ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『病院で麗牙と黒麓は、ある人間とファンガイアの夫婦についての話を聞く。優しきファンガイアの夫と人側の妻の互いを思いやる仲睦まじい関係に、二人はそれぞれ感慨に浸るのだった』


第89話 その身体を突き動かすものは

「ただいま」

 

 病院での散策を終え、黒麓さんからも自身の襲撃者についての情報を共有した僕は、日が落ちた夜道を一人考え事をしながら歩き続け、ようやくキャッスルドランへと帰還していた。今は少し悩んだ頭を休ませよう。そう思い談話室の大きな扉を開くと、足を組んでソファーにもたれかかる次狼の姿があった。

 

「よぉ。見つかったみたいだな、例の男は」

 

「うん……」

 

「なんだ? 随分難しそうな顔をするな」

 

 昼間も次狼と共に戦ったから彼も大方の事情は把握している。次狼は僕の反応を見るなり怪訝そうに目を細めて、ソファーから身体を起こして前のめりに座って僕の話を聞こうとしていた。

 

「あの人のことなんだけど──」

 

 僕は次狼にも、楠和田さんから聞いたことや黒麓さんが直接聞いてきてくれたことを語った。難病の妻のために必死になって金を稼ごうとするファンガイアの存在を。人間の妻を心から大切に想い、他に術がなくて悪事に手を染めている彼に僕は心が痛んでいた。本当は優しい人のはずなのに、悪人にならなければ妻を助けることもできないという彼の境遇を痛ましく思わずにはいられなかった。同時にそんな同胞を生み出してしまっている自分の不甲斐なさにも嫌悪を感じてしまう。彼のような存在を作らないことが王である僕の責務のはずなのに、と。

 

「でも、分からないんだ」

 

 しかし同時に解せないとも思ってしまうのだ。いくら奥さんのことが大事だからといっても、そのために自分が誰かの命を奪ったりなんてことができるのか。人間を愛する優しいあの人が、そこまで駆り立てられるほどの想いがあるというのか。そこに彼にとっての使命があるとでもいうのかと、そんな疑問がついて回ってしまう。

 

(つが)いならそれが自然だ」

 

「え?」

 

 だが次狼はそれが普通だと言わんばかりにあっさりと言ってのけた。自然? あの人の悪行に手を染める行為が自然? 彼の言うことが未だ受け入れられず、首を傾げて目で説明を求めるように彼を見つめる。

 

「ある意味使命みたいなものだが、そんな単純なものじゃない。男が愛する女を守るのはこの星の自然の摂理だ。命をかけて、全てを敵に回しても守りたいと想う。それが愛というやつだ」

 

「全てを敵に回しても……」

 

「誰かに示されたわけでもない、自分が心からそうしたいと願う強い感情。そういう意味では使命とは正反対だな」

 

 使命ではなく、それが愛なのだと次狼は告げる。自分の心がそうすべきだと叫んだ時、男は女のために悪にも走るのだろうか。女のためなら男は自分を犠牲にできる生き物だと次狼は言いたいのだろうか。

 

「麗牙。最初に奴と戦った時、やけに強かっただろう」

 

「うん。どこからどうみても普通のファンガイアなのに、あんな凄まじい力を出せるなんてって驚いたよ」

 

 僕が見た限り、彼の魔皇力から見ても決して突出した強さを持った存在でないはずだった。どこにでも見かける普通のファンガイア……それこそ今日出会った楠和田さんとも大差ない力量のごく一般的な強さのファンガイアでしかなかったはずだった。しかし彼はキバに変身した僕に肉薄し、ダメージを与えて逃亡することも成し遂げたのだ。突然力が湧いて出たようなその姿に、僕自身未だ答えが見出せていなかった。あの力の源は一体何なのかと、目で次狼に訴えかける。

 

「それが愛の力だ。理屈じゃない。生きとし生けるもの全てが持つ、身体の奥底に眠る力だ」

 

 やはり次狼はその答えをすぐに出してくれた。愛の力……あの時に彼の身体に溢れていたのが奥さんを想う心だったと言うことなんだ。「こんなところで死ぬわけにはいかない」と必死に叫んだ彼の想いにようやく納得がいき、同時にその想いの強さに三度驚きも感じていた。「愛の力」とは、そこまで人を強くするのかと。

 

「お前もそれを知る時がいつかくるはずだ。愛する誰かが危機に迫った時、間違いなくお前も同じようになりふり構わなくなる。ソイツを死なせないためにどんな手を使おうとも必死に守ろうとするだろうよ」

 

「僕も……?」

 

 僕が愛する人を守る時……ふと脳裏に思い浮かぶのは燐子さんの顔だけど、彼女に危険が迫った時には僕もなりふり構わず何でもやろうとするのだろうか。例えそれが道徳に反する者だとしても……世界を敵に回す程のことだとしても……。

 

「どうしてそんなこと断言できるの?」

 

「それは……ふっ、野生の勘だ」

 

「……はは、何それ」

 

 不適に笑みを浮かべて答える次狼に、僕も渇いた笑いが出てくる。僕が今の僕ではあり得ないことをするかもしれない、というのにそんな曖昧な理由だなんて。しかし次狼の勘はよく当たるだけに、完全に笑い飛ばすことが出来ないのも事実だった。

 好きな人のためならば男は何だってできてしまう。そうさせてしまうのが、愛というものなのかもしれない。

 しかし、そうだとしても……。

 

「でも僕は、彼のような人を処断する立場だ」

 

「そうだな」

 

 たとえどんな事情があろうとも彼のしていることはファンガイアの掟に背くものだ。アゲハに調査してもらえばある程度は洗えるだろうが、彼がこれまでどれほどの罪を犯してきたかを僕は知らなければならない。そして見逃せないほどの功罪があれば、または今後に起こるようなことがあれば……僕は彼のことを裁かなくてはならない。

 

「あの人のこと、もう少し調べないと──」

 

「なるほど、それで燐子には会えなかったんだ」

 

「──アゲハ。あ、ただいま」

 

 僕が帰ってきたのを見計らったのか、扉が開いて談話室にアゲハが入り込んできた。燐子さんに会うことができなかったのは悔やまれるけれど、また明日にでも会えればそれでいい。今は目の前の問題を解決したいのだから。

 

「うん。おかえり、麗牙。それで、私はその人のこと調べればいいんだよね」

 

「頼む」

 

「仰せのままに。さて、今夜も貴方のために尽くすとしますか」

 

 そう言われると本当に申し訳なく感じるが、心からアゲハのことを頼りにしているのだから、急いでいる時は使わないわけにはいかない。それに彼女自身も、にんまりとした笑顔を見せてどこか楽しそうにしていた。心から流れる音楽が嘘をついていないのなら、今のアゲハもまた嬉しいと感じているのだろう。

 きっと彼女にとって僕に仕えることはビショップとしての使命だけじゃなくて、彼女自身のやりたいことでもあるのだろう。

 

「どうか、悪い結末にはならないでほしいな……」

 

 後は願わくば、僕があの人を処刑するようなことがないことを祈るばかりだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 多くの動植物が寝静まった深夜の廃屋にて、二つの影が対峙していた。

 

「聞いてないぞ元締め。キングを標的にさせられるとは思いもしなかった。本当に死ぬかと思ったぞ」

 

 片方は鋭い視線を緩ませることなく相手に突き立てる幾馬であった。そして彼が睨んでいる存在こそが、彼の裏の仕事の同業者を纏める元締めとなる人物であった。元締めから回ってきた仕事の内容の標的がキングであることを知らず、危うく命を落としかけたことについて幾馬は問い詰めていたのだ。

 

「その件は私も驚いているところだよ。もし狙いがキングだと知っていれば、貴方にそんな仕事させませんでした。こちらの足元が着くような部が悪い仕事、私の方からお断りです」

 

「本当に標的がキングだと知らなかったんだな?」

 

「ええ、誓って」

 

「……」

 

 元締めは口では知らぬ存ぜぬを繰り返すが、幾馬はその言葉を信用することが出来なかった。多くの闇の同業者を囲い込んでいるような人物が、キングの素性を全く知らないはずがないのだ。依頼内容は確実にこの元締めが全てを把握している。故に、写真に写された赤毛の青年が現在のキングであると気付かないこと自体がおかしいのだ。

 

「いやいや、よくキバを相手にして生き延びましたね。それもこれも、貴方の目的とやらにかける熱意の賜物ですかな」

 

「詮索するのは御法度じゃなかったのか?」

 

「そうでしたね。まあ、相手が相手ですしこの依頼の失敗については不問と致しましょうか」

 

 依頼の失敗は自身及び元締めの信用に関わるものであり、その代価は重いものとなる場合が多い。しかし今回のように部が悪すぎた場合は例外となるようだと、煙に巻かれた気持ちになりながらも幾馬は元締めの言葉を飲むことにした。

 

「ではそんな貴方に新しい仕事を提案致しましょうか。ちょうどいい依頼が舞い込んでいますよ」

 

「何?」

 

 依然として調子の変わらない冷徹な声色を保たせたまま、元締めは次なる依頼を幾馬に提示してきた。懐から出してきた用紙を元締めから手渡された幾馬はその内容を読み取り、そしてすぐに目を細めて軽くため息をついていた。

 

「はぁ……なんだこの依頼……自分をフった女を始末しろなんて……」

 

 元締めの元に舞い込んだ新たな依頼は、言うなれば逆恨みの内容であった。自身を高貴な存在であると信じて疑わない一人のファンガイアが、自分を見限った女性に酷く腹を立てた結果、存在を消すことを決めたというものであった。自分がすればいいことをわざわざ人に頼むなんてと幾馬は思うも、「そのような存在を手にかけるなど自分の手が汚れる」という趣旨の言葉も添えられていて溜め息をつきそうになっていた。

 

「下らなさすぎてやる気が起きないな……」

 

「そこに書かれている依頼料を見てもそう言えますか?」

 

「……」

 

 元締めに示された依頼料を見遣り、幾馬は言葉を飲み込んだ。そこに書かれている額は一人のファンガイアを始末するには破格の金額が記されていたのだ。余程恨みが強いのか相場を理解できていないのか、ともかくこの手の業種の者からしてみれば旨味が強すぎる仕事内容であった。これだけの金が手に入れば、妻を助けることができる。そんな確信も彼の心に生まれつつあった。

 

「どうなさいますか?」

 

「……少しだけ、考えておく」

 

 それでも幾馬が即決しなかったのは、その自分勝手が過ぎる依頼内容のためだけではない。昼間に出会った黒麓と名乗る男から聞かされた優しきキングの存在が、彼に判断を渋らせる材料となっていた。もしかすると彼は本当に自分たちのことを助けてくれるのだろうか、という迷いが未だ彼の中に残されていた。しかしここでまた再び悪に手を染めれば、今度は本当に命はないのかもしれない。最悪の場合、その矛先は無防備な妻に向く可能性もあるのだ。そんな葛藤が芽生えていた幾馬に、その依頼の承諾をその場で決めることはできなかった。

 

「そうですか。でも気が変わったのなら早いうちにお願いしますよ。こういう旨い仕事をしたがる人は他にもいますからね」

 

「分かってるよ」

 

 それだけ言い残して幾馬は元締めの元から去っていった。昼間の件のためにいつもより慎重に、そして臆病になっていた幾馬。しかし悠長に構えている余裕はないと理解している彼は、この依頼を保留にしたことにしばらく思い悩まされることになるのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 外では日がすっかり落ちて街灯が目立っていた頃、わたしはCiRCLEのロビーでこれまでの経緯を友希那さんに話し終えていた。

 

「……そう。そんなことがあったの」

 

 わたしがピアノと出会うことになったきっかけ。コンクールに出て失敗したこと。そして、その前に初恋の男の子を酷く傷付けて会えなくなってしまったこと……流石に怪物のことなんて話しても信じてもらえないだろうから、そこは適当にアレンジして話したけど。ともかく今のわたしを縛り続けている全ての鎖を、友希那さんに明かしていた。そして話を聞いていた友希那さんは特に顔色を変えることもなく、ただ冷静を保って最後まで聞いてくれていた。

 

 あの子を傷つけ、好きな音楽とも距離を置き、その上でのコンクールの失敗が私に残した悔恨は深かった。コンクールに出る勇気が足りなくて、言い訳的な諦めばかりをずっと積み上げてきた。

 そんなわたしでも、Roseliaに入って変われているのだと思えていた。今ならコンクールにも向き合えるようになると思い込んでいた。しかし結果はこれだ。鍵盤に向かい合うたびに、コンクールの記憶とあの子の傷付いた顔が蘇ってしまう。わたしは未だ変われていない、コンクールに出るのは早過ぎたのではないか、そう思うようにすらなってしまっていた。

 

 今回のコンクールを演りきることができれば、わたしは何かを乗り越えられる気がする。あの子とも再び向き合えることができる気がする。そんな気がしていたのに……わたしは変わってなんていないのだと、打ちひしがれていた。

 

「そんな事情があるなら、今回は見送ることもできると思うわ」

 

「そ、それは……したくありません……」

 

 だけど、友希那さんにコンクールの辞退の可能性を示唆されて、わたしは咄嗟に否定の言葉を出していた。「どうして」と問う友希那さんに、逃げたくない、逃げたら何も変わらないから、と意地とも言えるような言葉で返していた。これ以上逃げたら、本当に前に進めなくなってしまう。これ以上、後悔することに慣れたくなかったから……。

 

「これ以上コンクールからも……あの子からも……もう逃げ続けるのは嫌なんです……」

 

 そんなわたしに、友希那さんは意外な言葉を投げかけてくれた。

 

「燐子、あなたは十分変わったと思うわ」

 

「わたしが変わった……そうでしょうか……?」

 

「少なくとも、逃げないことを決めた。コンクールからも、あなたの言う初恋の子からも。それだけでも大きな変化よ。それはとても勇気のいることだし、あなたは強い心を持っているのだと思うわ」

 

「……」

 

 自分は果たして強いのだろうか。友希那さんに言われたとしても、その言葉に疑問を抱かずにはいられなかった。そう言えば以前、アゲハさんにも「強い」と言われたことがあるけれど、やはりなかなか実感が湧いてこない。乗せられていると言われた方がまだ納得できるけど、友希那さんはそんなことは言わない人だと知っているだけに困惑してしまう。

 

「……」

 

 未だ悩みは晴れない。逃げるのは嫌だ。でもあの曲を最後まで弾くことができない。一体何をどうすれば次のステージに進められるのか。様々な悩みや不安がわたしの中から消えてくれることはなく、静かな闇の中に沈んでいきそうになっていた。

 

「燐子、私から一つ質問させて」

 

「え? は、はい……」

 

「あなたはなんのためにピアノを弾くの?」

 

 しかしその時、友希那さんからの質問にわたしは暗闇から救い上げられそうになり、そして再び意識を止めてしまいそうになった。

 

「それは……その……」

 

 なんのためにピアノを弾くのか。それを答えようとして、しかし答えが口から出てこなくて固まってしまう。

 

「(あれ……わたしは……どうしてピアノを弾いているの……?)」

 

 理由はきっとあるはずだ。そうでなければ、わたしはこれまでピアノを弾き続けてこられたはずがないのだから。だけど何故か今はその理由が全く頭に浮かんでこなかった。ピアノが好きだから? いや、きっとそんな単純な理由だけじゃないはず。しかしそれを探そうと思えば思うほどドツボに嵌り、何の考えも浮かんでくることがなかった。

 

「もっと自分の気持ちに寄り添ってみて。どうしてそこまで打ち拉がれても、ピアノをやめなかったのか。どうしてピアノを弾く度にその子のことを思い出すのか。きっとあなたの探している答えはそこにあるはずよ」

 

「友希那さん……」

 

 今はまだ答えは出ない。今一度、じっくり自分と見つめ合う必要があるのがしれない。わたしがピアノを弾く理由。わたしがピアノを弾き続けてきた理由を……。

 

 そして、わたしがピアノを弾くとあの子を思い出す理由……。

 

 

 

 

『あの……約束……してくれる……?』

 

 

 

 

「っ……」

 

 今、何かを思い出しそうな気がした。

 

 幼い頃、わたしが誰かに言った言葉?

 

 約束? そんなことした?

 

 何の約束だった……?

 

「燐子?」

 

「……ごめんなさい。もう少し……じっくり思い返してみます……」

 

「ええ、それがいいわ。あなたには今、自分と向き合う時間が必要だから」

 

 わたしには思い出さないといけないことがある。

 

 それを見つけない限り、きっと今回のコンクールも失敗してしまう。

 

 そんな確信があった。

 

 だから今は、友希那さんの言葉の通りに自分と向き合っていかないと……。

 

 ここで前に進むことを諦めたくはない。

 

 わたしが望んだ結末に手を伸ばすために……っ。




「Rausch und/and Craziness」最高でしたね。
バンドリ関連のライブは今回が初参加でしたが、至近距離で生の「あの曲」を聴けてそれだけでも満足です。
何の曲かは……またいつかの話で。

次回もご期待ください。
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