ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『ガーゴイルレジェンドルガを撃破したキバ。しかし麗牙の正体を知ったつぐみは、彼に対する憧憬がより高まってしまい……』


第73話 憧憬に咬みつく想い

 紅さんの秘密を知ってからしばらく経過し、気付けばいつしか冬休みに突入していた。とは言っても、私のすることに何ら変わりはない。いつものように起きて、いつものようにお店の手伝いをして、いつものように街のみんなと触れ合い、いつものように蘭ちゃんたちとバンドに明け暮れる。そんな変わらないいつも通りの景色こそが、私たちの望んだものだったはずだ。

 

 だけど、そんな変わらない私の景色の中に、あの人は現れてしまった。

 

「(紅さん……今日も戦ってるのかな……)」

 

 お店の手伝いで身体を動かしながらも、心はあの紅色に萌ゆる彼を追いかけてしまっていた。紅麗牙さん……バンドグループTETRA-FANGのボーカルで、天才ヴァイオリニストでもあり、そしてヒーローでもある人。それは私の世界に現れた、非日常の権化のような人だった。

 

 怪物との戦いを終えた紅さんが戻ってきた後、私たちは彼から自身の秘密を告げられた。なんと彼自身も人間ではなく、吸血鬼だということ。

 

 そして、そんな吸血鬼たちの王様であるということ。

 

「(吸血鬼の王様……かぁ……)」

 

 あまりにも突拍子もない現実を前に目眩を起こしそうになったのがつい昨日のことのように思える。だけど、同じ吸血鬼であるアゲハちゃんもそう言っていたし、それならばあの時のショッピングモールでの怪物の反応にも納得がいくため、私は素直にその事実を受け入れるしかなかった。

 

 もちろん、モカちゃんや巴ちゃんには話していない。話したところで頭の病気を疑われるのが筋だろうし、例えみんなで話せば信じてもらえるけど、そもそも怪物だとかヒーローだとかそんな世界に二人を巻き込む気はこれっぽっちも起きなかったのだから。危ないからという理由はもちろんなんだけど、それ以上に、私が知ってしまった紅さんの秘密を他人にはバラしたくないという私自身のエゴからくる理由もあった。

 

「はぁ……」

 

 それでもやはりおかしい事だとは思う。彼が人間でないことはもはや疑う余地は無いと思うし、吸血鬼の王様だという事も紅さんだったらあり得そうかもと今では思っている。私がおかしいと感じているのは、こんな小さな自分と、大きな存在である紅さんが同じ土俵で話が成り立っているということだった。

 同じように学校に通って、バンドを組んでいて、一見私たちと同じように同じ街で暮らしている紅さんだけど、私にはどうしても同じ目線で彼の目を見ることができなかった。あの日以来紅さんとは会っていないけど、次に彼と対面した時、果たして自分はちゃんと彼の目を見て話せるのか……それが不安で仕方なかった。

 

「(珈琲屋の娘と吸血鬼の王様じゃ……全然釣り合わないよね……)はぁ……」

 

 目に見えない大きな隔たりを感じ、憧れていたはずの彼を想って気が重くなってしまう。

 

 本当にどうしたんだろう、私は……。

 

「羽沢さん……?」

 

 彼のことも、そして自分のことも分からなくなってつい何度も溜め息が溢れてしまっていた。だけどそんな霧中に意識を沈めていた時、私を呼ぶ声が聞こえてきてようやく我に返る。しまった、仕事中だったのに……っ。

 

「っ!? あ、いらっしゃいませ……って、紗夜さん?」

 

 練習の帰りなのだろうか、ギターケースを肩にかけて入店し、私を呼んだのは紗夜さんだった。紗夜さんが一人でここに来るなんて珍しいかも、そう思った直後、彼女の後ろに同じ髪の色をした天真爛漫な少女の笑みが見えた。紗夜さんの双子の妹で、私の学校の先輩にあたる日菜先輩だった。

 

「やっほーつぐちゃん! あれ……? ねぇねぇ、何かあった? なんか全然楽しくなさそうだけど。いつもみたいにるんってしないの?」

 

「ええ、どうしたんですか? あなたらしくもなく仕事中にぼうっとして」

 

「そ、それは……」

 

 は、恥ずかしい……まさか日菜先輩と紗夜さんに今の情けない姿を見られてたなんて……。だけど、胸の中で燻るこの思いの丈を二人に伝えることも出来ず、私は苦笑を浮かべたまま言葉を濁すしかなかった。

 

「はっ、もしかして店のお仕事、楽しくなくなっちゃったとか?」

 

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 

「えぇーそうかなぁ? う〜ん……」

 

 日菜先輩にそこまで疑われるほど楽しくない顔していたのかな……だとしたら店員失格だなぁ。などと内心で自嘲していると、じっと私の様子を観察するように見つめる紗夜さんの瞳に気付き、少し身が強張ってしまった。

 

「……」

 

「えっと……あの、紗夜さん……?」

 

「あ、すみません。どうにも今の羽沢さんの様子が他人事のようには思えなかったので」

 

「? それってどういう……」

 

 あんな腑抜けた自分の様子が他人事のようではない、そんな紗夜さんの言葉の意味が理解出来ず首を傾げてしまう。だけど、その答えに辿り着く前に突然、日菜先輩は顔を光らせて得意げに叫んだのだ。

 

「あっ、分かったかも! つぐちゃんもしかして……恋の悩みとか〜!」

 

「こ、こっここここっ、恋っ!? そ、そそそんなことっ!?」

 

「動揺し過ぎよ……はぁ、通りで見たことあると思ったわ……」

 

 その時の紗夜さんの溜め息の理由は分からなかったけど、とにかく日菜先輩には抗議しなければならなかった。私が恋なんて的外れもいいところだ。

 

 そもそも私のこの気持ちは恋じゃないもんっ。

 

 私が紅さんに抱いてるのは憧れで……憧れで……?

 

 あれ?

 

 私、誰に恋をしてるなんて言われてないよね?

 

 なんで今、それが紅さんのことだって思ったんだろう……。

 

 あれ? あれれ?

 

 私は恋をしていない。でも、それは紅さんに憧れを抱いていることとイコールでは繋がらないはずだ……繋がらないはずなのに……。

 

「……ちょっと、分からない、かも」

 

 抗議の代わりに苦し紛れに口から出た言葉。それを発するための喉と口の運動は、ここ最近で一番重苦しい行為だったように思う。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 とりあえずは店の手伝いを上がることになった羽沢さんを私たちの座るテーブルへと招き入れ、その重苦しそうな表情を崩すべく言葉を交そうとしていた。

 

「それでそれで? 誰なの、相手?」

 

「日菜っ」

 

 直球過ぎる質問を投げる日菜に頭を抱えつつも、羽沢さんの抱く悩みを解きほぐす術を探るべく、私も彼女へと質問を投げかける。

 

「羽沢さん。先程『分からない』と言っていましたけど、それはどういう意味でですか?」

 

「そもそも、これが恋かどうかなんて分からなくて……私は単なる憧れだって思ってて……」

 

「それってさ、あたしたちの知ってる人?」

 

「……」

 

 彼女の言葉から誰かしら思い浮かぶ相手はいるのだろう。そして、日菜の質問に羽沢さんはだんまりだった。だけど、それは私たちにとっては肯定を指し示す反応に等しいと彼女は分かっているのだろうか。話の流れや合理性を考えても、この局面で私たちが知らない人なのに黙り込む人なんていないだろう。つまりは……。

 

「私たちも知ってる人……ですか」

 

「一応聞くけど、男の人だよね? あっ、もしかして女の子だったりする? ハッ!? ゴメンつぐちゃん! あたし、つぐちゃんの想いには答えられないよ!」

 

「ちょっと!? 私まだ何も言ってないから! ここ普通に考えて男の子ですよね!? ねぇ!?」

 

 天然なのか計算なのか分からないけれど──いえ、何も考えてないわね今のは──ともかく日菜の天然誘導尋問によって、彼女の悩みの相手が私たちの知る男の人だと言うところまでは断定出来た。

 

 というより、この時点で誰なのかほぼ特定出来てしまった。

 

「って言うかさー、この三人で共通の知り合いの男の人なんて二人くらいしかいないんじゃない?」

 

「えっ!?」

 

「……なんだか複雑ですね」

 

 日菜の言う通り、私たち三人に共通する男の人はほんの僅か。その中でお互いがその人の知り合いだと認識しているのは実質一人だけだろう。尤も、羽沢さんが惹かれる人がいるとすれば……やはり私と同じ……。

 

「ケンゴくんはなんか違うよねー。じゃあやっぱり──」

 

「日菜、わざわざ言わなくていいから」

 

「──……ライガだよね

 

「っ!!!」

 

「はぁ……」

 

 容赦の無い妹に再び溜め息をつきながら、あからさまに動揺する羽沢さんを見て予想を確信に変える。まさか羽沢さんが紅さんに……ね。少し前の我が身を鑑みて複雑な気持ちになってしまう。彼女に憂いに対する謎の既視感の正体は分かったけれど、今は改めて彼女の話を聞くことにしよう。

 

「その……好きかは分からないんです。単に憧れかもしれないって……そう思ってたから」

 

「そう言えば『弟子にしてください』って叫んだんだっけ、つぐちゃん」

 

「な、なんで知ってるの!?」

 

「後でモカちゃんに聞いたもーん」

 

「弟子って……一体何がどうしてそうなったのかしら」

 

 そうして羽沢さんは初めて紅さんと出会った時のことを話してくれた。その内容たるや、さぞ彼の異常性を語るにエピソードであり、羽沢さんはそんな紅さんの姿に一目で感激してしまったそうだ。その後も彼と関わっていくうちにその憧れはより大きくなっていくことになる。しかし、それでも彼女の根本にある想いが変わることはなかった。

 

「もうなんて言うか、初めて見た時の衝撃が強くて……」

 

「っ! それってもしかして、一目惚れって感じ?」

 

「ひ、一目惚れっ!?」

 

 一目惚れなどという人間においてそんな非論理的な現象があるのだろうか、と少し前の私なら切って捨てていたかもしれない。でも今は、羽沢さんが彼の姿を見てそれを体験したのだと聞いても全く不思議だとは思えなかった。私が一度彼を好きになってしまったから? いや違う、きっと恋そのものを知ってしまったからなんだと思う。

 恋は何が起きても不思議ではない。それに陥った人がどんな行動を起こしたって、あり得ないなんてことはない。現に私自身、自分でも予想だにしない卑怯な行動をとってしまった人間だから……。とにかく恋とはそれ程までに強烈で、計り知れない感情だと私は知ってしまった。故に彼女が一目惚れをしたとしても、自然と受け入れることができたのだ。

 

「一目惚れ……も、もしかしてそうなの、かも……」

 

「初めてライガを見た時、どんな感じだったの? るんってした?」

 

「るんっ、かは分からないけど……でも確かに、何だかドキドキしちゃってたかも、私」

 

「それは今でも、ですか?」

 

「……うん」

 

 未知との出会いに対して人間は自然と高揚することがある。自分を変えるかもしれない何かを予感させるものとの出会いがそうさせているのかもしれない。恐らく羽沢さんが紅さんに感じたのはそれなのだと思う。しかし、その時の胸の高鳴りが今でも続いているというのなら、羽沢さんは紅さんに心を奪われた……要は一目惚れをしてしまったのだと言えるのだろう。

 

「それは……また厄介な人に惚れたものね」

 

「? ああ、そう言えば紗夜さんって紅さんと何かあったんですか? 前にチラッと聞いたような……」

 

 彼女がどこまで知っているのかは分からないが、恐らくは隣で「しまった」と言わんばかりに口を押さえている日菜が発端なのだろう。しかし別に私も、羽沢さんに知られても問題はないと思っていたから、素直に、恥じることなく、自信を持って彼女に打ち明けた。

 

「隠す理由もないので言いますけど、私も……彼が好きでした。初めてですが真剣に恋焦がれて……でも、結局はフラれてしました」

 

 彼を想っていたことに後悔はない。想いが実らなかったことにも羞恥はない。彼に対する恨み辛みもない。だからこそ、私は包み隠さず彼女へ告げることができた。

 

「紗夜さんが紅さん……え? ふ、フラれたって……?」

 

「文字通りです。彼に告白して、フラれた。そんなどこにでもある光景です」

 

「いやいや、どうしてそんなに呆気からんとしていられるんですか? 好き、だったんですよね?」

 

「ええ、それはもう」

 

「それなら、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか? 思い出して悲しくなったりしないんですか?」

 

 羽沢さんの疑問は尤もだろう。私の周りに失恋を経験した人が今井さんしかいないから詳しく知らないが、恐らく世の中の恋に敗れた人たちは大体失恋の傷が尾を引くのだろう。ずっとその人のことが忘れられない人もいれば、最初からいなかったことにして頭の中から消し去る人もいると聞く。私のような人はきっと少数なのだろう。

 実のところ自分でもその理由はハッキリしていない。だから敢えて理由を付けるとすれば……。

 

「今でも彼を尊敬している、からでしょうか。彼を好きだったことに後悔していないし、むしろ感謝しているくらいです。それに、私はもう充分に泣いたわ。もう二度と涙が出なくなるくらいに。だからこれ以上、彼のことで私が思い悩むことなんてないのだと思います」

 

「おねーちゃんカッコいい!」

 

「……」

 

 あの日に私の涙を受け止めてくれた姿はどこに行ったのか、日菜は異様に私を持ち上げようとする。とりあえずは無視を決めて羽沢さんの反応を伺うが、彼女は私の言葉に何も言えず固まっているように見えた。

 

「羽沢さん?」

 

「紗夜さん、凄いなぁ。私にはそんな達観した考え方はできないかも……」

 

「私は自分が達観してるなんて思っていません。それに、羽沢さんが同じような考えを抱く必要なんてないのですから。羽沢さんは羽沢さんの思うようにすれば──」

 

「でも、相手が相手じゃ……既に無理って言うか……釣り合いが……」

 

「? それはどういう意味ですか? 相手とは紅さんのこと、ですよね?」

 

「……それは……」

 

 既に無理とはどういうことなのだろうか。恋仲の相手が既にいる、とは考え辛い。それに「釣り合い」とは、それこそ彼女が何を言っているのか分からなくなってきてしまう。

 

「……」

 

 黙り込んで俯く羽沢さんを眺めつつ、私の中で一つの仮定が浮かび上がってきた。もし私の予想が正しいならば、彼女の言う「釣り合い」の言い分の理由は理解できる。納得は一切出来ないけれど……。

 

 

 

「羽沢さん。もしかして紅さんに関して、何か知ってしまったとか? 秘密、とか」

 

 

 

「っ、それは……まあ、そうなんですけど……」

 

 羽沢さんは言葉を濁しつつも、彼の何かを知ったのだと教えてくれた。そして彼に関して公にされていない秘密と言えば、この場合一つしか考えられない。

 

 故に私は、もしそれを知っているならば一瞬で気付く一つのキーワードを彼女に告げた。

 

「それって例えば……ステンドグラスとか」

 

「!? ど、どうして……」

 

「はぁ……やっぱり……(全くあの人は……)」

 

 紅さんは悪くないのだと分かりながらも、羽沢さんまで巻き込まれてしまっている現状につい溜め息が溢れてしまう。ステンドグラスに反応するということは、少なくともファンガイアについては知ってしまっているということ。後は彼女が他に何を知っているのか、だ。ステンドグラス状の模様……ファンガイアの特徴だけで終わっているとは思えない。恐らくはその先も……。

 

「一応聞きますけれど、どこまで知っているんですか?」

 

「ど、どこまでって……そもそも何が底なのか分からないし……あの紅い鎧とか?」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 紅い鎧──キバを見たのだということは予想出来ていた。後は何だろうか……彼自身もファンガイアである事や、その王様であることも知っているのか。それについても問いただそうとした時、日菜に横から入り込まれて口を閉ざしてしまう。

 

「つぐちゃんも見たんだ、仮面ライダー」

 

「日菜先輩も知ってるんだ……うん、すごくカッコよかったよね、仮面ライダー」

 

「仮面ライダー?」

 

 しかし、聞き覚えのない単語を耳にして頭の中の質問が消え失せてしまった。日菜と羽沢さんの間で何かが通じているようだけど、私にはそれが何を意味しているのかさっぱり分からなかった。仮面ライダー……不思議な響きを感じるその名に首を傾げていると、その様子に気付いた日菜が説明してくれた。

 

「あれ? おねーちゃん知らない? ライガの変身するの、ただのキバじゃなくて仮面ライダーキバだよ」

 

「そういえば前に一度、紅さんがその名を言ったことが……でもそれがどういう意味なのか彼は──」

 

「そりゃあ、あたしたちで付けた名前だもん」

 

「──って、他称だったのね」

 

 あたしたち、ということは他にも共犯はいるのだろう。通りで私も知らないはずだ、そう言おうとした時、羽沢さんの言葉に遮られて再び言葉を飲み込んでしまう。

 

「称号だって紅さんは言ってました。そう呼んでくれると嬉しいって」

 

「称号……?」

 

「それ以上は何も言ってなかったから詳しいことは分からないんですけど……」

 

 仮面ライダーという名前は、彼にとって大きな意味があると言うのだろうか。わざわざ呼んでほしいみたいなことを言う辺り、彼女たちの生んだその名前がとても気に入っているようだけど……私もそう呼んだ方がいいのかしら?

 

「……んん、話を戻しましょう。羽沢さんが紅さんの秘密を知ったのは分かりました。ですが、どうしてそれが『無理』だとか『釣り合い』がとかいう話になるんです?」

 

 脱線しかけた話を戻すべく、ようやく本題の質問を彼女へ投げ掛ける。紅さんのことを考えて「釣り合い」なんて馬鹿馬鹿しい話を持ち出そうとしたのも、恐らく彼の秘密のため。大方の予想は付くけど、一応は彼女の口から聞かなければならなかった。

 

「だって紅さん、あんなに強くてカッコよくて、才能に満ち溢れてて、それだけでも差があり過ぎるのに……それで吸血鬼なんでしょう? しかも吸血鬼の王様……なんて言うか、本当に異世界の住人にしか思えなくて……」

 

「紅さんが異物だとでも言いたいんですか?」

 

「そ、そういうわけではないですっ。ただ、もう何もかもが私とは違いすぎて……私なんかが一緒にいるのもおかしいっていうか……似合わないっていうか……」

 

「……」

 

 正直なところ、今の私の心中は穏やかではない。これ以上彼女が彼を異質だと持ち上げるのなら、声を張り上げてしまいそうなほどだった。

 

「あなたが紅さんに惹かれたのは彼が特別だからですか?」

 

「それは……」

 

「確かに紅さんは人間ではなく吸血鬼(ファンガイア)です。そして天才的な音楽の才能を持っている。そんな普通とは違うものを沢山持っている彼に惹かれる気持ち、分からなくはないです」

 

「で、ですよね──」

 

「ですがっ」

 

「──っ」

 

 こんな見え見えの批判に同意なんてしないで欲しかった……。そんな気持ちも込めながら、私は抑えていた声を少しばかり解放して彼女に言い放った。

 

「私は……紅さんのことが好きでした。しかしそれは、彼の才能とは一切関係ありません。人間だとかファンガイアだとか、平凡だとか特別だとかそんなこと関係ないっ。私は、紅麗牙という存在そのものを好きになったんです」

 

「……」

 

 初めて彼に恋をしていると気付いた時の気持ちを思い出す。私の背中を押してくれたのは、怪物である彼でも天才である彼でもない。紅麗牙という一人の存在の心が私を救ってくれたのだ。それに気付いた時、私は同時に彼のことが好きなのだと知った。

 だからこそ、羽沢さんの彼を見る目には噛み付いてしまう。才能や見てくれではない、もっと本質的なところで私は彼に恋していたのだから……。

 

「もしあなたが紅さんのことを色眼鏡をかけてでしか見れないというのなら……悪いけど彼のこと諦めた方がいいと言わざるを得ないわ。そんな目で彼を見て欲しくないもの」

 

「そんな……」

 

「おねーちゃん、ちょっと怖い……」

 

 それだけ私は真剣に彼のことを想っていたのだ。羽沢さんが紅さんに抱く憧憬に腹が立って咬みついてしまうのはどうしようもないことだった。そして何より……羽沢さんらしくない。他人のいいところを見つけるが得意な彼女が、そんな大きなものに目を奪われて彼の本質を見つけられないというのが私には解せなかった。本来の彼女なら、きっと外観に囚われない本来の彼を見つけられるはずなのだから……。

 しかしそこで怒るのもお門違いだとすぐに気付き、力んでいた肩をゆっくり下ろして静かに言葉を紡いでいく。

 

「……少し言いすぎたわ。あなたの想いだって間違ってるとは言えないのに。ただ私の考え方と違っているだけなのにね。ごめんなさい、羽沢さん」

 

「い、いえっ。私、紗夜さんがどんな風に紅さんのこと好きだったかも知らずに、変に悩んで──」

 

「何が変だと思ったの?」

 

「それは……紅さんの能力とか立場とか、そういうことばかり見て勝手に諦めたり、いろいろ悩んでたこと。あとは、いつもより卑屈になり過ぎていたことも……」

 

 羽沢さんもようやく気付いてくれたようだ。紅さんのことを考えるあまり、自分がとても卑屈な考え方をしているのだと。恋に釣り合いなんてあるはずがない、いや、あってはならない。好きならば、恋い焦がれるなら、そこに隔たりなんてあってはならないはずなのだから。

 

 愛し合っているのに結ばれない世界で、私は生きたいとは思えない。

 

 あの時の紅さんの決意を込めた瞳を思い出して、私もまた心の中でその思いを強くしていた。

 

「あはは……でも、やっぱり紅さんが異世界の人みたいな認識は中々消えてくれないかも」

 

「まあ、確かにその認識を改めるのは難しいかも知れませんが……」

 

 とは言え、羽沢さんの抱いた感情を曲げるのは容易ではないし、それもある意味で彼女が抱いた尊い想いなのだから無理に変えようとは思わない。しかし、彼を想って卑屈になる彼女を見ていられないのも事実。どうするべきか……。

 

「そうだ! いっそのこと、つぐちゃんも異世界に行っちゃえばいいんだよ! それでつぐちゃんも異世界の人になっちゃえば、ライガとお揃いでお似合いになるよね!」

 

「どういう理論よそれ。そもそも異世界なんて言葉のあやで──」

 

 

 

 

「なら、一度入ってみるか? 異世界とやらに」

 

 

 

 

「──えっ?」

 

 日菜の突拍子もない発言に頭を痛めていたところに、思いもよらぬ声が乱入してきた。目を見開いて顔を上げると、そこにはサングラスをかけたまま不敵な笑みを浮かべる、あの青い狼男が立っていた。

 

「次狼さん……?」

 

「ここの珈琲が気に入ってな。だが面白い会話が聞こえてきてつい立ち聞きしてしまった。それで? 異世界、行くのか? 行かないのか?」

 

 そう言ってサングラスから鋭い眼を覗かせつつ、次狼さんは私たちを値踏みするように眺めていた。

 

 何やらとんでもないことに巻き込まれそうな、そんな予感が渦巻いていた。




次回、竜の城再び?
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