茶苦茶な動きしていましたけど大丈夫なんですか? 手は楽器奏者にとっては命なのに、今さっき……」
さっき彼が手で……というより指だけで二人分の体重を支え、その上飛び上がった光景を思い出す。あんな無茶なことすれば間違いなく指に大きな負担をかけるはずだ。同じ楽器を扱う者として彼の手に大事がないか途端に心配になってしまっていた。
「ああ、それなら……ほら」
だけど彼はすぐに手の平を広げて私に見せてくれた。その指には傷も腫れも存在せず、大きな手に綺麗な細く長い指が広がっているのを私はまじまじと見つめていた。
「本当だ……何ともない」
「大丈夫。言ったでしょ、僕は普通じゃないからって」
紅さんは照れ臭そうに自分の特殊をひけらかして私を安心させるように優しく言ってくれる。だけど、それでも音楽家なんだからもう少し自分の身体を労ってほしいという気持ちもあったために彼に問いかけてしまう。
「でも、怖くないんですか? もし万が一にも怪我したら、楽器を持てなくなるかも知れないのに。それに紅さんの命だって……」
「それはさ……やっぱり、あんなところ見たら放っておけなくて」
「っ」
はにかんで答える彼の顔とその心の持ちようが私にはとても輝いて見えた。
困っている人を放って置けないのは私だって同じだけど、彼にはそれを解決できる力があるし自信もあるのだと、彼の笑顔を見て私はひしひしと感じていた。
特別な人とは彼のことを言うのだろうか。
困っている人を助ける、まるでヒーローのような存在。
「(カッコいい……)」
謙遜する態度をとりながらも、そんな逞しい彼の姿に私は一抹の憧れを抱いてしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの日から……僕が二人の想いに答えを出してから最初の休みの日。
それはRoseliaのライブが開催される日でもあった。
もちろん僕は行くつもりだ。というより、「見に来てほしい」とリサさんと紗夜さんからメッセージが来ていたし、これは何が何でも見に行かなければという気持ちもあった。二人とはあの日から直接会ってはいない。しかし彼女たちの願いなら、僕は出来る限りは叶えてあげたかった。それが僕にできるせめてもの償いのように感じていたからだ。
とは言え、気を急きすぎた。いつもの業務を即座に片付けて(アゲハにはいつもこのくらい早く終わらせてよと愚痴られたけれど)、街へと飛び出していざCiRCLEの前に辿り着いてみれば予定の時間より遥かに早く到着しすぎていた。どれだけ急いでいたんだ自分は、と恥ずかしくなるのも束の間、急にできた暇をどう潰そうかと考えなければいけなかった。
そんな時だった。僕の視界に、今にも命の音楽が尽きるかも知れない少年の姿が映し出されたのは。考えるよりも身体が先に動き、ファンガイアとしての持てる力をフルに使って階段を駆け上がり、橋の上から落ちていく少年を助け出したのだ。
それからどうなったかと言うと……。
「さぁ、いらっしゃいませ。羽沢珈琲店へようこそっ」
偶然出会うことになった向日葵のように明るい女の子──つぐみさんに誘われて、彼女の家が経営するという羽沢珈琲店へと足を踏み入れていた。紗夜さんから話を聞いていて名前は知っていたし、次狼も前にここで珈琲を飲んだという。次狼がそれなりに高い評価を出していたからいつかは行ってみようかと考えていたけど、まさかこんな形で初来店することになるとは思わなかった。
「いらっしゃいませ! あ、ツグミさん、おかえりなさい!」
店内に入る僕らを出迎えてくれた元気な声に視線が移る。つぐみさんと同じ歳くらいの女の子で、薄い青色の瞳が綺麗に輝く日本人離れした美貌の持ち主だ。白銀に靡く髪がキラキラと輝く様は他の客の目を惹くこと間違いないだろう。
「えっ?」
だけど僕が驚いたのはそんな彼女の優れた容姿にではなく、彼女という存在そのものにあった。向こうも僕の顔を見るなり不思議そうな表情を浮かべて、そしてすぐに訊ねてきた。
「こちらのお客さんは……あれ? あっ、もしかしてライガさんですか?」
「あはは……はい。久しぶり、イヴさん。前の収録以来ですね」
僕が答えると嬉しそうに笑う彼女の名は
「イヴちゃん、紅さんと知り合いなの?」
「はいっ。以前にパスパレの番組でご一緒させていただいたことがあるんです」
僕が初めて紗夜さんと出会ったあの日、雨が降り出す前のことだ。天才ヴァイオリニストという触れ込みでPastel*Palettesの出演する番組に出させてもらったのがきっかけで、僕は彼女たちと知り合うことができた。それ以来は特に会うことはなかったが、とても人当たりのよくて印象の良かった彼女のことも忘れることはなかった。あれ以来会っていない
「イヴさん、ここでバイトしてたんですね」
「はい。普段は放課後のシフトなんですけど、今日は仕事もないのでこうして楽しく働かせてもらっていますっ」
相変わらず何でも一生懸命な彼女に自然と笑みが零れる。アイドルの仕事がないからってバイトのシフトを入れることないのに、それほど彼女はこの店のことが……いや、この街のことが大好きなのだと思わされる。
しかし束の間の再開を喜ぶ僕らの間に、更なる新しい声が響いてきた。
「つ、つぐが男を連れてきた……つぐが非行に走っちゃったよー」
思わず眠くなるような、間延びした声を上げる少女が一人。言葉の内容だけを字にするとショックを受けているようなものだが、その声色からはそんな感情は一切感じられず、何なら揶揄っている気配すら感じていた。第一、彼女の心の音はどこか楽しそうな音が響いていたし、本気で言ってるわけでないことはすぐに分かった。
「モ、モカちゃん来てたの? ってそうじゃなくて、紅さんは別にそんな人じゃないからっ」
「へーそうかなー。だって、つぐが男の人連れて家に上げるところ初めて見たからさ。てっきり彼氏かと思ったよー」
「かっ、彼氏って、そ、そんなんじゃないから!」
つぐみさんに「モカちゃん」と呼ばれた少女は、寝惚け眼のような視線を向けて眠そうな独特の雰囲気を醸しながら更につぐみさんを弄り続ける。それでもよほど二人の仲は良いのか、その間に流れる音楽には嫌味のかけらも感じず、ひたすら綺麗な夕焼けのような優しい音楽を奏で続けていた。
「はいはい、モカちゃんは分かってますよー。いやぁ、つぐも大人になったんだねー」
「もうっ、揶揄わないでよぉ」
「つぐの反応可愛いからねー。あ、どうも彼氏さん、
「あはは、彼氏じゃないけど……はじめまして、紅麗牙です。つぐみさんとは先ほど知り合ったばかりで──」
「あー、あなたがあの噂の色男でしたかー」
「──う、噂っ?」
つぐみさんが店の奥へと姿を消すや否や、青葉さんの口から何やら無視できない単語が飛び出してきて反応してしまう。噂って一体どこから? というか色男って!?
「バイト中によくリサさんから聞いてましたよ。色々助けてもらってるすごくカッコいい人がいるって。リサさん、最近ずっと紅さんのこと話してましたから」
「そ、そうなんだ」
リサさんと同じコンビニでバイトしている青葉さんは、リサさん経由で僕の話を伺っていたそうだ。それにしても「最近ずっと」って、先日の件もあり何だかとても申し訳ない気持ちになり言葉が詰まってしまう。
「それで質問があるんですけど──」
「ライガさん、ご注文は何にしますか?」
「──まあその話はコーヒーでも飲みながら。ここのコーヒーは絶品ですよー」
そう薦める青葉さんの提案を飲み、イヴさんにこの店オススメのイチオシのコーヒーを注文して青葉さんの前の席に着く。それとほぼ同時に母親からのおつかいを済ませたつぐみさんが戻ってきて、青葉さんの隣に腰をかけた。
しかし普通に席に座っただけのつぐみさんに対して青葉さんは意外そうな目を向ける。
「あれ、つぐ今日は店の手伝いはしないの?」
「す、するよ。でもそれよりも……私、紅さんにお願いがあるんです!」
「おお……つぐの目が燃えている……」
青葉さんの言葉の通り、つぐみさんの僕を見つめる目は真剣で、その瞳の奥に炎が揺れているように感じられた。よほど真剣な願いなのだろうか、僕はつぐみさんの纏う熱い空気に押されて固く唾を飲み込んだ。
「でもその前に質問が……紅さんって、普段からあんな感じで誰かを助けたりしているんですか?」
「それは……まぁ、僕に出来る限りならいつだってね。みんなの音楽を守りたいっていうのが僕の願いだし」
「みんなの音楽?」
「ライガさん、ツグミさん。お水です。ライガさん前にも言ってましたね。『人はみんな、心の中で自分だけの音を奏でている』と。私、あの言葉が今でも忘れられません。あの言葉を胸に、今も私だけの音楽、私だけの『ブシドー』を求めて日々精進していますっ」
僕とつぐみさんの分の水を持ってきてくれたイヴさんが、僕の説明に注釈を加えてくれる。僕の言葉に感銘を受けて色々と頑張っているらしいイヴさんに嬉しくなって、僕は彼女に照れた笑みを返す。
そう、僕には人の心の音が聴こえる。
そのことをみんなに軽く説明すると、三者三様の反応が返ってきた。イヴさんは満足気な笑みを、青葉さんは「ほうほう」と感心したように首を縦に振り、つぐみさんは何かを考え込むようにテーブルの上のコップに視線を注いでいた。
「誰しもが持つ自分だけの音を聴きたいし守りたい。それが今でも僕が音楽を続けている理由です」
「自分だけの音……紗夜さんも似たようなことを私に言ってくれたなぁ」
「紗夜さんが?」
ふと意外な名前が出たことに興味が惹かれ、つぐみさんの話に耳を傾ける。
「はい。紗夜さん、自分の音を探している最中だって私に言ったことがあるんです。同時に、私にも自分の音があるはずだって。誰とも違う、私だけの個性とも呼べる自分だけの音を見つけることが出来るって。それがすごく嬉しくて……」
「そうですか……紗夜さんが……ふふっ」
紗夜さんは僕と出会ったあの日からずっと自分の音を探し続けていた。それが誰の心にもいるものだと信じ、それをこの少女にまで伝えてくれた。それが何だか嬉しくて、ついつい笑みが溢れてしまう。
「紗夜さんは『ある人の受けより』だと言って謙遜してたけど、それってもしかして……」
「さぁ? ふふ、僕は何も?」
嬉しさから笑顔が消えず、ニマニマしたまま答えてもきっと誤魔化し切ることは出来ないだろう。多分、つぐみさんたちにはその言葉の発祥が僕だと勘付いているはずだ。
誰の心にも音楽は流れている。誰にも真似できないその人だけの音が。その気持ちが巡り巡って彼女の元まで伝わったのなら、これほど面白く愉快なこともないだろう。
「なるほどー……流石リサさんが惚れるだけのことはありますねー」
「ちょっ!?」
「リサ先輩が?」
嬉しさの中に身を置いている最中、突如青葉さんから特大の爆弾を食らって笑顔が砕けてしまう。え? 青葉さんどこまで知ってるの? 当たり前だけどつぐみさんはその話に食いついてしまう。幸いなのはイヴさんが厨房に入っていることだけか。
「でも今はこの話はいいかなー。それよりつぐ、紅さんにお願いがあったんでしよ?」
「え? そ、そうだけど、今の話すごく気になって──」
「あのリサさんが尊敬する人だよー。きっとなんでも聞いてくれるって。今のつぐにとって間違いなく最高な人だよー」
「──ぅぅ……で、でもやっぱり紅さんが凄い人だというのはよく分かったし……うん、確かに最高だよね……」
尊敬する、なんて言われるとすごくこそばゆいけれど、先の話題から逸れるならつぐみさんの願いを聞くことなんてわけはない。青葉さんの言う「最高」がどういう意味で言っているのかはさて置くけれど……何かつぐみさんにまで伝染してるし……。
しかし、つぐみさんが真剣な表情を浮かべていることには違いないので、僕も出来る限りそれに応えられるよう、乾いてきた喉を潤すように水を口に運び込む。
さて、一体何を言われるのだろうか……。
しかし、僕が聞く準備を整える前に、何の前置きも無く彼女は僕に向かって叫んだ。
「紅さんは最高です! どうか弟子にしてください!」
「ブフォォォォォォォォォォォッッ!!」
そんな彼女の言葉を前にして口から霧状の水を吹き出してしまったことにはきっと釈明の余地がつくと思う。
907138315です!
アンケートはもう少し続きます。
まだの方はご協力お願いします。
最終的に麗牙が結ばれるとすれば相手は誰であってほしいですか?(※予想ではなく貴方の希望でお答えください)
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友希那
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紗夜
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リサ
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あこ
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燐子