薄く白い朝焼けが街を包んでいく中、僕と健吾さんは重くなった足を運んで少し早めの通学をしていた。重い足取りの理由は、先程の青空の会での報告を聞いたためである。青空の会から逃げ出した女性が、変わり果てた姿で見つかったという報告を……。
──
彼女は普遍的な中級階級の家庭の生まれであり、当たり前だが魔族のことなど一切知ることなく家族や友人と共に平和に暮らしていた。しかし高校に進学した頃、彼女は地獄へと突き落とされることになる。
ある夜、彼女の父親も帰宅していつものように団欒を過ごしていた時であった。ドアホンのチャイムが鳴り、そのテレビドアホンの画面には宅配便の配達員が映っていた。宅配便を受け取るために彼女の妹が玄関の扉を開けた瞬間、彼女の運命は変わることになる。
男はその姿を変貌させると彼女の妹に吸命牙を突き立て、瞬く間に少女の命の彩りを消し去ったのだ。次に家に侵入すると彼女の両親のライフエナジーも吸い上げ、そして満足して帰っていったようである。
何故彼女だけが無事だったのか……それに関する彼女の証言をまとめた文書などは残っておらず、それ以上の詳しいことは分かっていない。恐らくはそのファンガイアが単に満腹であったのだろう……と思ったが、意外なところから真実が明らかになった。この一家を襲ったというファンガイア、どうやら既にルークによって粛清されていたようなのだ。ルークによればこのファンガイア、基本的に二人ほど襲えば満足するそうだが、最後の一人のライフエナジーを吸う際は毎回他の人間に問うて回ったらしい。
「どっちを殺すか選べ」と。
その上で両方選べなかった場合は二人とも殺して帰っていく……そんなルーチンを組んだファンガイアだったそうだ。あまりにも非道な行いのため、流石のルークも報告書を見るまでもなく記憶に残っている相手だったようだ。そんな相手に襲われた彼女だからこそ、健吾さんから聞いたような非道な問題を出す怪物へと変わり果てたのだろう。
その後女性は警察に保護されたそうだが、彼女の言葉など誰も信じてはくれなかった。魔族の存在は未だ人間社会では公にされておらず、怪物のことを言い続ける彼女を人は精神に異常きたしたものだと見なし、彼女は精神科に閉じ込められたのだ。
そんな彼女の元に現れたのが3WAであったそうだ。その後のことは足取りが一切掴めないため分からないが、恐らくは3WAの元でファンガイアについて学び、内なる憎しみを募らせ、そうしてあの狂人が生まれたのだろう。
「……チッ」
隣を歩く健吾さんから絶えず舌打ちする音が聞こえてくる。自身が苦労して捕らえた人があんな結末になってしまえば仕方のないことだろう。その上、今は彼女の悲惨な過去も知ってしまったのだ。彼のやり場のない憤りは僕も充分理解できる。
「……」
内心穏やかでないのは僕だって同じだ。彼女のこともそうだが、まだ世界には無差別に人間を襲うファンガイアで溢れているのだと痛感させられて胸が苦しくなる。昨日もあんなに人が集まるショッピングモールの中でさえ、つぐみさんを襲おうとしたファンガイアと出くわすくらいなのだ。僕の目の届かないところで一体どれほどの人間が犠牲になっているのかと、改めて思うと気が気ではなかった。
「まぁええ、いつまでもカリカリしてられへんな。麗牙、あのレジェンドルガはどうすんねん」
先程の報告の際に、女性が襲われた現場の監視カメラの映像を見せてもらうことが出来た。そこに映っていたのは、僕を襲撃したのと同じレジェンドルガの姿であった。音すら抜き去る程の速度で現れるあの怪物が彼女を殺したのだと、映像に死体が映されていなくとも理解はできた。もしあの時、僕の反応が一瞬でも遅れていたと思うと……想像しただけで背筋が凍りそうだった。
「あんなに速いのは初めてです。次狼の力を借りても追い付けないほどに。だけど……手はあります」
ジェット機ばりの速度で走り回るあの怪物を捕捉する手段はほとんどない。ガルルフォームでもマシンキバーでも、それ以上の速度を出すイクサリオンですら難しいだろう。だからこそ、その更に上を行くスピードが必要になってくる。そうすれば……。
「追いつくことは可能です。あとは何処にいるか分からない奴を見つけられさえすれば……倒すことはできます」
あの怪物に追いつくこと自体は問題ではない。奴が恐ろしいのは、あの速度でいつでも不意打ちで相手を強襲できるという点だ。故に早いうちに奴を見つけなければ今後もどんどん犠牲者が増えていくかもしれない。もはやあのレジェンドルガを捕えるという方針は僕の中にはなく、排除することのみを考えていた。
「なるほどな……うし、分かったで。こっちでもなんか考えとくわ」
「いいですか?」
「当たり前や。あの鳥野郎には一度ギャフンと言わせたらなな!」
「どちらかというと悪魔だと思う……いや、ガーゴイルかな?」
「どっちでもええやんか。よっしゃ! なんかやる気出てきたで! 覚悟しとけよ鳥野郎!」
「聞いてないし……」
こうして、あの超高速の異形を捉えるために僕と健吾さんと共に考えを巡らすことになった。そして午前の授業が終わる頃、奴を誘き出す一つの
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「(どうしようか……)」
そう頭を抱え込むあたしの前には、少し興奮している様子のひまりとつぐみが、それはもう真剣な目であたしを見つめていた。午前の授業も終わり、昼休憩に入った途端に颯爽と……というよりドタドタと走ってきた二人に引っ張られ、あたしは屋上まで連行されていた。
それもきっと朝の出来事のせいだろうと、あたしは通学中のことを振り返った。
いつものように学校に向かっていると、前方に見慣れた二つの影が並んで歩いているのが見えた。今更見間違うはずもなくそれはひまりとつぐみであったが、何やら寄り添ってこそこそ話し合っているのが気になり、静かに彼女たちの背後から忍び寄ろうとしていた。別に他意はなく、純粋に何を話しているかが気になっただけだ。しかし、彼女たちの話題を耳にしてあたしは思わず声を上げることになってしまった。
「でもさ、カッコよかったよね。あの時の紅さん」
「いやいや、やっぱりヤバいでしょアレ。あの変な怪物もそうだけど、いきなり剣出して振るなんて麗牙さんも充分怖いって。絶対ヤバいって」
「そ、そうかも知れないけど……って言うより、そもそも何なんだろうあの怪物。あこちゃんにも内緒って言われちゃったし……」
「案外、麗牙さんも……恐ろしい怪物だったりしてさ」
「そんなわけないじゃん!」
「「え?」」
「あ……」
二人の会話から、何となくだけど紅さんの秘密を見てしまったのということは分かった。だけど、ひまりが彼のことを「恐ろしい怪物」かも知れないなんて口にするから、つい反射的に叫んでしまった。彼が怪物なのは間違いないかも知れないが、あんなに優しい人が「恐ろしい」と思われるのがとても苦しくて、否定しなければと感じたのは事実だ。
「えっ、あ、おはよう蘭ちゃん。それと……今のって……?」
「おはよう蘭。もしかして蘭、麗牙さんのこと何か知ってるの?」
「おはよう二人とも。それは……うん、まあ……少しはね」
多分、誤魔化そうと思えば誤魔化すことも出来たはずだ。純粋に馬鹿馬鹿しい話だと切り捨てればそれでお終いだっただろう。だけど、彼女たちに対して中途半端に嘘は付きたくなかったし、彼のことを恐ろしいと言われて苦しく感じた気持ちにも蓋をしたくなかった。何せ二人がそれを見てしまった以上、彼女たちの好奇心を消すことは不可能だと感じたからだ。
「じゃ、じゃあさ、蘭も見たの? 怪物を?」
「紅さんの振るう剣も?」
「一応、両方は……でも──」
「よぉっす! おはよう! 蘭にひまりにつぐ! モカ以外揃ってるなぁ」
「──おはよう巴……話は後でね」
言葉の途中で巴が合流したために紅さんの話は一旦お預けとなった。二人の穴の開くような視線に絶えず晒されていたが、とりあえずはそれも教室に入ることで一時的に逃れることは出来た。
そして昼休憩……話を待たされた二人によって連行されて、今に至るというわけだ。
「さーて蘭。知ってること洗いざらい吐いてもらうよー!」
「ちょ、ちょっと待った。なんでいきなり屋上なわけ? ってか二人とも昼食とか大丈夫なの?」
「心配無用だよ蘭ちゃん。私には
「あっ、いいな私も欲しい!」
「ちょ、ズルい……じゃなくて、あたしの食事が……」
今日は購買を頼ろうとしていたために、こうして二人に拘束されている間にも目当てのものが買えない可能性がどんどんと高くなってしまうわけで、少し焦ってしまう。最悪学食を利用するから食べれないことはないんだけど……いや、この二人の様子を見る限りそれすら無理な可能性があるかも知れない。
「(とは言え、何から話せばいいのやら……)まずさ、二人は何を見たの? それを先に教えてよ」
まずは二人の話から聞くのが先だろう。正直なところあまり話しすぎたくはないため、二人が見たもの次第では情報を隠すことができるかも知れない。あの紅い鎧のこととか……。
「昨日のことなんだけど……」
ひまりとつぐみが語ってくれた昨日の出来事。ショッピングモールからの帰り道、紅さんの元に突如として怪物が現れ、紅さんはどこからともなくキラキラと輝いた黄金の剣を取り出して迎え撃ったのだと言う。その後の事はあこに連れられてその場を離れたためにどうなったかは知らないらしいけど……と言うか、その感じだとあこも知っているんだろうか。紅さんのことや、ファンガイアのこと……。
「あ、そうだ。これはひまりちゃんにも話してなかったんだけど……」
つぐみはその直前にショッピングモール内で自身に起きた一連の出来事を説明してくれた。突然、顔にステンドグラス状の模様を浮かばせた男に襲われそうになり、紅さんが助けてくれたこと。そして、その男は紅さんを見るなり顔色を変えて逃げていったこと。
そっか、一応王様なんだよね紅さんって。突然王様が目の前に現れたら普通はビビるだろうし、その男の挙動についてもあたしはすぐに納得がいった。しかしそんなことつゆ知らない二人には、紅さんが得体の知れないものに感じられても仕方のないことなのだろう。
「もしかして麗牙さんってさ、そんな秘密の怪物退治の専門家! ……みたいな感じだったりするのかな?」
「陰陽師とかエクソシストみたいな……?」
二人の予想は当たらずと雖も遠からずと言ったところだ。大きな違いといえば、吸血鬼を倒す紅さん自身もまた彼らと同じ吸血鬼だという点だけど。まあ、そこまで見たのなら仕方ないか……。
「つぐみがショッピングモールで見たっていうステンドグラスみたいな顔の人……有り体に言えば吸血鬼だよ」
「「吸血鬼っ!?」」
二人の大声に驚いて飛び跳ねてしまい、途端に痛くなる両耳を手で覆い塞ぐ。いきなりファンガイアという言葉を使っても首を傾げられるだろうから、あたしたちの間で浸透しているその名前を拝借する。人の間ではその名前で伝承されてきたのだからそう呼ぶ事は間違いではないが、吸血鬼という言葉を聞いた二人の目は一層輝いているようにも見えた。
「た、確かにあの人、ガタイの割にちょっと色白だったかも……」
「吸血鬼……吸血鬼かぁ。アレがそうなんだ……って言うか本当にいたんだ!」
「あ、そういえばひまりちゃん、ハロウィンの時吸血鬼の格好してたよね」
「ああ、確かに」
「おおっ、覚えててくれてるんだ。私のセクシーヴァンパイア!」
「まあ、一応……」
可愛かったのは事実だけど、少なくともあたしが見た限りでは実物はあんな華々しいものではなかった。しかし、余計な口は挟まないでおこうか。ひまりの偶然はとりあえず置いておいて、話を戻さなければならない。
「とりあえずは、紅さんが悪い吸血鬼と戦ってるのは事実だよ」
「た、戦ってるって……やっぱり吸血鬼って、みんな人を襲って──」
「そんなことないっ。吸血鬼にだっていい奴はいるからっ」
「──蘭ちゃん?」
「……ごめん。でも、みんなが悪い人じゃないんだ。同じようにいい人もいるんだって、あたしはよく知ってるから」
吸血鬼を……ファンガイアをみんな悪い人だと思われるのはやはり我慢できなかった。彼らの中には紅さんや……そして藍瑠のようないい人たちがいる。人間と同じなんだ、彼らは。いい人も悪い人も、皆同じように生きて暮らしている。だからこそ、吸血鬼という括りで一緒くたにされるのは嫌だった。
「ありがと、蘭」
「……アゲハ? それに愛音も」
「やほ……」
その時、いつの間にか背後まで近付いていたアゲハと愛音に声をかけられた。あたしたちの会話を聞いていたのだろうけど、アゲハに礼を言われる理由が分からず、一瞬だけ首を傾げてしまう。そんなアゲハは、あたしの横で屋上の手すりにもたれかかり、景色を眺めながら呟いていた。
「蘭がさ、ファンガイアのことそう思ってくれるの、すっごく嬉しかったよ」
「アゲハって……」
アゲハについては同じクラスで、愛音の友達であり、TETRA-FANGのキーボード担当であること以外はよく分かっていない。半分ファンガイアである愛音の友達だから、その事情もよく知っているのかと思ったけど、それだけでないことをこの直後知ることとなる。
「私もさ、ファンガイアなんだよね」
「え」
そう言ってアゲハは顔を外の景色に向けたまま、自身の顔にステンドグラス状の模様を浮かび上がらせた。あの日、あたしが友達の顔に見たのと同じ神秘的な極彩色。アゲハの綺麗な横顔も相まって、その光景はとても幻想的な絵画のように思えていた。
「そうだったんだ。アゲハも……」
驚きはしたが恐怖はない。それが当然であるかのように受け入れている自分がいることにあたしも、そしてアゲハも小さく驚いていた。横目でこちらを見据え、薄らと微笑むアゲハ。その顔からは色鮮やかな模様は消え、普段の色白な彼女の肌へと戻っていた。
「さて、それと……」
ふと隣に視線を向けると、ひまりとつぐみは電池が切れたロボットのようにその場に固まったまま動かなくなっていた。目と口を開いて言葉を無くした間抜けな姿の二人を見るのは少し面白いけれど、話が進まないから軽く小突いて現実に戻ってきてもらう。
「ハッ! ……えっ? あ、アゲハも……えっとその……吸血鬼……?」
「正確にはファンガイアっていう種族なんだけどね。吸血鬼で間違いないよ。あ、でも血とか吸わないから」
「そうなんだ……うん、どおりで色白いなぁ〜って思ってたんだ。顔も綺麗だし」
「うーんどうだろ。顔はあんまり関係ないと思うなー」
「友達に吸血鬼がいるって、なんか新鮮……」
二人はいつしかアゲハに寄りかかり、その顔や肌を物珍しげにまじまじと見つめていた。吸血鬼と聞いても全く怖がるそぶりを見せないのも、普段の人懐っこいアゲハのことをよく知っているからなんだろう。もちろんあたしも、アゲハのことを怖いファンガイアだなんて微塵も思ってはいなかった。
しかし紅さんに続いてアゲハまでファンガイアだったとは。もしかしてTETRA-FANGって、全員ファンガイアだったりするのかな……? あの二人は全然吸血鬼っぽくなかったけど……。
そんな疑問を抱いた時、アゲハの顔から笑みが消え、少し真剣な表情を浮かべてあたしたちに告げた。
「それでなんだけどさ、さっきの話で少し訂正させて。昨日二人が帰りに見たっていう怪物、アレはファンガイアじゃないよ」
「え?」
ファンガイアじゃない? 彼女の言葉の意味が分からず、つい声を上げてしまう。まさかとは思うけど、この世界ってファンガイア以外にも怪物がいるの……?
「まあファンガイア以外にも怪物はいっぱいいてさ、その中でもレジェンドルガっていうダントツにヤバいやつなんだ、二人が見たのは」
「や、ヤバいんだ……っていうか麗牙さん昨日大丈夫だったのかな……」
「ノープロブレム……何も無かったって……」
愛音の報告にひまりとつぐみはゆっくりと息をついた。彼がどれほど凄まじい力を有しているかを知っているならともかく、まだ普通の人間だという認識でいる二人からすれば気が気ではなかっただろう。とは言え、あたしが同じ場にいたとしても心配はしてしまうだろうな。
「レジェンドルガか……」
アゲハが告げた名を呟く。直接見たわけではないから想像するのも難しいが、とにかくファンガイアよりもヤバい存在というのは分かった。そんな奴がこの街にいる、そう考えるだけでも身体が震えそうな感覚に襲われる。冬の寒さとは隔絶した、心から冷えるような怖気があたしを包み込む。
だけど、そんな奴らと戦うのもきっと……。
「(紅さんはファンガイアの他にも、そういう奴らとも戦うのかな……)」
大変だという思いもあるが、それ以上に彼がそうしなければならないという理不尽を感じていた。ファンガイアの王様である以上、彼は自分の民を傷付ける存在を放ってはおかないだろう。そして人間のためにだって彼は戦う。もしレジェンドルガという存在が彼らを脅かすのなら、きっと紅さんは戦うしかないのだろう。あんなに普通に笑って、音楽をして、恋もして、苦しんで、そしてゆっくり前に進んでいく……そんな普通の男の子が、だ。
「(やっぱり理不尽だよ……)」
常に命の危険に晒される彼の境遇を思い、そう思わずにはいられなかった。
「そこでさ、二人にお願いがあるんだけど……」
「?」
その時、アゲハはひまりとつぐみに向かって猫撫で声で話しかけた。
何を今更そんなに媚びる声を出す必要があるのだろうか。
今のアゲハはどこか謙って……というより、少し申し訳なさそうにも見えた。
お願いって、二人に一体何を頼むつもりなのだろうか。
そして……。
「ちょっと手伝ってくれない? ガーゴイル狩り」
とても可愛らしい笑顔を放ちながらとんでもないことを口にしたのだ。
次回、真紅の鉄馬が進化する。
「第72話 嘶く超音速の鉄馬」
ご期待ください。
そしてプロフィール第4弾。一旦はここで終わりです。
ラストはアゲハ。
バンド:TETRA-FANG
パート:キーボード
誕生日:8月18日
身長:148cm
所属:羽丘女子学園高等部1年A組
好きなもの:甘いもの
嫌いなもの:辛いもの
趣味:読書、日記、夜空を見上げること