ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『クリスマスの日にその距離を縮めていく麗牙と燐子。互いの過去の真実に気付くことなく、それでも時は必然的に彼らを引き合わせていく。その先にある結末とは……』


第81話 多様な愛の形

 昼下がりのビルの谷間の底にて、吠えるような砕けるような激しい音が幾度となく鳴り響いていた。そこにいるは二つの影。片や五体を禍々しく肥大化させた異形、神話の中で語られる怪物の正体──レジェンドルガ。片や両碗を(カテナ)で巻いて固く封印し、両肩から金色の爪を生やした白銀の戦士──レイ。二体の人ならざる異形が人の目も陽の光も届かない戦場で激しくぶつかり合っていた。

 しかしその戦いは互角ではなくレイによる一方的な蹂躙であり、レイの拳から放たれた渾身の一撃によって異形は地に伏せていた。

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

 とどめとばかりにレイは金色の鍵の模様を施したウエイクアップフエッスルをバックルに止まるレイキバットに吹かせ、その両腕の封印を解放した。鎖が砕かれると同時に展開される、一対の巨爪──ギガンティック・クロー。異形に向かって跳躍とともに己の爪を振りかぶるレイ。

 

 そして──

 

 

「ハアァァァァァァァァッ!!」

 

 

「ゥグワア゛ア゛ァァァァァァア゛ッ!!?」

 

 

 冷気を纏った巨爪と共に放たれるレイの必殺の一撃──ブリザードクロー・エクスキュージョンがレジェンドルガの身体を引き裂き、異形は断末魔とともに立ち待ち爆散してしまった。爆風が完全に収まるまでレイはその場から動くことはなく、やがて爆心地に何の影も形も無いことを確認したレイは踵を返し、その変身を解除した。

 

「ふぅ……さて、大丈夫だったかな?」

 

 レイの鎧の中から現れた黒麓は、自分の戦闘を見守っていた人物たちに向けて優しく微笑んで訊ねていた。

 

「は、はい……その、あなたは……?」

 

 一人は今しがた斃されたレジェンドルガに狙われていた……ロード復活に繋がるの魔皇力を持つがためにレジェンドルガに狙われていた少女、羽沢つぐみ。

 

「ありがとうございます。ら、麗牙たち以外に変身する人っているんだ……」

 

 一人はそんなつぐみと偶然街中で出会い、巻き込まれる形で襲われていた、陽だまりのような暖かな印象を抱かせる少女、今井リサ。

 

「うん、やはり紅くんの知り合いだったようだね。ボクは黒麓大地。君たちにはなんて説明すればいいかな……ふむ……ん?」

 

 黒麓が二人に向けて適切な言葉を選ぼうとした時、彼の目に真っ赤に燃える紅色が映った。大きな音を立てながら接近し、やがて静まり返って止まるソレ──マシンキバーへと振り返ったリサも、その正体に気付いて顔をあからさまに綻ばせて叫んでいた。

 

「麗牙!」

 

「え? あっ(そう言えばあんなバイクだったっけ……)」

 

「リサさんっ、つぐみさんっ、大丈夫です……か……?」

 

 ヘルメットを外してリサたちの元へと駆け寄った麗牙は、彼女たちの傍に立つ黒麓の姿を見ると目を細めて立ち止まってしまった。

 

「黒麓さん?」

 

「やあ、紅くん。また会えて嬉しいよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「……?」

 

 黒麓の崩れることのない涼しい笑みを目の当たりにして、麗牙の表情が固まってしまったように見えたのはリサたちの気のせいではなかっただろう。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 クリスマスライブから二週間近くが経過し、年が明けて冬休みも終わりを迎えようとしていた一月の上旬。カフェ・マル・ダムールの奥のテーブル席では奇妙な組み合わせが顔を見せ合っていた。

 

「レジェンドルガって……」

 

「リサさんには、前のミイラのような奴の仲間って言えば分かりますよね」

 

「う、うん……でも、黒麓さんはその人たちとは違うって言うんですよね?」

 

「ああ。ボクにとってレジェンドルガの悲願なんてどうでもいい。むしろ今更ロードに目覚められてもボクの肩身が狭くなるだけだからね。そんな生きづらい世界になるくらいなら、いっそ奴らの目的も邪魔してやろうとね」

 

「だからつぐみさんを助けたんですか?」

 

「まあ、そういう事になるかな」

 

 マスターの淹れた珈琲を優雅に口に運びながら黒麓さんは平然と答える。その言葉から嘘の音は聴こえてこなかったし、ロード復活の邪魔をしているというのも今のところは虚偽には思えなかった。

 レジェンドルガということで皆警戒すると思われたが、リサさんにはそんな様子が一切見られず、同時にこの人はやはりそういう人なんだなと安心してしまう。その人の生まれだけで判別するほど彼女は短絡的ではない。怪物である僕を受け入れてくれたように、リサさんも目の前の相手をただ怪物というだけで拒絶するつもりは無かったようだ。尤も、それに救われた僕自身が今もなお彼に対して警戒を解けないのは皮肉なのかも知れないけど。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「ああ。その感謝、素直に受け取らせてもらうよ。そういう事だから、ボクのことももう少し信用してほしいな、紅くん。ほら、この間の彼女のこともあるし。必要なら彼女のこともまたボクが助けてあげて──」

 

「っ」

 

「──っとと、これは失敬。彼女に関してはボクは邪魔者だったかな」

 

「……」

 

「麗牙?」

 

 つぐみさんたちを助けてくれた事に関しては彼に感謝している。今後も誰かに危険が迫った時、彼の力が頼りになることが何度となく訪れるのだろう。しかし燐子さんを守ると言われた時、僕の中に突発的に拒否感が生まれていた。ふと胸の奥が熱くなり、意図せず黒麓さんに向けて鋭い視線を飛ばしてしまっていた。彼から涼しげに言葉を返されたことですぐに冷静さを取り戻すも、返す言葉が見つからず黙り込んでしまい、無意識に膝の上に乗せていた紅いマフラーを握り締めていた。

 

「……前に会った時もそのマフラーを身に付けていたね。お気に入りなのかい?」

 

「あーそう言えば、麗牙って最近よくそのマフラー着けてるよね」

 

 僕の手の中にある紅いマフラーは……元々は燐子さんのものだ。あのクリスマスの日、うっかりマフラーを返し忘れていた僕は後日慌てて燐子さんへと連絡を取った。しかし燐子さんの返答は意外なものだった。

 

 ──麗牙さんが……持っていてください……わたしは……麗牙さんのくれたものがあるから……。

 

 僕に持っていてほしい、僕が使ってもいいと、電話越しに恥ずかしそうに彼女は言ってくれた。あの日に互いが贈ったマフラーを返すことなく、そのまま互いに自分の物として使っていこうという話だった。その時の僕は一瞬固まったものの、直後にその提案を二つ返事で飲んでしまった。

 

 ──燐子さんは、それでいいんですか?

 

 ──はい……麗牙さん……わたしよりそのマフラーが似合っていたから……麗牙さんに使っていてほしくて……。

 

 それでも、何故なのかと未だに考えることがある。僕が燐子さんに贈ったものはあの日購入したばかりの新品のマフラーだが、燐子さんのくれたマフラーは少し違う。見る限りほとんど新品に見えるが、それでも一度は彼女の身を包んでいたものだ。変な事に使われないかと女性なら不安に思っても仕方ないはずだが、燐子さんからはそんな素振りは一切感じられなかった。単に中古品を押し付けられただけだろうか? それならそれでいいのだが、問題はこのマフラーを手にした自分が妙に嬉しさを感じていた事だ。それと同時に、燐子さんの付けていたマフラーで喜ぶなんて自分は変態なのではと軽く落ち込んでしまったが……。どうして彼女からの贈り物にここまで嬉しさを感じるのか自分でも説明が付かず、結局は困惑のままで終わってしまうのだけれども。

 正直な所、このマフラーを巻いて燐子さんと出会う事に少しだけ罪悪感を抱いていたりもしていた。彼女の方もあの日の白いマフラーを身に付けていたことで僕の方も幾分か救われた気持ちにはなったけど。

 

「変……ですか?」

 

「ううん、そんなことないよ。むしろマフラー付けた方がしっくりくるかも。なんでかは分からないけど」

 

「しっくりって……」

 

「う〜んなんだろう? むしろなんで今までマフラー着けてなかったの? くらいには今の麗牙がしっくりきちゃってるんだよねー☆」

 

「えーっと……あ、ありがとう……?」

 

 リサさんに褒められているのかそうでないのか分からないが、取り敢えずは礼を言っておく。リサさんの中では僕はマフラーを巻いている方が自然体に見えるそうだ。あの日初めて会った黒麓さんだけでなく、つぐみさんも同意の頷きを見せていることからも僕にはマフラーが似合うのだと今更ながら気付かされることとなった。それなら今後はずっと付けていようかな……春先なら薄いストールでも首に巻いたりして……。

 

「それって、紅さんが自分で買ったものですか?」

 

「えっ、それは……」

 

 そんな中、突然のつぐみさんからの質問に言葉が詰まってしまう。なんて答えればいいのだろうと迷い、そして迷っている自分がいる事に困惑してしまっていた。単に一言「燐子さんから貰った」と言えばそこで終わりなのに、何故かそこに恥ずかしさを感じる自分がいたのだ。そして、その恥ずかしさや照れの理由はなんなのかと自分の中で探しているうちに、黒麓さんに先手を打たれることになってしまった。

 

「えっと……」

 

「もしかして、この間の彼女からの贈り物かい?」

 

「……そうですよ」

 

 何故だろう、この人に当てられると異様に機嫌が悪くなってしまうのは。というよりも、誰かに燐子さんのことで図星を突かれることに嫌に神経質になっている自分がいた。しかしそんなことを気にすることもなく、僕はあからさまに悪くなる機嫌を隠そうともせずに黒麓さんへぶっきらぼうな返事を返してしまう。

 

「紅さん。彼女って?」

 

「燐子さんのことです。その言い方に他意はありませんから」

 

「そ、そうなんですね……やっぱ、そうなんだ……

 

「つぐみさん……?」

 

 しかし一瞬、つぐみさんの音楽が嫌に揺れたのが聴こえ、僕は不機嫌も忘れて彼女の顔を伺おうとしていた。彼女の表情は見逃してしまったが、一瞬の聴き覚えのあるような嫌な音楽だけは聴き逃さなかった。今まで自分のことで精一杯で誰かの音楽を聴く余裕なんて無かったが、今のを機に彼女の音楽へと耳を傾けようともしていた。

 

 しかし……。

 

「一体どうし──」

 

「あーダメダメ、麗牙。ちょっとあっちに行っててくれない?」

 

「──はい?」

 

 突然リサさんから机を追い出されるような言葉を投げられ、目を丸くして固まってしまう。え? 僕、リサさんに何かしてしまったのだろうか? そんな懸念と不安の中、リサさんは先の発言を撤回することなく、囃し立てるように僕を席から立たせようとしていた。

 

「ちょっとだけつぐみと話したいことあるからさ、ね? すこーしだけさ、向こうに行っててくれない?」

 

「え? あ、あの、リサ先輩?」

 

 つぐみさんもリサさんの言葉が意外だったようで、僕同様に何が何やら分からないまま目が回るようにあたふたし始めていた。男には聞かせられない女子トークを始めようと言うのだろうか? それならば僕だけでなく黒麓さんも席を外すべきでは……そう言おうとしたところで黒麓さんがリサさんに問い質していた。

 

「それはボクもいていいのかな? ボクも今ちょうど、彼女に訊ねたいことができた」

 

「う〜ん……じゃあ黒麓さんにもお願いしよっかなぁ」

 

「え、僕だけダメなの?」

 

 黒麓さんは会話に入るのがよくて僕だけダメだなんて……一体何の圧力があってそんなことになるのだろうか。渋々と暗い影を落としながら席を立ち、遠くのカウンター席へと歩を進めていく。こうなればファンガイアの優れた聴力を利用して──

 

「あ、ちゃんとイヤホンか耳栓とかしておいてよ麗牙。絶対聞いちゃダメだからね」

 

 ──というのも無理らしい。僕の五感が優れていることなんて既に把握しているリサさんに釘を打たれ、僕は重い手付きで鞄からイヤホンを取り出す。端末で燐子さんの好きな青空の音楽を再生しながら、彼女たちの談話の光景を恨めしげに眺め始めるのであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 麗牙の恨めしげな視線を浴びながら、三人はテーブルに向かい合い……というより、リサと黒麓が一方的につぐみに詰め寄っていた。

 

「あ、あの……リサ先輩? 黒麓さん? 私に一体何を……」

 

「恐らくだけど、ボクと今井さんの考えていることは同じだと思うよ」

 

「っていうか、このタイミングで気付かない麗牙にアタシちょっとイラってきちゃったもん」

 

「お、同じ? 気付かない……?」

 

 未だ何を話されるか分かっていないつぐみは、まるで判決を言い渡される直前の囚人のような心許無い気分でおろおろし、その口が開かれるのを期待一割不安九割の気持ちで待ち構えていた。

 

 そしてリサが口を開いた時、つぐみの心の底をつく言葉が彼女の耳を通して全身に響いていた。

 

 

 

 

「つぐみってさ……麗牙のこと好きなんだよね?」

 

 

 

 

「っ!?!?」

 

「その反応……ボクらの予想通りというわけだね」

 

 赤らめた顔の前で両手をあたふたと踊らせる様を見て、リサと黒麓は同じように苦笑を浮かべる。つぐみは一瞬麗牙の方へと視線をやろうとするも、それが意味するところをすぐさま理解して自重し、二人の前に身を乗り出すことでその衝動を抑えた。

 

「な、なんで……そのっ……」

 

「だってさ、つぐみ。あんなショック受けたような顔したら嫌でも分かるよ、アタシ」

 

「彼女に同じく」

 

 麗牙の身に付けているマフラーが燐子からの贈り物だと知った時、つぐみの顔に僅かに悲壮の色が浮かんでいたのを二人は見逃さなかった。自分の心を整理するので一杯であった麗牙が見逃したその表情は、間違いなく色恋における失恋にも似たものだと二人は感じていたのだ。何よりもリサ自身が、その表情に強く思うところがあったのだから。

 

「あの、リサ先輩って……」

 

「うん……もう聞いてるよね。アタシ、麗牙のこと好きになって、それで……結局はフられちゃって……ってごめんなさい黒麓さん、こんなつまらない話なんかしちゃって……あはは……」

 

 自分で自分をおかしく感じるほどまでに恋い焦がれ、その想いの果てに砕け散った自分の初恋を思い返してリサは薄く微笑む。あの時に感じた悲しみや苦しみを忘れることはなかったが、それでも麗牙を好きになったことに対して彼女の中に後悔は無かった。自分の失恋は人に誇れる失恋だと自信を持っていたからこそ、リサは自身の経験をつぐみに語っていた。しかし、初対面の黒麓に向けていきなり自分の失恋を語るのも変な話だと思い返したリサは、抱いていた自信も控えめに、恥ずかしげに頬をかいて言葉を小さくしていく。

 

「いやいや、全然つまらなくなんかないよ。それに、君のそれはとても素晴らしい経験だと思うしね。敗れた恋は次なる恋に向けての糧になる、っていうしね」

 

「ありがとうございます。やっぱり、レジェンドルガにもそういう気持ちって分かるんですね」

 

「いや、どうだろうね。他の連中については微妙なところかも知れないけど、ボクにはよく分かるよ。いいよね……愛って」

 

「あ、愛って、そんなそれほどのことじゃ……」

 

 自分の想いを「愛」などと大層に語られて、つぐみは恥ずかしげにテーブルに俯く。しかしそれでもテーブルについた二人からの視線は振り払えず、ようやく観念したのか、ポツポツと彼女の口からその思いの丈が語られ始めた。

 

「最初は憧れだったんです……『普通』な私とは何もかもが違う、『特別』に満ち溢れた彼の姿に、気付けば私は……惹かれてしまったんだと、思います……」

 

 初めて出会った時からヒーローのように爽やかで強かな彼の姿を思い返し、つぐみの白い頬が桃色に染まる。麗牙のことを知れば知るほど、溢れんばかりに出てくる「特別」な事象の数々につぐみが憧れたことは数知れない。つぐみが麗牙に慕情を抱くきっかけとなったのは、彼が特別であったことには違いなかったのだろう。

 

「まぁ、紗夜さんには叱られちゃいましたけど。特別だからって理由だけで彼を好きならないでって。私、紅さんのこと……本当に外観でしか判断出来なかったんだなぁって……」

 

 紗夜からキツく指摘されたことを思い出しながらつぐみは自嘲気味に語る。今ならこそ言えるが、自分は彼のことを本当に上っ面だけでしか見ていなかったのだと彼女は猛省していた。その認識を改めるきっかけになったのが彼の母親……しかし、その話をしようとしたところで、突然黒麓から横槍が入った。

 

「いや、その価値観は間違っていないさ。確かに彼は特別だ。ボクから見ても充分にね」

 

「え?」

 

「ボクは特別な彼が好きさ。彼の纏うキバもまた、ボクにとっては特別な存在だしね」

 

 当初のつぐみの想いを否定しないその言い草に、つぐみは驚いて目を丸くして彼を見つめていた。黒麓もまた、つぐみに語るようと言うよりは、自分に言い聞かせるように夢見心地に語っていた。男性らしからぬ妖艶としたその顔付きにつぐみは吸い込まれそうになるも、リサの声によって現実へと引き戻された。

 

「黒麓さんは麗牙と……それと、キバが好き?」

 

「ああ、それはもう……大好きさ(あんな美しい闇、他では決して出会うことはないしね)」

 

 リサたちには答えず、心の中で黒麓はその想いを語り、一人かつての情景に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太古の昔……まだレジェンドルガという種族が繁栄していた時代のこと。

 

 そして、その種族の滅亡が訪れた審判の日のことである。

 

 ファンガイア族との熾烈な争いを繰り広げていたレジェンドルガ族は、最終決戦として彼らの(ロード)を中心とした軍勢を持ってして戦いに身を投じていた。

 度重なる戦役によってファンガイア族を滅亡の危機まで追い込んだレジェンドルガの戦いも、一つの区切りがつこうとしていた。ファンガイア族を滅ぼせば、自分たちがこの星を支配するまでは秒読みとなる。自分たちの野望の最後の障害となる吸血の一族を追い込み、最後の戦いに臨もうとしていた軍勢の中に、かつての黒麓の姿もあった。

 

 しかし、彼らの快進撃はここで終わることになる。

 

 その栄華も誇りも、全てが一瞬で踏み砕かれることとなったのだ。

 

『変身』

 

 その言葉とともに、彼らの前に現れたかつてのファンガイアのキングの姿が変貌する。

 

 そこに顕現するは何よりも深い闇の色と、鮮血の如き赤。

 

 ドス黒い闇のオーラを放ちながらも、しかしあまりにも華美で芸術的で、魔性の魅力を持った王の鎧であった。

 

『絶滅せよ……』

 

 彼らは知ることとなる。この世に最初に現れ、そして最後に目にすることとなるキバの鎧の名を……。

 

『フンッ』

 

 彼が手を振るえばそれだけで圧倒的だったはずの軍勢の大半が消し飛び、絶命する。

 

 抵抗することも敵わず、誰もがファンガイアの闇の鎧を前にして滅び去っていく。

 

『ヒィィィギィィア゛ァァッ!?』

 

『ィギャアァァァア゛ッ!?』

 

 激しい断末魔と共にいとも簡単に消えていく数多の同胞の姿。

 

 それはもはやファンガイア族の抵抗とは呼べず、蹂躙、虐殺という言葉すら相応しかった。

 

 しかしその中にいても、彼は……黒麓の目は光り輝いていた。

 

『……なんて……綺麗な……』

 

 一方的な殺戮を繰り返す闇の鎧の姿に、彼はあろうことか憧れを抱いていた。

 

 自分たちの王とはまるで違う、高貴で鮮麗なる闇を纏う鎧。

 

 今も自分たちの王が纏う巨大な黒い鎧を、その圧倒的な力でねじ伏せているその闇の鎧が、彼の目にはこれ以上なく美しく見えたのだ。

 

 叶うことならばこのままその勇姿を見続けていたい。その闇をもっと自分に見せつけてほしい。敵の中にいながらもそう願う黒麓であったが、無慈悲なファンガイアのキングはその願いを叶えることはない。

 

『──』

 

 鎧のバックルに止まった黒い蝙蝠が笛を吹き鳴らす。

 

 その瞬間、自分たちの王を含めた一部のレジェンドルガの身体の自由が効かなくなる。自分の身体が自分のものでなくなっていくのが黒麓にも感じられた。

 

 何が起ころうとしているのかは彼にも、そして自身の王にも分からない。

 

 ただ一つ確かなのは、今この時を持って、自分が憧れた闇の鎧の姿を目にすることが出来なくなるということだけであった。

 

『待って……キバ……もっとボクに……もっと……その闇を……魅せ、て……』

 

 その言葉と共に彼の意識は深い闇の中に閉ざされ、魂は悠久の眠りに就くこととなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……黒麓さん?」

 

「っ、いやすまない。少し昔を思い出していてね。ともかくボクは、紅くんに憧れる羽沢さんにはどこかシンパシーを感じる。それだけは言っておくよ」

 

 一人憧憬に浸っていた黒麓も、つぐみの声によって現実へと引き戻される。かつて見たキバという美しい闇に惹かれ、同時に恋い焦がれてしまった自分を、黒麓は今のつぐみと重ね合わせていたのだ。

 

「あ、ありがとうございます……でも……」

 

「?」

 

「今の私には、他に理由もできました。紅さんを想っていたいって思える、憧れ以上の理由が……」

 

 しかしつぐみにそれ以上の理由があると聞かされ、黒麓は首を傾げながらつぐみの話に耳を傾けようとする。

 彼女が意識を変えることができたのは、麗牙の母と、それに寄り添う健気な彼の姿を目の当たりにしたからだ。肉親を愛しその不幸に悲しむ等身大の彼の姿に気付いた時、つぐみの中での麗牙は特別な存在ではなく、自分と変わりない一人の生きた存在なのだと知ることができた。もはやつぐみは、麗牙を雲の上の人として見ることはできない。彼の心に抱く自分と変わらない感情に触れて、心から彼に寄り添いたいと想うようになったいた。

 

「私、遅いですけれど紅さんの心を知ることができました。私と変わりない、特別であってはいけない大切な感情を持つ人だって気付けました」

 

「特別であってはいけない感情……ね」

 

「はい。そんな紅さんのこと、私はもう色眼鏡をかけて見ることなんてできません。私は……もっと彼の心に寄り添いたい、彼の力になりたいって……今はそう思うんです」

 

 麗牙の母についてのことを本人に許可なく話すことは憚られたために、大事なことをぼかしながらつぐみは自分の本心を告げる。憧れからようやく一歩を踏み出せたつぐみの心には、彼を想うことに対して遠慮も負い目も感じることは無かった。そのはずであった……。

 

「(同志が得られると思ったけど、残念だな……)そうか、しかし相手は強敵だね」

 

「ぅ……それは……」

 

 ファンガイアのキングへと抱く情景にシンパシーを感じていた黒麓は、そこから一歩踏み出したつぐみとの想いの違いに内心残念に思うも、それを見せることなく彼女へ麗牙を想う際に生じる一つの障害を挙げた。強敵となる相手とは、言わずもがな燐子のことである。

 

「この間ボクが見た時も、二人きりでクリスマスの街を歩いていた。あの間に入るには、それなりの覚悟が必要だろう」

 

「……ですよね……やっぱり、あの二人って付き合ってるのかな……」

 

「幸いながら、当人たちはそう思ってはいなさそうだけどね」

 

 二人は恋人同士ではない、それは確かだと黒麓は希望があるように告げる。しかし、いつぞやの二人きりでいた様子が幸せそうに見えたのはつぐみも同様であった。故に彼女の心は大きく揺れていた。あの二人の間に自分が入る余地は無いのだから大人しく諦めるのか、それでもなお彼を想い続けるのか。だが、他人に迷惑をかけたくないと常日頃から思う彼女が前者を選択しようとするのにはそう時間はかからなかった。

 

「でも私がいたら多分、邪魔だよね……私、やっぱり諦めた方が──」

 

「そんなの絶対ダメ!」

 

「──リサ先輩……?」

 

 しかしつぐみが諦めの言葉を吐こうとしたその時、リサが身を乗り出してその言葉に待ったをかけた。きょとんと首を竦めるつぐみに対して、リサは真剣な目で彼女を見据え、抱いている思いの丈を投げかけていた。

 

「まだ何にも行動してないのに諦めるなんて、そんなの絶対にダメだから。想いも告げないまま諦めて、その後で麗牙が燐子と付き合ったりしたら、それこそ絶対つぐみは後悔するよ」

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「そんなの、アタシが後悔してないからに決まってるじゃん。麗牙を好きになったことも、麗牙に想いを伝えたことも、全部無駄じゃなかった。全てが今のアタシを作っている。だからアタシは自分の選択に間違いはなかったって、今でも自信を持って言い切れるよ。だから、例え相手に他に好きな人がいたとしても、気持ちを伝えないまま終わるなんて……そんなの絶対やっちゃダメだから」

 

「リサ先輩……」

 

 自分の恋を思い返してリサははっきりと言い放つ。自分の過去を否定することは、即ち今の自分を、ひいては今の麗牙たちをも否定することになってしまう。それだけは絶対に出来ないし間違いだと思うからこそ、リサは想いを伝えた過去の自分の選択は間違っていなかったと自信を持って答えることができた。

 

「とりあえずさ、燐子に負けないためにもつぐみはつぐみでやれることをやろうよ。アタシも手伝うからさ……燐子には悪いけどね♪」

 

「でも、そう言われても何をすれば……」

 

「う〜ん……ふふ、ねぇねぇ、ちょっと近くによって」

 

「え?」

 

「ボクもかい?」

 

 悪戯が思いついた子どものような無邪気な笑顔を浮かべたリサは、二人にテーブルの中心に顔を寄せるよう支持する。三人の顔が集まったところで、リサはこの場で思いついた作戦(・・)について二人に話し始めた。

 

「つぐみ、──」

 

「……(何話してるんだろう……)」

 

 当然その様子は麗牙からも見えているわけだが、リサの言いつけ通り律儀にイヤホンをして音楽を聴いているため、これまで何を話していたのかは全く聞こえていない。三人がテーブルに集まり出したところで内容が聞こえないことに変わりはないのだが、何となしに嫌な予感が背筋を走って固唾を飲んで見守り始めた。

 

 そして……。

 

 

 

 

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!?」

 

 

 

 

 イヤホン越しでもようやく聞こえてきたつぐみの叫び声に麗牙の身体は僅かに跳ね、じわりとその額から汗をかき始めていた。

 

「っ!?(ぼ、僕は何されるんだ本当に……)」

 

 三人が一斉に自分の方をチラ見したことから確実に自分に纏わる内容なのだと本能で確信した麗牙は、これから訪れるであろう出来事に不安を感じずにはいられなかった。




超英雄祭も当選しました。
ネコウモリさん大勝利です(2回目)

当方では瀬戸康史さんの恋を応援しています。
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