ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『平和な晴れた日曜日。麗牙の家では麗牙と愛音、そして友希那とリサが集っていた。一方、健吾も立ち寄った店で、千聖とイヴの姿を目にするのであった』


第64話 嵐の前の全休符

「一旦休憩しよっか?」

 

「白熱……体力使う……」

 

 麗牙のお父さんの曲作りを始めてからしばらくしたところでアタシはみんなに提案する。因みに愛音はどこから用意したのか『私は兄を陥れようとしました』と書かれたプラカードを首からぶら下げていた。当然麗牙の手によるものだ。まああんなことしたら……ね。アタシはすぐに冗談だって分かったけど、友希那の目が本気(マジ)だったのが面白くてしばらくは忘れそうにないかもしれない。

 

「ねぇ、友希那も麗牙もそろそろ休まない?」

 

 しかし正直なところ曲作りだと言うものだからアタシはもっと楽しげな雰囲気を期待していたのだけど、実際は和気藹々といった空気ではなく、非常に熱気の漂う情熱的な空間が出来てしまっていた。主に友希那と麗牙の言い争いのせいで。

 楽器の音一つとっても互いの希望がぶつかり合い、なかなか決着がつかないということがここまでに何度もあった。いや、本当驚いたよ。友希那も、それに麗牙もあんなに声を上げて意見するなんて……。っていうかそもそも麗牙もバンドのための作曲って出来るんだなぁ。TETRA-FANGの曲は大体健吾だって聞いていただけに、余計に意外だと思ってしまう。

 

「……そうね……少し熱くなりすぎたわね。……でもやはりあの詩にはこのパートが──」

 

「はい、僕も少し疲れて……待ってください、そのパート入れちゃうとこの後のが──」

 

「はぁ……ダメだこりゃ」

 

 休憩しようにも二人の中にある対抗心が消えることはない。とりあえず無理にでも頭から離れてもらって休憩してもらわないと後が持たないかもしれないのに。あーあ、こんな時に差し入れでクッキーでもあればなぁ、と無計画に友希那の後を付けたことを少しだけ後悔していた。

 

「(でも、二人ともすごく生き生きしてる)」

 

 議論が白熱している二人の顔は真剣だけど、その奥にある瞳は凄く輝いているように見えた。やっぱり二人は音楽に生きる人間なのだなと、近くで見ていてしみじみと感じていた。そんな二人のことを邪魔するのも悪いし、二人を見守りながらアタシはアタシでゆっくりソファーにでも腰をかけておこう。

 

「ふぅ……ん? この写真って……」

 

 ソファーに深くもたれかかって息をついた時、ふと視界に気になる写真が目に入った。それは楽器を手に集まった四人組の写真であり、一瞬TETRA-FANGの写真かと思ったけどすぐに違うことに気が付いた。確かに写真の中に麗牙と健吾はいるけど、残る二人はアゲハとも次狼さんとも違ったのだから。そしてその内の一人が……。

 

「ねぇ、これって愛音だよね。もしかして愛音ってベース弾けるの?」

 

 麗牙の隣を陣取るベーシストの少女はどう見ても愛音の姿だったのだ。普段と違って長い髪を束ねて、アタシが持っているような赤いベースギターを手に小さくピースする女の子……うん、やっぱり愛音だこの子。以前は楽器をしない聴き専だと言っていただけに、彼女がこうしてベースを構えていることに軽く衝撃を覚えてしまう。

 

「ち……バレたか……」

 

「いやいやバレたって……聴き専って言ってなかったっけ?」

 

「弾けないとはいってない……ふっふっふ……驚いたかリサ……」

 

「なんでドヤ顔なの、あははっ」

 

 そんな得意げな表情を浮かべる愛音も可愛らしくて笑みが漏れ、再び写真へと視線を戻して観察を始める。健吾がギターを持つのは分かるのだけど、今ではボーカルである麗牙もベースギター手にしていた。彼がベースを弾けるという話は以前聞いたことがあるから知っているけど、今のTETRA-FANGとはまるで違う構成に少し新鮮味を感じていた。何より、TETRA-FANGにはいないあの楽器があったのだから。

 

「愛音、このドラムの席に座ってる子って誰なの?」

 

 アタシが指差したのは写真に写るドラマーの女の子の姿だった。満面の笑みを浮かべた如何にも明朗快活な少女のことが知りたくて愛音に訊ねる。すると彼女はまたも得意げな顔をしてアタシに語りかけてきた。

 

「ずっちゃん……マイフレンド」

 

 どこに胸を張る必要があるのか分からないけど、自信ありげに友達だと告げる愛音がとても健気なものに見えてつい破顔してしまう。

 

「へぇ……そう言えば今はどうしてるの?」

 

「……引っ越して今は別の学校行ってる……遠いとこだから……なかなか会えない」

 

 そうなんだ……友達となかなか会えないのは辛いよね。しかしアタシの心配を他所に愛音の顔には憂いの感情は全く見えなかった。

 

「会おうと思えば会える……それなりに連絡も取ってるし。そうだよね、兄さん」

 

「え? 何の話……って静歌(しずか)ちゃんのこと?」

 

「うん……この写真……懐かしのアレ」

 

「あ、あぁ〜……アレね……」

 

 何だかんだで今も連絡は取り合っている愛音とずっちゃん改め静歌ちゃん。他人ながらもその関係に安堵しつつ、麗牙たちの言うアレ(・・)というのが気になってしまう。でもアレといっても、どう考えてもこのバンドのことだけど……?

 

「そう言えばさ、このバンドの名前って何ていうの?」

 

「……聞いちゃうかぁ……」

 

「うん……聞くよね……」

 

「えっ、何? アタシ何か変なこと聞いちゃった?」

 

 麗牙がTETRA-FANG以前に組んでいたと思われるバンドの正体について知りたくて訊ねた途端、彼は何とも言えない表情を作りつつ苦笑していた。何か聞いては不味い事でもあったのだろうか? 名前を聞いただけのはずだよね……?

 

「麗牙、私も気になるのだけど。あなたがかつて組んでいたというバンドについて」

 

「ですよねー……」

 

 友希那も興味を抱いているようで麗牙に詰め寄り、しかしやはり麗牙の顔は引きつるばかりだった。とりあえず名前だけでも知りたいんだけどなぁ……そう思っていた時、麗牙が小さく何かを呟くのが聞こえてきた。

 

「──ェンズ……」

 

「え?」

 

 遠慮がちに俯きながらボソッと、わざと聞こえなくさせているのではと思わせるほどの小さな声。もう一度聞くべくアタシも彼に身体を寄せ、その名前を知ろうと迫る。そして彼も観念したのか、諦めたような顔をしてその名前を告げた。

 

 

 

 

「イケメンズ……」

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬、頭の中が全て空っぽになるような、そんな虚無の中に放り出された感覚がした。

 

 しかし、少し遅れて彼の言ったバンドの名前らしき言葉が脳内に蘇り、浸透していく。

 

 そして……。

 

「プッ!? っく、ふふっ……あっはははははははははははっ!!」

 

「ほらやっぱり笑った!」

 

「仕方ない……アレは笑う」

 

 あまりのおかしさに耐えきれず笑いが止まらなくなってしまった。ごめん麗牙……だってまさかそんな名前だとは思わなかったからさ。「イケメンズ」なんてどっからそんな発想が出てくるんだろう本当に。というかよく自分たちのことを「イケメン」なんて名乗ろうって思えたなって軽く感心してしまう。本当に顔がいいのが余計に面白くて、更に笑いを誘ってしまう。いやぁ、イケメンズ……イケメンズかぁ……ふふっ。

 

「変な名前のバンドがいると思ったら、あなたたちだったのね……」

 

 その名前に聞き覚えがあるのか、友希那は片手で頭を抑えながら深くため息をついていた。ずっとライブハウスに行ってればそりゃあ名前だって見るよね。しかもこんな面白い……訂正、奥ゆかしい名前、一度見かけたら忘れられないはずだ。アレ? ということは友希那はTETRA-FANG以前にも麗牙のバンドを見たことがあるということ? そんな疑問を友希那に投げかけた時、彼女は申し訳なさそうに麗牙と愛音に告げていた。

 

「ごめんなさい。流石にそんな名前をつけるようなグループを見ようとは思わなかったわ。音楽を舐めてるとしか思えなくて……名前で決めたのはあの一度きりだけど……本当にごめんなさい」

 

「ほら……ほらぁ! やっぱり名前のせいだよ! 人来なかったの!」

 

「健吾とずっちゃん……今度泣かす……」

 

 あぁ〜……健吾と静歌ちゃんなんだその名前付けたの……。まだまともなネーミングセンスがあると思しきTETRA-FANGの作詞担当たちに同情の念を送りながら、アタシに思わぬ笑いを提供してくれた健吾と静歌ちゃんにも感謝の念を送っておく。

 

 アタシも会ってみたいなぁ。その静歌ちゃんって子に……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ェックシッ!」

 

 冬の冷気に触れて冷えた身体がまだ火照らないのか、暖かな店内のはずなのにくしゃみが出てしまう。腹ごしらえも終えて相当に温まったはずだが、妙なこともあるものだ。

 千聖ちゃんたちは更に奥の離れたテーブルにて撮影をしているらしく、その様子をここから見るとはできない。アイドルを見れない代わりに、店内に明るい笑顔を振りまきながら仕事をするあのバイトの子を見るだけでも十分か。

 

「あの子、最近変わったね」

 

 そんな時、ふと近くの常連らしきおじさんたちの興味深い話し声が聞こえてきた。ほう、変わったとな……どういう風に変わったのか気になってもう少し聞き耳を立てることにした。

 

「あぁ、言われてみればすごく明るくなったかも。綺麗にもなったか?」

 

「一瞬違う子かなって見違えたよ。顔を見てすぐに分かったけど」

 

「何かいいことでもあったのかね」

 

 話を聞くところによると、あの子の雰囲気がガラリと変わったようだ。明るく、そして綺麗に……か。まあ、女の子がそんな風に変わるとすれば、当てはまることと言えば一つしかないわな。

 

 それはつまるところ……。

 

「恋……やろなぁ……」

 

「恋がどうかしたの?」

 

「っぅおッ!? び、ビックリした……」

 

「そんなに驚かれるなんて思いもしなかったわ……」

 

 彼女について勝手な憶測をしている時に突然千聖ちゃんに話しかけられて声に出して驚いてしまう。冗談混じりに「少しショックだわ」と嘯く千聖ちゃんだが、あんなくっさい台詞の最中に入り込まれて動揺しない奴の方が少ないだろう。

 

「あいや悪かった。まさか俺みたいな一般人が千聖ちゃんのような有名人に話しかけられるとは思わんくてな」

 

「あなたのどこが一般人だと言うのよ」

 

「一般人も一般人よ。ちょっと変身できるってだけのな」

 

「全くあなたって人は相変わらず……」

 

 笑い飛ばす俺に向けて呆れたような言葉を放ちながら、千聖ちゃんは俺の前の空いている席に腰をかける。そんな彼女の行動に俺は少しだけ驚いてしまった。俺たちは友達であるから問題はないが、そんなことを知らない人が見たら何事かと思われてしまうだろう。一般男子高校生の目の前に、芸能人が座っている様子なんてその手の人から見れば格好の的だ。それに今日はオフの日でもなんでもなく、単に仕事の合間の休憩中なのだ。一応女優でありアイドルでもある千聖ちゃんがあっさりそんな行動を取ることに目を丸くし、そんな俺の表情が気に入らないのか彼女は不満げな顔を隠そうともせず俺を睨んできた。

 

「私がいると困ることでもあるのかしら?」

 

「え? いやいや。ただ大丈夫なんかなって、こんな普通に男の目の前に座るような真似して。余計な噂立つんとちゃうか?」

 

「確かにその可能性もあるけれど、それを差し引いても言っておきたいことがあっただけよ」

 

「言っておきたいこと?」

 

 どの道こんな奥の席では見る人も限られるだろうし、そんな中で立てられた小さな噂もすぐに消え去ってしまうのだろう。そして小さいとは言えリスクを冒してまでわざわざ俺に伝えたいことがあるということだが……まさかまた厄介ごとに巻き込まれているのではないのだろうか? ファンガイアかその他の魔族か……芸能界で活躍する千聖ちゃんの周りにはきっとどんな危険があってもおかしくないのかもしれない。そんな風に彼女の身の回りが心配になり、俺も身体を乗り出して彼女の話に耳を傾けようとした。

 

「結構時間が経ってしまったけど、あなたたちの合同ライブ……とても素晴らしかったわ。みんなそれぞれレベルが高くて圧倒されて……あなたの言った通り、私も心から本当に驚かされたわ」

 

「……へぇ……あ、合同ライブな、うん。サンキューな」

 

「……もっと喜んでもいいと思うのだけど?」

 

「ご、ごめんごめん。なんか思ってたんと違う話やったから。また厄介ごとにでも巻き込まれてるんかと。うん、ライブの件は本当に嬉しく思ってる。ありがとな」

 

 とりあえずトラブルに巻き込まれたとかではないことに安堵し、合同ライブを観に来てくれたことに素直に感謝する。しかしだ……。

 

「……何かに巻き込まれたとしても、あなたには話せないわ」

 

「は? 何でや?」

 

 突然拒絶とも取れる言葉を告げられて、俺は彼女に迫らずにはいられなかった。何や、俺ってそんなに頼りにならんか? それとも赤の他人である俺には関わってほしくないとでも言うのか。しかし俺の後ろ向きな予想に反して、千聖ちゃんは僅かに目を伏せて辛そうに告げてくれた。

 

「だって、また私のせいで怪我でもされたらっ……その……目覚めが悪くなるから……」

 

「怪我? って、あ〜……ね」

 

 彼女を助けるために変身したあの日、自分が吹っ飛ばされたり切り傷を残されていたことを思い出す。確かに色々と痛い目に遭ったがそれは千聖ちゃんの所為ではない……と言っても聞かんのやろなこの女は。相変わらず自分のせいだと責める彼女にこれ以上言えることはなく、代わりに無様な姿を見せてしまった自分を心の中で責めることにした。

 

「大丈夫、なのよね? ライブでは何とも無さそうだったけど……」

 

「大丈夫やって。つーか、あのくらいの怪我やったら割とやるかるな俺。ほれ、こないだ戦った時やかてこの通り」

 

「っ……またそんな傷作って……もっと自分を大切にしなさいよ」

 

「心配せんでも充分労ってるつもりやで。そうと違ったらこないなところで茶らするかいな」

 

「それなら、いいのだけど……」

 

 休む時は休む……師匠の教えの一つを俺が無下にするはずがないからな、なんて千聖ちゃんに言っても分からないだろう。むしろ彼女の方こそ自分を労われているのかが心配だ。芸能界なんて如何にも心労が祟りそうな世界だし、さっきも自分の危機よりも俺の身を案じるような口振りだったし、彼女は少し生真面目すぎるところがあるから心配だ。この心配が余計なお世話ならばいいのだが……。

 

「ま、そういうこと。千聖ちゃんの言いたいことって、それだけか?」

 

「ええ……あ、いえ、もう一つあるわっ。改めてだけど、あの日のことでちゃんとお礼が言いたいの」

 

 あの日というのはやはりあの日だろう。俺が彼女の前でイクサに変身してみせた日のことだ。

 

「お礼って、そんなん……」

 

「思い返してみたらあの時、私、多分しっかりと言葉で感謝を伝えられていなかったと思うの……だからちゃんと伝えたくて……助けてくれてありがとう……健吾くん……」

 

「おお……ん?」

 

「……」

 

 今、俺の聞き間違いでなければ「健吾くん」と呼ばれたはずだが、まさかの言葉に思わず首を傾げてしまう。しかし千聖ちゃんの顔もは仄かに赤みがかっているし、恐らく聞き間違いではないだろう。

 

「千聖ちゃん、今、名前で呼んでくれたか?」

 

「……わざわざ言わないでよ。全く、無粋なんだから」

 

「もしかして照れてる?」

 

「照れてない!」

 

 余計なこととは分かっても千聖ちゃんが相手なら少しだけ揶揄いたくなってしまう。そしてあからさまに分かりやすい反応を見せてくれた千聖ちゃんに微笑みながらも、こうして名前で呼んでくれるまでに心を許してくれたことに嬉しさを覚えていた。俺に対して言い返したげに口をもごもごさせるも何とか抑え込んだ千聖ちゃんは、僅かに頬を赤らめたまま一枚の券を机の上に出した。

 

「それと……これも……」

 

「これって……ライブの券か?」

 

「ええ、偶々手元に一枚だけあったのだけど……。来週のクリスマス・イヴに、Pastel*Palettesのライブが開催されるの。良かったら、け……健吾くんにも観に来てくれたらって……」

 

 心なしか千聖ちゃんの声が震えているような気がしたが、恐らく俺の気のせいだろう。プレッシャーだらけの世界で活躍してきた女優が何故こんなことで緊張することがあるのかと、自分に言い聞かせる。

 

「クリスマス・イヴか……」

 

「もしかして都合が悪かったかしら?」

 

「いや、むしろギリギリセーフや。一日後やったら無理やったかも知れやんからな」

 

「……因みに一日後、何の予定か聞いても?」

 

 何故そこで妙に真剣な顔をするのか分からないが、別な隠すほどのことでもないので素直に答える。というか怖い。千聖ちゃんの今の顔ちょっと怖いし……。まるで俺が悪いことを仕出かしたみたいな雰囲気になっているが、何も悪いことはないはずだと言い聞かせて千聖ちゃんにその日の予定を伝えた。

 

「ライブや、TETRA-FANGのライブ。クリスマスにな」

 

「そ、そう……そうよね。あなたってそういう人よね」

 

「どういう人やねん」

 

 彼女の口から溜め息か安堵の息か分からない吐息が漏れ、諦めに近い声色で俺のことを抽象的に言う千聖ちゃん。何が呆れることがあるのか分からず、少し食い気味に彼女に迫ってしまう。

 

「ふふっ、健吾くんは生粋のバンドマンなんだなって。戦うとかそれ以前に、音楽が好きで他には目もくれないって感じ」

 

「そらそうや。俺にとったらギターは命やからな。ギターやってるから今の仲間ともいられるんやし、俺は一生ギターから離れることは無いと思ってる」

 

 千聖ちゃんの言う通り、俺は生粋のバンドマンや。しかし千聖ちゃんも一日しか絡んでないのによく俺のことが分かっているようで、何だか少しこそばゆくなる。自分の考えが当たっていたことに少し満足しているのか薄ら笑みを浮かべていた千聖ちゃんだったが、その笑みを沈めて神妙な顔つきで再び俺に問うてきた。

 

「じゃあ、やっぱり戦うのって……嫌、なのよね?」

 

「当たり前やないか。俺やって戦うのは嫌や。好きで相手を傷付けるような人間になったつもりはないで俺は」

 

「そうよね。でも、それならどうして戦ったりするの? 傷まで作って、死ぬかも知れないのに……怖くないの? そこまでしてまであなたに戦う理由でもあるのっ?」

 

 神妙な顔つきで話し始めた彼女の眉は徐々に垂れ下がり、やがて悲痛な表情へと変わっていた。しかし彼女が何を言いたいのかはよく理解しているつもりだ。戦いが嫌いであるのに何故その道を選んだのか。何故嫌なことに自ら進んで歩み寄るのか。それが理解できないのだろう。

 怖くない……と言えば嘘になる。今でも命の危機に陥る度に全身が騒ぎ出し、偶に逃げ出したいと感じる時もある。しかしそれは決して恥ではない。

 

 ──恐怖を知らないものは戦士たりえない。何故ならばそれは勇気を知らないことになるのだから。覚えておくといい、綾野君。

 

 いつかの師匠の言葉の通り、俺は自分の抱く恐怖心とも向き合いつつこれまで戦ってきた。強さのため、自分の弱さから逃げるなと、その言葉を胸に……。

 

 そして、そこまでして俺が戦う理由は……。

 

 

 

 

「理由か……強いて言うなら……自分の正義を守るためやな」

 

 

 

 

「自分の正義……健吾くんの正義って──」

 

「チサトさん。スタッフの方が話があるみたいです」

 

「──っ、そ、そう。ありがとうイヴちゃん、今行くわ。じゃあまたね、健吾くん」

 

「おう。頑張ってな」

 

 千聖ちゃんが何かを訊ねようとした時、イヴちゃんが乱入して束の間の談話が終わりを迎えた。ほんの一瞬名残惜しそうな顔が見えた気がするが、すぐさまキリッとした表情に切り替えて立ち上がる千聖ちゃんにエールを送ると、彼女は笑顔で返してくれた。うん、流石女優さんやな。俺も今のは少しキュンと来たで……。

 因みに一緒に去っていくイヴちゃんも俺に向けて軽く会釈をしてくれたが、特に問題には繋がらないと見ていいのだろうか。千聖ちゃんと同じバンドのメンバーなのだから、千聖ちゃんに不利になるようなことはしない子だと信じておこう。可愛い子やし。

 

「(さて、そろそろ戻るかな)」

 

 久しぶりに千聖ちゃんと話せて満足したし、これ以上この店に長居している理由もない。せっかくチケットも貰ったことやし、帰ったら彼女たちの曲の予習でもしようか……などとこれからの休日の少しばかり楽しみにしていた時だった。

 

 

 

「君。少しいいかな?」

 

 

 

 立ち上がろうと机に両手を立てた時、俺に向けられた声に気付いて手の力を抜き、声の主へと顔を向ける。そこには一人の男性が立っていたが、首から社員証のネックストラップをかけていることから、先ほどの撮影クルーの内の一人だとすぐに分かった。それと同時に、すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られてしまう。

 

「はい、なんですか?(やっべぇな……さっきの千聖ちゃんとの会話で変に怪しまれたか……?)」

 

 平静を装って返すも、心の中には汗ダラダラで焦っている自分がいる。先程まで普通に話していたが、千聖ちゃんは女優でありアイドルでもある。当初の懸念通り、俺のせいで余計なゴタゴタが生まれそうになっているという状況に頭を抱えそうになっていた。

 

 しかし男が次に口を開いた時、そんな焦りも一瞬で吹き飛ばされることになった。

 

 

 

 

「君は……イクサなんだよね?」

 

 

 

 

「ぬ……?」

 

 いやぁ、人間予想外の言葉を投げかけられると変な声が出るもんやなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 そんな店の中で、俺に話しかけた男を見つめる影がいたことなど、その時の俺を含め誰も気付く者はいなかった……。

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