挿入歌:Fight for Justice
昼食も終えて父さんの曲作りを再開していた僕たちだったが、相変わらず意見は纏まらないままだ。何なら曲どころか一度決まりかけた詞すらこのままでは合わないと、リサさんや愛音にも指摘される始末だ。これは相当骨な作業になるかも知れない、と先が見えなくなることにも楽しげに捉えていた時だった。
♬〜♬〜♬〜
「っ!」
「ひゃっ!? な、なになにっ!? なんでヴァイオリンが勝手に!?」
部屋に飾っていたブラッディ・ローズがひとりでに、警報音のように激しく鳴り響き始めていた。その音の意味することを知っている愛音と友希那さんは息を飲んでこちらを見つめるが、その現象を初めて見聞きするリサさんには奇怪なことこの上ないだろう。しかし怖がっているところ申し訳ないが、それを説明している余裕はない。今もどこかで誰かの音楽が消されようとしているのならば、僕は動かないわけにはいかないのだから。
「麗牙、行くのね?」
「はい。キバット……ってアレ?」
共に出ていくためにキバットを呼びかけるも、肝心のキバットの声が聞こえなかったのだ。いや、確かにそこにはいるのだが、彼は声を上げられるような状態ではなかった。
「わ……るい、麗牙……食い過ぎた……ぅっ……」
「……は?」
ソファーの上で仰向けになって倒れたまま苦しそうにそう告げるキバットを見て、流石の僕も苛立ちを覚えないわけにはいかなかった。食べ過ぎで動けないなんて、よりによってこんな時に……と内心で呆れ返ってしまう。確かにリサさんの料理は美味しかったから食べ過ぎてしまう気持ちも分からなくはないけど……いや、やはりこれはよろしくない。お仕置きも視野に入れなければなるまい。しかし今は時間との勝負で、四の五の言っていられる状況ではなかった。
「仕方ない……サガーク!」
『Ш‡ΛΓΛ∨÷θЖ〜』
「きゃっ!? こ、今度は何っ!?」
「UFOみたいね……」
僕の声に反応して何処からともなく現れたのは、小さな白い円盤状の生物だった。体をクルクルとフリスビーのように回転させながら浮遊する姿を見て、友希那さんがこの生物をUFOのようだと呼ぶのも仕方のない気もする。いや、生物というのも少し語弊があるかもしれない。
彼の名はサガーク。
太古の昔にファンガイアの王を守護するために、ファンガイア族の魔術によって作り出したゴーレムである。
そして、キバとは違うもう一つの鎧の装着権を持つ者でもあるのだが……その話はまた今度だ。
「愛音、サガーク連れていくよ。あとキバットにお仕置きも」
「うん……任された」
『そんな殺生なぁ……ぅぷっ……』
今まではサガークに愛音の守護を任せていたが、キバットがこの調子では仕方がない。愛音側で変身する事態にならないことを祈りながら、僕はサガークを引き連れて部屋から飛び出そうとした。
「麗牙っ……頑張って」
「っ、はい! またすぐに戻ってきます」
しかし、出る直前に友希那さんからの鼓舞が聴こえて立ち止まる。僕が戦いに行くことを分かっている彼女からのエールに応えて、僕も笑顔で返してから穏やかな空の下へと駆け出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
空から降り注いだ白き戦士──イクサは、空中で落下しながらもホルスターから取り出したフエッスルをリーダーに差し込み、ナックルを押し込んで起動させた。
『
「ハァァッ!!」
イクサナックルから放たれた落雷に匹敵する一撃、ブロウクン・ファングが鉄塔に迫る火球の一つを完全に消し去った。それどころかイクサの放った攻撃は火球を貫き、千聖たちを苦しめていた異形──スフィンクスレジェンドルガの身体にまで届いたのである。火球との衝突で威力は落ちたものの、それでもスフィンクスの体勢を崩すには充分な威力を持ち、激しい電圧を受けて翼も動かせずスフィンクスは地へと堕ちていった。
「ッグゥァ!?」
そして、スフィンクスが放ったもう一つの火球も鉄塔に到達することはなかった。鉄塔の前に立ち塞がる巨大な白い重機──パワードイクサーの堅牢なボディが盾となって防いでいたのだ。そのパワードイクサーによって投合されていたイクサは火球を消し去り、スフィンクスが気付いた時には既に鉄塔の頂上へと辿り着いていた。
「健吾くん!」
「悪いな千聖ちゃん! ちょっと遅なったわ!」
高い鉄塔の上からでも聞こえるように叫ぶイクサを目にして、千聖の目に希望の光が射し込んだ。連絡も付かず、少し遅くはなったがそれでも彼は来てくれた。あの時と同じで、自分たちを助けてくれるヒーローが……仮面ライダーがいるという事実を前にして、彼女の体の底からは活力が湧いてきていた。太陽の光を浴びて輝く白き姿は、千聖にとっては希望の光そのものだったのだから。
「イクサ……ッ、ハァァァァッ!!」
「おっと!」
イクサの攻撃から立ち上がったスフィンクスはすぐさまイクサに向けて火球を放った。イクサは倒れたままの人質を背負うとすぐさま飛び退いて火球を避け、鉄塔を垂直に駆け下りていった。それを追うように次々と火球を放ち、鉄塔が崩れていくもイクサの脚は止まらない。
「ハッ!」
そして最後に壁を思い切り蹴り、空中へと跳躍した。しかし空中では逃げ場はない。そう睨んだスフィンクスは空を飛ぶイクサに向けて再び火球を放つも、落下していく筈のイクサの身体は上空へと持ち上げられていたのだ。
「何ッ!?」
急に浮遊するように見えたイクサに千聖も一瞬驚いたが、直後にイクサがその手に何かを握っているのが目に入った。イクサの手に握られていたのはファンガイアバスターであった。イクサの得物の先から打ち出されたフックがもう片方の鉄塔へと打ち出されており、それに引き寄せられる形で呆気なくイクサは鉄塔の頂上へと辿り着いていたのだ。
「どっちを助けるか? んなもん答えは『両方助ける』に決まってるやろ! やけど、後出しで悪かったなぁ……店員の姉ちゃんよぉ!」
「ッ! イクサァァァァァッ!!」
イクサはスフィンクスに向けて吐き捨てると、もう片方の人質──イヴを抱え、鉄塔に自身の姿を隠すようにして飛び降りた。スフィンクスは怒りのままに両手から火球を放ち続けるも、その感情任せの攻撃がイクサたちを襲うことはない。激しく音を立てて崩れていく鉄塔の土煙に紛れて、難なく着地していたイクサは人質を抱えたまま、千聖と合流を果たしていたのだ。
「健吾くん! イヴちゃん!」
「っ!? い、いつの間に……」
人質が全て奪われ、千聖の元に戻ったことを察したスフィンクスは逆に冷静さを取り戻していた。しかし、自身の楽しみを奪われたことに対する怒りは消えてはいない。その激情をできるだけ見せまいとして、スフィンクスはイクサへと投げかけていた。
「……どうしてここが分かったかな。しかもあんなデカブツまで用意してきて」
「野獣の勘……やな」
「……ふざけてんの?」
「どうやろな。けどちょっと違和感あったんは事実やで」
実際には亀山にこっそり持たせていた発信機のために健吾は異常を察知することができたのだが、こう言った方が敵を苛立たせられると踏んでの発言であった。それに元々嫌な予感が渦巻いていたために街から離れることがなかったという点で考えるのなら、彼の勘は正しかったと言えるのだろう。
しかし、イクサにはそれ以上にどうしても気にかかることがあったのだ。それは目の前の怪物について……正確には、その気性についてである。
「それになんや、お前レジェンドルガにしちゃイクサのことよう分かっとるやんけ。いや、そもそもお前……本当にレジェンドルガなんか?」
「……」
レジェンドルガとは太古の昔に滅んだとされる種族のはずである。それが何故現代に現れたのか。そもそも滅んだというのが間違いであり、彼らは封印されていただけなのだ。それが現代に蘇った……それが麗牙たちが出した結論であった。
しかし、そうであるにしては目の前のレジェンドルガは妙にイクサに対して攻撃的な目を向けるのだ。まるでイクサに対して個人的な感情があるように……。レジェンドルガにとってイクサなど対岸の火事のような存在であり、直接合間見えた記録など青空の会で探しても見つからないにも関わらずだ。
故にイクサは感じていたのだ。目の前の存在は、単にレジェンドルガという存在で収まる枠ではないと……。
「どやねん。お前は一体何者や」
「ふふ……」
「あ?」
「ふふ……くっふふふふっ、あははははははははっ! そう、私は単なるレジェンドルガじゃない……私は人間よ。レジェンドルガの力をその身に宿した、立派な人間!」
「なんやて……」
楽しげに笑う怪物を前にして、イクサと千聖は息を飲む。目の前の恐るべき怪物が、自分は元々人間であったと言うのだ。そこに感じる衝撃と恐ろしさは並大抵のものではないはずだ。しかしイクサは衝撃以上に納得したようにゆっくりと息を吐き、目の前の怪物を見据える。
「ようやく合点がいったわ。お前、多分3WAの人間やろ。追い出された奴がいるって話聞いたことあるし」
青空の会とは志を異にする魔族を知る組織──3WA。そこに所属していた人間であるならばファンガイア、ひいてはイクサに対して強い敵意を持つのも納得がいったのだ。
「正解。そうなのよね。なんか見境なく殺し過ぎちゃったみたいでさ、逃げてきちゃったのよね、私」
「見境なく、な……それってどういうことや?」
「邪魔な奴みんなよ。ファンガイアも、それを邪魔する人間も、無関係の人がいるからって私を止めようとする同僚もみんなね。だから追われちゃって……」
「あ、あなたは……なんて……っ」
「そう怖い顔しないで千聖ちゃん。ホントすごいのよレジェンドルガの力って。私なんて空を飛ぶ他に……ほらっ、この通り顔だって変えれるのよ。だからさ、このまましばらくやり過ごそうかなって。ま、この顔の本物も殺しちゃったからすぐにバレるんだけどねー」
「──」
「……訂正するわ。やっぱお前人間ちゃうわ」
面白半分で自身の顔を千聖と同じに変化させてそう語るスフィンクスに対して、千聖は言葉すら出せなかった。それと同時にイクサはハッキリと言い切った。ファンガイア憎しで人間すら殺し、果てには同僚も、そして逃げるために無関係の少女の命すらも奪った目の前の存在を、健吾は心の底から嫌悪していた。そして感じたのだ、コイツは文字通りの「人でなし」だと。
「う……ここは……」
「っ、気ぃ付いたか? 亀山さん」
「イクサ……そうか私は……すまない。守ると頼まれておいてこのザマだ……」
その時、イクサの背後で気絶していた亀山が目を覚ました。身体を起こして目の前にある光景から自身に起きた出来事をすぐさま理解し、恩返しすら果たせなかったことを恥じていた。
「ええよ。これから守ってくれるんやったらチャラにしといたるやさかいに」
「ああ。今度こそ、任せてくれ」
「信じとるで」
それでもイクサは亀山の強固な眼差しを信じ、彼に千聖たちを託して、前に進み出てスフィンクスと対峙する。
「なぁ、お前よ。お前の正義って何やねん?」
沸き立つ怒りを抑えつつ、イクサは目の前の怪物に問いかける。大方の想像は出来ているが、それでも自分の中での答え合わせとばかりに訊ねずにはいられなかった。
「正義? 正義ねー……強いて言うなら、ファンガイアを殺して殺して殺し尽くす。ファンガイアの存在しない世界を作る。それが私の正義」
「なんやようファンガイアのこと憎んでるようやな。親でも殺されたんか?」
「……そうだったら納得してくれるの?」
「まあ理解はできるな。やってることは納得はせんけど」
半ば当てずっぽうなイクサの言葉に対してスフィンクスの声色が若干低くなる。その反応を肯定と受けたイクサは仮面の中で僅かに眉をひそめるも、決して心を許すことはない。
「お前の考える正義は分かった」
元人間であろうと、家族を殺されていようと、それが無関係な存在を殺す理由になってはいけない。
そんな自分と決して相容れない正義を持つ怪物に向かって更に一歩踏み出し、イクサは一言だけ告げた。
敢えて、目の前の怪物が一番苛立つであろう言い方で……。
「さて問題。俺の正義はなーんだ」
「ッ、知るかァァァァァァッ!!」
スフィンクスが問うが如く、イクサもまた問題を繰り出していた。ただでさえ人質を無事に奪い返されて
「っラァッ!」
すぐさま迎撃態勢に移ったイクサも、ガンモードのイクサカリバーから銃弾を撃ち出してスフィンクスを撃ち墜とそうとする。しかしスフィンクスは翼を羽ばたかせて上昇し、素早く弾丸を躱していた。
「消えろッ! 人類の裏切り者がァ!」
スフィンクスは両手から特大の火球を生み出すと、青空の会への恨みを募った呪詛の言葉と共にイクサへと投合した。
「どっちがや! フンっ!」
特大の火球のためにスフィンクスからはイクサの姿は見えなくなってしまうも、猛々しいイクサの言葉と同時に火球が爆発を起こしたのを目にして笑いがこみ上げ、満足げに顔に手を当てていた。しかし……。
「ゥグッ!? なッ!?」
爆散する火の中から飛び出してきたフックが脚に絡みつき、スフィンクスは驚きの声を上げる間もなく地面へと引き寄せられていた。そして直後に、火の玉を叩き斬ったと思しきイクサカリバーを片手に、ファンガイアバスターで自身の脚を捕まえているイクサの姿が目に映ったのだ。
「ドリャァァア!」
「ッガァァッ!?」
イクサは一本釣りの如くファンガイアバスターを振りかぶり、雄叫びと共にスフィンクスを地面に叩きつけた。すぐさま地に堕ちたスフィンクスに接近し、イクサカリバーを振りかぶるイクサだが、スフィンクスもすぐさま応対し、獣のような腕と爪でその刃を防いでいた。
「フンッ!」
「クゥッ! 舐めるなァ!」
「っ、ゥオオッ!?」
両者が拮抗すると思われた直後、スフィンクスの爪が突然ミサイルのような撃ち出され、イクサの鎧に直撃してその身体を吹き飛ばしたのだ。
「健吾くん!」
「っつつ、だ、大丈夫や! ったくルークみたいな攻撃しよってからに……」
似たような攻撃手段を持つ知り合いが脳裏に浮かび、予想外の手段を用いたスフィンクスに悪態をつく。しかしスフィンクスはすぐさま宙に飛び上がり、空からイクサ目掛けて高速で飛びかかってきた。
「フンッ!」
「グッ……!」
「あはははッ! あれ? さっきのようにはいかないの? ハァァッ!」
「ゥアァ!?」
空中からのヒットアンドアウェイの戦法に切り替えたスフィンクスに向けてイクサも攻撃を仕掛けようとするも、先ほどのような搦め手を警戒するスフィンクスを捉えることは出来ずにいた。
「あっはははッ! ゥラァァァッ!」
「ガァァッ!」
「健吾くん!!」
すれ違いざまにイクサの鎧に確実に傷を付けていくスフィンクスを目にして、千聖の中の不安は大きく膨らんでいた。自分の希望の光が消えるというだけではない。綾野健吾という、自分を救ってくれた友の命が失われるかもしれない……そんな恐怖にも晒されていたのだから。
しかし……。
「大丈夫だよ」
「亀山さん……?」
「イクサは……彼の正義はこんなものじゃない」
健吾が死ぬかも知れないという恐怖に飲まれかけていた千聖の心に、亀山の強い言葉が溶け込んでいた。亀山は信じていたのだ。
目の前で戦い続ける戦士の強さを。
自分がかつて目の当たりにした、
「ふふんっ、そろそろ終わりかな? イクサッ!」
スフィンクスは掌に火球を作り出してイクサに接近し、トドメとばかりにその身体に撃ち込もうとした。
しかし、その時イクサがベルトのリーダーにフエッスルを差し込んだ瞬間を、スフィンクスは見えていなかったのだ。
「ちょっと気ぃ早いんとちゃうかッ!」
『
「っ、キャァ!?」
イクサカリバーの奥義が発動した瞬間、イクサの周りが太陽の如く眩い光に包まれる。突然発生した眼球すら焼き尽くす光を前にスフィンクスは体勢を崩し、一瞬イクサを捉えることが叶わなくなってしまう。そしてその一瞬こそが、イクサにとっての希望の光となった。
「ハァァァァァァッ!!」
「ッガァァァァァッ!?」
すれ違いざまにイクサ・ジャッジメントを叩き込むイクサ。並みのファンガイアなら一撃で屍に返す神の断罪が振り下ろされたはずだった。しかしその攻撃すらもスフィンクスにとっての致命傷とはならず、地面と激突してもなお立ち上がる強さを見せていた。
「クソォ……殺す……イクサも……アイツらも全員殺す!」
「硬いな……それがレジェンドルガの力ってやつか。それよりも、ホンマに見境なしやなお前」
「黙れ! 両方守る? ハッ! そもそもお前たち青空の会に人間を守ることなんて不可能だ! それを今から教えてやる!」
そう叫びながら、スフィンクスは手から生み出した小さな火球を千聖たちの方目掛けて撃ち出した。例え小さな火球だろうと、人間を五人や十人焼き殺すには充分な威力の込められた火球が、弾丸のような速度で千聖たちに迫っていた。
立ち位置から見てもイクサがどう動こうと間に合うことはない。そう高を括って内心ほくそ笑んでいたスフィンクスだが、直後のイクサの行動に目を見開いて動揺してしまう。
「ハァァァァァァ!」
「っ、お前!? アイツら守るんじゃ……グゥッ!」
火球が千聖たちに迫るにも関わらず、イクサは真っ直ぐスフィンクスへと駆け出していたのだ。イクサカリバーを振るうイクサに、スフィンクスは大樹の如き腕で防ぐも、その行動理念が理解出来ずに困惑していた。しかしそれと同時に千聖たちのいる方角で爆発音が聞こえ、再びスフィンクスの口から笑みが溢れていた。目の前の存在は、結局誰も守ることなど出来なかったのだと。
しかし、それすらイクサの言葉で再び消え失せてしまうことになる。
「もう一つ問題や。俺がずっとなりふり構わずお前に集中して戦えたのはどうしてでしょうか?」
「どうしてって……っ!?」
爆炎が消え去り、千聖たちがいる方角を見てスフィンクスの目が見開かれる。
そこには、無傷の千聖とイヴがいた。
そして彼女たちを守るように異形が……トータスファンガイアが、その堅牢な身体を盾にして立ちはだかっていたのだ。
「かめ……やまさん……?」
「約束、しましたからね」
「そういうこと。正解は、俺がファンガイアも信じとるからやッ!」
「グォッ!」
そしてイクサはスフィンクスの身体へと蹴りを入れ、怪物の身体は地を転がっていく。イクサの語る正解をスフィンクスは理解出来なかった。ファンガイアを信じるという発想が全く持つことのなかった彼女の価値観では、その選択肢は存在し得なかったのだ。故にイクサの行動が想定外過ぎて、今後の更なる予測が出来なくなってしまっていた。
「カハッ、ゲホッ……お前は何なんだよ……ファンガイアを信じたり、ファンガイアなんかのために命張って……それで人間の私を倒すっていうの……」
故に、ある種の恐ろしさのようなものを感じたスフィンクスはイクサの良心に付け込もうとする。自分は人間だと、その人間を殺せるのかと、イクサに問うていた。だがイクサは決して動揺することなく、威風堂々とした佇まいを崩さないまま、スフィンクスに、そしてその場にいる全てに向けて語り出した。
「百歩、いや万歩譲ってや……お前を人間やとしよう。それでも、俺には人間とかファンガイアとか関係ない。信じられる奴は信じるし、守りたいものは守る。そしてお前みたいなぶちのめしたい奴はぶちのめす。それが俺の正義や」
非常にシンプルであり、そしてエゴに割り切った正義を語るイクサにスフィンクス、そして千聖たちは息を飲む。自分の匙加減一つでどうにでも決まってしまうその正義が横暴に感じられて、何も言えなくなってしまっていた。
「(いえ……でも健吾くんの守りたいものって、きっと……)」
しかし、千聖は彼が横暴な人物でないことは充分に理解していた。彼はどんな時でも自然体で、自由な人であり、理不尽を嫌う人であった。そんな彼が本当に守りたいものも、倒したいと思うものも、千聖はすぐに分かったのだ。
彼にとって守るべきは「自由」。
討つべきは「理不尽」。
それがイクサ──否、綾野健吾の正義であった。
「覚悟せぇよ。ここからが俺のライブや」
そしてイクサが手を口元に添えた瞬間、彼のマスクの一部が分離され、彼の手の内に収まる小さな端末へと姿を変えていた。
その端末──イクサライザーを開き、更なる変身のためのコードを入力した──『1・9・3』と。
『
コールボタンを押して電子音声が発生した直後、イクサの鎧にいくつもの光の筋が走る。
そしてイクサが太陽の如く輝いたと誰もが感じた瞬間、イクサの鎧が四方へと飛び散ったのだ。
しかしそれは内なる力を発揮するための重りを解き放ったに過ぎない。
そこに顕現せしは純潔な白ではなく、広く澄み渡る青空。
仮面のクロスシールドも更に展開し、十字架のような形状から戦国武将の兜の前立の如き猛々しものへと変化していた。
「っ……青空……」
千聖は思わず息を飲んでいた。
そこには正に、
これこそが、青空の会が生み出した対魔族用迎撃システム、その終着点とも言えるべき存在。
発案者、麻生亜也音の理念を百パーセント実現させた究極のイクサ──仮面ライダーライジングイクサ。
青空が如き真っ直ぐに透き通った青年に託された、確かな正義の称号である。
「行くで……」
「(コイツ……ヤバイ……っ)」
イクサにではなく、健吾という個人に対して戦慄を抱いたスフィンクスはたじろぎ、ゆっくり迫るライジングイクサから逃げるように一歩一歩と後ずさっていく。そして、すぐさま背中を向けて地面から飛び立ったのだ。自分の価値観と決して相容れない異常な正義から一刻も早く逃げるために。
「ハァ、ハァ……っな!?」
「逃すかよ」
スフィンクスが地を蹴って空を仰ぎ見た直後、その眼前には青空が広がっていた。ただしそれは誰の空にもかかる広大な青空ではなく、青空の化身たるライジングイクサであった。イクサは跳躍すると同時に一瞬でスフィンクスの空を舞う上を取ったのだ。その手に握られるのは、変身にも使用され、現在は銃身へと変化したイクサライザーであった。跳び上がってスフィンクスの頭上を越え、逆さまに落下しながらイクサは激しく銃口からエネルギー弾を連射し出した。
「ハァァァッ!!」
「ギャァァッ!?」
その身に大量の銃弾を浴びて地面へと落下していくスフィンクスだが、イクサは攻撃の手を緩めることなく、着地と同時にスフィンクスへと接近する。そして、もう片方の手に握るイクサカリバーを振るい、スフィンクスの片翼を斬り飛ばした。
「セヤァアアッ!」
「ガァァァァァァァァッ!!?」
片翼を失い、身体の均衡が保てなくなったスフィンクスに向けてイクサは容赦なく剣撃を繰り返す。元々自身の身体にあったものではないといえ、身体の一部として添えられた翼を捥がれたことで今まで感じたことのない痛みを感じているスフィンクスに、まともに反撃できるほどの力は残されていなかった。
「ゥラァァ!!」
「ガハァッ!?」
激しい剣撃の後にイクサライザーの連射を喰らい、大きく吹き飛ばされていくスフィンクス。そこから立ち上がろうにも脚が震えて身体を支えることすら出来ず、最早まともに逃げるだけの力も残されていなかった。
「これで仕舞いや!」
イクサはイクサライザーのグリップから抜き取られた青空の如きライザーフエッスルをリーダーに差し込み、イクサの最終奥義を発動させた。
イクサライザーとイクサの仮面が輝き、銃口に眩い光と共に高圧力のエネルギーが充填されていく。
「ぃゃ……やめ……」
これまで散々殺し尽くしてきてどの口が言えるのかと、イクサの動きが止まることはなかった。
「お……お前も……ファンガイアに家族を殺されれば分かるはずだッ! 私のやるべき事が正しいと!」
銃口を向けるイクサに向けて、同情を誘うかのように語るスフィンクスであったが、その言葉がイクサに……否、健吾に届くことはなかった。
健吾は、スフィンクス以外には聞こえない小さな声でぼそりと呟いた。
「殺されとるわ……とっくの昔にな」
「っ!?」
戦士の語る言葉に衝撃を受けるスフィンクスであったが、それ以上の反応をイクサは許してくれなかった。
「それでも! 俺の正義は揺らがへん! お前への問題はこれで終了や。俺の正義、しかとその身で味わえ!」
「ヒッ!?」
自身の揺るぎない正義を叫び、そしてイクサは最後の引き金を引いた。
「ハァァァァァァァァァッ!!」
「ヒッ、ィギア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ!!」
ファイナルライジングブラスト──イクサライザーから放たれる高密度のエネルギー波が嵐の如くスフィンクスの身体を飲み込み、辺り一帯を激しい爆発が包み込んだ。
激しい暴風雨を放ったにも等しいイクサはその威力で身体を吹き飛ばされそうになるも、足腰で必死に踏み留まりそれに耐えていた。
「……」
晴れていく爆煙の中を、イクサはゆっくりと進んでいく。そしてその中心で力なく倒れている人間の姿に戻った少女の姿を目にし、僅かに息をつく。間違えて木っ端微塵にしないよう威力を落としていたために、目標の原型はハッキリと残っていたのだ。恐らくは死んでもいないだろう。この後で青空の会で確保して、その力の出所を探らなければならない。彼女がいつどこでどうやってレジェンドルガの力を手にしたのか、それを知る手立てを自ら捨てるほど彼は浅はかではなかったのだ。
「ふぅ……」
ともあれ戦いに決着がついた。銃口をゆっくりと下ろし、同時にイクサの鎧が光の粒子となって消えていく。その中から現れた健吾に向かって、千聖たちが駆けつけていた。
「健吾くん!」
「お、千聖ちゃ──っおっと!?」
立ち止まると思われた千聖は、そのまま健吾の目の前まで走ってきて、彼の両腕を掴んでしゃがみ込んでしまったのだ。健吾は突然のことに動揺するも、直後に彼女のすすり泣く声が聴こえてすぐに冷静さを取り戻していた。
「千聖ちゃん?」
「ぐすっ……ごめんなさい……でもっ、私怖くて……ぅっ、今度ばかりは、本当にもうダメだって思って……ひっぐ……」
「……怖い思いさせてもたな」
命を助けたい方を選べ、などという極限の状況にいれば彼女の反応も当然のことであろう。張りに張った緊張の糸が一気に解れて、安心しきってしまったゆえの涙なのだろうと健吾は感じ、千聖の震える背中を優しく叩いていた。もうここには彼女を傷つけるものはいないと、安心させるように。
「すまない。私がもっとしっかりしていれば……」
「気にすんなって。さっきはちゃんと守ってくれたやんか。ありがとな、亀山さん」
「ええ、ありがとうございます……それと、ごめんなさい。私、さっき一瞬でもあなたのこと見捨てようと考えてしまって……」
「気にしなくていいよ。大事な友達を助けたいと思うのは当然のことだから。そこに人間もファンガイアも関係ない……私はそう信じてる」
千聖の行動を決して咎めようとしない亀山の優しさに触れ、千聖も心を落ち着かせることができた。人間もファンガイアも関係ない。助けたいものを助けるのが、きっとその人にとっての最善なのだから。助けたい全てを助けたイクサのように……。
「……まっ、これで一応は解決やな。後はアイツを引き渡して……あれ? そういやイヴちゃんどないした?」
そこでようやく健吾は、自分の元にいるのが千聖と亀山だけであることに気付く。イヴは気を失っているはずなのだから、どちらかが側にいるはずであるが、二人の側に彼女な影は見えず、先ほどまでイクサの戦いを見守っていた場所にもその姿はない。
イヴはどこに行ったのか……そう健吾が問いただそうとした時だった。
「凄いです!! アナタ本物のサムライだったんですね!!」
突然背後から轟く大声を真に受け、健吾は軽く飛び上がってしまう。
「ぅおおぉぉッ!? び、ビビった……って、え? 侍……?」
「はいっ! あの前立は完全に武士の兜でした!」
先ほどまで意識が無くなっていたとは思えないほど活気付いて目を輝かせる様に、健吾は呆気に取られてしまっていた。それよりも、自身を武士のようだと揶揄するということは先ほどの戦いを途中から見ていたのだろうと健吾はすぐに察する。そうして自分を落ち着かせ、イヴと対話を図ろうとする健吾であったが……。
「え? って、イクサ見てたんか。ってかいつの間に起きてたんや?」
「
「ああー! なんかややこしなってきたなぁ!!」
興奮の余り目の前が見えていないイヴの挙動を前にして、健吾の困惑した叫び声が廃工場に響き渡った。
「……くすっ」
しかし、つい先程までの激戦が嘘のように晴れ晴れとしたその平和な光景を目にし、千聖と、そして亀山の顔にも再び笑顔が戻っていたのだった。
そんな彼らの様子を遠くから眺めていた者たちがいた。
「なんか、全部終わっちゃってたみたいだね」
『β⊥э⌘Åя……』
「あはは、そんなにガッカリすることないじゃん」
マシンキバーに跨り、全ての決着がついた直後に到着した麗牙と、それに付き従うサガークであった。麗牙は和気藹々と楽しげに過ごす健吾たちを温かい目で見つめながら。サガークは久し振りにキングのために力を振るうこと無く終わることに、無機質な目で悲しみながら。
「(それにしても……人間がレジェンドルガの力を……)」
レジェンドルガによる眷属化ではなく、人間がその理性を保ったままレジェンドルガの力を得たことに麗牙は考えを巡らせていた。スフィンクスが戦意を失った瞬間に彼の耳から嫌な音楽が消えたことから、既に彼女の眷属と化していた人間たちは元に戻っていると麗牙は感じ取っていた。そこから、本来のレジェンドルガとは少しだけ違う部分があるのだろうと麗牙は予想を立てていたのだ。
誰がどのようにして彼女をレジェンドルガにしたのか。それをこれから探っていかなければならないと、ファンガイアの王としてこれから果たすべき責務を考えていた。ともかく、この後スフィンクスが引き渡される青空の会からも情報共有してもらうように話を付けなければならなかった。
「やることは多そうだね。じゃ、帰ろうか」
『¥Λй#≪θч』
未だ楽しげな空気が抜けきらない健吾たちを背にして、麗牙は紅の鉄騎を走らせた。
その頃、紅邸では……。
「えっ……ねぇ、この写真ってもしかして……麗牙?」
曲作りが止まり、特にすることもなく暇を持て余していたリサは、愛音の許可の元で紅邸を散策していた。そして、手にした大きなアルバムの中に一枚だけ残されていたその写真を目にし、恐る恐る愛音に確認を取っていた。
「そう……ミニ兄さん……多分、小学校に入る直前の……」
写真に写されていたのは赤毛が特徴的な、どこか怯えた目を浮かべる小さな子どもの姿であった。
そしてリサの予想通り、その少年は幼き頃の麗牙であった。
「っ!! かっっっっっっわいいぃぃぃ〜!! 天使じゃんこんなの! うひゃ〜……麗牙もこんなにかわいい時期があったんだなぁ……」
「今……可愛くない?」
「……うん。今も結構可愛い顔してるね麗牙。でもこれはちょっとズルいかも。お持ち帰りしたくなっちゃうなー☆」
「流石に……引く……」
「あんな手で兄を陥れようとした子の発言じゃないよねそれ?」
「……無念……」
そんなやり取りの最中、リサは自然な動きで鞄から携帯を取り出し、その写真を携帯に収めようとしていた。文字通りこれほどのお宝写真を目にするのがこれっきりだと思うと、勿体無くて仕方がないとリサは感じてしまったのだ。
「撮っても怒らないかな? 麗牙」
「どうかな……まあ、見せびらかさなければ……」
「……うん、撮っちゃえ♪」
カシャリと、リサの携帯の中に幼き日の麗牙の写真が保存される。
満足気に自身の携帯の画面を覗き込むリサ。
無論これが悪いことだとリサも愛音も、況してやここに麗牙がいようと思いはしないだろう。
リサはただ、珍しいものを写真に残しただけなのだから。
だから何も悪いことなどないのだ。
ただし──
──その写真の少年を知る者が、彼女の身内にいなければの話だが……。
爆弾セタップ!
RoseliaとRASのライブ、プレミアムで当選してました。
ネコウモリさん大勝利、です。
次回もお楽しみに。
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