「ストップ! そのあらすじはマズイって!」
吹き渡る北風が肌を突き刺す冬の午後。冷たく乾燥した空気が喉を乾かし、痛いような切ないような、どこか遣る瀬無い気分にさせる。そんな季節でも、あたしの“いつも通り”は変わらない。幼馴染みの家が経営する珈琲店へと向けて、特に急くことも悠々とすることもなく変わらない足取りで歩いていく。
今日開催されると言われているRoseliaのライブまではまだ時間があるし、それまでつぐみの家でゆっくりしていこうかと考えていた。
「いらっしゃいませっ! あ、ランさんこんにちは! モカさんも来てますけど、そちらの席に案内しましょうか」
「モカが? うん。じゃあ頼むよ」
「はいっ。お客様一名入りまーす!」
モカが来ていたのは知らず、少しだけ驚いて僅かに目を開く。もしかするとあたしと同じ考えでここで時間を過ごそうとしていたのだろうか。結局考えることは同じなんだなと、来店したあたしを出迎えてくれたイヴの勧めに乗り、元気よく声を上げる彼女によってモカのいる席へと連れられていく。
しかし、そこにあった光景は……。
「紅さんは最高です! どうか弟子にしてください!」
あの日出会った吸血鬼の王様に向けて、無茶な願い事を叫ぶつぐみの姿だった。
「それで、つぐみはどうして紅さんにいきなりそんな無茶な事頼んだの?」
「う……そ、それは……」
紅さんに再会の挨拶を終えてから彼の隣の席に着き、顔を赤く染めるつぐみを正面から眺める。幾分か冷静になったためか先ほどの勢いばかりの行動に自ら恥ずかしくなり、耳まで真っ赤にして項垂れる彼女を見るのは珍しく、つい笑みが溢れそうになる。
「やっぱり変なこと言ってたよね、私……」
「変って言うよりは、さっきのつぐ、いつも以上にツグってたよ〜」
「うん。ツグりすぎてた」
「ツグる……?」
「あ、気にしないで。こっちの話だから」
因みに「ツグる」と言うのは、まああまり深い意味はないけど「頑張ってる」みたいな意味で捉えてもらって大丈夫かな。
しかしつぐみがあそこまで叫ぶ以上そこには意味があるはずだし、あんなことを言い出した理由についてあたしも真剣に耳を傾けなければならない。あたしの真剣な目に折れたのか、つぐみは小さくその経緯を説明してくれた。
「さっきの紅さん……本っ当にカッコよくて。心の在りようも、自分の叶えたいことを実行できる力も……私に無いものばかりで、何か一つでも自分のものにできたらなって思っちゃって」
「……紅さん、もしかして“アレ”つぐみに見せたの?」
「いやいやっ、見せてないですって」
「ちょっと〜何二人でこそこそ話してるのさぁ」
「別に。それで、具体的に何があったの?」
一瞬、つぐみにもあの紅色の鎧を見せたのかと考えて彼に目配せして訊ねるが、どうやらそういう話ではなかったようだ。安心するのも束の間の、つぐみはここに来るまでの経緯をこと細やかに説明してくれた。
橋の上から落ちていく少年を目にして、彼が凄まじい速度で駆けつけて自分も橋から飛び降りたこと。片腕で少年を抱き抱えて、指だけで橋にしがみついて落下を防いでいたこと。そして、指と腕の力だけで飛び上がって少年を助け出したこと。それらのどの行動にも迷いはなく、最初からそれが最善の方法だと言わんばかりに自信に溢れた行動のようにつぐみには見えたそうだ。
「(ってか、見せてないけどほとんど見せたようなもんじゃん)」
変身はしていなくとも彼の異常さを伝えるには余りあるエピソードに内心ツッコミを入れる。しかし、そんなあまりにも特殊が過ぎ、尚且つ自分とは正反対過ぎる紅さんを間近で見てしまったつぐみは、純粋に憧れを抱いてしまったようだ。つぐみはいつも自分のことを「普通」だと卑下……まではしていないけれど、自嘲気味に話すのをよく耳にする。あたしの知る限りもっとも「普通」とかけ離れた人物である紅さんは、そんなつぐみにとってはいろんな意味で衝撃の大きな存在であろう。
これでもしあの鎧でも見てしまったらどうなるのか……流石に避けたりはしないと思うけど……。
「でもつぐ〜。弟子って言っても、具体的には何を教わろうとしてたのかなぁ?」
「え? えっと、実はいろいろで特にこれといったものは決められないんだけど……紅さんの何事にも動じない心やどんな状況でもすぐに決断して動ける心構え、私も欲しいなって思ったし、それに人の心に流れる音楽っていうのも聴いてみたいって思ったんですっ」
「(何事にも動じないって、いやさっき思いっきり水吹き出してたよね)……って紅さん? どうかしたんですか?」
「え? いや、ちょっと耳が痛いなぁって……あはは……」
何やら黙り込んでしまった紅さんに声をかける。つぐみの褒めちぎりに対して照れているのかと思っていたがどうやら違うようで、ばつが悪そうに、自嘲気味に薄く笑う紅さんの姿がそこにあった。つぐみは何か彼の気に触るようなことを言ったのだろうか?
「っ、ごめんなさいっ。私、何か気にしていることでも言ってしまいましたか?」
「いや気にしないで。最近いろいろあったこと思い出してさ。あ、でもつぐみさんが変わりたいって強く願う気持ちは分かるよ。僕だって昔は変わりたいって思って、これでも少しは変われた身だし」
「変われた、ですか?」
「ええと……はは、まあ昔はもっと引き籠りがちだったというか……ね」
「えっ、そうなんですか? とてもそうには見えませんけど……」
「意外です」
かつては引き篭もっていたと話す紅さんを見てもその光景を想像できず、あたしも声を漏らしてしまう。だって、あたしが前に見た紅さんは……何というか凄まじいまでの威圧感を放って、凛とした佇まいで最後までブレない、そんな言葉通りの王様みたいな人だったから……。そんな彼が引き籠り……一体何があってあんな風に変われたのかが気になり、つぐみ程ではないが彼の話により耳を傾けていた。
「僕が変われたとしたら、それは周りにいる仲間のおかげ。だからさ、もしつぐみさんが心から変わりたいと願うなら、僕と同じように仲間が助けてくれるはず。いるよね、つぐみさんにはそういう仲間が」
「助けてくれる仲間……はいっ、もちろんですっ」
あたしとモカへと視線を向けた後に紅さんへ可愛らしい笑顔を浮かべるつぐみ。そんな真っ直ぐなつぐみが眩しくて、そして照れ臭くて少しだけ彼女から顔を逸らしてしまう。
しかし、確かにつぐみが本気で何かを願っているのなら、変わりたいと思うのならあたしたちはつぐみの助けになるだろう。そもそも紅さんに頼らなくたって、
「あはは、やっぱり僕は師匠なんて柄じゃないよ。僕だって未だ学ぶ日々だから。それに、つぐみさんには僕よりも大事なことを教えてくれる人たちが側にいるんだし」
そう言ってあたしたちへ視線を回す紅さん。本当に大切なことは他人よりも、身近にいる人たちが教えてくれると彼は伝えたいのだろう。大事なことを教える、と言われると少し難易度が高く感じられるし、本当に自分たちがつぐみを導けるかと言われると少し不安な部分もある。
だけど、つぐみや他の誰かのために力になりたいと言う気持ちは本物だし、それに不思議なことに、彼がそう言うと本当にそれが可能だという気にさせられる。もう何度思ったか分からないが、紅さんは本当に不思議な人だと思わざるを得ない。これは単に人間じゃないって理由でなく、彼自身の人柄によるものであることは間違いないだろう。少なくとも
「ごめんなさい。僕はきっと、師匠としてつぐみさんに何かを教えることはできないと思う。けど、つぐみさんのしたいと思うことなら僕も力になりますよ」
「(そういうところが慕われてるの、気付いてるのかなこの人……)」
結局つぐみの弟子入りは果たせなかったものの、彼女にとっての彼の位置付けがまた更に上がってしまったのは間違いない。つぐみの様子も、落胆したというよりはより眼を輝かせているように見えたから。変に気を張りすぎて空回りしなきゃいいけど……そこはあたしたちがしっかり見守るしかないよね。
「だから、本当にごめんなさい」
「い、いえいえ! そんな謝ることありませんよ! 変なこと言って迷惑かけたのは私の方ですし……それに、みんなのことそんな風に言ってくれて、凄く嬉しかったから」
自分のことよりもあたしたちのことを良く言われて喜べるのがつぐみのいいところだ。他人と比べて自分は……なんてつぐみは言ってるけど、そんな言葉が出てしまうのも心の中であたしたちのことを強く想ってくれている故なんだ。
頑張り屋で、何かとメンバーの支えになって、人の良いところを見つけるのが上手な女の子。あたしはつぐみには十分な個性があると思っている。そんなつぐみだけのいいところに、もっとつぐみ自身が尊重してくれればいいんだけど……。
「じゃあさー、もっとつぐやあたしたちのこと知ってもらうためにさ、紅さんに明日のライブ見に来てもらおうよ」
「あっ、それいいねっ」
「マジか」
その時、モカが目をキラリと光らせてそんなことを言い出した。今度のAfterglowのステージに招待する……まあなんと言うか、ありきたりな展開だな。嫌いじゃないけど。
「あの、紅さんっ。明日の午後なんですけど、来てくれますか?」
「はい、もちろん」
二つ返事とは恐れ入った。明日のことなんていきなり言われても普通は少し躊躇うものだけど、一切の迷い無く即決断できる様にはほとほと驚かされる。しかも無理をしているわけでも無く、心から自分のしたいことをしているのだと彼の顔からそう感じられた。我が道を行く……彼は言葉通りの王様のようだ。
さて、せっかく来てくれるんだし無様な姿は見せられないな。元々手を抜くつもり無いし彼がいようがいまいが関係なく演りきるつもりだけど、Roseliaと肩を並べるステージを披露した彼の前で醜態は晒せないよね。
「期待していいですよー。蘭の歌ちょーエモいから」
「うんっ。ステージに立つ蘭ちゃん、すっごくカッコいいんですっ」
「ちょっと、今からそんなに持ち上げないでよ」
ともあれ、こうして改めて彼と音楽を通して知り合えたのはあたしにとってもいい機会だったかも知れない。以前は
さて、明日の演奏で彼を唸らせられるかな。
そう密かに思い立っていた時、羽沢珈琲店の扉が再び開かれた。
「いらっしゃいませ! あっ、ヒナさん!」
「やっほーイヴちゃん! おねーちゃんたちのライブまでまだ時間あるからねっ。あ、いつものコーヒーとミニサンドイッチお願いっ」
太陽がそのまま遠慮せずに入ってきたかのようなキラキラした輝きを放つのは、同じ高校の先輩でもある日菜さんだった。ハツラツと周りに元気を振り撒く……というより撒き散らしていく姿にはいつも圧倒されるが、そんな彼女はこちらの席……正確には紅さんに目をつけた途端に静かになり、ずかずかと大股で歩いてきた。そしてあたしたちへの挨拶も程々に、彼女は身体をぐいと紅さんに寄せて顔を近づけさせていた。背中を押せばすぐに唇同士が付きそうなほど近づき、日菜さんはじっと紅さんの顔を見つめていた。
「ライガ。あたし、ちょっとだけ怒ってるんだからねっ」
「は、はい……理由は分かってます」
何があったんだろう、日菜さんが怒るなんて。彼女がそんな感情を表に出すという事態が想像付かず……いや、訂正……あたしすごく心当たりがある……前もキスしてたしそう言えば……。
そして少しだけ顔を話した日菜さんは、今度は優しげな声で語り出した。
「でも、ちょっとだけだから。おねーちゃんはライガのこと悪く言ってないし、しっかり答えを出してくれて感謝してるって言ってたから……おねーちゃんのこと泣かせたの、これ以上は怒らないよ」
やはり紗夜さんの件だ。日菜さんが紗夜さんのことを慕っているのは分かっていたし、その姉に何かあれば日菜さんは黙ってはいないのだろう。
「(……ん? 泣かせた?)」
あれ? そもそも紅さんと紗夜さんってどういう関係なんだ? あたしもしかしてまだ何か勘違いしてる? てっきり内緒で二人付き合っているものと思ったし、だからこそリサさんがあの時あんな泣きそうな顔をしていたんだと考えていたけど……紗夜さんを泣かせたって、もしかして紅さん……。
「あ、そうだ。あたしも聞こうと思ってたんだ。紅さん、リサさんのことどうしてフったんですかー?」
「えっ!?」
モカから更なる爆弾が投下され、つぐみと二人揃って声を上げてしまう。リサさんをフった!? え、つまり何? 紅さん、リサさんから告白されたわけ? で、紗夜さんを泣かせたって……紗夜さんのこともフったってこと?
「か……帰りたい……」
本人ではないけど彼のその気持ちは分かる。こんな気まずい空間に放り出されれば誰だってそう思うだろうに……。
ただ、紅さんの顔が本当に困っているようだから流石に助け舟は出さないと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんなさい……助けてもらっちゃって」
「いや、あたしらもなんか騒ぎ過ぎちゃったし、紅さんが悪く思うことないですから」
結局あの場を蘭さんに収めてもらい、僕らは店を出て二人だけで街を歩いていた。もう少し珈琲の味を堪能していたかったけど仕方がない。何なら僕の自業自得でもあるわけだし。
だが今も特に目的はなく、Roseliaのライブの時間までぶらぶらと時間を潰すくらいだ。幸いにも美竹さんはさっきの件……リサさんと紗夜さんについての話を聞き出して来ようとはせず、僕としても気が楽にいられた。しかし美竹さんがわざわざ僕と一緒に歩く理由も分からず、再びこちらから話そうとした時、美竹さんはこちらに振り向き口を開いた。
「この間、藍瑠から連絡があったんです」
「藍瑠さんから?」
ふと話しかけてきた美竹さんの口から飛び出したのは、あの時の同胞の少女の名だった。藍瑠さんは人間ではなく僕と同じファンガイアだ。しかし音楽にかける情熱は本物であり、いつしか美竹さんとの間には種族の垣根を超えた友情が生まれていた。あの友達思いの優しい少女のことだ、何かしらの連絡はするかもとは思っていたけれど、実際にその通りになっていて内心とても安堵していた。
「はい。藍瑠、父親に音楽を続けること、許してもらえたって」
「っ、本当ですか!? っはは、よかった……」
更に嬉しいことに、彼女は父親から音楽を許してもらえたのだという。よかった……ちゃんと父親と話せたんだ。それも音楽を続けられるようになって……こんなに愉快で嬉しいことはなく、溢れてくる笑顔を抑えることは出来なかった。
「……紅さん、前にあたしに言ってましたよね。自分は酷い王様だって。でも、あたしにはやっぱりそうは思えない。紅さんは今だって藍瑠のことを自分のことのように喜んでる。つぐみのことだって、出会ったばかりなのに親身になってくれてさ。酷いなんてことはない、優しい人だと思うよあたしは」
「それはどうかな……」
藍瑠さんの件で心から喜んでいたのは事実だけど、それだけで優しいと認定されるのは少し早計かもしれない。何せ僕はつい最近も、二人の少女を傷つけたばかりなのだから。
「さっきも少しだけ話題になったけど、僕、リサさんと紗夜さんのこと傷付けてしまったし……」
「……」
先程は美竹さんが収めてくれたために皆にまで話すことはなかったが、今は少しだけ話すべきだと思った。少なくとも、それで僕がただの優しい人でないことは分かるだろうという思いもあっただろうから。
「彼女たちから想いを告げられて、でもすぐに答えが出せなくて二人を苦しめてしまった。答えを出すまでに随分時間をかけて、そして結局は想いに応えることはできなくて、彼女たちの音楽を余計に傷付けた」
僕は更に美竹さんに説明を続ける。僕が二人の告白に応えなかったのは、自分の心がそれが望ましいと叫んだから。今の僕は心の底から彼女たちを欲しいとは思えなかった。僕の心を半分預けてもいい相手だとは思えなかった。そう、結局は恋愛ではなく親愛だったのだ。そんな想いの中で付き合うことは出来ないし、向こうだって望まないはずだ。
そんな僕自身の心の声が聴こえたからこそ、僕は彼女たちの願いよりも自分の願いを優先させて、二人の想いを拒絶した。
「まあ、こんなところです。僕は優しい人なんかじゃありませんよ。結局は二人のことを傷付ける道しか選べなかった男ですから」
軽く説明するつもりが自然と熱がこもったのか、自身の想いまで口にしてしまい、心を冷やすためにも深く息を吸って呼吸を整える。今の話を聞いて美竹さんはどう思うのだろうか。失望か、それとも同情か、少なくとも評価が上がることはないだろうと、自分で話しておきながら変なことを気にするものだと自嘲する。
「少しだけさ、あたしの考えを訂正するよ……」
僕が話し終えてからしばらくして美竹さんが言葉を紡ぎ始める。考えを改めるということは、やはり僕は褒められるような人じゃないっていう下方修正だろうか。しかし今は話している美竹さんに集中し、静かに耳を傾けていた。
「つぐみはさ、紅さんのこと普通じゃないって言ってたし、あたしもずっとそう思ってた。あたしたちとは住む世界がまるで違う凄い人なのかもって。でも……少し違ったかも」
「違う?」
「はい。紅さんは……普通の男の子なんだなって」
「え……?」
美竹さんの言葉に思わず声を漏らしてしまう。僕が普通の男の子……? 今まで自分をそう思ったことはないし、普通にはなれないと諦めてすらいた。
だって、僕が本当に普通の男の子だったらあの時、あの少女に拒絶されることもなかったはずなのに……。
「紅さんは人の想いに寄り添えるし、他人の想いのために悩むことができる。それって大事なことだけど、でも全然特殊なことじゃないと思うんです。さっきまではあたしもつぐみも、紅さんのことを迷わない人だと思ってましたけど、そうじゃなくて普通の人のように悩んだり迷ったりするんだって知れて……少し安心しました」
「安心?」
「藍瑠もそうだったけど、紅さんもあたしたちと同じで、ありふれた感情を持つ人なんだって。迷って、悩んで、それでまた一つ前に進んで……人間とか怪物とか関係なくて紅さんも普通の男の子なんだって思えたから」
「……」
美竹さんの言葉に思わず言葉を失い黙り込んでしまう。まさか僕のことを「普通の人」なんて言ってくれる人がいるとは思いもしなかったからだ。人間から見ても、そしてファンガイアから見ても異常な力を持つ僕は、どうあがいても普通の存在にはなれないものだと諦めていた。「普通」に憧れていたわけではないけど、他人と大きく違いすぎることで嫌な思いをしてきた分、どうしても「自分が普通だったら」というifを想像してしまうことも偶にあったくらいだ。だからこそ、僕を普通の人だと言う美竹さんの言葉には面食らってしまったのだ。
「気を悪くしたならごめんなさい。でも、普通って言っても悪い意味で言ったわけじゃ──」
「ううん、むしろ嬉しいです。僕のことを普通の人なんて言ってくれた人、他にいませんでしたから。みんな僕を『特別』だって、そればかり聞いてずっと育ってきたから」
幼い頃からずっと「自分は特別だ」と聞かされてきたせいで、そう思い込んでいただけなのかも知れない。本当は美竹さんの言う通り、僕も心は普通の人と同じなんだと。僕が好きな人たちともかけ離れてはいないのだと。そういうことだったのかも知れない。それが今は、少しだけ嬉しく感じていた。
「王様って、やっぱり大変なんですね」
「そうですね。でも恋ほど大変じゃないかな」
「いや、紅さんの場合いくら何でもいきなり難易度高すぎだと思うんですけど。あの二人から迫られて答えを出してなんて……よくやったと思いますよ、あたしは」
「ふふ、そうですかね?」
「後先考えないで付き合うよりはよっぽどマシな選択だと思いますよ」
「かもね」
途端に気分が軽くなったような気がして、笑みが零れ始める。さっきまで面に張り付いていた自嘲的な笑みは消え、力を込めない自然な綻びが顔に表れていた。
「あ、でも一つ言っておきますけれど、つぐみのこと泣かせたら許しませんよ」
「泣かせるかも知れない前提の話なんですね……」
「それは……まあ、つぐみが男の人にあんなに目輝かせるの初めて見たしさ、リサさんとかの二の舞にならないかって心配で」
それは流石に心配しすぎではないかと苦笑するも、出会ってからそれ程時間の経っていないリサさんたちとああなってしまったのだから、必ずしもないとは言い切れない。
しかし、これ以上はなるようになるしかない。僕は僕の心の声に従う、そう決めたのだから。
♬〜♬〜♬〜
「っ」
「?」
その時、僕の耳にブラッディ・ローズの調べが聴こえてきた。
歌うような綺麗な旋律ではなく、嘆きや悲鳴のようなおどろおどろしい音が響き渡る。
無論、その音は美竹さんには届いていない。聴こえるのは僕だけ……人の心の音を守れと願う父さんの想い、そして僕自身の想いがあってこそ、薔薇の調べはこの心に響き渡るのだ。
「すいません、僕行きます!」
「えっ? 行くって、急に何を──」
「僕には僕のやりたいことがあるんですっ。じゃあまた後で……CiRCLEで!」
美竹さんに束の間の別れを告げ、僕は走り出す。
人の心に流れる音楽を守るため。
僕が尊いと感じるものを壊させないために。
そして、走り行く僕の心には新たに灯る自信があった。
──『紅さんも普通の男の子なんだって』
僕は僕だ。
だけど、それは他人と離れているということではない。
僕の中には、間違いなく他人と同じである「普通」な僕もいる。
──人の痛みが分からない王であってはならない。
そんな言葉を誰から聞いたのだろうか。もはや遠い記憶のことで覚えていないが、僕の中に残り続ける王の賦質の一つだった。人の痛み、即ち心。それを理解するには常人離れした感性では到底かなわない。しかし、僕の中には普通の人のような部分があるのなら、僕は皆をより良い方向へと導くことができる。
僕は決して異常ではない。
そうだと言える微かな自信を得られたからか、今の僕の音楽はとても温かな響きを奏でていた。
アンケートは終了です。
以下が結果になります。こうなりましたか……。
最終的に麗牙が結ばれるとすれば相手は誰であってほしいですか?(※予想ではなく貴方の希望でお答えください)
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友希那
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紗夜
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リサ
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あこ
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燐子