ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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鳥黐(とりもち)って知ってるか? 木に止まる鳥や昆虫を捕まえるために使われる粘着性の物質のことだ。うっかり鳥黐を仕掛けた木の枝に止まってしまった鳥は足が木から離れず動けなくなる……要は早い話がゴキブリホイホイの鳥版みたいなものだ。決して、上からブッかけるような代物じゃないぜ』

「え、何に対して言ってるの?」


第72話 嘶く超音速の鉄馬

 作戦の決行はその日の放課後であった。無論、あのレジェンドルガを捉えるための作戦だ。成功の確信も勝算も充分にある作戦……だと俺は思っているが、最初に麗牙に提案した時はマジで殺されるかと思うほどの怖い眼で睨まれた。しかしあの高速の異形が街を走り回る中で俺も短時間でこれ以上の妙案は浮かばず、短期で目的を達成するにはこれが最善手だと、麗牙に命懸けのプレゼンをしてようやく実行に移せた次第である。

 その作戦の成功の裏を取るために青空の会にも確認してみたが、街中の監視カメラには意外と頻繁にあのレジェンドルガの影が映っていたようである。殺人か誘拐か何をしているのか分からないが、全てがとある同じ条件下でその姿が確認されたことで、俺はこの作戦の第一条件はクリアしたと思っている。

 

 そして第二の条件だが……。

 

「つぐみちゃん、大丈夫か? ちょっと顔色悪いけど」

 

「い、いえ、大丈夫です。自分からやるって決めたことなので」

 

 俺と共に目的地へと歩くつぐみちゃんの身体は少し固く、顔も強張ってるのがよく分かる。そう、第二の条件とは一般人であるつぐみちゃんたちの協力であった。

 

 レジェンドルガが逃げていく彼女たちの誰かに目を付けていたことは麗牙の話から分かっていた。更に言えばここ数日、不自然な失踪事件が立て続けに起きていたのだが、カメラの映像からもヤツが関わっている可能性が非常に高い。故に、近い内につぐみちゃんたちのうちの誰かがヤツに狙われ、接触するだろうと予測はできた。

 

 そこで今回立てられた作戦とは、彼女たちを撒き餌としてヤツを誘き出すという、自分で考えておきながら非常に最低な作戦であった。

 

 最低だが最善である今回の作戦をアゲハに伝え(この時も電話越しに声だけで殺されるかと思うほどの殺気を向けられたけど)、彼女からつぐみちゃんに提案された。普通ならば囮役なんてごめんだろう。しかも命懸けなのだ、一介の女子高生が背負える役目とは到底思ってはいない。それならそれで可能性の低い第二プランも検討していたが、なんとつぐみちゃんはその協力を受けてくれたのだ。提案したアゲハ自身もまさかつぐみちゃんが本気で頷くとは思わず、焦って発言を撤回させようとしたとか。それでもつぐみちゃんは引かず、結果今回の作戦に参加してくれたのだ。

 

「怖いけど……でもやっぱり、私も誰かの力になりたくて。私がいないと綾野さんや紅さんは困るんですよね?」

 

「そりゃあ、まあ。いてくれるなら俺も麗牙もめっちゃ助かるけど」

 

「うん。だったら私はここにいる。紅さんのこと……私も助けたいし」

 

「……(やーな予感)」

 

 レジェンドルガ以上に嫌な予感を、つぐみちゃん自身からぞわぞわと感じ始めてしまう。誰かの力になりたいという気持ちはよく理解できる。つぐみちゃん自身も普段からそういう子なのだとこれまでの言動からも充分に俺は知っているつもりだ。しかしそれを差し引いても、今の彼女の言動の影にはどうも麗牙が見えるような、そんな感覚を抱いてしまう。流石に考えすぎだろうか……リサちゃんたちの件があった矢先だからそう思ってしまうだけなのだろうか……。

 

「つぐみちゃんって、麗牙のことどう思っとんのや?」

 

「えっ!? わ、私はその、なんていうか……紅さんは憧れっていうか、私の理想っていうか……」

 

「理想ね……」

 

「はい。私も変わるなら、あんな風に自分に自信を持って、誰かのために迷うことなく行動できる……自分のすべきことに明確な答えを持ってる……そんな強い人になりたいと思っていますし」

 

「……」

 

 誰かのために迷うことなく、という点は間違いはないだろう。しかし自信をもって、それに明確な答えを持っているという点については俺は同意は出来ない。

 

「あんまりさ、アイツのことそんなに強い奴やって思わんといてくれ」

 

「え?」

 

 会ってそれ程時間は経っていないのだから当たり前だが、つぐみちゃんは麗牙を理解できてはいない。綺麗な部分だけを見ているからこそ盲信を抱いてしまっている……正に彼女の言う通り憧れなのだろう。

 

「そりゃあ麗牙には普通やないとこばっかやけど、アイツやかて迷ったり悩んだり、いつまでも引きずることやってある。完璧超人ってわけとちゃうんや。生きてるんやし」

 

 何事にも迷わず屈しない完璧超人がいるなら是非ともお目にかかりたいものだ……あ、ごめん師匠はノーカンで。あの人はいろいろ別格すぎるわ。とりあえず師匠の話は置いておいて、彼女の麗牙への評価を少し下方修正させておかなければ。もちろん、超人ではなく人としての評価に、だ。

 

「生きてる……」

 

「そっ。生きてる限り、生き物はいつだって悩むしその度に成長する。欠点一つない存在がいたとしたら、それはもうロボットか、それこそ本当の怪物かもしれんしな」

 

「それは……確かにそうかも」

 

 麗牙はロボットでも怪物ではない。ただ姿形が人間と違うだけの、歴とした生きた存在だ。俺はアイツが傷付き悩む姿をこれでもかというほど見せつけられてきた。だから麗牙を人並みはずれた超人だと思ったことは一度もないし、これからも俺はアイツを一つの生命として、そして一人の親友として見ていくつもりだ。

 

「今やって麗牙は迷う。怪物のこととか、自分の立場のこととか、恋愛のこととか……どっちかというと迷ってばかりの人生やアイツ。せやから、つぐみちゃん……あんま麗牙のことそんな無敵のヒーローみたいな目で見ぃひんといてほしいんや」

 

「……」

 

 考え込むように黙り込むつぐみちゃんだが、彼女は分かってくれるだろうか。彼女の抱いた重たい憧れが、軽い思い遣りに変わってくれることを願いつつ、意識を周囲へと向けて立ち止まる。

 もう十分に歩き、予定の目的地へと辿り着いた。もしこれで何も起こらなければ、後ろの林で待機しているあこちゃんか、または作戦の参加を渋りながらも同行してくれたひまりちゃんで同じことを繰り返すことになるが……さてどうなるか。

 

 気付けば日がビルの向こうに消えていくところで、空も黄昏に染まり始めていた。

 

 日が落ち始め、辺りが闇に沈み始めた夕刻……奴が活発に動き始める時間帯だ。

 

 その時だった。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 突如、俺の全身の肌がざわついた。

 

 背中に冷たい棒を入れられたかのように、寒気を通り越した痛覚が俺の身体を走り回る。

 

 だが、この感覚を全く知らない俺ではない。

 

 人間の第六感……俺の野生の勘が何かを感じ取り、脳から全身にかけて警鐘を鳴らしているのだ。

 

 このような感覚を幾度と味わってきた俺にはすぐに分かった。

 

 待ち人来たる、と。

 

 

「!」

 

 

 しかし、俺の目に映るソレはあまりにも速すぎた。

 

 反応して行動など出来るはずもない。

 

 俺の視覚で得た情報が脳から運動神経に伝達されるよりも速く、岩のような悪魔がこちらに迫るのを見て、ふと思ってしまったのだ。

 

 

 ──あ、死ぬわこれ。

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ!? ッヌグゥゥォ! な、なんだこれはァァ!?」

 

 ソレは俺たちの目の前で嘘のようにピタリと停止し、その姿をハッキリと俺たちに晒したのだ。その光景を見て、俺の意識もまた現実へと引き戻される。

 

「プフッ! ダーッハッハッハァーッ! 引っかかったなぁ! 鳥野郎!」

 

「あれ? ガーゴイルじゃなかったっけ?」

 

「貴様ァ! これは一体!?」

 

 俺たちの目の前では、あの高速のレジェンドルガが両足を地面から離さないまま一歩も動けず、ただただ固まっている姿が晒されていた。いや、地面から離さないのでなく離せないのだ。全身をプルプルと震わせ、下半身に力を入れているのだろうがその地面から脚が離れることはない。

 

「ゴキブリホイホイならぬレジェンドルガホイホイってな」

 

 実は俺たちの周辺には特殊な粘質を持つ化学合成物質が予め張り巡らされていたのだ。ここまで歩いてくるルートだけは何も敷かれておらず、そのため俺たちは罠にはまることなく囮としての中心地へと辿り着けたわけだ。因みにこれはかつてとある魔族との抗争の中で青空の会が開発した、ある意味で嫌がらせ的な物質なのだが、まあその話はあまり聞かないでもらいたい。聞くも語るも涙必至な情けない話なので……。

 

「お前は復活したばかりやから知らんやろうけどな、今のこの国、どこにでも監視の目は付いてんねん」

 

 青空な会によって各所から得られた監視カメラの映像から、ヤツが不意打ちをかけられる広い場所は限られていると判明した。最高速を維持するには最低でも直線距離二百メートルは必要で、相手から気付かれないとなると更なる距離が必要となってくる。麗牙やあの女が襲われた場所も、かなり直線距離がある場所だった。そもそもビルが立ち並ぶ都会ではガーゴイルの長所は生かしきれないのだ。そこで、俺たちは強襲を掛けられるシチュエーションを再現し、ヤツをおびき寄せたのだ。これはある意味、このレジェンドルガがまだ現代社会を理解出来ていないからこそ実行出来た作戦だ。人間社会に溶け込んだファンガイア相手なら、恐らく実行すら叶わなかったであろう。

 

 そして何よりの決め手……この作戦を実行するための第三の条件が、ヤツ自身にスピードと防御力以外の特技が無かったところだ。ヤツには自身の身体能力以外に特殊な能力はない。純粋な力も、飛び道具も、空を飛ぶための翼もない。故に、動きさえ止めてしまえばヤツに他の手段はない。飛ばないゴキブリと言えば、どれほど脅威が落ちるか分かってもらえるだろうか……。

 

「おかげで、お前の行動パターンは朝のうちに既にバレバレっちゅうわけやねん。人間舐めすぎやでオタク」

 

「ググッ……」

 

「これぞ名付けて『おとりもち作戦』や!」

 

「……」

 

「……あ、(おとり)鳥黐(とりもち)をかけて、おとりもち──」

 

「そこ言わんといて!?」

 

 厳密には鳥黐では無いのだけど、せっかくだから名付けて見たかったわけで……。しかし敵には言葉を失われ、つぐみちゃんには解説されて少し意気消沈気味になってしまう俺である。

 

「……フンっ、動きを止めればお前でも勝てると?」

 

「そりゃあな。やけど、お前の相手は俺とちゃう。俺はつぐみちゃん守らなあかんからな。というわけで先生、お願いします!」

 

「誰が先生ですか、誰が。全く、つぐみさんが無事だからよかったものの……」

 

「紅さん!」

 

 俺に悪態をつきながら、背後からゆっくりと歩いてくる麗牙。敵にキングである麗牙を警戒されては囮も何もあったものでないためこれまでずっと待機してもらっていたが、目当てのものが釣れたことでようやく姿を見せることが出来たのである。

 しかしレジェンドルガすら捕らえた化学物質の上をさも同然のように歩いてくる辺り、戦士としては格が一つ抜けているのだろう。彼が歩いた後に続く足跡が燃えていることから何らかの魔術を掛けてるのだと思うが、その炎にはこんな作戦を立てた俺への怒りも含まれているのかと思うと少し恐ろしいものがある……。

 

「……」

 

 そして俺たちの前に出た麗牙はレジェンドルガと対峙し、その紅い瞳で睨みつけていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕は身動きが取れなくなったガーゴイルレジェンドルガと向き合い、相手の射抜くような視線に対して刺し返すように鋭い目付きで睨んでいた。

 

「キング……」

 

「お前には聞きたいことがある。お前たちレジェンドルガはいつ、どうやって復活した」

 

 レジェンドルガはかつてのファンガイアのキングが封印した。そしてその最後の決戦の地となったのが、この日本という島国だった。どうして西洋起源のファンガイアの王族が今も日本に居城を構えているのかと常々思っていたが、恐らくはレジェンドルガの監視のためだったのだろう。王自らが封印したレジェンドルガが再び地に放たれる可能性を思慮し、王が即座に反応出来るように。

 結果として他の魔族よりもいち早く彼らの復活を知ることが出来たのだが、残念ながらその理由は目下のところ不明であった。

 

「質問はまだある。どうやって人間をレジェンドルガにしたのか、何故レジェンドルガにしたあの女性を殺したのか、そして何故つぐみさんを狙ったのか」

 

「知りたがりだな、キング。だが、こうなった以上だんまりも面白くない……まず一つ教えてやる。我が一族にはその力を与えるための術がある。洗礼の儀式とでも言っておこうか」

 

「洗礼……過去の文献でもそんなことは書かれてなかった」

 

「その必要が無かったからだ」

 

 ガーゴイルはあっさりとその儀式の存在を僕に語ってくれた。レジェンドルガの力を埋め込むなんていうとんでもない儀式だが、存在を知られること自体は彼にとって大した問題ではないのだろう。過去では必要が無かったという点が非常に気になるが、今は後回しにしておこう。

 そしてその儀式が行われるための条件というのが……。

 

「次に、その女に目を付けた理由だが……もう気付いているな?」

 

「……彼女のライフエナジーの量」

 

「ふふっ」

 

「え、わ、私に何かあるんですか?」

 

 つぐみさんは自分の狙われる理由について何かを指摘されたのだと感じるも、流石に今の言葉だけで何も理解は出来ておらず、首を傾げて健吾さんに訊ねていた。

 

 そう、つぐみさんは常人よりも、その身に宿すライフエナジーの量が多い。

 

 僕だってファンガイアのキングだ、生命に宿るライフエナジーの量くらいならある程度観測はできる。だからこそ、つぐみさんの中に人間の平均量を上回るほどのライフエナジーが存在していることはすぐに分かった。決して異常に突出した量というわけではないが、平均的な量であるあこちゃんやひまりちゃんと比べると違いは明らかだったため、僕はガーゴイルの狙いがつぐみさんなのだと予測を立てた。そして、その結果は大当たりだったようだ。

 

「ライフエナジーを多く持つ人を狙うのは分かった。でも、レジェンドルガを増やしてどうするつもりなんだ。そもそも増やすだけなら眷属化させるだけでいいのに、なんでそんな面倒な手順を……」

 

 それだけが本当に解せなかった。何故眷属化ではなく、わざわざ意思を保ったままレジェンドルガの力だけを与えるような真似をするのか。単に種族を繁栄させたいならば眷属にした対象を時間をかけてレジェンドルガにしてしまえば済むだけの話なのに。

 

「ああ本当に……面倒だ……貴様らファンガイアの……いや、キバのせいでなぁ……」

 

 しかし僕の問いに、ガーゴイルは同意と共に怒りの感情を顕にして僕を睨みつけていた。キバのせい? 過去のキバが彼らに課した封印のことだろうか? 太古では必要のなかった儀式を現代で行なっていることと何か関係しているのだろうか?

 

「……もう一度質問だ。何故封印が解けた。そして……お前たちの(ロード)はどこにいる!」

 

 ガーゴイルに更なる質問を投げ掛けようとしたその時、僕らの視界を光が包み込んだ。

 

「っ!?」

 

 爆音と共に目の前の地面が吹き飛ばされ、思わず後退ってしまう。一面を煙が覆い尽くし視界を確保出来なくなるが、魔皇力を解き放ってすぐさま煙を振り払う。

 

「……」

 

「フン……案外お話はしてみるものだな」

 

 僕たちの目の前には二つの異形があった。

 

 一つはファンガイアであっただろう存在。身体中にステンドグラスのような体表が見え隠れするが、それを覆い隠す岩のような鎧を着込み、意思がないかのように身体を揺らす傀儡。ガーゴイルによって眷属化された、ヒトデのような姿をした元ファンガイアだった。

 

 そしてもう一つは、乱入してきたファンガイア改めレジェンドルガの雷撃によって地面が破壊され、拘束から解放されて自由の身となったガーゴイルの姿であった。

 

 なるほど、妙に話を続けてくれると思っていたけど、傀儡の救援が駆けつけるまでの時間稼ぎだったようだ。

 

「嘘……怪物がまだいたなんて……」

 

 更なる異形の出現と、そして罠を仕掛けてまで捕らえたガーゴイルの脱出によってつぐみさんの声が震えていた。一体でも本能的に恐ろしいと感じる存在が二体に増えれば、彼女の反応も当然のことだろう。とりあえず林の中で待機しているあこちゃんとひまりちゃん、それと心配して付いてきた美竹さんはアゲハがガードしているから特に心配はしておらず、僕は改めて目の前の敵へと意識を向けた。

 

「伏兵までは読めていなかったようだな、キング」

 

 二体の異形が体勢を低く構え、こちらへと駆け出そうとしていた。またここであの超スピードを出されては敵わない。僕はともかく、変身してない健吾さんはやられるしつぐみさんも拐われる。この状況を見れば普通に作戦は失敗だと思われるだろう。

 

「確かに伏兵は少し驚いたよ」

 

「なら、作戦は失敗だな」

 

 そして、ガーゴイルが走り出そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

「いや、全然」

 

 

 

 

 

 

「なに──グォァ!?」

 

「グギャァ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 突然、紅色の突風が異形たちに襲いかかり、その身体を大きく吹き飛ばした。そして爆音を吹かせて走るソレは風ではなく、紅色に光るボディを輝かせて疾走する僕の愛機──マシンキバーだった。馬型モンスターの脳が埋め込まれたマシンキバーは無人状態でも走ることが可能で、主人の側に寄り添うが如く、真紅の鉄馬は僕の側で停止した。

 

「僕の目的はお前を捕まえることじゃない。最初から、お前を僕の目の前に引き摺り出すことだけだったんだ」

 

 そして僕は足の裏に魔皇力を集中させ、地面を軽く踏みつけた。瞬間、辺りに敷き詰められた粘性の科学物質は全て蒸発し、これでようやく健吾さんとつぐみさんも自由に動ける状態となった。

 

「つぐみちゃん、今からアゲハたちのとこへ走れ」

 

「えっ!? く、紅さんと綾野さんは?」

 

「なーに、こっからが俺らの仕事よ。向こうでアゲハたちと大人しくしてなって」

 

「つぐみさん、走って」

 

「え……う、うん……っ」

 

 最後まで一人逃げることを躊躇していたけど、僕の言葉に観念したのかつぐみさんは林で待機するアゲハたちの方へと駆け出していった。そんな彼女を追おうとする異形たちの前に、僕と健吾さんが立ち塞がる。

 

「やっぱりお前の言葉やと違うんやなぁ」

 

「どういう意味ですかそれ。それよりあっちは任せます。恐らくは、昨日ショッピングモールで見かけた奴です」

 

「あー、ね。了解」

 

 そして健吾さんはその手にイクサナックルを握りしめ、僕も戦いの合図として彼の名を呼んだ。

 

「キバット!」

 

『よぅし! オレ様ようやく参上だぜぇい。今日もキバっていくぜ! ガブッ!』

 

「ふっ!」

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

 キバットが僕の手に咬みついてアクティブフォースを流し込み、イクサナックルが健吾さんの掌から情報を読み取って生体認証を終える。

 

 そして二人で並び立ち、いつもの言葉を唱えた。

 

 僕たちが戦士へと変わる、あの言葉。

 

 覚悟の言霊を。

 

 

「「変身!」」

 

 

 ここに紅と白、二人の戦士が顕現したのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「な、何……アレ……」

 

「赤と白の……え、ええ?」

 

「綾野さんも変身するんだ……」

 

 突如としてその姿を変えた麗牙と健吾を目の当たりにして、つぐみとひまりは混乱の最中にいた。怪物と戦うのだという予想は出来ていたが、まさか彼らまでその姿を変えるなどとは夢にも思わなかったのだ。同じく様子を見守り、既にキバを知っていた蘭も健吾が変身する姿を初めて目の当たりにして、同様に目を丸くしていた。

 

「ふっふっふ……アレぞ、仮面ライダー!」

 

「仮面……?」

 

「ライダー……?」

 

「何それ?」

 

 そんな風に困惑する二人に対して、あこは自信たっぷりにその名を告げる。当然、蘭を含めて三人の頭の上には疑問符が浮かんでいた。

 

「人知れず闇の中で魔を打ち払う仮面の戦士。それが仮面ライダー。仮面ライダーキバと、仮面ライダーイクサ!」

 

「仮面ライダーキバ……」

 

「仮面ライダーイクサ……」

 

「……」

 

 あこが嬉しそうに二人のことを語る姿に、アゲハは口を挟んだりはしなかった。「仮面ライダー」という呼称はあこが名付けたものであり、キバやイクサの正式な名前でないことは承知であった。しかしその名を自分の主である麗牙自身が気に入っているのだから、それを否定しようとは思わなかったのだ。

 だからこそアゲハはあこの説明を邪魔することなく、戦いに臨む二人を眼下に言葉を付け添えた。

 

「生きとし生けるものの自由と平和を守るために戦う、それがあの戦士たちだよ」

 

 

 

 

 一方、キバも即座に行動を起こしていた。マシンキバーに跨ると右側のホルスターから金色のフエッスルを取り出し、それをバックルに止まるキバットに吹かせたのだ。

 

 

『ブロンブースター!』

 

 

 直後、空中から巨大な黄金の像が飛来し、異形たちは空を仰いだ。

 

 そこに浮かぶは黄金。

 

 しかしてその見た目は、イースター島に並び立つと言われるモアイ像にも似た、奇妙な頭部を催したものであった。

 

 魔像ブロン……それはファンガイア族が作り出した黄金のゴーレムである。単体では何の力も持たないが、その真価は物質と合体融合した時に発揮される。

 

 飛来したブロンは分解され、キバの跨るマシンキバーの各部位へと装着されていく。

 

 かくして真紅の鉄馬は進化し、黄金を纏う新たな姿を見せるのであった。

 

 ──ブロンブースター──ファンガイアの王のみ騎乗を許された超音速の鉄馬がここに召喚されたのだ。

 

「ッ……クッ」

 

「(逃さない)」

 

 目の前の金色の塊が何をしでかすかは知らないガーゴイルであるが、そこに感じる悪寒とキングの罠に嵌ったという状況から、踵を返して撤退を始めたのだ。しかし、キバは二度と同じ敵を逃しはしない。

 キバはブロンブースターのアクセルを開け、直後、黄金の鉄馬が猛々しい嘶きをあげる。ガーゴイルが走り出したすぐ後にキバを乗せた鉄馬も発進し、そして両者の姿は瞬く間に広場から消えてしまった。

 

「行ってもたな……しゃっ、こっちもやるで!」

 

 残されたイクサは傀儡と化したファンガイアと対峙すると、手にしたイクサカリバーを構えて駆け出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇に沈もうとする街の中を一体の異形が音よりも速く駆け抜けていく。しかし、音よりも激しい気高き王の気を感じたガーゴイルは、脚を動かしながらもふと背後を確認したのだ。その時、彼の目は大きく見開かれることになる。

 

「何ッ!? クッ」

 

 自慢のスピードで逃げ果せたと思っていたガーゴイルであったが、直後に後ろから追い上げてくる黄金の鉄馬を目にして思わず狼狽えていた。一族最速と謳われた自身の速度に誇りを持っていた彼にとっては有り得ない経験であり、同時に屈辱と恐怖すら感じる体験となっていたのだ。

 

 キバの操るブロンブースターは、定置最高速度が時速一五五〇キロという地を走るマシンとしては桁外れのモンスターマシンである。十四ものブーストユニットが搭載されているだけにそのパワーは凄まじく、音速をほんの僅かに超えた程度のガーゴイルでは追いつかれることは必至であった。例えるなら、ミサイルがそのまま地を這って迫ってくるに等しいものである。そんな音を超えた世界の中でも、キバの巨大な眼は倒すべき敵の姿を的確に捉えていた。

 

「チィ!」

 

 いつしか都会を大きく離れ、景色は木々が生い茂る山の中へと映っていた。しかしあのデカイ体躯ならば小回りは利かないだろう。……そう踏んだガーゴイルは追跡から逃れるため、トンネルを抜けた直後に地面を蹴り、ほぼ百八十度転換して山を駆け登り始めたのだ。これならばあの巨体が追ってくることはない、そう見越して……。

 

「ふっ!」

 

「な、何ィ!?」

 

 しかしガーゴイルの予測は大きく外れ、トンネルを抜けたブロンブースターは綺麗にその場で回転すると、なんと山を登り始めてガーゴイルの追跡を再開したのだ。

 

 ブロンブースターは超音速の鉄馬である。だがそのマシンの真に恐ろしい点は、意外と小回りが利くことであった。

 

 むしろ、急な山を登るという状況になったことでガーゴイル側の力が不足し、一気に追いつかれることとなってしまったのだ。

 

「ッ!」

 

「なっ!?」

 

 そしてキバは遂にガーゴイルを追い抜き、黄金の躯体は音速の異形の前に躍り出たのである。キバは鉄馬を操って再びその場で回転させ、後部に接続された巨大なブースターでガーゴイルを薙ぎ払った。

 

「ハァッ!」

 

「ッグォァ!?」

 

 巨体による強烈な殴打はガーゴイルの自慢の身体を激しく損傷させ、未だ宙に高く放たれたまま無防備な状態を晒していた。空中に投げ出されてはもはやガーゴイルに抵抗の術はない。

 

「ゴォ、オォォォォッ!?」

 

 これ以上の好機はない。そう確信したキバは右側のフエッスロットから禁断の笛(ウエイクアップフエッスル)を取り出し、キバットにその音色を響かせた。

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

 ブロンブースターのサドルを蹴り、キバは天高く跳躍した。

 

 夜空に浮かぶ巨大な三日月を背にし、その右脚の悪魔の門(ヘルズゲート)が解放される。

 

 広げられた紅の悪魔の翼を突き出し、キバは落ちていくガーゴイルへと狙いを定めていた。

 

 そして──

 

 

「ハァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

「ッグォォォォァァァア゛ア゛ァッ!?」

 

 

 ──ダークネスムーンブレイクがガーゴイルの身体を突き刺した。

 

 空中で捉えたままキバの脚はガーゴイルを解放することなく、激しい勢いを維持したまま急降下していく。

 そして岩肌が剥き出した崖へとガーゴイルを叩きつけ、岩壁にキバの紋章が刻まれると同時にその場から飛び退くキバ。叩き付けられたまま岩壁に食い込んだガーゴイルは動くことは叶わず、身体中から火花を散らしながら最期の断末魔を上げていた。

 

「ァガ……ロ……ロード万歳……ガァァア゛ァァァァァッ!!」

 

 直後、ガーゴイルはロードを称える言葉と共に、その身体は激しく爆発を起こした。

 

「……」

 

 爆風が消えるのをキバは静かに待ち、そこにガーゴイルが残っていないかを最後まで見極めていた。

 

 やがて、そこに残る生命の痕跡は何もないと確信したキバは変身を解除し、麗牙の姿へと戻る。そしてブロンが消えて元の真紅の鉄馬へと戻った愛機に跨り、親友たちのいる場所へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、イクサの戦いもまた佳境を迎えていた。

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

 マスクの口元からイクサライザーを取り出し、コードを入力して更なる変身を遂げる。穢れなき純白の鎧がパージされ、青空の如き澄み切った空色の戦士が誕生した。

 

「青くなった!」

 

「アレがライジングイクサ。イクサの最終形態だよ」

 

 初めて見るライジングイクサの姿に興奮気味のあこにアゲハの説明が入る。しかし、その雄姿の活躍もすぐにお開きとなる。

 

 この直後のイクサの攻撃で全て終わるのだから。

 

「これで仕舞いや」

 

 ライザーフエッスルをベルトに読み込ませ、イクサの最終奥義が発動する。

 

 イクサライザーの銃口に眩い光が充填し、太陽のような激しい光を作り出す。

 

 そして──

 

 

 

「ハァァァァァァァァッ!」

 

 

 

 ──ファイナルライジングブラスト──強烈なエネルギーの暴風を食らった異形は忽ち活動を止め、その身体はステンドグラスのように色鮮やかに硬直してしまった。

 

「……ゥラァ!」

 

 動かなくなった異形までゆっくり近づいたイクサは、その場で回し蹴りをしてその身体を粉々に打ち砕いたのである。

 

「ふぁ……」

 

「すご……」

 

 イクサと異形の戦闘に一切の口を挟まず真剣に眺めていたつぐみとひまりだったが、イクサの変身を解除した健吾が自分たちの方へと近付いてくる姿を見て、ようやく気の抜けた声を発していた。

 

 こうして、ガーゴイルによる一連の事件は幕を閉じたのであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 一連の怪物騒ぎも終結し、私はベッドの上でひまりちゃんと今日のことについて電話で語り合っていた。

 

「なんか……いや、なんていうか……ねぇ」

 

「あ、あはは……言葉が出ないよね。うん、実は私も」

 

 あまりにも現実離れし過ぎた体験をしたためか、ひまりちゃんは具体的な言葉が出て来ないみたい。かくいう私も、終始圧倒されて何も言えなかった口なんだけどね……。

 

「でもやっぱさ、私、なんだかワクワクしてきたかもっ」

 

「え?」

 

「だって怪物にさ、それと戦うヒーローだよ? そんなのが本当にいるって知っちゃったらさぁ、なんか毎日楽しくなりそうだよね!」

 

「そ、そう、だね……あはは」

 

 朝は紅さんのことを「ヤバい人かも」って言っていたひまりちゃんはどこに行ったのだろうか。だけど実際の紅さんが怪物の仲間とかではなくて正義のヒーローだったのだから、ひまりちゃんの興奮も分からなくもない。

 そうだよね。こんな非現実的なこと、実際に体験しちゃったら興奮するのが普通だよね。それが怖い怪物の存在だけならともかく、私たちが見たのは強くてカッコいいヒーローがいる現実だったのだから。

 

「つぐ? ちょっと元気なさそうだけど、大丈夫?」

 

「え? ええと、ちょっと疲れたのかな。いろいろなこと起こりすぎたし……」

 

「それもそうだよね。じゃあ今日はもう寝よっか。おやすみ、つぐ。また明日、学校でね」

 

「うん、おやすみ……また明日」

 

 ひまりちゃんとの通話を切り、端末を机の上に置いた私はベットの上に倒れ込む。

 

「はぁ……」

 

 天井を見上げ、力無く溜息が漏れてしまう。疲れて今にも寝てしまいそうなのは確かだけど、それでも脳裏に浮かんでしまうのはあの怪物と、そして紅い鎧を見に纏った紅さんの姿だった。

 

「なんか……全然違う世界の人みたい……」

 

 どこまでも異常で、普通な日常なんてこれっぽっちも送っていないようなあの人を想い、少しだけ胸が苦しくなる。どう足掻いたって紅さんたちは、私たちとは住む世界の違う人たちなんだと思い知られた。今日はそんな一日だった。

 

「何だかなぁ……」

 

 彼が普通じゃないのは知っていたけど、ここまで離れていたなんて想像も付かなかった。私と同じ世界の住人とはとても思えなかったから……。

 

 ──『あんま麗牙のことそんな無敵のヒーローみたいな目で見ぃひんといてほしいんや』

 

「……無理だよ」

 

 あの時の綾野さんの言葉にも、今はどうしても頷くことは出来なかった。




これまでの話で登場したファンガイア
・トータスファンガイア/亀山
真名『尾を引く痴情の縺れ』

・シースターレジェンドルガ/元シースターファンガイア
真名『合理の星に生まれた不幸』
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