「ファンガイア族は古くより四天王制を導入していて、彼らによって一族の統治が成されてきました」
紅さんのお母様の部屋を後にし、客間と思しき豪華絢爛としか表現できない広い部屋に招かれた私たちは、彼の話を聞くべく赤いソファーへと腰をかけていた。魂まで持っていかれそうなほどの心地よさに現を抜かしてしまいそうだったけれど(羽沢さんは半分ほど旅立ちかけていたので呼び戻したが)、彼の真剣な話を聞き逃さまいと息を飲んで耳を傾けていた。
「一族の首長であるキング。キングを補佐する参謀としてビショップ。キングの盾であり矛となるルーク。そして、キングの後継を残すために選ばれるクイーン。これらの四人は『チェックメイトフォー』と呼ばれ、長きにわたってファンガイアの世を統治してきました」
「チェックメイトフォー……」
「なんかカッコイイかも……」
なるほど、紅さんが「キング」呼ばれていたのは王様であることもそうだけど、チェックメイトフォーと呼ばれるようにチェスの駒の「キング」からも来ていたのだとようやく腑に落ちた。日本にいるならば家臣からは「陛下」とか「殿下」と呼ばれる方が自然だと思うけれど、私が見てきたファンガイアは皆彼のことを「キング」呼んでいた。それは彼が文字通り「キング」という役職にいたからなのだと、改めて納得がいっていた。
しかし、彼の発言で最も重要なことはそこではない。今しがた、女性としてはどうしても聞き流すことのできないことを彼は口にしたのだから。
「紅さん、クイーンとは? 今、後継を残すためにって……」
「そうですね……でもそれを話す前に、チェックメイトフォーについてもう少しだけ説明が必要です」
そう言って紅さんは自身の左手を見せびらかすように挙げると、彼の手の甲に一つの紋章が浮き上がった。薔薇から生まれたチェスのキングの駒。ご丁寧に「KING」と駒の真ん中には記されており、その背景にはあのキバの紋章が刻まれている。これが私も一度見たことがある、彼がキングであることの証であった。
「わっ!? 何々っ? 今どうやったのライガ!?」
「キング……?」
初めて見るその光景に予想通りの反応を見せる日菜と羽沢さん。だけど紅さんは特に説明することもなく、その紋章と、そしてチェックメイトフォーとやらの詳細を明かしてくれた。
「僕のこの紋章は歴代のキングによって受け継がれます。当然、僕の父さんにもこの紋章はありました。今は僕のものですけどね。だけど……他のチェックメイトフォーは違います。生まれながらにして持った力によって選ばれる……運命のようなものなんです」
「運命?」
「はい。力を持って生まれたファンガイアの身体のどこかに、何の前振りもなく浮かび上がる。その力を継ぐに相応しい何処かの誰かの元に、本人の許可なく勝手に刻み込まれます」
「勝手にって……」
この時点で、彼の……いや、ファンガイアの制定した四天王制に対する疑問と不安が私の中で生まれていた。一族の未来を決めることに繋がる為政者をそんなことで決めてしまっていいのか。たとえ本人にやる気があったとしても、手腕が足りていなかったらそれこそ一族を滅ぼすことになるのに……。
そしてもし本人にその気がないのなら……。
「ファンガイアの掟は力の掟。強い者が全てを支配する。その価値観が許されてきたからこそ、今にも伝わってしまっているんです」
「あの……それって拒むことは……」
「チェックメイトフォーの証は一族にとっての最高の栄誉。それを拒むところの結末は即ち……『死』です」
「っ」
「そんなっ……」
滅茶苦茶すぎる……偶然生まれ持った力によって勝手に運命を決められて、それで断れば死ぬなんて……。彼の語るファンガイアの価値観がまるで理解出来ず、困惑して頭を抱えてしまう。
「大丈夫ですよ紗夜さん、それはもう昔の話です。僕だってこんなことは間違ってると思ってる。だから、拒んだ人の命を奪おうなんてしません」
「そ、そうですよね。今はあなたが王様だったのでしたね」
理不尽な常識、掟ならば変えるしかない。そして幸いにも目の前の彼はそれが可能な立場であったためか、私が胸を痛めるようなことは起きることはないそうだ。紅さんのような人がそんな理不尽な理由で誰かの命を奪うなんて、それこそ有り得ないし信じたくはない。
「幸いにも、今のビショップとルークはその使命を快く受け入れて僕の側近として働いてくれています」
「因みに、今のビショップとルークってどんな人なんですか?」
「えーっと……ルークはなんていうか……割と愉快な人、かな? 強くてカッコいい僕の友達です。今は城にいないから紹介出来ないけど。でも、ビショップならみんな知ってるはずです」
「?」
私たちも知ってる人と言われても正直ピンとこない。ビショップ──即ち僧正と言われれば普通は男の人のことだけれども、私の知り合いで男性のファンガイアなんていたかしら……? 私たちが同じように疑問を抱いていると、紅さんがその正体を明かしてくれた。
「アゲハです。彼女が現役のビショップです」
「えっ!?」
羽畑さんが? と一同は予想外の答えに声を上げて驚いていた。確かに彼女がファンガイアだということは既に知っているが、僧正という風には見えないし、あんなに小さな少女がファンガイアの王を支える参謀として働いているという事実が中々受け入れることが出来なかった。
「アゲハ、アレでも結構強いんですよ。健吾さんなんてイクサに変身してもまだ一度も勝てたことないそうですから。あ、このことは彼の前で口にしないでくださいね」
「そ、そんなに……」
イクサ、とは綾野さんが戦う時に纏う鎧のことだと以前に紅さんから教えてもらったことがある。日菜と羽沢さんは既に見たそうだが、白き衣を纏った聖職者のような姿だと聞いている。そんな魔を払う聖職者でも敵わない羽畑さんとは、一体どのようなものなのかまるで想像が付かない。私の知る羽畑さんは小柄で笑顔が可愛らしい、小動物のような印象を受ける可憐な少女であるが、人は見た目によらないものだと目の前の王様を見据えながら改めて感じていた。
「それで紅さん。その、クイーンというのはもしかして……」
チェックメイトフォーの残る一人、クイーン。ビショップやルークが運命によって選ばれるというのなら、その称号も恐らくは……。
「はい、クイーンも同じです。力のあるファンガイアの女性が選ばれて……そして、キングの伴侶としての人生を運命付けられます」
「っ」
大方の予想が当たってしまい、しかし苦しくて息が詰まりそうになってしまう。彼の言葉に欠けがなければ、ファンガイアのキングとクイーンは自分の意思とは無関係に生涯の相手を勝手に決められるということになってしまう。そこに愛が無くても、他に愛した人がいたとしても、クイーンに選ばれた者がいるならば二人は結ばれなければならない。
「クイーンって、キングのお嫁さんだよね? はっ、つまりライガの婚約者!?」
「有り体に言えばそうなるかな。言い換えれば運命の相手ってことになるかもね」
彼の言葉の通り「運命の相手」とも言えば聞こえはいいかも知れないが、それは彼自身が決めたことではない。両人とも、自分の預かり知らぬところで勝手に決められてしまった婚約なのだから。
「でもそれって逆に言えば……王様と女王様は、自分の好きな人と結婚できないってこと、なんですよね……?」
「……はい。キングとクイーンは結ばれる運命です。キングと相性の良い女性がクイーンとして選ばれるなんて説もありますけど、過去に悲劇的な結末で終えた例もありますし、僕からはなんとも……」
同じ疑問を抱いた羽沢さんの質問に、紅さんは重い口調で答えた。しかし感情的には受け入れ難いこの決まりにも論理的な理由はある、と紅さんは言葉を続ける。王様の伴侶が決められていない場合、その座を狙った醜い争いが起きることは必至だ。故に、最初からクイーンを決めておくことで余計な争いを無くすことができ、そして王家は血筋を安定して残すことが出来る。確かにそうだと、少し前の自分と今井さんの件を思い出して自嘲してしまう。そういう意味では、王様の婚約者を早期に決めておくというのは決して間違った行為ではないのだろう。
そう、王家の人間として生まれた彼には自由な恋愛の権利はない。
そしてキングの伴侶として運命によって選ばれるクイーンの存在。
そんな人が紅さんにもいる。
彼には、既に定められた相手がいる。
彼は最初から私たちの手の届かない人だったのではと、途端に悲しくなってしまっていた。
「……と、それが少し前までの決まり事でした」
「えっ?」
しかし、突然の逆説的な言葉に悲観的な思いは一瞬で引っ込んでしまう。
「母さんが……全部変えてしまったんです。チェックメイトフォーの……クイーンの運命を……」
ここでようやく紅さんのお母様の話に戻ってきた。しかし、少し前までのクイーンの在り方を変えてしまった……その言葉の意味が未だに飲み込めず、私たちは紅さんに視線をもって続きを催促していた。
「そもそもチェックメイトフォーの紋章に関する儀式……呪いと言っても過言ではないですけど、それは太古のファンガイア族によって仕込まれた永続的な魔術でした。なのに彼女は……母さんはその永きに渡って一族に刻み込まれた術式を一人で解除しようとしたんです」
「……解除、とは?」
「クイーンの紋章だけ……その呪いの法則から無理矢理引き剥がしたんです。それこそ、自我を犠牲にしてまで……」
「っ……どうしてそこまで……」
呪い、というものにこれまで出会ったことはないし、非論理的だと普段の私ならば切り捨てていたことだろう。しかし紅さんという証拠を前にしてそんなことを言えるはずもないし、彼の言うチェックメイトフォーの呪い(敢えて呪いと呼ばせてもらう)の話も信じようとは思う。
しかし、何故彼のお母様は自分の種族の決まり事を、自身の意思を犠牲にしてまで壊そうとしたのか。何が彼女をそうさせたのか、私たちは紅さんの話に耳を立て続けた。
「なんて言えばいいかな……愛を、知ったから……かな」
「愛を……」
「知ったから……?」
次狼さんと似たようなことを答える紅さん。しかし、そのことでようやく次狼さんの言葉と今の紅さんの話が線で繋がったような気がしていた。
「元々、母さんはクイーンとしてキングである僕の父と結ばれました。しかし……あ、皆さんは愛音のこと、聞いてますよね?」
ふと、彼は妹の名前を口にする。その名を知らない者はここにはいないし、何ならその複雑な家族構成も聞き及んでいた。故に、彼が何の話をしたいのかはすぐに把握できた。
「はい……あなたのお母様とは、違う方が母親だと」
「そうです……その辺りの詳しいことは実は僕もよく分からないんだけど、父さんが愛音の母と出会った頃から、母さんの中に初めて『愛』が生まれた……そう言っていたのを僕は聞きました」
「? 結婚した後に、お父さんのこと好きになったの?」
「ファンガイア族はその伝統的な社会様式や、そんな塗り固められた土壌が生む環境から、愛や勇気といった感性が育ちにくい種族だったんです。母さんも例外ではなく、そんなファンガイアの一人でした」
彼の言葉で、私はこれまで見てきたファンガイアの姿を思い出していた。愛を知り、異質とみなされて迫害されたファンガイアの女性。人間だと思い込んでいた期間が長かったからか、日菜を愛してしまったファンガイア。そして、その想いを全く理解できなかったファンガイア。確かに私の知る限り、愛を理解するファンガイアが少数派であることを思い知らされ、彼の話に説得力を持たせていた。
「それが……愛を知った……」
「話から察するに最初は嫉妬だったと思うんですけど、それが母さんが愛を知るきっかけになった。それから、愛することの尊さを知ってしまったんです。そして、僕が育つにつれて思っていたそうなんです……僕の婚姻も……自分たちのように愛の無いものになるんじゃないか、と」
「……」
重い空気が包み込む中で息を吸うことすら辛く感じてしまう。紅さんのご両親の間には確かに愛はあったのかも知れないが、それは婚姻後の話であった。キングとクイーンとしての義務、使命によって結婚した二人の間に当初は愛が無かったのだと知り、胸が詰まりそうな思いに駆られてしまう。偶々婚姻後に愛を知れたからよかったものの、もしその偶然が無ければ? 彼女はずっと愛を知ることなく紅さんの母として過ごしていた? そんな想像、愛を知った人からすればとても悍ましいものだと、彼を愛した一人としてそう感じずにはいられない。だからこそ、私は彼のお母様の気持ちがよく分かってしまった。
「母さんは……僕のことを想ってくれました。僕には愛を知って相手を決めて欲しいと、そう願ったんです。でも、そのためにはどうしてもクイーンの紋章が邪魔をする。だから母さんは、自分のクイーンの称号が誰かに継がれる前に……」
苦しそうに言葉を絞り出し、紅さんはベッドから母親の細く綺麗な白い腕を手繰り寄せ、その手の甲を晒した。傷一つない白く細い指先が伸びるその手の甲にだけ、焼けた後のような痛々しい痕が残されていた。
「元はここに刻まれていたクイーンの刻印も、今はもうありません。そしてもう、誰の手にもクイーンの刻印が現れることはありません」
「じゃあ、クイーンはもう生まれないんですか?」
「はっ、そうだっ。ってことはライガ、もしかして結婚出来ないとか!?」
「えっ? あっははっ、いえいえ。そんなことはないですよ。今は……僕が選んだ人がクイーンになるんです。紋章はもうないけどね」
ようやく照れたように笑みを見せる紅さんを目にし、私もようやく心を落ち着けることができた。彼女は自分の息子に、誰かを愛する自由を与えたのだと、その深い愛に感動を覚えていた。
「母さんは僕に、そして後世のキングにチャンスを与えてくれました。生涯の伴侶を選ぶチャンスを」
「それは……ファンガイアの女性を?」
「さあ、どうでしょうか。少なくとも母さんと僕は……相手の種族を定めてはいません」
つまり彼は彼の父親と同様に、人間の女性と結ばれる可能性があると言うことであり、今しがた彼もそれを明言した。
それに、かつて彼は私に言ったのだ。『愛し合っているのに結ばれないなんて辛すぎる』『人とファンガイアも愛し合える世界にするために自分は戦う』のだと。やはり紅さんの心の中には、自身の両親の想いが深く刻み込まれている。彼の身体に流れる愛の願う強さは、しっかりとご両親から受け継がれていた。
だからこそ……。
「そうなんですね……あなたにとっての最良の女性が現れること……心より祈っています」
「……ありがとう、紗夜さん」
「紗夜さん……?」
紅さんは誰かを愛するということにどこまでも真摯で……だからこそ……私は彼に選ばれなかったのかもしれない。
あの時の彼にとって、私という存在は彼の生涯を懸けるに値する存在では無かった……そういうことなのだろう。そこまで真剣に考えてフラれたのなら、それこそ本当に思い残すことも無くなってしまう。それはそれで少し寂しくなってしまうけれど、そんなことは決して口にはしない。彼の前で無様な姿を晒すのはもう二度とごめんだ。
「まあ、そういうわけで。現在、栄光のチェックメイトフォーは空席が一つ空いた状態というわけです」
その空いた空席に座る誰かが……彼にとって本当に必要な誰かが現れることを、言葉だけでなく真に心から願っていた。
これ以上彼に不幸が起きないように……愛する人と幸せで結ばれることを祈りたい……。
紅さんが……私が心から好きになった彼のことを満たしてくれる人は必ずいると、今は信じていたかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
紗夜さんたちが帰ってからしばらくして、僕は次狼の元を訪ねていた。というか次狼の姿はいつの間にか消えており、待ちに待ってようやくキャッスルドランに帰ってきたところを捕まえたのだが。
「それで、結局何がしたかったの?」
先程は頭に血が上りそうになったが、よく考えれば次狼がただ単に彼女たちを母さんに会わせるだけのはずがなかった。先の言葉も真実ではあるが、僕にはどうしても彼の目的がそれだけとは思えなかったのだ。僕の問いに対して次狼は感心したように笑みを浮かべると、あっさりと話してくれた。
「ライフエナジーが多いと言っていた娘がいただろう。羽沢だったか。本当にそれだけが原因でレジェンドルガ狙われたのか気になってな、少し調べさせてもらった」
「……それで、何か分かった?」
確かにこの城にさえ入れてしまえば、後はどうとでも調べられてしまう。しかし正直、つぐみさんに内緒で身体検査みたいなことをしていたのは怒るべきところなんだろうけど、僕も事の真相が知りたくて次狼に結果を求めてしまう。
「結論より先にそこから起こり得る予測から言わせてもらうが……羽沢よりもむしろ危ない奴が二人いる」
「二人?」
「湊と白金だ」
「はぁ!?」
ちょっと待って!? 何故そこで二人の名が出てくるんだ!? 確かに二人ともライフエナジーは少し多いかも知れないけど、それだけで次狼がつぐみさん以上に危険だと言う理屈にはならない。ライフエナジー以外に何かがあると言うのか……?
「普段のお前なら気付いてもおかしくはないだろうが、『有り得ない』という思い込みがその結論を無視していたんだ」
「有り得ないって……つぐみさんに何を見つけたの? 友希那さんと……燐子さんにも……」
自身の心臓がバクバクと高鳴るのが聞こえるが、それを感じさせないほど僕の身体は熱が帯びていた。
次狼の次の言葉が待ち遠しくて、喉が渇き唾を固く飲み込む。
そして……。
「人間にも持つ者はいると聞いたことはあるがな……まあ、ソイツらもだが……
……僅かだが、魔皇力を身体に宿している」
熱った身体が冷めていくのは、ほんの一瞬のことだった。
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