ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

75 / 168
『麗牙を雲の上の人のようだと、特別な人としか見れないつぐみに対して、その思考と相容れない紗夜は一喝する。そんな彼女たちに対して次狼が歩み寄り……?』


第74話 雲の上の冷たい視線

 次狼さんに案内されるまま、私たちはドラクルタワーと呼ばれる街を一望出来るであろう高層ビルへと導かれていた。奇妙な現象と共に現れたエスカレーターに乗り、最上階と思しき階で開いた扉の先には、中世の貴族の屋敷のような豪華絢爛な煌びやかな装飾が散りばめられた玄関が広がっていた。そう、ここは私もいつしか一度だけ来た竜の城──キャッスルドランと呼ばれる紅さんの城であった。

 

「ぅわっはぁーっ! 何これ! すっごくキラキラしてるー! もうなんか見てるだけでるるるんってしちゃうよ!」

 

「……」

 

 日菜は私の予想通りテンションが上がりっぱなしで見るもの全てに対してずっと叫んでいる。一方、羽沢さんは目の前の光景が中々受け止めきれないのか、口を半開きにしたままじっと固まっていた。そして私も既に見たことがあるとは言え、荘厳で威風のある造りを前に少しだけ圧倒されている。テレビや絵画などではこういう豪華な広間などは目にすることはあるけれど、今目にしているのは現物であるし、それに現代の様式では見られない古風な造りと言えばいいのだろうか、このような景色を見るのが本当に新鮮なことだと感じていた。

 

「さて、異世界ツアーの開幕だな。行くぞ」

 

 次狼さんに置いていかれないようにその背中を追いかける。羽沢さんもその声によって現実に引き戻され、大きく唾を飲み込む音を鳴らして歩き始めていた。

 

「私、生きて帰れるかな……」

 

 それは心配し過ぎではと思うものの、普段の生活では感じることのない世界をこれでもかと突きつけられている中で、羽沢さんのその気持ちは分からなくもない。現に人間を食べることが出来る人たちが沢山いる空間でもあるし(当然そんなことは口にしないけど)。

 それから燭台がいくつも並んだ廊下を何度も通り過ぎ、敷き詰められた柔らかい赤い絨毯を踏み締めること数分。そのほんの数分間のうちに、私まで異世界に入り込んだような不思議な気持ちを覚えていた。吊るされたシャンデリアも、額縁に飾られた見事な絵画も、寂しい隙間を埋めるように置かれた数々の彫刻なども、もはや珍しいと思う間も無いほど視界に入り込んでくる。いつしか誰もが無言になっていた。羽沢さんは目に入る世界に反応しきれないために無言を貫いているのだろうけど、日菜は続いていく同じ景色に飽きたのか、退屈そうな顔で口数を減らしていた。

 

「(でも、この不思議な世界の持ち主は紅さんなのよね)」

 

 この異質な世界の中心に彼はいる。だけどそれは私の背中を押してくれた人──紅麗牙という優しい人のことだと私は知っている。紅さんが何処の誰であっても、私は彼は彼だと思い続ける。それが一度は好きになった彼の見方を変えないという、私の決意でもあるから。恋とはまた違う、紅さんがそう望んだ在り方で私はいたかったから……。

 

「この扉の向こうだ」

 

 やがて一つの大きな扉の前で立ち止まった次狼さんは、意味深に私たちへと微笑を見せる。先の言葉は述べないけど、この扉の向こう……そこに紅さんがいるのだと私たちの誰もが察していた。そして次狼さんは私たちの確認も取ることなく扉を叩き、中にいる誰かと言葉を交わしていた。

 

「俺だ。入るぞ」

 

「え、次狼? う、うん。どうぞ」

 

 聞き間違えるはずもない、その声は紅さんのものであった。彼の返事に頷いた次狼さんは私たちに「ついて来い」と言わんばかりの視線を投げると、扉を開け部屋の中へと進んでいった。私たちもそれについて行き、共に扉の向こうへと足を踏み入れていく。

 

「どうしたの? 今日は休暇をとってたんじゃ──」

 

 向かう先に見えたのは、机に向かって何らかの作業をしている紅さんと、彼の隣の書類を積み重ねた机に向かう羽畑さんの姿。それと、そんな彼らを守護するように書類を抱えながら私たちの間に入り込もうとするセーラー服の少年と、燕尾服を纏う大男がいた。

 

「はぁ……」

 

「ん? あ、知ってる。お兄ちゃんのお友達だ」

 

「初めて見る……顔もある……」

 

 部屋に上がるのが次狼さんだけだと思っていた紅さんは、私たちの姿を見るなり言葉を無くし、一瞬だけ目を点にしていた。羽畑さんは大きく溜め息をつきながら書類を整理し始め、セーラー服と燕尾服の彼らは見たことのない日菜や羽沢さんの方を興味深そうに観察していた。

 

「おねーちゃん、知り合い?」

 

「一瞬会っただけよ。それにしても紅さん、普段からこんな……」

 

「執事……なのかな? それにアゲハちゃんも?」

 

 執務室なのだろうか、その部屋の様子を目にして三者三様の反応が出てくる。紅さんがファンガイアの王だとは知っているけど、普段の紅さんが戦う以外でどのような事をしているのか全く知らないため、今のように机に向かって何かに打ち込んでいる姿を見るのが新鮮に感じていた。普段彼と会う時はバンドに関係することばかりだったから、初めて見る彼の趣味の関わらない姿が見慣れなかったのだろう。

 

「……どういうつもり、次狼? なんで勝手に連れてきたの?」

 

 しかし気付けば紅さんの表情がいつになく不機嫌そうにしているのが見え、私は驚いて息を飲んでしまう。私たちに向けられているわけではないと分かっていても、こちら側から見えてしまう彼の鋭い視線に心臓が掴まれるような思いがしていた。日菜は大丈夫そうだけど、羽沢さんは少し不安げに私の背中に隠れるようにじわりと歩み寄っている。紅さんは気付いているのだろうか、今の自分が人間にとってどれほど強烈な圧を放っているのか……。

 そんな威圧感を与える紅さんの視線にも全く怯まず、次狼さんは淡々と言葉を述べ始めた。

 

「いつかの日をお前は望んでるのだろう? ファンガイアの存在を公にできる日、人とファンガイアが真の意味で共存できる日を。だったら、これはその練習とでも思えばいいさ」

 

「今適当にでっち上げたよね? そうじゃなくて、理由を聞いてるんだけど。ガルル(・・・)

 

 次狼ではなくガルルと、彼の本名を呼んで睨む紅さん。彼の冷たい口調に肌がひりひりと痛む感覚がするが、やはり次狼さんは意に介さずといった調子で両手を腰に当て、溜め息混じりに彼に言葉を返した。

 

「はぁ……やれやれ。なに、お前があまりにも高い場所にいるから、お前という存在が異世界にいるのだと信じてる奴もいるんでな。これはその忠告だ」

 

「異世界って……」

 

「とりあえずその顔やめたらどうだ。おっかなくて見てられん」

 

「えっ……あ……」

 

 紅さんがこちらを……いや、羽沢さんを見た瞬間、彼女が紅さんから顔を逸らすのが分かった。仕事続きでピリピリしているのかもしれないが、あんな怖い顔をされれば誰だって普通は目を逸らしたくなるだろう。私は流石に彼から逃げるなんてことはしないからその場でいられたけど、羽沢さんのように目を背ける人がいても仕方がないだろう。

 

「……」

 

 しかし、羽沢さんの様子を見て紅さんは言葉を失ったのか、何も話すことができないまま固まっていた。その様子が意外で私も同様に動きを止めてしまう。今の彼女の行動が彼にとって何かショックなことでもあったのかと、彼の動かない瞳を目にして心配になり始めていた。だがそれも長くは続くことはなく、紅さんはいつもの優しい表情を浮かべて申し訳なさげに視線を私たちに向けて話し出した。

 

「……ごめんなさい、皆さん。僕も案内したいのはやまやまですけど、今日は立て込んでいて今すぐ案内は出来ないです。次狼、任せたよ」

 

「了解」

 

 次狼さんは踵を返し、部屋を後にする。紅さんのことが気になるも、「行くぞ」と呼ぶ次狼さんの声につられて私たちもぞろぞろと退出していくことになった。

 

「……」

 

 最後に残った羽沢さんも、出ていく私たちを見つめる紅さんのことを、どこか遠慮がちに、そしてもの惜しげに見つめつつ、ゆっくりと部屋から去っていった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 次狼や紗夜さんたちが退出してからしばらく経ってからだろうか、僕の頭は自分でも驚くほど冷めていた。皆が部屋に来る直前まで、ここ数日のレジェンドルガの件や3WAの件などでピリピリしていたのにだ。新たなレジェンドルガは一向に見つからないし、3WAもレイの再生については知らぬ存ぜぬを貫くし、気がつけばファンガイアや人間の犠牲者が増えている。こうも空振りばかりではどうしても苛立ちを募らせてしまうものだ。

 そんなタイミングで次狼がこちらの許可なく知り合いを城に入れたものだから余計に苛立ってしまうのも仕方のないことだと思う。しかしそれでも、彼女たちの前であんな怖い顔を見せることはなかったのに、と反省していた。

 

「はぁ……」

 

 だがそれ以上に、先程の次狼の告げた言葉がどうしても頭の中で引っかかっていた。

 

 ──『お前があまりにも高い場所にいるから、お前という存在が異世界にいるのだと』

 

 彼が言ったのはきっとつぐみさんのことなのだろう。あの姉妹が今更僕のことをそんな目で見るとは思えない。僕から視線を逸らす彼女を目にした途端に、僕は久しぶりに思い出してしまったのだ。僕は彼女から見れば異質で、それが普通の人間の反応なのだと。彼女から見た自分がそうなのだと思うと、幼き日に怪物としての自分を拒絶された時のことが思い返されて、苦しくなり、悲しくなる。

 

「麗牙?」

 

「リサさんたちがあまりに自然に接してくれるから忘れてたけど、やっぱり普通の人から見たら僕は異質なんだなって……」

 

 美竹さんも僕のことを「普通の男の子」だと言ってくれたけど、それは内面に限った話だ。生まれや立場の話ではどうにもならない。僕はファンガイアでその王として生を受けた……なるほど確かに次狼の言う通り、僕はつぐみさんから見たら異世界の人なのかもしれない。そもそも普通の人間として生まれたら、怪物の王様となんて巡り合う機会すら本来は無いのだから。

 

「ねぇ麗牙。確かに麗牙はいろいろと突出している。人間だけじゃなく、私たちファンガイアから見てもね。でも、私はそれが悪いことだとは思わないよ」

 

 自分と彼女の意識の違いに悩んでいた時、アゲハからの声が僕に届き、意識を外側へ向ける。いつの間にか椅子から離れて、柔和な笑みを浮かべてこちらに近づいて来ていた。

 

「私が麗牙と出会えたのも、麗牙がキングだったから。そこに関しては私はとても感謝しているよ。麗牙がキングでよかったって」

 

 にこっと小動物のような愛らしい笑みを浮かべ、アゲハは自信ありげに僕の手を──キングの紋章を持つ左手を掴んで抱き寄せた。確かに僕とアゲハが出会えたのは、僕がキングで彼女がビショップであったから……互いが互いに特別であるが故だ。だからこそ、アゲハの特別なことは悪いことではないという言葉は、とても説得力のあるように感じていた。

 

 しかし……。

 

「麗牙が『キング』で、それで私が……私は……『ビショップ』に選ばれたから……」

 

 そう言いながら、自身の手に浮かび上がる紋章を見つめるアゲハの表情は憂いに満ちていた。僕たちが出会うに至った要因を喜ぶべきはずの彼女が、そこで悲しそうな顔をする理由も今ならば分かる。しかし、もはやそれを口に出す時はとうの昔に過ぎていた。彼女自身がそれを受け入れており、それを僕にも強要しているのだから……。リサさんたちへの答えを出した後、それについて彼女に訊ねようとしたが「無粋!」「無神経!」と叱られてしまったし、僕からこの件について触れることはもう無いのだろう。

 やがてアゲハの顔から憂いは消え、僕の手を放してから再び語り始めた。

 

「麗牙がどんなだったとしても、結局はその人の捉え方次第だよ。リサたちは麗牙を隣人のように受け入れた。つぐみは麗牙を特別で手の届かない人だと思ってる。それと……麗牙が昔に出会ったって言う子は……」

 

 アゲハの言葉で僕の記憶に深く刻み込まれた少女の面影が今一度思い出される。しかし、同時にアゲハの握られた拳が震えているのを僕は見逃さなかった。薄く笑顔を見せているが、それでは隠せない怒りが彼女の身体に現れていた。

 僕自身はあの子に対して恐れはあっても怒りや恨みはない。しかしアゲハは違う。僕とアゲハが出会ったのはあの日よりもずっと後だったが、知り合ってしばらく経った後に、かつて引きこもり気味だった僕の原因がその一件だと知り、アゲハはその少女に対してとても怒っていたのだ。健吾さんや当時の僕を知る人たちから話を聞いて僕がどれほど打ち拉がれたのかを知り、キングを補佐する立場としてでなく、アゲハ個人の感情で怒りを抱いていた。

 僕は彼女は悪くないと言ったし、アゲハ自身もそれは理解しているはずだ。しかし僕が深く傷付いたという点で、アゲハは彼女を許すことが出来ないのだろう。彼女らしくない感情的な考え方だが、そこには彼女自身が体験した苦痛にも関連しているし、アゲハにとって一概に許容できるものではないのだろう。

 

「アゲハ、それはもう忘れて」

 

「麗牙が忘れてくれたらね」

 

 無理だと知ってそう言っているのだからなおタチが悪い。これだからたとえあの子と再会できたとしてもアゲハには会わせたくないのだ。流石に命を狙うなんて馬鹿な真似はしないと思いたいけど。もしかするとアゲハの中でのあの子の人物像は、僕の記憶の中の子とは相当異なるものなのかも知れない……。

 

「……つぐみはまだ麗牙のこと拒絶してないよ。もし気になるならさ、行ってきたら? こっちで今すぐ片付けないといけないものはもう無いし」

 

 僕のことを雲の上の人が何かだと思っていても、あの子のように拒絶したわけではないと慰めているのか、今しか関係を変えるチャンスはないと後押ししているのか分からないが、ここでアゲハの好意を無駄にする手はなかった。次狼に任せたけど、やはり自分の城なのだし僕が案内すべきだろう。

 

「ありがとう、そうさせてもらうよ。あ、でも先に……」

 

 仕事は大方片付いた。

 

 しかしまだ、しなければならない日課のようなものが残っている。

 

 この城には、僕が顔を見せなければならない大切な人がいるのだから……。

 

「うん、分かってる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……マヤ様のとこでしょ?」

 

 

「うん」

 

 

 (くれない) マヤ。

 

 

 先代のクイーンであり……

 

 

 そして……僕の母さん。

 

 

 彼女に会うため、僕は逃げるように空気の重くなった執務室を後にした。




次回、麗牙の母が……?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。