ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『Roseliaのライブを通じてリサと紗夜、そして麗牙は、それぞれの至った結末から新たに足を踏み出す決意を固めた。しかし、何やらその周りでは不穏な影が渦巻いているようで……?』


第63話 戦士の休日

 穏やかな日差しが窓から差し込む日曜日の朝。柔らかな光が心地良く肌を包み込み、既に着替えているにも関わらずつい眠気を誘われる。こんなにも優雅な日は静かに音楽に身を委ねていたい。またはしばらく止まっていた父さんの曲を作るのだっていいかもしれない。

 

 そんな風に考えていたはずなのだが……。

 

「……ねぇ、愛音……そろそろ離れてもいいんじゃない?」

 

「ぇ……兄さん……冷たい」

 

「いやいや、もう三十分くらいこうだからね?」

 

 作業場のソファに腰掛ける僕の膝の上に座り続ける愛音に向けて苦笑しながら言葉をかける。何が面白いのか分からないが、愛音はずっとこの状態で姿勢を崩さずに座っていた。器用なものだと感心しながらもそのまま落ちては困るので彼女の腰に腕を回して固定し、少しの間だけならと愛音の戯れに付き合うことにしていた。しかし先程一瞬だけ、愛音が寝息を立てているのが聞こえてしまったのだ。流石にこれはマズいと、せっかくの休日が愛音の椅子として終わってしまうことを危惧した僕は彼女に退いてもらうよう懇願する。しかし愛音はあからさまに眉を潜めて僕を見つめつつ、頼みを渋っていた。

 

「昨日おつかい果たした……これご褒美」

 

「それはすごく助かったけど……他のこととかないの? 買い物とか外食とか、散歩でもいいし外に出たりさ」

 

「外出たくない……」

 

 ダメだこりゃ、と内心で両手を上げる。こんな晴れた日なのに勿体ない。

 しかし最近は特にわがままを言うこともなかったし、今日くらいはずっと家にいてもいいだろう。約束したAfterglowのライブに間に合うなら、それまでは愛音の望むまま家にいてもいいか……。

 

 

 ♪〜

 

 

「ん?」

 

「お客……」

 

 そんな時、玄関のチャイムを鳴らす音が屋敷に響き、僕と愛音は二人して顔を上げる。

 

「ごめん愛音。ちょっと出てくる」

 

「むぅ〜……いってら……」

 

 無視するわけにもいかず、頬を膨らます愛音を背にして玄関へと向かう。残念ながらテレビドアホンというものはこの屋敷に設置していないため、確認するには直接玄関に降りるしかないのだ。玄関までは近いし正直必要ないとも思っているけど。

 しかし誰だろうか。わざわざこの屋敷に来るなんて……結界は残ってるから悪意のある人じゃないのは間違いないけど……。

 

「……えっ?」

 

 玄関口の覗き穴から外を見やり、そこに見えた光景に驚いてすぐさまドアを開ける。

 

「友希那さん? それに……リサさんも?」

 

 外に出て驚く僕の前に立つのは、相変わらずの涼しい眼を僕に向けて凜と佇む友希那さんと、楽しそうに笑顔を浮かべてこちらに小さく手を振るリサさんだった。しかしまさかの来客に驚く以上に、何故という疑問が頭から離れなかった。

 

「え、どうして急に……」

 

「麗牙、まさか忘れたの? あなたが言ったのよ。今日またあの曲作りの続きをすると」

 

「あ……(あ〜……そっか、だから何も予定入れてなかったんだっけ)」

 

 このところゴタゴタが続いたせいですっかり頭から抜け落ちていた約束を思い出し、思わず手で口を塞いでしまう。妙に予定が無い日曜日であったことに納得するも、その様子を見た友希那さんに溜息をつかせまう。

 

「ごめんなさいっ。忘れていました」

 

「はぁ……それで、どうなの。今日はやるの? やらないの?」

 

 すぐさま友希那さんに謝辞を述べて頭を下げる。呆れたような声と共に再度確認されるが、そこに関しては二つ返事で返させてもらう。

 

「やりますよっ。そのために何も予定を入れてなかったんだと思いますし。それに、リサさんもそのために来たんでしょう?」

 

「え? それは……あははっ、アタシはたまたま出て行く友希那を見かけちゃったから、付いてきちゃっただけなんだけどね☆」

 

「……そういうことよ。でも、リサがいて悪い話ではないと思うのだけど」

 

「まあ、そうですね。リサさんもそれでいい……ですか?」

 

 もうリサさんとは今まで通りのバンド仲間として接しても問題ないはずだ。僕らの間に後腐れなんてないはず……その確認のための声かけでもあった。

 

「うんっ、もちろん。でもちょっとショックだな〜。二人ともアタシたちに内緒でそんなことしてたなんてねぇ……」

 

「うっ、それは……」

 

「あっははっ! ウソウソっ、別に本当にショック受けてるわけじゃないからさ。ほらっ、行こ♪」

 

 結局リサさんの手で屋敷の中へと押し戻されながら二人を招き入れることになった。リサさんは実に楽しそうに笑いながら僕を見つめており、本当にもう大丈夫なのだと、気負う必要は全くないのだと安心感が持てた。

 

「前と同じ部屋でいいのよね」

 

「はい。あ、でも今日は更にプラス一名かな」

 

「? それはどういう──」

 

 無論、愛音のことだ。その言葉の代わりに扉を開き、先ほどまで愛音と共にいた作業場の様子を二人に見せる。

 

「──こ、と……」

 

 

 

 

 しかし、そこにあったのは僕が出て行く前に見た部屋の光景ではなかった。

 

 

 

 

「え……」

 

 ソファの上に座っていると思われた愛音は静かに横になっていた。

 

「何これ……?」

 

 いや、単に横たわっているだけならば問題はなかった。

 

 髪をボサボサにして、中途半端に靴下や上着を脱ぎ散らかして辺りに散乱させ、衣服をはだけさせ、素肌をこれでもかと見せたあられもない姿を晒し、扇情的な眼差しでこちらを見つめてさえいなければ……。

 

 この際、まどろっこしい言い方は無しだ。

 

 誰がどう見ても襲われた直後にしか見えない現場を作り出していたのだ。この妹は。

 

「はぁ……兄さん……激しい……」

 

 トドメと言わんばかりにとんでもないことを溜息混じりに口走ったことで、この場における悪者が一瞬で成立してしまった。

 直後、僕の背中に刃物で刺すかのような鋭い視線と生暖かい視線が感じられた。

 

「麗牙……あなた自分の妹に……」

 

「ちょっ、違──」

 

「そう。そうなんだ……っ、いいよ。アタシ、麗牙がどんなでもずっと友達でいるから」

 

「優しさが逆に辛い!? いや、そうじゃなくて──」

 

「兄さん……遊びだったの……?」

 

「麗牙、やっぱりあなた……」

 

「だから誤解だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 はぁ、何故朝からこんなにも叫ばなければならないのだろうか……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 吹き付ける風を一身に受け、俺は鉄騎のエンジンを吹かせて街道を走り行く。イクサリオン──戦獅子(いくさじし)とも謳われるイクサの専用ビークルとして開発されたマシンに跨り、住み慣れた街から少しだけ離れた場所まで出向いたのはいいものの……。

 

「結局、無駄足やったか」

 

 開けた土地でバイクを停止させ、一息つきながらも落胆の声を隠せないでいた。青空の会からもたらされた一つの報告──レジェンドルガらしき影を目撃したという話を聞き、俺はこうしてはるばる隣町へと出向いていたのだ。しかし結果は空振り。念のため地元の青空の会メンバーやファンガイアからも話は聞いてみたが、何一つ得るものはないといった状況だ。何も無いなら何も無いでいいのだが、収穫無しというのはやはり堪えるものがある。

 

「まあせっかくやし、ちょっと茶でもして引き返すか」

 

 イクサの所持者としての戦う責務はあるが、それが俺の仕事というわけでは無い。疲れたり傷ついた時には休む。気分が滅入った時には気分を発散させる。それができないようでは戦士としてはまだまだ未熟だと、俺の師匠も言っていたしな。あと何だったか……遊び心? も大事だとか。俺の師匠はカッコよくて最高な人やけど、たまーに何言ってるかよく分からん時がある。

 それでも強くて優しい人であるのは間違いない。多分あの人、本気の愛音と互角にやり合えるやろうし、黄金のキバを纏った麗牙にも引けを取らないのではと思う。弟子入り期間も一年と短かったが、俺が目標にしている人はそれほどまでにとんでもない力の持ち主なんや。それに、愛妻家という意外な一面もあるしな。

 

「(師匠……今頃何してんのやろなぁ……)っし、さて腹ごしらえっと」

 

 いつまでも師匠のことを考えていても仕方がない。恐らくもう会えることはない以上、俺は俺で頑張るしかないのだから。俺は気を取り直して、視界に映った少し洒落た外観の店へと入っていった。ここからは俺も休日を楽しませてもらおうと少しだけ浮足立っていたのは内緒だ。

 

「いらっしゃいませっ」

 

 元気で可愛らしい女の子に案内され、空いている奥の席へと連れられていく。こじんまりとした店内だが、それだけに隅々まで内装が細やかに整えられており、外界とは隔てられたある種の別世界のように感じられた。屋内なのに自然の中にいるような、そんな優雅な気分……都会の空気に塗れた身体には染みるでホンマ……。と、そんな風に感心していたところで、案内してくれていた姉ちゃんが思い出したかのような声を上げて俺に振り返った。

 

「あ、そうだごめんなさい。今日テレビの撮影があるみたいで、少し騒がしくなるかもしれませんけれど、それでも大丈夫でしょうか?」

 

「テレビ? へぇ〜……いや俺は大丈夫やけど、そない人気なん? ここ」

 

 なんと偶然にもテレビ番組のロケの時間と被っていたようだ。店の中はあまり人が多いようには感じられないが、テレビ局がアポを取るとなるとそれなりに話題となる店なのだろう。気になって店員の子に聞いてみると、彼女は嬉しそうに笑って答えてくれた。

 

「人気……そうですね。この店、何度かドラマの撮影で使われたみたいで、今でも偶に話題になったりするんです。まあ、ちょっとした聖地みたいな感じでしょうか?」

 

「はぁ〜そうなんやな。そりゃ聖地やわ確かに」

 

 それはいい情報を聞いたものだと得した気分になり、少しだけ心が踊っていた。何のドラマで使われていたかは知らないが、自分まで物語の登場人物になったようでどこか趣深さを感じていた。

 それに今日もテレビの撮影ということだし、運が良ければ知ってる芸能人とか見れるかも知れない。聞こうと思えば彼女に聞くこともできたが、そこは後の楽しみということで敢えて聞かないようにしていた。まあ単なるVTR紹介のためだけの撮影かもしれんし、期待しすぎるのは良くないかもな。

 

「すみませーん!」

 

「あ、来たみたいですよ。はいっ、いらっしゃいませ!」

 

 彼女が俺の席に水を持ってきてくれた直後、店の戸が開き大勢の人影が入ってくるのが目に入った。大きめの機材を担ぐ人が何人か見られることから、アレが例の撮影陣ということなのだろう。なんとまあタイミングのいい時に入店したものだと自分の運の良さに感心していた。

 

「(ほぉ、割とおるってことは単なるVTR撮影とちゃうなこれは)」

 

 スタッフの数が二人三人ではないところから、旅番組的な感じで誰かを添えた撮影なのかと予想を立ててみる。少なくとも、映像を撮って帰るだけの集団でないことは自分にも分かった。

 つまり、その中心に添えるための芸能人がいるということか。水を口に運びながらそう考えていた時、店内に高い少女の声が響いてきた。

 

「おはようございます。白鷺千聖です。今日はよろしくお願いします」

 

「おはようございます、若宮イヴです! よろしくお願いします!」

 

「ッブグ!? ゴホッ! ゲホッゲホッェホッ!」

 

 聞き覚えのある声と名前を耳にして思わず息を吸い、水が気管支に入りかけて思い切り咳き込んでしまう。無論そんな大声に彼女が気付かぬはずもなく、こちらに目を向けて俺を見つけ出した。

 

「っ! ……この後ですけど──」

 

 千聖ちゃんは俺を見て一瞬目を見開くものの、流石はプロといったところか、気にする素振りを見せることなくスタッフや店員との話を続けていた。

 

「はぁ……」

 

 喉の苦痛も晴れて息を吐きながら、話を進めていく撮影クルーの様子を横目で眺めていた。店内からちらほら彼女たちを噂する声が聞こえてくると、本当に彼女が芸能人なのだとつくづく思いしらされる。千聖ちゃんの纏うオーラも凄いが、隣で楽しそうに笑顔を浮かべながら話を聞く若宮イヴちゃんもなかなか見目麗しくオーラを放っているように感じられた。千聖ちゃんには悪いけど、顔で言ったら正直イヴちゃんの方が好みかもしれない。

 イヴちゃんを見たのは今日が初めてだが、千聖ちゃんからPastel*Palettesの話を聞いて自分でも調べたからどういう子かは知っている。日本人とフィンランド人のハーフで、雑誌モデル経験あり。更に武士道精神に憧れを持っており、現在はパスパレのキーボード担当……とホームページには書いてあった。

 別に今日話せるとは思っていないが、こうしてバンドを愛する同志に出会えたのだから一度は話でもしておきたい……そういうことを願うのは決して贅沢ではないだろう。

 

「(ま、今日くらい平和であってもええか……)」

 

 再び水を口に運びながら、俺はゆっくり過ぎていく優雅な時間を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影クルーの中に、千聖ちゃん以外に俺の姿を見て目を見開く影がいたことに気づかないまま。

 

 

「彼はもしや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、店内の中にその影を見つめる、また別の影がいたことも。

 

 

「いいとこに来てくれたなぁ……あっははっ」

 

 

 戦士に安らかな休日は遠いものであると、後に知ることになるのであった。

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