ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『ウールとは羊毛、または羊毛を原料とした織物のことである。天然素材で肌に優しく、温かさ以外にも、保湿効果や抗菌、消臭など優れた効果を持っている。く〜っ、オレ様も普段からウールのマフラー巻いてみたいぜ。真紅のマフラ〜♪』

「急に歌わない」


第77話 紅と白のクリスマス

 あれから更に日が経ち、クリスマス当日を迎えていた。クリスマス・イヴ? 驚くほど何も無かった……とだけ言っておこう。

 

 先日のCiRCLEではPoppin'Party(ポッピンパーティー)と呼ばれるガールズバンドのクリスマスライブが行われていたみたいだ。RoseliaやAfterglowの面々も見に行ったそうだが、生憎僕にもヴァイオリンを弾くイベントが予定されていたために参加することは叶わなかった。友希那さんや美竹さんも交流があるバンドだそうで、僕も名前だけは聞いたことがあり興味を持っていたが、残念ながら今回も彼女たちの音楽を聴くことは出来なかった。

 因みにPastel*Palettesは別件でイベントがあり、彼女たちも不参加だった。更に言うならば、健吾さんはパスパレのライブの方に参加していたそうだ。千聖さんと約束していたらしく、チケットまで貰っていたのならそれはそちらを優先するだろう。

 

 しかし先日の次狼の報告を受けた後なだけに、僕としてはやはり心配してしまう。つぐみさんと、そして友希那さんと燐子さんのことだ。次狼の話だと彼女たちの身体には僅かに魔皇力が流れているという。魔皇力とは、ライフエナジーと似たような生命力の一種だが、同時に魔力とも呼べる不可思議なエネルギーを帯びたものでもある。本来それを持つならば魔法のような力も行使出来るのだが、彼女たちの持つ小さな魔皇力ではそれすら叶わないそうだ。しかしその僅かな力を持つ人間だけがレジェンドルガに狙われているというのなら、僕たちとしては警戒せずにはいられない。魔皇力を宿す人間の捜索と、そして既に把握している彼女たちの監視及び護衛が優先されるが、残念ながら未だ確立には至っていない。

 とりあえず昨日はアゲハと愛音にライブ参加という名の監視を頼んでいたけど、結局は何事もなく一日が終わった。警戒するだけしておいて、実に平和なクリスマス・イヴであった。

 

 そして今日はクリスマス。TETRA-FANGのライブが予定されていた日だが……正直なところ気が気でない。僕たちの音楽を届けたいという気持ちは変わらず存在するが、大事な音楽仲間が危険に遭うかも知れない状況が続く中で呑気にクリスマスライブのことだけを考えていていいのだろうかと思ってしまうのだ。

 そんな鬱憤とした空気に耐えられず、僕は気晴らしに部屋の中から街へ飛び出していた。冬の乾いた空気が鼻の奥をつんざく中、ヴァイオリンのケースの取手を握り締めたまま歩き続ける。商店街はクリスマス一色に染まっており、いく先々で赤と緑に彩る装飾が目立っていた。本当ならば僕もこんな風に浮かれていたいし、ライブのことだけを考えていたい。しかしそれが許されないのは僕がキングとして生まれたからか……いや、きっと違ったとしても彼女たちの危険を知っているなら居ても立ってもいられないのだろう。

 

 頼むから今日も何も起きないでほしい、そんな祈りを心の中で空へ捧げていた時、ふと僕を呼ぶ声が聞こえて意識が空から地上へと戻される。

 

「こんにちは……麗牙さん」

 

「え? っと、こんにちは、燐子さん」

 

 小鳥のように小さく、お淑やかな声で僕を呼ぶのは黒髪が映えるピアノが好きな少女であった。誰かしらと出会うかも知れないと期待していたが、まさか燐子さんに出会うとは。誰かといるわけではなく珍しく一人で街中に出ていた燐子さんは、寒い外気から身を守るために黒を基調としたコーディネートで身を包んでおり、その首には彼女らしからぬ真紅のマフラーが優しく巻かれていた。

 

「紅いマフラー、似合っていますね。燐子さん」

 

「え、あ、ありがとう……ございます……。あの、麗牙さん……昨日はごめんなさい……ヴァイオリンの演奏、聴きにいけなくて……」

 

「いいですって。演奏と言っても余興のようなものでしたし。僕の方こそみんなとCiRCLEに行けなくて残念だと思ってますよ」

 

「それでも……最近わたし、麗牙さんのヴァイオリン……聴いてなかったなって……」

 

 燐子さんにそう言われてハッと気付かされる。確かにRoseliaとの合同ライブ以降、彼女たちの前ではヴァイオリンの音を奏でた記憶はほとんどない。ともすれば、燐子さんが僕のヴァイオリンを懐かしがってしまうのも仕方のないことだろう。

 

 ……よしっ。

 

「聴きたいですか?」

 

「え? それは、はい……えっ?」

 

 そうと決まれば善は急げだ。幸い手元にはヴァイオリンがあるし、丁度音を響かせたくて堪らなかったところなのだ。

 

「燐子さんはこれから予定とかありますか?」

 

「い、いえ……特には、その……今も、たまたま一人で歩きたくなっていたから……」

 

「よかった。僕も同じです。とにかく外の空気を吸いたいと思って。本当はインドア派なのに」

 

「ふふ……わたしもです」

 

 互いに屋内の方が好きなのに、こうして空の下で出会ってしまったのは何かの偶然だろうか。思いがけない出逢いに気分が高まって、先ほどまで重くなっていた気持ちも彼女のおかげで随分と軽くなっていた。鈍くなっていた全身の感覚も蘇っていくような気分だ。

 

「じゃあ、少し歩きましょう──ッくしっ!」

 

「っ!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しかし張り切ろうとしたところで思い切りくしゃみを放ってしまい燐子さんを驚かせてしまった。冬はやっぱり冷える。太陽も雲に隠れてしまっている今日のような日は尚更だ。一瞬肩を跳ね上げて縮こまった燐子さんの姿は可愛らしいかったけど、同時に驚かせて申し訳なくなってしまう。やはり考えなしに気分だけで外に出るものじゃないと、ろくに寒さ対策をしなかった自分を反省していた。

 

「あの……麗牙さん……」

 

「いや、お恥ずかしいところを……え?」

 

 燐子さんの方へ目をやると、彼女は自分のマフラーを外して僕へと差し出しているのが見えた。一瞬、彼女が何を求めているのか分からず、僕はじっとその紅いマフラーの表面を見つめていた。

 

「これ、使いませんか?」

 

「……」

 

 燐子さんの言葉でようやく現状を飲み込むことができた。自分のマフラーを使わないかと、燐子さんは僕に問うているのだろう。それだけのありふれた場面、普通ならば遠慮すべき場面であった。

 自分のせいで燐子さんが寒い思いをするなんてあってはならないし、それで彼女が風邪でも引いたりしたらハッキリ言って自分に失望してしまう。だからここは遠慮しよう、男らしく彼女に無理をさせないでおこう。そんな普段通りの決断をして彼女へと視線を戻した。

 

 

「ぇ……ぁ、はい……」

 

 

 しかし、燐子さんの吸い込まれるような瞳を目にした途端、僕はそんな理性すら忘れて彼女の提案を飲んでいた。その行為が自分でも信じられず、一瞬の間で何度も考え込んでしまう。

 

 どうして受け入れた?

 

 使って欲しそうな顔をしていたから?

 

 彼女の思いやりを無下にしたくなかったから?

 

 僕が……欲しかったから?

 

「で、では……っ……」

 

 何が理由で彼女のマフラーを使うことになったのかはハッキリしない。ただ、直後の燐子さんの輝くような顔を見た途端そんなことがどうでも良くなってしまった。ゆっくり顔を近づけ、少し背伸びをして僕の首にマフラーをかけ、優しく巻いていく燐子さん。そんな彼女の姿を視覚ではなく身体と匂いで感じながら、彼女の小さな息遣いが離れていくまで僕は微動だにせず固まっていた。

 

「どう、ですか……?」

 

「え、と……すごく、あったかい……ですね」

 

 マフラーそのものの温かみもあるが、先ほどまで燐子さん自身が身に付けていたためかマフラーには彼女の体温が残されており、より一層温もりを感じていた。まるで燐子さん自身を身に纏っているような……って僕は何を考えてるんだ……っ。

 

「ありがとう……ございます」

 

「よかった……麗牙さん、行きましょう……」

 

「っ、いや待ってください。先に買い物していきましょう」

 

「え……どうしてですか……?」

 

「いやだって、このままだと燐子さん風邪ひいちゃうかも知れないし、だから……せめて代わりのマフラーを……燐子さんが付けるやつを、その……」

 

 要は僕が彼女にマフラーを買ってあげようというだけの話なのに、それを言うだけで妙に緊張してしまう自分がいた。僕にマフラーを貸してくれた彼女にお礼としてプレゼントをするだけ……彼女に寒さを感じさせないため……そう自分に言い聞かせるも、燐子さんのために何かを贈ると言う言葉を出すことがとても恥ずかしく感じていたのだ。

 

「(なんで緊張してるんだろ僕……)」

 

「そんな……いいですよ。わたしなんかのためにそんな……」

 

「(っ……)いえ、買います。買わせてください。お願いしますっ」

 

 何故そこまでして必死になるのか。何故ここで今のマフラーを返すという発想にならなかったのか。自分で自分が説明出来ず、しかしそんな困惑すら無視できてしまうほど昂っている自分がいた。

 

「麗牙さん……えっと……はい……じゃあお願いします……」

 

「よかった……早く行きましょう。燐子さんが風邪を引く前に」

 

「そ、そんなに……簡単には引きませんから……ふふ」

 

 しかしさっきから本当に情けない。彼女の言葉に甘えてマフラーを借りたばかりか、今度は自分の要望を押し通そうとするなんて。今も彼女が頷いてくれたのも、しつこい僕に対する諦めの気持ちが入っていたり……なんて思うと途端に胸が苦しくて堪らなくなる。だから、彼女が最後に笑いかけてくれたのがとても救いになっていた。

 

「ここの呉服店は……あ、結構ありそうですね」

 

「そうですね……ここに入ります?」

 

「燐子さんがいいのなら」

 

「はい……じゃあ、ここで……」

 

 商店街には数々の店が並んでいる。近場にショッピングモールがあるとはいえ、この商店街を利用する客もまだまだ多く、それなりの店が未だ繁盛している。正直、ショッピングモールまで行くと時間がかかるため、この商店街の呉服屋で済ませたかったというのが本音だ。出来るだけ早くマフラーを買って、燐子さんを冬の寒さから守ってあげたかったから。

 

「あの、麗牙さん……わたし、お願いがあるんですけど……聞いてもらっていいですか……?」

 

「? はい、なんなりと」

 

 入店と共に冬の寒気から解放された僕に、突然燐子さんから言葉が投げかけられた。彼女のお願いなんて、それこそ今の僕が聞き届けない理由がない。

 

「その……マフラーですけど……麗牙さんが……選んでくれたらって……」

 

「えっ? 僕が、ですか?」

 

「はい……だめ……ですか?」

 

「い、いえ……不肖ながら選ばせてもらいます」

 

 自分がつけるマフラーなのに僕に選んでもらいたいなんて……もしかして僕、面倒くさいと思われてる? いやいや、燐子さんはそんなことを口にする人じゃないし……でもそれなら何故……。

 

「(僕が燐子さんのマフラーを、か……)」

 

 そう言えば燐子さんのマフラーはどうだったかと、僕の首に巻かれているマフラーの製品表示を見ると「ウール 100%」の表記が目に入った。なるほど、通りで適度に気持ちのいい温もりが維持されていると思った。それならこの生地で取り敢えずは絞り、後は彼女に似合うかどうかで決めていこう。

 

「……(これは……ちょっと違うか……)」

 

「……」

 

 その後は僕とマフラーの睨めっこが延々と続いていた。マフラーを手にしては燐子さんを背景に重ね合わせ、彼女と合うかどうかを吟味していく。

 

「……(ああ……なんかもう少し……)」

 

「……」

 

 二人で来店しているのに互いに口を開くことなく静かな空気が流れていく。僕は心の中で審査を続け、燐子さんは僕がマフラーを吟味するのをただただ見守っているだけだ。しかし燐子さんが僕を見る目が真剣なものであるのが分かったため、こちらも選別により力が入ってしまう。

 

「……(結局……これかな)」

 

 そしてマフラーを手に取る行為を繰り返すこと実に数十回……人生でここまで悩んだ買い物は初めてかもしれない。自分は買い物時間が短い方だと思っているが、いざ真剣に選ぶとなるとこうも時間をかけてしまうのかと変な笑いが出そうになっていた。

 

「燐子さん。これはどう……ですか?」

 

 恐る恐る燐子さんに差し出したのは、穢れのない純白のマフラーだった。正直、今の黒のコーディネートに装った燐子さんにはアクセントが強すぎると感じているけど、それを差し置いても僕は彼女にこのマフラーを身に付けて欲しいと強く思っていた。燐子さんのことを考えた時、最後まで候補から離れなかったのがこの白いマフラーだったのだ。

 

「……」

 

「イメージと違ったら遠慮なく言ってください」

 

 口では余裕を見せてそう言っているが、本当は気に入らないと言われるんじゃないかと内心ビクビクしている。そんなことを言う人じゃないと分かっているけど、余計な気を遣わせたりしてしまわないかといつも以上に酷く臆病になっていた。

 

「いえ、大丈夫です。わたし……これにします」

 

「本当にいいんですか? 僕が見てたものの中で他にいいのとかあれば──」

 

「これがいいです……麗牙さんが選んでくれた……このマフラーが……」

 

 燐子さんの言葉で一気に心が軽くなるのが感じられた。それと同時に頬が緩み、だらしのない表情を浮かべようとしている自分に気付いて即座に整えようとする。

 

「分かりました。少し待っててください」

 

 とにかく買うものが決まったのなら話は早い。手にしたマフラーをレジまで持って行き、すぐに会計を済ませて燐子さんの元に戻ってくる。「このまま使う」と店員に伝えているので値札などは既に取っ払ってもらっており、使える状態で燐子さんにあげようとした。

 

 しかし……。

 

「あの、麗牙さん……」

 

「どうしました……?」

 

「え? いえ、その……」

 

「?」

 

 

 

 

「……わたしに……かけてもらえませんか……?」

 

 

 

 

 よくぞ声を出さずに持ち堪えたものだと、自分でも驚いている。とは言え、その衝撃で身体中が固まってしまい、燐子さんへの反応がワンテンポ遅れてしまう。

 

「麗牙さん……?」

 

「っ、じゃあ、その……失礼します」

 

 僕が答えないことで彼女に不安げな表情を浮かべさせてしまい、慌てて僕は手にした白いマフラーを彼女に近づけて、彼女の白い首筋に当てかけた。その瞬間、燐子さんは後のことを僕に委ねるように、その綺麗な瞳を静かに閉じた。

 

「……」

 

「……」

 

 先ほど燐子さんがしてくれたように、僕もマフラーをかけていくだけ。だと言うのに、妙に意識し過ぎて言葉を発することができなかった。手に彼女の綺麗な黒髪が触れてつい息を飲んでしまう。指先に彼女の吐息が触れて、胸の奥が跳ね上がる感覚に襲われる。ただマフラーを巻くだけの話なのに、爆弾を処理しているかのような緊張に襲われていた。

 

「お、終わりました。どうですか?」

 

「……温かい、です」

 

 燐子さんは声をかけるまでどれほどの時間をかけただろうか。五分か十分か、はたまた一時間か……実際にさほど経過してはいないのだろうが、それほどまでの長い時間を体感させられていた。正直、未だに少し心臓が強く鳴り響いている……。

 

 

「ふふ、クリスマスプレゼント……ですね」

 

 

「……っ」

 

 そうだ……今日クリスマスだった……マフラーのことで頭がいっぱいでそのことをつい忘れていた。燐子さんの言葉によってようやく思い出し、そしてみるみると体温が上昇していくのが分かった。よりによってそんな嬉しそうな顔で言われたら、せっかく抑えていたにやけ顔が溢れてしまいそうだ。

 

「ありがとうございます、麗牙さん……嬉しいです」

 

「どういたしまして……ふふっ。じゃあ行きましょう燐子さん。どこか希望の場所とかはありますか?」

 

「いえ特には……麗牙さんの弾きやすい場所で……」

 

 熱くなる顔を誤魔化すように薄く彼女に笑いかける。そして本来の目的であるヴァイオリンの演奏のために、僕たちは往来する人が増えてきた冬の商店街を並んで歩き始めた。

 

 紅と白のマフラーを巻いた二つの人影はクリスマスの背景に見事に溶け合っていた……と後に商店街の人たちから聞かされることになるが、この時の僕はそんなことつゆ知らず、ただ穏やかな温もりに包まれるような心地良さを感じていた。

 

 燐子さんの隣にいると自然と心が落ち着く。理由は分からないけど、今はこの安らかな時がずっと続いてほしいと心から願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ?」

 

「どうしましたか?」

 

「いや……何でもないです……(今、何か……)」

 

 しかしその時、人だかりの中で明らかに僕に向けられた視線を感じたのは、果たして気のせいだったのだろうか……? ほんの一瞬のことであり、立ち止まってさりげなく周囲を見渡してもそれらしき影は一切見当たらない。

 

 一抹の不安が胸を過ぎるが、燐子さんに心配をさせないためにも、一瞬で消えた違和感を隠して彼女に笑顔を見せて、立ち止まった足を再び歩ませ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アレがキバを継ぐ者……ですか」




クリスマスといえばエグゼイドとネクサスですよね……え、違う?
さて次回、麗牙を見つめる謎の影とは……。

引き続きアンケートにご協力ください。

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  • 紅 麗牙
  • 綾野 健吾
  • 羽畑 アゲハ
  • 紅 愛音
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