「それでは私はここで失礼するよ」
穏やかな時が流れていく午後のカフェ・マル・ダムールにて、一人の男性が席から立ち上がる。初老ながらもガタイの良い体躯から、普段から欠かさずトレーニングを重ねていることがスーツの上からでもよく分かる。それが戦うため以上に、ここのマスターの体脂肪率に勝つためだというのはもはや周知の事実なのだけど……。
「情報の提供、感謝します。こちらでもヤツらについて新たに分かり次第、青空の会と共有させていくつもりです」
「ああ。よろしく頼む、麗牙君。綾野君、これからも期待しているよ」
「おおっ、任しときって」
笑いかける健吾さんに向けて薄く笑みを返した男性は、マスターに僕らの分の代金も手渡してから少し雲がかかった冬の空の下へと出て行った。大人の余裕や年の功を感じさせ、次狼とはまた違ったダンディズムを見せる彼は、素晴らしき青空の会の会長である。世界に広がる巨大な組織のトップであるのだが、一応は部下であるはずの健吾さんの馴れ馴れしい態度は如何のものか……そう思うも、身近にいるアゲハや大ちゃんを思い返して言葉を飲み込む。まあ、馴れ親しみやすい雰囲気を醸し出しているのもあの会長の魅力なのかもしれない。今はあの人の主導の下で、人間とファンガイアの共存が目指されているのだから、僕だって信用はしたくなる。出来れば未来永劫、彼らとは敵対したくないものだ。
「それで、さっきの話だと健吾さんはイヴさんにイクサを見られたと……」
「ま、まあそこはしゃあないやろ……あの後の説明めっちゃ疲れたけど」
「あはは……なんか分かるかも」
時代劇が好きだと言っていたイヴさんのことだ。武士の甲冑のようなライジングイクサを目にして目を輝かせるところは大いに想像できた。近しい視線ならば僕もあこちゃんから受けたことはあるし。
「ま、それよりも問題は今後やな」
「そうですね。とにかく早くその人間に目覚めてもらわないと……」
今日僕らが集まっていたのは、昨日の健吾さんの周りで起きたレジェンドルガの襲撃──正確にはレジェンドルガの力を手にした人間の話と、その後の話を青空の会から聞くためだった。健吾さんが撃破して青空の会で確保されている人間は未だ意識が目覚めず、満足に事情聴取が取れていない。分かっているのは採取した血液から判明した彼女の身元だけだが、それでも人間のレジェンドルガ化に繋がるものは一切判明しなかったという。少なくとも力の源が血ではないことが分かっただけでも進歩だが、これ以上は直接彼女の口から聞くしかないだろう。
「さて、真面目な話も終わりやし、少しリラックスせぇへんか? 昨日のライブのこととか話し合ったりよ」
「ああっ、いいですね! よかったですよねっ、Afterglow」
進まない話に意識を傾けていても仕方なく、昨日観に行ったAfterglowのライブについて花を咲かせようとした、その時だった。
「はい、いらっしゃい」
「ど、どうも〜……あっ! 麗牙さんいた!」
「っ? あ、ひまりちゃん……とつぐみさん?」
「こ、こんにちは……」
カフェの扉の鐘を鳴らして恐る恐る入店してきた二人の少女。僕の姿を見るなり目を輝かせた彼女たちは、丁度僕たちが話題にしようとしていたAfterglowのメンバーの二人であった。一人は以前に僕に弟子入り志願をしてきたAfterglowのキーボード担当のつぐみさんで、もう一人はAfterglowのベース担当でありリーダーでもある
そんなひまりちゃんが僕を見つけた反応からするに、これが偶然なのかどうか怪しいところもあるが、せっかくの出会いなので僕と健吾さんを挟んだ机の反対側へと二人を招くことにした。
「ん? 麗牙、知り合いか?」
「ほら、Afterglowの」
「え? あ、そういえばそうやな。なんか昨日のステージとちゃうから一瞬分からんかったわ」
健吾さんがそう反応するのも無理はないだろう。昨日CiRCLEで行われたAfterglowのライブはそれは心が躍る素晴らしいものであり、ステージ上に立つ五人の姿はとても輝いて僕たちの目に映っていた。全員が幼馴染みで結成された彼女たちの音楽は、いつまでも変わらぬ固く暖かい絆を感じさせ、それでいて心揺さぶられる激しいロックを奏でていたのだから。そんな彼女たちの音楽に思わず魅了されてしまったのは僕も健吾さんも同じであった。
そんなAfterglowの二人も今は放課後の制服姿のままであり、学校終わりにそのまま喫茶店に転がる様子など如何にも「The 女子高生」という雰囲気がありありと伝わってきていた。昨日のステージとはまた違う、平凡な日常の姿のために健吾さんもすぐには気付けなかったのだろう。
「紅さん、昨日のライブ来てくれたんですよねっ。ありがとうございます!」
心から嬉しそうな眩しい笑顔を浮かべるつぐみさんから律儀にお礼を告げられ、その笑顔につられて僕まで顔が綻んでしまう。つぐみさんは以前に僕のようになりたいと言っていたが、実際は無意識ながらもこんな風に人の笑顔を誘うことに関しては才能を持っているのかもしれない。ここまで人に安心感を与えさせる笑顔を僕はそうそう見た覚えはないのだから。
「私からもありがとう、麗牙さん。それでさ、早速ライブの感想とか聞かせて欲しいんだけど……その前に、えっと……そっちの人って……?」
ひまりちゃんからも嬉しそうに礼を言われるも、同時に僕の隣に座る健吾さんの説明が欲しそうに僕に懇願するような視線を向けていた。そして例の如く、こういう時は自分から名乗る健吾さんが自ら紹介をしてくれた。
「初めましてやな。俺は綾野健吾。麗牙と同じTETRA-FANGでギターやっとるんや。ま、よろしゅうに」
「あ〜! そうだあの金髪の人だ! あの、ごめんなさい。私、なんか金髪とギターが凄いこと以外覚えてなかったかも……」
「あっははは! まあ、それはしゃあないわ。でも俺のギターが印象に残ったってだけでも充分嬉しいで」
ステージで一回だけ見て印象に残ったのなら御の字だろう。そんな健吾さんの感想に内心頷きながら、二人にも訊ねたいことがあったので問い質した。
「僕たち、ちょうどAfterglowの話をしてたんですけど……二人はどうしてマル・ダムールに?」
「えっ!? 嬉しい! ……じゃなくて、私たちは〜……ねっ。ほらっ、アレだよっ。敵情視察ってやつ!」
「敵情視察?」
その言葉の響きが気に入っているのか、楽し気に語るひまりちゃん。何となく事情は掴めてきたけれど、その隣で少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるつぐみさんにも一応聞いてみることにした。
「一応私も珈琲店の娘じゃないですか。だから、他の人気のある店の味とか知っておいた方がいいかなって……紅さん、よくここに来るって行ってたから」
「だから敵情視察……」
「そうっ! なんかスパイみたいでカッコ良さそうだよね!」
スパイみたいというより立派なスパイだけどねそれは、と口に出かけたが何とか飲み込んだ。しかし、堂々とそんなことを店内で話すものだから今の会話も完全にマスターに筒抜けになっている。当のマスターもそんな二人に朗らかな笑顔を浮かべながら、注文もないのに早速珈琲を仕立て始めていた。あらら、完全に勝負する気だよあの人……。
「ほぅ、ええ度胸やん。腰抜かすなよ? ここのマスターの珈琲は天下一品やからな」
「こ、腰を抜かすって……い、いえ、それなら楽しみにしています……!」
健吾さんの言葉回しに若干の引きかけたつぐみさんだったが、自分のすべきことを思い返して身の丈に合わない勇気を出して構えていた。そんな彼女の頑張りが可愛らしくてつい笑みが溢れてしまう。なるほど、これが美竹さんたちの言う「ツグってる」状態なのかと、何となく理解できた午後のひとときだった。
「はい、スペシャルブレンドお待たせ。若いっていいね……その度胸買ったげる。これ、サービスだから」
「えっ!? ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……うう、すごい余裕だ……」
ああ……つぐみさんが完全に大人の余裕に飲まれている。ここには飲みに来たのを忘れないでつぐみさん……。
そんな彼女たちがスペシャルブレンドの味と価格を知って悲鳴を上げることになるのは、この数秒後のことであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから更に太陽が傾いた頃、俺と麗牙は何故かショッピングモールへと向かっていた。それもこれも、目の前で思い出に浸っているひまりちゃんとつぐみちゃんに連れられてだ。
「まだあの珈琲の味が残ってるよ……はぁ……すごかったなぁ……」
「でも一杯千五百円は女子高生にはツラい、ツラすぎる……!」
二人は未だスペシャルブレンドの威力に苛まれているようで、本来の目的も忘れて思い思いの言葉が止まることはない。まあ、確かにあの値段と味はなかなか忘れられることはないよな。
因みに本来の目的というのは、ショッピングモール内にあるペットショップを見に行くためだ。何故ペットショップ? と思うだろう。いや、実際俺も少し思ってるけど……まあ説明するとだ、カフェ・マル・ダムールの戦力に慄くひまりちゃんとつぐみちゃんが、「ではどうすれば勝てるのだろうか」と考えた結果、とりあえず珈琲以外の部分で追いつくために参考にしたのが看板犬のさゆりちゃんだったのだ。時代はアニマルセラピー、お客さんは癒しを求めているのだ! ……とはひまりちゃん談だが、何故かそれに乗っかってしまったつぐみちゃんにも誘われて、今に至るというわけだ。正直、飼うためというよりは見に遊びに行くためだけの気がするが、特に口にしないでおこう。
「いい子がいるといいですね」
「いやいや麗牙、何もまだ飼うって決まったわけちゃうし……ってか、なんかお前さっきから妙にそわそわしてないか?」
「えっ? そ、そうですか?」
青空の会長と話していた時は大分なりを潜めていたが、学校にいる時や、アフグロの二人との会話中も、どこか落ち着かない様子が感じられてらしくないと思っていたのだ。
一体何が麗牙の余裕を無くしているのか分からず、心配になってしまう。あのファンガイアのキングに緊張感を強要する何かがあるのだと、自然と俺の方まで緊張が感染ってしまいそうだった。
「……っ!!」
そして、ショッピングモールの入り口までもう少しで着くというその時だった。
突然麗牙が立ち止まり、何かに気付いたような真剣な表情を浮かべ、身体を細やかに震わせていたのだ。
「っ、どないした麗牙? まさか……」
麗牙がこういう反応する時は決まってブラッディローズのメロディが奏でられている時だ。俺は聴こえたことはないが、あの音色が響く時は決まって誰かの音楽が危険に晒されている時であり、それを止めるために麗牙は駆けつけて戦わなければならない。こんな楽しい時にでも容赦無く響く戦いの音に内心恨みを抱きながらも、麗牙へとその所在を確かめる。
しかし……。
「い、いえ。ブラッディローズじゃないです……!」
「? じゃあ何や──」
そう言いかけた俺を尻目に、麗牙は凄まじい速度でポケットから出した端末を操作し、その画面をマジマジと見つめていた。
──誰かからの連絡を待っていたということなのだろうか?
俺がそんな予想を立てている合間に、麗牙の様子に異変が起きていた。
「……ぐはッ……」
「ら、麗牙っ!?」
突然麗牙の身体が力無く崩れ落ち、気が付けば麗牙は地面に四つん這いになって項垂れていたのだ。なんや!? 一体何が起きたんや!?
同時に麗牙が見ていた携帯の画面が露わになり、俺と、突然崩れ落ちた麗牙に心配して駆け付けてきた二人は、地に落ちた携帯の画面を覗き込む。
そこには……。
「えっと何々……『厳選なる抽選を行った結果』……」
「『残念ながら今回はチケットをご用意することはできませんでした』」
「『またのご利用お待ちしております』」
「「「…………」」」
麗牙が沈黙した理由に一瞬で静まり返る一同。
しかし、とりあえず俺からは一言叫ばなければ気が済まなかった。
「脅かすなやボケェ!!」
「何が分かるんですか健吾さんに!!」
「ええっ、そこまで!?」
まさかこんなタイミングで親友から「お前に何が分かるんだ」と久々に言われるとは思いもしなかった。こちらが怒ったつもりが予想外の反応で返されたために狼狽えてしまうも、ポツポツと零していく麗牙の愚痴から更なる詳細も明らかになる。
どうやら麗牙は、『ブルースカイ』のライブの抽選に外れてしまったようだ。
これで麗牙がいつになく緊張し、激情を見せる理由にも納得がいった。今日が抽選日だと知っていたからこその緊張であり、好きな音楽を聴くことができない理不尽への激情だったのだと。
「最速先行も、先行もダメで……もうこれしかなかったのに……ああ、もはや絶望するしかないです……」
「分かる……分かるよ麗牙さんっ。私も何度か経験あるから、チケット落選のメールを見るときの心の痛さはよ〜〜く理解できるよ」
「ありがとうひまりちゃん……でもダメだぁ……絶望して身体が張り裂けそうだ……変な怪物とか生み出してしまいそうだ……」
「なんでそんなえらい具体的やねん……お前やったら本当にできそうで怖いわ。ええからとっとと立ちぃや。周りの人に迷惑やぞ」
よくもまあ当落一つでここまで一喜一憂できるものだと苦笑しながらも、崩れ落ちた麗牙の首根っこを掴んで無理矢理立たせた。「そんな雑な」とひまりちゃんの声が挟まれるが、このくらいしなければいつまでも項垂れているかも知れないからだコイツは。というか前科持ちだし、幼少期に。
「紅さん……大丈夫ですか?」
「つぐみさんの優しさが沁みます……」
落選で本気で落ち込む姿を年下の女の子に慰められている光景は見ているこっちまで情けなくなってくる。ああ、しっかりしてくれよキング……。
「紅さんってブルースカイのファンだったんですね」
「はい……あ、つぐみさん、ブルースカイ分かりますか?」
「はいっ、いろんな人やいろんなジャンルの音楽があるのが楽しくて、私も最近のお気に入りのグループの一つなんです」
「っ、そうですかっ。いいですよね、ブルースカイ!」
「あ、復活した」
「はぁ、同志見つけた途端にこれかい」
つぐみちゃんがブルースカイを知っていると聞いた途端に活気が戻り、目を輝かせて彼女に同意を迫る麗牙にため息をついてしまう。好きなものを同じとする存在に出会えることの貴重さは俺も承知しているが、よくもまあここまで喜べるものだとは思う。ただ、麗牙の過去を考えればブルースカイファンと繋がることの熱意にも充分納得は行くのだが……。
ともあれ麗牙も復活し、これでようやくショッピングモールに向けての歩みを再開できる。そう思われた時だった。
「あれ? みんな何してるの?」
聴き馴染んだ声に振り返ると、そこには制服姿で不思議そうにこちらを見据えるあこちゃんと燐子ちゃんの姿があった。この道を歩いているということは彼女たちもショッピングモールに用があるのだろうか?
「よっすお二人さん。いや何、ちょっとショッピングモールにな。と言っても、用があるのはそっち二人やけどな。あこちゃんたちはどうしたん?」
「りんりんの買い物だよ。次の衣装のアイデアが浮かんだから、それに合うものがないかな〜って探しに。あこはそれについてきたの。ねっ、りんりん?」
「うん……休みの日に来れたらよかったんですけど……今日、ふと思いついたから……」
なるほどな、と二人の説明に納得する。思い立ったら吉日とは、燐子ちゃんもなかなか行動的なところあるやんか。これは賑やかなショッピングになりそうだと予感していたその時、燐子ちゃんが麗牙に近寄り、恐る恐ると問い質し始めた。
「あの、麗牙さん。麗牙さんは……当たりましたか……ブルースカイのライブ……」
「……ぐはッ……」
「麗牙ァ!?(二回目)」
燐子ちゃんからブルースカイの件を掘り起こされ、麗牙は再び地に崩れ落ちてしまった。
「きゃっ!? ら、麗牙さん!?」
当然、麗牙がそうなることに驚いてしまう燐子ちゃん。だがそもそも君の発言の所為だというのは忘れないでほしい。せっかく立ち直ったというのに一体どうしてくれるのか。
しかし恐るべきかな燐子ちゃん、一度ならず二度までも麗牙の心に傷を負わすとは……と、そんな冗談を言っている場合ではないな。こんなところで屯されては周りに迷惑だし、再び彼の首根っこを掴んで立たせようとした。
「ん? そういや燐子ちゃん、なんで今日が抽選日って知ってるんや?」
しかしその時、ふと疑問に感じたことがあり燐子ちゃんにそれを問い質す。麗牙からブルースカイの抽選の件を聞いたというのが一番に考えられるが、当たるかどうかも分からないのにわざわざ抽選日を教えることだろうか? それにたとえ教えられたとして、その日をわざわざ覚えていられるはずもない。
そんな俺の疑問に燐子ちゃんは恥ずかしげに頬に手を当て、小さな声で答えてくれた。
「その……わたし……当たったんです……ブルースカイのライブ……」
「……おめでとう……燐子さん……ガクッ」
「……もう叫ばんぞ」
燐子ちゃんの言葉がトドメの一撃となったのか、完全に倒れ伏した麗牙。流石の俺もこれ以上はツッコミきれないために反応は控えさせてもらおう。まあ、自分は外れたのに目の前で当選宣言されたらそりゃそうなるわな……。
「へぇ、燐子ちゃんも申し込んでたんやなぁ」
「わ、わたしは……前に麗牙さんと……ブルースカイの話をした日に……まだ間に合ったから申し込んで……」
「え、もしかしてあの日に?」
どの日やねん、と麗牙に口を挟みかけるも飲み込む。割とすぐに復活した麗牙に燐子ちゃんは若干驚いて身を引いてしまうも、そこに至った経緯を軽く話してくれた。
麗牙のお陰で再びブルースカイの音楽に触れることが出来た燐子ちゃん。彼女は離れていた青空との時間を取り戻すために、今でも彼らの楽曲やライブなどを全て網羅しようとしているというのだ。それはブルースカイと再会できたあの日からずっと。そしてその日の内に、ライブの存在を知って早速申し込んでみたのだという。いやいや……内気な子かと思っていたかどまさかここまで行動力があるとは……まさに好きこそ上手なれってやつやな。
「よかった……燐子さん、ちゃんとブルースカイと向き合えていたんですね」
「(元々の原因はお前やけどな)」
二人の間でどこまで過去を共有しているのかは知らないが、この様子から見るに未だに互いに互いを昔のお友達だと気付いていないようだ。その、なんだ……この形容し難い煮え切らない感覚は……。全てを知るこちらからすれば、両方鈍いのか奇跡的なすれ違いが起きているとしか思えないが、本気でいつ真実が白日のもとに晒されるか分からず、今でもハラハラしているところだ。あ、またちょっとお腹痛くなってきた……。
「それでその……わたし……二枚組で当選したんです……やっぱり、わたし一人じゃまだ怖いから……行ける人……誘おうかなって……」
行動力があると思ったが、やはり一人でライブに行くほどの勇気はなかったようだ。故に最初から二枚組で応募して見事に当選した燐子ちゃん。この調子ならばやはりあこちゃんと行くことになるのだろうか。そんなことを考えていたが、ふと見ると燐子ちゃんは俯いて前髪で視線を隠し、僅かに震えているような仕草を見せていた。
「だから……その……」
「?」
燐子ちゃんは消えるような小さな声で呟く。
なかなか言葉を出すことが出来ず、わなわなと震える小さな口。
その震えを唇を噛むことで無理矢理止めて、息を飲んで顔を上げた燐子ちゃんは、真っ直ぐな瞳を向けて麗牙に告げた。
「麗牙さん……もしよろしければ……一緒に行きませんか……?」
あまりに予想外の展開に俺はつい目を見開いて固まってしまう。一緒に行く……ブルースカイのライブに……麗牙と燐子ちゃんが……。
「(え、それ大丈夫なん……?)」
ようやく平静を取り戻した俺はつい心の中で心配してしまう。確かにこれまで奇跡的に何事も起こらなかったが今後も起こらないとは思えないし、何よりこんなにも二人が近付くイベントなんて後が怖すぎて目を塞ぎたくなるくらいだ。
「ほ、本当……ですか……!?」
そして当の麗牙は、その眼の輝きを増すばかりだ。そりゃあそうだろう、絶望しかけていた望みが突然目の前に現れたのだから。最後の希望を前にして麗牙の心に光が射すのは当然の結果であった。喉から手が出るほど欲しいものがあって、それを手に出来るというのだ。普通に考えればここで手を伸ばさないという選択はないだろう。
「っ、い、いえ、燐子さん。気を遣わなくていいですから。せっかくなんだし、あこちゃんと一緒に行ってきてください。そのために二枚応募したんでしょ?」
「(
しかし麗牙は溢れる笑顔を抑え、なんとその救いの手を自ら振り払ったのだ。本当は行きたくて堪らないはずであるにも関わらず、燐子ちゃんの友であるあこちゃんに譲る……麗牙……さっきまでいろいろ内心でボロクソ言ってたけど取り消すわ。お前、今最高に漢やで……。
「そう……ですか……」
麗牙を誘うことに緊張と、そして幾ばくかの期待があったのか、燐子ちゃんは少し残念そうに目を伏せる。もしかして最初から麗牙と行きたいと考えていたのかな燐子ちゃんは。彼女には悪いが、ここは麗牙の男気を買ってもらおう。俺の心の安寧のためにも。
「あこはいいよ。麗牙さん」
「え?」
「は?」
しかし、腹痛の素が一つ消えたと安心したところであこちゃんから声が上がる。これまた突然の状況変化で驚きのあまり声を上げてしまった。
「だって麗牙さん、大好きなんでしょ? ブルースカイ。だったら麗牙さんが行くべきだってあこは思います!」
「え、いいの? あこちゃん?」
「そやで? あこちゃんやかて行ったらきっと楽しめるはずやで?」
自分でも少しだけ必死さを感じるが、唐突に大人なことを言い出したあこちゃんに詰め寄ってしまう。しかしあこちゃんの決意は固いようで、俺の誘惑にも首を横に振っていた。
「やっぱりこういうのってファンが行かないと。あこはまた別の機会でもいいかなぁって。だから麗牙さん、りんりんとライブ楽しんできてください。りんりんもそれでいいよね?」
「あこちゃんがいいならわたしは……麗牙さん……どうでしょうか……?」
そんな二人に感極まったのか、麗牙は二人の手を取り、神に祈るかのような仕草で胸の前で構えていた。
「ありがとう……本当にありがとうございます! やはり持つべきは友達です! 二人が友達でこれほど良かったことはありません!」
「えっ? あ、その……ら、麗牙さん……て、手が……はわわっ」
「ぅわっ? 麗牙さん、そんなに嬉しかったんですか? えっへへ」
突然麗牙に手を引かれて困惑する二人を他所に、麗牙は精一杯の感謝を込めて彼女たちの手を握りしめていた。燐子ちゃんは突然のことで顔を赤らめて視線が飛び回っており、あこちゃんは麗牙に予想以上に喜ばれて少し嬉しげに笑っている。歓喜の中にいる麗牙はそれに気付くとなく、ただただ感謝の言葉を投げかけていた。
「はぁ……(どうなるかねぇ……)」
決まってしまったことは仕方がない。心から嬉しそうな麗牙を止めることなど出来るはずがなく、もはや俺に出来ることは何事も起こらないよう祈ることだけだ。或いは二人の間の爆弾が起動としても、爆発が燃え広がることなく静かに鎮火してくれることを願うしかない。
「ふむふむ……つぐ、これはなかなか強敵だよ?」
「えっ!? だ、だからそんなのじゃないから……」
「……(聞こえないフリしとこ)」
麗牙たちを見て後ろでコソコソと話すひまりちゃんとつぐみちゃんの女子トークから、更なる腹痛の素が生まれる予感がしていた。これ以上事態が複雑になるのはもう見たくないため、つぐみちゃんの言葉通り
とりあえず後でショッピングモールの薬局にでも寄ろう……そう思う放課後のひとときであった。
そろそろキャラのプロフィールも公開していこうと思います。
まずは主人公から。
バンド:TETRA-FANG
パート:ボーカル
誕生日:5月18日 (牡牛座)
身長:176cm
所属:城南大学付属高校2年B組
好きな食べ物:オムライス
嫌いな食べ物:刺身蒟蒻
趣味:静かな場所で佇むこと