開演まで三十分を切ったCiRCLEの楽屋は、既に今日のライブに参加するグループで満たされていた。アタシたちRoseliaも全員集まり、自分たちのステージが始まるまでの細かい調整などを各自で行なっているところだった。
「(アタシ……麗牙の前に立てるよね……)」
自分の赤いベースに気になる点が無いか確認しながらも、アタシは彼が本当に見にきてくれるかが少しだけ心配になっていた。麗牙にフラれた後、アタシは未だ彼と直接会ってはいない。だけどこのライブはどうしても見にきてほしくて、その趣旨を麗牙にメッセージとして送信し、彼からも見に行くという返事をもらっている。だと言うのに、アタシはまだ心の内側が騒ついて仕方がなかった。
「リサ、どうしたの? さっきからじっと床を見て」
「えっ? あ、いやぁ、少し放心しちゃって。疲れてるのかなぁって、あははぁ……」
「……」
友希那がアタシを見る目はどこか鋭い。何も話さないけど、全部見抜かれているみたいで少し情けなくもなる。まあ仕方ないよね。あんな結末になってしまった後に、彼は本当にアタシのことを見てくれるのだろうか……アタシは彼のことを見ることができるのだろうか……。そんな不安が胸に残り、どんどんと心臓の高鳴りも大きくなっていく。そもそもアタシが告白なんてしなければこんなことにはならなかったのに、何自分勝手なこと言ってるんだろうって、少しだけ自己嫌悪に陥ってしまう。
「今井さん」
「紗夜?」
「あなたが何を考えているかは分かります。多分、私も同じ気持ちですから……」
そう言って紗夜は胸に手を当て、アタシと同じように神妙な顔つきで何処でもない虚空を見つめていた。そうだよね、麗牙に思いっきり失恋したのは紗夜だって同じだもん。再び麗牙の前に立ってライブできるのかって、紗夜も本当は不安なはずだよね。
「あこも言ったでしょう。麗牙はRoseliaのステージを見に来るって。どの道、あなたたちは逃げることは出来ないし、私がそんなことさせない。誰が相手でも関係ない、私たちは私たちの音楽を奏でるだけよ」
「……うん、そうだよね」
相変わらず友希那は力強い言葉をくれる。そうだ、アタシは一人でバンドをしているんじゃなく、みんなでRoseliaという一つの薔薇となってここにいるんだ。Roseliaはいつだって華やかに強かに咲き誇る最高のグループで、アタシ一人のものじゃない。観客に誰がいたって関係なく、いつも通りの音を奏でる。そうでなければ、聴きに来てくれた他の人たちに申し訳が立たないだろうから。
それにしてもアタシたちの音楽……か。今のアタシの音楽は一体どんな色をしてるんだろう。麗牙がいたらきっといつものように教えてくれたんだろうな……ってダメダメっ、アタシまた麗牙のこと考えて……。せっかくスパッと諦めようとしてるのに、こんなんじゃまた麗牙に迷惑をかけてしまう。
一刻も早くいつも通りの自分に戻らなければ……そんな焦りが生まれ始めた時だった。
楽屋の扉が開き、一人の少女がアタシたちの元へとやってきたのだ。
「やほ……元気?」
「愛音っ?」
なんと愛音が一人でライブ前の私たちの応援に駆けつけてきてくれた。いつも誰か(殆どアゲハだけど)が隣にいる印象のある愛音が一人でいることに少しだけ驚くも、相変わらずの眠たそうな目を向けてくる彼女の前ではそんな気分もすぐに収まってしまう。
「不肖の兄が迷惑かけた……私からも謝る……」
アタシと紗夜の前に立った愛音は、「ごめん」と小さく呟いて可愛いくぺこりと頭を下げていた。まあ、麗牙の妹だもんね。話の一部始終は知っていてもおかしくないのだけど、それで愛音が頭を下げる理由もない。
「愛音が頭下げることなんてないよ。何なら麗牙だって謝ることもなかったのに……」
「はい。私たちは勝手に好意を向けてフラれた、ただそれだけの話ですから」
そう、紗夜の言う通りただそれだけの話。だけど、その「それだけ」がアタシたちにとってはとてつもなく辛い経験となってしまったわけなんだけどね。愛音はそんなアタシたちの言葉を聞いて少しホッとしたような表情を浮かべ、そして提げた鞄から小さな端末を取り出した。
「よかった……もし根に持ってたら……これ、聴かせられなかったから……」
「聴かせるって……?」
愛音が取り出した端末はよく見る音楽プレーヤーだ。既にイヤホンが繋げられていて、いつでも試聴準備万端といった状態だった。それを愛音はアタシたちに向けて差し出してきて……。
「TETRA-FANGの新曲……まだ試作だけど、今は二人に聴いてほしいって兄さんが」
「紅さんが……」
「アタシたちに……」
まさかこんなタイミングで新曲を持ってくるとは思いもせず、アタシたちの微かな声が部屋の中に消えていく。心の奥で騒ぐ自分を抑えきれず、愛音が差し出した端末を手に取りイヤホンを片耳に付ける。そしてもう片方のイヤホンを紗夜に渡して、アタシたちも聴く準備は整っていた。
「うぅ、いいなぁ……リサ姉と紗夜さん……」
「わたしも……聴いてみたいな……」
「……っ」
まだ再生してもいないのに、羨望の眼差しがRoselia全員から向けられる。友希那は何も言わないけど、その視線から興味を持っているのは明らかだった。だけど譲るわけにはいかない。せっかく麗牙がアタシたちにと送ってきたものだから、今はアタシたちがこれを聴くべきなのだろう。
そして紗夜と顔を合わせ、アタシたちは二人で再生ボタンを押した。
♬〜〜♬〜〜
直後、アタシたちの耳には普段のTETRA-FANGらしからぬ明るいアップテンポなリズムのメロディが流れてきた。晴れた空の下を元気よく走るような、希望と自信に満ち溢れたような音楽がアタシたちの身体を包み込む。晴れやかな気分にさせてくれる太陽のようなその音は、間違いなくアタシが大好きな旋律だった。
そして、アタシたちが待ち望んだ彼の歌声が響き渡った。
♪〜
「(っ……この麗牙の声……すっごく楽しそう……!)ふふっ」
イヤホンから聴こえてくる楽しげな麗牙の歌声に、つい声を上げて笑みが零れる。音だけじゃなく歌詞までがとにかく希望に満ち溢れていたからだ。今までこんなにも明るい彼の曲を聴いたことがあっただろうか。「Message」も確かに明るかったけど、それでも他の曲と比べてなだけで朝焼けくらいの仄かな光だった。しかしこの曲は朝焼けなんて比ではない。今までのTETRA-FANGならばどこまでも「夜」の印象が強かった麗牙の曲だけど、この曲は正しく真昼間の……アタシが彼を導きたかった青空の下のような明るいものだった。
「(麗牙……こういう曲も歌えるんだ……っ)」
麗牙の歌う希望に満ちた青空のような曲が嬉しくて、どんどん聴き入ってしまう。
「自分」という存在を、そして「相手」という存在を肯定する。
どんな個性もアタシ自身。
どうあがいてもアタシはアタシでしかない。
それは麗牙も同じ。
そこには悪いところももちろんある。
だけどそれを受け入れてくれて肩を押す人たちがいる。
誰もがオリジナルで、そこにいていい。
だからこそ──
「(
──『でも、麗牙なんだよね?』
──『アタシ、お化けは苦手だけど、でも……でも麗牙のことは好きだよっ。だから、その……アタシ、麗牙だったらどんなでも平気だから』
麗牙に助けられた日、アタシが麗牙に言った言葉をふと思い出す。考えすぎなのかも知れないけれど、アタシには麗牙がその時のことを考えながら作詞したんだと思わずにはいられなかった。麗牙がどんな存在であっても関係ない、麗牙は麗牙だから……そんなアタシの想いに彼がこんな風に感じていたのだとすれば、それだけで満足してしまいそうだった。アタシが彼を想ってきた時間は、アタシだけでなく彼にとっても無駄ではなかったのだと肯定されたようだったから……。
「ふふっ」
同時に、紗夜の顔からも笑みが溢れているのが眼に映る。紗夜が麗牙にどんな言葉をかけたのかは分からない。だけど、アタシと同じように嬉しそうな顔をしているから、紗夜も同じようなことを言っていたのだと感じた。だからこそ、麗牙はアタシたちにこの曲を聴かせたかったんだと思う。
アタシたちの想いは、麗牙にとっても大きな意味を持っていた。それが嬉しくて、心の中で弾ける音楽を止められずにはいられなかった。
「二人とも……すごくいい音出てる……良き」
曲が終わり、晴れた心と共にイヤホンを外した途端、愛音がアタシたちに向けて呟いた。いい音……うん、今ならアタシにも分かる。今のアタシの音は希望と自信に満ち溢れていた。麗牙の送ってくれた陽の光の音楽のように……。
「リサ、次は私にも」
「あっ、あこも!」
「えっ……じゃあわたしは最後で……両耳で聴きますね」
曲を聴き終えたアタシたちから音楽プレーヤーを受け取り、同じ曲を再生する友希那とあこ。だけど、きっとアタシたちのような感動は得られないかもしれない。今のアタシたちに聴かせるために作ったのではないかと思わせるほど、彼の想いはこの胸に広がっていたのだから。
「リサ、紗夜……私も見てるから……頑張って。それ、貸しておくから」
「うん、ありがとう愛音。しっかり聴いててね……アタシの音、愛音たちにしっかり響かせるから」
「紅さんにもよろしく伝えておいてください。私の音……必ず届かせるから、と」
「りょーかい……承った」
それだけ告げてとことこと愛音は楽屋から走り去っていった。
「紗夜」
「はい。今の私たちの音楽、全力で奏でましょう」
「うんっ」
アタシたちの心には、不安なんてかけらもなかった。
麗牙がアタシたちに自信をくれたから。
アタシたちが彼を好きでいてよかったと、胸を張って言える勇気をくれたから。
だからこそ、アタシたちの気持ちを全力で届けようと決意することができた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いよいよ次がRoseliaやな」
CiRCLEでのライブも終盤に差し掛かり、既に多くのバンドが演奏を終えて会場の熱気は最高潮に高まっている。僕の隣では健吾さんがRoseliaのステージを楽しみにするような心配するような、そんな声色を立てて僕に告げていた。本当ならばTETRA-FANG全員で彼女たちのステージを応援したかったところだけど、残念ながらアゲハは急用ということで駆けつけられず、次狼もそれに付き添う形でここにはいない。だからせめて僕たちだけでも彼女たちの勇姿をこの胸と耳に刻み込まなければと、気合いを入れて出番を待っていた。まあ、会場にいるのはTETRA-FANGだけじゃないんだけどね。
「紅さん。やっぱり心配なんですか?」
僕たちの近くで同じようにRoseliaの出番を待っていたAfterglowの面々。更にボーカルの美竹さんからそんな声をかけられ、僕は眉をひそめたまま笑顔を浮かべて言葉を返す。
「まあそりゃあね。でも一応は応援として陣中見舞いに行かせたんだけど……」
「行かせた? 誰に──」
「私だよ……」
「うわぁっ!? ってあれ? 愛音……?」
ぬっ、と僕らの間に割って下から伸びてきたのは妹の愛音だった。幽霊の如くぬらっと飛び出してきた様に美竹さんは驚いて声を上げ、周りの人たちの視線を集めてしまっていた。しかし美竹さんが驚いたのも束の間、彼女は僅かに目を見開いたまま乱入してきた愛音の名を呼んでいたのだ。
「ああそっか。同じ羽女だから面識あるんだっけ」
「そう……蘭と同じクラス……あ、私がハーフだってこと、もう蘭に教えてるから」
「藍瑠の件のすぐ後だからめちゃくちゃビックリしたよ……っていうか紅さんが愛音のお兄さんだってことも知らなかったし……」
「仕方ないよ。今日の今日までまともに面識無かったもん、僕ら」
Roseliaならいざ知らず、関わったことのないAfterglow相手に僕の話をしたところで分かるはずもないだろう。多分、愛音も「兄がいる」くらいにしか伝えてないはずだ。ファンガイアの存在と僕の正体を知った美竹さんを除いては。
「蘭〜? 何コソコソしてるのかなぁ?」
「いや別に。ただ、兄妹揃ってるところ見るの初めてだから」
「あー確かに言われてみれば珍しいかもな」
健吾さん、そこで同調しないでもらえますか? そもそも愛音はあまり外に出たがらないし、故に僕がRoseliaと関わる時は基本的に愛音と一緒になることはない。学校も違うわけだし、それこそ僕がキャッスルドランに帰らない限りはこうして兄妹が揃うことはない。
ただし今回に限っては、僕のお願いを彼女に託したからこうして外まで出てきてくれているんだけど……。
「え? あっ、紅……紅さんが愛音ちゃんのお兄さんだったんですね」
納得がいったように声を上げるつぐみさんがその証拠であるように、僕ら兄妹であることはAfterglowの面々はあまり認識が無かったようだ。だけどこれから覚えてもらえばいいだけの話か。ようやくAfterglowとも知り合えたわけだし、バンド仲間としてこれから仲良くやっていけたら楽しいだろうな……。
そんな風に新たな出会いからの今後に希望を抱いていた時だった。
「兄さんっ。Roselia……来た」
「っ……(リサさん……紗夜さん……)」
愛音に服の袖を引っ張られ、お陰でRoseliaの登壇を見逃さずに済んだ。ここからは彼女たちのステージだ。今だけは他のことに気をとられることなく、彼女たちのいるステージ上に全神経を集中させたい。隣から僕にかけられる声が聞こえるも、悪いけど今は聞こえないフリをさせてもらおう。
「Roseliaです。まずは一曲、聴いてください。──」
友希那さんのいつもの短い挨拶が終わると同時に、青い炎が燃え盛るが如く、青薔薇が咲き乱れた。
♬〜〜!
友希那さんの綺麗で強かなボイスが会場を包み込む。
どこまでも高く飛び立つような歌声と、それと見事に噛み合い、ステージを彩る目の覚めるような演奏。
何事にも動じず、決して揺るがない信念を感じさせる強さの篭った楽曲。
そう、この感じこそ正にRoseliaだった。
その演奏に聴き入ってしまったのか、僕は心配していたはずの二人へ意識を向けることをしていなかった。
そう、僕の心が気にならないほど、二人の演奏はいつも通り……いや、彼女たち自身を表す素敵なものだったのだ。
「──! 二曲目、まだまだ行くわよ!」
休む間も無く次の曲へと移りゆく。
今度こそリサさんと紗夜さんへと耳を傾けるが、やはりそこにあるのはあの日見た泣きそうな彼女たちの音ではなく、心から音楽を楽しんでいる、そんな僕の好きな音楽だった。
もちろん二人だけでない。ステージに立つ誰もが、自分の想い想いの音を弾き奏でている。
他の誰でもない自分たちの音。自分だけの心の音楽がそこにあった。
そんな心地いい音楽ばかりが僕の胸を過ぎていき、僕は時が経つのも忘れていた。
そして気が付けば、Roseliaのライブも最後の曲となっていた。
「次が最後よ。私たちはどこまでも私たちである。そんな想いに乗せて最後まで音を奏でる」
「……あっ」
友希那さんがその言葉を告げた時、ふとリサさんと、そして紗夜さんと目が合う。
きっと見間違いではないだろう。僕を見つけた瞬間、二人の顔が僅かに綻んだのだから。
だからこそ、二人の心の音楽はこんなにも温かく響いているのだろう。
そして……
「それでは聴いてください……
……『陽だまりロードナイト』」
目の前のステージが柔らかな日の陽射しに包まれた。
この曲については何度か聴いたことがあるし、前にリサさんから教えてもらっていたからどんな経緯があったかも大方知っている。
友を想う一人の少女へ向けられた、煌めきの調べであると。
しかし、今のこの場においてのこの陽だまりには、もう一つ別の意味が込められているように僕は感じていた。
リサさんが、そして紗夜さんが、僕に向けて送る言葉のように思えたのだ。
歌詞の内容もさることながら、二人の奏でる音楽には強いメッセージが込められていた。
僕らが出会ったこと。助けたこと。励ましたこと。そして恋という気持ちを知り、傷付いたこと。
全てが僕らの出会いから始まる物語のように聴こえて仕方がなかった。
楽しいことばかりでなく、悲しいこともあったはずなのに、そんな世界を愛しさで満ちている……眩しいものだと謳っている。そう思えたのだ。
だからなのだろうか……。
──感謝を……
本来、友希那さんが歌うべきはずのパートを、リサさんと紗夜さんの二人で歌っていた。
感謝……思い違いでなければ、その気持ちは今も二人の視線を集める僕に向けられたものなのだろう。「恋」という初めての気持ちを教えてくれた僕に向けて……。二人を傷つけたこんな僕に感謝なんて、とんでもないことだと一瞬思ってしまう。
しかしそこにあるのは一点の曇りもない輝かしいまでの笑顔……僕が見ていたかった明るく元気な姿の二人だった。だからこそ二人の感謝が心からのものだと感じられたのだ。
「(僕こそありがとう……こんな僕のことを好きになってくれて……)」
もう二人のことを心配に思う気持ちなどなかった。彼女たちはとっくに新たな道に向けて歩き出したのだと気付けたのだから。
僕は今もステージ上で最後の音を奏でる彼女たちに向けて揺れる瞳を送っていた。
彼女たちに精一杯の感謝を念を込めながら……。
これで僕も新たな道へと歩いて行けるのだから……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「厄介なことになってるわね……」
キャッスルドランの執務室にて、アゲハの険のある声が重く響いていた。アゲハの手にする書類を隣で読んでいる次狼もまた苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
「ルーク。この報告の提供者ってどうなってるの?」
「分からん。匿名の提供者だったそうだ。生きてるのか死んでるのかも不明だ」
「……人間ならともかく、ファンガイアなら死んでいてもおかしくはないな。何せコイツらのことだ」
「
久しぶりにその名を呟くアゲハの顔は険しく、力の入った手によって書類に皺が入っていた。
彼女が握る報告書の表題にはこう書かれていた……
……『レイ リビルド プロジェクト』と。