ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『つぐみと麗牙による二人きりの遊園地デートが始まった。デートだデート! キバり過ぎて四時起き……なんてことに皆はなるんじゃねぇぞ』


第83話 キバって!デート

『こちらH。ターゲットは食事を終え、ショーの見学に向かった模様。どうぞ』

 

「こちらK。了解、こちらも後を追う」

 

「いや、何してるんだい君たちは……」

 

 見りゃ分かるだろう、デートが始まった二人の追跡に決まってる。端末から聞こえてくるH──もといひまりちゃんの声に反応し、K(健吾)こと俺もテラスで購入したホットドッグを片手に麗牙とつぐみちゃんを見失わないよう動き始める。無粋? そんなこと分かっとるわ。ただ、あまりに麗牙に対して消極的だったつぐみちゃんがどうしても心配で仕方ないから、こうして捜査官紛いなことをしているわけだ。決して、こんなことをしたいと言い出したひまりちゃんに対してノリノリで乗っかったわけではない。つぐみちゃん自身も不安がって、居てくれると助かると言ってたらしいしな。

 

「俺らもいくで、D」

 

「Dって……ああ、大地のDね」

 

 俺に野次馬精神などない。決して楽しんでなど……いないっ。

 

「楽しんでるよね?」

 

「ぐ……少しは」

 

 すまん麗牙、つぐみちゃん……正直少し楽しんでるわ自分。だがせっかくの休日を彼らのために消費するのだから、少しくらいは楽しませて欲しいという気持ちは確かにある。ひまりちゃんがこんなこと言い出すんが悪いんや。と心の中で責任を勝手に押し付けている中、気を取り直して麗牙たちを見失わないよう歩き始める。自分の分と俺の分のドリンクを両手に持つ黒麓さんも、苦笑どころか涼しい笑みを浮かべてしっかりと俺について来てくれていた。

 

「(悪い人では……ないんかな……)」

 

 なんだかんだと付き合ってくれる黒麓さんに対して今のところ悪い感情は浮かんでこない。後はせめてもう少し嫌な顔でもしてくれたら人間らしいなぁって思えるんやけどな。無難に敵意を与えない態度を取り続けるものだから、麗牙が彼を信用できない気持ちは分かる。俺としてはもう少し彼の感情的になるところとか見てみたいのだが……。

 

「なあ、黒麓さんは麗牙やつぐみちゃんのこと、応援してくれてるんか?」

 

 ひまりちゃんとリサちゃんとは離れているため、現在は遊園地なのに男二人のむさ苦しい状態だ。恋話でもしてないとやっていられないし、彼の心情を測るのにも丁度いい機会だろう。こんな作戦に乗ってくれてるわけやから、応援はしてくれているとは思うんやけど。

 

「うーん……基本的には愛する気持ちを持つ人皆を応援したいのだけど、正直なところ、ボクが今応援したいのは紅くんの方かな」

 

「え、そうなんか? 俺てっきりつぐみちゃんのこと応援してくれてるんかと思ったけど」

 

 麗牙が燐子ちゃんといい感じなのを知っているはずの彼が、それなら何故この作戦に協力してくれたのか。その疑問を訊ねる前に、彼は言葉を続けてくれた。

 

「紅くんがまだ誰かと共に歩むと決めたわけじゃない。つまりは彼女にもまだチャンスはあると言うわけだ。それならそれでいい。ボクは、彼に愛する誰かが見つかることを祈っているからね」

 

「……なんでそこまで麗牙の相手に拘るんや?」

 

 何故、麗牙にとっての愛する人が現れることを赤の他人である彼が望むのか理解出来ず、目を細めて薄く睨みつける。そう言えば、以前に麗牙のファンとか言って彼に花束を渡していたらしいが……まさか本気で麗牙のことを想っているのか? それとも他に別の理由が……? そんな俺の疑問を晴らすように、彼は空に浮かぶ太陽に負けないような清々しい笑みを浮かべ、答えた。

 

 

 

 

「聴きたいからだよ。彼の音を。愛する者を持った時に奏でられる、彼の音楽を」

 

 

 

 

「麗牙の音楽?」

 

「ボクにも少しは分かるんだ……人の感情が動く時に流れる心の音というものが」

 

「……マジでか?」

 

 麗牙や愛音、そして彼らの父が聴こえていたという『心の音楽』。それが彼にも聴こえるのだという。彼の突拍子も無い発言に理解が追い付かず固まってしまうが、彼はお構いなしに涼しい顔で語り続けていた。

 

「特に愛する者同士が奏でる音楽というものがボクは好きでね。聴いていて心がウキウキするんだ。うん……この場所はいいね。そこらかしこに愛する者たち同士がいて」

 

「まあ、遊園地やしな」

 

 休日の遊園地なぞ、それはカップルの集団で蔓延っているものだ。その中に放り込まれた麗牙たちも宛らカップルだと周りに思われていることだろう。……まさか俺らもそう思われてはいないだろうか。ううっ、ちょっと寒気がしてきた。

 

「甘くて情熱的で時に切なく、まるで生きるように様々な姿を聴かせてくれる。そんな愛し合う者同士が奏でる音楽はボクの好むところだ。そして──」

 

 彼が続けて何かを言おうとした時、俺の端末に再び着信が掛かる。相手は……リサちゃんか。

 

「はいこちらK。どうぞ」

 

『こちらL……ってそうじゃなくて、早く来なよ。せっかく二人分の席空けてるんだからさっ』

 

「え? あ、ショーの席か。分かった分かった、すぐに行くわ」

 

 麗牙たちの追跡と言いながら、結局は遊園地を楽しむ気満々やなぁあの二人。だが、席を空けてくれている彼女たちの好意を無駄にしないためにも、麗牙たちに見つからないようショーの客席へと足を運ぶのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「紅さんっ、ほらっ、次あれ行きましょう!」

 

 ショーが終わってから、私はさっきまで怖気付いていたのが嘘のように園内を駆け巡っていた。あれからジェットコースターに急流下りにメリーゴーランドなど、とにかく次々と目につくアトラクションへ彼を連れて行っていた。と言うのもやはり紅さんは遊園地に不慣れらしく、何から乗っていいのか分からないとのことらしい。だから私が……紅さんよりも少し遊園地に詳しいこの私がっ、彼の腕を引っ張って(もちろん比喩。本当に引っ張れるわけがない)遊園地を案内していた。

 

 乗り物に乗るたびに新鮮そうな、そして嬉しそうな顔をする紅さんを見るのが私自身楽しくて、いつしか緊張なんてどこかに飛んでいってしまっていた。まあ……どちらかというと恋人と、と言うよりは子どもを連れてきたお母さんのような気分かもしれないけど……。

 

「アレは……二人でペダルを漕ぐのかな?」

 

「そうそうっ。高いところから景色を見ながら、自転車を漕ぐように……って紅さん、自転車乗ったことあります?」

 

「さ、流石に自転車くらいは乗りますよ。はは、つぐみさん、僕のこと何だと思ってるんですか?」

 

「えぇっへへ、ごめんなさい。私の方が色々と知ってるのが嬉しくてつい」

 

 自分よりも何もかもが優れているように見える紅さんだけど、意外なところで経験がなかったりするからこんなことでも気になってつい聞いてしまう。そんな彼に私が教えられることがあると思うと、それもまた嬉しくなってしまうのだから。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

「はいっ」

 

 彼と二人、空中サイクリング。一週間前まではそんな光景は信じられなかったけど、こうして実際にその時が来ると胸が温かくなって幸せな気持ちになってしまう。肩と肩がぶつかり合うほど近くに寄り添って、彼の存在を感じながらゆっくりと時間が過ぎていく。このまま延々とこのレールが続いてくれればいいのに……彼と共にペダルを漕ぎながら切にそう願ってしまう自分がいた。

 

「う〜ん……」

 

「? 紅さん、どうかしたんですか?」

 

「いや、さっきから妙に視線を感じるような気がするんですよ。こうして人混みから抜けてもまだ──」

 

「く、紅さんカッコいいから、そのっ、注目くらい集めちゃいますよ!(ちょっとみんな! 紅さん気付いてるから!)」

 

 隠れて私たちのことを見守っているリサ先輩たちに向けて内心高らかに叫んでしまう。確かに「遠くから見守っていようか」と言うひまりちゃんにそうして欲しいと頼んだのは私なんだけど……自分勝手ながらも、今この時は見ないでほしいと思っていた。今は私のデートなんだから誰にも邪魔されたくない、二人きりの時間にしてほしいと、そう思ってしまう。

 

「か、カッコいい、ですか……」

 

「っ……は、はい……(しまった〜……私のバカっ)」

 

 彼の気を逸らすために咄嗟に出た言葉で、図らずとも自分の本心が出てしまっていたようで頭を抱えそうになる。せっかく落ち着いたはずの心臓も再び高鳴り始め、顔も赤くなってしまい彼から逸らしてしまう。

 

 ──でも私は悪くないもん。悪いのはカッコよすぎる紅さんの方なんだからっ。

 

 と、そんな言い訳なんて出来るはずもなく、ただ一心不乱にゴールまで辿り着けと言わんばかりに私はペダルを強く漕ぎ始めていた。

 

「あ、あはは……ありがとうございます。そう言われるの、とても嬉しいです」

 

「はい……」

 

 幸いにも私たちの乗ったアトラクションが終わる頃には落ち着きを取り戻し、紅さんも先の言葉を気にしていないため次の行き先に向けて気持ちを切り替えることができた。

 

「次は……」

 

 そして次の乗り物を決めようとしたところで、またも(・・・)ソレに視線がいって一瞬動きが止まってしまう。ずっと彼と一緒に乗りたいと思っていたソレを今日は何度も目で追い、しかしまだその時ではないと避け続けていたあの乗り物。今もまだ無理かもしれないと想いを振り払った時、紅さんから声がかけられた。

 

「行きましょうよ、観覧車」

 

「えっ?」

 

 ど、どうして紅さん、急に観覧車に乗るって……。もしかして私と乗りたいって思ってくれてるってこと? 私と同じで……。

 

「つぐみさん、ここに来てからずっと見てたでしょ、観覧車。乗りたいんじゃないんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 は、恥ずかしい……まさか乗りたがってるのがバレてたなんて……。だから私を観覧車に誘ってくれたんだ。あぁ、私、また彼に気を遣わせちゃった……。

 

「(でも……嬉しいなぁ)」

 

 だけど、こうして私のことをよく見てくれている紅さんがやっぱり素敵に思えて、ますます胸の高鳴りが強くなっていく。自分が好きになった人はこんなにも素敵な人なんだと、勝手に誇らしげな気持ちにもなっていた。

 

「つぐみさん?」

 

「の、乗りたいです……」

 

 自分の気持ちに嘘は付けず、その言葉と共に次に乗るものが決定した。私が乗りたいと言ったのに彼に先導され、この遊園地で一番大きな建造物である観覧車の乗り場へと辿り着く。客は然程多くなく、あっという間に私たちの乗る番となり、彼に勧められて先にゴンドラの中へと入っていく。続いてすぐに彼も同じ空間に入り、従業員によって扉が閉められると、私たちを乗せた小さな箱はゆっくり地上から離れていった。

 

「おぉ……本当にゆっくり上がっていきますね」

 

 子どものように興味津々に窓の外の景色を眺める紅さんを見ていると微笑ましい気持ちになるが、それ以上にこの狭い密室で意中の男性と二人きりと言う状況は、やはり私にとっては難易度が高かったようだ。今でも心臓が胸から飛び出しそうで、平然を装うのに精一杯だった。

 

「紅さんは、楽しいですか?」

 

「? どうしてそんなことを聞くんですか?」

 

「だって、この前行った紅さんのお城もここの観覧車と同じかそれ以上に高い場所だったし、このくらい高いのも慣れてるのかなぁって」

 

 彼と共に高い場所へ誘われると、あの日に訪れた彼の実家のことを思い出す。高層ビルの遥か上にある彼の生家で、自分の認識を変えるきっかけになるある出会いを果たしたことも、昨日のことのように覚えている。

 

「高さは確かに慣れていますけど、でも、こんな感じで揺られながらゆっくり上がっていくのは中々無いですよ。つぐみさんは乗ったことはあるんですよね?」

 

「はい。友達とも乗ったし、小さい頃はお母さんとも乗って……」

 

「お母さん、ですか」

 

「はい……っ、ご、ごめんなさいっ。紅さんの前でそんな話するつもりじゃ私……」

 

 最悪だ……よりによって彼の前で母親との幸せな思い出話を語ろうとするなんて。紅さんのお母さんが今は言葉も話せない身であるのを知っているにも関わらず、それを意識する前につい口に出してしまった。本当に最低なことをしてしまったと、彼の目の前で自己嫌悪に陥っていた。

 

「いえ、気にしなくていいです。僕、つぐみさんの話をもっと聞きたいですし」

 

「でも……」

 

 さっきから変な失態を繰り返して彼に気を遣わせてばかりで嫌になってしまう。迷惑をかけるつもりでと言われたけど、これじゃ本当に彼に迷惑をかけるだけのデートになってしまう。そんなの嫌だ……。

 

 だったらせめて何か……何か話さないと……っ。

 

「……私、前までは紅さんのこと、雲の上にいる人のように思っていました」

 

「あぁ、なんか次狼がそんなこと言ってたかも」

 

 なんで今この話をチョイスしたのか自分でも分からなかったけど、今なら言葉が止まる気がせず、このまま話を続けてみたいと思った。誰にも邪魔されない二人きりの空間だからこそ、彼に面と向かって話したかったのだと思うから。

 

「紅さん、こんな私と違ってなんでも出来て、カッコよくて、自信に溢れてて……本当に憧れていたんです」

 

「弟子入りも懇願されたっけ」

 

「そ、それは忘れてくださいっ。お願いしますっ」

 

「はは、そう頭を下げられると余計に思い出しちゃうよ」

 

 今でも思い出せる、初めて会った日に見せてしまった醜態。もしかするとアレで変な人だと思われてしまったかもしれないけど、普段の私は本当に何の特徴もない普通の女の子なんだから。あ、いや別に「普通」を売りにしているわけじゃないけど、ともかく彼にはあんな変な自分はすぐにでも忘れてもらいたかった。

 

「こ、こほん。しかも人間じゃなくてファンガイアで、王様で、それに変身までしちゃうし……自分の中で整理するの大変だったんですから」

 

「いやごめんなさい本当に」

 

「ふふっ。ううん、もう気にしてませんから。それに私、今は紅さんのこと、同じ目線で見ることができますから。紅さんの……お母さんに寄り添う姿を見てたら、全然遠い人だとは思えなくて」

 

 紅さんのお母さんと出会い、それに寄り添う彼を見て、紅さんも私たちと変わらない想いを抱く一人の存在なんだと感じることができた。雲の上にいる彼を見上げるのではなく、隣にいる等身大の彼を見ることができたのはあの日の経験があったからだ。

 

「ちょっと反省しています。あんなに自分の母親を想える人をなんで私、遠い人なんて思っちゃったんだろうって。人間じゃなくても紅さんは、私たちと変わりない感性を持つ人だったんだって、あの時やっと実感出来たんです」

 

「……そうだったんですね」

 

「はい……あの、気を悪くしたのならごめんなさい。何というかその、紅さんを身近に感じるようになったってこと伝えたくて」

 

「分かってますよ。ありがとうございます、つぐみさん」

 

 私の言葉に深く追求することなく、紅さんは優しく微笑んでそう返してくれた。

 

「僕のことそんな風に受け入れてくれて……本当に嬉しく思っています」

 

 完全に頬が緩み、目尻も下がった彼の微笑み。私に向けたそれが心からの笑顔だと、彼から溢れる穏やかな雰囲気によって感じることができた。

 

「っ……」

 

 あまり見ない彼の屈託のない笑顔を前に、心臓が弾けるような感覚に襲われてしまう。

 

 子どものように可愛らしく、でも男らしさもあってカッコよくて、そんな魅力的な笑顔に吸い込まれてしまいそうになる。

 

 こんな彼の笑顔を見られてよかった、今日はここに来て本当によかった、とまだデートも終わっていないのにそんなことを考えていた。

 

 出来ればこのまま、ずっとこうして彼の笑顔を見ていたい。

 

 このままゴンドラが地面に着かなければいいのに、と考えてしまう。

 

 

 

 

 ……その時だった。

 

 

 

 

 ──ガタッ

 

 

 

「えっ」

 

「っ!?」

 

 

 突然私たちの乗るゴンドラが音と共に揺れ、何事かと辺りを見渡す。

 

 最初は目に見える限りは何も分からなかったが、しばらくしてある恐ろしい変化に気付いてしまった。

 

 

 

「嘘……もしかしてこれ、止まってる……?」

 

 

 

 私たちを乗せた観覧車が、突如として停止してしまったのだ。

 

 

 ──ほ、本当に止まることないのに……。

 

 

 何となしに頭に過った願いが最悪な形で叶ってしまい、私の中の不安が大きく広がっていた。




皆さんの感想が私の何よりの楽しみです。
(訳:感想待ってます!)
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