ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『ピアノのコンクールの課題曲が発表された燐子の様子に違和感を抱いた麗牙は、アゲハの言葉に背中を押されて彼女に会いに行く。しかし……?』


第87話 共存と再演の調べ

 アゲハの言葉を受けて、僕は燐子さんに会いにCiRCLEに向かって街道を駆けていた。一刻も早く会って彼女の悩みを聞いてあげたいという気持ちが、僕の背中を先へ先へと押していくような感覚もしていた。

 

 しかしその時だ。

 

 

「グラァァッ!」

 

「っ!?」

 

 

 野獣の如きけたたましい雄叫びと共に何かが僕の視界に現れて、こちらに向けて飛び掛かってきたのだ。赤々としたステンドグラス状の体表を持つ熊のような異形──グリズリーファンガイアが、その手の巨大な爪を振りかざして僕のことを引き裂こうとしていた。

 

「ふっ」

 

「グッ?」

 

 突然の強襲であったがそんなことは僕にとっては慣れたものである。キングとして命を狙われたことは一度や二度どころではない。故に、今回の襲撃も冷静にその場から飛び退いて難なく第一波を躱すことに成功した。

 

「チィ、すばしっこい。避けられるとは」

 

「何が理由か知らないけど相手を侮り過ぎていないかな。キバット!」

 

 見くびられていることもそうだけど、燐子さんに会いに行くのを邪魔されて少しだけ苛立っていた僕は、少し荒々しくキバットを呼び寄せる。

 

『よっしゃあ! キバっていくぜ! ガブッ!』

 

 飛来したキバットを掴んで自身の左手を咬ませる。同時に僕の腰回りに出現した紅色のベルトの左ホルダーからガルルフエッスルを取り出し、キバットに加えさせた上で彼を相手に見せつけるように押し出す。そして、変化のために口にするいつもの言葉を唱えた。

 

「変身」

 

『ガルルセイバー!』

 

 キバットがバックルに止まった瞬間、僕の身体は銀色のベールに包まれる。直後、それが弾け、青色の鎧を纏ったキバの魔獣形態(ガルルフォーム)が姿を現した。飛来した魔獣剣(ガルルセイバー)を左手で掴み、腰を低く構えて戦闘態勢を取りつつ敵を睨みつけていた。

 

「なっ!? キ、キバだと!? 狙いがキングだって聞いてないぞ!?」

 

「? (どういうことか分からないけど……取り敢えず無力化させる!)フッ」

 

 キバに変身した僕を見てあからさまに動揺するグリズリーを見て、僕もまた困惑してしまう。この人は僕がキングだから狙ってきたというわけではないのか? 誰かに狙うよう指示されたということなのだろうか。それならばこのまま敵を無力化させて捕獲し、情報を吐かせるに越したことはない。そう判断した僕は地を蹴ると、勢いよくグリズリーに向けて駆け出した。

 

「ガルゥァア!」

 

「グゥォ!?」

 

 敵の眼前で跳び上がり、回転しながら敵の頭を飛び越え、その無防備な背中をガルルセイバーで斬りつける。その一撃でよろけた異形に向けて更なる追撃を加えるべく、着地した僕はすぐさま接近して刃を連続で振るった。

 

「グラァ! ガルゥ! ガァァ!」

 

「ガハっ、ゥグ!? ギャァ!?」

 

 ガルルフォームの俊敏な動きを前にグリズリーは対応することができず、容赦のない刃が敵の体を斬り裂いていく。そして更なる一撃を加えようと上段から剣を振り下した時だった。

 

「フンッヌゥ!」

 

「グルゥッ!?(なっ!?)」

 

 なすがまま痛ぶられるだけだったグリズリーは、僕の一撃をその巨大な腕で受け止めたのだ。この姿の剣撃を途中で止められるものは数少なく、斬られながらも力任せに剣を抑えた荒技に驚愕してしまう。しかし僕もこのまま抑えられているだけではない。力任せに体重を剣に乗せ、刃を振り抜こうとする。対するグリズリーもやらせるかと言わんばかりに剣を押し留め、僕とグリズリーの間で拮抗状態が続いていた。

 

「フンッラァァ!」

 

「ッガァ!?」

 

 しかしパワー対決では向こうに利があったのか、グリズリーは剣を片腕だけで押し避けると、僕の身体に大樹のような腕を叩きつけた。剣こそ手放さなかったものの大きく吹き飛ばされて地面を転がり、間合いを開けてしまう。だがすぐに態勢を立て直して臨戦態勢をとり、ガルルセイバーの顎をグリズリーに向けて構える。そして……。

 

『アオォォォォォォォォォォォォオオオッ!!!!』

 

「ッ、グァァァァァァッ!?」

 

 狼の顎から放たれた咆哮がハウリングショックとなりグリズリーに襲い掛かった。音の衝撃波によってなす術なく地を滑りながら吹き飛ばされるグリズリー。その倒れた隙を逃すことなく、僕もまた駆け出した。

 

「ガァァッ!」

 

 起き上がろうとするグリズリーの肩から一閃を加える。今度はガードされることなくその身体を捉えたが、直後、彼の太い腕が僕の腕と刃を押さえ付けたのだ。

 

「ガルゥ!?」

 

「ッぐぐ……俺は……俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだァァ!」

 

「グゥ(一体どこからこんな力が……っ)」

 

 そのあまりの怪力に僕はまたも驚愕してしまう。どう見ても普通のファンガイアにしか見えないグリズリーだが、どこからこんな力が湧き上がってくるのか。一体何が彼にそこまでの力を与えているというのか、それがまるで分からなかった。同時に揺るがぬ信念のような音楽が彼の心から流れているのを感じ、少しだけ動揺してしまった。

 

「ッ! ッラァァッ!」

 

「グルァ!?」

 

 そんな僕の一瞬の隙を突かれ、グリズリーの飛び蹴りが炸裂し、僕はそれをモロに喰らって大きく吹き飛ばされてしまう。木にぶつかった後に地面に叩きつけられ、すぐさま正面を見るもそこに既に敵の影はなかった。

 

「グゥ、ガァァァッ!(逃げたか!)」

 

 荒々しく地面を叩き悔しがるも、完全にヤツを逃したわけではない。変身を解除し、敵の残り香を辿りながら僕は再び駆け出した。敵も無傷というわけではなく、血痕やガラスのような体細胞などといった痕跡がそれなりに残っていたのだ。それを頼りにしながら、僕は敵の捜索を止めるとなく走り続けた。

 

 そして辿り着いた場所が……。

 

「病院?」

 

 この街に住んでいれば誰でも世話になることがあるだろう、大きな病院の敷地内に痕跡は続いていた。怪我を診てもらいにいったという可能性もあるが、ライフエナジーを喰らって回復するためという最悪の事態を想定して僕の足並みも大きくなっていく。

 

「待った、紅くん」

 

「え? あぁ、黒麓さん」

 

「どうしたんだい。そんな怖い顔して入る場所じゃないよね、ここは」

 

 病院に入ろうとする僕を止めたのは黒麓さんだった。彼の言葉のおかげで自分が病院に入るのに相応しくない形相をしていることに気付き、一度精神を落ち着けることができた。

 

「僕を狙ってきたファンガイアがこの病院内に逃げ込んだんです。もし何かあるならば……」

 

 彼に協力を求むことに未だ少し抵抗を覚えるが、こと場合によっては一刻を争うため彼にファンガイアの探索を依頼した。人間に擬態した姿を僕も見ていないためその身体に流れる魔皇力から判断する必要があるが、黒麓さんもそれで探してくれるという。取り敢えず病院内のファンガイアを見つけ次第連絡するということで、僕と黒麓さんは別れて病院を散策し始めた。

 

 しかし捜索を始めて半時間ほど経っても一向に見つけることは叶わなかった。病院の敷地内にいることだけは確かなのに、奴の魔皇力を特定することができなかったのだ。というのともこの病院、僕の予想以上にファンガイアが出入りしていたのだ。一人二人どころではなく、かれこれ十人近くは同族とすれ違っている。尤も彼らは病人などではなく、純粋に人間の患者の見舞いにきた人たちか看護師のどちらかである。そしてこんな時ではあるが、その光景は僕にとってとても嬉しく感じられたのだ。ファンガイアが人間を餌として見ることなく、個人として尊重しているこの空間は、僕の思い描く理想に近い世界を築いていた。

 

『ではこちらのお薬を出しておきますので──』

『ありがとうございます』

 

『やっほ。こんちはっ』

『あ、お姉ちゃん! こんにちは!』

 

 ファンガイアの看護師が人間の患者を診察するなんて昔じゃ考えられなかっただろうし、何なら粛清の対象にもなっていたはずだ。どこで縁とゆかりがあったのか分からないが、入院している人間の子どもの見舞いにきたファンガイアの女性の優しそうな笑顔と、少年の嬉しそうな顔もふと目に入り、こちらまで頬がにやけてしまいそうになったりもした。

 

「いいな……ここは」

 

 急を要する事態ではあったが、その空間にいるとどうしても心が和んでしまう。ファンガイアと人間の共存という僕や父さんが願った未来に近いものが、この病院では見ることができたのだから。ファンガイアと人が穏やかに過ごす時間が、ここだけではなく世界中に広がればいいのにと思わずにはいられなかった。

 

 そんなファンガイアと人間が仲睦まじく過ごす光景は、病院の中庭でも見られた。

 

 車椅子に座った顔色の優れない中年の女性と、その車椅子をゆっくり押していく若々しい色白の男性。

 

 女性は人間で間違いないが、彼女の車椅子を押す男性はファンガイアであった。

 

「っ、あの人……」

 

 そして同時に、僕を襲撃したグリズリーの正体でもあった。彼の纏う魔皇力から見ても間違いない。今も優しい笑みで女性を世話しているあの優男が、先程のファンガイアなのだと僕は確信していた。

 

「あの人、なんだね」

 

「黒麓さん?」

 

「すまない、どうもここはファンガイアが多くてね。一人一人君に確認を取るのも手間だから、君と一緒に探そうと思ったんだけど……その前に見つかったようだ」

 

 ファンガイア、としか言われていない黒麓さんもファンガイアならすぐに見つかると高を括っていたのだろう。結果的には無駄な手間をかけさせてしまって申し訳なく感じるも、今は視界に入る一組の男女のことが優先だ。

 

「あの二人、どういう関係なのかな?」

 

 人間から見れば、歳の離れたような外見の二人は親子に見えるのだろう。しかし彼ら二人の間に流れる温かな音楽……男が女に、女が男に向ける音楽はそう、今の僕が持っている音楽と同じ……即ち恋に近いものだと僕は確信していた。いや、それはもう恋なんてものでなく、深い愛と呼んだ方がいいのかもしれない。それほどまでに二人の間に流れる音楽は綺麗で調律がとれており、聴く者の心を温めるような優しいものであったのだ。

 

「夫婦、なのかもしれないね。彼らは」

 

「夫婦……ファンガイアと人間の……」

 

 僕たちの目に見える男の顔は優しくて、とても人の命を狙うような悪漢には思えなかった。男が女性に向ける眼は、この世で最も尊いものを見守るような、慈しみに満ちた優しい瞳であった。女性もそんな男のかける声に静かに、そして嬉しそうにゆっくり頷いている。二種族の間で結ばれた愛、本来なら僕はそれを祝福すべきであるのだろう。しかしだ……。

 

「紅くん。本当にあの人が君に襲い掛かってきたのかい?」

 

「そう……なんだけど……」

 

 あの夫婦の幸せそうな様子を見ていると、黒麓さんの質問にも自信を無くしてしまう。本当にあの人が僕に襲い掛かってきたというのか? 偶々似た魔皇力を持つ別人じゃないのか? 何かの拍子で性格が変わるタイプの人なのか? 柔和な笑みを見せる男を前に、様々な疑問や予想が頭を駆け巡る。しかし想像だけで何かが解決するわけでもなく、やがて散歩を終えたのか二人は病院の建物内へと戻っていこうとしていた。

 

「やれやれ。ボクが話を聞いてくるよ」

 

「え?」

 

「彼が襲撃者だとすると君の面は割れているのだろう? ならばボクが事情を聞いた方がいいと思うんだけどね」

 

「……」

 

 彼の言うことは尤もだ。このまま僕が出ていったところで厄介事になるのは必至だ。それならば僕でなく黒麓さんに行ってもらうのが正しい判断なのだが……やはり今ひとつ信用が出来ず、口が重くなってしまう。

 

「……頼みます」

 

「了解。ま、気楽に待っていてくれ」

 

 だがこのまま事態が膠着するのは流石に看過できず、僕は彼に男についての詮索を任せる事にした。朗らかに微笑みながら手を挙げて、黒麓さんは病院内へと歩いていく。大事にならないとは限らないため、僕はこのまま黒麓さんが戻ってくるのをじっと待っていなければならなかった。

 

 

 燐子さんと話をするのは……また今度にしよう。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「──っ(また……)」

 

 Roseliaの練習も終わり皆がCiRCLEを出ていった後も、わたしは一人キーボードの前で練習を続けていた。ただしRoseliaの曲ではなくて、ピアノのコンクールで弾く課題曲をだけど。しかし何度弾いても毎回同じところで躓いてしまい、指が止まってしまう。注意して気を引き締めているつもりでも、そのパートに入ると途端に恐怖と不安が私の全身を包み込み、演奏が最後まで続くことはなかった。

 

「(やっぱり……最後まで弾けない……)」

 

 わたしが今練習しているコンクールの課題曲は、幼い頃にも弾いたことのあるクラシックの名曲だった。あの頃は練習でも弾けていたし、ピアノの先生にもお墨付きをもらっていたから決して弾けない曲ではなかった。その認識は幼い頃の自分も同じだった……過去のコンクールのあの日までは……。

 

 あの時のわたしには、もうピアノしか残されていなかった。大好きだった男の子を酷く拒絶して、大好きだった青空の音楽も遠ざけて、最後までわたしの中に残っていたのがピアノという宝物。鍵盤に向かい合っている間だけはわたしは意識をピアノだけに一心に集中することができたため、演奏にまであの子の面影を持っていくことはなく、練習中は誰にも心の傷を悟られることなく弾くことができた。

 しかしコンクール当日。わたしはその会場の大きさと、そして客席に座る圧倒的な人の数に慄いてしまっていた。緊張で身体が固くなり、不安から指先が震え、そんな状態でピアノの席に座ったわたしを待っていたのは……惨めな結末だった。

 

 お客さんを気にしすぎるあまり、いつもなら間違えないところで躓いたり、普段の演奏を忘れていたり、次に叩くキーが分からなくなったり……ともかく頭の中が真っ白になっていた。

 

 失敗を繰り返す内に、見てもいないのにお客さんの残念そうな顔を想像してしまう。

 

 そして果てには、あの少年の面影まで思い出してしまった。

 

 ──『来ないでっ! あっち行って!!』

 

 ──『ぁ、ご、ごめ……なさっ……っ』

 

『っ!?』

 

 あの日の苦い記憶が脳裏を過り、激しい自己嫌悪に囚われた時、終ぞわたしの指は動かなくなってしまった。

 

 それから後のことは、よく覚えていない。ショックで泣いていたかもしれないし、落ち込んで物一つ喋れなくなったかもしれない。ただ、最後まで演奏できなかったという事実だけは確かだった。わたしに最後に残されたピアノまで、わたしは満足に成し遂げることができなかった。

 その時の記憶があるからこそ、わたしは人前でピアノを弾くことがなくなっていた。あの子のことも、ブルースカイのことも、そしてピアノまで……何もかもが上手くいかなくて、わたしは完全に打ちのめされていたのだから。

 

 きっと、わたしが今後も人前でピアノを演奏することはないのだろう。

 

 そう思っていた……Roseliaと出会うまでは。

 

 

「……燐子?」

 

 

 スタジオから出て帰ろうとしたわたしに、聴き慣れた声が響いてきた。

 

「友希那さん……?」

 

「バンド練習のあとも残って練習をすると言っていたけど、まだ残っていたの?」

 

 声の主は、わたしと同じように残ってCiRCLEで一人練習を続けていた友希那さんだった。まだ残っていたとは言うけれど、友希那さんこそ日が暮れるまで一人で何時間も練習していたのは同じなのにね。

 

 そんな彼女と、わたしは少し言葉を交える事にした。彼女と話すことで、何となくだけどわたしの進むべき道が見えそうな予感がしたから。

 

 そしてわたしは、友希那さんに語り始めた。

 

 ピアノを始めたきっかけと……そして、いつか傷付けてしまった初恋の男の子の話を……。




前回の時点で気付いている方もいると思われますが、「再演のプレリュード」と同時進行で話は進んでいきます。それと共に第二楽章も終わりに近づいていきます。果たしてその結末は……?

次回もご期待ください。
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