ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『羽沢珈琲店で再会した蘭から藍瑠の吉報を聞いて喜ぶ麗牙。そんな彼を蘭は普通の男の子と評し、麗牙もまたひと時の安堵を得る。自分はただ異質なだけじゃないという自信を胸に、麗牙は今日も戦う』


第61話 与えられた称号に

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

 奏でられる笛の音と共に世界は闇に包まれる。

 

 漆黒の世界の中心に立つ紅の鎧が、浮かび上がる巨大な三日月に向けて高々と右足を振り上げる。

 

 直後、右足を固く封印する鎖が砕かれ、地獄の門が開き紅い悪魔の翼が顕現した。

 

「ふっ」

 

 身体を支える左脚のみで、紅の戦士は天高く跳び上がる。輝ける星の如く高く舞い上がった戦士は、空の下でその最大の武器である右脚を突き出し、自分から逃げようとする異形へと狙いを定めていた。

 

 そして……。

 

 

「ハァァァァァァァァァァァーーッ!!」

 

 

 激しく急降下を始めた戦士は紅き矢の如く、目標の胸部へと吸い込まれるようにその脚を突き刺した。

 

「グゥォォォォォァァァァ──」

 

 ダークネスムーンブレイク──王の断罪による一撃が異形を貫き、その身体は忽ちステンドグラス状に固まってしまう。そして紅の戦士──キバが悪魔の翼広げし脚を踏み抜いた途端、ガラスが割れるような派手な音を立て、色鮮やかな破片を飛び散らせて異形の身体は砕け散ってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 暗雲が消え去り、青空が蘇ると共にキバの鎧は消え去る。変身を解除した麗牙は一息つき、己が消し去った命へひと時の祈りを込めた後、振り返って自分が助けた少女の元へと駆け寄った。

 

「大丈夫だった? あこちゃん」

 

 ふわりとしたツインテールが可愛らしく揺れる少女──あこもまた、そんな麗牙へと目を輝かせては叫んでいた。

 

「はいっ。でもでも、やっぱりカッコいいですキバ! さっきもこう、ババーンって……いや、クアッって感じで?」

 

「あはは……うん、一応ありがとうとは言っておくよ」

 

 先程のつぐみに全然負けていない、下手すればそれ以上の輝きを放つあこの眼に苦笑しながら、彼はあこを連れてその場から歩き出すのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あこちゃん、これからライブだよね。大丈夫?」

 

 元気に僕の隣で並んで歩くあこちゃんだけど、さっきまで襲われていたこともあり、心身ともに無事なのか気になって声をかけていた。例え怪我が無かったとしても、命の危機に瀕したという経験は後の人生に響く場合がある。だからこそ、彼女のことを本気で心配していた。

 

「大丈夫です! 怪我もないし、それにこれからRoseliaの超カッコいいライブが始まるんですよっ。超超超カッコいいキバも近くで見れたしっ、今のあこに何も怖いものなんてありませんっ」

 

「僕のお陰で勇気付けられたって解釈でいいのかな?」

 

「もちろんですっ」

 

 しかし杞憂だったようで、あこちゃんの顔からは微塵も不安なんてものは感じられなかった。健吾さんも少し話していたけど、本気でキバのことをカッコいいと感じているのか彼女の興奮は止まるところを知らない。

 

「それに健吾さんから聞きました。あのキック? 『ダークネスムーンブレイク』って名前だなんて……考えた人は天才なんですかね!?」

 

「わ、技名のことはあまりツッコまないでほしいな……」

 

 最近その名前も少しだけ恥ずかしくなってきているので、あこちゃんから視線を逸らしつつそう懇願する。そんな語る口が減らないあこちゃんと話を続けながらも、しかし僕は一つの懸念を抱いていた。今回あこちゃんが襲われていたのはほんの偶然。隠れて人間のライフエナジーを吸い続けていたファンガイアに偶々出くわしてしまっただけだ。

 しかし最近よく思うのだ、今後は偶然とかではなく、意図的に狙われる可能性も増えてくるのではないかと。以前にリサさんがそうだったように、キングである自分が共にいることで狙われることがあってもおかしくはない。キングのことを嫌う輩は多いし、そのせいでRoselia自体に危険が及ぶ可能性があるからだ。これがTETRA-FANGだったら大体返り討ちにできるんだけど……そんな風にこれからの身の振り方についても考えようとしていた。

 

 しかしそんな時だった。

 

「それにさっきの麗牙さんの口上、もう最高にカッコよかったですし! 『王の判決を言い渡す……死だ』って──」

 

「っ、あのさっ、あんまり振り返さないでほしいんだけど。それにさ……一応僕、これでも相手の命を奪っているんだから」

 

「えっ、ぁ……それは……」

 

 あこちゃんの言葉をこれ以上受け流すわけにもいかなくなり、そのために少しだけ声のトーンを落として彼女に言葉を投げ掛ける。ファンガイアとして、そして友人として、あこちゃんにはそれ以上の言葉を告げさせるわけにはいかなかったからだ。キバのことをカッコいいというのは構わないが、ことこれに関しては少しだけキツめに言っておかなくてはならないかもしれない。

 

「あこちゃんから見たら人食いの怪物かもしれないけど、彼らだってしっかり生きてる。あこちゃん、僕も同じ怪物だってこと健吾さんから聞いてないの?」

 

「……はい……知ってます」

 

 あこちゃんは僕がファンガイアだということは一応知識としては持っていたようだ。しかし、それ以上にキバがファンガイアを討つ光景をヒーローショーか何かのように思っているのではないか……僕にはそう感じられたのだ。

 

「僕は出来れば変身なんてしたくない。戦いたくはない。同胞を殺すのなんて本当は嫌なんだ。さっきの人だって、きっと死にたくはなかったはずだよ」

 

「……」

 

 あこちゃんはただただ静かに俯くだけだった。そして僕も、最近は滅多に吐かなくなった本音をついあこちゃんにぶつけてしまっていることに気付いて短く息を飲む。

 しまった……ちょっとばかり言い過ぎたかも知れない。殺すだの死ぬだの、そんな物騒な話を中学生の女の子にすることじゃないというのに……。

 

「ごめん、少し強く言っちゃったかも。でもあこちゃんにはさ……悪い怪物が死んだからって、喜んで欲しくないんだ……」

 

 弱々しく僕から目を逸らすあこちゃんの前で少し屈んで、目線を彼女に合わせて優しく語りかける。そもそも僕は怒っているわけではない。ただ、そこにあった命のやり取りを「カッコイイ」の一言で片付けて欲しくはなかっただけだ。あこちゃんだって優しい女の子のはずなのだから、命のやり取りに輝けるような目を向けて欲しくはなかったのだ。

 

「ごめんなさい……あこ、麗牙さんが戦うこと……キバの活躍とか、自分の目線でしか考えてなかった……」

 

「いいよ、分かってくれるなら。それにね、あこちゃんがキバのことカッコイイって言ってくれるのは僕も嬉しいし」

 

 戦うこと自体は好きじゃない。命の奪い合いも嫌いだ。だけどキバの鎧そのものは僕は嫌いではない。夜が好きな僕にいつだって夜をもたらしてくれるキバ。僕の望む世界を見せてくれるキバ。僕が変身する今のキバ(・・・・)だって、僕の髪や瞳のような燃えるような真紅で親近感がある。そんなキバを好きだと言ってくれるあこちゃんのことを、僕は心から嬉しく感じている。

 

「それにさ、僕あこちゃんにはお礼も言いたいんだ」

 

「え?」

 

 キバを好いてくれたこととは別に、彼女には伝えたいことがあった。

 

 その名(・・・)を使った今だからこそ、言える言葉が。

 

 

「あこちゃんなんだよね。『仮面ライダー』って名前を付けてくれたの」

 

 

 ただ同胞を殺すための存在であったキバに与えられた、もう一つの名前──仮面ライダーキバ。その名前を得られたことは、その時はむず痒く感じていたけれど、今ならば胸を張って喜ぶことができた。

 

 仮面ライダー。

 

 もう二度と聞くことはないと思っていたその称号(・・)と再会できたのは、果たして偶然なのだろうか。それは僕には分からない。

 

 ()だったら……分かるのかな……。

 

「は、はい……あの、もしかして迷惑とかでした?」

 

「全然そんなことないよ。むしろ嬉しいっていうか驚いたっていうか……あこちゃんがその名前を口にするなんて思いもしなかったから」

 

「え? どうしてですか?」

 

 間違いなく「仮面ライダー」という言葉はあこちゃんが生んだ名前なのだろう。

 

 少なくとも、この世界では。

 

 そう、僕は既にその名を知っていた。

 

 そして僕は、抱いた驚愕の理由をあこちゃんに告げた。

 

 健吾さんやアゲハにも話したことのない、僕だけの物語の一端を……。

 

 

 

 

「僕、一度だけ会ったことあるんだよ。通りすがりの仮面ライダーに」

 

 

 

 

「通りすがりの……?」

 

「ああ、気にしないで。そこは自称だから」

 

 今この街にいる者で彼を知るのは多分、僕とキバットだけだ。彼の存在は今のところ愛音にも健吾さんたちにも話してない。というか話しても信じてもらえないだろうな、あんな滅茶苦茶な……いや、これ以上は思い出さないでおこう。アレ(・・)痛かったっていうかちょっと(くすぐ)ったかったし……。

 

「その人が言ってたんだ。あこちゃんの言った『仮面ライダー』っていう名前の戦士は無数に存在するって」

 

「仮面ライダーが無数に……」

 

 あこちゃんは世界中に僕みたいなのが何人いると考えているんだろうけど、残念ながらそれは少し違う。虚無の中に無数に広がる並行世界(パラレルワールド)に、彼らはそれぞれの時代と共に存在していた。時代も世界も法則もバラバラ……しかし、どの世界にいても彼らには決して変わらない共通項があった。

 

「気高き魂を宿し己の正義を貫く、自由と平和の戦士。それが仮面ライダー……らしいって」

 

 短いながらも彼が語った「仮面ライダー」という存在。それは当時の僕からすれば、とてもではないが到底及ばない人たちなのだと尊敬の念を抱いていた。彼は僕のことも「仮面ライダー」と言ってくれたが、そんな彼らと同列に語られるのが恐れ多くもあった。

 

「だからさ、偶然でもあこちゃんが仮面ライダーって名前を僕に付けてくれたのが、今はすごく嬉しいんだ」

 

「キング」という鎖に未だに繋がれたままの僕は「仮面ライダー」では無いのかもしれない。しかし、僕が守りたいと願った者たちを守る時、その時だけは僕もその存在になれるのだと確信していた。だからこそあの時、僕はレジェンドルガに向けて宣言したのだ。僕は仮面ライダーキバだと。

 

「だからさ、ありがとう。あこちゃん」

 

「は、はい……!」

 

 僕に誇れる名前を付けてくれたの少女に礼を告げて笑顔を向ける。単に敵を殺すだけのキバではない、誰かを守るための称号を与えてくれたことに心からの感謝を込めて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはごめん。ちょっと厳しいこと言っちゃって」

 

「いえいえそんなっ。そもそもあこが無神経なこと言ってしまったから……。麗牙さん、その……麗牙さんはこれからどうしようって考えてるんですか? その……リサ姉や紗夜さんのこともあって……」

 

「……本当はさっきまでさ、リサさんや紗夜さんとか関係なく、Roseliaのみんなと距離を置いた方がいいのかなって考えてた。ファンガイアのキングである僕のせいで、みんなが命を狙われるなんてことも普通に考えられるから」

 

 誰にも語らなかったことを話したからだろうか、つい先程まで考えていたことまであこちゃんに打ち明けていた。おかげであこちゃんに不安そうな顔を浮かべさせてしまっていた。

 

「っ……やだ……あこは嫌です。せっかく仲良くなったのに会えなくなるなんて」

 

「うん、僕も嫌だ。だから、自分のやりたいようにやろうって思ったんだ」

 

「やりたいように?」

 

 みんなのことを考えた時、僕は手を引くべきなのだろう。しかし僕は嫌だと……みんなから離れていくのは嫌だと、僕の心の声が叫んでいたのだ。ならば僕は引くわけにはいかない。背くわけにはいかない。

 

「僕は僕の心の声に従う。そう決めたんだ。Roseliaともこれからも音楽で繋がっていたいっていう心の声に」

 

「心の声……」

 

 あの日、友希那さんに言われて気付けた自分の本当の望み、それが心の声だ。僕はもう自分の心に背いたことはしない。リサさんと紗夜さんの告白を断ったのもそれが理由であり、自分の今後の生き方になるのだから……。

 

「前に行ったよね。人はみんな心の中で音楽を奏でているって。それはその人の本心そのものでもあるんだ。僕は、もう自分の心から逃げない。僕は僕の望むままに生きるって決めたんだ」

 

 もちろんそこには矛盾だってある。僕の心はファンガイアを殺したくないと叫び続けている。しかし僕の「人間とファンガイアの共存」という望みのために、僕はキングとして掟に背く同胞を処刑し続けてきた。「逆らう者は死」その言葉が嫌で一度二度ファンガイアの掟に立ち向かおうとしたけれど、結局その言葉だけは変わることはなく、今後も変わることはないのだと半ば諦めてきた。

 だけど今なら……「仮面ライダー」という名を貰った今なら何かを変えられる、何かいける気がする……曖昧だが、未来に対する確信めいた希望が感じられたのだ。

 

 だからこそ、図らずともその名前を生んでくれたあこちゃんには感謝しかない。希望を感じさせるその名前と共に、もう一度僕の抱える矛盾に立ち向かおうと思えたのだから。

 

「今の麗牙さんの望みって……やりたいことって何なんですか?」

 

「とりあえずはRoseliaとも離れないこと。僕のせいで何かあれば絶対守るし、僕の望む世界を実現するために人間もファンガイアも守る。あとはTETRA-FANGもヴァイオリンも続けていくことと、それから父さんの曲と……えっと……今言えるのはこのくらいかな」

 

「えっへへっ、すごくいっぱいやりたいことあるんですね麗牙さんっ」

 

 わがままだとは自分でも思ってる。あまりにも望むことが多すぎてあこちゃんの顔から笑みが溢れているくらいだし。だけどそれは決して嘲るようなものではなく、純粋に願い事を多く持つことに対して楽しく感じているだけなんだろう。彼女の心から響く愉快な音楽がそれを確信させていた。

 

「少しくらい強欲じゃないと王様は務まらないよ。今日だってRoseliaのライブを見るために自分の仕事も早く終わらせたんだし」

 

「っ! じゃあ麗牙さん、今日のライブ来てくれるんですねっ!?」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「い、言ってないですよ〜! リサ姉と紗夜さんは来てくれるって言ってましたけど、あこ本当はちょっと心配してたんですよ?」

 

「あはは、まあ仕方ないよね」

 

 あんな結末を迎えてしまったのだ。きっとその顛末を聞いているあこちゃんが不安になるのも当然の帰結だろう。だがそれも僕の言葉と共に消えていき、眩しいまでの笑顔を浮かべていた。

 

「じゃ、早く行きましょう! リサ姉たちが待ってるよ!」

 

「っと!? あははっ、元気だなぁあこちゃん」

 

 居ても立っても居られなくなったのか、あこちゃんは僕の手を取るとそのままCiRCLEに向けて走り出した。早く僕を会場入りさせたいのか二人に会わせたいのか分からないが、今のあこちゃんからは何としても僕を連れて行くというパワーが満ち溢れていた。彼女の人懐っこさには僕も思わずにやけてしまうほどだった。

 

「(うん……やっぱり僕は、このままRoseliaとも音楽で繋がっていたい)」

 

 音楽は人と人とを結ぶ。それがとても心地いいから辞められないし、関わりを断つこともしたくない。音楽を好きでいればきっとこれからも多くの人と繋がることができるし、そしていつかあの子(・・・)とも再び繋がることができる。そう信じていたから……。

 

「あれ? あこ? それと……」

 

「あっ、前のライブにいたカッコいい人!」

 

 あこちゃんにかけられる二つの声に、またも出会いの予感が僕の胸を揺らしていた。

 

「あっ! おねーちゃん! ひーちゃんも!」

 

 何となく、また音楽が繋げてくれたのだという確信が持てた。

 

 そんな出会いがあるからこそ、僕は僕の音を奏で続けたい。

 

 それが今の僕の心の声だから。




某手強いシミュレーションのために遅れ気味です。
感想(という名のやる気)、お待ちしております。
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