ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『各々が安らかな休息を過ごす中、不気味な影が健吾たちのすぐそこまで迫っていた……』


第65話 素晴らしき青空の会

 これは過去の出来事である。

 

 暗い夜の世界の片隅で二つの人影が対峙していた。片や全身をステンドグラスのような体表に覆われた異形──ファンガイア。人知を超えた恐るべき力を持つはずの吸血の一族であり、本来ならば人間が敵う存在ではなかった。

 しかし、そこにいた彼らの間ではその常識は覆されていた。

 

「ハァァッ!」

 

「ゥガァァッ!?」

 

 異形に対峙するは闇の中で銀雪の如く輝きを放つ身体を持つ戦士。何重にも硬く巻かれた鎖に封印された腕から放たれる拳が、異形の身体を強打し吹き飛ばしていた。異形はなす術なく地を転がり、震える身体を何とか起こして白銀の姿へと叫んでいた。

 

「や、やめてくれ! わ、私は誰も襲ったりなんかしていない!」

 

 ファンガイアは人の生命を糧として生きる種であるが、この異形はこれまで一度たりとも人間を襲ったことはなかった。人間の社会の中で生きていくうちに、誰かに示されることなく自然と人間との共存に目覚めていたファンガイアの一人であったのだ。

 

「黙れ。ファンガイアは殺す。誰であろうと関係ない。俺の手で全て滅ぼす」

 

 しかし、目の前の銀雪の戦士はまるで聞く耳を持たず異形へと迫る。皮肉なことに、そんな戦士の正体もまた人間であったのだ。彼にとって相手がファンガイアであるのなら、その善悪の問答は無意味であった。全世界のファンガイアの根絶、それこそが彼にとっての正義であったのだから。

 

「待てや!」

 

「ッぐ。誰だァ!」

 

 その時、銀雪の戦士に向けて重い衝撃波が襲来し、戦士は鎖に巻かれた腕でそれを防いだ。しかし己の正義の執行を邪魔された戦士は苛立ちを抑えきれないと言った声色で乱入者の正体を見据えていた。

 

「名乗るつもりはないけど、『青空の会』のもんや」

 

 その場に駆けつけたのは健吾であった。彼には二人の間でどのような会話がなされたのか全てを聞いたわけではない。しかし、人を襲わないと叫ぶファンガイアを問答無用で一方的に甚振る戦士と、それに対して反撃が消極的なファンガイアを見て思わず身体が動いていたのだ。

 

「チッ……人類の裏切り者どもが」

 

「相変わらず頭の固い連中やな。人間とファンガイアは既に共存の道を歩んでんねん。その流れに逆らうってのは、いくらなんでも時代に取り残され過ぎやで」

 

 自分たちは人類の裏切り者になったつもりもなければ時代に逆らう真似もしていない。自分の親友であり信頼できるファンガイアの王が人間に歩み寄っているのだから、それをわざわざこちらから手を振り払う理由など無い。そんな時代にも関わらず、考えを変えることなくファンガイアを狩り続ける彼ら──3WA(ワールドワイドウイングアソシエーション)を健吾は心の底から嫌悪していた。

 

「……俺の正義の邪魔をするのならお前も悪だ。死ね」

 

「俺の正義から見たらお前もごっつ悪やで……変身!」

 

 互いの正義のために対峙する二人の白き戦士。

 

 造形美溢れる聖戦士に対し、野性味が垣間見える拳闘士。毛色の異なる者たちの闘いが始まろうとしていた。

 

 自身の正義を守り抜くためにも負けるわけにはいかない。そう硬く心に誓い、健吾は……イクサは拳を強く握りしめた。

 

 これは、薔薇と牙の物語が開演されるより以前の、戦いの記憶……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「そういえば麗牙。アタシまだ聞いてなかったんだけど、健吾の変身するあの白いのって何なの?」

 

 休憩のひと時の合間に、ふとリサさんから質問が投げかけられた。健吾さんの変身する白いの……と言えばイクサのことだろう。確かリサさんも健吾さんの変身する瞬間は目の当たりにしていたことを思い出す。タイミングがタイミングだけに誰も説明することなく今日まで来てしまったのだが、それならば仕方ないと僕は彼女にあの聖戦士について教授することにした。「健吾が変身?」と頭に疑問符を浮かべている友希那さんにも説明が必要だろうし。

 

「健吾さんが変身するのはイクサです。正式にはIntercept X Attacker──略してIXA(イクサ)です。元々は青空の会が開発した対魔族用迎撃システムですけど、今は僕たちの心強い味方です」

 

「へぇ〜なんかカッコいいじゃん……それで青空の会って?」

 

「『素晴らしき青空の会』……健吾さんが所属している組織の名前です」

 

 当然、イクサの話をするならば青空の会の話にもなってくるだろう。というよりも、イクサのことよりもこちらの方がメインになりそうだと話す前から予感はしていたのだが。

 

「そこって具体的にどういうことをしてる組織なの?」

 

「それは……なんて言うか、イクサの元々の用途もそうなんですけど、結成当初の掲げていた理念は『ファンガイアの殲滅』だったそうなんです」

 

「っ……で、でも当初ってことは今は違うんだよね? 健吾も味方してるんだし」

 

「はい。今は僕たちと同じで、人間とファンガイアの共存を目的として日夜活動をしてくれています。僕も時折彼らの助けを借りる時がありますから」

 

「だよね……よかった……」

 

 青空の会結成の目的を聞いて不安そうな顔をしていたリサさんだが、僕の言葉を前にほっと胸を撫で下ろす。きっと僕やアゲハのことを心配してくれたのだろう。相変わらずの優しい彼女の見れて嬉しくなるも、彼女の質問がまだあることを察して顔に出さずに彼女の言葉に備えた。

 

「でも、イクサって人間が作ったんだよね。キバならまだ魔法っぽい感じがするけど、人間の科学であんなの作れるんだ……」

 

「(キバだってファンガイアの技術の粋を集めて作った至高の鎧なんだけどね……)そりゃあ、人類の知恵の結晶とも言っていい存在ですからイクサは。青空の会には世界中から支援者がいて、多くの支援金が集まってくる。だからこそ多額の費用をかけて他の魔族にも対抗できるイクサを完成させることが出来たんです」

 

 本当は自分たちファンガイアの技術を自慢したいところだけど、そんな無粋な真似も出来ずにイクサと青空の会の話を続ける。民間によって組織された青空の会だが、その規模は最早大企業なんてレベルではない程に大きくなっていた。以前特別に支援者の名前をチラッと聞かせてもらったことがあるけど、世界の名だたる富豪の名前が耳に聞こえてひっくり返りそうになった程だ。僕に見栄を張りたかったのか単に自慢したかったのかは知らないが、計り知れない組織だということは理解した。

 

「(確かこの街にも多額の支援を贈る家があったような……弦巻(つるまき)……だったっけ……?)」

 

 ともあれ、それほどの大きな組織でなければイクサなんてとんでもない代物を開発できるはずもないし、人間とファンガイアの共存という目的を真剣に考えようとも思えないのだろう。本当に今は味方でよかったと心から感じている。

 

「因みに……イクサを作った内の一人……私のばっちゃんらしい」

 

「えっ、そうなの!?」

 

 そう言えばそうだったっけ、と愛音の家系のことも思い出す。確か、亜也音(あやね)さん……だったかな、愛音の祖母の名は。

 

 麻生(あそう) 亜也音(あやね)──イクサシステムの開発において中心を担った人物であり愛音の祖母でもあるその人は、素晴らしき青空の会の発展に限りなく貢献した人として今でもちょっとした伝説になっていたりするそうだ。その噂が本当かどうかは知らないが、そんな人の娘が父さんと結ばれて愛音が生まれるわけだから人生は分からないものだ。

 

「青空の会……イクサ……どこかで聞いたことあるような……」

 

 僕が変に思い耽っていた時、友希那さんのぼそぼそと呟く声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがあると言っても、青空の会は公には公開されていない秘密の組織だ。おいそれと耳にする言葉ではないはずだし、僕らと関わる中で聞きかじったのかも知れないと勝手に結論付けた。

 

「(全ての人たちが共存の道を選んでくれるなら、それほど嬉しいことはないんだけどなぁ……)」

 

 青空の会は僕たちの味方だ。

 

 しかし、世の中は都合のいいようには回ってはくれない。

 

 この世界には未だ僕たちファンガイアを、ひいては魔族全体を敵と見なす人間の勢力がいるのだから……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あ〜……あぁっ、思い出したわ。あん時のファンガイアかアンタ」

 

 何も思い出せなかった俺に向けて男性──亀山(かめやま)さんが語ってくれた昔話のお陰で、俺は目の前の男性が過去にとある組織から命を狙われていたファンガイアであることを思い出した。

 

「その節は本当にありがとう。君には感謝の言葉しかない。他に言葉が思い浮かばないのがもどかしいくらいだよ」

 

「ええってそんなん。気持ちはよう伝わるから」

 

 とは言うものの、あの時の俺は今よりも少し子どもで、眼に映る嫌なものに対してがむしゃらに立ち向かっていた時期でもあっただけに、その純粋な感謝が少しこそばゆくもなる。この人を守りたいという気持ちも、目の前の気に入らない奴をぶっ飛ばしたいという気持ちも本物だったのだから、彼の感謝の言葉を否定することにはならないのだが。

 

「本当に偶然見かけて驚いたんだ。あの時の少年がいるって思ったから」

 

「まあ、本当に偶然やな。普段隣町に住んでるし。それよりも亀山さん、テレビ局のスタッフなんやな。ファンガイアも結構いろんな仕事してるんやって驚いたわ」

 

「それは……あはは。はい、昔から人間の作るテレビ番組とか大好きで、それで自分も同じように番組を作りたいとずっと思っていたんです」

 

 感謝の念の混じったしんみりとした表情から一転、亀山さんは照れ臭そうに、そして嬉しそうに語ってくれた。人間が生み出すものに価値を見出して、自分もそれに携わりたいと感じてくれる。そんなファンガイアも少なくないとは聞いていたが、実際に会ってみるとこちらまで嬉しく感じてしまうものだ。

 

「へぇ〜、夢が叶ったんやな」

 

「そうですね。おかげさまで夢の続きも見られています」

 

 そんな人を守れたという事実も俺の中で大きな存在として残る。自分の行いが誰かの夢を守れたというのなら、それほど気分のいいことはないだろう。彼の笑顔を見ていると、自分の正義は間違っていないのだという自信が持てる。それだけでこれからも戦っていけるのだと思えたのだから。

 

「本当は何か恩でも返せたらと思うんですが、生憎今は何も持ち合わせておらず……」

 

「いいってそんなん。半分俺の自己満足みたいなとこもあったんやし……あ、でも強いて言うなら一つだけ……」

 

「何ですか?」

 

「千聖ちゃんおるやんか。彼女、前に俺のせいで巻き込まれてファンガイアに襲われたことあってな。まあ心配しすぎやと思うんやけど、今日だけでも守ってくれたらなって」

 

 俺はこのまま店を出る予定だ。スタッフでも何でもなくただの友達でしかない俺が彼女たちの撮影に同行する理由は全くない。流石に今日は何もないと思いたいが、一応はレジェンドルガの影を追ってここまで来ただけに少しだけ心配になってしまうのだ。

 

「そうなんだ……千聖ちゃん、そんなことが」

 

「頼めるか?」

 

「ええ、まあそういうことなら。気付かれないようそれとなく注意を払ってみます」

 

「ありがとうな」

 

 このまま何もなければそれでいい。本当に不安なら俺が付いていけばいいのだが、それが許されるようなやわい世界でないことは分かっている。こうして優しいファンガイアの兄ちゃんに保険をかけることが出来たのはちょっとした幸運だっただろう。

 

「じゃあ、俺は行くわ。ほなな、またいつか機会があれば」

 

「はい。私も会えて良かったです。では、また」

 

 そうして会計を済ませ、俺は店の外へと足を踏み出す。久しぶりに感じる冬の町並みに寂しさを覚えるも、気を取り直してイクサリオンに跨り、アクセルを開けて走り始めた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ふと目を向けた窓の外に、一人のライダーがバイクに跨り走り去って行く様子が映し出される。ヘルメットで顔は分からないが、服装からしてあれが健吾くんだというのは何となくだけど分かった。

 そう、彼はもう行ってしまったのね。と少しだけ残念に思う自分がいることに少し驚いてしまう。彼とは一日会っただけの友達のはずなのに、おかしな話よね。それに友達という割にはいろいろ知りすぎている気がするけど……。

 

「チサトさん、少しいいですか?」

 

「? ええ、何かしらイヴちゃん」

 

 スタッフとの話し合いも終えて次の撮影に映る直前、イヴちゃんから声がかけられた。

 

「さっきの男の人って誰ですか? 私もどこかでみたことあるような気がするんですけど……」

 

 一緒に席に座って話し合っているところを見たのだから、当然話題は健吾くんのことになるだろう。ただイヴちゃんも感じている通り、彼女が健吾くんを見るのはこれが初めてではない。

 

「ほら、以前にライブで見たじゃない。RoseliaとTETRA-FANGの合同ライブで。そのTETRA-FANGのギター担当の人よ」

 

「ああっ、思い出しました! あの時の素晴らしいギターを弾いていた方でした! チサトさん、いつの間に知り合っていたんですか?」

 

「合同ライブの直前にね。本当に偶然よ、偶然」

 

 誰が自分から進んであんな派手な金髪男と知り合うものかと心の中で呟く。彼との出会いは本当に偶然なのだから。それにしてもイヴちゃんも見覚えがあるあたり、あの金髪は相当記憶に残るものらしい……いえ、髪じゃなくて当然ギターの方よね、記憶に残るのは。

 彼のギターは聴くどころか、見ているだけでも圧倒されるパフォーマンスと共に繰り出され、会場にいた私も何度息を飲んだか分からない。同じギター担当であり天才的な腕を持つ日菜ちゃんを持ってして「真似出来ない変なギター」と言わしめるのだから、それだけでも相応人間離れした演奏であることが伺える。前に会った時もそうだったけど、本当に音楽に生きる人、という言葉が似合う人だと感じた。本当に……戦いなんて似合わないほどに……。

 

「ライブ凄かったわ、って一言言いたかっただけよ」

 

 流石にどれだけ圧倒されたかなんて一々語るのは億劫なため、彼にもイヴちゃんにも一言の簡単な言葉で済ましてしまう。そもそも彼に対しては着飾った長い言葉よりも、心のこもった一言だけの方がきっと喜んでくれると、半ば確信していたのだし。だけどそれはそれとして、私たちはそこまで仲が良いわけではないと断っておかないとね。

 

「でも、別にそんなに深い仲ではないわ。会ったのだって一日だけだったし──」

 

「そうですか? チサトさん、今とても楽しそうな顔していますっ」

 

「え?」

 

 イヴちゃんの表裏のない純真な言葉を前に言葉を失ってしまう。楽しそう? 今の私が? よりによって彼のことを話している時にそんな風に見られることが意外で、自分でもその理由を探してしまう。

 

「何だか力を得たような、いつもより輝いてるように見えるんです。正に『天啓を得たり』って感じです!」

 

「て、天啓とはちょっと違うと思うのだけど……まあ確かに、言いたいことを言えてスッキリはしたのかもね」

 

 ライブの感想以外にも、あの時のお礼をしっかり言えたことで幾らか肩の荷が下りたのだろうと結論付ける。そうよね、そうに決まってるわ。知り合って日の浅い友人相手に一喜一憂するほど自分は底抜けな人間になったつもりはないもの。「本当にそれだけですか」と言いたげな顔を向けられている気がするけど、イヴちゃんには今の話で押し通したいところだ。彼と話せて楽しかった、というのは正直まだ認めたくないないもの。

 

「白鷺さん、若宮さん、準備お願いします」

 

「はい! さあ、行くわよイヴちゃん」

 

「はい!」

 

 それに私たちは今日仕事に来ているのだ。だからこれ以上関係ないことに意識を向ける必要はない。ここからは一人の人間ではなくタレントとしての白鷺千聖を見せるために、今まで考えていた全ての思考を心の底へと押し入れ、スタッフの集まる場へと足を踏み出した。

 

 

「っ……?」

 

 

 その時、妙な視線を感じた私は立ち止まって振り返る。しかしどこにもそんな人影は見当たらず、不思議な思いをしながらも踵を返して再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの子にしようかなぁ……?」

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