ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『「プレリュード」とはフランス語で「前奏曲」のことを指す。その名の通り、これから始まる本編に先駆けて演奏される曲であり、物語の幕開けとも呼べるものだ。麗牙たちの物語でもこれから一体何が始まるのか……キバって見てけ!』


第86話 奏で始めたプレリュード

 草木も静まり返った深い夜の世界。

 

 暗い静寂に包まれた闇の中で、奇妙に蠢く奇怪で巨大な影があった。

 

「ゴゴ──ッグォグ──ゴグッ──」

 

 壊れた機械音のようにも、唸り声のようにも聞こえるその悍しい音は、同じく闇の中に蠢く更に小さな影を手中に収めていた。

 

「あ……ッが……ゃ……」

 

 厚い雲の隙間からわずかに覗かせた月明かりがその有り様を仄かに照らし出す。

 

 そこには、巨大な蛇のような腕を持った異形が一人。自身の腕を伸ばしてとぐろを形成し、何かをその中に閉じ込めていた。

 

 そのうねりの中にいるのは、身体中にステンドグラスを張り巡らせたかのような姿を持つ異形──ファンガイア。しかし身体中の硝子から見せる異形の素顔は、苦しみ以上に悲しみと絶望に塗れていた。

 

「く……そォ……ッ」

 

 蛇の異形を睨みつけるファンガイアだが、睨みつける怪物のもう片方の手には更なるものが握られており、視線は次第にそちらへと移り変わっていく。

 

 先ほどまで生命の音を奏でていた、人の形をした抜け殻を。

 

 首をへし折られ、身体中の血液を絞り吊られ、見るも無残な姿に変わり果てた女性の亡骸が怪物の手に握られていた。

 

「ぐぅぅ……」

 

 今も蛇の身体に蹂躙されるファンガイアだが、その瞳はただただ悲愴に暮れ、今は亡き愛しき人を見ることしかできなかった。

 

「ガァゥ!? ァ……ァガ……」

 

「クク……ングクク……」

 

 蛇の身体による締め付けが激しくなり、全身を形成する骨格がバラバラに砕け散り、肉は潰されていく。

 

 同時に怪物の頭部が肥大化し、巨大な蛇の頭と化した。

 

 顎が裂け、大地を飲み込むが如く大きく口を開き、ただ絶望に打ちひしがれるファンガイアへと近づいていく。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 キャッスルドランの深層に眠る部屋。許された者以外に立ち入ることが出来ないその部屋は、母さんが眠る部屋と同等の秘匿が守られていた。赤い絨毯が敷き詰められた部屋の真ん中に、更に敷き詰められた大量の赤い薔薇の花びら。そこにいる者に、僕は今日も会いに来たのだ。

 

 その部屋の中央に眠る、金色の竜に……。

 

「タツロット……」

 

「……」

 

 目を瞑ったまま一向に動く気配を見せない、金色に光る小さなドラゴン。彼の名はタツロット。ゴルディ・ワイバーンと呼ばれる、ドラン族の中でも言葉を話すことのできる稀有な存在だ。キバの鎧を完全に制御するために必要不可欠なパーツでもあり、また同時に僕の友達でもある。

 

 今から少し前に起きた内乱によって、僕は彼に大きな無理をさせてしまった。結果的に内乱を収めることに成功したが、その代償として彼と、そして今は別室にいるキバットの父が深い眠りについてしまったのだ。あの時僕にもっと力があればと、悔やむ時が幾度となく訪れる。しかしいくら悔やんでもタツロットたちが目を覚ますことはない。今はただこうして彼らに安らかな時間を与えて、その回復の時を待つことしかできなかった。

 

「僕はいつまでも待つから……タツロット」

 

「……」

 

 静かに沈黙した彼の角を軽く撫で、僕はこの部屋を後にする。いつか彼らが目を覚ます時が来ることを信じて。その時、彼らにも僕の音楽を、そして今までにあった出会いや経験を目一杯聞かせたかったから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえり麗牙」

 

 キバットの父親の見舞いも終え、キャッスルドランの中の談話室へと戻ってきた僕をアゲハが出迎える。休憩中や仕事の無い時、僕たちはよくこうして談話室に集まり、暖炉の前で適当に各々の時間を過ごしたりしている。尤も、以前にも説明した通りこの城には電波の類は届かないため、テレビやラジオを聞いたりすることはできないのだが。

 

「ふぅ……」

 

 そんな中で僕が出来ることといえばソファーに座り、ただ静かにぼうっとしていることだけだろう。幸いにもこの部屋にいるのはアゲハ一人だけだし、彼女は基本的には静かな人だ。だから僕が好きな静かな時間も、今は簡単に作ることができる……はずだった。

 

「……」ジー

 

「……(なんだろう……すごく見られてる……?)」

 

 静かに目を閉じていると、ふと突かれるような視線を感じて意識が乱されてしまう。薄ら目を開けてみると、やはりアゲハが僕の顔を目を細めて見つめていた。

 

「……」

 

「ど、どうしたの、アゲハ?」

 

 朝もそうだったのだが、何やら最近アゲハが僕を見る目がどこか懐疑的……というより観察していると言った方がいいのか、妙な視線を送ってくるのだ。キングとして何か良からぬ行為でもあっただろうかと思い返すも心当たりが思いつかない。アゲハが僕のことを信用してくれているのは充分理解しているが、流石にここまでジロジロ見つめられると少し怖くなってきてしまう。そして我慢できずにアゲハに訊ねると、彼女はようやくその真意を教えてくれた。

 

「うーん……麗牙、私ちょっと聞きたいんだけどさ……」

 

「う、うん……」

 

「貴方、いつからそんなにお洒落を気にするようになったの?」

 

「え?」

 

 お、お洒落? アゲハに指摘され、僕は一瞬目を丸くしてしまう。それが突拍子の無い話のためではなく、その話をされるとは思わなかったという驚愕のためにだ。

 

「え、僕そんなに変わった?」

 

「馬鹿にしてるの? 最近はライブがないのに妙に髪の毛を整えたりするし、着る服もちょっと華美になったり、あとなんか匂いもちょっと変わったかも……香水? むしろそんだけやってて気付かれてないと思う方もすごいよ、麗牙」

 

「……返す言葉もないです」

 

 アゲハの言う通り、僕はここ近頃自分の身嗜みにこれまで以上に気を払うようになっていた。あの遊園地で、僕が燐子さんのことが好きだと気付いてから約二週間。誰にもこの気持ちを明かすことなく、そして誰にも相談しないまま、僕は自分を磨き上げるためにできることし続けた。

 普段の服のままだと地味だからアクセサリーを付けてみたり、同じような服ばかりだと燐子さんに思われないために違う印象を与える服を買ってみたり、いつ街で彼女に出会してもいいように、常に見られて恥ずかしくないよう普段から気を入れて髪の毛を整えたり、果てには普段は巻いていない香水も……。

 

 それもこれも全て、燐子さんに気付いてもらいたいため。そして彼女に離れられたくないためだ。

 

 先日も偶然燐子さんに会えて、「とても……いい匂いがします」と笑顔で言われた時は内心ガッツポーズをしたものだ。匂いを褒められてここまで喜んだことなんて僕の人生史上今までになく、同時に感想を言われることにここまで怖い気持ちになるのも初めてであった。恐らく、好きな人に認めてもらうという気持ちはこういうものなのだろう。相手からの評価に信じられないほど一喜一憂し、そしてその度に相手のことが愛おしくなる。苦しくも愛しくて捨てられない、そんな感情が恋なんだ。

 

「正直理由は何となく察しが付くんだけど……」

 

「え、ホントに……?」

 

「……でも、一応今は聞かないでおこうかな」

 

 僕の変化にあっさりと気付いた様子のアゲハは楽しげに、でもどこか寂しげに心の音を響かせて、したり顔を僕に向ける。まさか本当に僕の抱いている気持ちに気付いたというのか? そんな彼女に内心慌てるも、真相を問い質そうとしないアゲハに感謝の念を送りそうになる。

 

 しかしその直後だ。

 

 

「ただ、まあ……燐子だったらちょっと嬉しいなぁって」

 

 

「っ!」

 

 アゲハがそう言うものだから心臓が思わず跳ね上がり、アゲハを見つめる目も僅かに見開いてしまう。そんな変化に気付かないほど僕の片腕は鈍感ではない。

 

「へぇ……燐子なんだ」

 

 恐らくは偶然なのだろうが、僕の反応を見て悪戯が成功した子どものようなにやけた笑みを浮かべるアゲハ。そんな彼女に対して言い逃れすることなどできるはずもなく、僕はただ無言を貫くことで彼女の言葉を肯定するしかなかった。

 

「流石に理由を聞くのは野暮だからスルーしてあげるけど……」

 

「……」

 

「……でも、今回は本気っぽいね。麗牙」

 

「っ! ほ、本気って……」

 

 まるで前回があって宛ら本気ではなかったような彼女の言い草に引っ掛かりを覚える。しかし実際リサさんに抱いていたのは恋ではなかったわけだし、そういう意味では「本気の恋」ではなかったのかもしれない……っていやいや、本気で取り組んだ結果があの結末なのだから、本気ではないと言われるとやはり否定をしたくなってしまう。そんな面倒臭い思考に浸っている僕だったが、再びアゲハの言葉で現実に引き寄せられる。

 

「ちょっと、何黄昏(たそがれ)てんのよ」

 

「え? あーいや別に。っていうかなんで僕が本気とか、そんなことアゲハに分かるわけ?」

 

 図星を言い当てられて悔しいという思いもあるのだろう、僕は少し突っぱねるように彼女に訊ねていた。何故僕の気持ちが簡単に分かったのか、というちょっとした質問をしたつもりだった。

 

 ……少なくとも僕の方は。

 

 

「……麗牙、それ真剣に言ってるの?」

 

 

「え──って!?」

 

 気が付けば僕はいつの間にか目の前に出現していたアゲハによって、ソファーに押し倒されていた。

 

「ア、アゲハ……?」

 

 僕の腹の上で跨がり、僕の胸板に両手を当てて身体を支える彼女を僕はただ見上げていた。その目に映る光も、彼女の心で奏でられる音楽も、何もかも真剣なもので遊び心なんてまるで感じられなかった。

 

「もしかして忘れたの? 私がどういう想いで貴方に仕える道を選んだか。だとしたら……ちょっと、酷いよ?」

 

「……忘れてないよ」

 

 アゲハは珍しく寂しげに、弱々しい瞳で僕を見下ろす。そんな彼女がかつて僕に抱いていた気持ちは、僕がリサさんと紗夜さんの想いに向き合った後にやっと理解することができたものだ。そしてその気持ちは、僕がようやく真の意味で知ることができた熱い想いと同じ……。そうでなければ……その気持ちを知らなければ、アゲハは僕の機敏を感じることなんてできないだろうから。しかし今一度その気持ちを彼女の口から聞きたくて、言葉を紡ごうとする。

 

「アゲハは僕のこと──」

 

「その先言ったらぶっ飛ばすからね」

 

「──わ、分かってるよ」

 

 そんなことでクーデターなんて起こされたら溜まったものじゃないと、仕方なく言葉を飲み込んだ。きっとアゲハはそれ以上の言葉を、僕にだけは言って欲しくないのだろう。心の奥底に閉じ込めた自分の気持ちも。想いを抑えてまで自分の役目を果たそうとする覚悟も。

 彼女はファンガイアであり、そしてビショップだ。キングの側近としてその傍らに仕える者──ビショップ。僧正の名を冠しながら神ではなく自身の主人にその身を捧げる、ある意味で一途で純粋な存在である。悪く言えば盲信的だが、それが彼女自身が決めた生きる道でもあった。心に生まれた尊い感情も、アゲハは全てを僕のために闇に閉じ込めてしまった。きっと彼女は後悔していないと言うだろうし、並外れた覚悟も抱いていただろう。僕が同じ立場だったとしても、燐子さんへの想いを断ち切るなんて無理だろうから。そんな彼女の強さを最近はより感じるようになってはいた。

 だけど僕は知っている。未だにアゲハが、自身の地位の証であるビショップの紋章を寂しげに見つめる時があることを。年端もいかない儚げな少女のような視線は、感謝のようにも慈しみのようにも、また恨みのようにも見えることがあった。

 

 ちょうど、馬乗りで僕を見つめる今より彼女のように……。

 

「ごめんアゲハ。僕、アゲハの気持ちも知っていたのに……無神経だった」

 

 たとえその想いを打ち明けられたとしても、僕は応えることはできない。それは彼女も理解しているし、僕も彼女の覚悟を理解しているつもりだ。だから、これ以上のことは口にはしない。またいつかのように無粋だの無神経だの五月蝿く怒られそうだし。

 

「それならいいの。ともかく、麗牙の抱く気持ちについては私の方が少しだけ先輩なんだからね」

 

 だからこそ、僕が燐子さんに本気の恋をしているとアゲハはすぐに勘付いたのだろう。その気持ちを知る者からしてみれば、僕がどれほど強い想いを抱いているかなんてお見通しなのだと思い知らされていた。

 

「それに私、麗牙と燐子の仲だったら全然応援するからさ」

 

「えっ」

 

 僕の上から退いて小動物のような愛らしい顔を綻ばせてそう言うアゲハだったが、今の話の後だけに驚いてしまう。思えばアゲハは燐子さんのことを随分と気に入っている。いつだったか、燐子さんは強い子だと嬉しそうに語るアゲハのことを思い出していた。嫌な自分を変えようと挑戦し続け、トラウマを克服しようと前に進み続ける燐子さんのことを、真面目なアゲハから見ればとても尊いものに見えていたに違いない。この立場にいると、変われない同族に──時代の変化に乗ることのできないファンガイアに嫌でも出会うことになる。そんな彼らに辟易している僕たちから見てみれば、怖くても変わろうと努力する彼女の存在は特に輝いて見えるのだ。

 もしかすると僕が燐子さんに惹かれたのも、そんな強さを彼女の中に見たからかもしれない。

 

「でも燐子さん……恋はできないって」

 

「私も聞いたよ。『恋はまだ怖い』って。でもそれってさ」

 

「うん。きっと、次のコンクールを乗り越えられたら……」

 

 それが直接的な解決になるわけではないが、目前にまで迫ったピアノのコンクールで過去の自分を乗り越えることができれば、燐子さんはようやくその先へ進むことができる。恋ができるとまではいかないかもしれないが、それができる自分を許せるようにはなると思うのだ。

 

 しかし……。

 

「でも、一つ心配なことが……」

 

「どうしたの?」

 

「この間会った時の燐子さん、表面上はいつも通りだったんだけど、彼女の音楽は戸惑いで曇っているように聴こえたんだ」

 

 ピアノのコンクールの課題曲も発表されてこれから本番に向けて頑張るぞ、と可愛らしく意気込んでいた燐子さんだったが、その様子とは裏腹に彼女の音楽は穏やかではなかった。本当に小さな音だったから僕の気のせいかもと思ったが、今思い返すとどうしても気になって仕方がなかったのだ。

 

「なんでその時に聞かなかったのよ」

 

「それは……変に気遣って彼女の調子を余計悪くしないか不安で……」

 

 聞けば彼女の心が楽になったかもしれないが、逆に余計に心労を祟らせる場合もある。芯の強いところがあるが繊細な心を持つ燐子さんのことだから、後者になる可能性だって充分ある。要は、僕のせいで彼女の心を余計に曇らせると考えると怖くて仕方がなかったのだ。

 

「バッカね。そんなの聞いてほしいに決まってるじゃない。だったらこんなところにいないで行きなさいよ。今すぐ! さぁ立った立った!」

 

「え、ちょっ!? アゲハっ!?」

 

 いきなり罵倒されたと思えばソファーから立たされて、僕を部屋から追い出そうとするアゲハに困惑気味に楯突こうとする。しかし彼女の勢いに押されて抵抗することもままならず、そのまま流されてしまう。

 

「休日なんだし、今日もRoseliaはCiRCLEで練習してるんでしょ。ほら行った行った」

 

「でも──」

 

「心配じゃないの? 燐子のこと」

 

 そんなこと、アゲハに言われるまでもない。

 

 そう言いたい僕の表情を読み取ったのか、アゲハは満足げに微笑んで僕を諭すように語りかけた。

 

「燐子は強いよ。でもさ、それでも誰かの声が必要な時だってある。一人じゃ強くなれないのは誰だって同じなんだから。今もさ、燐子は麗牙のことを必要としているのかもしれないよ」

 

「うん……分かったよアゲハ。ありがとう。少し出ていくね」

 

 燐子さんが僕を必要としているのかもしれない、なんて自意識過剰かもしれないが、そう思うと胸が燃えるように熱くなるし居ても立ってもいられなくなってしまう。彼女の元に会いにいく決心を固めさせてくれたアゲハに礼を言い、部屋を後にしようとする。しかし、そんな僕にアゲハは一つ注意を促してきた。

 

「いってらっしゃい。あ、前に言ってた件にも気をつけてよね」

 

「例の裏稼業でしょ。分かってるから」

 

 先日にもアゲハから報告を受けた『裏稼業』の件とは、ファンガイアの中には表沙汰にできない仕事で稼ぎを得ている連中がいるのだが、その一派がこのところ勢力を伸ばしているらしいということだ。その存在もあくまで噂にしかすぎないが、盗みやスパイに殺しまで何でも請け負うとのことだしそれならば僕らが何とかしないわけにはいかない。

 まさか偶然その尻尾を掴むなんてことは考えられないが、一応は念頭に置いておいて損はないだろう。そう考えながら、僕はCiRCLEに向けて歩み始めた。心の更なる深層で、今日も燐子さんに会えることを楽しみにしながら……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「全く、世話が焼けるわね」

 

 麗牙が部屋から去り、アゲハは一人となった談話室の中で薄らと微笑む。ようやく抱いた本気の恋に少しだけ臆病になっていた主君を思い出して、ほのかに感じる切ない想いを心の奥底に押し込めつつ、アゲハは麗牙が出て行った扉を見つめていた。しかし程なくしてその扉が再び開き、新たな来訪者が部屋へと足を踏み入れていた。

 

「やほ、アゲハ」

 

「愛音? 珍しいね、自室じゃなくてここに来るなんて」

 

 普段は自室から動こうとしない愛音の来訪に軽く驚きつつも、アゲハはその理由を問うていた。

 

「用があった……けど、さっきの会話聞こえて……ふむ、どうしよう……」

 

「いや、ちょっと読めないんだけど……何かあった?」

 

「魔族の集会……来月やるって……」

 

「はぁ!? 来月って、またそんな急に」

 

「多分、レジェンドルガの件……どこも早く知りたがってる」

 

「……だよね」

 

 ひとりでに納得して悩んでいるマイペースな愛音に苦笑するアゲハだったが、最後の愛音の言葉で彼女の言いたいことを理解し、アゲハは一転して難しい表情に変わる。

 魔族の集会とは、その名の通り魔族の代表が集って現状の報告や交流を深めるために開催される会合である。ファンガイア側から参加するのは本来ならばキングである麗牙であるが、突然臨時の開催が決められたためにアゲハは頭を悩ませていた。

 

「誰行くか……決めないと」

 

「そうだよね……本当ならキングが行くべきなんだけど、レジェンドルガがこの地で暗躍してる件もあるし麗牙がここを離れるのは正直マズいんだよね」

 

 アゲハを悩ませる一番の理由としては、集会が決まって欧州で開かれることだ。アゲハにとって麗牙を日本から動かすのは非常に悪手であり、彼を出席させることは難しいと考えていた。たとえ日本で行うと言ったところで、レジェンドルガが暗躍する地に来たがる代表者などそうはいないだろう。

 

「うん……燐子のコンサートもあるし」

 

「いや、流石にそれを理由にしてすっぽかすのは無理があるでしょ」

 

 むしろ愛音が一番懸念しているのはそちらの方なのではとアゲハは邪推するも、今の麗牙ならばそれで行かない決断をする可能性もあると思い直す。想いを寄せている燐子との約束を、麗牙が破るとは思えない。約束を守れない王が参加してどうして信用が得られようか、などと言い出しかねないし、麗牙自身行きたがるとは思えなかった。アゲハもそんな麗牙の希望には応えたいが、他に相応しい存在というのは限られてくるため、表情をより硬いものにしていった。

 

「アゲハ……私が行こうか?」

 

「え、いいの?」

 

 しかしその限られた存在の一人が自分から志願してくれたことで、アゲハの目に光が灯った。先代キングの長女であり、キングの称号は持たないが一応は王女殿下という立場である愛音ならば、その会合に参加するには申し分ない。

 

 

「うん……私も久しぶりに……キバーラに会いたいし」

 

 

 今は欧州に滞在している、自身の友人でありキバットの妹である存在の名を愛音は楽しそうに呟く。キバット族の代表の付き添いとして出席するであろう彼女と関わるのは、愛音自身数年ぶりになるのだ。目に見えて分かるほどの愛音の浮かれ具合も、アゲハにもすぐに説明がついた。

 

「じゃあ、愛音の付き添いは私かな。普段のように」

 

「いや。ルークでいい……アゲハは……燐子のコンサートに行くべき」

 

「えっ」

 

 当然の如く愛音の同伴件護衛は自分だと思い込んでいたアゲハは、愛音の言葉に面食らったように固まってしまう。

 

「アゲハも行きたいんでしょ……コンサート……」

 

 燐子のコンサートに行きたいのは麗牙だけでない。アゲハもその一人だということは、あっさりと愛音に見抜かれていた。燐子のことを応援したい気持ちに関しては決して麗牙やRoseliaにも負けるつもりはないアゲハだが、やむを得ない事情があるならばコンサートを見に行けずとも仕方ないと考えていた。

 

「でも──」

 

「でもじゃない……それにアゲハよりルークの方が強いし……護衛向き」

 

「そ、そこまでズバッと言われると傷つくなぁ……私だって一応強いつもりなんだけど」

 

「ドンマイ……マイフレンド」

 

 事実ではあるが、ど直球に実力差を目の前の友人から告げられることには慣れておらず、これにはアゲハも苦笑するしかなかった。しかし妹に甘い麗牙の立場で考えてみると、彼もきっと自分でなくて最も強いルークを彼女に付けるだろうと容易に想像できてしまい、何も言えなくなってしまう。どの道最終決定はキングにあるのだから、彼が帰ってきた後にどうするか決めてもらわなければならないのだが。

 

「そういうわけだから……兄さんとアゲハは……燐子のコンサート……これで万事解決……スヤァ……」

 

「寝ちゃったよ……」

 

 ソファに座り込んだ愛音はいつしか眠りに入っていた。兄である麗牙に負けず劣らずの怒涛のペースで物事を決めていく様は、正しくあの兄にしてこの妹ありと言わざると得ない。そう感じながら、アゲハは安らかな眠りにつく愛音の頬に手をやりながら、彼女に向けて薄く微笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう愛音。じゃあ、私もお留守番させてもらうね」

 

 愛しき主君の恋路と、燐子の努力が報われることを心から祈りつつ、アゲハも愛音の隣に座ると静かにその瞳を閉じていった。

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